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2007/10/26

2007秋、車中泊の撮影旅 (19) 四万十川の沈下橋、大洲市の境木、ナゲ、竹林

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10月26日、金曜日、

昨日は、土佐市でブログをアップ後、須崎市から国道197号線に入り、東津野へ。ここには四万十川源流がある。源流そのものには行かず、「一本橋」を見に行った。道の駅で情報を聞き、国道439号線沿いにある橋へ。

「芳生野早瀬の一本橋」という立て札が立っていて、あとで触れる老夫婦の持っていた資料によると、諏訪神社を祭り始めた1352年より、一本橋を架け続けてきた。現在は、杉丸木3本をかけている。名前だけは「一本橋」だ。

四万十川にいくつも架かる沈下橋の原型と考えられ、「流れ橋」といわれる。増水すると、丸木自体は流されるが、ワイヤーで固定してあるので、水かさが通常に戻ったとき、元通りに架け直す。杉丸木は、約15年ごと架け替えている。

橋は、現在でも地元の人に使われている。対岸の諏訪神社に行くときとか、農作業へ行くとき。渡ってみたが、頑丈でびくともしなかった。下を、清流が流れている。

橋のそばに住む老夫婦と話した。今、国道になっている部分は、明治、大正初めまで、桑畑と生糸工場があった。その後、桑畑の代わりに、水田を作った。そして、最後、国道を作って田んぼをつぶした。この国道に、そんな歴史があったんだね。

たしか、山形県朝日町の「くぬぎ平の棚田」も桑畑だったと思う。それが水田に変わったところは、ここと同じ。

ところでおじいさんは、昔は、この川の上流が四万十の「源流」と考えられていたが、長さを測ったら、もう一本、道の駅の近くを流れている川の上流が「源流」になった。日本では、ふたつの流れのうち、長い方の流れを「本流」、短い方の流れを「支流」とするのではなかったかな。(記憶違いならすみません)

「学校の校歌にもこの川が源流と歌っていたのに、向こうになってしまって・・・」おじいさんは笑いながらいった。川の文化的源流と、科学的源流が違うことは、メコン源流へ行ってわかったこと。地元の人たちが信じる源流にはそれなりの理由があるのだ。

メコンでは、聖山があり、そのふもとに沸く泉が、人間と家畜の貴重な水場だった。だから現地チベット人たちは、そこを源流と言っていた。でも、科学的には、別な場所だった。

たぶん、ここでも、こっちの流れの上流が源流だと信じていたのには、何か理由があったはず。時間があればそれを探ってみるのもおもしろいかも。(誰かやってください)

おじいさんに、近くに「大わらじ」があるので、見ていけばといわれた。旧暦1月28日(現在は2月の最終日曜)に、新しく作り直され、村の入り口に吊るし、無病息災を祈願するもの。

一本橋から梼原のほうへいった村の入り口にあった。長さが1m以上。でかい。龍馬が脱藩したときも、下がっていたらしい。

「大わらじ」からさらに梼原に向かっていくと、右前方に、神在居の棚田が見える。その坂を上っていく。交流センターの建物に車を停め、周辺を散策。直径5mほどの丸い棚田もそのままだ。

ここは、初めて棚田オーナー制度ができた棚田。「こんな田舎に都会の人が来るわけない」と地元の人たちは考えていた。ところが、騙されたと思って(実際そう思っていたかも)オーナー制度を作り、「四万十」にかけ「40010円」の料金設定で募集したところ、翌日、役場の電話は鳴りっぱなしだったという。すごい反響だった。

「田舎には何もない」と田舎の人は言う。ところが、田舎にしかないものが、たくさんあることに、都会人が気がつかせてくれた。だからこれは、田舎と都会の文化の融合なのだ。

棚田を下り、国道を東津野の方に戻り、国道439号線を南に下る。この道も狭かった。でも、川沿いに走る道で、風景はすばらしい。

暗くなったころ、ようやく大正に着き、大正温泉を探した。ある民家で聞いたら、今、改装中で、営業してないから、一の又渓谷温泉に行ったらと勧められた。大正の町から5、6kmはなれた山の中。すっかり暗くなってしまい、ほんとに温泉なんかあるんだろうか?と不安になったとき、やけに長いトンネルをくぐって出て左に曲がったところが温泉だった。

ところが、建物もない。門だけ。街灯の明かりが、門から川のせせらぎが聞こえる川底へと続いているので、こっちだろうなと不安に思いながら数十m降りていくと、あった。

けっこうテレビの旅番組で紹介されているらしく、森三中とか、千葉真一とか、有名人たちの写真とサインがずらり。こんなに有名な温泉だったか。

それにしても、入ってみてわかったが、これはテレビ番組ウケするね。いかにも「秘湯」的雰囲気だ。建物といい、周辺の風景といい、絵になる。もちろん、温泉が良かったのは言うまでもないが。840円。

町に戻り、「道の駅 四万十大正」に泊まる。

そして、今日。

夜中から降り続いた雨は、朝も続いていた。しばらく様子を見てゆっくりする。9時ころ道の駅を出る。国道381号線を西に。左手に四万十川を見ながら走る快適な道。4kmほど行くと、茅吹手沈下橋が見えてきたので、まず遠くから写真。そのあと、坂を下り橋を渡る。欄干がないので注意してわたらないと。

雨が激しく降る中、写真を撮り、十和の役場へ。棚田の場所を聞いたが、それほどまとまったところはなく、どの谷でも中へはいりこんでいけば、石垣や棚田はあるということなので、地吉という集落の谷に入っていった。

地吉の夫婦杉というりっぱな2本の杉の木。集落を歩く。川そばに数枚の棚田。そして石垣で作られた茶畑。国道に戻る途中、ハサ掛けされた稲をみたので、写真に撮る。(写真)

「道の駅 とうわ」は、7月1日オープンした新しい駅。新しい木の香りがする。ここに、「しまんと 焙茶」というペットボトルを発見。「じつは茶所 四万十川水系」と書いてある。その通りかも。さっき入っていった谷にも、水田よりは、茶畑が多かった気がする。他に、「しまんと 紅茶 RED」というものも売っていた。

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次ぎ、半家沈下橋、西土佐の役場を過ぎて、15kmくらい下った、口屋内沈下橋。(写真)

西土佐に戻る途中の岩間沈下橋。ここに展望台ができつつあった。おじさんがひとりで作業。実はこのおじさん個人で作っている展望台だという。「道楽ですよ」などといっていたが、セメントなど数十万円は個人負担だ。

観光客の人たち、雨降ったとき、たいへんでしょうからといって、今、屋根をかけようとしている。人がいいというか。この前、カメラを置きっぱなしでちょっとここを離れたら、カメラを盗られたよといっていたが、それでも、観光客がたくさん来てくれるのがうれしいようだ。うーん、何ともすごい人である。

今度は西土佐から、国道381号で西へ。途中の県道に、「佛木寺」という寺があった。古い鐘突き堂。そうだ。ここは四国。お遍路さんがたくさんいる。白装束のおばあさんたちは、バスで回っているようだ。そして四国に入ってから、道を歩いている巡礼者を、何人も追い抜いた。

午後4時、大洲市に到着。市役所で情報を得る。「畑の境木」、「肱川のナゲ」、「御用やぶの竹林」。なんだかわからないので聞くしかなかった。

まず、境木は、地元で「ボケ」と呼ぶ、畑と畑の境を示す木。高さ1mから2.5mくらいある。それが肱川の近くの畑に点在している。その先に、防水林の役目をする竹林があった。これを「御用やぶの竹林」という。堤防に竹林は珍しい風景だ。

「ナゲ」は、市役所近くの橋のそばにあった。昔の船着場だ。写真を撮っていると、散歩途中のおばあさんが現れて、「何を撮っているんです?」と声をかけられた。

おばあさんは90歳近いという。彼女が20代のころは、このナゲで洗濯をしていた。昔は水ももっときれいだった。対岸に留まっている小船は、この肱川で夏行われる鵜飼を見る観光船らしい。

おばあさんは聞いた。「ここはいいと思いますか?」「山と川があって、いいところだと思いますよ」と答えた。「ここにずっと住んでると、ここがいいところかどうか、わからなくなるんです」深い言葉だ。

昔はひっきりなしに船がこのナゲにやってきては荷の上げ下ろしをしていたことだろう。それは、おばあさんも知らない遠い昔の話。対岸には当時交易をしていた商家の屋根も見えた。

このあたりでは、サトイモ、カシワ(鶏肉)、コンニャクなどをいっしょに鍋で煮る「芋煮会」のような慣習があるというので驚いた。山形県の芋煮会では、牛肉を使うがここでは鶏肉。それは違うが、醤油味は同じ。

せっかくの面白い話の途中で、仕事の電話が入ってしまい、おばあさんはどこかへ行ってしまった。でも、あとでまた見かけたので、絵葉書をあげた。

暗くなってから、内子町に向かう。「道の駅 内子フレッシュパークからり」に泊まる予定。近くに竜王温泉というのがある。ここに来るのは4度目くらいかな。


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