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2005/06/26

イランから帰って 1

イランから無事に戻りました。飛行機の遅れもなく。

さすがに疲れました。あまり動きたくない心境です。イラン人の目になっているのか、新宿を歩いても、テレビを見ても、女性の肌の露出は、こちらが気恥ずかしくなってしまうほどです。ほとんど下着姿? ほとんど裸ですよ。イランじゃ考えられない。日本の女性はみな犯罪者です。ずっといると気が付きませんでしたが、俺はこんな国に住んでいたのかあと、あらためて思いました。(がっかりしたわけではなく、もちろん・・・)

フィルムを現像し、整理を始めたところです。イランの棚田を、初めてお披露目するのは、月曜日、K大学での特別講義で、ということになります。ホームページは、7月上旬を目指します。

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2005/06/21

イランから 9

3週間のイランの旅も今日で終わり。今日の夜中(というより明日の早朝か。午前3時半)、テヘランを発ってモスクワへ。そしてモスクワから東京へ。ちゃんと飛行機飛ぶかな。アエロフロートです。

実は、来るとき、アエロフロートの成田発が6時間遅れて、結局、モスクワからテヘラン行きの便に乗り遅れてしまいました。しかも、翌日の便が無く、モスクワに2泊するという悲惨なめに遭ったのです。モスクワは、ビザがないので、トランジットルームに軟禁状態。食事は与えられるものの、部屋のあるその階から外に出れないんだから、まいりました。体を動かすくらいしか楽しみがなくて、ストレッチをして時間をつぶしました。よく映画なんかで、牢屋に入った囚人が体を鍛えているシーンがあるけど、すごく気持ちが分かるようになりました。

今回、イランではいろんなところで食事をしました。そしてひとつ気がついたことがあります。
それは食事が終わるやいなや、時によっては、まだ飲みかけやら食べかけやらがあるにもかかわらず、さっと食器を片付けられてしまうということです。客で混んでいるからではありません。俺しかいなくてもです。

この方がいいという人もいるでしょうが、俺はどうもせかされているようで、落ち着きません。片付けられないように、ソフトドリンクのビンに片手を添えて、持っていかれないようになどと、妙な気を使ってしまいます。

食事をゆっくり楽しむことが、さも、いけないことのように感じてしまいます。宗教と関係あるんでしょうか。

かと思えば、チャイハネに入れば、水タバコをくゆらせて、何時間でも居座り続けても文句は言われません。ドライブインや、安食堂だけなのか、たまたま俺が入ったところだけがそうだったのか。3週間しかいないので、はっきりわかりませんが。俺の印象です。

そういえば、食事以外にも、たとえば、タクシーをチャーターして写真を撮っているときも、せかされたことが多かったように思うし、たとえば、旧市街など歩いていて、親切心から声をかけてきて、こっちに何がある、あっちに何があると、次々にいろんなところに連れて行こうとしてくれる人がいます。こっちは別に何を見たいというわけではなくて、その雰囲気にゆっくり浸りたいだけなので、どうも煩わしくなってしまう。

前にもちょっと触れましたが、車の運転の器用なこと。車線はあってないがごとし。なんだかちょこまかちょこまかしている感じです。それと歩き方。俺は歩き方が遅い方ではないと思っていましたが、イラン人の歩き方は全般に速いのではないでしょうか。もっとも、この暑さに参って、普段より俺のほうが遅く歩いているから、そう感じるのかもしれませんが。

せかされた印象はありますが、それも許容範囲内のことだし、イラン人に対しては、「チーン!(中国人)」「アフガニー!(アフガニスタン人)」と、ちょっとからかわれたことが気になっただけで、全体的にはいい印象でしたね。初回がいいと、また来たくなります。

それと、これはガイドブックには載っていませんでしたが、意外とびっくりしたのは、男性トイレに「小」がなかったことです。あるのは、個室の「大」だけ。

バスの発車間際に駆け込んでも、「小」なら大丈夫とタカをくくっていると、乗り遅れるかもしれません。「大」しかないので、男便所を混んでいて、順番待ちしなくてはならないことがあるからです。しかも、並ぶのに慣れていない俺は、次々に抜かれてしまいました。

男も座って小便します。(もちろん立ってやる人もいますが)バスの車窓から見ていたとき、男が草むらに駆け込んで、座って「立ち小便」していました。

これは、健康上の理由(尿石がたまりにくい。本当か?)と、宗教上の理由があると、あるイラン人は教えてくれましたが。たしかパキスタンあたり他のイスラム国でもそうだったかな。俺なんか座って「小」をやろうとすると、「大」まで出てしまいそうで怖いんですが。

それでは、みなさん、今後は日本からの更新になります。イランの写真については、なるべく早くアップしますので、期待していてください。

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イランから 8

ヤズドから乗った夜行列車はテヘランに午前4時半に到着。1等寝台を取ったのですが料金はバスとあまり変わらず、450円くらい。だからでしょうか、6人のコンパートメントは冷房も弱く、当然イランのことですから男女がいっしょになるはずはなく、むさい男が6人狭い空間に閉じ込められて、こんなんだったらバスでも良かったかなと思ったのでした。

午後8時に出て、30分すると突然小さな駅に止まりました。みんなぞろぞろと降りていきます。なんだろうと思ったら、お祈りの時間なんですね。ホームには200人ほどの男達が、西を向いて一斉にお祈りしていました。ただ全員ではなかったですね。5割くらいの人たちでした。

俺と同じコンパートメントの、金属関係のエンジニアの彼もお祈りはせず、一目散に売店に走り、ポテトチップスを買うのを見たので、俺も真似をして、夕食がわりのポテトチップスを買いました。ヤズド駅には当然サンドイッチの売店くらいあると思っていたので何も食べ物を用意していなかったのです。イランでは、食べ物がありそうなところに必ずしもあるとは限らないということが、だんだんわかってきました。

テヘランは、午前中は寝てすごしました。起きてからは、ゴレスターン宮殿やバザールへ。

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2005/06/19

イランから 7

まだヤズドにいます。今日の夜行列車でテヘランに帰ります。

今日は、アレクサンダー大王の牢獄などがある、旧市街を歩きました。モロッコのカスバのようなところもあって、迷路を歩いているようでした。けっしてまっすぐな道が無いので、すぐに迷ってしまいます。でも、それが楽しいんですが。できれば、一休みできるチャイハネが所々にあればなぁと思うんですが。何度も言いますが、ヤズドで日中歩くのはきついんです。とにかく暑い。今日いったい何リットルの水分を取ったかなぁ。

ところで、今回はシーラーズからバスでこの街に着いたとき、タクシーのドライバーから「安くていいホテル」といって連れてこられた旧市街の「シルクロードホテル」に2泊したのですが、なかなかいいところです。昔の隊商宿のように四方を壁で囲まれていて、門を入っていくと中庭があって、その周りが部屋になっています。こういった伝統的スタイルのホテルは、ヤズドの旧市街に少なくとも3軒見つけましたが、それぞれ趣があっていいですよ。泊まらなくても、お茶や食事だけでもOKです。

「シルクロードホテル」は、シングル10万リアル(約1200円)。ドミは3万リアル(約400円)。中庭は、チャイハネ兼レストラン。ここではキャメルの料理があります。キャラメルじゃありませんよ。ラクダです。頼んだら、キャメルの肉とジャガイモを煮込んだカレーでした。ごはんも頼んだので、ラクダカレーライス。キャメルは、牛肉のような歯ごたえと味で、癖が無く美味しかったです。日本に帰ったらこのラクダカレーライスの写真をアップ(たぶん、オリザ館です)しますので待っててください。もっとも、見た目、ビーフカレーとなんら変わらないんですが。

ところで、あるイラン人から宗教の話をされ、日本の「エマームは誰か?」と聞かれました。「エマーム」とは宗教の最高指導者のことだったと思いますが、はて? 俺は仏教兼アニミズムだと思いますが、どう答えるべきなんでしょうか? 仏教界の最高指導者なんて知らないし。

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イランから 6

今、ヤズドです。砂漠の町です。日中は特に暑く、陰を求めて壁伝いに歩きます。まるで壁沿いを、こそこそと歩き回るゴキブリ状態です。

町の中に立つミナレットに上りました。そこから見渡すヤズドの町並み。褐色の家並み、モスクや、バードギルと呼ばれる風採り塔が点在し、すばらしい眺めです。こういうのが。いわゆる「イラン」らしい風景でしょうか。カスピ海地方の緑豊かな、日本とよく似た風景は、俺たち日本人のイメージのなかでは、イランと結びつきませんでした。

夕方ゾロアスター教の「沈黙の塔」へいきました。1リットルの水を持っていきましたが、すぐ飲み干してしまいました。地元の暴走族が夕方になると集まってくるスポットらしいですね。遺跡のなかを我が物顔で乗り回していました。観光客には迷惑な存在です。


ペルセポリス遺跡&シーラーズ&ヤズド(aoyagikenji.com)

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2005/06/17

イランから 5

今日はシーラーズのエラム庭園とハーフェス廟などをまわりました。
エラムとは、楽園だそうです。完成度の高い庭園が美しく、緑が多くて、イランの乾いた風土では、楽園そのものですね。

選挙を明日にひかえ、街があわただしくなっているように感じます。

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2005/06/16

イランから 4

今、シーラーズです。今日は、世界遺産ペルセポリスへ行ってきました。

テヘランでは、爆弾テロがあったようですね。選挙妨害ですか?
ここは大丈夫でしょう。でも選挙が終わるまで気をつけないといけませんね。

ところで、イラン人は器用だなと、棚田を見たとき感じたんですが、あるバスの運ちゃんはすごかった。俺を隣に座らせてくれ、チャイをご馳走してくれるんです。もちろん、運転しながらですよ。ポットからグラスにお茶を注ぎ、角砂糖を出してくれました。これには驚いてしまいました。
あと、相乗りタクシーの運ちゃんたちも、運転しながら乗客のお金のおつりを計算して渡すんです。とても器用。と、同時にそこまでやらなくてもとも思いますが。

車社会ですね。車が体の一部みたいな運ちゃんがたくさんいます。

ペルセポリス遺跡&シーラーズ&ヤズド(aoyagikenji.com)

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2005/06/12

イランから 3

午前中、エスファハン郊外のゾロアスター教の廃墟へバスでいったんですが、観光客もいなくて俺一人、そこに制服を着た警官が現れ、ずっとついてきました。カメラを貸せというので、仕方なく貸すと、勝手に撮り始めるし、これはまいったなぁという感じでした。
たまたま近くには水田があって、廃墟から降りていってみました。エスファハーン郊外でも稲作が行われることは知っていましたが、まさか今日見れるとは思いませんでした、
田植えの作業している4人の青年たちは、農家ではなくて、100kmも離れたところからバイクでやってきて、1日15ドルで田植えを請け負ってやっているということです。それと米の収量なんかを、片言のペルシャ語と英語で根堀葉堀聞きました。
さて帰ろうとしたとき、パトカーがやってきて、ずっといっしょだった例の警官が何か俺のことをパトカーの3人に説明したら、車に乗れといわれました。お偉いさんらしき人物が、本部と無線のやり取りを始めました。
しつこく田んぼのことを聞いたのがまずかったかなとか思いこんでしまい、これは、車に乗ったらやばいと思い、「近くの観光地に寄って帰るからいいです」と、断わりました。でも、後ろの座席には銃を持った警官もいて、4人から乗れ乗れといわれて仕方なく乗ってしまいました。
結局、そのもうひとつの観光地まで乗せてくれただけだったが、冷や汗ものでした。別に悪いことをしたわけではないのですが、警察署でいろいろ聞かれるのは覚悟したので、ほっとして、しばらくチャイハネで呆然としていまいた。田んぼの写真撮ってスパイにされるわけないのにね。偽警官から金品騙し取られたという話を聞いたので、なおさら妄想が広がったようです。


ペルセポリス遺跡&シーラーズ&ヤズド(aoyagikenji.com)

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2005/06/11

イランから 2

カスピ海地方を10日間ほど回った後、昨日、テヘランからエスファハーンにやってきました。

途中、荒涼とした風景で、カスピ海地方とはまったく違った世界が続きました。
地図には川が描いてあるのに、実際は涸れた川。水がないと生き物は生きられないことは頭ではわかっていても、こうして沙漠を見ているとほんとうにそうなんだなぁと実感できます。でも、その少ない水を頼りに生きている植物もあるんですね。いったいどうやって生き続けていられるのか、よほど乾燥対策が進化しているんでしょう。感心してしまいます。

エスファハーンは小奇麗な町です。川には橋が架かっていて、夕方になると、たくさんの人たちが集まってきます。橋のたもとにチャイハネがあって、夕涼みしながらのお茶は格別です。

俺のことを見て「チーン!チーン!」とからかう人間もいます。チーンとは、中国人のことなんですが、中国人なんて見たことあるんですかね? 映画でしょうか? 日本人だとわかると「フットボール ナカタ」といわれます。俺は日本でも中田に似ていると言われることがあるんですが。

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2005/06/08

イランから 1

今、イランに来ています。
これは、テヘランのインターネットカフェから更新しています。

カスピ海地方を10日間ほどまわって、棚田をさがしてきました。
あくまでも、棚田か?とあきれる人もいるでしょうが、でも、イランの棚田はあなどれないですよ。

綺麗な棚田を見つけました。砂漠の国イランのイメージとはまったく違う世界です。
日本とそっくりな田園風景。 田植えをするおばさんたちの格好も、どこか懐かしい。
田んぼには、ミズスマシやオタマジャクシがいて、ここはどこなんだろう?と不思議
な感覚に陥りました。

米もよく食べるんです。ご飯は「チェロウ」といって、パサパサしたインディカ米ですが、ほんのり塩味がきいています。 これにバターを混ぜ、焼いたトマトとグチュグチュにつぶし、カバブといっしょに食べるんですが、これがなかなか美味しい。ヨーグルトもついてきます。これがまさに噂の「カスピ海ヨーグルト」ですか。

ただ、ここも日本や他のアジアの国と同様に米離れが始まっています。知り合った30歳の女性は「太るからご飯は食べません」といいました。一時期の日本のようです。

「どうして米を食べなくなっているんですか?」と、40歳くらいの男に聞いたら、「アメリカに聞いてくれ」といいました。彼は大のアメリカ嫌いらしいですが、世界中の文化がアメリカ化していくのが我慢ならないのかもしれません。イランでもだんだん食生活は欧米化しています。まだマックなどのファーストフード店はありませんが、イラン風のサンドイッチ屋はたくさんあります。名前が「マック」ではないというだけで。あるレストランのメニューには、「ケンタッキーフライドポテト」なるものも載っていました。

6月8日 テヘラン 快晴

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