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2007/10/09

2007秋、車中泊の撮影旅 (2) 天城山隧道、下田市、石廊崎、西伊豆町

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10月9日、火曜日、曇り時々晴れ

「道の駅 天城越え」は、泊まりの車もなく、怖いくらいに静かだったが、夜9時ころ、突然、ボンボンボンと、何かが鳴り出した。それが何だかわかるまで不安だったが、ドラムの練習だとわかってからは安心し、そのまま横になった。ドラムの音が鳴っていると、まるでアフリカ・ニジェールの村に泊まっているような気分だった。(ニジェールには行ったことないけど)

6時に起きて、今回は携帯ガスコンロも持ってきたので、鍋でお湯を沸かし、コーヒーを飲む。

道の駅を出て、6分ほど走ると、天城峠の旧道の入り口。そこを左に入っていく。道は固いダート。うっそうとした森の中を走る。トンネル前は、ちょっとした広場になっている。

天城山隧道の碑によると、「このトンネルは、下田街道の改良工事の一環として、明治34年(1901年)に貫通、同37年に完成した。全長445.5m、幅4.1m。トンネル両端の坑門および内部全体が、切石積で造られ、川端康成の小説、『伊豆の踊子』をはじめ、多くの文学作品に登場。平成13年、重要文化財に指定」

車のエンジンをかけて、中へ入っていく。暗いトンネル内に点いている電灯が、妙に寂しさを感じさせる。背中がざわざわする。下に落ちていた白いレジ袋が、フランス人形に見えて、一瞬ビクッとした。怖さを紛らわすため出た歌は、やっぱり「あまぎ~ご~え~」だったのは許してください。

俺は、トンネル恐怖症なのではないか、と今日気がついた。そういえば、ずっと、トンネルには異常に反応し、このブログでもやたら「トンネルは怖い」と書いてきたように思う。

トンネルを、再生の儀式の道具と考えるのは、大げさすぎるかな。どうも、この暗さが、「死」をイメージさせるのだ。もう、出口にたどり着けないのではないか、などという妄想が・・・。

もともと俺は、狭いところが駄目な性分だが、ようやく明かりを見つけて、母親の子宮から必死に広いところに出ようと、もがいている胎児になった気分。その暗くて狭いところを通過しない限り、この世には生まれてこれない「仕組み」になっている。

『桃花源記』では、狭いところを通って出たところが、人々が平和に暮らす「桃源郷」だったりする。俺にとって、このトンネルくぐりの儀式の先は、「桃源郷」なのか、「地獄」なのか、ちょっと今のところわからない。まぁ、少なくとも、この天城山トンネルは無事に抜けられて安心はした。

旧道を進むと、また国道414号線に出た。それを南下し、河津町からふたたび海に出た。国道135号線で、下田市に。漁港に隣接して、「道の駅 開国下田みなと」がある。「新鮮地魚」「回転寿司」などの看板も見える。漁協の直売所もあるらしい。

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ここに車を停めて、町の散策にでかけた。商店街を抜け、掘割沿いの小道、ペーリーロードまで出た。趣のある建物が並んでいる。帰りがけ、路地に看板を見つけた。「おもしろいもの」の匂いがしたので近づくと、それは「昭和湯」という銭湯だった。

暖簾をくぐって中を覗くと、ちょうど客のおばあさんが出てきたので「もうやっているんですか?」と聞くと、「やってますよ。男はこっち」といって、左手の扉を指差した。

ちょうど雨を拭くためにと思って持ってきたタオルもあったので、入ることにした。この昭和湯、とっても良かったのだ。今日一番の収穫。

中に入ると、番台があって、おばさんが座っていた。番台に人がいる銭湯に入るのは、10数年ぶり。銭湯代360円と、備え付けの石鹸はないので、小さな石鹸を30円で買う。

脱衣所には、石鹸やシャンプーが入ったたくさんの洗面器が重ねておいてある。地元の人たちが毎日使うものだろう。

湯船は、2.5m×4mほどで、深さがなんと1mあり、底に座ることはできない。でも、たっぷりした湯の感じは悪くない。

ドアには、「タオルを湯に入れない。飛び込まない。もぐらない。泳がない」と注意書きが張ってあった。タオル以外は、全部やってしまいたくなるような風呂。やってしまう人がいるから、こんな注意書きがあるのだろう。(子供のため?)おばさんが見ていなかったら、もぐってみたかった。こんな深い銭湯はなかなかない。

風呂からあがってから、番台のおばさんに聞いたら、この銭湯は、昭和2年から営業をしている。1度、昭和60年ころ、建て替えている。だから、天井は新しくて明るい。さすが「昭和湯」。昭和の匂いがぷんぷんする。観光客も多いんじゃないですか?と聞くと、海水浴客、釣り人、クルーザーの人なども利用するそうだ。

表に出ると、ちょうど別なおばあさんがやってきた。「今朝は青空も見えたのに、はっきりしない天気ですね」「また降ってますか?」「今は上がってますが。降り足りないんでしょうか」

何気ない挨拶が、心にしみた、昭和の銭湯だった。

道の駅の駐車場に戻り、インフォメーション・カウンターで見たパンフレットに「田牛の廃校」という写真があって、なかなか良かったので、田牛集落まで足を伸ばすことにした。

市内から田牛まで、約15分。海水浴場もある。道にいたおばあさんに、廃校の場所を聞く。「わたしたちの学校でした」といった。今は、公民館になっていて、これをずっと行けばわかりますと、教えてくれた。

広い校庭があって、廃校はすぐわかった。左右対称の木造校舎は、なんともやさしい雰囲気だ。今は、子供たちの活動で使っているよう。

雨はますます激しくなる。県道16号線に出て、石廊崎へ。駐車場へ行くと、干物屋のおばさんが声をかけてきた。灯台までは、ここから20分歩くしかないという。特別見たいというわけではなかったので、雨だし、やめることにする。(写真家にあるまじき怠慢)

その代わりというか、おばさんは、ぜひ、この先の奥石廊崎だけは見ていってといった。水が透明できれいなところらしい。

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駐車場から、県道に戻ったところに、バスの発着所があり、その向かいが食堂になっていたので、昼をとることにした。

「地魚の刺身定食」1350円。めだい、かんぱち、むつの刺身と、ひじき、こんにゃくの煮物。魚は下田漁港で揚ったもの。ひじきも肉厚でやわらかかった。

店の奥さんに、この店の名前は?と聞いたら、「網船納屋」と書いたチラシをくれた。これを地元では、「あんぶねなんや」と発音する。

この店名の「網船納屋」について、意外なことがわかった。「網船納屋」とは、「網船」という網を載せる船を収納する小屋(納屋)のことだが、今はもうない。

どうしてかというと、船は当時木造だったので、雨ざらしにしておくと腐りが早いので、この納屋に入れていたが、プラスチック製の船になってから、雨ざらしでも平気になってしまい、納屋はなくなったという。(網を入れる納屋は今でもある)

いつ頃まであったのですか?と聞くと、おばさんが子供のころにはなくなったという。これを店名にした理由を聞くのを忘れてしまった。

店を出て、トンネルをくぐり、奥石廊崎まで。さすが、干物屋のおばさんが自慢するだけあって、海の水はきれいだった。雄大な景色を満喫。

県道から、国道136号線に戻り、左手に海を見ながら、北上。松崎町を経由して、西伊豆町。ここは「夕日のまち」として知られた、夕日のポイントが沢山点在する町だ。

あいにく雲が多い天気なので、はたして夕日が見れるかわからない。漁港で夕日を待ってみるつもり。


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コメント

nico_nagasakiさん

コメントありがとうございます。今、11日の朝7時過ぎ。道の駅掛川です。これから天竜、浜松へ向かいます。
車中泊は、体力的な問題はありますが、その日に泊まるところは、そのときに決めるという自由さが魅力ですね。
九州は、何度か車中泊しました。今年の6月の旅も面白かったです。とくに、天草地方、よかったですね。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: あおやぎ | 2007/10/11 07:05

こんばんは おじゃまします
写真を散歩中、寄らせてもらいました
車中泊撮影旅行って羨ましいですね
できそうでなかなかできません
体がきつそうで・・・・・・・・・・・・・・・
でもやってみたい
九州一周の撮影旅行やってみたいです
各地の温泉に入りながら いいなぁ~

投稿: nico_nagasaki | 2007/10/09 23:59

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