カテゴリー「犬連れ旅や犬にまつわる話」の294件の記事

2019/09/16

大山詣り

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久しぶりのヴィーノ連れ旅行です。

神奈川県伊勢原市の大山に行ってきました。大山ケーブル駅から阿夫利神社駅までは、キャリーケースに入れれば犬(ペット)も乗車できます。この急坂を上り下りするケーブルカー、ペット乗車可、拝殿前の立派な狛犬を見ると、武蔵御嶽神社と似た雰囲気です。

犬にはけっこう大変な登山道で(実は、私たち夫婦の方がバテたのですが)山頂までは行かずに、途中から引き返しました。下山は特に危ない。ヴィーノが急坂でも平気で引っ張るので何度滑りそうになったことか。

江戸時代から明治時代にかけて大山講(石尊講)がたくさん組織され、大山詣りをする人がたくさんいました。信仰心もあったようですが、娯楽的意味合いが多かったようです。大山と江の島観光がセットだったらしい。(阿夫利神社の下社からは江の島が見えます)

『大宮市史』『上尾市史』によると、大山は出世神でもあったそうです。上尾にも大山講があり、14、5歳になると、男子は大山詣りをしました。これが一種の大人の儀式のようで、借金してまでも大山詣りをしないと、一人前として認められなかったといいます。初めての登拝を「初山」といいました。

上尾から行く場合は、平塚まで汽車で行き、そこからは遠い距離を歩きでした。そのため下駄では大変なので、草鞋や地下足袋で行きました。でも、帰り、江の島、鎌倉、東京を通るとき草鞋ばきは恥ずかしいので、せめて地下足袋をはいて行きたいと言って買ってもらった人もいたそうです。いつの時代も同じですね。ちなみに境内に立っている「大山詣り」の像は、裸足ですけどね。

阿夫利神社の下社には大山名水が出ているところがあります。奥には燈明が灯された拝殿横の屋内(地下?)です。 癖がなくおいしい水です。

また、大山も含み、富士山、大雄山をお参りするのは「三山詣り」といいました。

明治時代、1匹の犬が、主人といっしょに「三山詣り」をしましたが、犬はとうとう疲れて歩けなくなってしまいました。

犬は、大雄山の寺に預けられ、その何日か後に主人の元に戻りましたが、犬の飼い主はお礼にと、寺にその犬が生んだ子犬をあげました。

その犬は、後に優秀な番犬となり、南足柄市の大松寺で晩年過ごしました。そして死んだあとは、立派なお墓が建てられ、今でも大松寺境内に残っています。それが「老犬多摩の墓」です。

 

 

 

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2019/08/31

ゲルハチ公、9月3~9日開催の「超福祉展2019」で展示のニュース

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「軟らか「ハチ公」感情豊かに AI駆使し鳴き声変化 山形大グループが開発」のニュース。

(河北新報 https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201908/20190827_53037.html)

 

軟らかなゲル素材を活用したハチ公型ロボットを開発したそうです。開発したところが母校の山大工学部。こんな研究なら俺ももっと勉強していたでしょうが。

首から頭部にかけてと前足部分がゲル素材で作ってあります。本物の犬のように軟らかいらしい。首と頭部のセンサーが音と画像、触覚を感知して、LEDの点灯で喜怒哀楽を表現し、感情に応じて鳴き声も変化させるという。

山形県鶴岡市には、現在渋谷に立っているハチ公像の前に作られた試作品(石膏像)が残されています。周り周ってこの試作品が鶴岡市にやってきた話は、『犬像をたずね歩く』にも入れているし、当ブログでも紹介済みです。

 【犬狼物語 其の二百三】 山形県鶴岡市 忠犬ハチ公像の石膏試作品が鶴岡市に来た奇跡話

この試作品を元にレプリカを作ったのが、初代「鶴岡ハチ公像保存会」の会長・高宮さんです。(掲載の写真がレプリカと高宮さん)今回のゲルハチ公は、このレプリカからさらに3Dプリンターで作られたようです。

 ゲルハチ公は9月3~9日開催の「超福祉展2019」で、JR渋谷駅に近いメイン会場「渋谷ヒカリエ」に展示されるとのことです。

 どういう展示の仕方をされるのかはわかりませんが、触るのOKなら、実物の犬のように柔らかいのかどうか、確かめたいと思います。今までの犬像は硬いイメージなので、もし柔らかい犬像ができたなら画期的です。

犬に癒されるのは、視覚的だけではなく、触覚的なところも大きいように思うからです。

ちなみに、「愛着」に関するこんな心理学の実験があります。アカゲザルの子ザルに、哺乳瓶をつけた針金製の母ザルと、哺乳瓶をつけてないが柔らかい布製の母ザルを与えた場合、子ザルは、空腹を満たせる針金製の母ザルよりも、空腹は満たせませんが、柔らかい肌触りの母ザルと過ごす時間が圧倒的に多いそうです。不安や恐怖を感じたときは特に、柔らかい感触の母ザルにしがみつくという。このことで、空腹を満たすことよりも、心地よいスキンシップ(感触)が重視されているらしいのです。

人間と犬もそうかもしれません。

 

 

 

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2019/08/29

「旅するヴィーノ」

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連載「旅するヴィーノ」9月号では『オオカミは大神:狼像をめぐる旅』』のプレゼントがあります。本にはサインもしてあります。

「旅するヴィーノ」は来年も1年間連載延長されることになりました。ありがたい話です。「意外と」というのもなんですが、読者の反応が良く、ヴィーノに「癒される」らしいのです。

ビーグル犬は歳とると顔の白さが目立つようになります。ヴィーノも中年から老年にさしかかっていますが(俺と同年代くらい)、来年の連載では、その姿も披露するかなと。

 

 

 

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2019/08/15

【犬狼物語 其の三百八十四】 忠犬ハチ公像が建立されてから71年

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渋谷の「チュウケンハチコー」は、外国人との待ち合わせでも使う、国際的なランドマークにもなっているようです。

終戦記念日の今日8月15日、渋谷駅前の忠犬ハチ公像が建立されてから71年になります。

1代目の忠犬ハチ公像は軍需品をつくるための金属回収運動で供出され、溶解されて無くなりました。機関車の部品になったそうです。

1代目ハチ公像の製作者であった彫塑家・安藤照は空襲で亡くなったため、彼の息子である安藤士が、現在の2代目ハチ公像を製作しました。終戦の3年後、1948年(昭和23年)のことです。

この再建像の除幕式は、8月15日に行われました。日本はまだ連合国軍の占領下にあって、GHQの代表も参列したそうです。

設置にあたり、「忠犬」では軍国主義を思わせるなどの意見が出たようですが、結局、「忠犬ハチ公」という名前が浸透していたので、そのまま「忠犬ハチ公」になったようです。

あれほど日本の軍国主義を嫌い恐れていたGHQが、よく「忠犬」を許したなぁと思うわけですが、実は、忠犬ハチ公の物語は戦前既に欧米でも有名でした。アメリカの社会福祉事業家のヘレン・ケラーもこの物語は知っていて、1937年来日し秋田県で講演をしたとき、秋田犬が欲しいと言って、子犬を譲り受けたくらいです。2代目ハチ公像再建にあたっては、その物語に感銘を受けていたGHQの愛犬家有志が支援を行ったとのことです。(wiki参照) つまり「犬」の像だったから許されたということではなかったのでしょうか。いや、もっと言えば、主人を健気に待ち続けたハチ公の物語は、心の琴線に触れる万国共通の「昔話」だということなのでしょう。

再建当時は駅前広場の中央に設置されたようですが、1989年(平成元年)5月に駅前広場が拡張されたのを機に今の場所に移され、ハチ公口方向に向きも直されました。また、このとき台座の高さもハチ公像に触れやすい高さに変更されたそうです。今は外国人が台座に腕を伸ばして記念写真を撮っています。 

 

 

 

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2019/08/12

マイケル・W・フォックス著『オオカミの魂』

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マイケル・W・フォックス著『オオカミの魂』を読みました。

「イヌのことなら狐(フォックス)に訊け」(デズモンドモリス)という言葉があるそうで、フォックスはイヌ科動物の権威。心理学、行動学の博士号を取得して『イヌの心理学』、『イヌのこころがわかる本』などの著書もある生態学者・獣医師です。

この本は、単なるオオカミの生態・行動を紹介した本ではなく、行動学、心理学、哲学、社会科学など幅広い領域の成果をもとに、現代の人間が抱える精神的な問題に踏み込んだ本です。オオカミだけではなく、あらゆる生き物への畏敬の念の大切さを訴えています。

「オオカミは野生状態の象徴的な存在、つまり野生に対する意識の元型になっています。」

「自然は、わたしたち人間が健全さと文明を取りもどす最後の望みなのかもしれません。そしてオオカミはわたしたち人間にとって、高貴な野蛮人といういくぶん空想的な存在よりもずっと現実的で、実際により適切でもある水先案内人、元型となりうるのです。」

フォックスはイヌの研究もやっていて、飼いイヌが野生の動物から家畜化したとき、どういうことが起こったか、という興味深い観察を述べています。家畜化は、オオカミの行動の儀式的な側面を薄め、単純化するというのです。そのため人間に懐くようになりました。イヌは、儀式を捨てて、フレンドリーになった。逆に言えば、だれにでも懐くフレンドリーさを獲得したから、人間の伴侶動物として生き延びることができたということなのでしょう。

これは人間の文化にも言えるようです。

「行動の点でいうと、現代人の行動・文化の伝統の多くからしだいに儀式の要素が失われつつあり、この現象にはファッションから社会的な役割にまで及んでいます。」 

「文化化も似たような影響を及ぼし、さまざまな儀式の効果を弱めることで、人間の行動の幼形成熟をさらに強化させるのかもしれません。疎外と社会の不安定さといった問題はありますが、利点としては、人間の態度が柔軟性を増し、もはや規定された儀式やタブーに束縛されずにすみ、将来、異なる文化間での争いの可能性が少なくなる、ということがあげられるでしょう。」

いいとか、悪いとか言っているわけではありません。生き延びる術を獲得したことを「進化」というなら、飼いイヌも、人間も進化していると言えるのでしょうね。

だからこそ、オオカミに魅力を感じるわけです。人間が失ってしまった儀式を重んじる野生動物としてのオオカミ。自然の一部として存在するオオカミです。

 「先住民を「高貴な野蛮人」とみなしたルソーの視点は、野生動物、とくに、人間と同様ハンターであるオオカミなどに対するわたしたちの文化的な認識や理解といくぶん関連があります。「高貴な野蛮人」という言葉には、ある種神聖な神秘的な雰囲気、存在感、気品があり、「文明化した」人間に、再び自然と一体になりたいとか、文明化しすぎた科学技術の世界が生み出した付属物を捨てて自由な精神状態で暮らせたら、といったあこがれを生み出します。」

「高貴な野蛮人」と「オオカミ」は、社会的な儀式の点で高度に洗練されていて、自然と一体になって生きているという意味で、同じような存在です。そこにあこがれている現代人という構図でしょうか。 

 それと関係があるのか、今までの反動なのか、最近の若い世代は、けっこう儀式好きなのではないかと、最近ある写真を撮るようになって思っています。

 

 

 

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2019/07/28

「悪夢」とはなんなのか

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「悪夢に苦しむ犬は起こした方が良いのか?」

(the WOOF :https://woofoo.jp/editors_desk/should-you-wake-a-sleeping-dog/)

という記事が目にとまりました。

前から、ヴィーノも夢を見ているのではないかとは思っていました。寝ているとき、声を出したり、手足を動かしたり、瞼がぴくぴく動くことがあって、それが人間の夢を見ている様子と同じだったからです。

「意外と」というのも、犬に失礼な話かもしれませんが、犬の精神活動も、それほど単純ではなく、意外と複雑で、犬にも意識があるはずだから、無意識もあるはずで、夢を見ることもあるだろうと考えた方が自然な気がします。

そこで、「悪夢」を見ているときにどうすればいいのでしょうか。

自分で夢日記をつけていて思うのですが、そもそも「悪夢」というのは何なのかはっきりした定義はないし、仮に「怖い夢」「うなされる夢」が「悪夢」としても、それは意識側から見た話で、無意識にとっては、その人にその夢が必要だから見ているのだろうということなのです。

たとえ、殺されるような夢を見ているとしても、実際に死ぬわけではなく、無意識内での「死」は、何か意識側で、今の自分を否定し(殺し)、新しく変わらなければならない、あるいは、新しく変わりたいという願望かもしれないのです。

だから意識側の人間が、勝手に「悪夢」と判断して、夢にうなされている人や犬を起こすのは、けっしていいことではないような気がします。そのままにしておく。

でも、そのままにしておくのは、意外と難しいものです。辛そうにしている人や動物を「助けてあげたい」という気持ちは大切かもしれませんが、それは、そうしない自分に対する後ろめたさであるかもしれません。

体と同じように、心にも自然治癒力はあると思っています。

 

 

 

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2019/07/10

『遠野物語』カッパ淵でのヴィーノ

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遠野について書くことになり、原稿を考えていたのですが、突然、思い出したことがあります。

これは、犬だけではなく、狼にも通じる(と俺が感じている)ことでもあります。

ヴィーノを連れてカッパ淵を歩いたときのことです。ヴィーノは嬉しそうに川の水を飲み、高さ60センチほどのカッパ像の匂いをかぎました。でも、どうもそわそわして落ち着きがない。クーン、クーンと鳴いて、リードを強く引っ張ってどこかへ行こうとしました。

「ヴィーノ、どうした?」

すると、観光客のおばさんが、騒ぎ始めたヴィーノを見て、

「このワンちゃんにはカッパが見えるようねぇ」

といったのです。

なるほど、と思いました。昔の人間にも見えていたカッパ。でも時代と共に、見えなくなってきました。犬にはわかるようです。(「ゲゲゲの・・・」の水木しげる氏にも見える?)

この場に漂うある種の気配です。自然との対話の場所。あるいは死と生の境をいったり来たりできる空間。そんな場が、カッパ淵にはあるのかもしれません。

犬は人間のように理屈で自然を理解することはありませんが、自然そのものを感じることは出来るに違いないのです。そこがどういうところか直感することはできるのでしょう。でなかったら、生きのびられないからです。

 そしてもう一カ所、遠野の北、荒川高原牧場への途中に、「犬淵」という地名があって訪ねました。その集落の入り口にあった山神さまです。人間がくぐるには鳥居が低く、まさか犬用の鳥居ではないでしょうが、ふしぎな光景です。

ここでもある気配を感じたのか、ヴィーノは落ち着きません。 

犬は、超高感度の感覚器官を持っています。人間には聞き分けられない音や嗅ぎ分けられない匂いもちゃんとわかります。

人間が発達させた脳によって「賢く」はなったかもしれませんが、そのかわり失った「感覚」というものがありそうです。犬は細部に敏感です。感覚器官から入った情報をそのまま生かしているようです。一方、人間は環境をそのまま見るのではなく、いったん脳で処理して、おおざっぱな概念で見ています。だから、極端に言えば、人間は見たいと思ったものだけ見ているらしいのです。

直接的に自然を感じる犬が、そばにいることは、人間に本当の自然を思い出させてくれるといえるかもしれません。先日の話の、犬(狼)が「自然への案内人」というのがよくわかります。

 

 

 

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2019/06/22

マレーシア・ペナンの旅(05)ペナンの犬

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海外に出ても、犬の存在が気になります。

そこでペナンでも野良犬・飼犬・地域犬の写真を撮ろうと思っていたのですが、意外と犬の姿が目に付きませんでした。(猫はいます)

ジョージタウンで見た野良犬は、4日間で真っ黒の犬1頭だけ。あとはチャウラスタ市場で見かけた飼犬が1匹。

たとえば、朝夕、犬の散歩をしているなどという光景も、ジョージタウンの中心部では皆無でした。ペットフードの専門店もあったので、飼犬はもちろんたくさんいるんでしょう。暑いから家の中から出さないのでしょうか? そういえば、犬の糞もあまり落ちていません。マナーがいいからなのか、それとも犬の数が少ないのか。

もしかしたら、外国人の長期滞在者が多い、ガーニーやタンジュンブンガ地区のお金持ちエリアなら、犬の散歩光景も見られるのかもしれませんが、そのへんの事情はわかりません。

そのかわり、ジョージタウンからフェリーに乗って対岸のバタワースの街をぶらついていると、何匹かの野良犬と地域犬に遭遇しました。こちらは俺が今まで東南アジアで見てきた予想通りの犬の姿がありました。

可愛い子犬がいました。母犬といっしょの野良犬です。声をかけると警戒して逃げて行ってしまいました。やっぱり野良犬で、地域で飼っている犬ではなさそうです。それから寺院のところで見たでっぷりと太った犬は、リードなど付けてませんが飼犬でした。

野良犬が普通に生きていられる社会は、いいところだと思います。犬にとってだけではなく。どこかの国のように、「ちゃんと飼う」ことが当たり前のようなところよりは。

犬にしてみたら、人間の決めたルールなんて関係ない話ですからね。野良犬を「かわいそうだ」などというやつは、どうなんでしょうか。犬は犬そのもので生きているだけです。「かわいそう」なんて言われたくはないはずです。

ところでジョージタウンにあったペットフード専門店を覗いたら、フードのほとんどは外国製(タイやアメリカ)でした。マレーシア製を探したら、犬用ガムを見つけたので買いました。留守番していたヴィーノへのお土産です。3本入ったガムの細い方が1袋1.1リンギット(約31円)で、太い方が1袋2.5リンギット(約70円)です。

 

 

 

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2019/05/24

【犬狼物語 其の三百三十】埼玉県長瀞町 野上下郷の犬塚

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情報では、「石上神社の犬塚」とあったので、長瀞町の石上神社へ行ってみましたが、それらしい塚が見当たりません。光玉稲荷神社の狛狐像はありましたが。

近所のお宅から人が出てきたので尋ねてみると、犬塚はここではなく、ちょっと離れたところにあるという。

犬塚は観光パンフにも載っているそうで、それなりに、大切にはされているようなのですが、「解説看板なども立っていないしね」とのこと。わかりにくい場所にあるようです。

県道に突き当たるちょっと手前というので行ってみると、碑が立っていて、これのことだろうか?と思って近づいてみると、「馬頭観音」の文字が。

道を行ったり来たりしていたら、奥の家から女の人が歩いてきました。ちょうどいい、道を聞こうと思ったら、たまたま通りかかったわけではなく、さっき犬塚を聞いた人から電話があって、そっちに犬塚を探しに行く人がいるからと連絡があったという。なんと! 俺を案内するために、わざわざ家から出てきたというのです。

犬塚は、馬頭観音とは関係なく、民家の庭を30mほど上がったところ、畑の横にありました。そもそも、ここの地名が「犬塚」という小字だそうです。

たまたまその家には草刈りに来ていた男の人がいましたが、その家の息子さんだったらしい。もうここには誰も住んでいません。ときどき息子さんがこうして草刈りなど、手入れをするために帰っているのだそうです。今日はたまたまその日でした。

犬塚の板碑には、このあたりで多く採れる青っぽい石を使っていて、屋根掛けされています。この石材は、三波川結晶片岩帯に分布する「緑泥石片岩」といいます。「青石塔婆」とも呼ばれるそうです。板状に剥離する性質があり、加工がしやすいので、板碑に多く使われてきました。

近くに採掘跡があります。県指定旧跡「板石塔婆石材採掘遺跡」です。

息子さんによると、昔は文字も見えたそうですが、年々板碑は細ってきて、今はわからなくなっています。梵字が書いてあったらしいのです。

今でも12月のある日曜日に、念仏をやっているそうです。この念仏については、栃原嗣雄著『秩父の民俗: 山里の祭りと暮らし』に載っていました。

「犬塚耕地では毎年旧十月戌の日に、犬神様の念仏が行われている。
 この犬神様は、鉢形城の軍用犬で、天正十八年鉢形落城と共に、主を失った犬は秩父方面の出城である天神山城、竜ヶ谷城、根古屋城、日尾城、高松城等を巡り歩いていたが、ついに力尽きて杉郷地内のシケンブチ(四犬淵)で水死したという。その犬を祀ったものが犬神さまと伝えている。
 その犬の供養のため念仏講がつくられている。宿は回り番で小字のイノズカ、カラサワの十六軒もち回りである。米五合と小豆一合を出しあい宿番の家でボタモチをつくって出す(昭和四十五年からパック入りのスシ)
 午後六時ごろから集まり、お日待ちをして念仏になるが、前の方に八匹の犬(オス五匹、メス三匹)が描かれた掛軸をつるし、お燈明を上げ、線香を立て、鉦たたきがその前に座って先導する。まず「犬の念仏」と称して、八匹の犬の名を唱えながら、八回くり返す。

オーゴー オーレイ ナムアミダ
ユウズマ フクズマ ナムアミダ
ツーツキ ツマブキ ナムアミダ
チユーヤ マンプク ナムアミダ

 (略)

犬たちは、大切な文書を首にさげて走り回る伝令の仕事をし、「天正十八年鉢形落城」とは、豊臣秀吉軍の攻撃によるものだったらしい。当時北武蔵一帯を支配していたのは鉢形城の城主だった北条氏邦。氏邦は、約3500の兵で城を固めました。中山道を南下した前田利家、上杉景勝らの軍勢5万人と激しい攻防を1か月続けたましたが、ついに城は落ちました。秩父の出城も運命を共にすることになりました。
 こうして主を失った犬たちはさ迷い歩き、この地で死んでしまいます。それを憐れんだ大沢藤左が自分の所有地に犬神様として葬ったのが「犬塚」だという。それから念仏講が作られました。

また8匹のうち、死んだのはツーツキ、ツマブキ、ユウズマ、フクズマの4匹だったとのことです。

息子さんは、犬が描かれた掛軸があったはずだといい、家の中へ探しに入ってくれましたが、「ありませんね」という。「犬の名前も、変わった名前だったし、狼犬だったのかなぁ」とのこと。念仏の時に掛けた8匹の犬が描かれた掛軸だったのかもしれません。

12月の念仏は、毎年日が変わるそうですが、その時に掛け軸は見ることができるのではないでしょうか。

 

 

 

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2019/05/22

【犬狼物語 其の三百二十八】東京都新宿区 動物とのゆかりが深い市谷亀岡八幡宮

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(市谷亀岡八幡宮)

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(市谷亀岡八幡宮のロボット狛犬)

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(几号水準点)

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(犬次神社に奉納されている麻奈志漏の絵)

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(善峯寺の桂昌院と子犬の像)

 

市ヶ谷駅に近い市谷亀岡八幡宮は、動物とのゆかりが深い神社です。

祭神である応神天皇は、シカ狩りのとき、猟犬がイノシシと戦って死んだのを哀れみ、丁重に葬りました。猟犬の名前は「麻奈志漏(まなしろ)」です。(『播磨風土記』)

その場所が、兵庫県西脇市の犬次神社ではないかといわれています。「犬次」の名前の神社は、全国にここだけで、犬を葬った「犬塚」が転訛したものと考えられているそうです。

「麻奈志漏」については、NHK総合で2017年8月24日放送された「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」で、最も古いペットの名前のひとつとして紹介されました。

市谷亀岡八幡宮はまた、第5代将軍徳川綱吉の母・桂昌院ゆかりの神社でもあります。綱吉はもちろん「生類憐みの令」で有名だし、桂昌院も愛犬家だったようです。京都の善峯寺には、桂昌院と子犬の像があります。

そんなことで、この市谷亀岡八幡宮では、現在、ペットの健康長寿・病気平癒の祈祷やペット同伴の初詣、ペットの七五三なども行われています。

 階段を上ったところに一風変わった狛犬が鎮座しています。まるでAIBOを思わせるようなロボット狛犬。これは、何か、犬や狼と関係があるのでは?と想像をたくましくしましたが、違ったようです。神社によれば、直接の関係はないそうです。火災の多かった江戸時代に火消しの人たちが身に付けていた刺し子を付けた狛犬だという説もあるそうです。

  

なお、ここには新宿区指定有形民俗文化財の「力石 」や珍しい「几号水準点」があります。

几号水準点とは、高低測量を行うために明治時代に設けた基準となる測量点です。几号水準点は、水屋の台座になっていて、 水準点の位置が設置当初から移動していないことや、保存状況が良く、近代土木史上、貴重なものとして新宿区文化財に認定されているそうです。

 台座の下で、見づらいところにありますが、案内表示があるので、すぐわかります。

 

 

 

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