カテゴリー「犬連れ旅や犬にまつわる話」の262件の記事

2018/10/16

旅犬ヴィーノ、11歳誕生日のステーキ喰い

今月、ヴィーノは11歳になりました。

誕生日プレゼントは、牛肉のステーキです。

まだまだ元気でやんちゃな旅犬ヴィーノです。たぶん一生こんな感じの旅犬なんでしょうね。

それはヴィーノだけじゃなく、俺たちにも言えることかなと思います。

愛犬チャーリーとアメリカ一周の旅に出たアメリカの作家 ジョン・スタインベックは『チャーリーとの旅』でも書いています。

歳を取って落ち着くかと思いきや、そんなことはなく、旅人はいつまでたっても旅人だ、年齢なんて関係ないというスタインベックの言葉に共感します。

そうなんですよね。俺もいい歳になれば、少しはまともな「大人」になっているのかなと思っていたのですが、その人の性質というのは一生変わらないようです。

これは「ワンダーラスト」という遺伝子にかかわる一種、病気でもあるらしいんですが。
 
 
 
 
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2018/10/11

『オオカミと神話・伝承』 (02) 千匹狼の伝説

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『オオカミと神話・伝承』 の中にある「老婆とオオカミ人間(日本)」というコラムで、南方熊楠が多くの地方から集めた「千匹狼」の伝説を読んで、愛媛県の「犬寄峠」を思い出しました。

要約するとこんな伝説です。


ある旅人が身重の妻と山奥を歩いていると、オオカミの群れに襲われた。木の枝に逃れたが、オオカミたちは、馬乗りになりピラミッドを作って迫ってきた。男は小刀で切り殺したが、次から次へと迫ってきた。やがて一頭のオオカミが「鍛冶屋の婆さんを呼んでこよう」と言った。
オオカミは去ったが、今度は大きな雌オオカミを先頭に戻ってきた。こうして攻撃がまた始まった。男が刀を振り下ろすと老オオカミの頭に傷を負わすことができた。オオカミのピラミッドは崩れ落ちた。
恐ろしい夜を過ごした旅人は、村にたどり着き「鍛冶屋の婆さん」が気になり、鍛冶屋を訪ねると、老婆がいて、昨日頭を打ったといって床に伏せっていた。傷が昨晩の雌オオカミと同じ位置にあった。見破られたと思った老婆は、逃げようとした。しかし旅人は、一瞬速く刀で切りつけると、老婆は死んだ。すると年老いたオオカミに変わった。


これと似たような「千匹狼」伝説は日本各地にあるようですが、興味をひかれるポイントは、オオカミが次から次へと繋がって、木の上に逃れた人間に迫ってくるという「馬乗りになる」という部分です。「肩車する」とか「犬梯子」などとも表現されているようです。狼たちが繋がって上に伸びていくって、本当に面白いイメージですね。

別な本には、たしか、元々この伝説は中国大陸から来たようで、大陸では、オオカミではなくてトラが梯子状になるという話があったようですが。正確には忘れてしまいました。

梯子状になったオオカミの伝説を初めて知ったのは、愛媛県の「犬寄峠」を訪ねた時でした。

「犬寄峠」は伊予市の南にあり、峠には、うち捨てられたような錆びたプレート「犬寄峠 標高306m」とありました。

地元の人にもらった史料「飛脚が山犬に襲われた話」によると、


この辺りの峠は、昔は強盗が出たり猛獣が出る難所でありました。ある時、一人の飛脚が松山を出て大洲に向かい、夜中に峠を通りかかりました。すると眼光鋭い山犬が一匹現われ、飛脚に飛び掛ろうとしたので、飛脚は抜き打ちに山犬に斬りつけました。山犬が死ぬとき一声高く叫ぶと、その声に応えてどこからともなく沢山の山犬がやってきて飛脚に詰め寄ったので、飛脚は傍らの大きな木によじ登ったが、大木の下にはますます多くの山犬が集まって、肩車を作って登ってきて飛脚にかみつこうとしました。
その時ふと、自分の持つ刀の目抜きが鶏の名作で、血潮を得ると精を得て鳴く、ということを思い出し、「この鶏の名作がまこと精あるものなら、見事一声鳴いてみよ」と大声で呼ばわると、刀は「コケコッコー」と鳴きました。この鳴き声に驚いた山犬どもは、木の上の飛脚をにらみながら、あきらめて帰っていきましたとさ。


この伝説では「山犬」とあるので、たぶんオオカミのこと、そして梯子のことは「肩車」と表現しています。

犬(狼)や虎が、肩車して梯子のようになって人間に迫ってくるイメージは、何を表しているのでしょうか? こういうのは、実際の動物の習性ではなく、人間がその動物に対するイメージを持っているからだろうと思います。一説には、跳躍能力の高さを表しているのでは、とも言われているようです。

 
 
 
 
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2018/10/10

『オオカミと神話・伝承』 (01) 古代ローマと日本のオオカミ

171130_1(味の素スタジアム)

171218_2(日比谷公園)


『オオカミと神話・伝承』(ジル・ラガッシュ著/高橋正男訳)は、世界のオオカミにまつわる神話や伝説を紹介した本で、古代ローマの狼信仰や、「蒼きオオカミ」の子孫たち、日本のオオカミについても触れられています。

ローマの建国者ロムルスと弟レムスとともに、雌オオカミに育てられ、このオオカミと兄弟の銅像はローマの守護神になりました。

紀元前1世紀ころ、雷がこの銅像を直撃しました。その結果、破壊され、寺院の地下室にかたづけられて人々から忘れ去られました。15世紀、像はカピトリウム丘に移されましたが、トスカナの芸術家が、あらためて双子の兄弟の像を造ったそうです。

この像のレプリカが、日本にもあります。日比谷公園と味の素スタジアムです。

以前、このオオカミ像の右足に怪我状の穴があることに気が付き、調てみましたが(イタリア文化会館でも聞いてみました)、依然その理由はわからず謎のままです。

ただ、世界のオオカミについての話をみてみると、だいたいは、「恐ろしい野獣」、あるいは、「強い戦士」、「崇められる神」というイメージで語られるようです。そのことと関係ありそうな気もするのですがわかりません。まだまだ謎です。だれか知っていたら教えてください。

日本のオオカミについては、すでに書いていますが、この本のコラムを要約すると、

日本には2種類のオオカミがいました。北海道のエゾオオカミと本州以南のニホンオオカミです。エゾオオカミは1889年ころ、ニホンオオカミは1905年ころ絶滅しました。

日本人とオオカミとの関係は、ヨーロッパとは違い緊張感が少なかった。その理由は、日本人の伝統的な食糧が肉ではなく、農民は家畜を飼わず、田んぼや畑に囲まれた村に住んでいました。そういうところは、オオカミには魅力はなかったので、山の中に住んで、めったに里に下りることもありませんでした。

時々山でオオカミに襲われることもありましたが、おおむね人間とオオカミは平和的に、お互いの領分を尊重して暮らしていました。農民が害獣とみなしていたシカやイノシシやウサギを食べてくれてもいました。

1732年に、本州で狂犬病が発生しました。もっとあとになって、ふたたび狂犬病が発生しました。そのたびに狩りが行われましたが、ヨーロッパと比べると小規模なものでした。

1743年に、日本を旅行したスエーデン人植物学者ツーンベリは、「日本には、オオカミはまれになってしまった。今や、もっと北に行かないといない」と断言しました。

という内容です。

西洋では、家畜が食べられてしまうことで、オオカミは害獣と考えられていたのとは違い、日本では逆にシカやイノシシを食べてくれる益獣でした。そこからオオカミが神や神の使いとして崇められる動物になりました。
 
 
 
 
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2018/08/31

青弓社HPに掲載された「棚田にも犬像にもその土地と切り離せない物語がある」

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青弓社HP「WEB青い弓」に掲載されました。

これは「あとがきのあとがき」とでもいう位置づけのエッセーです。ぜひごらんください。

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棚田にも犬像にもその土地と切り離せない物語がある――『犬像をたずね歩く――あんな犬、こんな犬32話』を出版して


 「青柳さんには、棚田の写真も犬像の写真も同じようなものなんですかねぇ?」

ある新聞社から犬像の取材をうけたとき、記者からそう聞かれて、私はハッとしました。

実は数年前、犬像の写真を撮るようになった時、今まで私の写真を見てくれていた人からは「犬像?」と怪訝な顔をされたのです。それまで撮っていた棚田の風景写真と犬像の写真では、被写体として大きく違っていたからでした。

ある雑誌に企画を持って行こうとした時、担当者は、「犬像」の意味がわからないようだったので、「渋谷駅前にありますよね。忠犬ハチ公の像が。あんな感じの犬の像なんですが、全国にたくさんあるんです」と説明してようやくわかってもらえたようでしたが、今度は、あからさまに、犬の像なんか写真に撮る価値があるのか? それのどこがおもしろいんだ?というふうに感じているようでした。なので、企画は当然ながら没でした。

今まで普通にあったものの中に新しい価値を見出すのが写真家の仕事だと思っていますが、その端くれでもある私は、他人にその新しい価値を知ってもらうのは難しいこともわかっています。

実際、棚田を撮り始めた時も同じだったのです。今でこそ、棚田という言葉も市民権を得て、すぐわかってもらえますが、1995年ころは、棚田なんて10年もすれば全部なくなってしまう過去の遺物くらいに思われていたし「棚田って何ですか?」と、同じように聞き返されていた時代もあったのです。

でも私の中では、棚田にも犬像にも、何か共通するものにうすうす気が付いてはいました。それが言葉にならなかったのですが、他人に指摘されて、その思いは確信に変わりました。

棚田にも犬像にもその土地と切り離せない物語がある、ということなのです。棚田の場合、その土地の歴史や地形が、雲形定規のような棚田の形を決めているといってもいいでしょう。犬像も、その土地と切り離せない物語を持っています。犬像が「そこ」にある意味が私には大切なのです。

私は、その土地が持つ物語を探して歩くのが好きなようです。全国各地に点在する物語を探して、それをまとめるという作業は、棚田も犬像も同じかなと。

ある犬像は、街のキャラクターになったところもあります。たとえば、静岡県磐田市のしっぺい太郎の物語から、ゆるきゃら「しっぺい」が、奈良県王寺町の聖徳太子の愛犬・雪丸の物語からは、ゆるきゃら「雪丸」が誕生しています。その土地独特の犬たちが、現代に「ゆるきゃら」としてよみがえっているのです。何もないところから作り出されたフィクションの犬ではありません。もちろん誕生当時はフィクションの犬もあったかもしれませんが、それが何百年もの歳月をかけて、その土地の歴史に組み込まれています。

だからどこにあってもいい犬像(土地との繋がりがない犬像)には、あまり興味がわきません。今回の書籍での私なりの「犬像」の定義からは外れるからです。たとえば、某携帯電話会社の白い「お父さん犬」の像ですね。その土地に根差した物語がないからです。(それ以上に、これはコマーシャルなのですが。もちろん、「お父さん犬」も何百年か経てば歴史になるかもしれません)

だから犬像は棚田と同じように、町おこしに結びつきます。土地独特の魅力を、棚田や犬像が代表していると言ってもいいかもしれません。実際、「しっぺい」も「雪丸」も、町おこしに一役買っています。

ところで、人の顔の判別には「平均顔」説というのがあります。たとえば日本人なら日本人の顔の平均を知っているので、そこからどれだけ外れているかの「差」で判別しているという。外国人が日本人の顔がみな同じに見えるというのは、日本人の「平均顔」を知らないからで、反対に、日本人は外国人の「平均顔」を知らないので、みな同じに見えます。

外国旅行すると、その国の滞在が長くなるにしたがって、その国の人の顔の区別がつきやすくなるという体験は私にもあるので、この説は説得力があります。

多くの犬像を見て周ることで、その犬像の「平均顔」がわかってきます。そのとき、個々の犬像の全体における位置というのが客観的に見えてきます。今回の著書で、13章のカテゴリーに分けたのも、それが理由です。平均値が分かれば、個々の犬像の意味というか、性格もわかるということなのです。

読者のみなさんには、この本を持って、犬(忠犬・名犬)にゆかりのある場所をめぐる「聖地巡礼」をしてみては、と提案したいと思います。

多くを周ることで、先に言ったように、犬像の平均値が分かり、個々の犬像についてもより客観視ができるようになるだろうし、こんなにもいろんな意味を持っている犬像があるのか、こんなにもバリエーション豊かな犬像の物語があるのかと、驚くことがたくさんあると思います。そこから、犬と人間の関係、もっと言えば、動物や自然との関係なども見えてくるのではないでしょうか。
 
 
 
 
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2018/08/24

来年も雑誌comcomで「旅するヴィーノ」の連載続く

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来年も「旅するヴィーノ」の連載が続くことに決まったそうです。編集者から連絡がありました。日本二周犬、ヴィーノ良かったね。

編集者からは反応がいいと聞いていて、実際読者アンケートなども誌面に掲載されているのを読んで、うれしいことはうれしいのですが、「賢いヴィーノ」という表現に一抹の不安を感じもします。誤解されてはいないだろうか?と。

いや、「旅犬」としてはいい犬であることは間違いありません。ただ、俺たち夫婦の中では「旅犬」と「賢い犬」というのが結びつかないのです。

けっこうやんちゃな犬と感じているので、写真から受ける印象とはじゃっかん違うのではないかなと。

まぁ、そこは人間のアイドルと同じで、ウンチもすれば、わがままも言うし、喧嘩もするということで、許してもらいましょう。

今年も九州や北海道にもヴィーノを連れていっしょに旅をして、写真も撮っているので、それもいずれは使えればいいかなと思います。

日本一周どころか、もう2.5周くらいしている旅犬です。
 
 
 
 
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2018/07/16

『犬像をたずね歩く  あんな犬、こんな犬32話』 カバー決まりました

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書籍のカバーができました。デザイナーさん、ありがとうございます。

前著のカバーは、日本地図上に犬像の切り抜きを数点置いたデザインでしたが、今回は、この犬像1点で代表させています。(裏表紙には、別な犬像が数点入っていますが)

これは、明恵上人ゆかりの犬像です。オリジナルは明恵上人終焉の地、京都の高山寺にある明恵の愛した子犬の像です。それを模した像が明恵上人生誕の地・和歌山県有田川町の明恵大橋の欄干に置かれています。

明恵上人は、個人的に興味を持っていた坊さんなので、明恵上人の犬像があると分かった時は、絶対これを次回の書籍に載せようと決めていました。

明恵上人は生涯自分の夢をつづって『夢記』を著した人です。夢に興味がない人には、「それがどうした?」というだけでしょうが、俺も夢日記をつけているので、親近感を覚えるのです。

ところで書籍には、1話として、とうぜんこの明恵上人の犬像が出てきますが、例によって1話を数点の写真と文章で構成しています。最後まで、高山寺のオリジナルの犬像の写真を使うべきか否か迷いましたが、結局いろいろあって使わないことにしました。(オリジナルの犬像はネット検索すればすぐ出てきます)

ところで、この写真を撮影したのは、2月だったと思いますが、快晴で、けっこう暑かった日です。犬像全般に言えることですが、外に置かれている犬像は鳥の止まり木に使われていて、鳥の糞で汚れていることもあります。

この犬像もそうでした。だからまず、雑巾できれいにしてから撮影しました。暑かったので、水がすぐに蒸発してくれたのはよかったですね。よく見ると、完全にはきれいになっていませんが、その汚れをあえて残したほうが、「この犬像がここにある理由」がはっきり見えてくるのではないかなと考えています。
 
 
 
 
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2018/06/23

「犬形土製品 縄文の犬像、パリでお披露目 栃木・藤岡神社遺跡出土の国重文 10月の日本博で」のニュース

Img_6757(渡良瀬遊水地)
 
 
「犬形土製品 縄文の犬像、パリでお披露目 栃木・藤岡神社遺跡出土の国重文 10月の日本博で」のニュースがありました。

https://mainichi.jp/articles/20180613/ddl/k09/040/183000c

「栃木市の藤岡神社遺跡から出土した縄文時代の犬の像「犬形土製品」=国重要文化財=が今年10月、フランス・パリで開かれる日本博「ジャポニズム2018」に出品される。東京国立博物館(東博)で7月に始まる特別展「縄文 1万年の美の鼓動」での展示も決まっており、戌(いぬ)年の今年、国内外で脚光を浴びることになる。」

と、いうものです。

ようやく情報解禁ですね。このことについては知っていました。栃木県立博物館で4月に撮影させてもらった「犬形土製品」がついにパリでお披露目です。

縄文時代の犬形土製品は全国から約10体出土していますが(多くは猪形)、その中で代表的なものが、この藤岡神社遺跡から出土したものです。

前足をふんばって、大きな口を開けているものです。おそらく吠えている瞬間をかたどったものだと思われます。そのユニークな姿に一目ぼれしました。

土製品の写真については『犬像』の続編、現在編集作業中の『犬像をたずね歩く』に掲載するので、ここではアップできませんが、ネットで検索すればすぐ見つかります。

撮影したとき、係の人から「触ってもいいですよ」と言われたので、持ってみたら、意外とずしりと重かった。中は空洞ではないということです。

それと、面白いと思ったのは、肛門と、腹に「×」印がありました。これとは別の埼玉県加須市で出土した犬形土製品にも、肛門がありました。そこは共通しています。どうして「肛門」なのかはわかりませんが。

出土した藤岡神社遺跡は、渡良瀬遊水地の近くで、掲載の写真は、その遊水地の明け方の写真ですが、遠くには筑波山も見える広々とした場所です。縄文時代人も、こんな風景の中、犬と暮らしていたのかなぁと想像するとわくわくしてきます。

きっと、犬をよく観察している人たちだったからこそ、あんな素晴らしい犬像を作れたのだろうと想像します。日本文化紹介の展示で、犬形土製品が出品されることは、別に俺が犬像を作ったわけではありませんが、妙にうれしく感じます。あの犬像に「日本文化」を感じる人がやっぱりいるんだなぁと。

7月3日~9月2日には東京国立博物館でも展示されるということなので、今から楽しみです。しかも、ちょうど『犬像をたずね歩く』の出版が8月なので、展示と出版が重なります。
 
 
 
 
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2018/05/16

札幌から小樽、古平、積丹岬、セタカムイ岩

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札幌では、校犬クロの話の発端になった、子犬を拾った本人に会うことができて、インタビューし、生前のクロの写真を撮影させてもらいました。

ここ2日間しか天気が良くなさそうな予報なので、風景写真は、この2日間で急いで撮影しました。

小樽市の消防犬ぶん公像に寄りました。『犬像』の本を作るきっかけになった犬像のひとつです。あのときは、犬像と言えば忠犬ハチ公くらいしか思い浮かばなかったのですが、こうして全国周ってみると、150体以上は見つかっていて、日々更新中です。

前回と同様、ヴィーノの記念写真を撮りました。ヴィーノもすでに10歳。ほぼ8,9年ぶりということになります。

小樽から積丹岬までは、奇岩が多く点在するところですが、中でも、今回のテーマ「犬」の岩があります。「セタカムイ」といいます。アイヌ語で、「犬の神」という意味です。伝説は複数ありますが、犬が遠吠えしているような姿から、犬にまつわるもので、詳しくはあとでアップします。

ヴィーノの右後ろに尖って見えるのがセタカムイ岩です。

そのまま積丹岬まで行ってみました。

海は青く(積丹ブルーというらしい)美しいところですが、観光客も多い。ここもほとんどが外国人。
 
 

 
 
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2018/05/14

まだ桜が残る北海道

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北海道に入っても雨でした。昨日は、豊浦の道の駅に泊まりました。

朝、漁港に行ってみると、漁船から海産物の水揚げが行われていて、活気がありました。

桜は一部残っています。八重桜でしょうか、今朝がたまでの雨で花弁が散っていました。
 
 

 
 
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青森からのフェリーで函館へ

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八甲田山雪中行軍遭難資料館のアイヌ犬像を撮影してから、青森港のフェリー乗り場へ。

港で車中泊し、早朝の便で函館へ。
 
 
 
 
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