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2007/10/31

2007秋、車中泊の撮影旅 (22) 善通寺市出水、丸亀市条里地割

071030
10月29日、月曜日、晴れ時々曇り

「道の駅 さいた」を7時20分に出た。まず、行ったのは、善通寺市。水の風景を撮るためだ。「出水」の場所やため池など、情報をもらうために市役所を訪ねたかったが、まだ7時代で早すぎたので、善通寺に行ってみることにした。

自衛隊の車両がひっきりなしに通る。自衛隊駐屯基地の先にりっぱな五重塔が見えてくる。まだ朝早いので、お遍路さんも少ない。五重塔の隣にある金堂へ入った。尼さんたちが掃除をしていた。

そこに、お賽銭箱がおいてあったが、「お米のかたはこちらへ」と書いて、別の箱がおいてある。聞いたら、昔は、みんなお米をお供えしていたので、その名残とか。今でも、お米を持ってくる人がいるので、こういう箱を設けている。1表袋を持ってくる人もいて、お供えしてあった。

8時半を過ぎ、市役所へ行って情報を聞いた。中学校の近く、「二頭出水(ふたがしらですい)」は、ちょっとした公園風に整備されている。水は透明で、錦鯉が泳いでいる。

立っていた説明書きによると、「この出水は、古くから農業用水として用いられるとともに、かつては、市の重要な水道資源としても利用されてきた。2ヶ所から水が常に湧き出ているところから二頭出水と呼ばれる」とある。

善通寺ため池へいってみたが、半分も水がない。そのあと、ミカン畑の山を越えて3分、吉原腕貸塚は、横穴式石室がのこる巨石古墳で、池の中にある。市役所でも「珍しいですよ」といわれたのが、大塚池だ。ここも水が涸れかかっている。

次に行ったのが、「永井清水(ながいのしみず)」。静かな住宅街にある。民家の庭から石段が水辺に続いている。ここで炊事の準備や洗濯をしていたのではないだろうか。昔、お殿様が休憩するために「お茶屋」と呼ばれる休憩所も設けられていたらしい。

善通寺市から、隣の丸亀市へ。ここでは、教育委員会の文化課で「条里地割」の情報を行く。昔の整然とした水田のあと「条里地割」の場所。「条里地割」自体は市内に3ヶ所ほど残っているという。その中で、市の南部に、仁池というため池があり、その堤からなら見れるのでは?とアドバイスをもらい、行ってみた。

途中、「セルフ うどん」があったので腹ごしらえ。冷たい「ぶっかけ」はうまいねぇ。特にこんな暑い日は。(10月末とは思えない) 昨日も食べたが、このコシのあるうどんは俺好みだ。土産も買おう。

それほど高い位置からではないが、遠くまで区画された条里地割のあとがわかる。長方形の畦がずっと続いている。

埼玉県の三富新田も、やっぱり短冊状に区画された地割が残っていて、文化的景観の候補になっている。(『栄養と料理』11月号では、地元埼玉から、ひとつくらいはと思って、この三富新田の雑木林の写真を載せています)

高松市を経由して鳴門市へ。道の駅で「讃岐うどん」の半生うどんのセットを買った。香川県を通りすぎると、とたんに「うどん」の看板が減ったような気がする。

高速道路で、淡路に渡った。今度は淡路島の西側を海岸沿いに走っている県道を北へ。サンセットラインと呼ばれるように、夕日が美しい。

1週間前と同じ、近くの岩屋温泉会館で入浴。コンビニで弁当食べて「道の駅 あわじ」で仮眠。明日は、4時25分発の「たこフェリー」で明石へ。そこから埼玉を目指すつもり。


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