カテゴリー「犬連れ旅や犬にまつわる話」の267件の記事

2018/12/15

航空公園 風の日のヴィーノの耳


ビーグルは耳が可愛いですよね。

ビロードのような肌触りもさることながら、風にひらひらなびくところなんかたまらないです。

昨日、図書館のついでに公園で散歩させたのですが、風が強くて、落ち葉も吹き飛ぶくらい。

ヴィーノの耳もひらひらしていました。
 
 
 
 
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2018/11/28

依田賢太郎著『いきものをとむらう歴史-供養・慰霊の動物塚を巡る』

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これは面白いなぁと思いました。

こんなにいろんな動物の塚が日本には存在するんだなぁと。もちろん犬像・狼像を探して歩いている身なので、前から、多いとは感じていました。それ以外も含めれば、日本全国動物の塚だらけです。

「おわりに」には、次のように書かれています。

「私が調査した動物塚の数はわずか五百数十基に過ぎませんが、対象となる動物はすでに百数十種に及んでいます。このような文化は世界に類例がありません。」

500数十基というのはすごいですね。

こんなに塚があるのは日本だけらしい。著者は外国の塚も調べています。

どうして塚を作るのか?というのは素朴に思います。

著者は、

「私は人間が生きものである人や動物の死に直面した時の衝撃は人種によって変わることはないと思っています。 (略) そして、その衝撃への対応の仕方には文化が大きく影響します。日本人は動物の死への対応の一つのあり方として動物塚を選びました。」

と書いています。「塚」に走るのが日本的ともいえるわけですね。感謝や思い出などプラスの気持ちと反対に、後ろめたさや祟りを鎮める装置として「塚」を作っているということらしい。

本では犬塚についても触れています。俺は主要な犬塚は訪ねたと思っていましたが、本にはそれがすべて載っていたので、やっぱりこれ以上の主要な犬塚は、現時点ではなさそうです。

「現時点」と書いたのは、これから新しい塚が造られるかもしれないからです。時代が下るにしたがって、塚の建立件数は増えているそうなので。

これには、今まで知らなかった狼塚の情報も載っていました。そのうち訪ねようと思います。
 
 
 
 
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2018/11/11

長瀞町「月の石もみじ公園ライトップ」

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埼玉県長瀞町の「月の石もみじ公園ライトップ」に行ってきました。

11月3日(土)~25日(日) 16時~21時

桜のライトアップは見たことありますが、紅葉は初めてかもしれません。

「犬連れOK」だったので、ヴィーノも連れて行って、雑誌用の写真もと思って撮影したのですが、疲れる疲れる。人の多さに興奮したのか、落ち着きがなく大変でした。

でもこんなヴィーノでも「アイドル」なので、イメージは崩さないような写真にはなったかなと思います。
 
 
 
 
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2018/11/10

【愛犬物語】から【犬狼物語】へ

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すでにお気づきの方もいるでしょうが、今まで【愛犬物語】としていた連載ですが、300回を越えたことをきっかけに、犬狼物語に変えました。

犬のことを調べていくなかで、犬と狼を完全に分けるのは難しいことがわかってきました。この曖昧さが日本的と言えるのかもしれませんが。

今になって考えてみると、【愛犬物語 其の一】は、秩父のお犬さまの「オイヌゲエ」ことからはじめているので、当初から【犬狼物語】でもよかったのかもしれません。

最近は、棚田の「どんぴしゃの季節」以外の写真と、「狼信仰」の痕跡を訪ねる旅が多くなり、自然と「犬」よりも「狼」が多く登場することになりそうです。

まぁ、「犬像」に関しては、2冊書籍にしてやり切った感もあるし。ただ、犬像の写真展に関してはこれからも続くし、新しい犬像が見つかれば見に行きます。

それと、「犬」に関して、ある別な企画を思いつきました。それはヴィーノとずっといて思いついた企画なのですが、より「写真」に寄った企画です。

ただ、どうやって見つけるかということもあるし(少なくとも50例くらいは欲しいところです)、それと、あるタイミングがあるので、時間的な制約もあるし、そもそも、その犬の飼い主さんが許可してくれるか、という問題もあって、すぐにできるかはわかりません。

でも、これは、俺自身の心の問題とも絡んでいて、その写真を撮れれば、犬と人との最高の瞬間なのではないかなと密かに思っているところです。

この本の最後の写真は決めています。それはヴィーノと俺と妻の写真です。
 
 
 
  
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2018/11/01

11月1日、犬の日に紹介するのは『オオカミと野生の犬』

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犬の日は、社団法人ペットフード協会が1987年に制定した記念日です。

犬の「ワン (1) ワン (1) ワン (1) 」にちなみ11月1日と決められました。どうして1月11日や、11月11日でなかったのかは、突っ込まないことにします。

今日の本『オオカミと野生の犬』(菊水健史 監修・近藤雄生 本文・澤井聖一 写真解説)は、世界のオオカミと野生のイヌを紹介した本です。

美しい写真が満載で、見ているだけでわくわくしてきます。ナショナルジオグラフィックにも掲載されていたホッキョクオオカミの写真は特にすばらしい。流氷を飛び越える瞬間の写真です。

絶滅した日本のオオカミについては、国立科学博物館と北海道大学植物園の剥製の写真が掲載されています。

オオカミの仲間たちには、柴犬や秋田犬も入っています。

日本犬(にほんいぬ)は、古くから日本に住んでいる犬の総称ですが、日本犬の本質や理想的な体型をもとに、日本犬保存会が「日本犬標準」を定めています。

次の6つの在来犬種が日本犬の代表的な犬種として、国の天然記念物に指定されています。(「越の犬」も天然記念物に指定されましたが、1971年に純血種が絶えました)

秋田犬は、1931年7月31日、柴犬は1936年12月16日、天然記念物に指定されています。

柴犬は現在日本で飼育されている日本犬種の約8割を占めているほど人気の犬種です。日本犬の中では小型なので飼い易いということもあります。縄文犬から続く日本犬の特徴を備えているといわれてきました。

最近では外国でも人気の犬種ですが、柴犬は、世界的に見ても、重要な存在であることがわかってきたという。

2002年のスウェーデン王立工科大学の発表によれば、柴犬こそ、最も古い起源を持つ犬である可能性があるとのこと。一番狼のDNAに近い犬ということになるらしい。

「イヌの起源を示すDNA解析の例」のリストによると、遺伝的に狼に近い犬種として、この柴犬、次はチャウチャウ、そして3番目が秋田犬です。秋田犬も狼系の犬種です。

欧米の犬種より、日本を含む東アジアの犬種の方が、犬の祖先になるオオカミと近いということであるらしい。

以前、犬はモンゴルやチベットで家畜化されたという研究発表がありました.。

イヌの家畜化、発祥の地は中央アジアか? (2016/05/09)

この東アジアの犬種がDNA的に狼に近いという話と符合しますね。家畜化された犬は、アジアから世界各地に姿を変えながら広がっていったということのようです。

そして家畜化された犬が早い段階で日本に来て、大陸から隔離されて、そのまま古いDNAを持ったまま、現在の柴犬や秋田犬に繋がっているということなのでしょう。
 
 
 
 
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2018/10/16

旅犬ヴィーノ、11歳誕生日のステーキ喰い

今月、ヴィーノは11歳になりました。

誕生日プレゼントは、牛肉のステーキです。

まだまだ元気でやんちゃな旅犬ヴィーノです。たぶん一生こんな感じの旅犬なんでしょうね。

それはヴィーノだけじゃなく、俺たちにも言えることかなと思います。

愛犬チャーリーとアメリカ一周の旅に出たアメリカの作家 ジョン・スタインベックは『チャーリーとの旅』でも書いています。

歳を取って落ち着くかと思いきや、そんなことはなく、旅人はいつまでたっても旅人だ、年齢なんて関係ないというスタインベックの言葉に共感します。

そうなんですよね。俺もいい歳になれば、少しはまともな「大人」になっているのかなと思っていたのですが、その人の性質というのは一生変わらないようです。

これは「ワンダーラスト」という遺伝子にかかわる一種、病気でもあるらしいんですが。
 
 
 
 
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2018/10/11

『オオカミと神話・伝承』 (02) 千匹狼の伝説

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『オオカミと神話・伝承』 の中にある「老婆とオオカミ人間(日本)」というコラムで、南方熊楠が多くの地方から集めた「千匹狼」の伝説を読んで、愛媛県の「犬寄峠」を思い出しました。

要約するとこんな伝説です。


ある旅人が身重の妻と山奥を歩いていると、オオカミの群れに襲われた。木の枝に逃れたが、オオカミたちは、馬乗りになりピラミッドを作って迫ってきた。男は小刀で切り殺したが、次から次へと迫ってきた。やがて一頭のオオカミが「鍛冶屋の婆さんを呼んでこよう」と言った。
オオカミは去ったが、今度は大きな雌オオカミを先頭に戻ってきた。こうして攻撃がまた始まった。男が刀を振り下ろすと老オオカミの頭に傷を負わすことができた。オオカミのピラミッドは崩れ落ちた。
恐ろしい夜を過ごした旅人は、村にたどり着き「鍛冶屋の婆さん」が気になり、鍛冶屋を訪ねると、老婆がいて、昨日頭を打ったといって床に伏せっていた。傷が昨晩の雌オオカミと同じ位置にあった。見破られたと思った老婆は、逃げようとした。しかし旅人は、一瞬速く刀で切りつけると、老婆は死んだ。すると年老いたオオカミに変わった。


これと似たような「千匹狼」伝説は日本各地にあるようですが、興味をひかれるポイントは、オオカミが次から次へと繋がって、木の上に逃れた人間に迫ってくるという「馬乗りになる」という部分です。「肩車する」とか「犬梯子」などとも表現されているようです。狼たちが繋がって上に伸びていくって、本当に面白いイメージですね。

別な本には、たしか、元々この伝説は中国大陸から来たようで、大陸では、オオカミではなくてトラが梯子状になるという話があったようですが。正確には忘れてしまいました。

梯子状になったオオカミの伝説を初めて知ったのは、愛媛県の「犬寄峠」を訪ねた時でした。

「犬寄峠」は伊予市の南にあり、峠には、うち捨てられたような錆びたプレート「犬寄峠 標高306m」とありました。

地元の人にもらった史料「飛脚が山犬に襲われた話」によると、


この辺りの峠は、昔は強盗が出たり猛獣が出る難所でありました。ある時、一人の飛脚が松山を出て大洲に向かい、夜中に峠を通りかかりました。すると眼光鋭い山犬が一匹現われ、飛脚に飛び掛ろうとしたので、飛脚は抜き打ちに山犬に斬りつけました。山犬が死ぬとき一声高く叫ぶと、その声に応えてどこからともなく沢山の山犬がやってきて飛脚に詰め寄ったので、飛脚は傍らの大きな木によじ登ったが、大木の下にはますます多くの山犬が集まって、肩車を作って登ってきて飛脚にかみつこうとしました。
その時ふと、自分の持つ刀の目抜きが鶏の名作で、血潮を得ると精を得て鳴く、ということを思い出し、「この鶏の名作がまこと精あるものなら、見事一声鳴いてみよ」と大声で呼ばわると、刀は「コケコッコー」と鳴きました。この鳴き声に驚いた山犬どもは、木の上の飛脚をにらみながら、あきらめて帰っていきましたとさ。


この伝説では「山犬」とあるので、たぶんオオカミのこと、そして梯子のことは「肩車」と表現しています。

犬(狼)や虎が、肩車して梯子のようになって人間に迫ってくるイメージは、何を表しているのでしょうか? こういうのは、実際の動物の習性ではなく、人間がその動物に対するイメージを持っているからだろうと思います。一説には、跳躍能力の高さを表しているのでは、とも言われているようです。

 
 
 
 
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2018/10/10

『オオカミと神話・伝承』 (01) 古代ローマと日本のオオカミ

171130_1(味の素スタジアム)

171218_2(日比谷公園)


『オオカミと神話・伝承』(ジル・ラガッシュ著/高橋正男訳)は、世界のオオカミにまつわる神話や伝説を紹介した本で、古代ローマの狼信仰や、「蒼きオオカミ」の子孫たち、日本のオオカミについても触れられています。

ローマの建国者ロムルスと弟レムスとともに、雌オオカミに育てられ、このオオカミと兄弟の銅像はローマの守護神になりました。

紀元前1世紀ころ、雷がこの銅像を直撃しました。その結果、破壊され、寺院の地下室にかたづけられて人々から忘れ去られました。15世紀、像はカピトリウム丘に移されましたが、トスカナの芸術家が、あらためて双子の兄弟の像を造ったそうです。

この像のレプリカが、日本にもあります。日比谷公園と味の素スタジアムです。

以前、このオオカミ像の右足に怪我状の穴があることに気が付き、調てみましたが(イタリア文化会館でも聞いてみました)、依然その理由はわからず謎のままです。

ただ、世界のオオカミについての話をみてみると、だいたいは、「恐ろしい野獣」、あるいは、「強い戦士」、「崇められる神」というイメージで語られるようです。そのことと関係ありそうな気もするのですがわかりません。まだまだ謎です。だれか知っていたら教えてください。

日本のオオカミについては、すでに書いていますが、この本のコラムを要約すると、

日本には2種類のオオカミがいました。北海道のエゾオオカミと本州以南のニホンオオカミです。エゾオオカミは1889年ころ、ニホンオオカミは1905年ころ絶滅しました。

日本人とオオカミとの関係は、ヨーロッパとは違い緊張感が少なかった。その理由は、日本人の伝統的な食糧が肉ではなく、農民は家畜を飼わず、田んぼや畑に囲まれた村に住んでいました。そういうところは、オオカミには魅力はなかったので、山の中に住んで、めったに里に下りることもありませんでした。

時々山でオオカミに襲われることもありましたが、おおむね人間とオオカミは平和的に、お互いの領分を尊重して暮らしていました。農民が害獣とみなしていたシカやイノシシやウサギを食べてくれてもいました。

1732年に、本州で狂犬病が発生しました。もっとあとになって、ふたたび狂犬病が発生しました。そのたびに狩りが行われましたが、ヨーロッパと比べると小規模なものでした。

1743年に、日本を旅行したスエーデン人植物学者ツーンベリは、「日本には、オオカミはまれになってしまった。今や、もっと北に行かないといない」と断言しました。

という内容です。

西洋では、家畜が食べられてしまうことで、オオカミは害獣と考えられていたのとは違い、日本では逆にシカやイノシシを食べてくれる益獣でした。そこからオオカミが神や神の使いとして崇められる動物になりました。
 
 
 
 
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2018/08/31

青弓社HPに掲載された「棚田にも犬像にもその土地と切り離せない物語がある」

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青弓社HP「WEB青い弓」に掲載されました。

これは「あとがきのあとがき」とでもいう位置づけのエッセーです。ぜひごらんください。

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棚田にも犬像にもその土地と切り離せない物語がある――『犬像をたずね歩く――あんな犬、こんな犬32話』を出版して


 「青柳さんには、棚田の写真も犬像の写真も同じようなものなんですかねぇ?」

ある新聞社から犬像の取材をうけたとき、記者からそう聞かれて、私はハッとしました。

実は数年前、犬像の写真を撮るようになった時、今まで私の写真を見てくれていた人からは「犬像?」と怪訝な顔をされたのです。それまで撮っていた棚田の風景写真と犬像の写真では、被写体として大きく違っていたからでした。

ある雑誌に企画を持って行こうとした時、担当者は、「犬像」の意味がわからないようだったので、「渋谷駅前にありますよね。忠犬ハチ公の像が。あんな感じの犬の像なんですが、全国にたくさんあるんです」と説明してようやくわかってもらえたようでしたが、今度は、あからさまに、犬の像なんか写真に撮る価値があるのか? それのどこがおもしろいんだ?というふうに感じているようでした。なので、企画は当然ながら没でした。

今まで普通にあったものの中に新しい価値を見出すのが写真家の仕事だと思っていますが、その端くれでもある私は、他人にその新しい価値を知ってもらうのは難しいこともわかっています。

実際、棚田を撮り始めた時も同じだったのです。今でこそ、棚田という言葉も市民権を得て、すぐわかってもらえますが、1995年ころは、棚田なんて10年もすれば全部なくなってしまう過去の遺物くらいに思われていたし「棚田って何ですか?」と、同じように聞き返されていた時代もあったのです。

でも私の中では、棚田にも犬像にも、何か共通するものにうすうす気が付いてはいました。それが言葉にならなかったのですが、他人に指摘されて、その思いは確信に変わりました。

棚田にも犬像にもその土地と切り離せない物語がある、ということなのです。棚田の場合、その土地の歴史や地形が、雲形定規のような棚田の形を決めているといってもいいでしょう。犬像も、その土地と切り離せない物語を持っています。犬像が「そこ」にある意味が私には大切なのです。

私は、その土地が持つ物語を探して歩くのが好きなようです。全国各地に点在する物語を探して、それをまとめるという作業は、棚田も犬像も同じかなと。

ある犬像は、街のキャラクターになったところもあります。たとえば、静岡県磐田市のしっぺい太郎の物語から、ゆるきゃら「しっぺい」が、奈良県王寺町の聖徳太子の愛犬・雪丸の物語からは、ゆるきゃら「雪丸」が誕生しています。その土地独特の犬たちが、現代に「ゆるきゃら」としてよみがえっているのです。何もないところから作り出されたフィクションの犬ではありません。もちろん誕生当時はフィクションの犬もあったかもしれませんが、それが何百年もの歳月をかけて、その土地の歴史に組み込まれています。

だからどこにあってもいい犬像(土地との繋がりがない犬像)には、あまり興味がわきません。今回の書籍での私なりの「犬像」の定義からは外れるからです。たとえば、某携帯電話会社の白い「お父さん犬」の像ですね。その土地に根差した物語がないからです。(それ以上に、これはコマーシャルなのですが。もちろん、「お父さん犬」も何百年か経てば歴史になるかもしれません)

だから犬像は棚田と同じように、町おこしに結びつきます。土地独特の魅力を、棚田や犬像が代表していると言ってもいいかもしれません。実際、「しっぺい」も「雪丸」も、町おこしに一役買っています。

ところで、人の顔の判別には「平均顔」説というのがあります。たとえば日本人なら日本人の顔の平均を知っているので、そこからどれだけ外れているかの「差」で判別しているという。外国人が日本人の顔がみな同じに見えるというのは、日本人の「平均顔」を知らないからで、反対に、日本人は外国人の「平均顔」を知らないので、みな同じに見えます。

外国旅行すると、その国の滞在が長くなるにしたがって、その国の人の顔の区別がつきやすくなるという体験は私にもあるので、この説は説得力があります。

多くの犬像を見て周ることで、その犬像の「平均顔」がわかってきます。そのとき、個々の犬像の全体における位置というのが客観的に見えてきます。今回の著書で、13章のカテゴリーに分けたのも、それが理由です。平均値が分かれば、個々の犬像の意味というか、性格もわかるということなのです。

読者のみなさんには、この本を持って、犬(忠犬・名犬)にゆかりのある場所をめぐる「聖地巡礼」をしてみては、と提案したいと思います。

多くを周ることで、先に言ったように、犬像の平均値が分かり、個々の犬像についてもより客観視ができるようになるだろうし、こんなにもいろんな意味を持っている犬像があるのか、こんなにもバリエーション豊かな犬像の物語があるのかと、驚くことがたくさんあると思います。そこから、犬と人間の関係、もっと言えば、動物や自然との関係なども見えてくるのではないでしょうか。
 
 
 
 
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2018/08/24

来年も雑誌comcomで「旅するヴィーノ」の連載続く

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来年も「旅するヴィーノ」の連載が続くことに決まったそうです。編集者から連絡がありました。日本二周犬、ヴィーノ良かったね。

編集者からは反応がいいと聞いていて、実際読者アンケートなども誌面に掲載されているのを読んで、うれしいことはうれしいのですが、「賢いヴィーノ」という表現に一抹の不安を感じもします。誤解されてはいないだろうか?と。

いや、「旅犬」としてはいい犬であることは間違いありません。ただ、俺たち夫婦の中では「旅犬」と「賢い犬」というのが結びつかないのです。

けっこうやんちゃな犬と感じているので、写真から受ける印象とはじゃっかん違うのではないかなと。

まぁ、そこは人間のアイドルと同じで、ウンチもすれば、わがままも言うし、喧嘩もするということで、許してもらいましょう。

今年も九州や北海道にもヴィーノを連れていっしょに旅をして、写真も撮っているので、それもいずれは使えればいいかなと思います。

日本一周どころか、もう2.5周くらいしている旅犬です。
 
 
 
 
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