東日本大震災の現場 (41) 岩手県宮古市 余震があった次の日のこと
宮古市を流れる閉伊川の河川敷の真ん中に、きれいに咲いている桜の木がありました。
散歩中のおじさんの話では、津波は堤防からあふれることはなかったので、堤防の外にある桜は津波を被っていないが、内側は被っているとのこと。だから当然この桜の木も津波を被っているはずです。
いろんな条件で、桜は生き延びたり、枯れてしまったり。
堤防の桜並木の途中に車を停めて写真を撮っていると、犬連れの女の子が歩いてきました。犬はメスの柴犬で名前をヒメちゃんといいました。犬写真については、ヴィーノで苦労させられていますが、このヒメちゃんも意外とやんちゃで、なかなかうまく写真が撮れませんでした。
記念写真のあとは、桜並木を歩いていく後ろ姿を撮影。いつまでもヒメちゃんがこっちを向いています。気に入られたのでしょうか。人間の女性からは気に入られないので、ヒメちゃんでもうれしいです。
おじさんがきて、桜の下で話しこみました。
ボートの修理屋さんですが道具を乗せた自分のボートは津波で流されてしまったそうです。
この日の前夜は久しぶりの大きな余震で揺れました。俺は国道脇の駐車スペースで寝ていたのですが、車が大きく揺れて飛び起きました。一瞬、「ここは海抜何メートル?」と、寝ぼけた頭で考えて、「あぁ山の上だった」と、ひとまず安心。でも地鳴りがして、さすがに恐怖心が沸き起こりました。
「昨日はずいぶん揺れましたね?」
と俺がいうと、
「船乗りは揺れているのがいい。ボートが流されて、今は陸に上がった河童状態なので、ときどきは地震で揺れていたほうが気持ちいいよ」
といって笑いました。
こういう冗談、1年前は言わなかったろうし、聞く俺のほうも、素直に笑うことはできなかったに違いありません。これも1年経って、自分のことを客観的に語れるようになった被災者に、少しだけ余裕ができたということでしょうか。今年の桜を「きれいだ」と眺められるようになったのと同じように。
今回いろんなところで聞いた言葉があります。
「去年の桜、いつ咲いていたかさっぱり記憶がないんですよ」
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