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2010/01/30

秋葉原で起きた無差別殺傷事件の初公判

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秋葉原で起きた無差別殺傷事件。あれから1年半が過ぎ、裁判が始まりました。

元派遣社員・加藤智大被告は、遺族に謝罪の手紙を送ったり、一見すると反省しているように見えます。

でも、ずっと「いい子」を演じてきたという経緯を考えると、この「謝罪」も「いい子としての行動」と思われてもしかたないかもしれません。

俺も子どものときは「いい子」を演じてきたし、似た部分があると感じるので、加藤被告の偽善性を嗅ぎ取ってしまいます。

事件のときもブログに書きましたが、もう一度書きます。

被告の動機として、当時は、仕事に対す不安や不満、社会に対する孤独感や疎外感、親に対しての恨み。そんな「理由」が、もっともらしく語られていました。

あのとき、俺は、犯人のもっともらしい「不幸な境遇」を聞くにつけ、腹が立ちました。たとえば、外見が悪いだの、彼女がいないだの、仕事が無くなるだの、親が自分のエゴを押し付けただの、そんなこと、俺もまったく同じだったよ、と言いたい。

被告は、社会人として、あるいは、男としての理想像、たとえば、「勝ち組」だの「イケメン」だの、世間で作られた虚構に、まんまとハメられてしまったのかもしれません。だから、その理想像を外れるのが許せない。人生は終わりだと思い、やけっぱちになってしまった・・・。

そして一番気になったのは、被告に対する同情の声があったことです。たしか、労働環境改善の問題が注目されていたこともあって、被告の動機に同情するような意見も出たのではなかったでしょうか。

被告は、「誰かに止めてほしかった」といっているように、人の同情を引こうとしています。でも、被告は、殺人を隠れて犯したのではありません。だから、捕まってもいい、死刑になってもいい、ということなのです。「事件を起こした後のことは考えていなかった」と供述していました。つまりこれは「自殺」なのです。

たぶん、被告のような悩みで自殺してる人はいるだろうと想像できます。ただこの被告の場合、「ひとりで死にたくない」とか「幸せな人を巻き込んでやる」といった身勝手な理由で、何の関係も無い人たちを、なるべく大勢道連れにしようとしたところが特異です。

被告は、無差別殺人するほど必死です。これから続く裁判でも、あわよくば、世間の同情を引こうという、それこそ「いい子」を演じてきた被告の、最後のもくろみに乗ってはいけない。反省しているように見える「いい子」を演じる天才なんじゃないか、と俺は疑っています。


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2010/01/28

シリア・ダマスカスの安宿

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おととい、アレッポの病気の話を書きましたが、今日はダマスカスでのことを書きます。

病気が回復して、アレッポからダマスカスへ行き、宿に泊まったのですが、5人ほどの相部屋でした。安い宿は、相部屋ということも多いのです。ドミトリーですね。

ヨーロッパのドミトリーも、安さだけでなく、世界各国の旅人と知り合えるというメリットもありました。だからドミトリーには慣れていたし、ここに泊まることを躊躇したりはしませんでした。

ただ、ここはシリア。ドミトリーの宿泊客は、西側諸国の旅人ではなくて、ほとんどがイスラム諸国からの旅人でした。パキスタンとかイランとかアフガニスタンとか・・・。

そのとき初めてイスラム諸国のバックパッカーもいるんだということを知ったのです。今までは、西欧文化のなかで旅をし、バックパッカーといえば、欧米人と日本人しか知らなかったので、ダマスカスのドミトリーは、カルチャーショックでした。

まるで西欧の裏側(どっちが表で裏かは別として)に別の世界があるような感じなのです。「別世界」というより、「別次元の世界」といいたほうがいいかな。

それは、欧米人もアラブ人もペルシャ人も「外人顔」をしているので、当時の俺にはまったく区別はつかず、だからかえって、同じような顔をしている「外人」なのに、英語は通じない、町の看板にはアルファベットがない、「普通の観光」の話が通じない、部屋の中でお祈りが始まってしまうなど、違いが気になったのでした。正直言って、妙に落ち着かないのです。

欧米と平行して存在する世界。どこまで行っても交わらない二つの世界。

「別次元の世界」と表現したくなるのは、こっちとあっちの世界が、物理的に隔たっているのではなく、より精神的に隔たっているという感じを受けたから、かもしれません。たぶん、それまで、通算10ヶ月間ほど旅していましたが、俺はまったく頭は欧米化してしまっていたということなのだと思います。「欧米人の目から見たイスラム教徒の違和感」です。

先日も「慣れとは恐ろしい」と書きましたが、こういう「慣れ」もあります。

最近、まるで「イスラム国家」が「テロリスト国家」と同義であるかのようなイメージは、日本人も完全に欧米化した「慣れ」の中で生活しているからなんでしょうか。


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2010/01/26

シリアのアレッポでもらった診断書

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昨日、NHK世界遺産の番組で、シリアのアレッポとダマスカスをやっていました。

アレッポもダマスカスもシルクロードで栄えた古都です。

俺も昔行きましたが、旧市街(スーク 市場)の様子はあまり変わっていないようでした。

トルコ南部から陸路で入国したのですが、宿の看板も全部アラビックで、英語も通じなくて、宿探しに苦労したというのが、シリアの第一印象です。

そして俺はアレッポで、たいへんな目にあったのでした。

原因不明の熱病におかかされて、5日間ほど、安ホテルの狭い部屋で寝ることになったのです。死ぬんじゃないかと思いました。食べ物なんてダメ、水さえも飲むと吐いて、下痢するという最悪の症状が続き、見かねた宿の主人が、医者を紹介してくれたのでした。

それで診てもらい、(たぶん)抗生物質の注射を打ってもらって、ようやく症状が軽くなり、オレンジジュースを飲めるようになってから2日後、ダマスカスへとバスで旅立ったのでした。

ほんとうならパルミラ遺跡へ行くつもりでしたが、2週間の滞在ビザで、次のヨルダンのビザを取らなければならず、時間がなくなってしまい、ダマスカスへと直行したのでした。

ところで、出発前日、もう一度医者を訪ね、診断書を書いてもらいました。旅行保険に入っていたからでした。

英文で書かれた診断書をあとで見て、驚きました。アッラーの神がどうのこうのと書いてあったからです。神の呪いとか書いてあったのでしょうか。俺は悪いこともやってきたので、その罰が当ったといえば、そうなのかもしれません。

帰国後保険会社に治療費を請求したら、ちゃんと保険金は下りましたが。


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2010/01/25

日本では、どうして血液型で診断する性格で盛り上がるのか? それは「信仰」と考えると理解しやすい

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犬に血液型があるんだろうか?と突然思いつき、調べたら、ありました。分類方法は複数あるようです。

この犬の血液型を詳しく説明する知識は無いので、ここでは省略しますが、これで、あることを思いついたのです。

ひとつは、日本人の血液型も、北や西や南からの血が混じって、ABO型では、4種類に分かれますが、和犬もやっぱりそうなんだということ。これは、日本人と、和犬の成り立ちを想像すると、納得できます。日本人も和犬も「雑種」なんですね。

そして、もうひとつは、血液型で判断する性格の話です。よく盛り上がりますよね。A型は几帳面で云々、O型はおおらかで云々・・・。これって、日本だから盛り上がるのかな?と、ふと思ったのです。

ちなみに、俺は、よくB型でしょ?と言われるし(ホントは違いますが)、性格と血液型は関係ないと思うことの方が多いです。(犬の性格も、血液型とは関係なさそうだし)

たとえば、ネイティブアメリカンのように、ほぼ全員O型のところで、血液型と性格の関係性なんて話してもだれも興味は持たないんじゃないか?ということです。だってみんな同じなんだから、O型の性格が云々といったところで、まったく意味は無いし。逆に言うと、全員O型だからって、全員同じ性格というのはありえないでしょう?

日本で盛り上がるのは、ちょうど4種類の血液型が、いい割合に存在するからではないのか?とも思います。欧米諸国では、血液型性格分類は支持されていないそうです。日本の医学、教育学、心理学などの学会では血液型と性格の関係性は否定されています。これは「疑似科学」と呼ばれるもののひとつで、科学を装った非科学的な説ということだそうです。

やっぱり性格とは無関係なんでしょうか。でも、なぜか、「この人、@型じゃないかな」と思って聞くと、やっぱり当たっていたりする経験は俺にもありました。だから、血液型と性格には関係があるんじゃないかと思うときも正直ありました。

それはなぜなのでしょうか。

日本人は、血液型を気にする文化の中で生まれ育っているので、いつの間にか、人の性格を血液型の4パターンで、単純化して見てしまう癖があるのではないか?ということです。

それと、人間には「恣意的記憶」というものが幅をきかせます。自分の都合のいいことだけを記憶するということです。血液型と性格が合ったときだけ記憶して、はずれたときは忘れてしまう、ということ。はずれていることの方が絶対的に多いはずなのに。つまり「当たっている」と感じるのは錯覚なんですね。

それからもうひとつ。これが一番かな。

性格なんて、親の遺伝子や、生活環境や、教育や、容姿や、貯金や、現在の心の状態などが影響するわけです。でも、「あなたの親がだらしないから、あなたも似ているんだ」とか「あなたは貧乏だからそう悲観的な性格になったんだ」とか「あなたはハゲだから消極的なんだ」とか、言いづらい。でも、血液型なら問題ない。問題なくはないけど、あからさまな「差別」とは思わない。ということは、人を差別したい欲望を、オブラートに包んで満たす手段が「血液型の性格判断」ではないか。

差別したがっているんですよ。内心では。それをあからさまにすると、えげつないので、血液型に置き換えてしまう。

興味深い統計があります。


ブログネタ: 血液型での性格診断、信じる? 信じない?参加数

アンケートによると、「信じる」が43パーセントもいるんですね。ちょっと驚きです。

いや、そうじゃないな。信じたがっているだけではないでしょうか、血液型と性格の関係性を。そうすることで何故か安心できるからです。だからこれは「疑似科学」というよりは「宗教」や「信仰」に近いのでしょうね。

これを科学的に解釈しようとすると、「疑似科学」だの「錯覚」だの「嘘」だのといわれてしまいますが、これを「宗教」や「信仰」と考えれば理解できるわけです。

だから、やたらと人の血液型を気にする人には、絶対「それは嘘です」「科学的には否定されています」などとは言ってはいけないのです。その人にとって人の性格は「生まれたときから決まっているもの」と思いたい。自分がこういう性格をしているのは、自分のせいではないと思いたい、ということでもあるんでしょうから。それを否定されるのは、自分を全否定されるように感じてしまうはずです。


セクハラ、パワハラ、モラハラ、マタハラ、カジハラ、トシハラ、オワハラ、エイジハラ・ ・ ・そしてブラハ(2015/06/30)
 
 
 
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2010/01/23

世界で一番「おいしい」仕事

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去年オーストラリア・クイーンズランド州が募集した「世界一素晴らしい仕事」。日本人の女性も最終選考の候補に残り話題になりました。

選ばれたのは、ベン・サウスホールさんというイギリス人男性でしたが、半年間契約の仕事は去年12月いっぱいで終わったというニュースを先日やっていました。

平均睡眠時間が5時間くらいしかなくて、辛かったそうです。スケジュールがいっぱいで。ダイビングしたり、クルーズに出たり、釣りをしたり、泳いだり、食べたり、ビデオの編集したり、ブログをアップしたり・・・。でも、特別の体験が出来て満足感はもちろんあるようですが。

俺も応募したかったのですが、自他共に認める「リゾートが似合わない男」なので、書類選考で落とされるのは目に見えていたのでやめました。

それはさておき、俺も今まで外国でもいろんなバイトをしました。

フランスでのブドウ摘みの仕事「ヴァンダンジュ」や、パリでのギャルソンの仕事については前に書いたので省略します。

今から思えば、ちょっと怪しいバイトもありました。今もって、自分がやった仕事を完全には把握していないのですが。(時効だと思うのでいいでしょう〉

それはパキスタンのラホールでのバイトでした。

宿の主人に頼まれて、あるホテルのバーへ行き、数本のウイスキーを買ってくるというバイトなのです。

たぶん、こういうことではなかったかと思います。パキスタンもイスラムの国で、アルコール類は公には手に入りません。ところが、外国人は例外だったようで、そのホテルのバーでは、パスポートを見せると酒が買えたのです。

宿の主人は、俺をタクシーでホテルに連れてゆき、中のバーの入り口まで付き添って(逃げられないようにか)、俺が買ってきたウイスキーを受け取ると、すぐホテルに戻りました。

そのバイトの報酬は、ラホールからカラチまでの列車のチケットでした。

たぶん、主人は自分で飲むわけではなく、誰かに転売するのが目的だったのではないでしょうか。

「おいしい話」には注意しないと・・・。


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2010/01/20

映画 『パラダイス・ナウ』

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考えてみると、「慣れ」とは恐ろしいものです。

「自爆テロが起きた」というニュースを聞いて、「またかぁ」と思うのはまだましで、世界中が、もう慣れっ子になって気にもとめなくなっている、無関心になっているとしたら、これも恐ろしいことに違いありません。先日も、アフガニスタンの首都カブールでテロがありました。

でも、それだったら自爆テロの意味はほとんど無いのではないか。それでもやってしまう。どうしてなのでしょうか。

そのヒントになりそうなものが、この映画『パラダイス・ナウ』にはありました。

『パラダイス・ナウ』
監督 : ハニ・アブ・アサド 
出演 : カイス・ネシフ、アリ・スリマン、ルブナ・アザバル、アメル・レヘル など

パレスチナ人側からパレスチナ問題を描いている、05年のフランス・ドイツ・オランダ・パレスチナ合作映画です。実際の銃撃戦の中で撮影されたとのこと。05年ベルリン国際映画祭での「青い天使賞」、「ヨーロッパ映画賞脚本部門」、06年の「ゴールデングローブ賞外国語映画部門」など、多くの賞を受賞して、国際的にも高い評価をうけた映画です。

イスラエル占領地のヨルダン川西岸地区。自爆テロ攻撃の実行者に選ばれた幼なじみのサイードとハーレド。志願していたとは言え、あまりにも急な決行命令にそれほど動揺したふうでもなく・・・。

ただ、あとでそうでもないとわかりましたが。当然でしょう。テロリストだって普通の人間です。迷いもあれば、恐れもあります。

自爆テロを決行するために、ふたりは幹部に案内されてイスラエル側とのフェンスへ向かいますが、アクシデントが起こり、失敗します。そして2度目のトライ。でも、そのとき、ふたりには、「変化」が起きています。そして別々の行動を取ることになったのですが、そのふたりの別々の行動こそ、パレスチナ人個人個人の心の葛藤を表わしているように感じました。

登場人物たちの印象的な台詞から(記憶で書いているので、正確な言い回しではありませんが)。

パラダイスは、頭の中にあるだけ。

軍事的には何をやってもイスラエルが強い、だから、俺たちにできるのは、自爆テロしかないんだ。

でも、テロをやったら、イスラエル側に「殺す理由」を与えてしまう。復讐は復讐を生むだけ。モラルの戦いをやらなければ。

イスラエルに、モラルなどあるのか?

占領されているのは、死んだも同じ。これしか方法はないのだ。一人でも多くのイスラエル人を巻き添えにできれば。

自爆テロではなく、別な方法もあるはずだ。

別な方法があるかもしれないが、それは別な人がやればいい。俺は自爆テロをやる。


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2010/01/19

「地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい」 by 鳩山由紀夫

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鳩山由紀夫首相が、ある席で、「地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい自然に戻るんだという思いも分かる」などと発言したらしいですね。ちょっと批判されたようです。

鳩山さんは、「だから、人間は良い環境作りに努力しなければならない」という意味で言ったのでしょうが、ちょっと誤解を与えかねない発言でした。

鳩山さんではないけど、こういうことを言いたがる人たちは、他にもいます。

自分のことを棚上げしたものの言い方で、俺は好きではありません。(似た様なものの言い方に、「人間がやっている農業は自然破壊だ」というものもあります) 

まるで、「人間」の中に「自分」が入っていないようです。自分だけは、「神」にでもなったつもりで、見ているのでしょうか? 

だいたいにして地球(or 宇宙)は、優しくも、厳しくもありません。人間がまったくいなくなったら、「優しい」とか「優しくない」ということもなくなってしまうでしょう。

まぁ、仮に彼らが言うとおりなら、率先して、まず自分がいなくなればいいじゃないですか。「地球から見れば、自分がいなくなるのが一番優しい」と言い換えてみたらいいんです。それでも「正しい」と思えるのかどうか。

この狭い地球に、数十億人の人間がひしめき合って、ひとりひとり生きていかなければなりません。自分は生きたいと思っているなら、他人が生きることも認めなければならない。お互い様です。だから他人に迷惑もかけます。時に、傷つけます。自然も破壊しなければなりません。動植物も殺さなければなりません。そうしないと人間は生きられません。

みんながお互い様で、そういう矛盾を抱えて生きるしかないのです。それなのに、その矛盾を一気に解決したい欲望が起こるんです。(実際は解決しませんが)

この欲望は一歩間違えると、「民族浄化(特定民族の根絶)」や、「ホロコースト(組織的な大量虐殺)」にも繋がるのでは?と俺は思うのですが。


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2010/01/18

旭化成CMの棚田(千枚田) 「輪島市 白米千枚田」

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Asahi KASEI (旭化成)サランラップCM広告の棚田は、石川県輪島市「白米千枚田」です。

Ya_2「オリザ館(アジアの棚田)」にも白米千枚田のページがあります。

オリザ館は、URLが変わりました。お気に入り・リンクの変更をお願いします。http://riceterraces.net/
Riceterraces

こちらは2010年6月上旬撮影の棚田写真です。
Ya_2「白米の千枚田」

白米(しろよね)の千枚田は、輪島市内から能登半島を東へ8km、日本海沿いの斜面に拓かれています。平成13年には国の名勝に指定されました。棚田を見渡す場所は、道の駅「千枚田ポケットパーク」になっています。

中世末期に能登が加賀藩領になると、白米は、海岸の塩田での塩つくりと、新田開発の村として文献に登場します。

道の駅の看板には、狭い田を象徴するような民話が紹介されています。

「昔、田植えを終えた夫婦が田の数を数えたが、2枚足りない。あきらめて帰ろうとして蓑を取ったら、下から2枚の田が現れたという」

輪島市では、白米の千枚田を観光地として位置づけ、地域ぐるみで保全活動に取り組んでいます。秋には、ボランティアの手伝いのもと稲刈りが行われ、千枚田を式場にして「棚田結婚式」も行われています。

海に面した棚田は、韓国にもありますが、狭い島国でもなるべくたくさんのコメを作ろうとした日本人の知恵の形です。

CMでも、日本伝統の「もったいない」文化に触れていますが、棚田そのものが、「もったいない」の精神が形になったもの、といえるかもしれません。

Ya_2ホンダ N-BOX のCMのロケ地も白米千枚田
 
 
 

「旧暦棚田ごよみ」平成29年(2017年)版

NPO棚田ネットワーク発行の平成29年(2017年)版「旧暦棚田ごよみ」 
 


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2010/01/14

『「地球の歩き方」の歩き方』の続き  外国旅行を「しないこと」をお勧めします

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「いい時代」は、長続きしません。

もちろん、「いい時代」というのは、「俺にとってのいい時代」という意味です。バックパッカーがバックパッカーらしく旅ができた時代です。

とはいえ、「昔は良かった」と懐かしんでいる訳ではありません。

『歩き方』が、30年で変わってきたと前回書きましたが(山口さやか/山口誠/著 『「地球の歩き方」の歩き方』[2010/01/11])、バックパッカー、旅行、円高円安、世界情勢、インターネットなど、30年でいろんなことが変わり、当然、『歩き方』に求めるものも変わってきました。その点について、編集部jが試行錯誤しながら内容を変えてきた事情は、この本でも詳しく語られています。

80年代、日本経済は右肩上がりに成長していました。このまま永久的に右肩上がりが続くと思っていました。円高も進み、ますます外国旅行がしやすくなっている時期でした。今から考えるとバカみたいですが、世の中全体が一種麻薬でもやっているような浮かれた時期でもあったかもしれません。

ところが今はどうでしょうか。(今が「普通」なのかもしれませんが)

俺は、頼まれて大学の講義で話をすることもあります。数年前なら、「若いうちは、大学を休んでも旅をしたほうがいいよ」などと言っていましたが、最近は、言わなくなっています。俺たちが学生だったころとは状況が変わっていて、学校を休んでまでも、旅をするメリットはあるのだろうかと思ったからです。

それと、「外国旅行」というものに、飽きたということもあるでしょう。テレビやインターネットでは、世界中の情報が得られ(本当はそうではないと思いますが)、別に外国へ行ったからといって、何も目新しさがない、珍しくもない。情報に飢えていた30年前とは、その点でも違ってきたからです。

いや、正直に言うと、俺の話を聞いた学生から、何度か指摘されたことがきっかけです。それは、「あおやぎさんは、楽天的だからできたんです」とか「大学を休学するの、不安には思わなかったんですか?」とか「今、あおやぎさんのような生き方はできないですよ」とか・・・。

初期条件が違うんだから、当然、結果も違ってきます。今、大学を休学して、1年、2年外国を旅して帰ってきたらどうなるんでしょうか。

それと、最近の外国での犯罪に巻き込まれ方の変化です。今までは、何があっても自己責任ですんでいたのですが、そうではなくなってきています。

外国でトラブルに遭うといっても、自分(と家族友人)が泣くだけでしたが、今は身代金を要求されたり、政治問題に発展する可能性がでてきました。自己責任の範囲を超えてしまっています。

『歩き方』にも、海外の危険情報が入るようになりました。無責任な個人旅行をあおっていると非難もされたらしいので、だんだん「旅を勧める」書き方ではない方向へと変わっていったようです。同じように、俺も無責任に外国旅行を勧めることを躊躇するようになったわけです。

でも、悲観的なことを書きましたが、実は、これからが本題(本音)です。

つまり、それでも俺は「外国旅行」をしたほうがいいと思っています。いや、「せざるをえない」「それでもしたい」と思う人だけでいいのですが。それも若いうちです。金と時間を充分に持っているご老人たちの旅行とは違います。

自分を知るためには、他人を知らなければなりません。そしてその知る方法は、頭ではなく、体を使って知ることが大切だと思います。自分は、傷つくこともなく、安全で、快適な場所にいて、世界を知ったつもりになるほど、こっけいなことはありません。

あの国の太陽は、どのように熱いのか、あの国のスラム街はどのくらい臭いのか、あの国の食べ物は、どのようにまずくて腹を壊すのか、そういう身体性を伴う外国旅行をお勧めします。

俺は国の政策として、若者が外国へ行くのを支援してもいいのではないかとさえ考えています。外国を知った若者が、将来の日本に役立つことを考えれば、絶対国益にかなうと思うんですが・・・。(残念ながら俺自身は役に立っていませんが・・・。例外です)

もちろん、「したくない」と思う人には、「しないこと」を強くお勧めします。

俺も、昔のような意味のバックパッカー旅行は出来なくなりつつあるのかもしれませんが、バックパッカー精神を持った旅行は、形を変えて、いつの時代にでも出来ると考えているので、今は、今やれる旅行をしているだけです。

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2010/01/11

山口さやか/山口誠/著 『「地球の歩き方」の歩き方』

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知人の夫婦が、『「地球の歩き方」の歩き方』という本を出版しました。

「地球の歩き方」の歩き方
山口さやか/山口誠/著 
新潮社
2009/11/18

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『歩き方』が出版されて30年。ちょうどその最初の「ヨーロッパ編」が市販された1979年に、俺もヨーロッパへいったのでした。出発直前に「これだー!」と思って1冊買い込んだのを覚えています。

それまで、ヨーロッパ各国の在日本大使館の資料を取り寄せたり、数少ない旅行記を読んだり、ミニコミ誌を探したりという「苦労」が、なんだったんだ?と思えるくらい、必要な情報が詰まった、待ち望んでいたガイドブックだったのです。

なので、俺も『歩き方』とともに旅を続けてきたように感じます。

ここ数年、若者の外国旅行離れは進んでいます。俺たちが、バックパッカーを始めた70年代後半~80年代というのは、年毎に外国へ行く若者が増えていた時期でした。『歩き方』がこの時期に出たのは、必然だったのでしょう。

今のように外国に関する情報は多くなく、とくに、安く旅するノウハウをガイドしてくれる『歩き方』にお世話になった人間は多かったはずです。

中には、「地球の迷い方」となどと陰口をたたき、情報が正しくないと不平を言う旅行者もいました。でも、そういう旅行者にかぎって、黄色い表紙の『歩き方』を片時も手放さない、いや、手放せないのでした。

英語もろくにしゃべれなくて、ほかの外国人旅行者から旅の情報を聞けない日本人旅行者にとっての救世主であったかもしれません。文句を言いながらも、この本から自由になれなかったというほど、『歩き方』の存在は大きかったのです。

ただこの30年で、『歩き方』の役割は、少なくとも、当初の目的、バックパッカーのためのガイドの役割は終わったということでしょうか。「終わった」というより、「変わった」というべきでしょうか。

作り手と読者(利用者)、30年で求めるものが変わってきたこと、そして我々を取り巻く状況も変わってきたこと。『歩き方』の内容に影響を与えるのはしかたありません。

『歩き方』の一時期の総括として、この本が創刊30周年の記録として、今、出版された意味はあると思います。インタビューから浮かび上がる創刊当時から現在まで、試行錯誤して作り続けてきた関係者たちの様子が、臨場感をもって伝わってきます。バックパッカー文化を知りたい人にお勧めの本です。


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2010/01/10

妻と犬連れ3匹の、日本一周の旅 (144)  四国の野良犬

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先日のニュースから。

香川県丸亀市の駐車場で両腕と右脚がない女性遺体が見つかった。凍死したあと、野良犬から噛まれたらしい。だからその「犯人」を捕まえるという報道だったような・・・。

近くの人は、その「犯人」は、人間からちょくちょく餌をもらいながら生きていた野良犬だと証言した。完全な野良犬というより、飼い主のわからない飼い犬と、野良犬との中間的存在ではないかと思う。こんな立場の犬を、中国ではよく見かけた。

犬連れで旅をしていると、地方では、けっこう野良犬がいることに気がつく。

前回の四国の旅でも、3回ほど野良犬を目撃した。今回のニュースになった丸亀市から南西へ20kmほどいった観音寺市の琴弾公園でも、兄弟らしい2頭の野良犬を見た。

飼い主から逃げた、あるいは迷った犬ではなく、もちろん首輪は無かったし、そもそも、飼い犬とは雰囲気が違う、野性的なので、野良犬だとわかった。

うちのビーグル犬は盛んに吠えたてたが、その中の一頭は、数メートルまで近づいてきた。

近づいたのは餌をもらえるかもしれないと思ったからだろう。それでも、こちらが近づこうとすると遠ざかり、去ろうとすると近づいてくる、その距離は、山で生きる完全な野犬とは違う、人間に依存しなければならない里に住む野良犬の境遇を表しているようだった。

首都圏で野良犬を見ることはほとんどない。たまに、迷い犬らしい犬が歩いていたりするが、それは例外。すぐに通報されて、捕まえられてしまうからだろう。

でも、田舎では、野良犬が生きていく余地が残されている。隠れる場所があるということや、野良犬は人間に害を与えない限り、放っておくという人間側の気持ちの問題もあるのかもしれない。そこを、田舎の人たちの余裕といえるかどうかは、わからないが。


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2010/01/06

妻と犬連れ3匹の、日本一周の旅 (143) 庵治漁港

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愛媛県松山市の道後温泉に入ったとき、湯船が「庵治石」で造られたものだと知った。

ごつごつした感触だったが、かといって、背中に当たる感じや腰掛け具合は悪くなかった。

庵治に来てみると、やたらと石材店が多い。そうか、庵治石とは、この辺の石のことか。

庵治石は、日本三大花崗岩のひとつで、世界でも花崗岩のダイヤと呼ばれるほど、評価が高い石材だそうだ。

四国最北端の町庵治漁港は、『世界の中心で、愛をさけぶ』のロケ地としても有名らしい。

夕方の光が漁港をなおいっそう輝かせていた。


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2010/01/05

妻と犬連れ3匹の、日本一周の旅 (142) 香川県三豊市

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香川県三豊市の道の駅、ふれあいパークみのに泊まった翌朝の、JR予讃線みの駅方面の風景。

朝日が街を照らす。

写真ではよく分からないが、このあたり地図で見ると、ため池がいくつもある地域だ。


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2010/01/04

妻と犬連れ3匹の、日本一周の旅 (141) こんぴら狗

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江戸時代、飼い主の代わりに「こんぴら参り」をしたのが「こんぴら狗」。

「こんぴら参り」の袋に、飼い主を記した木札、初穂料(お賽銭)、道中の食費を入れて、旅人に飼い犬を託したそうだ。

無事、お参りを済ませた犬は、ふたたび旅をして家族のもとへ帰っていった。

こんなほのぼのとした風習があったのか。そして「旅犬」のルーツも。

金刀比羅宮がこれほど犬とかかわりのある神社だとは思わなかった。


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2010/01/02

飯能の「店蔵絹甚」

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会場の絹甚は「店蔵」と呼ばれ、商店部分は、火事から守るために、30cm以上のぶ厚い頑丈な土壁に囲まれた蔵になっています。飯能にはこういう「店蔵」が5棟残っているそうです。

明治37年、絹で繁盛したときに建てられたものですが、今は、飯能市の指定文化財になっています。
一般公開しています。(無料です)

・毎週水曜日~日曜日 午前10時~午後4時

  店蔵絹甚公式ホームページ

今回は、詩人の宮尾節子さんと染の春田香歩さんのコラボ展がメインですが、2階の板の間で、俺も写真を展示しています。

文化財の中での写真展示という経験は初めてです。ギャラリーとして作られた建物ではないので、展示はちょっと難しかったですが、なんとか作業は終わりました。


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2010/01/01

2010年 明けましておめでとうございます。

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2010年、どんな年になるでしょうか?

去年の春から始めた「犬連れ日本一周の旅」も、12月で四国を周り、ようやくめどがたってきました。

あとは九州、中国、沖縄を残すだけ。たぶん、3月か4月には終わるでしょう。

始めたころは、「犬」と「風景」の写真がどう結びつくのか、つかないのか、試行錯誤でしたが、ようやく最近になって「これだな」という手ごたえのようなものを感じ始めています。

かと言って、これがどうなるか、まったく自信はありません。(棚田のときもそうでした。最初のころは、「なんでそんな田んぼばっかり撮っているの?」と、いろんな人に言われたものです)

自信がない、というのは、二つの意味があります。

ひとつは、自分の犬なので、しょせん何をやっていても「かわいい」と思ってしまうところがあり、よくありますよね、自分の子どもの写真や、海外旅行の記念写真を、延々と見せ続け、自分が「拷問」しているのに気がつかない困った人。そんな人に俺もなっているのかも、という自信の無さ・・・。

でも、考えてみれば、「棚田」だって、自分が好きなものをこれでもかと見せ続けている「拷問」は、同じことかもしれないし、ここは開き直って「究極の親ばか」に成りきったほうがいいのでは?と思ったり。

そして、もうひとつは、これを作品としてひとつにまとめられるのかということです。まぁ、こっちの方は、ビジネス的な部分でもあり、俺がひとりであたふたしてもしかたないのですが。

まぁ、少なくとも、「自分が楽しんでいなければ、他人を楽しませることは出来ない」とは、旅写真を始めたときからずっと思ってきたことで、そこは変わっていないので、自分で「面白い」と思えるうちはやり続けようと思います。

それが2010年の、抱負といえば抱負かな。

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