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2008/11/30

2009年の干支 「牛・丑・うし」のトンパ文字 (1) 貴州省の闘牛

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今年も、年賀状の季節です。

来年は、「丑年」。

恒例の年賀状サンプル、トンパ(東巴)文字のデザインです。参考にしてください。

トンパ文字は、雲南省麗江地区、ナシ族に伝わる象形文字です。

Ya_2「トンパ文字」(雲南館)

     ●●●

中国貴州省では闘牛を見ることができます。とくに、1月下旬から2月上旬にかけての中国正月の時期。田んぼに何も作物がないところが会場になります。↑の写真は、凱里郊外のミャオ族の闘牛の様子です。

普段はおとなしそうに見える牛(水牛)ですが、男たちからけしかけられて興奮した牛たちは、角を突き合わせて激しく闘います。近づいて写真を撮るのは、ちょっと怖い。

逃げたら負けです。中には、それだけエネルギーがあったら闘えるだろうと思えるような、何キロにもわたる逃走劇を演じてしまい、観客から失笑をかってしまう牛もいました。

ミャオ族の料理に、水牛のモツ煮込みのような食べ物があります。肉も内臓もいっしょに煮てある、しかも、塩味だけのシンプルな料理で、市場などで食べることができました。

味はともかく、食べた後、脂が固まって、唇に蝋を塗ったようになってしまったのは、困りました。


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2008/11/29

『福井昭夫 絵画展』 アジアを描く画家の個展

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『福井昭夫 絵画展』

期間: 08年12月11日(木)~16日(火)
     12:00~20:00 【15日(月)は、18:00まで】

場所: COFFEE & GALLERY るなん
     〒152-0035 目黒区自由ヶ丘1-9-6
     Phone: 03-3724-1785

友人の画家、福井昭夫の絵画展です。

↑の写真は、今回のDMですが、「中国貴州省 黎平」の絵です。黎平は俺も行ったことがあり、「オリザ館」で写真も公開していますが、トン族の「鼓楼」や「風雨橋」で有名です。この絵の左上に描いてあるのがその「鼓楼」です。

しっとりと落ち着いた瓦屋根のトン族村は美しい。村の存在感がジワ~~ンと迫ってきます。

るなんのホームページ


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2008/11/28

NHKの番組 『プロフェッショナル仕事の流儀スペシャル▽宮崎駿のすべて~“ポニョ”密着300日 』

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(写真は埼玉県の雑木林)

この前の月曜日、NHKで、『プロフェッショナル仕事の流儀スペシャル▽宮崎駿のすべて~“ポニョ”密着300日』をやっていました。

宮崎駿の4年ぶりの新作映画『崖の上のポニョ』が7月19日に公開されましたが(俺はまだ観ていません)、「ポニョ」の創作現場に300日にわたって密着したドキュメンタリー番組です。

インタビューの中で、友人が死んだとき、友人がまだ自分が死んだことに気がついていないと思ったので、病院の集中治療室へ行って、友人の魂(?)を連れ出し、(そのとき、自動ドアにはさまれないように、しばらく開けておいたそうです)、車の助手席に乗せて(座席のシートは沈まなかったそうです)、友人宅で停まり、「ここまで来たらもう分かるだろう」といって、友人を家に帰したといっていました。

この話を聞いて思ったのですが、一般人から見たら「まともではない行動」でも、宮崎氏にとって、自分なりの友人を送る「儀式(=葬式)」だったのでしょう。どんなに立派な葬式をしても、その人が納得できる形でなければ、意味がありません。

既存の宗教に信仰心をもてませんが、こんな俺でも、けっして「無宗教」なのではありません。自分なりの宗教は持っていると思います。それはどんなものか?と聞かれても、言葉で説明できるほど、論理的でも、具体的でもありません。「なんとなく」と言うしかない漠然としたものなのですが。

そして、この宮崎氏の友人を送る「儀式」の話を聞いて、彼の映画に、微かに漂う花の香りのような、押し付けがましくない宗教感覚がわかったような気がしました。とくに、『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』、『もののけ姫』に漂う感覚ですね。

ストーリーや、キャラクターも、「こう作ってやる」といった能動的なものではなくて、「こうならざるをえない」といった、必然性みたいなものを、うまく取り入れることができる人なのかなと思いました。必然性があれば、形になり、そして動き出す、と言ってもいいかもしれません。「森を見てたら、トトロが浮き上がってきた。それを描いた」みたいな。もし、ならなかったら、それまでのこと。

そういうことを、ひたすら「待つ」ことができる天才なのでしょう。たいていの凡人は、すぐに決着をつけようと、自分の「腕力」でキャラクターを作り、ストーリーを作ってしまう、ということなのかもしれません。

一時期、こういった企画を持ち込んでも、相手にされないつらい時期があったといいます。「馬糞の匂いがする」(聞き違いなら、スミマセン)と酷評されたそうです。

なんとなくわかります。テーマが「地味」なのかもしれません。テーマに、「派手」も「地味」も、ホントはないと思いますが、人間の本質「生きる」ことがテーマであることは、一見「地味」に見えてしまうのはしかたないかなと思います。なぜなら「生きる」とは、地味な作業ですから。
 
でも、今では、宮崎氏のアニメーションが世界的にも受け入れられています。「環境」が人の関心を引く今の時代に合っているテーマだからかもしれません。本人は、あまりエコロジー的な観点からの評価は好まないようですが。

人間が次の時代「どう生きるべきか」というテーマでもあります。我々は、無意識にその答えを、宮崎氏の映画の中に、むさぼるように探しているのかもしれません。

『崖の上のポニョ』、そのうちぜひ観てみようと思います。


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2008/11/27

秩父市荒川 「神明社神楽」

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秩父市荒川白久の神明社で行われた神楽を観てきました。

神明社は、この前「原の天狗まつり」が行われた場所から、1kmほど西にいったところにあります。神楽殿は、幅7m、奥行き3.5mほど。

境内に立っていた看板によると、「神明社神楽は安政年間(1854年~1859年)上州新町の水車大工徳丸が白久の人達に伝授したものといわれる。徳丸流神楽は、従来の伊勢神楽に加え、歌舞伎の所作を多く取り入れて一つの形として出来上がったものである」 神楽は、3月15日、7月28日、11月23日に演じられます。

午後演じられた『蛇打座』では、鬚面の男(写真)が登場しますが、この男が手を前に出して小刻みに動かしながら歩く姿が、インドネシア・バリ島で観たガムランの『バリス』の踊りとそっくりでした。『バリス』 は男の舞踏で戦士の姿をしています。

『蛇打座』のこの男も、たぶん(詳しいことは聞いていないのですが)、蛇を退治する戦士のようです。どこかで共通するものがあるのかもしれません。

今まで秩父の神楽を観て、インドネシア・ガムランの舞踏と似ていると思ったことはなかったので、先日は、新鮮な驚きでした。

最後には、ヒョットコたちが、モチやリンゴを紐にくくりつけ、子どもたちを釣ろうとします。子どもたちは歓声を上げながら、モチやリンゴを取ろうとします。

子どもたちがモチやお菓子を取ろうとする姿は、先月観た東秩父村の「神代里神楽」でも共通するものでした。

ところで、神楽殿のまん前には、野菜売り場が設けられていました。名札と値段が付いています。名前はこの神社の氏子さんたち。

「野菜が売れたお金は、神社のものになるから「奉納」されたものといってもいいでしょうね」と、係りの人は言っていました。

白菜3個200円、柚子5個200円、馬鈴薯8個150円などです。昔は、野菜の出来を競っていたそうです。いい出来のものは、表彰されたようです。俺は馬鈴薯を買ってみました。

神楽を観に来たおばあさんによると、前は、棚が2段になるほど、野菜が多かったとのこと。子どもの数も、野菜の数も、年々少なくなっているのかもしれません。


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2008/11/26

メキシコの空港で暮らす日本人 「ホームレス 外国でやれば 文化人」 (2)

昨日、メキシコの空港で暮らしている日本人、ノハラ・ヒロシさんについて書きましたが、どうも気になるので、今日もこの話を書きます。

昨日も少し触れましたが、俺自身、彼のような生活をしてみたいと思うようなところがあり、「うらやましい」とまでは言いませんが、ちょっと気になります。

以前、「やってみたいこと。「ターミナル」を観て」(2005/10/05)でも書いたように、こういった状況で暮らしていれば、特別な視点をもてるはずです。

ほかのブログなどでは、「日本人の恥だ」とか「金がないなら働けよ」だとか、さんざん非難されています。だから、へそ曲がりな俺は、なおさら彼の肩を持ちたくなってきたということかもしれません。

空港の人たちは、捨て猫が迷い込んできたので、みんなで世話をしている、みたいな、ほのぼのとした雰囲気を感じます。そして彼には、居場所をなくした捨て猫的な哀愁が漂っています。(失礼!)

もっとも、これはやっぱり、外国人だから、もっと言えば、日本人だからこその、暖かい扱いなのであって、メキシコ人と言えども、誰にでも同じように接するかは疑問です。

たとえば、アラブ系ならどうでしょうか。今の時代、アラブ系には警戒しますからね。やっぱり、もっと強引に退去させられているでしょう。日本人だから捨て猫の扱いなのです。

「目的はね、外国で大成したいと。今後は南米に行ってみたい」

と語っているそうです。(ちょっと、訳がわからない・・・) でも、俺は、これは、聞かれたから答えただけの、マスコミ用の答えのような気がします。「気がついたらこういうことになっていた」と、最初言っていたことのほうに真実味を感じます。そして、俺はそれでいいような気がするのです。「気がついたらこういうことになっていた」 自分の意志で、こういうホームレスを、わざわざ外国の空港で始めたら、ちょっとあざとい。ノハラ・ヒロシさんの自然さ(意志のなさ)が、また捨て猫的な、同情を呼んでいるのではないでしょうか。

ところで、ノハラ・ヒロシさんは、誰から捨てられたのかな?


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2008/11/25

メキシコの空港で暮らす日本人 「ホームレス 外国でやれば 文化人」 (1)

以前、トム・ハンクス主演の映画『ターミナル』について書きましたが(「やってみたいこと。「ターミナル」を観て」2005/10/05)、それを思わせるような日本人が話題になっています。

自称、ノハラ・ヒロシさん。ただし、『ターミナル』では、クラコージアという架空の国がクーデターでなくなったことによって、トム・ハンクス演じる主人公が、ニューヨークの国際空港に足止めされる、つまり、ヴィザ無効で、アメリカに入国もできないし、国がなくなったので帰国もできないという話で、今回のノハラ・ヒロシさんの話はちょっと違います。

ノハラ・ヒロシさんはメキシコの6ヶ月の観光ヴィザを持っていて、正規にメキシコに入国し、すでに3ヶ月たちましたが、あと3ヶ月たったら日本に帰ると言っているそうです。帰国便のチケットもきちんと持っているらしい。

つまり、こういうことですか。メキシコに着いてすぐ、空港から一歩も外に出ず(実は、最初ホテルに泊まっていたらしいですが、お金がなくなってきたので空港に泊まりだしたのだとか・・・)、空港にいるということですね。けっこう有名になって、いろいろと差し入れがあるので、お金を使わなくても暮らしていけるらしい。空港の掃除のおばちゃんは、彼は、ただ座って一日中食べているだけなので、大人しくていい人。みたいな話をしています。

地元のメディアや、中国の新聞でも取り上げられ、今では、サインまで求められる身分。ただし、空港管理者は、彼に退去を求めていますが、それにも応じないとのこと。

どういった意思、あるいは理由で、こういう生活を送っているのかわかりませんが(なぜか、それを語りません)、外国人が、空港のターミナルビルにずっといれば目立つ、というだけの話しですね。

「メキシコの空港」を「成田空港」に代えて考えてみればわかりやすいかもしれません。ノハラ・ヒロシさんは、日本からメキシコに舞台を移したホームレス生活をやっているということ。もし、彼が日本の空港や駅で、ずっと生活していても、誰も気にしませんからね。

彼を見ていると、「旅人」と「ホームレス」の境があいまいになります。いや、ふたつを分けるのは、たいへん難しいかもしれません。もともと俺自身が、ときどき「俺はどっちなんだろう?」と思うような旅をしてきたので、とくにそう感じるのかもしれませんが。

ところで、成田空港は、俺も泊まったことがありますが、住所や名前を聞かれたり、寝る場所を指定されたりと、けっこうめんどう。たしか昔、ある外国人がお金がなくて、成田空港で長期滞在していたニュースがあったように思いますが、とにかく、成田空港で、長期滞在するのは難しいということは付け加えておきます。

意外と、彼のような、海外を目指す「ホームレス旅人」は増えていくかもしれません。薄情な日本でホームレスするのではなくて、外国でやれば、みんなが優しく面倒見てくれるようだしね。(ホントかな?) 問題は、外国へ行くお金がないとダメということと、現住所がないとパスポート取れないんじゃなかったでしたっけ?

まぁ、みんなが優しいのも、けっきょく外国人(日本人)だからってことでしょう。現地のホームレスは、やっぱり冷たい扱いを受けていると思いますよ。

「ホームレス 外国でやれば 文化人」


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2008/11/24

早朝の秩父盆地

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山梨県甲州市の「ころ柿の里」からの帰り、雁坂トンネルを通り、秩父に入りました。

9月に行われた竹製ロケット飛ばしの「龍勢祭り」があった吉田町の「道の駅 龍勢会館」で車中泊し、翌朝、4時半に起きて、北方向の山の中へ入ったら、見晴らしのいい場所がありました。城峯山です。

6時過ぎ、ようやく太陽の光が、靄の立ち込める盆地に射しはじめると、最初に光るのが、工場から出る煙。

「なるほど・・・」

秩父では、一番高いのが、この煙ってことですね。写真の煙は、大野原にある、たぶんセメント工場の煙だと思います。他にも、盆地内には、工場からの煙が、3ヶ所ほどありました。


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2008/11/23

山梨県甲州市 枯露柿(ころがき)の里

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3年ほど前、ここを訪ねたのは、10月下旬だったでしょうか。だから、ころ柿を干す時期にはまだ早かったようです。柿の写真だけ撮って帰りました。今年ようやく再訪することができました。

枯露柿(ころがき)と呼ばれる干し柿が、軒下に吊るされる風景が見られるのは11月から12月にかけて。今が、一番美しい時期のようです。

「ころ柿」の由来については、甲州市観光案内所のHPに書いてありました。

「甲州百匁柿という大きな渋柿の皮を剥いて天日干しし、一ヶ月ほどで乾燥した柿の周りが白くなります。ころ柿の名前の由来は農家の方がよく陽があたって乾燥するようにと、ころころ位置を変える作業をしたことからだそうです。」

武田信玄の菩提寺として有名な恵林寺の大型車駐車場の隣にある「岩波農園」さんでは、見学者を受け入れています。

なので、ひっきりなしにお客さんが来て、写真を撮るのも順番待ちのような感じですが、さすが、ころ柿の里を代表する景観は圧巻です。

女性5人が、見学者を気にしつつも、柿の皮を手作業でむいていました。(機械は1台だけあったようです)


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2008/11/21

奥多摩湖の紅葉

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山梨県甲州市への途中、青梅市から奥多摩湖を通りました。

葉が落ちて、盛りを過ぎていますが、なんとなくさびしい紅葉も捨てがたいですね。

平日なので、車も少なく、のんびりしてよかったです。


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2008/11/20

そう言えば・・・。カイロのユースで「ウォシュレット」を見ました

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昨日、エジプトのことを書きましたが、そう言えば・・・思い出したことがあります。

カイロのユースに泊まったとき、トイレへ行ったら「ウォシュレット」だったんです。もちろん、当時(1982年)は「ウォシュレット」なんてなかったので、そんな呼び方はしませんでしたが。「これはすごい」と感心したものです。

アジア、アフリカのかなりの国々では、「大」の方の用を足したあとは、紙は使わずに、水で洗うという方法です。エジプトもそうでした。

ただユースの便器は、一般庶民の使うしゃがむタイプの便器ではなくて、腰掛けるタイプの洋式便器でした。外国人が多く泊まるからでしょうか。その便器の中には、パイプ(ノズル)が上を向いた状態で取り付けられていました。ちょうど肛門のあたりです。用が終わったら、蛇口をひねって水を出して肛門を洗うという仕掛けです。つまりこれは「ウォシュレット」そのものだったのです。

写真を撮っておけばよかったと後悔していますが、でも、撮らなかった理由は、あまりにもすさまじかったからだと思います。何が? 詳しい描写をすると、ひんしゅくを買ってしまいそうなので、想像してほしいのですが、このパイプ(ノズル)は、当然ながらがっちり固定されていました。しかも水は故障で出ないのもありました。それだけ言えば、だいたいわかってもらえるでしょう? 「感心した」と言いましたが、それは「仕組み」というか「方法」に感心したのであって、「現場」自体は、「すさまじい」の一言でした。

今では海外セレブも大絶賛の「ウォシュレット」ですが、どうも、このときの「すさまじい」光景を思い出してしまいます。「セレブ」のイメージとはあまりにもかけ離れている・・・。

「ウォシュレット(Wikipedia)」によると、TOTOが販売したのは1980年6月だそうです。

1964年には、「東洋陶器(現・TOTO)が、米国から温水洗浄便座「ウォッシュエアシート」を輸入、販売を開始」とあるので、それ以前からアメリカでは原型となるものがあったらしい。

それがどういうところから生まれたのか知りたい。アジア・アフリカの処理方法から発想したのでしょうか。

カイロのユースの便器が、どういった経緯で「ウォシュレット」型になったのか、アメリカの「ウォッシュエアシート」と何らかの関係があるのか、「ウォシュレット」のルーツは、エジプト(アラブ・アフリカ)にあったのか、ちょっと気になってきました。そのうち調べてみようかな。


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2008/11/19

エジプトの写真をアップ

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エジプトの写真を『シルクロード館』にアップしました。1982年撮影の昔の写真です。

Ya_2「シナイ半島&カイロ&ルクソール&アスワン」

イスラエルのエラートから国境を越え、当時エジプトに返還されたばかりのシナイ半島を、南部の町、シャルム・エル・シェイクまで行き、翌日は、スエズ運河を渡って首都カイロに入りました。

郊外にあるピラミッドを見たあとは、列車でルクソールに移動し、ナイル河畔の遺跡群をまわりましたが、詳しいことを日記に書いてなかったので、掲載した写真の遺跡の名前は不明です。

ルクソールからは、アスワンまで行きました。アスワンダムに湛えられた水が、めちゃくちゃ青かったのが印象に残っています。

ここからもっと南へ(スーダンへ)行こうか少し迷いましたが、けっきょくアテネから飛行機でパキスタンへと飛びました。今となっては、やっぱりアフリカ大陸を周っておけば良かったかなと、ちょっと後悔。

やらずに後悔するより、やって失敗した方がマシだと思っていながら・・・・。


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2008/11/18

秩父市荒川の秋景 (2)

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2008/11/17

秩父市荒川 「白久のテンゴウ(天狗)祭り」 (2)

081117
昨日の続きです。

午後6時ころ、子どもたちが、「天狗小屋」に戻ってきました。太鼓をたたいて、「菓子をくれるぞ~!」と、声を枯らさんばかりに何度も何度も大声で叫びます。

そして、ふもとからは、懐中電灯を手にした見物人たちが集ってきます。暗闇の中、蛍のように、いくつもの明りがゆらゆら動いているのを見て、雲南省の剣川県で行われた山寺の「歌会」の祭りを思い出しました。

見物人の子どもたちには、お菓子が配られます。

しばらくすると、消防団の人たちも上ってきました。

「もう火をつけるぞー」と叫んだあと、いよいよ「天狗小屋」が燃やされます。

小屋の内側に火が付けられると、最初、白い煙が小屋全体の隙間からもうもうと立ち昇りました。瞬く間に火が全体に回り、真っ赤な炎が子供や見物人の姿を照らし出します。竹も使っているので、パチパチとはじけて、威勢良く燃えます。高く上った炎は、周りの木の葉まで焼いてしまいました。想像以上に大きな火です。

熱で暑いくらいです。俺も、汗だくで写真を撮りました。

それにしても不思議な空間です。当然街灯もない真っ暗な山の中で、炎を中心に人が立って、なにかを待っているようです。たしかに、お天狗様が現れても不思議ではないような、宗教的空間になっているなぁと感じました。

ところで、午後白久に着いて、村の人に祭りの場所を聞いたら、丁寧に教えてくれ、「車では行けないから、ここに停めていいよ」と言ってもらったのでした。

今年から、秩父を周るようになりましたが、どこへいっても、こんなふうに、すぐ声をかけられるし、ものを聞いても親切に教えてくれます。秩父の魅力は、こんなところにもあるのかな。


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2008/11/16

秩父市荒川 「白久のテンゴウ(天狗)祭り」 (1)

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秩父市荒川の「白久のテンゴウ祭り」に行ってきました。「テンゴウ」とは、「天狗」のことです。

テンゴウ祭りは、昔から秩父各地で行われていた、お天狗様(山の神)、塞の神をまつる子供中心の行事でしたが、今は、ここでしか継承されていないそうです。11月の第3土曜に行われています。

今から30年ほど前は、15人以上の子供が参加して、見物人も多かったといいます。今年、参加した子供は5人でした。これからますます少なくなると地元の人は言っていました。

三角錐のやぐらを立て、木、竹、桧、藁を使って周りを囲み、5畳ほどの広さの「天狗小屋」(写真上)を作ります。天辺には、「天狗の枕」と呼ばれる俵状のもの(写真中)を下げ、祭神を迎えます。

午後、子供たちは、藁を敷いた部屋の中で、お菓子を食べたり、話をしをしながらすごします(写真下)。

「秘密基地」のようです。昔、俺たちが子供のころ、夏休みになると、ダンボールで作った「秘密基地」に寝泊りしたことがありました。大人は入れない、子供たちだけの「秘密基地」。楽しい思い出です。それと雰囲気が似ています。

昔は、近隣の村と「天狗小屋」の出来を張り合っていたそうで、祭りの日の前日に、他の村へ「焼き討ちしにいった」という荒っぽい話も聞きました。今では、ありえない話です。

「安全第一」「危険回避」の風潮の中で、それだけハチャメチャなことはやれなくなってしまいました。もしかしたら、良かれと思って子供たちを危険から守っていることが、実は、子供の内面に滓を溜め込んでしまい、変な場面でそれが突然爆発してしまっているのでは?などとも思います。最近の日本全体の子供の話です。余談ですが・・・。

午後4時ころ、いったん子供たちは全員「天狗小屋」を出て、村へ帰ります。そして暗くなった6時ころ、再びこの場所に戻ってきました。

(つづく)


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秩父市荒川の秋景 (1)

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2008/11/14

晴れた日は・・・

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2008/11/12

写真ギャラリー『やまがたの棚田20選』

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以前、『やまがたの棚田20選』をやっていて、中途半端で終わりましたが、「オリザ館」に、あらためて写真ギャラリー『やまがたの棚田20選』を作りましたので、こちらでご覧ください。(「蔵王上野 」 「蔵王駒鳴」「大網」の3ヶ所は、まだ工事中です)

Ya_2山形の棚田20選

「日本の棚田百選」に選ばれた棚田は3ヶ所あるので、正確に言うと、「やまがたの棚田20選+日本の棚田百選3選」の「23選」になります。

こうして山形を周ってみると、まだまだ知られていない、美しい棚田がたくさんあることに驚きます。山形でさえこんなにあるんだから、日本全国を考えたら、その数はどれくらいになるか・・・。想像もできません。


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2008/11/11

那須の紅葉とサファリパーク

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週末、那須にいってきました。

ちょうど紅葉が真っ盛り。

那須サファリパークでは、入場料を払ったとき、スタッフが、「動物たちが体当たりしたり、ミラーを折ったりしますので、お客様の車で入るのはお勧めしません」というので、「どうせレンタカーを借りさせたくて大げさに言っているんだろう」などど、俺たちは疑いながらも、レンタカーを借りて入ったのですが、スタッフの言うことを聞いて良かったと思ったのでした。

動物たちはたしかに車傍まで近づいてきます。窓はくちばしでつつかれるし、よだれでべとべとになってしまいました。


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2008/11/10

第3回東京棚田フェスティバル (2008年11月22日開催)

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今年で3回目になる東京棚田フェスティバル。11月22日(土曜)に開催です。

今年は「わ」がキーワード。「輪」になって「お話し」したり、おにぎりを食べて「和ん」だり「wa!」と驚いたり
「waっはっは」と笑ったり・・・。

俺は今年も写真を20点ほど展示します。カフェで棚田米のおにぎりも食べることができるので、ぜひおいでください。

【開催日】
2008年11月22日(土) 11:00~17:00 入場無料/入退出自由
【会場】
EVENT SPACE SPAZIO 1 ( 恵比寿駅下車徒歩約7 分)


詳細は、棚田ネットワークのページで。

http://www.tanada.or.jp/tanafes/

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2008/11/09

中津峡の紅葉 (3)

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夕方の日差しが紅葉を照らします。


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2008/11/08

中津峡の紅葉 (2)

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中津峡を、両神山の八丁峠方向へ上っていくと、左手に見えた岩山。

なんだか仙人でも出てきそうな、中国ふうの風景。


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2008/11/07

中津峡の紅葉 (1)

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11月5日に、中津峡へいってきました。

平日にもかかわらず、多くの人が紅葉見物。半分はカメラマンかな。

川水が紅葉を映して、ゆらゆらと揺れていました。


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2008/11/06

東秩父村。萩平の笠鉾

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11月3日は、東秩父村萩平の獅子舞の日。

午前中は、萩平八幡山神社まで、笠鉾が曳行されます。

笠鉾を引っぱる子供たちの声、笛や太鼓のお囃子が山の間に響きます。カーブを曲がるときは、木製の車輪がきしむ音がします。

総勢40人ほどのこじんまりしたお祭りですが、なかなか情緒がありました。ますます雲南省のお祭りと似ているなぁと思ったものです。

神社に近づくと、境内の方から、会場を準備していたらしい奥さんたちが迎えにきました。

最後の急坂の手前で、笠鉾は休憩です。男たちはコンニャク、白菜の漬物、鶏のから揚げなどをつまみに酒を飲んでいます。楽しそうです。

午後からが獅子舞ですが、昨日載せた「神代里神楽」も見たかったので、割愛しました。ちなみに獅子舞は、村指定無形民俗文化財に指定されています。

秩父観光協会のホームページには、

「萩平の常光寺に年代不明であるが、地区に悪病が流行した。当時の住職が悪病を退散させるために獅子舞を奉納したと伝えられていたが、その後200年前に山神社を創建したので、神社として獅子舞を奉納したのがはじめてである。」

と、あります


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2008/11/05

東秩父村。「神代里神楽」

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東秩父村の坂本集落にある八幡神社で、11月3日行われた「神代里神楽」。

神楽を舞うための、4m四方の屋根つき舞台があって、天井には、ウマ、タヌキ、ツル、ヒツジ、サル、コイ、フクロウなどの動物の絵が描いてありました。

おどけた感じで、ひょっとこが観客に向かって、ときどき何かを投げました。子どもたちが「お餅ちょうだい!」「お菓子ちょうだい!」と手を出します。あとで、拾ったものを女の子に見せてもらったら、紅白の三角餅や、鼈甲飴でした。

餅の写真を撮らせてもらったら、女の子のお母さんが「これどうぞ」といって、その紅白餅を俺にくれました。「大人も拾っていいんですか?」と聞くと「縁起物なので、誰が拾ってもいいんですよ」という答え。

笛や太鼓の音が山里にやさしく鳴り渡ります。この雰囲気、たまらなくいいですね。

昔からこの神楽を見ている地元のおじいさんの話。

「昔は子供もたくさんいて賑やかだったんだがねぇ。今日はどれだけ子供が出てくるか・・・」

神楽そのものも良かったですが、やっぱり、この子どもたちの「お餅ちょうだい!」という声が賑やかに響くことが、おじいさんに「祭りだなぁ」と実感させるんでしょうね。

村人がのんびり神楽を楽しんでいる様子は、時間帯は違いますが、インドネシアの影絵「ワヤン」を見ているような感じでした。


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2008/11/04

出雲伊波比神社の流鏑馬

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昨日、11月3日は、埼玉県毛呂山町、出雲伊波比(いずもいわい)神社の流鏑馬(やぶさめ)の日でした。

本当は、別な祭りに行くつもりで毛呂山を通過中、たまたま馬3頭の、出雲伊波比神社への移動に出くわしてしまい、ちょっとだけ見るかと、会場に寄ってみたのでした。

すごい人出でした。いい写真を撮るためには、かなり早くから場所取りをしないといけないようです。

と、いっても、みんなと同じような写真にならないというメリットもあるわけですが。

そういう言い訳をして、今日の写真を載せます。

30分だけですが、午前9時から始まった「朝的(あさまとう)行事。1回だけ的を射ました。メインは、午後に行われる「夕的行事」らしい。

乗り子が町内の小中学生がつとめますが、それがここの特徴です。まだあどけない少年たちが、馬にまたがり弓を持つと、とたんに凛々しさを増しました。的を射たあと、たぶん友人なのでしょうか、名前を呼ばれて「良かったよ」などと声をかけられると、また普通の少年の顔に戻りました。

いつか、もっとしっかりとこの流鏑馬を見物したいと思います。


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2008/11/03

東秩父村。浄蓮寺の「お会式」

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昨日、11月2日に行われた東秩父村の浄蓮寺の「お会式(おえしき)」。「お会式」とは、日蓮上人の命日の供養のこと。

別名「万灯まつり」とも。表参道には屋台が立って、境内では、植木の競り市が行われていました。

竹ひごを傘の骨のように垂らして花を飾り、真ん中には、紙を張った四角い箱を内側からロウソクなどで灯すことができるものが、「万灯(まんどう)」です。

暗くなりかけたころ、万灯に明りが灯されました。日中見るよりも、華やかな感じがします。夜桜見物しているようでした。

写真を撮っていると、ある女性が声をかけてきました。彼女は旦那さんとふたりで、目の前の万灯を作った人でした。他の万灯は隣組など、複数の人たちが協力して作りますが、彼女の万灯は、ご主人と二人だけで作ったもの。それだけ大変だということでしょう。

毎年、お会式が近づくと、竹を割り、花を飾って準備をします。作った万灯は車で運んできます。分解できるので、大きな骨組みは、来年も使えるそうです。花火が終わったら、すぐに持ち帰るそうです。


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2008/11/02

東秩父村の「朝日根の獅子舞」

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東秩父村皆谷の八幡神社で舞われる「朝日根の獅子舞」です。村指定無形民俗文化財になっています。

「朝日根のあばれ獅子」といわれるほどで、たしかに荒々しい舞でした。とくに、「白刃」。1mほどの真剣を口にくわえての舞は、迫力がありました。今まで見た獅子舞の真剣の中では、一番長かった。

また獅子舞は、「鎌形流ささら」といわれるものです。

「花笠」が演奏する竹の楽器が、「ささら」ですが、もともと「ささら」とは、「秋の稲穂が擦れあう擬音のこと」だそうです。(Wiki 参照

「ささら」をすり合わせるリズムと笛の音にあわせて踊る獅子舞のことを「ささら獅子舞」と呼ぶようです。だんだん埼玉県の獅子舞のことがわかってきました。

獅子舞の内容は、だいたい、雄獅子が力比べをして、雌獅子を奪うという、言うならば、「獅子たちの三角関係」がテーマ。

演目「花割り」の舞子は、20代の青年たちです。昔は長男だけでした。でも、今の時代、そういうわけにもいかないので、長男ではない男の子、女の子も参加します。小学校3、4年生ころから舞やささらの練習を始めます。1週間に2度ほど。獅子舞は、かなり体力を使うものなので、話を聞いたお父さんは引退して、息子さんが舞うようになったといいます。

昔は、旧暦9月15日でしたが、それが新暦の10月15日になり、さらに、30年ほど前に11月3日に変わり、今年は、いろんな事情から11月2日。

昔はにぎやかだったといいます。神社の前には、出店も立ったらしい。それと、「祭りの時期は、かなり寒かった。こんな薄着じゃいられなかった」といいます。昔は冬、雪も積もったことがあったらしい。今はほとんどないそうです。温暖化のせいでしょうか。今日も、ぽかぽかと暖かでした。

何人かのおばあさんたちが、車椅子に乗せられて、見物に連れてきてもらっていました。おそらく、昔からずっと、毎年獅子舞を楽しみにしているのでしょうね。

ところで、境内では、村の婦人会(?)の女性たちが、サトイモ汁や甘酒を無料で配っていました。サトイモ汁はあったかくて、イモもやわらかくておいしかった。ごちそうさまです。

こうやって、村々の小さな祭りを訪ね歩くのが、中国雲南省で少数民族の村々を周っていたときと、同じ感じがしてきました。


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2008/11/01

刈場坂峠から

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昨日も書きましたが、「丸神の滝」の周辺は、紅葉真っ盛りとはいきませんでしたが、赤や黄色く色付いた木々が点在し、それなりにきれいな風景でした。

帰り、横瀬町から「県民の森」の方へ上りました。どこか紅葉を撮影するにいいところはないかと探しながら。

武甲山を正面に見る寺坂棚田を過ぎて、ぐんぐん高度を上げていきます。あいにく天気は悪くなり、気温も下がってきたので、寒々しい風景です。

刈場坂峠で視界が開け、霞んだ北側に連なる山並みが見えました。

峠の茶屋は、営業していませんでした。天気の良い日にまた来てみよう。

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