2017/12/18

【愛犬物語 其の二百十六】 東京都調布市 味の素スタジアム「カピトリーノの雌狼」像

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171218(日比谷公園 「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)像)


味の素スタジアムにある「カピトリーノの雌狼」です。ローマ建国の祖ロムルスと双子の弟レムスが雌狼の乳を飲んで育ったというエピソードを表しています。

まぁ、ここまでは当然想定の範囲内で、へぇ~、レプリカと言っても、こんな有名な像がここにもあるんだねぇ、くらいで終わった話かもしれません。

でも、不思議なものに気がついてしまいました。

像は、スタジアムの横のレストラン街の前に置かれていますが、像の後ろに植え込みがあって、後ろからはよく見えません。でも、スタジアムをバックに入れて写真を撮りたかったので、無理やり狭いところに入り、広角で撮影しました。

帰宅して写真を見たら、狼像の右後ろ足に怪我があって、骨が見えるように作られていることに気がつきました。かなりえぐられていて、重症と思われます。何か、理由(伝説)はあるんでしょうね。

そこで調べているところですが、なかなかわかりません。

まずこの像についてですが、この狼像と双子の像は、いっしょに作られたのではないそうなのです。あとで双子がくっつけられた?

狼像は紀元前5世紀と言われていましたが、炭素年代測定によると11~12世紀で、双子像が15世紀だと言われているようです。原案となった図は古代ローマ時代からあるらしいですが。

とすれば、狼像の脚の怪我は、ローマ建国の伝説、双子とは関係ないのかもしれません。つまり、狼そのものに由来するのかもしれないわけです。

そう考えて、狼と言えばイタリアでは「怪我」が常識とまでは言えなくても、けっこう知られた話なのではと思ったので、イタリア観光局で聞いてみました。

でも、イタリアでも、狼の「怪我」が常識であるということはないそうです。「気が付いていない人が多いんじゃないでしょうか?」という話です。かもしれないですね。像の正面ではなく、後ろから見ないと見えない位置だし。

さらに不思議なことに、日比谷公園にある「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)像の右後ろ脚を確かめたら、「怪我」はありませんでした。たまたまこの像だけ「怪我」がある像として作られた、ということになるのでしょうか。

ギャリー・マーヴィン著・南部成美訳『オオカミ 迫害から復権へ』にはこんなことが書いてありました。

「西洋文明では、オオカミは他のどんな動物にもまして未開の象徴であり、とりわけ自然がもつ危険や脅威といった特性を象徴する存在だった。…(略)… 人々はオオカミという生き物の性格を、がつがつして飽くことをしらない、強欲で狡猾できわめて残忍なけしからぬものと見なし、もし獲物として人に注意が向けられたなら、オオカミは邪悪な意図をもつ悪質な怪物のごとき生き物と見なされた。また、人は他者に対して害悪を及ぼそうとするとき、狩人や戦士といったオオカミのイメージを自らに重ねた。」

現在では、エコロジー、自然環境、生物多様性の観点からも、オオカミに対するイメージも良いほうに変わってきていますが、昔は、オオカミは「人間の敵」でした。

ただし、ここが面白いと思うのですが、牧畜・遊牧民には「人間の敵」でも、農耕民だったローマ人には「神」になるということです。日本でも同じように、馬産地の東北では「敵」でしたが、農耕が主だったところでは「神」になっています。

ただ、「狩人や戦士といったオオカミのイメージを自らに重ねた」というように、オオカミの戦士としての優秀さはわかっていたようで、勝手に解釈すれば、このくらいの怪我でひるむような動物ではない、ということも意味しているのかもしれません。怪我は優秀な戦士の勲章かもしれないのです。

もしどなたか、この「怪我」の伝説をご存じでしたら教えていただけるとありがたいです。
 
 
 
 
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2017/12/17

インスタグラム(SNS)の「写真療法」としてのメリット

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以前、こういう記事がネットにあがっていました。

「インスタグラムに投稿する写真で「うつ病」がわかる!」
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12104-93759/

と、いうものです。記事から引用すると、

  1.色では青色と灰色が強く、全体に暗く、ぼんやりしている。

  2.モノトーン加工を好んで使う。

  3.顔のアップが少なく、引きの写真が多い。正面の写真が少なく、斜めや横からの写真が多い。

  4.他人と一緒の写真が少なく、自撮り写真が多い。

  5.投稿頻度は高め。コメントは多いが「いいね!」は少ない。

こういう写真を投稿する人は、「うつ病」かもしれない、という記事です。

でも、そもそもインスタグラムに投稿できるなら、たとえうつ病だとしても、まだ程度は軽いのかもしれません。深刻ならインスタグラムどころではないでしょうし。だから「うつ傾向」と言ったほうが当たっているかもしれません。

ただ、「暗い写真」だから「うつ病」と決めつけられるのも、なんだなぁと思います。俺なんか、モノクロ写真で、暗い狼像ばかり投稿しているので、一発で「うつ病」に判断されてしまうでしょう。

写真というのは、そんな単純な精神状態の産物ではないのです。だからこれはあまりあてにならない判断基準だと思います。

ただ、インスタグラム自体は、精神衛生上プラスであることは確実です。これを「写真療法」として見れば。

箱庭療法などを含む芸術療法(アートセラピー)の中には、写真療法というのも入っています。芸術療法は、日本では1960年代から研究実践されていて、イギリスでは保険サービスとして認められている公式な療法です。

心理学を勉強するようになって、俺にとっての写真を撮る行為は、写真療法そのものになっていたんだなぁということに気が付きました。「療法」というと病気を治すイメージですが、「表現」にはそもそもそういう治療的側面が伴っているので、ここでは、あまり病気か病気でないかを区別する必要はないでしょう。

日本芸術療法学会理事の山中康裕先生は「写真療法」を初めて提唱した方です。

精神的に悩むある患者さんがいて、写真が好きだとわかったので、写真を撮るように勧めたら、撮ること自体で、症状が改善したという例から思いついたらしいのです。

病気の人にだけではなくて、イメージの表現は一般の人にも、精神的にいい状態を保つひとつの方法であるといいます。

ちょっと前なら、「写真療法」がいいと言っても、それはカメラを持っている人や、写真が趣味な人、といった限られたものだったでしょうが、これだけSNSが流行り、誰でも、どこでも、写真が撮れるようになった今こそ、「写真療法」は生かされるのではないかと思います。

しかも、「撮る」だけではなく、「見せる」ことも簡単にできます。そして、それに対しての反応もすぐわかります。「いいね!」がいくつ付けられるかで、ある程度の判断ができます。

そんなメリットを生かさない手はありません。

ただ、あまり「いいね!」ばかりを期待しないことも大切です。撮ること自体がいいのであって、「いいね!」を期待しすぎることは、かえってストレスを感じてしまい、逆効果です。

投稿しっぱなし、それが「写真療法」としてみたインスタグラムのいい使い方ではないでしょうか。

「いいね!」がなくても、誰かが見てくれている(かもしれない)という状態が「表現療法」としいてはいいのです。
 
 
 
 
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2017/12/16

坂本長利さんのひとり芝居『土佐源氏』

171216_1(楽風での坂本長利資料展)

171216_2(楽風での坂本長利資料展)


埼玉県さいたま市浦和区の日本茶喫茶・楽風で、坂本さんのひとり芝居を観ました。これで3度目です。

毎回違うことを感じて、飽きるということがありません。

本当にこれは「芝居」なんだろうか?と思いました。坂本さんに元馬喰が乗り移ったように感じてしまった昨日の芝居でした。それは坂本さんの年齢も関係あるかもしれません。

昭和16年、民俗学者の宮本常一が、橋の下で暮らす元馬喰の盲目の男の話を聞き取りしたのは、元馬喰が当時80歳のときだったという。坂本さんはその年齢をとうに越えて88歳になりました。

だから元馬喰を演じているのが坂本さんなのか、坂本さんを演じさせているのが元馬喰なのか・ ・ ・

このひとり芝居の回数も1190回。これもすごいことです。ギネスに申請しているとのこと。

今流行の「不倫」の懺悔(?)もあります。

ただ、元馬喰の話を聞けば、この「不倫」を道徳的に糾弾することがどんなに不毛なことかを感じます。むしろこの場合、「不倫」することが道徳的でさえあるのではないかと、そんなふうにも思いました。

ある身分の高い家の奥さんと、牛を買うということで知り合います。身分のある奥さんが、馬喰の自分を対等に扱ってくれることに好意を持ちます。だんだん親密になっていきます。あるとき、旦那が外に妾を作っていたこともあり、奥さんは幸せではないんだなぁと知ります。それで、奥さんと納屋の藁の中で・ ・ ・

「おなごと牛には嘘はつかなんだ」

と、元馬喰は言います。おなごと牛にモテた理由は、ここにあるのでしょう。

身分があろうがなかろうが、金持ちであろうがなかろうが、どんな人間でも、精いっぱい生きた人生は美しいんだなと感じます。それに引き換え、俺は、未だに地に足が着いていないような非現実感をおぼえながら、人生を送っているような気にもまります。

そういう名もない人の話を丁寧に掬い取った宮本常一もすごい民俗学者だった、ということなんでしょうが。

なお、12月23日、NHKが坂本さんの記念公演の旅に密着取材したドキュメントが放映されます。

ETV特集「老いて一人 なお輝く~一人芝居 50年~
 
 
 
 
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2017/12/15

映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観て

Aini01(中国雲南省 アイニ(ハニ)族)


昔観たかもしれないのですが、もう一度映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観ました。

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(Dances with Wolves)は監督・主演・製作はケビン・コスナー。アカデミー賞作品賞とゴールデングローブ賞 作品賞を受賞している1990年のアメリカ映画です。

どうしてまたこの映画を観ようと思ったかというと、狼が出てくる映画だからでした。人間と狼のファーストコンタクトを描いているものです。

ところが狼だけではありませんでした。もっと興味深かったのは、人間、先住民のスー族とのファーストコンタクトでした。

まったく、言葉も感覚も違う人たちが、どうやって交流を始めていくのか、雲南省で少数民族の村を訪ねたときの体験があるので、すごくリアリティを感じるものでした。

ケビン・コスナー扮する主人公、北軍の中尉だったジョン・ダンバーが「失われる前にフロンティアを見ておきたい」と田舎の砦への赴任を希望します。

そこで先住民のスー族たちに出会い、しだいに心を通わせ、やがて本当のスー族になってしまうというストーリ-です。

砦に現れた1匹の狼。この狼とも仲良くなっていきます。犬が初めて家畜化されたのは、中央アジアあたりらしいという研究発表があります。

狼は、やがてジョンの手から食べ物を食べるようになり、草原で楽しそうに戯れます。狼が犬に変わった瞬間はこのような場面だったのではないでしょうか。

ある日、ジョンはスー族の名前をつけてもらいました。名前を付けられたことで、スー族になったということを実感します。それが「狼と踊る男」です。スー語では「シュグマニツトンカーオブワチ」。ジョンが狼と戯れていたところをスー族は見ていたんですね。

バッファローの狩りで、印象的で大切なシーンがありました。

ジョンは彼らといっしょに狩りに出かけますが、獲物の肝臓を取り出して食べるシーンがあります。一番栄養がある部位で、それを共に食べることで一体感というか仲間の絆を再確認する儀式にもなっています。

スー族の男は、自分が食べたあと、ジョンに差し出します。ジョンもそれを食べると、周りの人たちから歓声があがります。

20数年前になりますが、俺も雲南省で同じような体験をしています。アイニ族の結婚式では、豚の生肉・レバー料理が出ました。俺が食べるところを村人がじっと見ているのです。そして食べると歓声が上がりました。

彼らも生食をすることは気にしているらしく、「西洋人の記者から、俺たちは生肉を食べる野蛮な人たちと書かれたが、なかなかこういう習慣はなくならないよ」と言いました。

ところで、男たちが他民族との闘いに出た時、ジョンは村に残り、村の守りを任せられるのですが、外敵が襲ってきたとき、砦に隠してあった銃を、村人に配るのです、今までは弓で闘っていたのに、銃を使うことで、格段に殺傷能力が高まり、結局、女たちでさえ銃で外敵をやっつけることができました。

明らかに、ここで闘い方の変化が起きました。もしかしたら、銃を使った戦いで勝ったという成功体験は、このあと、外敵が来たら交渉ではなく、すぐ戦ってしまおうと考えるようになったのかもしれません。武器を持つと使いたくなるというのは、古今東西、例外なくみられる現象です。

自衛のための銃は必要だという感覚はアメリカ西武開拓時代を考えるとわからないでもないですが、唯一、ジョンの行動で違和感を覚えた部分です。
  
 
 
 
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2017/12/13

独演劇『土佐源氏』を演じ続けている坂本長利さんの公演が12月15日

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独演劇『土佐源氏』を演じ続けている坂本長利さんの公演と、資料展が開催されます。

資料展は12月14日から19日まで(15日は休み)、公演は12月15日です。

資料展では2年前の公演で撮影した坂本さんの写真も展示されます。

『土佐源氏』とはどういったものなのでしょうか。

民俗学者・宮本常一さんが、昭和16年の冬、高知県梼原村で聞き取った話で、『忘れられた日本人』に収められています。

ひとりの盲目の老人の口から語られるのは、楽しくて明るい色彩豊かな世界なのです。これには驚きます。

あまりによくできた話なので、これは宮本さんのねつ造ではないか?と疑われるほどでした。

馬喰(ばくろう)をしていた男の女性遍歴の語りですが、なぜか女にはモテた(懺悔も含まれる)、という話なんです。

結果、自慢話なのですが、自己分析も面白いのです。

「牛と女子(おなご)にだけは嘘をつかなんだ」

「牛と女子(おなご)の尻はなめる」

相手の宮本さんに、「あんたも、女子をかまったこと、ありなさるじゃろ?」と聞きます。そして、女子はどんなに身分が高かろうが、やさしさを求めているんだという意味のことを語るのでした。

何もない自分がなぜ女にだけはモテたか、真理をついていた自己分析といってもいいでしょう。
 
もうひとつ印象的なセリフがありました。

「百姓は石を金に換えてくれる」

という言葉です。

馬喰の話は牛をなんとか高値で売ろうとするので、嘘が8割くらいになってしまうのだそうです。ただ、牛を百姓に渡して育ててもらう、そうすると、百姓はいっしょうけんめいに育ててくれるので、牛の価値が実際に上がる。だから結果的に、馬喰の嘘は3割に減る。そんな内容です。

つまり優秀な百姓がいなかったら、馬喰としての生活は成り立たなかった。深いところで、男が百姓に感謝していたことを感じます。

そしてこの話を採取し、選択し、発表したという行為は、日本全国の百姓たちに対する、宮本さんなりの感謝や尊敬のメッセージでもあったのではないでしょうか。
 
 
 
【企画・会場】 日本茶喫茶「楽風」

さいたま市浦和区岸町4-25-12  電話 048-825-3910

http://rafu-urawa.com/
 
 
 
 
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2017/12/12

今日から二十四節気「大雪」、オリジナル七十二候「狗蟄炬燵(いぬこたつにこもる)」

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今日から二十四節気「大雪」、世間では、七十二候「熊蟄穴(くまあなにこもる)」ですが、我が家のオリジナル七十二候として「狗蟄炬燵(いぬこたつにこもる)」を提案します。

解説はいらないと思いますが、ヴィーノの様子はまさにこれ。でも、本当は、「人狗蟄炬燵(ひといぬこたつにこもる)」なんですけどね。

ここまで書いてきて、どうも過去にも書いたような気がして調べたら、やっぱり去年も、オリジナル七十二候として、「人狗蟄炬燵(ひといぬこたつにこもる)」と書いていました。

この季節、炬燵から出たくなくなります。よほど俺は寒さが苦手のようです。
 
 
 
 
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2017/12/11

【愛犬物語 其の二百十五】 東京都青梅市 武蔵御嶽神社の古いお犬さま像

171210_1(拝殿前階段)

171210_2(大口真神社の遥拝所)

171210_3(おみくじ)

171210_4(大口真神社)

171210_5(古いお犬さま像)

171210_6(古いお犬さま像)

171210_7(古いお犬さま像)

171210_8(旧本殿の常盤堅盤社)

171210_9(旧本殿の常盤堅盤社)

Mitake(武蔵御嶽神社のお犬さまのお札)

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大岳山・大嶽神社への帰り、武蔵御嶽神社に寄ってお参りしたとき、まだ紅葉が残っていました。

拝殿前階段のところのモミジが美しい。

日本武尊が東征で道に迷ったとき、白狼が現れて尊の軍を導いてくれたため、狼を大口真神として祀ることになりました。今は、「お犬さま」にちなんでワンコ連れ参拝客も多く訪れます。

武蔵御嶽神社のHPには、

「近頃みたけ山は、「おいぬ様」にちなみ愛犬の健康を願う人々で賑わうようになりました。そこで当社は、愛犬祈願を社頭にて行うようになり、一年を通し、沢山のワンちゃん達の健康をお祈りしております。」

今回は、ヴィーノ連れではないので、癲癇発作が出ないように祈願して、お犬さまのお札だけ、また頂戴しました。

本殿の裏側の山頂、大口真神社でお参りしたあと、古碑が立ち並ぶ築山に、1体だけお犬さま像が立っているのに気が付きました。前回は気が付かなかった狼像です。

対ではなく、1体だけです。これは前からあった古いお犬さま像らしい。拝殿内の古い写真には、これと同じような像が映っているので、もしかしたら、そのお犬さま像なのでしょうか。

その他、前回は写真に撮らなかった旧本殿の常盤堅盤社前にも1対のお犬さまが護っています。これは寛保三年(1743年)に奉納されたものですが、いわゆる狛犬と狼像の中間型のような姿です。

山を下りようとしたとき、遠くに柔らかい夕陽を受けて美しい日出山が見えました。
 
 
 
 
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2017/12/10

日本経済新聞の記事「樺太犬タロ・ジロの像、なぜ大阪に?(もっと関西)」

161106_4(大阪府堺市 大浜公園の「樺太犬の慰霊碑」)

161106_5(大阪府堺市 大浜公園の「樺太犬の慰霊碑」)

161106_6(大阪府堺市 大浜公園の「樺太犬の慰霊碑」)

161130_2(東京都立川市 国立極地研究所の樺太犬の群像)

161130_3(東京都立川市 国立極地研究所の樺太犬の群像)


先日、コメントを求められた日本経済新聞の記事が出ました。

「樺太犬タロ・ジロの像、なぜ大阪に?(もっと関西) とことんサーチ」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24365300X01C17A2AA2P00/


大阪府堺市の大浜公園に置かれている「樺太犬の慰霊碑」について、深堀した記事で、俺も知らない事実が書いてあり、へぇ~と感心しました。

その中で、慰霊像の作者、岩田千虎さんのお孫さんの自宅にはタロ、ジロらの像の原型が残っているそうです。そのうち見せていただきたいですね。岩田さんの思いがもっとわかるかもしれません。

岩田さんは獣医でしたが、彫刻は長崎の平和祈念像の北村西望さんに師事したそうです。そして多くの動物像を製作しました。各地に岩田さんの作品は残っています。

「樺太犬の慰霊碑」は、南極に置き去りにされた犬たちを慰霊するために建てられたものです。岩田さんは動物が人間に不当に扱われることに心を痛めていたようで、この慰霊像を作った動機も、そこらへんにあるようです。

15頭の群像ですが、第一印象は、悲しい群像だなと思いました。犬たちの姿は「別れを惜しみながら立去って行く越冬隊員に向かって遠吠えを続けている姿」だそうです。とくに後姿には悲しさがあふれています。

だから「犬像の中でも、これだけ人々の胸にぐっと迫ってくるものは他にないのでは」とコメントしました。

昭和33年に設置されたときはコンクリート像でしたが、昭和62年、ブロンズ像に作り代えられました。

「このカラフト犬慰霊像は昭和33年7月に南極地域観測隊の第一次越冬隊(S 32.2.15~S 33.2.11)に協力した15頭のカラフト犬の霊を慰めるため堺市在住の獣医で彫刻家岩田千虎氏が別れを惜しみながら立去って行く越冬隊員に向かって遠吠えを続けている姿をコンクリートの像に仕上げ 市に寄贈され 当時水族館の南側遊園地に設置されたものですが 像の風化が著しくなったので このたび原型像に忠実にブロンズの像に復元制作したものです 昭和62年3月31日 堺市公園部」

第3次南極観測隊がタロ、ジロと再会するのは昭和34年なので、まだタロ、ジロが生きていることはわからなかった時です。だから、全頭亡くなったと思って、この慰霊碑は作られました。

「どうして犬たちを置き去りにしたんだ?!」と、日本中から大バッシングを受けていた、その抗議の嵐の真っただ中で建てられた慰霊碑であったようです。岩田さんはその時代の雰囲気も表現したのではないでしょうか。

それと対照的なのが、東京都立川市の国立極地研究所の樺太犬の群像で、こちらは、タロ、ジロが生きていたということがわかった後で製作された像です。

こちらは犬係だった北村泰一さんの次の言葉を参考にして配置されています。

「残されたカラフト犬たちの脳裏に故郷北海道の懐かしい風景が浮かんだと思うのです」

やはり、こちらは「悲しさ」ではないんですね。
 
 
 
 
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2017/12/09

六本木・ストライプハウスギャラリーで開催の玉川麻衣さん個展「流転抄」

Dnb_drdvaaavdlv(『流転』 玉川さんのツイッターより)


玉川麻衣さんの狼の絵を初めて見たのは、今年7月に開催されていた「狼伝承と登る七ツ石山展」でした。

第一印象は、これはなんだ?!という驚きです。ペンで描いた細密画です。

玉川さんには怒られるかもしれませんが、あの鶴の恩返しの「つう」が、自分の羽を抜いて織物にしているような、心身を削って絵にしているような印象です。
 
 
六本木・ストライプハウスギャラリー
〒106-0032東京都港区六本木5-10-33-3F
Tel:03-3405-8108
 
 
今回のギャラリーには「野晒し」シリーズと、狼の絵が展示してありました。

玉川さんの言葉も掲げられていて、七ツ石神社や神社を護っている狼像のことに触れたあと、

  今回の狼図は、その狼たちを思って描きました。

  失われゆくもの、忘れられゆくもの

  崩れかけた狼像は大切なものを必死で守っているように見えたのです。

とありました。

「失われゆくもの、忘れられゆくもの」と聞いて、山形県高畠町にかつていたという高安犬のことを思いました。

「チンは高安犬としての純血を保っていた最後の犬だった、と私はいまもって信じている。」

という書きだしで始まる直木賞受賞作家・戸川幸夫の『高安犬物語』がありますが、高安犬に魅かれる理由を「亡びゆく種族への愛惜」と書いています。

高安犬も日本狼も滅んでしまったのですが、七ツ石神社の狼像は傷つきながらも、時代の流れに必死であらがっている姿にも見えてきます。

七ツ石神社へ向かう登山道が舞台になっているので、空間的なストーリーもあり、暗い異界へ分け入るわくわくする感じ、怖い感じ、にもかかわらず、矛盾するようですが、山の静けさの中にスーッと入っていくような心地よさも感じます。

絵に描かれた狼たちはまさに山の神の使いのようです。そして狼が玉川さんご自身の姿でもあるのでしょう。
 
 
 
 
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2017/12/08

ヴィーノと取材を受けました

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来年は戌年ということで、『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』についての取材依頼が立て続けにありました。

1紙は、ヴィーノもいっしょに、というリクエストがあったので、近くの公園で待ち合せました。

癲癇持ちと軽い認知症のヴィーノですが、体的にはまったく問題がないので、元気に走るし、見た目、普通の犬と変わりません。だから新聞に載っても、この事情を知らなければ、普通のビーグル犬と映るでしょう。

まぁ、俺としても、「病気」を隠すわけではないですが、なるべくならヴィーノの天真爛漫で陽気な犬、といったイメージは大切にしたいなぁと思っているので、普通の犬でいいのですが。

ちょうど紅葉のきれいな木があったので、それをバックにしての写真。俺とヴィーノのツーショットか、妻も入ったスリーショットが使われるか。


それぞれ、どうして犬像を撮るようになったのか、犬像の魅力とは何なのか、そのあたりを話しました。全国にこれだけたくさんの犬像があることの驚き、犬像の背景にあるエピソードが面白いなどです。

嫌なニュースが多い中、年末年始で、楽しい話題でいいかもしれません。

それと記者さんに指摘されて、あらためて思ったことですが、「棚田」と「犬像」は見た目は違いますが、根底にある興味の持ち所は同じかなぁと。どちらも日本を知るための切り口の違い、というだけです。そんなことにも気付きました。

記事掲載日が決まったらお知らせします。
 
 
 
 
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«今日から、二十四節気「大雪」、七十二候「閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)」