2016/09/25

2016年秋の撮影旅(09) 【愛犬物語百景 其の四十八】 三重県伊勢市 おかげ犬

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「おかげ犬」とは、お伊勢参りをした犬のことで、江戸時代にはけっこうな数の犬が、飼い主の代わりにお伊勢参りをしたという話が伝わっています。

犬がひとりでやってきて、飼い主のもとに帰って行ったという話です。「そんなバカな」と俺も最初は思ったのです。きっとフィクションだろうと。

でも、調べてみると、どうもこういう犬がいたことは事実だったようなのです。もちろん犬の意志ではありませんが。そのことについては、以前の記事に詳しく書いているので、こちらでどうぞ。

犬がお伊勢参りをした話は本当か? 仁科邦男著 『犬の伊勢参り』

さて今回は、飼い主(俺)といっしょにやってきたヴィーノなので、代参犬の「おかげ犬」とは言えないかもしれません。

守衛さんに確かめたところ、鳥居手前までは犬もOKというので、とりあえず、外宮と内宮の鳥居手前広場でヴィーノの記念写真を撮りました。

どうして江戸時代は犬も参拝が許されていたのに、今はダメなのでしょうか? いや、江戸時代も犬が宮城内に入ることは許されていませんでした。なぜか、「おかげ犬」だけは許された、ということなのでしょうか。そのあたり、まだよくわかりません。

ヴィーノは車に残し、俺はヴィーノの代わりにお参りしました。俺がヴィーノの代参です。ここでも主従逆転です。

玉砂利を踏む音を聞きながら杜の中を進んでいきます。まだ早い時間帯ということもありましたが、厳かな気持ちになって、魂が引き締まります。

内宮を出たところにはあの「赤福」の本店もあるおかげ横丁が続いていますが、ここは「招き猫」など、猫の存在感が大きいところで、おかげ犬関連グッズを販売しているのは俺の知る限り2店舗だけのようでした。

そこで、「おかげ犬」の人形と、おかげ犬をデザインしたポーチを購入。

外宮の近く、@@@屋の表には「柄杓童子」の像がありました。おかげ犬関連の像といったらこれくらいでしょうか。(以前、おかげ横丁に犬の像もあったという話も聞きましたが)

「古来より、神宮参詣は人々の憧れでしたが、実際にお詣りができないひとたちの願いを叶えたのが、犬の代参でした。柄杓を背にした犬が、たくさんの善意に守られながら道中を続けたといいます。犬に跨っている童子は、優しい心の象徴です。藪内佐斗司」

とあります。

また通りを渡った商店では「おかげ犬サブレ」を販売していました。

伊勢神宮で「おかげ犬」の存在が薄いのは、これを大々的に認めてしまうと、犬連れの参拝客を受け入れざるを得なくなるから、などと、邪推するヴィーノでした。
 
 
 
 
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2016/09/24

2016年秋の撮影旅(08) 【愛犬物語百景 其の四十七】 三重県津市 近鉄・久居駅前の上野英三郎博士とハチ公像

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三重県津市の久居駅前,にハチ公像があります。いや、ここでは「ハチ公像」というより「上野英三郎博士像」がメインなのです。なぜここにあるかというと、長野博士の出身地だからです。

平成24年10月20日、除幕式が行われました。

像の台座にある上野英三郎博士と八の銅像を建てる会の碑文によると、

「上野英三郎は、明治4(1872)年、現津市元町に生まれた農学博士です。明治から大正期に日本農業の基盤となる水田の耕地整理を指導し大学はもとより全国各地で数多くの技術者を育成した農業土木分野の先駆け者でした。東京帝国大学で教鞭をとった博士は54歳の若さで亡くなりました。博士の飼い犬「ハチ・秋田犬」との生活は1年5か月と短い間でしたが、人としての愛を注ぐことにより動物との「絆」が生まれました。(以下略)」

そして忠犬ハチの物語はすでに知られている通りです。

上野博士は、棚田にも関わりがあった人物だったのですね。縁を感じます。

ハチ公が有名になったので上野博士も有名になった感じもしますが、もともと日本近代農業では大きな業績をあげた人物で、ここに博士の銅像が立つのはあたりまえかなと思います。それにハチ公まで付いているとなれば、地元の人にとっては誇らしいのではないでしょうか。

東京大学農学部にあるハチ公と上野博士の像の、ハチ公の大きさ(割合)を比べると、久居の像は、ハチ公が小さく表現されているようです。秋田犬にしてはじゃっかん小ぶりな感じかなと。ケチをつけるつもりはありませんが、つまり、久居の像は上野博士が強調されているためだろうと思いました。

像があるところは、久居駅の東口です。緑の風公園になっていますが、その入口の目立つところにあります。夕方だったので帰りがけの学生が公園でスマホを見てたりしました。
 
 
 
 
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2016/09/23

2016年秋の撮影旅(07) 【愛犬物語百景 其の四十六】 名古屋港のジロ、タロ像

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名古屋港の公園に、南極観測船「ふじ」が展示されています。初代観測船の「宗谷」は、東京の海の科学館にあって、中に、タロとジロの像がある話は以前書きました。詳しくは、こちらでどうぞ。

【愛犬物語百景 其の三十六】 東京都「船の科学館」  初代南極観測船「宗谷」のタロとジロ

「ふじ」の前の広場にも、タロとジロの像がありました。「宗谷」のタロ、ジロは、可愛らしいぬいぐるみだったのですが、こちらはたくましい姿で、実物とより似ている像だと思います。

「タロ、ジロは、昭和31年の第一次南極地域観測隊のソリ犬として活躍し、第二次隊の越冬中止で昭和基地にやむなく残されたが、極寒の地で一年間見事に生き抜き、我々に夢と希望と勇気を与えてくれた。南極観測船「ふじ」が名古屋港に係留保存されたのを機会にこの地に像を建立し、永くその功績を称えるものである。」

と、日本語と英語で刻まれています。
 
 
 
 
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2016/09/22

今日は二十四節気「秋分」、七十二候「雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)」

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今日から二十四節気「秋分」、七十二候「雷乃収声」です。雷が鳴り響かなくなる(遠雷の)季節です。

一昨日の台風はすごかった。九州から四国、ほとんど直撃でした。

香川県と徳島県の境にいたのですが(ブログ上ではまだ愛知県ですが)、前日から雨が激しくなり、一昨日は午後3時まで水がたまらないところでじっとしていて、車の中で過ごしました。雨の音がずっと続いて怖くなるほど。雷の声はしませんでしたが、場所によっては被害があったようです。

ヴィーノの散歩が難しくなるのが雨が降った時の一番の困りごとです。そのせいか、昨日の朝の散歩では、1日車の中にいたせいか、走りまわってストレス発散しているようでした。

写真は、そろそろ稲刈りの時期を迎える静岡県の上倉沢棚田「せんがまち」です。数日前に撮影した写真になります。

ところで、「稲妻」ということば、雷が落ちた田んぼの稲はよく育つところから生まれたそうです。
 
 
 
 
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2016/09/21

2016年秋の撮影旅(06) 名古屋市 三越名古屋栄本店「屋上観覧車」

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盲導犬サーブの像と、もうひとつ見てみたいものがありました。名古屋市の三越デパートの屋上に、高さ12mの「屋上観覧車」があります。かわいらしい感じの観覧車です。

デパートの屋上の遊園地というものにノスタルジーも感じますが、一時代のレジャーを象徴するような文化財ではないでしょうか。

解説文の看板によると、

昭和31年(1956)12月、ビルが7階まで増設され、8階屋上に新しい遊園地がオープンし、観覧車が営業開始となりました。それから平成17年(2005)7月まで営業しました。

この屋上観覧車は、平成19年(2007)3月16日、国の文化審議会で、登録文化財に答申されたものです。また、この観覧車は、国内に現存する屋上観覧車として日本最古のものです。

「日本最古の屋上観覧車」だそうですが、「日本最古の観覧車」ではない、ということなのでしょう。微妙な表現ですね。

ネットで検索すると、「日本最古の観覧車」は北海道の函館公園にある遊園地「こどものくに」にあるという情報が出てきます。こちらは現役で動いているそうです。できたのは昭和25年だそうなので、古さではこちらが一番かなと。

北海道にはけっこう「日本最古」のものが多いような気がします。
 
 
 
 
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2016/09/20

2016年秋の撮影旅(05) 【愛犬物語百景 其の四十三〜四十五】 愛知県名古屋市 盲導犬サーブ

160920_1(久屋大通公園のエンゼルパークのサーブ像)

160920_2(盲導犬総合訓練センターのサーブ像)

160920_3(盲導犬総合訓練センター内部)

160920_4(長楽寺 サーブの墓)

160920_5(長楽寺 ペット霊園)

160920_6(長楽寺 ペット霊園)


先日も、視覚障害者の線路への転落事故のニュースがあり、駅のホームの改善が急がれるところです。いくら盲導犬が着いていても、駅のホームの狭さや柱の位置など、物理的な危険さはどうしようもありません。

視覚障害者にとって、盲導犬の存在は大きいものと想像できます。

1988年にはNHKでテレビアニメ『がんばれ!盲導犬サーブ』が放送され、1989年にはテレビ朝日の「火曜スーパーワイド」の枠で『三本足の名盲導犬サーブ・愛の物語』としてテレビドラマにもなったそうです。

でも、盲導犬サーブについては、名前を聞いたことがあるくらいで、正直、「愛犬物語」を撮影するまで詳しくはわかりませんでした。

今回は、名古屋の中心部、久屋大通公園のエンゼルパークに設置されているサーブ像、中部盲導犬協会、盲導犬総合訓練センター正面入り口のサーブ像、そしてお墓のある長楽寺を訪ねました。左前足を失った姿は痛々しくもあり、それでも何か前向きさを感じさせる姿が印象的です。

サーブについて、wikiに次のようにあります。(抜粋)

「雌のシェパードで、日本で最も知られたイヌの内の一頭である。サーブは名古屋市の中部盲導犬協会で訓練を受けた後、岐阜県のマッサージ治療院を営む男性を主人とした。1982年(昭和57年)1月25日、岐阜県郡上郡美並村(現・郡上市)の国道156号での誘導中に、雪でスリップして突っ込んできた車から主人を庇って重傷を負い、その傷が原因で左前脚を切断。この事故がきっかけとなって「盲導犬は視覚障害者の身体の一部」であるとの認識が広がり、事故にあった盲導犬にも自賠責保険が支払われるように法律が改正された。」

「海外でもサーブの事が知られるようになり、1985年(昭和60年)にアメリカ・テキサス州知事から主人ともども招待を受けたサーブは「テキサス名誉州犬」の称号を受け、また同年9月には内閣総理大臣中曽根康弘から功労賞を受賞。1986年(昭和61年)には、サーブを讃えるとともに交通安全の願いを込めて、国鉄(当時)名古屋駅前にブロンズ像が設置された。1988年(昭和63年)6月13日未明、老衰のため11歳で永眠。墓は名古屋市南区の長楽寺動物霊園にある。」

長楽寺ではペット霊園もあり、訪ねた時も、飼い主さんがペットの亡骸を持って、葬儀をあげているところでした。

サーブの墓には盲導犬たちへの感謝の言葉があり、点字のプレートも掲げられていています。

「盲導犬たちよ。天国で遊んでください。盲人の目となり最良の友となり、明日への光となって愛と献身に生きたあなたたちの日々は私たちの心に生き続けています。盲導犬たちよハーネスを外して飛び跳ねてください。」

合掌。
 
 
 
 
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2016/09/19

2016年秋の撮影旅(04) 静岡県磐田市 日本最古の木造擬洋風小学校校舎「旧見付学校」

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静岡県磐田市には、「しっぺい」と、もうひとつ「旧見付学校」があります。

旧見付学校は、明治8年に開校式をあげた、現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎です。明治16年に3階部分を増築し5階建てとなりました。

白亜の校舎は現在、教育関係の資料館として開放されています。受付で記入し、入場は無料です。

当時は最上階に三方原のの合戦の際に浜松城で酒井忠次が打ち鳴らしたと伝えられる「伝酒井之太鼓」が置かれて、時を告げていたそうです。

校舎の北側には「岩田文庫」の御蔵のような建物があります。これは現在の図書館のようなもので、一般にも開放されていました。旧見付学校とともに国の史跡に指定されています。

資料室には珍しいものがたくさん展示されていますが、とくに教育関係の展示物は貴重なものもあるのではないでしょうか。

その中に、昭和の時代まで使われていた謄写版、ガリ版の道具を見つけて学校時代を懐かしく思い出しました。

俺と同じ年代の人は、このガリ版での印刷をよく使っていたと思います。クラスのお知らせとか、文集作りとか。

中学だったか、このガリ版で作った偽札でひと悶着起こした話は前にも書いています。

それと、高校時代には、『毎夜新聞』という壁新聞を作りました。これには先生の悪口やなにやら、どちらかというと「反体制的」な記事を書いたような気がします。

「偽札」も今から見たらまるで幼稚で「偽札」とも呼べないお粗末なものでしたが、でも、これもれっきとした「反体制的」なものだったに違いありません。
 
 
  
 
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2016/09/18

昨日から、二十四節気「白露」、七十二候「曼珠沙華咲(まんじゅしゃげさく)」

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これは先日訪ねた山梨県上野原市の神社で、1輪だけ咲いていた曼珠沙華です。

「曼珠沙華咲(まんじゅしゃげさく)」などという七十二候はありません。オリジナル(と言うか、勝手な)七十二候です。略本暦では、七十二候「玄鳥去(つばめさる) 燕が南へ帰って行く」になっています。

でも、田園風景の写真を撮っている俺からすると曼珠沙華(彼岸花)が目立つので、このオリジナル七十二候の方が季節を感じるからです。

二十四節気は観念的な言葉ですが、七十二候の方はより具象的事物の表現で、言ってみれば「季節あるある」なのです。だから遊んでみてもいいのではないでしょうか。俺の場合は、「曼珠沙華咲」がぴったりくるかなぁと。

ところで、埼玉県日高市の巾着田は曼珠沙華で有名な場所ですが、このパンプレットには英語名が「Red Spider Lily」となっていました。これをそのまま和訳すると「紅蜘蛛百合」。たしかにそんな名前もぴったりします。

同じものなのに、名前の付け方でより妖しさが増します。危険な香りが漂ってきます。
 
 
 
 
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2016/09/17

2016年秋の撮影旅(03)  【愛犬物語百景 其の四十〜四十二】 静岡県磐田市 イメージキャラクター「しっぺい」とは?

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静岡県磐田市のイメージキャラクターは「しっぺい」。彼(?)は犬で、もともとの名前は怪物退治の伝説で有名な「悉平太郎(しっぺいたろう)」といいます。

しっぺい太郎は、信州赤穂村(今の駒ケ根市)光前寺に飼われていた名犬で、若い娘を人身御供に要求する怪物(一説にはヒヒ・大猿)を退治したと伝えられています。

市役所で話を聞いてみました。

しっぺいは、市のいたるところで目にすることができます。駅前には大きな像が立っているし、商店街の旗や、市のバスの車体にも描かれています。駅前の観光案内所や、ららぽーとでもいろんなグッズが販売されています。

ところで、しっぺいの旗と同じように、オリンピックで活躍した卓球の水谷隼選手と伊藤美誠選手の旗も掲げてありました。そうか、彼らも関係者だったのかと気が付きました。ふたりは磐田市にある同じクラブだったそうです。

しっぺいが磐田市のキャラクターとして活躍するようになったのは数年前からだそうです。伝説の犬が町興しに一役買うことになったわけです。

今は、しっぺいのデザインの物品は、一応市の審査を受けて出していいかどうか決まるようです。ある程度の統一性を持たせるには必要かもしれません。ひとりでやっている、しかも市非公認のふなっしーとは事情が違います。

矢奈比賣神社(見付天神)の鳥居の前には凛々しい姿のしっぺい太郎像が立っています。細身の体でオオカミのようにも見えます。

社務所では、いろんなしっぺい太郎にちなんだお守りや絵馬が並んでいます。俺はしっぺい太郎の絵が入った御札と、おみくじが中に入っているかわいらしい人形を頂戴しました。

見付天神のさらに奥には、こじんまりとした霊犬神社が鎮座しています。ここにはしっぺい太郎の墓碑がありました。
 
 
 
 
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2016/09/15

2016年秋の撮影旅(02)  【愛犬物語百景 其の三十九】 静岡県藤枝市 黒犬神社

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「黒犬神社」は藤枝市の鬼岩寺(きがんじ)というお寺の境内にあります。

鳥居を潜ると、真新しい「あうん」の犬の狛犬が対座しています。

慰霊塔と本殿があって、本殿を覗いたら、黒犬の像と、多くの奉納されたぬいぐるみが見えました。

看板の解説文によると、

その一話:

「昔、鬼岩寺にクロというとても強い犬がおいました。それを聞いた田中城のお殿様は、自分の自慢の犬シロと噛み合いをさせてみると、あっという間に勝負が付きました。愛犬の負けた悔しさに、お殿様はクロを捕まえて打ち首にするように、家来たちに命じました。追い詰められたクロは、逃げ場を失って近くにあった井戸に身を投げてしまいました。その時、井戸の中から黒い煙がもうもうと立ち上り、それが何百何千という黒犬となって、いっせいに吠えたてました。お殿様はびっくりし、やと自分の身勝手に気付き、深くクロに詫び、クロの霊を慰めるために、黒犬神社を造ってまつりました。」

その二話:

「土佐守は東海道一と恐れられているクロと、自分の土佐犬をぜひ勝負させたいと、参勤交代を楽しみにしていました。噛み合いになる直前に、遠州の春野からたくさんの犬たちが、クロを、助けようと、鬼岩寺に集まって吠えたてたので、土佐守の土佐犬は、しょんぼりしてしまって、闘いにならなかったということです。」

「神犬クロの「死して尚負けず」のご利益を!」とあります。

撮影旅行中は時間がないので、内容については、帰宅後、詳しくしらべます。

犬連れで来たので、ここで犬の写真撮ってもいいでしょうか?と聞いたら、どうぞということで、ヴィーノを車から降ろし、黒犬神社のところで記念写真を。

ヴィーノはクロの神力にあやかれるのか。この旅を無事に終わることを祈念して黒犬神社をあとにしました。
 
 
 
 
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