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2013/10/31

11月1日は「犬の日」  犬と飼い主は顔が似ている、そのポイントは「目」というニュース

犬旅

131101_2(我が家に来たばかりのころのヴィーノ。こんなつぶらな目が俺と似ているんでしょうか?)


明日、11月1日は「犬の日」です。

「飼い主と犬は似ている」とは、前から言われていることですが、最近、飼い主は、自分と似ている目の犬を選んでいるのではないか、という研究結果が発表されました。

犬と飼い主は顔が似ている そのポイントは「目」だった
JCAST ニュース http://www.j-cast.com/2013/10/29187445.html

「40頭の犬(純血種)とその飼い主のカラー写真を用意し、」とあるんですが、それを選んだのは誰か?ということが俺は気になります。この点については何も書いてないので分かりませんが、選んだ人が「似ている同士」を選んだ可能性はないのでしょうか。もちろん無意識にです。(意識して選んだらこれは「捏造」に近くなってしまうので、ありえないでしょうが) この実験の場合、サンプルを用意すること自体、気をつけなければならない点だと思うので。

それと、犬や人間ばかりではなく、動物の顔が「似ている」と感じるのは、そもそも「目が似ている」からであって、当たり前のことをいっているのではないか、とも思います。これは写真を撮っている経験上から常日頃感じていることです。

そしてもうひとつ、俺も、「あの犬は飼い主とそっくりだったなぁ」という記憶があります。それがあまりにも似ていたので鮮明に覚えているケースが数件。

でも、考えてみれば、似てない同士もいっぱいいるはずで、というより、本当は、似てない同士の方が多いのかもしれず、これは、血液型で人の性格を当てるのと似ていて、自分の都合のいい、当たったことだけをしっかり覚えていて、外れたことは忘れるということと同じなのではないかとも思います。「似ている同士を見た。だから全部似ているはずだ」という思い込みです。自分の記憶を探っていくと、そういうことにも思い当たるんですよね。

それと、実際に犬を飼いはじめる時に、そんなにみんな選択の余地があるものなのかどうか、ちょっと疑問でもあります。ヴィーノの場合も、たくさんいた中から選んだわけではなく、ペットショップにいたビーグルはヴィーノだけだったし。

ずいぶん疑り深いやつだと思うでしょう? でも、疑っている俺ですが、犬と飼い主が似ているということは日々感じているのです。感じているからこそ、それを「科学」で解明しようとするなら、きちんとやってほしいと思うわけですよね。科学者には。

性格は似ているというか、似てくるのかもしれません。それはいっしょに暮らしている者同士が似てくる、たとえば夫婦も同じことでしょう。ただこの研究では、「飼っているうちに似てくるという可能性は低い」のだそうです。

「帰属意識が薄い」「わが道を行く」「他人と仲良く出来ない」「内弁慶」などのヴィーノの性格は、そのまま俺自身の性格でもあり、ヴィーノを見ていると、俺を見ているように錯覚するときも、ときどきあるくらいです。

ところで、「犬の日」に便乗して、ちゃっかりPRをさせてもらいます。

来年2015年も「犬旅」が卓上カレンダーになります。写真の内容は同じです。

『犬旅 日本一周』

「犬旅」は2009年から1010年の約1年かけて、北は北海道から南は沖縄まで、妻とビーグル犬ヴィーノといっしょに全国すべての都道府県をまわった車中泊旅の記録です。

あれから4年も経ってしまいました。ヴィーノも6歳になって、当時より落ち着いたかなと思いきや、まったくそんなこともなく、相変わらずやんちゃです。

でも、本人も気がついていないんですね、歳のことを。がむしゃらに走ったあとなんか、突然へたり込んでしまうこともあって、やっぱり2歳のときとは違います。このあたりも俺と似ているかもしれません。最近では、座布団代わりの毛布をヴィーノと共用しています。匂いまでヴィーノと似てきていることを感じます。もっとも、犬臭さは、もともと人間の加齢臭と似ているような気がしますが。

ヴィーノに出会わなかったら、することはなかったかもしれない「日本一周の旅」。

犬の視点で日本の風景を見るなんて、なかなかきっかけがないとやりません。やる意味があるか?という根本問題はありますが。

いえ、「無意味なこと、馬鹿げたことだから無性にやりたくなった」というのも、正直ありました。なんだか息詰まりを感じていて、妻の提案「犬連れ日本一周」に乗っかったということでもありました。

でも、結果として、カレンダーや雑誌に掲載しているんだから、「無意味」の目的は達成できなかったのですが。

旅行中は、だいぶ意識して、なるべくヴィーノ以外の写真を撮らないようにしていたつもりなんですが。悲しいものですね。人の行動って、かなり無目的、無計画、衝動的にやったとしても、意味を持ってしまうものなのかもしれません。もしかしたら、それが「歳を取る」ということなのかなぁ。50年の身に染み付いた「型」からはみ出すのは至難の業です。

まぁ、中国で複数回犬に咬まれて以来、犬恐怖症に陥り、犬嫌いだった俺が、ここまでリハビリできたというだけでも良かったと思うことにします。妻とヴィーノのおかげです。

興味のある方は、どうぞ。

『妻と犬連れ日本一周、車中泊の旅』が、Kindle(キンドル・ダイレクト・パブリッシング)から出版されました。

内容は、2009年から2010年にかけて約1年間、北は北海道から南は沖縄まで、妻とヴィーノを連れて全国すべての都道府県をまわった車中泊旅の旅行記です。ようやく書きあげました。約125,000字(400字詰め原稿用紙315枚分)あります。

よかったら読んでみてください。amazonで販売中です。

なお、Kindleがなくても、Kindle無料アプリで読むことができます。(スマートフォン iPhone & iPod touch Android & タブレットPC iPad Android)

妻と犬連れ日本一周、車中泊の旅

【目次】:

序章 

第一章 遊牧民の旅を思いつく

第二章 旅立ち 東北の旅

第三章 北海道の旅

第四章 東海北陸の旅

第五章 犬嫌いになったわけ

第六章 四国・近畿の旅

第七章 中国・九州の旅

第八章 沖縄の旅

終章
 
 
 
【あらすじ】:

51歳の男(私)。40歳の女(妻)。2歳のやんちゃなビーグル犬ヴィーノ。

偶然いっしょに暮らしはじめることになった血も種も越えた、2人と1匹の家族が1台の車に世帯道具を積み込み、車中泊しながら北海道から沖縄まで、全都道府県を旅した旅行記。総走行距離は約2万7千キロメートルになった。

もともと犬とは相性がよくない私は、中国で犬に咬まれて犬嫌いになったが、皮肉にも、妻の希望で犬と暮らすことになる。中国のカザフ族やモンゴル族の遊牧民の生活を見てから、彼らのような移動生活にあこがれていた私は、遊牧民的な旅をしてみたいと夢見ていた。ネットさえつながれば仕事ができるようになった今こそ、「新遊牧民」を実行できるチャンスと思い、妻と犬を連れて日本一周の車旅をすることにした。

やってどうなるか? どんな意味があるのか? 考えはじめるときりがない。それで、とにかく出ることにした。出てから考えようということだ。衝動的で無謀な計画だったかもしれない。

都道府県をすべてまわるということ以外、はっきりした目的地もなく、その日その日、行きあたりばったりの旅をした。当日の朝、地図を見て、おもしろそうなところへ行ってみる。夕方になったら温泉を探し、スーパーで買い物し、食事を作り、車の中で寝る…。3頭の「群れ(家族)」が移動するシンプルな生活。遊牧民と同じで、少ない装備でも長期の旅ができることがわかった。

移動する生活そのものがわくわくする。何を見るでもなく、何か名物を食べるでもないのに、なぜか楽しい。それはまさにカザフ族の生活で見つけた気持ちよさだった。

もちろんトラブルもたくさんあった。

「犬と暮らす」ということは、私たちにとってどういうことなのか、考えながらの旅になった。犬を通して日本を見る旅でもあった。

また、こういった車中泊の車旅をしている人たちが意外に多いことにも気がついた。とくに定年退職した年配の人たち。その数がだんだん増えているという日本の現状も知る旅になった。

そして、旅の最終ゴールは・ ・ ・。

Map


 
Ya_2「妻と犬連れ3匹の、日本一周車中泊の旅について」

Ya_2写真ギャラリー「犬旅 ビーグルを連れて日本一周」(aoyagikenji.com)

Ya_2スライドショー「犬連れ日本一周の旅 北海道篇」(YouTube)

Ya_2スライドショー「犬連れ日本一周の旅 東北・関東・甲信篇」(YouTube)
 
 
 
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2013/10/30

2013年11月8日~9日 第19回 全国棚田(千枚田)サミット開催

全国棚田(千枚田)サミット

和歌山県有田川町で開催される棚田サミットが10日後にせまりました。8日の基調講演「棚田はなぜ美しいのか」で、世界の棚田を写真で紹介します。

そのとき使うファイルが、ようやくできあがって、一段落したところです。あとは微調整するだけです。それを事務局に送っておけば安心です。

行ってきたばかりのネパールの棚田を最初に持ってきました。つい最近の話なので、しゃべりたくてしかたないのです。YouTubeの動画を見る前に強制的に見せられるCMと同じだと思ってあきらめてください。

いや、それは半分冗談で、実際ネパールの棚田はすごかったのです。雲南省元陽の棚田が今年富士山と同時期に世界遺産になったばかりですが、さすがに雪山を背景にした棚田の風景というのは元陽にはありません。規模ではかなわないですが(まだネパールはちゃんと調査されていないので、断言は出来ませんが)、棚田の美しさという点では、引けをとりません。

世界中の棚田は、それぞれ違った文化を持った独自の棚田で、それぞれが好きです。なんといっても、ユニークなご当地ならではの食事が楽しみだし。雲南には棚田米を使った「米線」があるし、ネパールには「ダルバート」がありました。有田川町には、「わさび寿司」や「なれ寿司」があります。

来週はじめには埼玉県を早めに出発します。途中、いつものように車中泊しながら、棚田の写真を撮って、いい写真が撮れたら、講演用ファイルの写真と入れ替えるつもりです。なるべく直前の写真を使いたいと思うからです。

こういったライブ感を持った、というか、旅の一部であるような講演も、いいかもしれません。講演に間に合わなかった、などということだけはないようにしなければ。
 
 
 
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2013/10/28

映画 『127時間』 を観て 【半分以上ネタバレ】  現実というのは、なんて残酷なんだと思った 

131028(写真は、ネパール・カトマンズ「スワヤンブナート」。映画とはまったく関係ありません)

「『127時間』(原題: 127 Hours)は、ダニー・ボイル監督、脚本、製作による2010年の映画作品である。登山家のアーロン・ラルストンの自伝『奇跡の6日間』(Between a Rock and a Hard Place)を原作としており、ジェームズ・フランコがラルストンを演じる。共同脚本にサイモン・ボーファイ、共同製作者にクリスチャン・コルソンなど、『スラムドッグ$ミリオネア』のスタッフが再結集している。」
Wiki参照)

自伝には「6日間」とありますが、映画では「127時間」。

これが登山家アーロン・ラルストンが岩場で動けなくなってから助かるまでの時間です。実話をもとにしたサバイバル映画です。

一言。すさまじい映画でした。

さすがの俺も、耐えられないシーンが1ヶ所。「それ」を実行するシーンです。「それ」とは? 映画を観てみてください。(このブログの文章から、察しはつくでしょうけど)

でも、「それ」をしなければ生還できなかったのは事実で、だから俺も同じ状況になったら、「それ」をやるんだろうか?と考えましたが、やるかどうか、というより、やれるかどうか、疑問です。

まず、どこを切ればいいのか知識がない。技術がない(しかもスイス製アーミーナイフではなく、粗悪品の中国製アーミーナイフを使って)。それと、根性がない。「それ」をしたら、俺は気絶してしまうかもしれません。痛さに極端に弱い人間なのです。

こんな事故に遭い、「それ」をしてしまって、体が不自由になったあとも、危険だからもう登山はやめるとかいうのではなくて、彼は登山を続けました。

そこには、もう同じ人間としては見れない、大きな隔たりを感じてしまいました。彼は「こういう事故も含めての登山」を楽しんでいるようにさえ見えます。岩に挟まれて動けなくなっても、彼は持ち物をチェックするなど、冷静さを失いませんでした。

もっとも、水がなくなり、意識が朦朧とし、幻覚まで見始めたら、さすがの彼も死を意識したようでした。普通の人間はそうでしょう。

それにしても、現実というのは、なんて残酷なんだと思ってしまう映画でもありました。

もし、エンターテイメントとしての映画(フィクションの映画)であったら、彼が朦朧とした状態で体験する夢のシーンのような結末で良かったのではないかと思うからです。

そのシーンとはこういうものでした。

突然大雨が降り出すんですね。そうすると、雨水が岩場の裂け目に溜まっていって、彼もおぼれそうになってしまうんですが、水によって岩に浮力が生まれて、なんとか挟まれた体が自由になるというものでした。これでメデタシメデタシ。

実際は、これは夢というか幻覚だったわけで、事実は、もっと酷な結果になりました。だから現実というのは、当たり前だけど、ハッピーエンドになるなんて保障はまったくなく、これでもか、これでもかと厳しい状況になっていくということもある。今が最悪と思っても、さらに悪いことは起こる。それが現実なんだなと。

「どうしてこんな目に?」とか「どうして俺だけ?」と、神や仏を恨んでしまいたくなる気持ちもよくわかります。
 
 
 
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2013/10/27

日本一使いづらい、だけど美しい。旧暦 棚田ごよみ【平成26年版】 Amazonのページができました。 

Tanadagoyomi2014

平成26年(2014年)版の「旧暦 棚田ごよみ」が、今回、Amazonでも購入できるようになりました。。

旧暦 棚田ごよみ【平成26年版】 [カレンダー]

A4版 (開いてかけるときはA3版)
ASIN: B00FXMYFLU
発売日: 2013/11/3
発行: NPO法人棚田ネットワーク

現在予約受付中ですが、発送は11月3日以降になります。おかげさまで、去年よりだいぶ早く完成しました。来月の「棚田サミット」にもなんとか間に合いました。

スタッフ一同、去年よりもっといいものをと思って作ってきたこよみです。よろしくお願いいたします。
 
 
 
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2013/10/26

香港料理レストラン、500円の「車エビ入りチャーハン」

131026
 
阪急阪神ホテルズのメニュー誤表示「レシートなしでも返金」 苦情や問い合わせ殺到
nifty NEWS http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/jcast-187145/1.htm
 
 
昨日、久しぶりで、学生時代の友人Aと飲む機会がありました。彼は昔、会社の香港支店に3年ほどいたことがあって、プライベートでも香港が好きになった人間ですが、そういうこともあったので、昨日は、ある香港料理のレストランへ行きました。

ピ-タン、中国サラミなど、懐かしい味に舌鼓を打ち、最後注文したのが、「エビ入りチャーハン」というものでした。「車エビ使用」と書いてあります。

ここで俺は「車エビ」にピン!ときました。

一流ホテルのレストランが、食材の偽装(社長は「誤表示」を主張してますが)で話題になっているときなので、はたしてこれも本当に「車エビ」なのかどうかと疑ったわけです。

チャーハンの値段は500円。香港料理の皿はそれほど大きくはないですが、この量で500円は高いとはいえません。それに入っていたエビは6尾くらい。俺はエビに詳しいわけではないけど、これは車エビではないんじゃないかと直感しました。

家に帰って「車エビ」を調べてみましたが、業務用の最安値でも1尾50円は下回りません。「安いエビ」ではありません。ネットでは「高級食材」と書いた記事は多い。

常識的に考えて、こういうレストランが、わざわざ「車エビ」を使ったりするものなのでしょうか? 500円の安いチャーハンに。

安いエビを使っていても、客は気にも止めないし、「車エビじゃないだろう?」とクレームを付ける客はいないと思われます。でも、これも事実だったとしたら、あきらかに「偽装」だし、「誤表示」で、法的に問題あり、ということになってしまうのではないでしょうか。(確かめていないので真偽はさだかではありませんが)

でも、こんなことは巷のレストランではごまんとあるんだろうなと、「車エビ入りチャーハン」を食べながら思いました。

もちろん、俺はこの店を告発しようとも思いませんが。「不正を見逃すのか?」と、しかられてしまうんでしょうか。

高い食材を使って、安い料金を取っていたら、「偽装」でも、法的にまずくても誰も文句は言わないはずです。つまり、違法行為をしていたから客が怒っているのではなくて、「一流」といわれるところが、安い食材を使って、高い料金を取って騙していた、というところがしゃくにさわるわけです。

「信用していたのに・ ・ ・」と言った客がいたように、自分のプライドを傷つけられたからなのでしょう。「一流」とか「高級」とか「有名」とか、ブランドを信じ過ぎる人たちの陥る弱点ですね。ブランドをいったん信じ込むと、物を自分で考えなくなってしまう。レストラン側も、その弱点につけ込んでいるわけです。一度築きあげたブランドがあれば、何でもできるという思い込みが、社長以下従業員の一般常識を麻痺させてしまっていたのではないでしょうか。

俺だってそうです。たとえば、今回俺たちが行った香港料理レストランは、高級とはいえない普通のレストランで、だから500円のチャーハンに「車エビ」は怪しいと思ったわけで、もし、一流ホテルのレストランで、もっと値段が高いチャーハンに「車エビ」と書いてあったら、おそらく信用してしまっていたと思います。

化粧品なんかも、原価は安くても、価格を高めに設定しないと売れないといわれるじゃないですか。消費者心理とはそういうもので、それをうまく利用してるってことですね。
 
 
 
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2013/10/25

ネパールの撮影旅 2013年秋 (22 最終回) ネパールは、アジア系O系統とD系統(古モンゴロイド系)の攻防の最先端

131025_0(ポカラのフェワ湖)

131025_1(マヘンドラプール(ニューバザール)界隈)

131025_2(政党のバイクでのデモ行進)

131025_4(ポカラ北部のマヘンドラ洞窟の祠)

131025_5(祭りの仮設観覧車でモーターの番をする男)

131022(ネパールの紙幣。左上から、1000R、500R、100R、50R、右上から20R、10R、5R)

これで、ネパールの撮影旅のレポートは、ひとまず終わることにします。

最後に、ポカラの写真と、ネパールの紙幣を掲載しておきます。1 NPR(ネパール・ルピー)は、0.98939 円 (2013/10/24時点)で、ほぼ1円なので、計算はしやすかったです。

ところで俺が滞在していたとき、制憲議会選挙活動が始まりました。投票日は11月19日だそうです。

街中では政党の集会があり、防弾チョッキを着けた武装警察(?)の姿もあったりして、ものものしい雰囲気でした。

今回は124党が比例代表区に届け出たそうですが、一部マオイスト(毛沢東主義派)が選挙に反対しているらしい。

「ネパール:制憲議会選挙に対する抗議活動等に関する注意喚起」(外務省 海外安全ホームページ)が出されています。

俺はネパールの政治についてはよく知りませんが、少数政党が乱立しているところはネパールの複雑さを物語っているのでしょう。

中国、インドの大国に挟まれた小国ネパールにとって、独立を保つためには、難しい舵取りが必要なのは想像できます。日本のように島国と違って、陸続きであれば、危機感も大きいのだと思います。

それで思い出すのが、このDNAレベルの話。

中国が尖閣列島を取りに来る理由 ---- 日本人とチベット人のDNA的つながりから考える(2012/11/09)

漢民族を主とするアジア系O系統が拡大してきた結果、D系統(古モンゴロイド系)が残っているのは俺たち日本人とチベット人という話です。DNAレベルの話ですが、現実問題として、今、アジア系O系統は、この数千年膨張し続けています。この流れは、チベット系民族のいるネパールにとっても他人事ではないはずです。

そのせめぎ合いの最先端が、尖閣諸島問題であり、チベット問題(つまりネパールも含みます)だというのは考えすぎでしょうか。

アジア系O系統の圧力をどうかわすかということを、日本もネパールも考えなくてはならない時代かもしれません。ネパールは、両大国を手玉に取るしたたかさも持ち合わせているようなので、生き残るための知恵は長けているような気がします。そこから日本も学ぶものがあるのではないでしょうか。

これからネパールへお出かけの方は、投票日前後混乱があるかもしれないので、情報には十分注意して、楽しい旅をしてください。

               ☆

ネパール旅行記の最初はこちらです。

Ya_2ネパールの撮影旅 2013年秋 (03) カトマンズに到着
 
 
 
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2013/10/24

ネパールの撮影旅 2013年秋 (21) ダンプスの宿の食堂で、俺以外は全員中国人

131024_1

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131024_5(今日掲載の写真は、ポカラ周辺、棚田トレッキングで出会った人たち)

ダンプス村のゲストハウスに泊まって3泊目の夜、食堂に行ってみると、お客は全員中国人でした。香港人8人、マカオ人2人、そして出身地を教えてくれない大陸の中国人3人。俺だけ日本人(あとネパール人のガイドが2人)。

この中の出身地を教えてくれなかった中国人なのですが、英語がわからず、俺に「ジャージー(炸鸡)はどれ?」と、英語のメニューを差し出して中国語で聞いたのです。

「ジャージーはないよ。自分で頼まないと」と俺は中国語で答えて、彼らのガイドに、「この人たち、フライドチキンが欲しいんだって」と英語でいいました。

まぁ、この時点で、周りは全員同じ中国人同士なのに、どうして日本人の俺に聞くのかよくわかりませんが(彼らは俺が日本人と知ってました)、それはおいといて、「これは何?」と中国人はまた俺に聞くので、「これは野菜カレー、これがチキンカレー」と教えました。

中国人は、「彼は中国語がわからないガイドだし、俺たちは英語がわからないから、とても不便なんだ」といいました。それで俺は「ポカラには中国語わかるガイドいるでしょ?」と訊いたら、「多くないね」とのこと。

これだけ中国人のツーリストがいるのに、そこまで対応できていないということなのでしょう。中国人が増えだしたのはここ3年だというし、日本人が30年前からきていて、数も多く、実績のある日本語ガイドとは事情が違うようです。

よく「日本人は好きだけど、中国人は嫌いだ」と現地では聞きました。俺が日本人だからお世辞だろうくらいにとっていましたが、まんざらお世辞でもないということがわかってきました。

ただ、あるネパール人旅行関係者はいいました。日本人が好かれる理由も、あまり嬉しい理由ではなく、たとえば、日本人ツアー客の場合ですが、日本語ガイドを全面的に信用して、ものの値段に疑問を持ったりせず、気前よく払ってくれるというのです。英語がわからないから、というのは理由になりません。中国人は英語がわからなくても、伝票を自分で計算したりするなどして、納得してからでないとお金は払いません。欧米人も同じです。

彼はそういう気前良く払わない中国人や欧米人を、「彼らはかしこい」と表現しました。裏を返せば、「日本人はバカだ」ということなのでしょうか。彼は「日本人は特別だ」といいました。

「中国人は嫌い」とは言っても、ビジネスでは一番のお得意さんになっています。だからガイドたちも、これからは必死で中国語を覚えるはずです。観光客だけでなく、物もたくさん入っています。現地で買った傘やサンダルは中国製でした。

ところで、隣になったマカオ人のトレッカーと話をしていたら、「昔、ネパールにトレッキング来たとき、たくさんの日本人が来ていたけど、今回は、日本人に会ったのはあなたが初めて」と言われました。

どうして日本人が来なくなったのか、彼らの分析はこうでした。

「日本の経済は昔ほどよくなく、だから若い人は、いったん見つけた仕事を失いたくないので、外国旅行にも出なくなったのではありませんか」と。

中国人もそういうふうに日本の若者を見ているんだね。「それと、外国には興味がなくなったという理由も大きいと思うよ」と俺は付け足しました。

彼らは今回は2週間の休暇をとって、チベットからネパール入りし、数日のトレッキングを楽しんだという。

「チベットは今、微妙な時期で、外国人が旅行するのは難しいですね。中国とインドとの関係はよくないし」というので、俺は「中国と日本の関係もよくないね」と言ってみましたが、そのことについては、軽く無視され、別な話題へと移ってしまいました。
 
 
 
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2013/10/23

ネパールの撮影旅 2013年秋 (20) ネパールの犬「ククル」たち

131022_1(ポカラのゲストハウスの「ミルキィ」)

131022_2(村のぢいぬに名前はない)

131022_3(珍しい模様の犬)

131022_4(カトマンズ、スワヤンブナートの犬)

131022_5(カトマンズ市内。暗闇から現れるぢいぬ)

131022_6(カトマンズ市内の店の前で寝そべる犬)

ネパールでも、「ぢいぬ」はたくさんいます。「ぢいぬ」というのは、特定の飼い主のいない地域犬です。江戸や明治時代の日本も、「ぢいぬ」が多かったらしい。『北斎漫画』にも「ぢいぬ」と描かれています。

『生類をめぐる政治』(塚本学著 平凡社)によると、

「柳田國男は、明治期の村について、村の犬というのが4、5匹は常にいたが、犬を飼っている家は一軒もなく、・・・(略)・・・少なくとも犬にあって、特定の飼主がなく、といって完全な野犬でもないものが、つい近年まで数多く存在した。」

と、あります。

ネパールの「ぢいぬ」も「野良犬」といっていいものかどうかちょっと迷います。それはスリランカでも同じでしたが、飼い主はいませんが、「ぢいぬ」たちはその地域全体で飼われているとも見えるからです。

棚田米のダルバートを食べたとき、近くに黒い犬がやってきたので(2番目の写真)、これは誰が飼っているのか?と尋ねたら、誰でもないとのこと。村の人によると、ちゃんと飼い主のいる犬には愛称も付けます。「ポピー」「ジョニー」など英語名が多いそうです。ポカラのゲストハウスで飼われていたのは、2歳になる「ミルキィ」でした。

「ぢいぬ」と飼い犬の違いは、首輪をしているかどうか、というのがわかりやすいですね。それとやはり雰囲気が違う。

「ぢいぬ」には愛称を付けません。じゃぁ、この黒い犬を呼ぶときは何て呼ぶの?と聞くと、「ククル」と学生たちがいいました。「ククル」とはネパール語で「犬」のことです。

愛称を付けないといっても、「ぢいぬ」が嫌われているのかというと、そうでもなさそうです。可愛がられているとも見えませんが、その地域で自然に暮らしている感じです。

村人との程よい緊張感もあり、悪さをすれば痛い目にもあう。でも、まったくの野犬と違って、人間のそばなら、何とか飢えずに済む。外敵が来たときは、吠えて知らせる番犬でもあるし、闘うこともある。それなりに、人間も「ぢいぬ」を認めているし、「ぢいぬ」たちもこの村の一員だとは感じているらしい。自然に放っておくと犬はこういうふうになるんでしょうか。

ここに「管理」とか「責任」とかの考えが入ってくると、とたんに「ぢいぬ」は存在できなくなってしまいます。それが欧米の価値観。

だから、明治期に日本を訪れた欧米人は、日本人は動物を甘やかしていると嘆いています。動物と人間に一線を引かないとと気がすまないのでしょうか。

ところで、上から3番目の写真の犬ですが、模様が変わっています。最初、ペンキで色を付けた人間の悪戯かなと思っていたのですが、よく見ると、模様は毛の色だったのです。これは、棚田の村で出会った犬ですが、ポカラのゲストハウス前の「ぢいぬ」にも、こんな模様の犬がいたので、数は少ないですがいることはいるようです。他の国では見たことないですが。

犬に咬まれやすい&犬に吠えられやすい俺ですが、意外とネパールでは犬から吠えられることはありませんでしたが、暗くなってからは注意が必要です。バイクのヘッドライトに照らされて、暗闇から犬が現れたりするとびっくりします。さすがに夜は身構えてしまいます。狂犬病の注射なんかもしてないだろうし。とくに「ぢいぬ」の場合は。
 
 
 
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2013/10/20

ネパールの撮影旅 2013年秋 (19) ネパールのコメ食品 「チャタマリ」「チウラ」「セルロティ」

131019_0(ヒウンチュリ、マチャプチャレが見えるダンプス村の棚田)

131019_1(肉と野菜の入ったネパールふうお好み焼き「チャタマリ」)

131019_2(ヒンズー寺院でご馳走になった「チウラ」)

131019_3(「チウラ」の周りにおかずが並んだ「カジャ・セット」)

131019_4(コメ粉のドーナツ「セルロティ」)

「チャタマリ(ツァタモリ)」は、ネパールふうお好み焼きとでもいったらいいか、あるいは、ネパールふうピザでしょうか。

コメ粉を使ったパリッとした生地に、野菜や肉などが載っていて、上から玉子でとじてある食べ物です。カトマンズの老舗レストランで食べたときは、たいしておいしいとは思わなかったのですが、ポカラのマヘンドラプール(ニューバザール)にある小さな食堂で頼んだら、これがおいしかった。

2番目の写真がそれです。8等分になって出てきました。鶏と水牛のミンチ肉、野菜を使ったもので、90Rでした。

「チウラ」は、蒸したコメを平たく潰して乾燥させたものです。日本にも「糒(ほしいい)」というのがありました。携帯するには便利です。

ネパールでは、おじいさんの代くらいまでは自宅で作っていたらしいですが、今は、商店で買うそうです。ポカラの商店では、1kgが50~70R(50~70円)でした。

「チウラ」は、そのままでも食べるし、ミルクに入れてやわらかくして食べたりします。

山のヒンズー寺院で、参拝者から「チウラ」をご馳走になった話は書きました。そのときは、カレー味のナスとオクラの「タルカリ」で食べました。正直、慣れないと食べづらい感じです。でも、このパリパリした食感にはまると、なかなかいけます。汁が多いカレーにでも入れて食べたら、もっとおいしいかもしれません。

マヘンドラプールの食堂に、「カジャ・セット」というのがあったので頼んだら、これが「チウラ」と、各種おかずのセットでした。「カジャ」というのは、「おやつ」とか「間食」とかいう意味らしい。

写真のおかずを紹介すると、鶏肉の「チョエラ」、ダイコン、キュウリ、ニンジンの生、野菜の「グンドゥルック」、イモの「アロー」、黒い豆の「バトゥマス」などです。

おかずは結構辛くて濃い味ものものが多く、これは酒のつまみになるセットなのかもしれません。これで130R。

そしてネパールでお気に入りになってしまったのが、ほんのり甘い、コメ粉のドーナツ「セルロティ」です。1個10~20R。これとお茶で朝食の定番です。

朝、揚げているので、昼くらいになって買ったものはけっこう硬かった。ガイドは、硬くなった「セルロティ」は、ミルクティーにつけて食べていました。

それと、コメ食品としては、結婚式の「チニロティ」というものがあります。コメ粉、砂糖で作るパンふうの食べ物だそうです。それと「ヨマリ」というコメ粉で作った団子のようなものもあるそうです。残念ながら、今回食べる機会はありませんでした。

それにしても、アジアの国々を旅すると、コメ食品のバリエーションの多さに驚かされます。最近では日本でもパナソニックの「ゴパン」や、ミスタードーナツのコメ粉ドーナツなど、コメ粉の食品が増えてきているようにも思いますが、まだまだアジアの国々と比べれば少ないと思います。棚田にかかわっているので、どうにかコメの需要が増えて欲しいと思うわけですが、「銀シャリ」だけにこだわらない柔軟さが必要なのかもしれません。
 
 
 
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2013/10/19

2013年11月14日の「棚田を旧暦のリズムで味わう」イベント参加者募集

131020_event(山梨県南アルプス市の棚田の「田毎の月」)

131020_event_01(「田毎の月」で有名な、長野県千曲市姨捨の秋の棚田)

130923_3(マレーシア中華街で見た多民族カレンダー)

二十四節気、代表的な七十二候を取上げ、それに関する四季の棚田や風物を写真で紹介します。とくに、「田毎の月」には時間を長く取る予定です。

また中国の「農暦」やネパールの「ビクラム暦」など、アジアの太陰太陽暦にも触れる予定です。(このイベントために、ネパールでは「ビクラム暦」を購入してきました)

それと棚田の新米を味わう試食会も行います。これは重要。仕事帰りでお腹がすいている人、俺の話は聞かなくてもいいですから、この新米を食べに来るだけで価値はありますよ。おすすめします。

お気軽にご参加ください。

◆日時: 2013年11月14日(木) 18:30~20:00
◆会場: 自然環境情報ひろば 丸の内さえずり館 (東京都千代田区有楽町1-12-1 新有楽町ビル1F TEL / FAX : 03-3283-3536)
◆講師: 青柳 健二
◆定員: 先着30名/申込制
◆対象: 大人(高校生以上)
◆参加費: 500円

お申し込みはNPO法人 棚田ネットまで。
TEL: 03-5386- 4001
E-mail: info@tanada.or.jp
ホームページからの申し込みはこちら。
http://www.tanada.or.jp/2013/10/11/saezuri/
 
 
 
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ネパールの撮影旅 2013年秋 (18) ヒマラヤ棚田米のダルバートを食べてみたい

131019_1(ダンプス村の稲刈り風景)

131019_2(一般的な「ダルバート」)

131019_3(グルン族の「ダルバート」)

131019_4(赤米「ラト・パーケ」を使ったカレー&ライス)

131019_5(ダンプス村の棚田で収穫された赤米「ラト・パーケ」)

131019_6(「ディロ」という団子状にしたコド(シコクビエ))

ネパールの家庭料理であるダルバートは、ダル(豆スープ)とバート(ご飯)、カレー味の野菜などのおかず(タルカリ)、漬物(アチャール)など、セットになったものが基本形。

せっかくヒマラヤの麓まで来たのだから、地元の棚田米のダルバートを食べたいと思うのは、自然な流れでしょう。

ダンプス村で泊まったゲストハウスの主人はグルン族の人でした。それで、ある日、グルン族の「ダルバート」を作ってくれるように頼みました。

鶏肉を使った贅沢なダルバートになりましたが、なかなかおいしいものでした。

上から3番目の写真、手前右の黄色い塊が、カレー味の鶏肉「ナカシエ」で、そこから時計回りに、芋と豆の「ダーフ」、青菜の「ピピータ」、せんべいふうの「パパラ」、そして中央の「モンスリー・バスマティ」のご飯は「カイン(ネパール語ではバート)」です。

皿の後ろに見えるのは、左の赤いのがトマトソースで「ツ」といいます。右の椀は、豆スープの「ダラ(ネパール語ではダル)」が入っていました。ご飯には、この灰色の「ダラ」をかけました。すべて名前は、グルン語です。

この「ツ」の味が気に入りました。以前、中国雲南のタイ族料理で食べた味とそっくりでした。なんだか懐かしい味です。たぶん、このあたりが「グルン族」らしいんでしょうね。あとは、一般的なダルバートとどこが違うのか、ネパール滞在が短い俺にはわかりませんでした。

そして翌日、山の在来種のコメがあるというので、それを注文。白米を「セト・パーケ」、赤米を「ラト・パーケ」というそうです。「どっちにする?」と聞かれたので、「ラト・パーケで」と注文したのが、4番目の写真です。

まわりに並ぶおかずは前日のとあまり変わりません。芋と豆の「ダーフ」の代わりに、サヤインゲンの「ゴヤシミタ」が違ったくらいです。

それと今回は、「チキン・カレー」にしたので、鶏肉の「ナカシエ」は「ナカシエ・クー」になります(写真の後ろの椀に入った赤いもの)。「クー」というのはスープ(つまり汁気の多いカレー)という意味。

もちろん、中央には、「ラト・パーケ」の「カイン」がてんこ盛り。ヒマラヤの棚田米です。

グルン語では、ご飯のことは「カイン」といいますが、コメのことは「ナシ」といいます。「ナシ」と聞くと、マレー語のご飯「ナシ」と関係があるんだろうなと想像できまますが、詳しいことはわかりません。

ところで、稲刈りを複数見たのですが、ブラマーン族の稲刈りのとき、コメの品種名を聞いたのです。そしたら「マチャプチャレ」というではないですか。マチャプチャレが見える棚田で「マチャプチャレ」というコメを作っている。話としては、出来すぎていました。宿の主人に話したら、「そんな品種名ありませんよ、ジョークですよ」といわれてしまいました。そういえば、彼らは笑っていたなぁ。すっかり騙されるところでした。(マチャプチャレではない、という確証もないのですが。だからこの話の真偽は保留です)

なお、参考までに、コド(シコクビエ)の粉を熱湯で練って団子状にした「ディロ」を掲載しておきます。宿の主人が食べていたものでした。こうやってコドを食べるんですね。ネパールでは、トウモロコシの「ディロ」もよく食べるそうです。
 
 
 
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2013/10/18

ネパールの撮影旅 2013年秋 (17) ようやく晴れてヒマラヤ棚田の写真を撮る

131018_6(山は、左のマチャプチャレと、右のアンナプルナ4峰、アンナプルナ2峰、ラムジュンヒマールなど)

131018_8(グルン族の稲刈り)

131018_9

131018_11

131018_12

131018_13(山はアンナプルナ・サウスとアンナプルナ1峰、ヒウンチュリ)

棚田のことをネパール語で「ダン・ケット」といいます。「ダン」は「コメ」。「ケット」は「土地」という意味。だから、これは「田んぼ」という意味で、階段状になった「棚田」を特別に呼ぶ言葉ではないようです。(詳しいことはあとで調べます)

「ヒマラヤと棚田」の写真を撮るまではポカラには帰らないと決心はしたものの、無制限に日数があるわけではなく、最長6泊しかできませんでした。日本に帰国しなければなりません。これ以上、上の村に行っても棚田が増えることはないとわかったし、いろんなところへは行かず、ダンプス村で最高の瞬間を待ったほうがいいと判断しました。

なので、6日目の朝、ヒマラヤの山頂がきれいに見える天気になってホッとしたのでした。晴れたらここで撮ろうと下見していた場所があって急いだのですが、なんと、その日、その棚田でグルン族の稲刈り「ダン・カートニ(ネパール語)」が行われたのです。快晴はこの日の午前中だけで、半日ずれていたら、まったく駄目でした。

しかも、あとで「ヒマラヤ棚田米のダルバートを食べてみたい」のところで触れる予定ですが、山の在来種、赤米である「ラト・パーケ」が、まさにこの棚田で取れたコメだという話をゲストハウスの主人から聞いて、こんなことがあるんだなぁと、自分の幸運に感謝しました。

毎日雨に降られ、ズガーに血を吸われ、ネットもできない山村に5泊も滞在し、少々うんざりしていましたが、これですっかり元気になりました。

こういう偶然があるから写真はやめられないのです。この偶然の面白さ。

人間が頭の中で予想する「美」なんて、現実の偶然が作り出す「美」に比べれば、ぜんぜんですからね。予想外の偶然に出会うことこそ、俺が写真を撮っている理由のひとつでもあるのです。
 
 
 
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2013/10/17

ネパールの撮影旅 2013年秋 (16) ダンプス村で最初に覚えたネパール語は「コド」と「ズガー」

131018_1(フェディから30分登ったところから見える棚田)

131018_2(一番手前は稲、奥は全部シコクビエの段々畑)

131018_3(黄色は稲、右下の緑色はシコクビエ)

131018_4(シコクビエ、ネパール語で「コド」)

131018_5(俺の血をだまって吸った「ズガー」)

ポカラからフェディ村へはバスで行き、そこからダンプス村まで登りました。フェディが標高1220m、ダンプスが1799m。高度差579mあります。これを2時間半かけて登りました。

急な階段を30分ほど登ったとき、フェディの谷を挟んで反対側に見えたのが、一番上の棚田の写真。よくネットでも紹介されている棚田ですね。

棚田に期待を膨らませて登ったわけですが、ダンプス村に着いて、はじめに目にしたのが、意外にも棚田ではありませんでした。「意外にも」と書きましたが、実は意外でもなんでもなかったのですが。ここまで登ってしまうと、棚田よりシコクビエ畑の方が多いくらいです。

標高(気温)の問題もあるし、水の確保の問題もあります。水の確保が難しい土地の場合は、コメではなくて、シコクビエを植えるそうです。

シコクビエは、ネパールの焼酎「ロキシー」の原料としても使われるし、団子状にした「ディロ」としてご飯の代わりに食べたりします。

一番トレッカーが増えるのは冬場の乾季。山が見えやすいからです。でもその時期は、耕作地に稲(作物)がなく、だからネットにも「棚田」と書いてあるんですね。やっぱり来てみないとわからないものです。(「梯田」なら間違ってません)

2番目と3番目の写真で、黄色いのは田んぼですが、緑色のはシコクビエ畑です。シコクビエのことをネパール語で「コド」といいますが、ダンプス村に来て最初に覚えたネパール語が「コド」になりました。

ところで、ダンプス村滞在中は、1日1回は雨が降る雨季のような天気が続きました。この雨季の時期注意しなければならないのが、ヒル。俺も2回やられてしまいました。

夜、ゲストハウスの部屋に戻って靴下を脱いだら、ポロッと何か黒い塊が床に落ちて、靴下を見て驚きました。血のりがべっとり着いていたのです。靴の内側も血で真っ赤。この黒い塊は、俺の血をたらふく吸って膨らんだヒルでした。

その後もなかなか血が止まらず、毒はないとはいうものの、気持ち悪いことにはかわりありません。

床をはっていたところを、ミネラルウォーターの空きボトルに入れて確保しました。このあと3日間、「ペット」として部屋で飼っていましたが、ダンプスを去るときも生きていました。

ネパール語でヒルのことは「ズガー」。ダンプスに来て2番目に覚えたネパール語です。
 
 
 
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ネパールの撮影旅 2013年秋 (15) 山のヒンズー寺院のダサイン祭り

131017_1(ヒンズー寺院にお参りする人たち)

131017_2(寺院の周りの灯明の準備)

131017_3(ダサイン祭りでの赤色の「ティカ」)

131017_5(ダサイン祭りでは、水牛や山羊が犠牲にされる)

131017_4_2(ブランコで遊ぶ少年)

ダサイン祭りは15日間も続くネパール最大のお祭りだそうです。

棚田トレッキングへ行ったとき、山のヒンズー寺院でお参りしました。

「仏教徒なんですが、いいですか?」と聞いたら、僧侶は「もちろん」というので、靴を脱いで境内に入り、時計回りに一周し、お賽銭をあげて、仏式にお参りすると、僧侶から「ティカ」を受けました。

ダサイン祭りのときの「ティカ」は赤色です。「ティカ」とは、年上の人や僧侶から受ける祝福の印で、コメ、赤い染料、ヨーグルトを混ぜたものを、仏像の額にある「白毫(びゃくごう)」の位置と同じところに付けてくれるのです。上手な人が付けると、ずっと落ちないそうです。

お礼を言って境内から出ると、ポカラから来たという参拝客数名、お参りが済んで、持参した「チウラ」で食事中でした。そして俺もよばれたので、辛いタルカリ(カレー味のナスとオクラ)で、「チウラ」をありがたくいただきました。

「チウラ」は、蒸したコメを平たく潰して乾燥させた携帯食ですが、この「チウラ」に関しては、「ネパールのコメ食品」で、あらためて触れる予定です。

ポカラからカトマンズに帰る日も、まだダサイン祭りの最中で、ところどころで、水牛、山羊を解体している人たちを見ました。動物の犠牲の日だったらしい。

それと子供たちはブランコを作って遊んでいます。高さ20mもの大きなものから、小さなものまでありましたが、このブランコも、風物詩のひとつなんでしょうね。
 
 
 
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2013/10/16

ネパールの撮影旅 2013年秋 (14) 道に迷って出会った棚田の風景

131016_0(左はマチャプチャレ、右はアンナプルナ4&2)

131016_1(山越えしたら現れた風景)

131016_2(棚田に光が当たる)

131016_3(「ナマステ(こんにちは)」と声かけたら、同時に振り向いた2人と1匹)

ヒマラヤが見えるまでダンプス村に数日滞在したことは、前に書きました。

そのダンプスからポカラの町に帰ったあと、やっぱり棚田なら、最初にガイドと行った地域にもう一度行きたいと思い、今度はガイド無しで再び出かけました。

ところが、バスに乗りたくても地名がなかなか通じません。一度行っているにもかかわらずです。外国人がよく行く地名なら多少発音がわるくても、理解してもらえますが、小さな山の村の名前を、英語読みしてもまったくだめなのです。

そこでやったのは、英語の分かる人を探し、ネパール語で地名を書いてもらうのがいい、ということに気がつきました。それを見せながら目的のバスを探すのです。チケット売りの窓口などないし、行き先は全部ネパール語です。

どうにかバスに乗って目的地の村に着きました。以前泊まったゲストハウスを目指しましたが、方向はわかっているつもりだったので、別な小道をたどっていったのでした。ネットで調べたら、こっちの方が棚田を通る道のような気がしたからです。

でも、すっかり道に迷ってしまいました。そこで村人に教えられるとおり山越えをしたら、なんと、すばらしい風景が現れました。予想外の、偶然の出会いに感謝。これだから旅はやめられないのです。

山あり、湖ありの、いいトレッキング・ルートでもありました。30分にひとりくらい人に出会うので、遭難するようなところではありませんが、ちょっと自信過剰は危険かもしれません。特に外国では。
 
 
 
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2013/10/15

ネパールの撮影旅 2013年秋 (13) 注文してからご飯を作る食堂

131015_1(稲の花が咲く)

131015_2(村の食堂の厨房。囲炉裏の鍋に、作りおきされている豆スープの「ダル」が入っている)

131015_3(できた棚田米のダル・バート。ご飯の皿の周りに並ぶのは、左側から時計周りに、卵焼き、ジャガイモと苦瓜の「タルカリ」、「ダル」、カップの水)

こんなニュースが飛び込んできました。

エベレストで大雪、86人動けず
(nifty NEWS http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2013101401001829/1.htm)

ニュースによれば、南アジアを襲った大型サイクロンの影響で大雪になったらしいとのこと。俺はその直前にネパールを出たことになったようですが(自分ではわからなかった)、カトマンズやポカラに被害はなかったのでしょうか?

今日はまた、日本にも大型台風が近づいてきました。被害がないことを望みます。

               ☆

ところで、話は前後してしまいますが、以前、ガイドを雇って棚田トレッキングをした話に戻ります。「ネパールの撮影旅 2013年秋 (10) 湖に面したネパールの棚田と海に面した日本の棚田」の続きです。

そのとき、村の食堂でお昼を食べることになったのですが、ネパールの一般的な食事「ダル・バート」を注文しました。すると、まず奥さんはコメを洗い、ご飯を炊き始め、旦那さんはジャガイモの皮をむいてからカレーを作り始めました。すべてが注文してからの作業です。

なので、食事にありつくまで、小一時間かかりました。それまで、コメ粉のドーナツ「セル・ロティ」と紅茶で我慢しました。

でも、いらいらしても仕方ありません。近くの稲の花や、子供たちの写真を撮ったり、精米所を見学したりしてご飯が出来るのを待ちました。

ご飯はぱさぱさのコメではなくて、日本のご飯ほどではありませんが、団子状にまとまるくらいの少し粘りもあって、ちょっと懐かしい食感です。もちろんこの棚田で取れた「棚田米」だそうです。待ったかいがありました。ネパールの棚田の中で「棚田米」を食べられるとは。感激です。でも、品種名を聞くのを忘れてしまいました。

地元農民によると、このあたりで一番多く作っているコメは、「ジェタブラ・バスマティ」だそうです。日本語もわかるネパール人農家によると、ポカラ周辺で作られているものが有名で、昔の名前が「ポクレリ・ジヌア」といったそうです。これはポカラの外の人が呼んだ名前でもありましたが、「ポカラ産のコメ」という意味だそうです。「ジェタブラ・バスマティ」は、ポカラ周辺で取れる香り米。煮ると、遠いところまでその香りは漂っていくそうです。

なので、今回食堂で出してくれたダルバートのご飯は「ジェタブラ・バスマティ」ではなかったような気がします。香りはあまり感じなかったので。

「ダル」は豆スープ、「バート」がご飯。それに簡単な惣菜「タルカリ」が付きます。この食堂では、カレー味のジャガイモと苦瓜の惣菜「タルカリ」、それと卵焼き。ご飯もスープもお代わりできます。これで100ルピー(日本円で100円)くらい。

もちろん棚田米をお代わりしました。そして最後はゆっくりとお茶を飲みました。(カップの水はやめておきました)
 
 
 
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2013/10/11

ネパールの撮影旅 2013年秋 (12) 最後のカトマンズ・タメル地区の夜

131011_1

131011_2

131011_3

131011_4

ポカラの棚田トレッキングを終え、カトマンズに戻りました。明日はネパールを出ます。

最後のカトマンズ・タメル地区、夜のスナップです。

そういえば、最初の夜は歩きにくくてしかたありませんでしたが、今日はそんなことも感じませんでした。だいぶネパールに慣れたようです。

慣れたところで、サヨナラするのも名残惜しいですね。まぁ、この国は棚田の国なので、また来る機会はあると思いますが。

今ネパールは1年で最大の祭り「ダサイン」の最中です。祭りに関しては、昨日、ポカラ郊外の山のヒンズー寺で僧侶からティカを受けたり、面白い体験をしました。
 
 
 
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2013/10/08

ネパールの撮影旅 2013年秋 (11) 数日待ってようやく見えたヒマラヤ

131008

前に、「ヒマラヤが見たいわけではない」などと書きましたが、やっぱりヒマラヤと棚田の組み合わせは、ほかの国では無理なので、挑戦することにしました。

「ヒマラヤと棚田」の写真を撮るまではポカラに戻らないと決めて、ダンプス村へ上りましたが、乾季に入ったにもかかわらず、毎日天気が悪く、今朝4時に起きたら、ようやく快晴になっていて、ヒマラヤの山々が目の前に現れました。天気待ちのために数日滞在することになってしまいました。予想外です。

ヒマラヤも温暖化で雨季が長くなっているのでは?と地元の人間は言ってましたが、どうなんでしょうか。

まぁ、結果、撮れたのだから良しとしましょう。そしてちょうど稲刈りをやっていたり、村人と話したりして、暇だったわけでもなく、むしろ面白い話をたくさん聞けることにもなりました。

そのことについては、明日からまた別な山へ入るので、帰国後アップということになりそうです。

とりあえずは、今朝のヒマラヤの山々。左の高いピークは、アンナプルナサウス、真ん中のとんがった山は、マチャプチャレ。ほかのピークの名前はたくさんあって覚えられないので、これも帰国後、ちゃんとキャプションをつけ直します。
 
 
 
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2013/10/03

ネパールの撮影旅 2013年秋 (10) 湖に面したネパールの棚田と海に面した日本の棚田

131003_1(湖を背景にした棚田)

131003_2(雨上がりの棚田)

131003_3(日本の棚田を見るネパール人たち)

たまたま今回は、地図上の広い棚田が、見た目もすごかったという例で、必ずしも、地図上の広さが写真的にいいところなのかどうかは現場に立ってみないとわかりません。

その棚田を見る場所というのが重要になってきます。これは自然が与えてくれた「運」みたいなものです。

だから意外とこじんまりしていても、写真的に良かったりということは良くあることで、日本の棚田なんかはそのいい例ではないでしょうか。それほど大きくなくても美しい棚田はいっぱいあります。

石川県輪島市白米千枚田は、日本海に面していて、日本らしい棚田です。和歌山県有田川町あらぎ島の棚田は、形が面白い。

村で出会った人たちに、白米千枚田と、あらぎ島の棚田のポストカードを見せました。その反応を見ているのがけっこう楽しい。ああでもない、こうでもないと、興味はあるようです。

見せたのはこの写真のポストカードです。

131003_5_2(石川県輪島市白米千枚田)

131003_5(和歌山県有田川町あらぎ島の棚田)

ネパールと似ているなぁというのがみんなの感想でした。とくに、近くに湖があったので、背景に海が見える白米千枚田の写真は、そっくりだというのです。俺もそう思いました。一番上の写真が、湖を背景にした棚田です。

細かいところも気になるらしく、「この横棒はなんですか?」と聞かれました。ハサかけ用の棒のことでした。「これに稲をかけて、天日乾燥させるんです」と説明しました。「ネパールでは、こういったものは使わずに、刈った稲は地面にそのまま置いて乾燥させます」といいました。ネパールで「ハサかけ」はないようです。

もうひとつ、「稲がやたら短いようですが」といいました。たしかにこのあたりの稲の高さは1m50cm~1m70cmくらいもあって、非常に背の高い稲でした。「風の被害を少なくするために品種改良して短くなったんです」と説明しました。

それから、あらぎ島の棚田のほうは、「インド人もビックリ」というのがありましたが、ネパール人もびっくりしたらしく、「なんでこんな形をしているんですか?」と聞くので、「川が湾曲しているところに作られたからです」と説明しました。「ネパールにはありません」といいましたが、ネパールで、くまなく棚田が調査されて、どこにどんな棚田があるなんて把握されているとも思わないので、この広い棚田の国で、探せばこういった形の棚田は将来「発見」されるかもしれません。
 
 
 
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2013/10/02

ネパールの撮影旅 2013年秋 (09) ポカラ郊外の棚田

131002_1

131002_2

131002_3
棚田トレッキングからポカラの街に戻ってみると、たくさんの中国人旅行者が闊歩していました。

10月1日から、中国は国慶節で休日だったんですね。俺が行ったところはマイナーで、ひとりのトレッカーにも会いませんでしたが、有名なルートは、宿さえ取れないありさまではないでしょうか。

3年前から中国人旅行者が増えだしたそうです。みんな集団です。だから賑やかです。外国旅行をするのに、中国の連休まで考慮しないと、ゆっくりできないという今の事情・・・。どこでも中国人の人圧に押されている感じがして息苦しいです。少ないときは中国人にも話しかけていましたが。ここまで大勢だと・・・。

さて、棚田トレッキングですが、実は、勧められたルートをGoogleマップで調べていたら、意外と棚田は少ない地域だとわかり、ポカラ周辺をあらためて調べたら、大きな棚田があることに気がつきました。いままではトレッキングの有名なルートだけ探していたので見つからなかったわけです。ネットにもそこの写真しか出てこないので、当然「ネパールの棚田」といえば、そこなんだろうなと思い込んでいました。

それで出発の当日の朝、パソコンの画面を見せて、「ここへ行きたい」といったら、そういうルートも過去、お客を連れて行ったことがあるとのことで、変更することに。この臨機応変もネパールらしくていいですね。

途中までバスで行き、歩き始めましたが、思ったとおり、大きな棚田がありました。やっと棚田を歩くことができて、落ち着くことができました。自分で言うのもなんですが、ほんとに棚田探しの勘がさえているなぁと思います。と、いうのは冗談で、ネパールにはこのくらいの棚田がたくさんあるんでしょう。どこへ行っても棚田はある「棚田の国」なのです。

村の精米所に人がいて仕事をしていましたが、精米したばかりの地元のコメを見せてもらったら、意外と細長くなく、あとで村の食事「ダルバート」で出てきたのが、少し粘り気のあるご飯で、「インド」より「日本」に近づいたような気がしました。

夕方、少しだけ雲が切れて山が見えました。ガイドに山の名前聞いたのですが、忘れました。たぶんアンナプルナ。
 
 
 
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