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2013/09/17

映画 『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』 を観て 【ネタバレ注意】

130917

映画『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』を観ました。

公式HP
http://www.foxmovies.jp/lifeofpi/

圧倒的な映像美。今の時代だからこそ出来る映画の世界。VFX、CGを駆使した映像技術が物語の映画化を可能にしました。「すごい!」としか言いようがありません。

インド出身の主人公パイが、トラといっしょに救命ボートで漂流して、最後は助かるという話なのですが、それをカナダ人の作家に話して聞かせるという形をとっています。

救命ボートで漂流していて、「ベジタリアン」は成立しませんでした。何でも食べなければ死んでしまいます。ベジタリアンとしてその「信仰」を守って死ぬのもその人の自由でしょう。でも、パイは違いました。マグロを捕まえて口にするとき、泣きながら神に感謝します。

俺も「ベジタリアン」という「信仰」には前々から懐疑的で、余裕があるからできる「信仰」だと思ってきました。「私はベジタリアンです」などと聞くと、「この人はチベット人やイヌイットの人たちの前でも、そう言えるのだろうか?」と思ってきました。

そこで手に入るものを食う、何でも食べられるものは食う、というのが俺の食に対する「信仰」なので、しょせんベジタリアンという特権階級の人たちとは相容れません。もちろん結果的に「ベジタリアン」である人たちは違いますよ。貧しくて肉類が買えなくて、結果、野菜だけになっている人たち。

パイもこの救命ボートで、「生きることとは何でも食うことだ」と悟ったことはいいことなのではないでしょうか。

さて、この映画は、感動的な冒険映画という側面と、もうひとつの側面があると気がつきました。

最後、パイは、この物語とは別の物語を話します。物語はふたつあったのです。そして主人公のパイは作家に聞きます。「どっちの物語がいい?」と。

トラと漂流しながらも奇跡的に助かる感動的な冒険物語ではなくて、実は、遭難者たちが救命ボートでくりひろげた、悲惨な骨肉の争いの物語だった可能性を秘めています。いや、たぶん、事実は後者だったのかもしれません。なぜなら、この映画の形が、「他人に話す」という形をとっているからです。単なる冒険物語なら、そういう形でなくてもいいわけです。

ならば、この形こそ、この映画の真のテーマにかかわるのではないかという気がします。

人が「過去を語る」ということはどういうことか、という問題提起です。俺も経験ありますが、「相手に合わせて物語る」ということはあります。じゃぁ、架空の物語は「嘘」なのか、といったら俺はそうとは思いません。これは小説と同じです。小説は「嘘」を物語ることで、逆に「真実」を表します。パイの冒険話が「嘘」だったとしても、それがどうした、ということではないでしょうか。

どちらにせよ、生きるか死ぬかの体験の中で「神を見た」のは違いないのです。そのことを他人にも分かってもらうためには、他人が求める物語をしゃべったとしてもおかしくありません。映画の中で、どちらの話が事実だったのか明らかにされませんが、この謎めいたところが、単なる冒険物語を越えた優れた映画になっている点ではないかと感じました。

だからこの映画は、ひとつは「パイの冒険物語」として、もうひとつは「過去を物語るパイ」というふたつを同時に観ることになるのです。
 
 
 
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