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2012/03/10

東日本大震災 311から1年たって思うこと。ただただ、お願いするしかない

120310(岩手県大槌町。2011年4月26日撮影)

早いもので東日本大震災発生から1年が経ってしまいました。

でも「復興」などといえる状態では、まだまだありません。目の前にうずたかく積まれたガレキが復興の遅れを物語っています。

なんとかこのガレキを処理しなければならないのに、その第一歩さえ進んでいない状態です。

東北のガレキの受け入れをかたくなに拒否している人たちがいます。もうここまでくると、「科学」ではなくて「宗教」or「哲学」の問題ですね。

この人たちにとっては「東北」イコール「不浄」というイメージなのでしょうか。福島と宮城や岩手と区別つかない人もいるのかもしれません。いくら「放射能の値が低い」と言っても「ゼロ」でなければならない、いや、たとえ「マイナス」でも拒否したいのでしょう。

だから、こういう人がいるのは、仕方ないといえば仕方ない。少数とは言え、そういう感じ方や考え方も尊重しなければならない、とは、俺も頭ではわかるつもりですよ。でも正直、感情がザワザワして落ち着かない。きっと、こういう人たちは、震災後、買占めに走ったんだろうなと想像してしまいます。勝手な思い込みですが。

俺も偉そうなことはいえません。彼らを非難できるほどりっぱな人間ではありません。俺もきっと、切羽詰った状態では、他人を押しのけても生き残ろうとするでしょう。つまり、ガレキを拒否する一部の人というのは、切羽詰った状態の人ということです。じゃぁなぜ切羽詰っているのか。

まず見えない恐怖に対する防御策は、疑わしいものから、遠ざかる。疑わしいものは、すべて拒否する。そうすることで安心できる。一見「科学的」ですが、そうじゃないと思いますよ。まったくこれは気持ちの問題です。放射能に、精神的に負けたことになってしまいます。

危険を避けると言っても、発がん性物質を吸い込まないように、外出のときには、必ずマスクするとか、脳に悪いというので酒も一滴も飲まず、交通事故に遭わないようにしょっちゅう周りを見回しながら歩いているか、というと、きっとそうではありません。「放射能」に対しては敏感でも、他の危険物には鈍感だったりします。それはやっぱり「初めてのもの」「目に見えないもの」だからなのでしょう。その感じ方、考え方は人それぞれです。(俺は放射能には鈍感でも血糖値には敏感です)

初めてのもの、目に見えないものに対する恐怖心。どう対処するか。これはきわめて個人的な問題です。だから科学的に説得しようとしても難しい。ただただ、お願いするしかないのです。

どうか、お願いします!!

ただ、こういうのは違和感ありますね。ところによっては、地元住民ではなく、よそから来た「活動家」がガレキ受け入れの拒否を叫んでいる例もあるらしい。地元住民が反対するならまだわかりますが。

そういう「活動家」がもっとやっかいなのは、「正義」を振りかざしてくることです。あるいは、「人命」とか「人権」とかですね。「正義」の仮面をかぶったエゴイストは醜い。それなら、俺はエゴイストの仮面をかぶったエゴイストでありたいと思います。

1年を振り返って、もっと前向きなことを書くつもりでしたが、愚痴になってしまいました。

来月は東北へ行く予定です。

とにかく、1年という節目ですが、区切りでもなんでもなく、被災者の生活は、昨日も、今日も、明日も、たんたんと続けていくしかない。そういう被災地のことを、なんとか俺も頭の片隅に置きながら生活していくしかないかなと思う、3月11日です。


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