2017/07/28

【愛犬物語百景 其の百七十八】 東京都杉並区 吉祥院の御嶽山神社

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京王井の頭線、高井戸駅から環八通りを400mほど南に歩くと、細い通りが象頭山遍照寺 吉祥院への参道になっています。

通称高井戸不動尊。高井戸のお不動さんとして近隣の信仰を集めています。

70mほど進むと山門がありますが、その手前に、御嶽山神社が鎮座します。

鳥居の内側には1対のお犬さまが社を護っています。

お犬さま像は、細身のタイプで、よじった体の背中はあばら骨が浮き出しています。小ぶりながら迫力があります。守護獣としてふさわしいお姿です。
 
 
 
 
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2017/07/27

赤ちゃんパンダの名前を公募、7月28日から募集開始

080510(写真は、中国四川省成都動物園で撮影した大熊猫、パンダです)


上野動物園ですくすくと育っているパンダ赤ちゃんの名前公募が始まります。募集は28日からだそうです。俺も応募するつもりです。

上野動物園公式サイト

歴代のパンダは「カンカン」とか「ランラン」とか、1文字の繰り返しが多い(すべて?)ようですが。

まず、上に掲載したパンダは中国で撮影し、少し薄汚れていますが、パンダの白にこだわってみました。

「バイバイ(白白)」 → 悪くないとは思いましたが、別れのあいさつ「バイバイ」と同じ発音だし、中国語では「むなしい」という意味になってしまいます。

「バイゴン(白宮)」 → これも悪くないとは思いますが、中国語で「ホワイトハウス」になってしまいます。

「メイバイ(美白)」あるいは「バイメイ(白美)} → 「バイメイ」は「売名」に通じてよくないかも。

「バイリー(白麗)」あるいは「リーバイツ(麗白子)」 → 「リーバイツ」はどこかのブランド名のようになってしまいますが、「子」を付けて可愛らしさを表現。

「ヘイバイ(黒白)」あるいは「ベイヘイ(白黒)」→ どことなく「白黒はっきりさせる」とかいったニュアンスを感じてしまうし、音の響きがなんとなく可愛らしさに欠けます。

「チーグバイ(七割白)」あるいは「パーグバイ(八割白)」 → 白い部分が何割かで決めたらどうでしょうか。白い部分は約7、8割と判断して付けた名前です。ただ、呼びづらいかな。

なんとなく、ピンときません。

やっぱり1文字の繰り返しになるかな。ちなみに前回の募集で一番多かったのが「メイメイ」だそうです。たぶん、「美美」だと思います。

また、季節にこだわった名前を考えてみます。

パンダが生まれたのは6月12日。旧暦で皐月十八日、二十四節気は「芒種(ぼうしゅ)」、前後の七十二候は「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」と「梅子黄(うめのみきばむ)」などがあるので、このあたりを参考にしてみます。

「インイン(蛍蛍)」

「シァシァ(夏夏)」

あまり意味にこだわると、だめかもしれません。しょせんここは中国ではないし。意味ではなく、あくまでも音。募集は「カタカナで」ということなので。

「ウェィウェィ」

「イェンイェン」

「ピョムピョム」

「ピャムピャム」
 
 
 
 
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2017/07/26

イラン映画 『ボーダレス ぼくの船の国境線』 を観て

170726(イラン ヤズド・マスジェデジャーメ)


第27回東京国際映画祭で、「アジアの未来部門」の作品賞を受賞したイラン映画『ボーダレス ぼくの船の国境線(原題:Borderless)』を観ました。

政治的メッセージが難しいイラン映画では、子供が主人公の映画が多く(そうならざるを得ないところもあり)、これもまた子供目線の映画の一作品ということでしょう。

「イランとイラクの国境付近の川に浮かぶ一隻の古ぼけた船。そこに住む少年と侵入者たちの言葉を越えた交流を描いた感動作。ペルシャ語、アラビア語、英語を話す登場人物たちは、最初から最後まで言葉によるコミュニケーションをとることができない。1980年代のイラン・イラク戦争後、今もなお紛争が続く中東の厳しい現実がリアルに描かれる一方で、時代設定や彼らの国籍、年齢について、映画は多くを語ろうとしない。また、プロの役者でなく地元に住む素人の子供たちを起用することで、彼らの豊かな表情と身振りを見事に描きだしている。」(Lucky Nowの「【ボーダレス ぼくの船の国境線】子供が主人公の名作が多いイラン映画」から引用)

この映画を観て、韓国映画『トンマッコルへようこそ』を思い出しました。

韓国軍兵士、北朝鮮軍兵士、アメリカ軍兵士が、偶然にも、桃源郷の村「トンマッコル」に迷い込み、最後は、村を守るという話です。「殺しあう」「闘う」ことが馬鹿らしくなるほど、村人は素朴で善良です。実際兵士たちは、敵ながらも、お互いを認め合うようになります。

『ボーダレス』でも、国境の廃船で3人が出会いました。主人公の少年はイラン人、赤ちゃんを連れた女の子はイラク人、そして脱走兵らしいアメリカ人。

3人はそれぞれ「敵」でもあるわけです。偶然この廃船で出会い、つかの間、3人の共同生活が始まります。そこが『トンマッコルへようこそ』と似た状況です。

誰のための戦争なんだろう?と考えてしまいます。戦争は国対国でやっているだけ。この3人にとっては迷惑な話でしかないということです。

イラクの少女は、アメリカ兵から村を焼かれたらしく、最初このアメリカ兵に憎悪をむき出しにしますが、このアメリカ兵がやったわけではなさそうです。少女はそれに気が付きます。ひとりの「人」として見えるようになり、「敵」というレッテルは取れました。それからだんだん心を通わせるようになっていきます。

またこの映画では、あまりセリフがありません。まぁ、実際、こんな状況だったら、言葉は無意味です。むしろ表情や身振り手振りが大切です。言葉が通じなくても、心は通い合うということはよく言われますが、俺も外国旅行での体験からそれは感じます。言葉が逆に障害になることもあります。

セリフが少なく静かな中、船の床板や部品の金属音が擦れ合い、ギシギシした音だけが耳障りです。はっきり言って不快でした。

でも、そこに、かえって子どもたちの置かれてる環境(戦争状態も含めて)の過酷さ(痛さ)が表現されているのではないかと思いました。鉄の船の中で裸足で生活するすることを想像するだけで、痛さが伝わってきます。

唯一、アメリカ兵のキャスティングはこれでよかったのかなぁと疑問が残ります。マッチョで少し怖い感じなのです。

じゃなくて、もっと細面の優男であったら、子供たちの恐怖心も薄れたのではないかなと思うし、本人がこの戦争に嫌気がさして脱走することにした事情も、もっと説得力を持った気がするのですが。
 
 
 
 
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2017/07/25

【愛犬物語百景 其の百七十六~百七十七】 東京都三鷹市 西牟礼御嶽神社&東牟礼御嶽神社

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170725_3(西牟礼御嶽神社)

170725_4(西牟礼御嶽神社)

170725_5(解体中の東牟礼御嶽神社)

170725_6(解体中の東牟礼御嶽神社)


京王井の頭線の三鷹台駅から南西に歩いて約20分。

西牟礼御嶽神社は、人見街道と連雀通りの分岐点にありました。境内は狭いですが、ちゃんと掃き清められていて、社にはお札と、参道には1対のお犬さまが奉納されています。小さいながらも地元の信仰がきちんと続けられていることを感じさせます。

西牟礼御嶽神社の撮影を終えて、東の方向へ2kmほど歩いたとき、道に迷ってしまいました。

たまたま道で掃除をしていたおばさんがいたので、東牟礼御嶽神社の場所を尋ねたら、

「昨日から壊していますよ」

というのです。どういうことですか?と聞き返すと、このおばさんも御嶽講中の人だそうで、

「先日、本山の御嶽神社の方から神主さんがみえて、魂(神霊?)を抜く儀式も済ませて、ちょうど昨日から神社を壊し始めたんです。急いで行かれたらいいですよ」

お犬さま像はどうですか?と聞くと、

「まだあるかもしれません」

という。

神社を管理している人ならもっと詳しいことが分かるのでは?と教えられ、あとで、訪ねてみることにしました。

そこから300mほど行くと、道路の拡張工事のため、社殿の半分ほどが壊されたところでした。ちょうど正午過ぎで昼の休憩時間だったので、工事は中断していました。

中を覗いたら、お犬さま像は見当たりません。すでに撤去された後だったようです。1基の石碑がかろうじて残っていました。それは昭和51年、御嶽神社屋根銅板工事の時に寄贈された碑でした。

なんということでしょうか。実は1週間前に訪ねる予定だったのです。あの井の頭公園とオオカミ伝説の「犬むすびの松広場」を訪ねた時です。そのまま牟礼御嶽神社も撮影しようと思っていたのですが、猛暑に耐えられず(頭痛もして)、次回、続きをやろうと思ったのが失敗でした。1日差で、神社の写真を撮りのがすとは。貴重な資料を失ってしまいました。

神社を管理をしていいたお宅では、突然の訪問にもかかわらず、状況について教えてくれました。

前日、地元の神社の神主さんを呼んで、お祓いをしてもらい、解体作業を始めたといいます。

ここでは毎年10月14日、15日の祭りに、本山である青梅市の武蔵御嶽神社から神職さん(御師さん?)が来られて、お札を頂戴していたという。去年は不幸があったので祭りはやっていません。だから一昨年が最後になったとのこと。

お犬さまの像はあるお宅に安置しているとのことなので、もし写真が必要になってきたら、そのお宅を訪ねようと思います。
 
 
 
 
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2017/07/24

【愛犬物語百景 其の百七十五】 東京都足立区 六町神社のお犬さま像は「闘志型」

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つくばエクスプレス・六町駅の東、約300mほどのところに、玉垣に囲まれた六町地域の氏神様、新しい六町神社が鎮座します。

区画整理事業によって新築された神社だそうです。現在、周りは区画整理真っ最中で、「立ち入り禁止」の看板が立ち、フェンスが張りめぐらされています。「入れない」と思ったのですが、フェンスを回り込んだら、北側からの道が神社境内に通じていました。(駅の方から来るとすぐわかります)

山間の古社の苔むした感じとはまた違った趣があります。清潔感が漂っています。つくばエクスプレスの駅から近いということもあって、未来を感じさせる神社でもあります。

これから風雪雨晴や周辺の人々の喜怒哀楽が、毎日毎日この場に上書き保存されていくはずです。なので、あと数百年経てば、歴史を感じさせる「古社」になっているでしょう。

境内の「六町神社の由緒」の碑文によれば、神社は「三峰様」とも呼ばれ、もともと六月村の出である清水家の屋敷神だったようです。昭和8年(1933年)に近くの3つの神社を合祀して六町神社になりました。

平成21年(2009年)に700mほど離れたところから遷座し、この新らしい社殿が完成しました。地域の人たちにとっては大事な場所なので、移築して縮小しないようにと土地を寄付し合い、174坪の規模の神社になったそうです。

そして立派なお犬さま(狼)像が新社殿を護っています。三峯神社の三ツ鳥居に鎮座するお犬さまと似ている筋肉質のお犬さま像です。

現代ではあまり使われなくなりましたが(とは言え、初対面ではそんなイメージを持ってしまいますが)、クレッチマーが20世紀初頭に唱えた人格類型論があります。体形、気質、性格特徴を関連付けるものです。

たとえば、やわらかで丸い体形の「肥満型」は、陽気で快楽的であり、「細長型」の人は控えめで過敏なところがあり、筋肉の発達している「闘志型」は、自己主張的で精力的という人格類型です。

クレッチマーの類型論で言うと、六町神社のお犬さまは「闘志型」です。

クレッチマーではないですが、お犬さま(狼)像は、あきらかにタイプがあります。それがどのくらいの数に分けられるかわかりませんが、年代、場所などによって、お犬さま(狼)像のタイプ分類は調べたら面白いかもしれません。
 
 
 
 
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2017/07/23

【愛犬物語百景 其の百七十四】 東京都足立区  上谷中稲荷神社内三峯社のヨガポーズのお犬さま像

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北綾瀬駅を出て、北へ約300mほど歩くと、上谷中稲荷神社があります。社殿前には跳ねたお狐さまが鎮座する稲荷神社の世界です。

境内の右奥へ進むと、平成3年に建立された三峯社があります。台座のプレートには「三峯山氏子中」の奉納者の名前が刻んでありました。秩父・三峯神社から勧請したものではないでしょうか。

そしてヨガのポーズをしているような1対のお犬さま像が鎮座しています。これは稲荷神社の跳ねたお狐さまの影響なのでしょうか。同じようなポーズです。躍動感があり、すばらしい造形です。ただ腰痛持ちの俺には、少し辛いポーズに思えます。

今のところ、実際に拝見したのはここが初めてですが、お犬さま像を調べた中では、他にもヨガのポーズのお犬さまがいらっしゃったような気がします。どこだったか忘れましたが、そのうち巡り会えると思います。
 
 
 
 
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2017/07/22

台湾のヒアリ(紅火蟻)探知犬。ビーグル犬が救世主になるか

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台湾にはすでにヒアリが上陸しています。ヒアリは「紅火蟻(入侵紅火蟻)」と呼ばれているらしい。

その駆除に、ビーグル犬が活躍しています。

ヒアリの巣を嗅覚で見つける探知犬は、ほとんどビーグル犬だそうです。

さすが鼻がいいビーグル。それはヴィーノと暮らしている中で、俺も日々実感しています。視覚ではヴィーノに負けない自信がありますが、嗅覚では無理です。

TVで見ましたが、台湾からこの探知犬のレンタルが可能だそうです。2匹を8日間レンタルすると280万円(作業員4名ふくむ)だそうです。高いのかどうなのか。

子犬の部屋」というHPには、犬の嗅覚について書いてあります。

犬の嗅覚能力は、夏場、4割ほど落ちるといわれているそうです。それは「パンティング」と呼ばれる口呼吸によって絶えず体温を下げ続けていなければ、熱中症にかかってしまうからだそうです。

そういえば、最近のヴィーノはいつも口呼吸していますね。人だけじゃない、この暑さには耐えられません。

またこのHPには、嗅覚を生かした犬の仕事のリストが載っていました。

麻薬探知犬、警察犬、ガン(癌)探知犬、遺体探知犬、放火探知犬、トリュフ探知犬、シロアリ探知犬、ハブ探知犬。このあたりはまぁまぁ想像できる範囲です。

面白いと思ったのは、DVD探知犬? 「主として違法コピーで大量に複製された海賊版DVDを、空港などで探知します。DVDに含まれるポリカーボネイト樹脂の臭いを嗅ぎ取ります。」とあります。

トコジラミ探知犬? 「2010年、ニューヨークでトコジラミが大発生した折は、トコジラミ探知犬という特殊な能力をもつ犬が発見に貢献しました。」だそうです。

考古学犬? 「オーストラリアのドッグトレーニング協会に所属する「ミガルー」という名の雑種犬が、肉片のついていない人骨をかぎ当てることができる、世界初の「考古学犬」として活躍しています。」とのことです。

いろいろありますね。

そして今、「紅火蟻探知犬」が台湾で活躍中ということです。沖縄ではすでにレンタルしたことがあるようです。気候風土が近いので、それだけヒアリに対する危機感が大きいということでしょう。

農家は深刻です。棚田や畑などの耕作地にヒアリが住み始めたらたいへんです。なんとかヒアリの侵入と定着を防がなければ。でも、それが可能なのかどうか。日本の運命はビーグル犬にかかっている?
 
 
 
 
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2017/07/21

【愛犬物語百景 其の百七十三】 東京都足立区 千住神社内の三峯神社

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北千住の駅から歩いて約25分のところ、静かな住宅街の中に千住神社があります。

ここにも冨士塚がありました。浅間神社を勧請した「千住宮元富士」です。

大正12年に築かれましたが、一度大震災で崩壊し、昭和11年に再び築かれました。

また願掛け恵比寿さんの像があり、台座が回転するようになっています。男は左回り、女は右回りで回した後、願いに応じた願掛け箇所をハンカチで撫でるのだそうです。だから俺は回した後、頭を撫でました。

恵比寿さんの隣に境内社があります。これは恵比寿神社、八幡神社、三峯神社の三社を祀る小社で、向かって右側が三峯神社です。それで両側にお犬さま像が1対鎮座しています。

お犬さま像は、弘化2年(1845年)に奉納されたものです。かなり古いものです。すばらしい曲線ですね。とくに後ろから見るとよくわかります。かなり洗練された造形ではないでしょうか。

残念ながら、右側の像の顔のマズル部分が欠けています。

そう言えば、全国各地のお犬さまでマズル部分が壊れていた像を何度か見ましたが、「阿吽」の「阿」像が多いような気がします。口が開いているので石材が薄くなって、壊れやすいからでしょうか。

ちなみに、本山の三峯神社には、年代が分かっている秩父で最も古い、文化7年(1810年)のお犬さま像が拝殿に上る階段の左右に奉納されていました。

また、大岳山山頂直下の大岳神社(まだ行っていません)のお犬さま像は、宝暦9年(1759年)に奉納されたもので、国内で2番目に古いそうです。
 
 
 
 
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2017/07/19

【愛犬物語百景 其の百七十二】 東京都墨田区 長命寺「六助塚」

170719_1(桜橋から望む隅田川と東京スカイツリー)

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170719_3(長命水の井戸)

170719_4(芭蕉の句碑)

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墨田区向島に桜餅で有名な長命寺(通称:風流寺)があります。

ここにユニークな犬像があるとわかったので参拝しました。

隅田川にかかる×字形の桜橋を渡ると、左岸には明治4年に建てられた墨堤常夜灯が残されていました。渡し船には灯台代わりになった常夜灯です。

その常夜灯の東側に長命寺があります。

境内には「長命水」の井戸と多くの石碑がありました。遠く空には東京スカイツリーが見えます。

長命水の由来によると、徳川三代将軍家光が御鷹狩りで当地を訪れたとき、急に腹痛をもよおし、井戸水で薬を服用したところ、傷みが止まったので、長命水と命名されたそうです。

境内に点在する30基ほどの石碑の中には、芭蕉の句碑「いささらば雪見にこ路ふ所まで」もあります。その他、歌碑、俳句碑、狂哥碑、筆塚、人物碑、墓石など様々です。

その中に明治21年4月建立された「六助塚」の碑と犬(頭)像がありました。

石碑の高さは152cmの細長いものでした。上部に「鼠取誉犬」とあります。その下には漢文で顕彰文が彫られています。この碑がユニークなのは、碑の根本に六助の頭像が転がっている点ではないでしょうか。

いや、もちろん「転がっている」わけではないのでしょうが。頭は幅20cm、長さ28cmあります。でも、どうして地面に体が埋まったような状態になっているのか、不思議です。

六助とはどういった犬だったのでしょうか。

倉林恵太郎氏の「鼠を取(捕)る飼い犬「六助」」に、碑文が掲載されているのでそこから引用させてもらうと、

「名前は六助,生まれつきの性質は強く,ものごとに屈せず,幼いときより北新川のある酒問屋で飼われていた。飼い主に対して忠実で家を守り,また勤勉であったが,この犬は鼠を取る珍しい技能を持っていた。おおよそ,鼠の類に遭遇した場合,数々の猫より身軽ですばやさが優り,鼠は死をまぬがれることはなかった。これをもって六助は鼠を取り,数年間,人に対して被害を加えなかった。突然,屠犬者によって斃死した。縁故の皆様が悲しみ,その不幸のため資金を集めて碑を建てて,その魂を慰さめた。」

とあります。

ネズミを捕るという珍しい犬でした。猫よりも身軽というのだから小型犬だったのでしょうか。犬像を見ると、柴犬のようにも見えます。

特殊技能の持ち主ですが、慰霊碑まで建ててもらっているのだから、ネズミを捕らなくても愛されていた犬に違いありません。

ところで、首だけ地面にあるのがユニークな犬像なのですが、これを見て、あることを思い出しました。。

【愛犬物語百景 其の九十二】石原賀茂神社 例幣使一行を助けた救命犬之像」でも紹介したように、切られた犬の首が大蛇に食らいついて、下にいた人間を助けるという話です。(小白丸型伝説)

結局、首を切られてまで人間を助けた犬の忠義を称える話でもありますが、逆に言えば、人間は、吠える犬の首をはねてしまう(犬を信用していなかった)という後悔の話にもなっています。

六助は、野犬狩りに殺されたようです。明治時代になって、無主の犬は、一掃されてしまうわけですが、おそらく六助は酒問屋で飼われてはいても、日ごろは自由に歩き回っていた犬だったのかもしれません。だから野犬と誤解されて殺された。

六助は理不尽な死に方をしたということにもなるでしょう。その思いは、かわいがっていた人たちも同じだったはずです。

それであえて、首だけ(首を落とされた状態)にしたのかもしれません。つまり、六助の怨念を鎮めるためと、殺した人間への恨みも込めて。

Wikiの「犬神」には、犬の頭がどれだけ霊力が強いかという話があります。(愛犬家は卒倒しそうな内容です) 六助の飼い主たちがここまで考えていたかはわかりません。

もしかしたら、頭だけ地面から出ていて、実際は、地中に全身が埋まっているのかもしれませんが、そうなると、話はまた違ってきます。(そのうち寺で聞いてみるつもりです)

ところで、六助が飼われていた酒問屋は「北新川」とありますが、倉林氏は、現在の永代橋西側、中央区新川1丁目付近だろうと推測しています。長命寺からは南へ約6kmのところです。
 
 
 
 
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2017/07/18

【愛犬物語百景 其の百七十一】 旧2円切手のモデル秋田犬「橘号」

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これは旧2円切手の秋田犬。

よくこんな切手を持っていたなぁと思いますが、小学・中学のとき、学校で切手集めが流行って、俺も一時期集めたことがあったのです。でも子供なので、高額な切手は買えず、郵便局で普通に買えるものが中心だったと思います。

秋田犬2円の発行日は、昭和28年(1953年)年8月25日。発行されたとき、初日カバーには、忠犬ハチ公の写真が使われていたようです。なので、この切手の秋田犬もハチ公だと思った人がいたとしても不思議ではありません。紛らわしい初日カバーですね。

実は、モデルはハチ公ではなく、「橘号」だと言われています。 「橘号」は昭和18年3月15日生まれの雌の秋田犬の純血種です。

どうしてこの犬がモデルに採用されたのか、調べてもよくわかりません。どなたか知っていましたら、教えてください。

当時、封書10円、はがき5円だったので、2円切手はそれほど使われなかったのですが、1989年の消費税導入で封書62円になったことでたくさん使われたようです。

1953年から1988年までの初代のデザインと1989年から2002年まで発行された2代目のデザインは違います。2代目には「NIPPON」の文字が入りました。これは初代の2円切手です。
 
 
 
 
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