2017/06/23

【愛犬物語百景 其の百四十八】 静岡県浜松市 山住神社のお犬さまは家康を救った?

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静岡県浜松市の山住神社は、水窪からさらに8kmくらい山の中へ入ったところです。途中道にはところどころ落石が転がっていました。

軽トラックに乗ったおじさんがその石をかたずけていました。山道の維持管理は大変です。でもそれをやらないといざという時、通れなくなってしまう。山村の危機管理でもあるでしょう。

500mほど行ったら、「山住峠の湧き水」がありました。水が勢いよく流れ出しています。さっきのおじさんもやってきて、ペットボトルに水を汲みました。おいしい水だと言って、名古屋あたりからも汲みにくるそうです。

山住峠は4差路になっていて、山住神社の鳥居がすぐ近くに見えました。

さっそく鳥居のところ、両側にお犬さま(狼)の像が一対鎮座しています。牙がある像です。これは狼らしい。

神門を入ると、広い境内に2本の巨大な神木が。太い幹に朝日が当たっています。「山住神社」の幟がたくさんはためいています。神域にふさわしい幽玄な雰囲気の中、社殿から祝詞が聴こえてきました。

白い装束に薄青の袴をはいた宮司は、埼玉からお犬さまのお札を戴くために来たと知ると、さっそく社務所の窓をあけてくれました。そこには何種類のお札の中にお犬さまの姿が入ったお札がありました。

「埼玉の秩父では、これを「お犬さま」と呼んでいますが、ここでは何と?」
「お犬さまです。狼のことです」
「鳥居のところの狛犬像もお犬さまですか?」
「そうです」

でも、どうしてここが狼、お犬さまと関係するのか、わからないそうです。いろんなことがあって、そうなった、みたいな答えでしたが、その通りなのでしょう。このあたりも狼は猪鹿の害を防いでくれる山の神の眷属・神使として信仰されてきたということなのでしょう。

ところで、調べたら、2014年3月15日の静岡新聞「大御所の遺産探し4」には、1573年の三方ケ原の合戦で、武田信玄の攻勢を逃れて家康は山住神社まで逃れたときの伝説について書かれていました。神社の宮司によると、お犬様は家康の命の大恩人だったというのです。

記事には、

「敵軍が神社に迫るやいなや、空は雲に覆われ「うぉーうぉー」と山犬のほえる声が地鳴りのように響き渡った。肝をつぶし敵軍は退散し、家康は辛うじて難を逃れたという。鎌倉宮司は「お犬様のほえる声が家康の命を助けた。武田軍からしたら、敵の軍勢の足音にでも聞こえたんじゃないか」と思いをはせる。翌年、家康は神社を参拝し、後に刀を奉納したと伝えられる。(略)「毎月1、17の両日、お犬様にお神酒やお洗米をささげる儀式は欠かさない」と鎌倉宮司。」

とあります。

家康とお犬さまが関係していたのですね。

とにかく、あこがれていた山住神社のお犬さまのお札を頂戴できてうれしい。しかも、お札だけではなく、ちゃんとお犬さま像がありました。かなり立派な像が。
 
 
 
 
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2017/06/22

【愛犬物語百景 其の百四十七】 岐阜県恵那市 中山神社の土製のお犬さま

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岐阜県恵那市の山中に「お犬さま」信仰が息づく中山神社が鎮座しています。

ここは、数年前に紅葉の時期に訪ねています。ヴィーノを連れて日本一周しているときでした。

今回は霧雨が降り、境内の雰囲気は神秘的なものでした。

中山神社の何が面白いのかというと、拝殿横に造形的にも優れている独特のお犬さま像があるから。ここでもオオカミが神使です。そして土製の「お犬さま」もユニークなものです。

『狐憑きを祓うおいぬ様信仰』と神崎かず子氏の『陶製狛犬の伝来と民俗習慣に関する報告一「陶磁のこま犬百面相」展拾遺一』を参考に要約すると、

秩父の「お犬さま」は紙に刷ったお札ですが、中山神社では土焼き製の犬像をお借りすることができるのです。髙さ5~10cmくらい、鉄紬や瓦製のものが主で、細長い口吻部、長く直立した尾。狐と見間違えるようなお姿です。

ここの「お犬さま」はとくに、狐憑きを祓う効果がある、魔除けにもなるといわれています。

今ではあまり聞かなくなりましたが、「狐に憑かれた」とか「狐憑き」とは、狐の霊に取り憑かれたと言われる人の精神の錯乱した状態で、今でいうと精神病の一種と考えられる症状です。

お祓いを受けて、狐の霊を追い出すことで治そうとした、ということです。その効果があると信じられたのが中山神社のお犬さまです。

10月の例大祭のときに、その狛犬を持参してお祓いをしてもらい、自宅に持ち帰って祀り、病気が治ればその狛犬を翌年神社に返します。ただその時は、倍の数(2体)を返すことになっています。

昔からこの中山神社のお犬さまの効果は知られていたらしく、日本各地から、ここのお犬さまの狛犬が発見されているという。

神社の境内には、お犬さまを祀った祠が設けられています。お犬さまが10体ほど並んでいました。素朴な美しさがあります。去年の例大祭で返されたものでしょうか。
 
 
 
 
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2017/06/21

今日は、二十四節気の「夏至(げし)」、七十二候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」

150622(「靫草(ウツボグサ)」、別名「夏枯草(カコソウ)」)


夏至(げし)は、二十四節気の第10番目。一年で最も昼が長い日です。

冬が長い北欧を中心に、夏至祭というものが行われるようです。

夏至は恋人とめぐり合える「愛の季節」でもあるそうで、ウィキペディアには、こんなことも書いてあります。

「北半球では、性欲をかきたてる日とされており、スウェーデンの民俗学者によると、夏至を祝うミッドサマーの祝日から9ヶ月後に生まれる子どもが多いという。」(Wiki

果実もこの時期の太陽光線をいっぱい浴びて、秋には実をつけます。「愛の季節」というのは妙に納得できます。

そして夏至の初候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」ですが、「乃東」というのは、「靫草(ウツボグサ)」のこと。「靫(うつぼ)」というのは、武士が矢を入れて持ち歩いた用具のことです。

別名「夏枯草(カコソウ)」。夏に花が枯れて黒褐色になるからですが、利尿剤や消炎剤として使われているそうです。

上に掲載の写真がウツボグサですが、近くの公園の「薬草園」の花壇にありました。花の後ろにボケて入っているのが枯れかかっているウツボグサです。
 
 
 
 
 
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岐阜県恵那市 大正時代の街並みを残した「日本大正村」

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恵那市中心部から中山神社へ向かっている途中、明智町に「日本大正村」というところがあり、立ち寄りました。

大正時代の街並みを保存した大正村は、重厚な造りの村役場や、土蔵造りの資料館、八幡神社など、「まちおこし」で誕生した街全体をテーマパーク化したもので、普通に市民が生活しているので、全部が全部大正時代のものではありませんが、逆に、生活感があって、作りこみ過ぎた嘘っぽさは感じません。

2015年から、竹下景子さんが三代目村長として務めているということです。

訪ねた時は、大正村バラ祭り開催中でした。
 
 
 
 
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2017/06/20

岐阜県高山市・恵那市 「田毎の月」

170620_1(岐阜県高山市 田毎の月)

170620_2(岐阜県高山市 田毎の月)

170620_3(岐阜県恵那市 坂折棚田)


「田毎の月」を撮り始めて何年経ったでしょうか。

田んぼに水があり、稲が植えられてはいても、その稲が育ち過ぎないころで、天気の良い夜、という条件が必要なので、ほんとに年何度かのチャンスです。

しかも月を満月に限定すれば、ほぼ、1年に1回ということになってしまいます。その日、天気が悪かったら諦めるしかありません。

高山市の田んぼで撮影した時は、満月の3日前。だから暗くなりかけたころ、すでにかなり中空高く位置しています。周りに街灯などの光のない田んぼを探して撮影しました。

翌々日、岐阜県恵那市の坂折の棚田を通過。

田植え直後の田んぼですが、まだ「青々」といったところまではいっていませんでした。

この夕方から雨が降り始め、結局、翌日もほとんど1日中雨で、坂折棚田の「田毎の月」は今回あきらめました。

3年ほど前、すでに坂折棚田の「田毎の月」は撮影しているのですが、また来年来てみます。「田毎の月」という言葉を初めて、農家のおばさんから聞いたのがここだったので、思い入れのある棚田なのです。

しかも印象深かったのは、おばさんは、「昔は田毎の月もきれいでした。でも、月が追ってくるようで怖かったです」というような話をしてくれて、「美しさ」と「怖れ」が同時にあるもんなんだなぁと思ったのでした。

世界には、月を見るとおかしくなるという言い伝えが多くあります。

「狂気」のことを英語では「lunatic ルナティック」。語源は後期ラテン語「lunatics」=「月に影響された」。「lunacy 」 =「精神異常。狂気」、「moonstruck」=「心が乱れた。狂気」 という言葉もあります。

ちなみに、日本語の「つき」は、昔「つく」と発音されて、「憑く」からきているとの説もあります。

どうして月は狂気と結びつくのでしょうか。いまだにわからない謎です。

ただ、清濁、善悪、明暗、相対するものが同居するものこそ美しいと思っているので、そういう意味で月は「きれい」ではなく「美しい」のです。「美しい」から「怖い」でもあるのです。

そして相対するものが同居するものには、神が宿ります。
 
 
 
 
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2017/06/19

【愛犬物語百景 其の百四十六】 岐阜県下呂市 西上田神社のテディベアのような犬像

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下呂市、西上田神社の境内には、少なくとも3対、6体の子犬型狛犬がいらっしゃいました。それぞれが個性的で、造形的にも優れたもので、じっくり見ていても飽きません。

とくに、階段上った左側に鎮座する狛犬は、子犬や子熊型で、しかも、顔の部分を中心に地衣類や苔類でおおわれ、まるでふさふさの毛が生えている「テディベア」のようです。可愛らしいです。つぶらな目のようなものもあります。

ほかには「おっさん顔」の狛犬もいたり。

さらに境内右奥には、山ノ神の文字碑がたくさん並べられて祀られていますが、ここにも両側には一対の犬像が守っています。首から肩にかけて渦巻き状の線刻があり、これは「たてがみ」の表現なのかもしれません。

すべては、飛騨高山地方でよく見る小型の犬像ですが、どういった由来があるのか、よくわからないようです。
 
 
 
 
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2017/06/18

【愛犬物語百景 其の百四十五】 日比谷公園内の「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)

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大手書店で、レジ脇に『全国の犬像をめぐる』を平積みしてもらっているのをツイッターで見て、あの中江有里さんのブックレビューは、あらためて影響力が大きいなぁと感心しています。

昨日は国会図書館で、「忠犬ハチ公」と、「お犬さま信仰」について調べました。

忠犬ハチ公については、『全国の犬像をめぐる』ですでに書いているんですが、まだまだいろんな新事実がわかってきて、それを増刷分で加筆するつもりです。

それと10月号の雑誌で「お犬さま(オオカミ)信仰」について写真と文章で発表する予定なので、調べなおしているところです。

犬と狼の間を、最近はいったりきたりしています。

もともと、「山犬」は「ニホンオオカミ」のことでしたが、山には、オオカミもいたし、オオカミと犬との混血もいたし、山で暮らす野犬もいたし、たまたま山に来たイエイヌもいたし、さらには、中国にはいて日本にはいなかった「豺狼」という動物が、日本人のイメージの中には存在していた、という具合で、たとえ、昔の人が「山犬」に遭遇しても、どれがどれだか区別はつかなかったというのが真相でしょう。

だから、「お犬さま信仰」と言っても、生物学上の「ニホンオオカミ」だけに対する信仰ではなく、こういったいろんな「山犬」を含んだ、「お犬さま」という抽象的なイメージが、山の神の使いとして信仰されたということなのだと思います。

それと、しっぺい太郎伝説や、霊犬早太郎伝説では、「あるところから山犬を借りてきて、ヒヒの怪物をやっつけてもらう」という構図になっていますが、考えてみれば、お犬さま信仰が盛んなところでは、「お犬さまのお札を借りてきて、猿や猪や鹿をおいはらってもらう」ということで、どうも、それが相似形に見えてきます。

偶然なのか、関係があるのか。

図書館へ行ったついでに、狼像、犬像を3体ほど撮影しました。これはそのうち改めて紹介するつもりですが、日比谷公園内の「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)だけアップしておきます。

この彫像は昭和13年にイタリアから東京市に寄贈されたものです。
 
 
 
 
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【愛犬物語百景 其の百四十四】 岐阜県飛騨市 白山神社

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飛騨市の白山神社は、集落のはずれの水田地帯に鎮座しています。

白山神社には、「いかにも狼」といったリアルな造りの狼像が置かれています。とくに「阿」像のシルエットは、狼の特徴をよく捉えているのではないでしょうか。大正15年4月に奉納されたものだそうです。

ここにも狼を山の神の使いとする狼信仰がありましたが、現在、お犬さまのお札はありません。

ところで、この日、風が強く吹いていて、動画も面白いかなと思ったので、動画をアップしてみました。動画の前半はここ、白山神社で撮影しました。
 
 
 
 

 
 
 
 
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2017/06/17

【愛犬物語百景 其の百四十二~百四十三】 岐阜県高山市 水無神社と久々野熊野神社

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水無神社には、狼像が3対あるようです。

道路に面した鳥居の傍には、純白の狛犬が鎮座しています。台座を見たら「平成29年5月吉日」とありました。なんと、1か月前に奉献されたばかりらしい。これも狼のお姿に見えます。「犬像病」なのでしかたありません。

解説看板によると、5月3日からの4日間、水無神社で「大祭」が開催されたようです。これは実に57年ぶりに斎行された祭りだったようで、大祭に合わせて奉献された狛犬なのでしょうか。

山門格子内には彩色された狼像があります。これは木製だそうですが、こういう狼像は初めて見るものです。すばらしい像です。カーッと見開いた目が邪悪なものの侵入を防いでくれているような迫力を感じます。

拝殿前にも石作りの狼像が鎮座しています。

それぞれ立派な狼像ですが、水無神社と狼との関係はよくわからないそうです。

水無神社のある一之宮町から久々野町までは車で20分くらい。場所が分からなかったので、道にいたおじいさんに熊野神社の場所を聞いてたどり着きました。

熊野神社は、階段を上り切った両側にL字型した狛犬が社殿を守っています。

これも「はじめ」タイプというのでしょうか。不思議な形です。

先端には顔の彫り物があるので、かろうじて狛犬だとわかります。もう一対の片側の像は、顔の部分がなくなっているので、完全にL字型(というか、Y染色体型?)のオブジェです。素朴さと古さを感じます。
 
 
  
 
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2017/06/15

昨日のNHK「ひるまえほっと」の「中江有里ブックレビュー」で、犬像をめぐる

170615_11(大分県 案内犬 平治像)

170615_12(千葉県 犬吠埼「犬岩」)


6月14日(水)、NHK「ひるまえほっと」の「中江有里ブックレビュー」というコーナーで、『全国の犬像をめぐる』が取り上げられました。

月一のコーナーだそうで、昨日は、『全国の犬像をめぐる』のほか、畑野智美著『家と庭』、磯田道史著『司馬遼太郎で学ぶ日本史』が紹介されました。

どうして中江さんが犬像の本を選んでくれたのか、昨日の番組を見てわかりました。

もちろん、犬好きということがありますが、それだけではありませんでした。

大分県に「案内犬 平治(へいじ)」という忠犬の像があるのですが、本でも触れたように、この犬は遭難者を山小屋まで案内するなど、登山者には有名な犬で、映画にもなりました。『奇跡の山 さよなら、名犬平治』という映画です。

この映画を実際には見ていないのですが、調べてみたら、事実とは少し違った設定の映画だったようで、主人公の少女・敦子が飼っていた犬というふうに映画ではなっていたようです。(本当は野良犬でした) この敦子を演じたのが中江有里さんだったのです。

昨年25年ぶりに平治像を訪ねたらしく、この本の中に平治像があったことで、取り上げてくれたようなのです。

また、全国にはこんなにたくさんの犬の像があるんだと驚いたとおっしゃってましたが、まったく俺がこの本をまとめようとした動機でもあるので、それを聞いて嬉しくなりました。

そして、この本を見て、銚子市の犬吠埼「犬岩」を訪ねたというので、ますます嬉しく思いました。夕映えの犬岩の写真も紹介してくれました。

本に収められた犬像を訪ねて歩くという楽しみ方を提唱してくれていましたが、ここもまさに俺たちが言いたいことで、それを中江さんが代弁してくれていたようで、感謝しています。

こちらのブログでも紹介していただいてます。

犬派にオススメ! 忠犬60匹の感動ストーリーを紹介した『全国の犬像をめぐる』」(6/15 Book Bang)

どこを開いても忠犬愛犬だらけ……犬派に読んでほしい『全国の犬像をめぐる』」(6/15 空犬通信)

 
 
 
 
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