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2012/04/30

東日本大震災の現場 (33) 宮城県塩竃神社の桜

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宮城県塩竃神社にはたくさんの種類の桜がある。

カラフルで、咲き方もばらばらで、まるで夢を見ているようだ。桜がこんなにも美しいものだとは。いったい俺はどうして「桜」を見ようとしてこなかったのだろう。

境内には「塩竃桜」という珍しい桜もあったが、まったく咲いていなかった。もし咲くとしても2週間はかかるのではないだろうか。

真ん中の写真は、3色の桜が重なっているが、奥の桜から、ソメイヨシノ、カンヒザクラ(寒緋桜)、そして散りかけのシキザクラ(四季桜)。


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2012/04/29

東日本大震災の現場 (32) 宮城県石巻市日和山公園の満開の桜

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120428_4(写真上から、修理が済んだ漁船の進水式、瓦礫が取り除かれた海岸部、女子高の弓道部の花見、おみくじが結ばれた桜)

4月28日は晴れて暖かくなった。石巻市の日和山公園は絶好のお花見日よりだった。

満開の桜を見上げたときの、わーっと胸に迫ってくる感情はなんなのだろう。泣きたくなりそうな美しさだ。

去年は桜の背景にあったのは瓦礫の山だった。1年経ってその瓦礫はほとんどなくなったが、復興が進んでいるとも思えない。元の生活を取り戻すには時間はかかる。

家族連れ、友人どうし、犬といっしょ、ひとりでなど、それぞれの花見があった。とくに今年の花見は特別な思いがあるだろう。去年は花見どころではなかった。「桜に見えなかった」と南相馬で出会った女性は言っていたし。

明るい桜の下、ブルーシートを敷いて、近くの女子高生が花見をしていた。今回の「被災地の桜」というテーマはなるべく未来や明るさを感じさせる桜を撮ろうと思ってきた。これはテーマにぴったりだ。これからの石巻の復興を担う若い人たちの笑顔はみんなをを元気にする。

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2012/04/28

東日本大震災の現場 (31) 宮城県大河原 「一目千本桜」

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宮城県大河原「一目千本桜」の桜祭りは、29日(日)までです。

この写真は25日に撮影したもの。昨日の雨で散ってしまったようです。

さすがの桜の名所。ちょうど朝の通学時間だったので、学生が桜並木を歩いていたり、自転車で走ったり、生活感のある桜の風景を見ることができました。


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2012/04/27

東日本大震災の現場 (30) 福島県三春町 「滝桜」と「内出の桜」

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120423_2(上から、「三春滝桜」、「内出の桜」)

福島県の浜通りのほうが暖かいらしく、桜はちょうど満開だったが、山間部ではこれからだ。飯舘村や浪江町も通過したが、まったく咲いていない。(4月23日)

三春町の「滝桜」は、日本で有数のしだれ桜だそうだ。

俺は今まで「桜」を撮影しようと思ったことはほとんどなく、去年、被災地で咲く桜を見て、桜って強いんだなぁと興味が出て、撮り始めた。

だからこの有名すぎる「滝桜」のこともまったく知らなかった。

行ってみたら、駐車場は広く、観光バスもやってくるような、さすがに観光地だけある。枝ぶりもりっぱで見ごたえのある桜だ。

ただ、4月23日はあいにく雨で寒く、花も咲きはじめ。これだけ開花時期が遅れるのも珍しいこと。ツアー会社もこんなに遅れるとは思っていなかったのだろう。日程を先に決めて募集するツアーの宿命だ。

満開になるのは4月30日ころではないかと地元の人は言っていた。だから今年の夜間ライトアップは、30日まで延長するそうだ。(その後、再々延長されるか未定)

ところで、去年は、桜観料300円も無料で、ツアーバスは来なかったが、個人客は、例年の半分くらいは来ていたそうだ。聞きそびれたが、地元の人が多かったのではないだろうか。放射能を恐れて、福島県全体が観光客激減した時期だ。

今も、「遠くの人」には気になるのだろう。長袖長ズボン、帽子にマスクという異様な集団がたまにいるのだが、これってもしかしたら放射能対策した観光客なのだろうか?

福島県にはしだれ桜がたくさん点在している。車で走っていて偶然見つけた「内出の桜」という、三春の町から20分ほど北へいった山間部の集落にある桜もけっこう大きかった。こちらは5分咲きほど。幹の周りには菜の花が植えられていた。

「滝桜」の満開時期に、三春に戻るかどうかは、三陸海岸の桜の咲きぐあいで決めたいと思う。

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2012/04/26

東日本大震災の現場 (29) 相馬市 中村城跡の桜

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相馬市の中村城跡へいった。

犬や子どもを連れた人たちが桜並木を歩く姿は平和そのものだ。ひさしぶりに俺もホッとできた風景。

心中はそうでもない人が多いのだろうか。いろんな心配事、問題はあっても、桜は特別だ。そんなふうにも感じる。

焼きそばや玉こんにゃくを売っていた露天商の人に聞いたら、震災前は、この神社の境内は人でいっぱいだったそうだ。朝から晩まで酒を飲んでいたが、今年はまったく少ない。このとき境内では一組しか花見をしていなかった。

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東日本大震災の現場 (28) 福島県南相馬市 新田川の桜並木で聞いた話

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南相馬の新田川沿いの堤防には桜並木があった。この前、道の駅の桜で夕方会ったおばさんが、津波の後、馬の死体があがったといっていた場所だ。

桜は8分咲きといったところだが、こちらも妙に新しく感じる。地面が白土だからだ。もしかしたらこれも除染のあとか?と思って、散歩中のおじさんに聞いたら、やっぱり、この場所も除染したので、芝生が全部はがされたのだという。

「自然災害はしかたないけど、原発は別だから」

「国の原発政策、はっきりしないから困る。除染で取り除いた土の保管場所も決まっていない。自宅から出た土も自宅で保管するしかない。敷地内の端っこにおいてあるよ」

「よくテレビで、一時帰宅者の映像流れるが、白い防護服、あれはイメージが悪い。あれをテレビで見たら、だれも福島県のコメや野菜を買う気にはならなくなるだろ? 規則で着なくてはならないんだろうが、ほとんど意味のない場所もある。こういうイメージが風評被害を作っている」

「花見はほとんどしない。子どもがいないから。子どもといっしょに花見ができないのはさびしい。シーンとしている。俺たちの年代はいいが、やっぱり子どもたちは心配なので、なかなかここには帰ってこない」

おじさんは淡々と話をしたあと、また並木を歩いていった。

ところで、小高地区は警戒区域解除されて自由に出入りできるようになったが、まだ宿泊は認められていない。でも、「車に泊まった」とか「寝てない」というと、それですんでしまうらしい。建前と本音だ。

もうひとつ、建前と本音を聞いた。

それは小高では、自宅を掃除して出た汚水は、下水に流さず、保管するようにといわれているらしい。でも、自宅敷地にまけば関係ない。

役人は「建前」を言うしかない。それも住民はちゃんとわかっている。「本音」の部分が認められるなら、「建前」なんか怖くはないだろう。

でも「建前」の部分で、白い防護服を着ていたとしたら? イメージは大切だ。

風評被害を誰が作っているのか、この話を聞いてわかった。

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2012/04/25

東日本大震災の現場 (27) 南相馬市小高地区の倒壊した文化財、織物工場

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120421_14(写真は上から、小高駅前、路上に崩れたままの民家、倒壊した織物工場、小高川の水仙と桜)

小高の街中を歩くと、倒れたままの家が目立つ。

ある瓦礫の前でおじさんが作業をしていた。

原町と違って、小高は水田地帯だったので地盤が弱い。だから液状化もあった。

この崩れた建物は、明治時代から4代続く織物工場だった。最盛期のときはこの町に40数軒の工場があった。震災直前は6軒。そのうち地震で3軒が倒壊した。あとの3軒はかろうじて残ったが、跡継ぎはいないし、織物の再開はしないだろう。小高から織物業が消える。

最近ではラメ入り布を織っていた。これはアメリカなど外国へも輸出されていた。芸能人が着ている衣装のきらきらした部分は、小高の織物を使っているのもある。小高では外貨を稼ぐ産業だった。

文化財としても貴重な機械や、歴史のある織物工場の建物はなくなってしまった。

今は、原町の借り上げ住宅に住んで、ここに通っている。16日から警戒区域が解除されたが、自分は事業主なので頻繁に帰っていた。

自転車を1台盗まれたことがある。その泥棒は黒人だったが、自転車に乗っている黒人はいかにも怪しく、消防団に止められて、問いただされて、この家から盗んだことを白状したのだという。だから自転車は運よく戻ってきた。黒人は空き家を物色していたんだろう。検問をかわして警戒区域にもぐりで入ったらしい。

これからようやく片づけが始まるわけだが、ここにボランティアは来ないだろう。東北のボランティアはだんだん少なくなっているし、ボランティアの熱は冷めてしまったようだし。そしてここは特別の場所だから。

電気はすぐ来るが、水がないし、下水もだめ。当分生活するのは難しい。生活できるようになるには、1年くらいかかるのではないか。

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2012/04/24

東日本大震災の現場 (26) 福島県南相馬市小高。これが被災者の今年の「花見」

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120421_5(写真上から、1年前と変わらない津波の現場、小高神社境内の桜、灯篭など倒れたままの小高神社としだれ桜、小高中学のグランドの桜)

南相馬市の原町から数km南下する。以前検問があった場所にパトカーはいたが、止められることはない。小高地区は16日から警戒区域解除になった。

市街地に入り橋を渡って小高神社へ行った。鳥居や灯篭など壊れたままだ。敷地内は桜が満開だった。しだれ桜が立派。

時々地元の人がやってくる。携帯で桜の写真を撮る夫婦に声をかけた。郡山の仮設住宅からやってきた。家にいっても電気がまだ来ていないので(23日には通じるらしい)掃除ができない。それで桜を見にやってきた。今年も咲いてるなぁと感慨深げだ。

そのあともちらほらと地元の人がやってくる。ブルーシートを敷いてどんちゃん騒ぎをするでもなく、10分間くらい静かに桜を眺め、携帯で写真を撮る。これが被災者の今年の「花見」だ。

メイン通りに出たら、角の家の主人が声をかけてきた。

「これは監視カメラですかね?」

見ると、電柱の上に箱型の物が設置されている。駅方向の通りを向いている。それが電線とつながって、下の電源の箱らしい物とつながっている。

「以前はなかったのに。新しくつけたんだね」
「治安が悪いからでしょうか? これで安心じゃないですか?」
「うちには金目のものはないから」

泥棒が多いそうだ。津波の場所とは違って、家はなくなっていないし、財産はそのまま残っている家が多い。仮設には運びきれない。置く場所がないのだ。彼らも原町の仮設から通っているそうだ。

店の天井が落ちてしまったので、今日、大工さんに来てもらって、修理の見積もりを出してもらうのだという。

小高神社や川沿いの堤防は、毎年花見客で賑わった。奥さんは川側に向いた窓から、あぁもう咲き始めたな、7分咲きだな、というふうに桜の咲く様子を見るのが楽しみだった。着物を着た踊りの行列が堤防を歩いたりもした。

中学校、高校がある高台へ行った。

桜がきれいに咲いていた。もちろん学校は閉まったままだが、時々、車でやってきて、写真を撮っていく。とくに若い人が多い。卒業生ではないだろうか。

ある奥さんに声をかけた。彼女の息子さんはこの高校を卒業してしまったが、写真を撮って息子さんに送ってあげるとのこと。

彼女はここが警戒区域だった1年のうち、3回だけ、一時帰宅した。事業主などは、もっと多く帰宅できた。

彼女は、これから除染作業者がたくさん入ることで、治安が大丈夫なのか、という心配をしている。

「一応、暴力団は入れないとは言っているけど、末端の作業員はどうかわからない。中には悪い人もいるでしょう。夜、空き巣に入るかもしれない。作業員を疑って悪いけど」

これが本音。放射能の心配だけではない。そもそも原発事故がなかったら、盗難の心配までする必要がなかった。

住民の間では、そういうことが心配されている。これは当事者でないとなかなかわからないことだ。

「もし合併前(鹿島、原町、小高がいっしょになって南相馬市ができた)なら、小高町独自でもっといろんなこと進められたんでしょうが、今は、南相馬市の小高区ということで、なかなかきめ細かな配慮がたりません」

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2012/04/23

東日本大震災の現場 (25) 福島県南相馬市の悲しい桜の風景

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福島県南相馬市の道の駅の隣には桜の木が10本ほどあった。8分咲きくらいでそろそろ満開を迎える。でも、木の周りが、庭園のように白いので、なんとなく不思議で不自然な風景だ。

おばさんがやってきて「きれいでしょう?」と声をかけられた。

白いのは、除染のあとだという。以前は芝生が敷き詰めてあった。除染するため、芝生を全部はがして、中央に穴を掘り、埋めたという。

どうりで、真ん中にこんもりと小山がでいていた。(写真、真ん中。わかりづらいかもしれないが、中央に高さ1mほどの小山が見える) それが除染で出た芝生と土を埋めた場所。それを聞くと、この不自然さの正体がわかり、悲しい風景に思えてきた。

芝を育てているので、ロープを張って立ち入り禁止にしている。歩けるのは遊歩道部分だけだ。だから桜の下に行くことはできない。

おばさんは原発の爆発直後千葉県の親族宅に非難したが、4月20日には戻ってきた。

「そのとき桜があっても、桜は見えていたんだろうけど、桜に見えなかったですね。それだけ余裕がなかったということでしょうか。今年はそれと比べると余裕が出たんでしょうね。桜が美しいと思って見てますよ。今日も野馬追いの会場のグランドにも行ってきました。新田川に沿った桜並木もあるけど、あっちはなかなかいけない。すっかり瓦礫もなくなってきれいなんでしょうけど。去年、馬の死体があがっているのを見たから」

「地元の人どおしで会うと、原発の文句ばかり。原発を再稼動しようとしているところあるけど、やめたほうが絶対いい。目に見えない危険がどんなに生活を壊してしまうか。でも、わかんないんでしょうね。自分で体験しないと」

「首都圏に大地震がくるといって騒いでいるようですが、体験すればわかりますよ。でも、来るなら3年後以降にきてほしいですね。もし今きたら、首都圏のほうを復興しようとなって、ますますここは忘れ去られてしまうでしょうから」

けっこう過激な発言だ。でも、東電はもちろんのこと、首都圏の人(あるいは東北以外の人)に対するいらだちのようなもの、いや、怒りを感じる。

「今の現状を知ってほしいんですよ。ぜひ、この話を書いてください。相馬の人間の生の声として」

おばさんは誰かに話しかけたくてしかたなかったようだ。たぶん、ここに住む人の多くが「現状を知ってほしい」と思っているのは間違いない。忘れられる恐怖、何も進まないいらだち。

桜の後ろに見えた長屋風の平屋の建物は仮設住宅だった。津波で流された原町地区の人や、警戒区域に指定された小高地区の人たち。

4月16日、小高地区は警戒区域解除になり自由に出入りができるようになったが、まだ宿泊は認められていない。

おばさんから桜の名所だと聞いて、市役所の南にある、相馬野馬追いの会場へもいってみた。ちょうど満開だ。でも、ここでも一部除染作業中のところは立ち入り禁止だった。(写真、一番上)

夜、道の駅の桜はライトアップされた。ほとんど見にくる人はいない。ライトアップされているのに、こんな静かな夜桜は初めてだ。


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2012/04/22

東日本大震災の現場 (24) 塩屋崎灯台と薄磯海岸

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いわき市から小名浜に入る。

公園の桜は満開に近かった。桜の花を通して小名浜の港が良く見えた。

小名浜から県道15号線で塩谷崎灯台へ向かった。薄磯海岸も壊滅状態だった。

見覚えのある海岸沿いの道。神社の祭りの神輿を見た場所だ。

防波堤もところどころ崩れていて、住宅はほとんど残っていない。高校の建物は残っていたが、隣には瓦礫がうずたかく積まれていた。

ある民家の敷地に、造花や飲み物がお供えされていた。この家の人は、津波で犠牲になったのだろうか。

灯台まで行ってみたが、階段は上れなかった。「当分の間、閉鎖します」と書いてあった。ただ駐車場のある食堂は営業している。灯台には登れなくても、美空ひばりの歌碑がある。少ないかもしれないが、観光客は来ているようだ。


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2012/04/21

東日本大震災の現場 (23) 震災から13ヶ月 ふたたび東北の撮影に

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東北の撮影をはじめました。

今回は本の企画で、福島県在住の作家と会い、その町の桜を撮影する予定になっています。それ以外は自由なので、桜前線とともに北上したいと思います。

なるべく毎日(でも記事は1日~2日遅れで)アップするつもりです。

          ☆

4月19日、国道6号線を北上し、水戸市、日立市などを過ぎて、北茨城市の五浦岬に寄った。

3年前の犬連れ旅のとき訪ねたことがある。岡倉天心によって建てられ「観瀾亭」と名づけられた六角堂には入らなかったが、この六角堂が去年の津波で流されてしまった。そしてつい最近、復元されたというニュースは新聞で目にしていた。

日立市を走っているとき、たまたま地元のラジオが、今製作中の映画『天心』のロケが、先日、この六角堂で行われたと伝えていた。

この六角堂はまだ公開していない。だからこの日は門が閉まっていた。岬の上から見たら建物の周りがブルーシートに覆われていた。六角形の屋根だけはかろうじて見える。

六角堂は4月28日(土)から一般公開するそうだ。

ところで、岬の上に「忠犬ジョン」の像がある。3年前に来たとき、たまたま見つけたものだ。みんなから愛されたジョンという名の忠犬が昔このあたりにいたらしいのだが、その碑が立っていたのだ。

たぶん地震のせいだろう、ジョンの像は無残にも足首から折れてしまって、頭と胴体が離れて、台座の脇に置かれていた。まだ修復する余裕がないのだろう。

五浦岬から2kmほどで福島県に入る。関東と東北を分ける勿来の関は、桜がちょうど満開だった。

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2012/04/16

Doggist の祭り 4月15日は、秩父市荒川の猪狩(いかり)神社「春の例大祭」

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4月15日、秩父市荒川の猪狩神社では、春の例大祭がありました。猪狩神社も「お犬さま」信仰の神社で、狛犬はお犬さま(オオカミ)です。

社殿に向かって右側には中国故事にならった「韓信股くぐり」の彫刻が奉納されています。立派な彫刻です。雨風を避けるためでしょうか、彫刻はガラスで覆われています。

ドッギスト(Doggist 犬信仰者)の俺としては(いつから信者になったんだ?)、この祭りにも興味があってでかけてみました。「オイヌゲエ(お犬替え)」があると聞いたからです。(オイヌゲエについては、前回の記事で

前日の雨のせいで、空気はしっとりと湿っていて、猪狩山を背に建っている200年前の立派な社殿のまわりには幽玄さが漂っていました。

「お犬さま」は「オオカミ」のことですが、オオカミ信仰は、田畑を荒らすイノシシやシカなどを追い払ってくれる農事の神(四足除)としての信仰から生まれたとのことです。(「あしなか」『お犬信仰特輯』山村民俗の会参照)

ここのお犬札には、「火盗四足除」と書かれています。200年も刷り続けられてきたもので、版木がだいぶ磨り減っているようです。でもそれがいいのでしょうね。

氏子さんたちの話によると、この札替えのことを「オイヌゲエ」とは呼んでいないそうです。あくまでも「春の例大祭」ということです。

現在、埼玉県内の猪狩講を中心に、180組くらい訪れるとのこと。神社の本殿でお払いを受け、木箱に入った去年の札を新しい札と替えてもらいます。

俺も奉納金を納めてお札を譲ってもらいました。そのあと「招待券」をもらって集会所へ行き、弁当の稲荷寿司や神酒を受け取りました。

これでまたひとつ、お犬札が増えました。


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2012/04/14

ミサイル打ち上げ失敗発表を準備していたと思えるほど早い北朝鮮の発表

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打ち上げに失敗したミサイルの残がいは韓国西海岸の海上に落下したようです。

ミサイル発射が失敗に終わったことを認めた北朝鮮。

とうぜん失敗は隠し通して、「成功」を高らかにうたうのかな、と思っていたので、意外な感じがしました。祝賀ムードに水をさし、新体制作りを進めるキムジョンウンにとっても痛手ではないかと。

でも、そうでもないかもしれないという話が載っていました。

ミサイル:「失敗が正恩氏にとって軍掌握のチャンスに」
Chosun Online http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/04/14/2012041400312.html

なるほど。

「失敗」発表の準備をしていたのではないかと思えるほど、早い段階の発表でした。当然発表することはキムジョンウンの指示だろうし、彼にとってはプラスになるから発表したんだろうし。そう考えると、このChosun Onlineの記事は信憑性がありそうです。

それと今回は外国メディアを招いていたので嘘もつきにくかったということもあるでしょう。もしこの招待もキムジョンウンの指示なら、失敗をむしろ望んでいたのかもしれません。「まさか」とは思いますが。

まず内側を固める。そういう意図はあんがい、外から見ると「非常識」に見えることもあるのではないでしょうか。

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2012/04/13

北朝鮮のミサイル発射と、予想される核実験で、日本はどうなっていくか

120413(中国・北朝鮮国境のトゥメン)

北朝鮮のミサイルは発射されたようです。「人工衛星」と主張していましたが、いずれにせよ、今回は失敗に終わったらしい。(11:00現在の時点)

これで事態が収束したわけではありません。

このあと予想されている核実験のほうが深刻な問題でしょう。ちゃくちゃくと核開発を進め、いずれ核弾頭の小型化に成功すれば、日本やアメリカへのさらなる脅威となります。

そうするとどうなるかというと、日本も核兵器を持たなければならないという風潮に傾くかもしれません。

実は、アメリカが一番恐れているのは、このことではないのかとさえ思います。アメリカが「パールハーバー」を忘れてしまったとはとうてい思えません。「日本人は危ない。何をするかわからない」と思っていていますが、アメリカとの関係が今のところいいから、そういう意識は表に上らないというだけで。

東アジアの不安定化は、日本の軍備が拡大する方向に動く。日本の技術では核兵器を作ろうと思えば、すぐにでも作れるという話があります。いったん日本が「方向転換」したら北朝鮮どころの話ではなくなるのです。

「アメリカが有事のときは日本を守ってくれる」という話を聞きますが、「日本を守る」ために米軍が動くのではなく、「アメリカの国益」で動くのはあたりまえのことです。利害が一致するときはもちろんそれでいいわけです。ただその理由の中には日本が不安定化することを防ぐという目的もあるのではないでしょうか。

幸い日本人は、戦後、原爆を試したにもかかわらず、イランのようにアメリカ嫌いにもならず、アメリカ大好き人間を大量に作り出したアメリカの政策は見事というしかありません。日本人の若者の中にはアメリカと戦争したことも知らない人がいるとか。

日本では意識されませんが、この感覚は世界標準ではありません。念のため。イラン人にこんな話をすると信じてもらえません。爆弾落とした国を好きになるなんて。日本人はドMなんでしょうね。

この成功には文化の力が大きいですね。爆弾以上かもしれません。マックやKFCやハリウッド映画大好き人間の俺も、文化の力で、アメリカを嫌うエネルギーをすっかり封じ込められてしまったひとりと言えるかもしれません。

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2012/04/11

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』 秩父の巡礼ブーム再び

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120411_2(↑: 第一番 四万部寺  ↓: 第三十二番 法性寺)

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先日、「聖地巡礼」について書きました。

「聖地巡礼」 探すことの面白さ(2012/03/15)

この前、秩父へいったとき、街中に『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のポスターが貼ってあるのに気がつきました。

これが「聖地巡礼」のアニメなんですね。

吉田の椋神社は、秋の「龍勢祭り」で有名な場所だということは、先日も触れました。このアニメのおかげで、すごい人がやってきたそうです。しかも若い人たちがたくさん。祭りの準備を手伝ってくれた人もいました。

アニメにも、ちゃんと椋神社や「龍勢祭り」が出てくるんですね。

今、「『あの花』巡礼マップ」というものも作られています。秩父アニメツーリズム実行委員会・秩父市で発行しているものです。アニメのシーンが、地図上にプロットされています。この地図を持って、町歩きができるように作ってあるのです。

秩父の「巡礼」といえば、「秩父札所」だと思う俺は古い人間だということでしょうか。

でも、面白いことに気がつきました。実は、「秩父札所」を周る巡礼も、ある意味、しかけられた部分があったからです。

江戸時代は、秩父札所巡りがブームになりました。秩父内の全行程が90~100kmで、比較的短時間で巡礼ができること、関所、大河、高山がないこと、風光明媚で鉱泉宿があるなどの理由が人気を支えました。だから巡礼は、純粋な観音信仰のほかに、現代のトレッキングやスタンプラリーに通じる娯楽の意味合いもあったのです。

しかも札所の番付が何度か変更されたとのこと。これが面白い。

四万部寺は二十四番だったのを、現在のように一番に変更したのは江戸から来る巡礼者の便宜を考えてのことだったといいます。(江戸の方から山越えすると四万部寺が最初の寺になる) こうした地元の「営業努力」もあったわけですね。恐れ入りました。

なので、現在再び「巡礼ブーム」をしかけた秩父人の町興しの努力には、あらためて感心してしまいます。

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2012/04/10

「ライフログ」という生き方には、ふたつのパターンがあるように思う

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昨日NHKのクローズアップ現代で、「ライフログ」をつける人が増えているという話題をやっていました。

「ライフログ」とは何か?

日々の生活の記録を事細かにつけること、であるらしい。

番組はテーマが絞り込まれていなくてボワ~~ンとしたかんじでしたね。ゲストの糸井重里さんも、あんまり興味はないようで、考察は深まりませんでした。

いや、テーマが絞られていないというより、「ライフログ」というキーワードで語るには、「ライフログ」の目的も方法も多種多様すぎる、ということかもしれません。広い意味では、ブログやツイッターなんかも含まれるでしょうか。

俺が感じたのは、ライフログをつける人たちは、大きく分けて2つある、ということです。

ひとつは、何でも記録していって「人生の効率化」を図ろうとしている人たち。

もうひとつは、つけることで、「感覚を研ぎ澄ます」という人たち。こっちは、「自己表現」といってもいいタイプかな。

前者は、とにかく何でもかんでも記録するんですね。食べたレストラン、食事などはもちろんです。そして過去のログを調べて、そのとき食べる食事を決めるとか、歯ブラシを交換した日を記録しておいて、次回歯ブラシの交換日をスケジュールのソフトで教えてもらうとか。

そうして効率化を図るというのですが、要するに、本人たちはそれが効率がいいと思い込んでいるだけで、俺からしたら、何でも記録するわずらわしい時間が増えてしまって、逆に不効率だと思うし。いや、それを「わずらわしい」と感じる人はそもそもライフログなんかつけないわけですが。

今はすべてのことを自分で決められる「自由な時代」です。と、同時に、自分ですべて決めなくてはいけない「辛い時代」なのかもしれません。誰かに決めてもらいときは、俺にもたしかにあります。人の決定に従っているときの快適さったらないですね。

これは昨今話題になったオセロ中島さんのように、「占い師」や「霊能者」からの指図を求めるのと同じに見えます。この場合、指図するのが「占い師」や「霊能者」ではなくて、「自分の過去のログ」というのが違うだけで。

管理されたいんでしょうかね。誰もしてくれないから、自分自身で管理する・・・。ある程度管理されたほうがかえって自由を感じるということです。

もうひとつのタイプは、記録をつけることを意識していると、感覚が研ぎ澄まされていき、自分の心と向き合えるという人たち。

たとえば俺も「ライフログ」とまでは言えませんが、ブログを書いています。あることを体験して、それを書く。それはあたりまえですね。実は、ブログを書いている人は体験しているでしょうが、ブログを書くために体験を求めているんじゃないか、という感覚がたまに起きるのです。体験して、書く、じゃなくて、書くために体験する、という逆転現象。

つまり「書かなきゃならない」と常に意識していると、物事に敏感になるのです。それと仕事柄、文章を毎日書くことは文章の練習にもなって、「書くこと」が苦痛ではなくなるというメリットもあります。

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2012/04/07

4月5日、埼玉県秩父市吉田の椋神社で行われる「オイヌゲエ(お犬替え)」とは?

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120405_3(写真上から、椋神社のお犬札、新しい札を準備する、オオカミの狛犬と神楽)

埼玉県秩父市下吉田の椋神社は、秋の「龍勢(竹製ロケット花火)祭り」で有名な神社です。

ここで4月5日「オイヌゲエ」が行われます。「お犬替え」のことです。

問題犬を忠犬と取り替えてもらう?

ヴィーノが聞いたら卒倒しそうな行事ですが、もちろんこれは冗談です。

「オイヌゲエ(お犬替え)」とは、お犬さま信仰の風習で、昨年もらった「お犬札」を、新しい札と替えてもらう行事です。

もともと秩父地方にはお犬さま信仰があり、あの三峯神社をはじめとして、お犬さまをお祀りする神社はたくさんあります。

この「オイヌゲエ」も何ヶ所かの神社で行われています。

昔は、この椋神社の「オイヌゲエ」に2万人もの信者が秩父各地からやってきていたそうですが、今は少なくなりました。親から子へ世代が交代したとき、やめてしまう家もあります。

「お犬さま」はニホンオオカミのことでした。オオカミはイノシシやシカなど、秩父の農家の人たちにとっては「害獣」を追い払ってくれる存在なので益獣だったのです。また秩父の養蚕農家の大敵、ネズミからも守ってくれました。そこからオオカミ信仰が生まれました。椋神社の狛犬はオオカミそのものです。

地元の人によると「お犬札」は要するに番犬と同じ、ということらしい。お犬札は玄関に貼ったり、神棚に祀ったり、農家では「お犬札」をちぎって畑にまくこともあるとのこと。

犬連れで日本一周したとき、各地の犬にまつわる所を訪ねました。「犬」の付いた地名や、「お犬さま信仰」の岐阜県中山神社など。でも、全国的にみても秩父地方は「お犬さま信仰」が多い土地柄といえそうです。

どうしてなのか?ということも含めて、たいへん興味をそそられるテーマですね。

俺も「お犬札」を譲ってもらいました。神棚を作ってお祀りしようと思います。

今度外国へ行ったとき、「あなたの宗教は?」と聞かれたら、自信を持って「ドッギスト(Doggist 犬信仰者)」と言ってみます。イスラム教徒からは怒られそうですが。


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2012/04/06

4月4日は、埼玉県小鹿野町 松井田神楽


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2012/04/05

4月4日は、秩父神社の御田植祭り

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3年前も見ましたが、今回は天気もよく、見物人もだいぶ増えたように思います。

午後、神主さんたちや白装束の神部たちが、秩父神社から1kmはなれた今宮神社でミズゴイ(水乞い)の儀式のあと、戻って食事をしてから「田植」です。

祭りでもらったパンフによると、

「この神事は、春の農作業に先立ち、今年も豊作であってほしいと祈念し、境内を神田に見立て、苗代作りから種蒔き、田植え、収穫までの模擬的水田耕作が、「田植唄」を歌いながら行われる予祝神事です。」


最後の「餅まき」の段になると、無病息災・開運招福をもたらすといわれる縁起物の餅が見物人にも配られます。

「田植唄」は独特で、いつまでも耳に残ります。

「御代の永田に 手に手を揃えて 急げや早苗 手に手を揃えて 一本(ひともと)植えれば 千本(ちもと)になる 神のみたまの 御年の苗」

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2012/04/03

首都直下型地震、南海トラフ津波の新被害予想が出た。でも、なぜ次々と

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首都直下型地震の被害想定や、南海トラフで起こる津波の高さ予想が、あたらしく出されました。

「首都圏で震度6が増える。津波も来る。恐ろしい」と誰もが思います。だから俺たちの防災意識は高くなります。それはいいことだとは思います。

でも、ちょっと解せないことがあります。

とにかくいろんな研究機関、いろんな学者が、遅れをとってはいけないといわんばかりに、こぞって被害想定の見直しをやっています。そのいずれもが被害拡大のほうへシフトしています。

学者はさんざん「想定外」に煮え湯を飲まされたので、今度こそ「想定内」にしようとやっきなのは理解できます。

ただ、去年の震災から1年でこれだけの研究ができるなら、今まで何十年もやってきた研究ってなんだったの?と言いたくもなります。本気じゃなかったの?と疑りたくもなります。

結局は東日本大震災の被害を少なくすることに寄与した学者はほとんどいなかったのではないでしょうか。そもそも地震学者や津波学者は地震や津波そのもの研究をしているだけで、「防災」の視点がなかったかたではないかと思います。

自分の専門については詳しいが、専門以外のことについては、一般人よりも無知だったりします。(ほんとに驚くようなことがありました) バランスが悪いのです。

今回の発表は最悪の場合を出しておけば「想定外」と非難されずに済む、ということだけではない、学者の良心を信じたいとは思います。

被害想定を出しっぱなしではいけませんよ。


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2012/04/01

ミャンマーの連邦議会補欠選挙の投開票が始まる

120401(写真はパガン遺跡)

この半年でミャンマーは外国との関係改善を進めてきましたが、今日、連邦議会補欠選挙の投開票が始まりました。

野党・国民民主連盟(NLD)を率いるアウンサンスーチーさんは、民主化運動の象徴ですが、今回の選挙の候補者のひとりでもあります。当選確実といわれています。

外国からの選挙監視団も滞在していて、ある程度公正な選挙が行われれば、民主化はさらに進むのでは、と期待できます。

今まであまり重要視されなかったミャンマーですが、もともと日本とは縁の深い国だし、日本企業もミャンマーに進出していくことになるでしょう。これからミャンマーはもっと身近な国になると思います。


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犬連れ日本一周の旅(北海道編)の動画をYouTubeにアップ


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