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2014/07/30

「犬にも嫉妬の感情」のニュース

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人の様子を犬は観察しているらしい。指差しなどの信号を理解するという話もあります。

透明と不透明のついたての先におもちゃをおく。「それを持ってきて」というと、人から見えているおもちゃの方を持ってくるという。これは人が何を見ているかを分かっているということですね。

また、おもちゃをふたつ置いて、指差したほうを持ってくるというのはよくわかります。指差しを理解するのは、類人猿よりも犬の方がすぐれているとのこと。

類人猿よりも、犬は、人の様子(顔色)を伺っているということなんでしょう。知能が高い類人猿ではなく、犬の方が人間の伴侶になった理由は、ここにあるのかもしれません。

そこで最近、こんなニュースが。だろうなと納得できます。

犬にも嫉妬の感情、縫いぐるみに焼きもち 米研究
CNN http://www.cnn.co.jp/fringe/35051455.html
 
 
 
 
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2014/07/28

久しぶりのカブトムシ

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散歩でヴィーノが見つけたカブトムシ。

カブトムシを触ったのは何年ぶりでしょうか。家まで持って帰って、椿の木につかませたら、じっとしています。
 
 
 
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2014/07/24

インドネシア・バリ島の世界遺産「トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム」

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インドネシアで、大統領選挙がありましたが、負けた方のプラボウォ陣営が憲法裁に異議申し立てへ、というニュースが。タイのように混乱してしまうんでしょうか。

インドネシア大統領選、プラボウォ陣営が憲法裁に異議申し立てへ
THE WALL STREET JOURNAL http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304067104580046740385977302

8月下旬、久しぶりにインドネシア・バリ島へ行く予定です。バリ島の爆弾テロ事件以来なので、12年ぶりになるでしょうか。

爆弾テロは2002年の10月のことでした。当時の記事は、こちら

2012年にはバリ島初の世界遺産「トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバック・システム」ができました。

世界遺産を構成するメインの棚田は、ジャテゥルイ棚田です。バリ島の棚田といえば、ウブドゥの北のテガララン棚田が有名でしたが、ジャテゥルイ棚田はほとんど知られていませんでした。俺もバトゥカウ寺院へ行ったとき、偶然見つけたといったような棚田でした。

2002年時点では、村の入り口で入村料を徴収していましたが、ゲストハウスが1軒と、レストランが1軒だけしかありませんでした。今はツアーにも組み込まれているらしい。

バリ島の棚田は、「トリ・ヒタ・カラナの哲学(神・人・自然の調和をもたらす宇宙観)」を反映していているスバックによる水田です。

「スバック」とは、千年前に作られた水利管理組織です。「スバック」それぞれが持つ寺院では、祭りも欠かしません。定期的な会合では、水の管理や、管理費の徴集の相談をします。組合員はみんな協力して、水利施設のパトロールをし、水が配分計画通 りにきちんと流れているかをチェックします。大雨のあとなどは、水路に堆積した土砂を協同で掃除もします。
 
 
 
 
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2014/07/23

「棚田病」は同時に「棚田療法」でもある

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以前、「棚田病」について書きました。

Ya_2「棚田病」とは?(2006/09/27)

ところで「棚田病」は俺が勝手に言い始めたことですが、「白い病」というものがあるそうです。これは南極に行ったことがある人が罹る「病気」らしく、しばらく南極から離れていると南極に行きたくて行きたくてたまらなくなる「病気」らしい。それだけ南極にも「魔の魅力」があるということなんでしょう。まぁ対象は違いますが、症状としては「棚田病」と似ているといってもいいでしょう。

「好きで好きでたまらないこと」を「病」と表現するのはこのほかにもあると思いますが、「棚田病」の場合、「病」というちょっと自虐的な表現で笑ってもらおうと思ったからでしたが、もしかしたら、それなりに「病」と表現する理由はあったのかもしれないと、今さらながら思っているところです。

ほんとに病気かもしれないのです。それと同時に、治療薬でもあるのかもしれません。

それで先日の話にもつながっていくんですね。「箱庭療法」とか「芸術療法」のことです。

あまり「病気」という言葉を乱用したくないのですが、今の時代、社会や人間関係が複雑化して、どういう状態が病気で、どういう状態だと病気でないのか、境があいまいになっていると思うので、この「療法」ということばも、ことさら「病気」に対する治療という意味ではなくて、もっと一般的に、「癒し」くらいに捉えてもいい場合があるのではないでしょうか。

普通の人は、好きといっても限度があります。でも、やらざるをえない、やらないと死んでしまう(精神的に)ということになってくると、事態は深刻なのです。笑ってすませられるような問題ではありません。苦しんでいる人がたくさんいると思います。そういった心の不安定さをここでは「病気」と言っています。

俺にとってその治療は、「旅をすること」や「棚田のある場に立つこと」や「写真を撮ること」や「音楽を作ること」などなど。知らず知らずのうちに、自分で「芸術療法」をやっていたようなのです。そういうことをやることによって、社会と何とかつながり、心のバランスを保つことができる気がします。

こんなふうに、俺にとって芸術療法は、精神状態をなるべくいい状態に保つ方法として有効なのですが、ほかの人にも当てはまるのかはわかりません。

俺の場合、棚田が好きなのは「棚田病」であると同時に「棚田療法」でもあるわけです。「毒をもって毒を制す」といいますが、「病」をもって「病」を治すのです。
 
 
 
 
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2014/07/22

「黒子のバスケ事件、被告に懲役4年6カ月を求刑」のニュース

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黒子のバスケ事件、被告に懲役4年6カ月を求刑
朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASG7L5Q7CG7LUTIL046.html

初公判の意見陳述では、渡辺博史被告は、まるで独演会のように雄弁に語りだしたそうです。劇場型犯罪のクライマックスとしてふさわしい、渡辺被告がイメージしていたシーンだったのでしょう。

渡辺被告は、藤巻氏の学歴やバスケ漫画での成功について触れて、「手に入れたくて入れられなかったものを全て持っている作者のことを知り、人生があまりにも違うと思った」とターゲットにした理由を述べていて、「人生があまりに違いすぎることから、事件を『人生格差犯罪』と命名していた」と説明しました。

でも渡辺被告は、藤巻氏という漫画家に嫉妬し、恨みを持ったというきわめて個人的な狭い動機だったということなんでしょう。

それなのに、それをあたかも、「社会の格差が自分の犯罪を生んだ」みたいに自分を大きく見せようとしているのが陳腐であって、犯罪者でなかったら、まったくつまらないストーリーで誰も耳を傾けません。マスコミが大きく取上げたことで図に乗ったということなのかもしれません。

しかも今回の最終の意見陳述では数10枚のメモを準備してきていて、今までの恨み節とは一転し、改心したような、あまりにも「漫画チック」なストーリー展開は、へたな作文を聞かされているようで気恥ずかしさが漂います。

こういった劇場型犯罪の犯人は、だいたいにして、大勢を巻き込んでいくのが特徴だそうです。そう言われてみれば、秋葉原の無差別殺傷事件の加藤被告もそうでした。「社会が犯罪を生んだ」みたいなふうに世論を持っていく癖があるんでしょう。そしてそこに同調してしまうバカがいるんだから、世の中は恐ろしい。

渡辺被告は年収が200万を越えたことはないといっていて、仮に4年刑務所に入ったら、200×4=800万円で、自分を有名にするプロモーション代としては安いくらいに思っているのではないでしょうか。渡辺被告が言うように「無敵の人」」が増えるなら、犯罪がプローモーションの手段として使われる怖さも増えるということかもしれません。

「表現」と「犯罪」は紙一重のようです。
 
 
 
 
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2014/07/20

「芸術療法」の中の「写真療法」と「棚田や原風景のイメージ」

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箱庭療法というものを知ったのは、ユング心理学の河合隼雄氏の本を読んだときでした。

砂の入った箱の中に、人や動物や木などのミニチュアを置いていき、箱庭を完成させるという心理療法のひとつです。

これを見たときハッとしたのです。そして思い浮かんだ言葉は「棚田」や「原風景」というものでした。

そのときは漠然とですが、棚田の写真を撮る(というより棚田のある現場に立つ)行為が、この箱庭療法と似ているのではないかというものでした。とくに棚田のある集落を俯瞰したときの感覚が、箱庭を眺めているような感覚なのです。

その後いろいろ調べてみると、箱庭療法は、大きな意味で芸術療法(アートセラピー)に入り(独立した療法だという説もあり)、この芸術療法の中には、写真療法というのもちゃんと入っていたのです。芸術療法は、日本では1960年代から研究実践されていて、イギリスでは保険サービスとして認められている公式な療法だそうです。怪しいものではありません。

俺は「写真家になりたくてなったのではない」とさんざん言ってきました。俺にとって写真は、職業ではないという自覚が最初からあったからですが、この芸術療法という点から見れば、まさに、俺にとっての写真を撮る行為は、写真療法そのものになっていたんだなぁということが分かります。「療法」というと病気を治すイメージですが、「表現」にはそもそもそういう治療的側面が伴ってしまうので、ここではあまり病気か病気でないかを区別する必要なないような気もします。

そして写真を撮る行為だけではなく、その被写体である棚田や原風景というものも、もしかしたら、この芸術療法と関係があるのではという直感があります。

心に関して、ユングの考え方では、「意識」→「個人的無意識」→「普遍的無意識」というふうに階層を作っています。この一番深いところの「普遍的無意識」というのは、人類が共通して持っている無意識で、あるイメージとなって現れるといいます。

掲載したバッティック(ろうけつ染め布)は、昔、マレーシアのコタバルに滞在していたとき描いたものです。これは俺の心に浮かんだ曼荼羅ですが、曼荼羅も「元型」のひとつだそうです。この場合は、写真ではないので「絵画療法」といっていいんでしょうか。(ただ、だからといってこの曼荼羅から俺の精神状態を分析できるのかはわかりませんが)

それと俺にとっては、作曲や旅も「療法」と考えることもできます。ただし、すべて「療法」と捉えてしまうのもどうかと思いますが。

「普遍的無意識」には、いろんな「元型」があるわけですが、もしかしたら、「棚田」や「原風景」といわれるものも、この「元型」のひとつなのではないかということも、ひとつの考え方としてはありでしょう。

なぜそう思うようになったかというと、20代の青年と話をしたとき、彼は都会生まれで「田舎」というものもないし、近くに棚田があるわけでもないのに、「なぜか棚田にひかれる」と言ったのです。

俺は子供のころ「棚田」とは意識していませんでしたが、さんざん田んぼは見て育ったので、俺が棚田にひかれるのは、子供のころの体験が影響しているんだろうと漠然と考えていたわけですが、彼のようなタイプだと、そういう理由が見当たりません。

また、外国の棚田を訪ねたとき、外国人(欧米人)と会う機会があって、彼らと話をしていて不思議だったのは、こういった棚田の風景に癒されるというのです。彼らもまた子供のころの体験というものでは説明できないものを持っています。

そこで考えられるのは、このユングの「普遍的無意識」の「元型」のひとつなのではないかということです。もちろん「棚田」そのものではなくて、あくまでも意識されたときのイメージとしてですが。「原風景」というのは、なおさらそうかもしれません。もちろん「原風景」は個人的なものです。だから「日本人の原風景」という表現は正しくないかもしれません。

これから先、この芸術療法(とくに写真療法)と「棚田」や「原風景」のイメージについて少しづつ考えていきたいと思います。

なぜ「棚田」や「原風景」に癒されるのか。いろんな角度から考えてみる。そのひとつに心理学的アプローチがあってもいいのではないかと考えています。
 
 
 
 
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2014/07/19

「世間師(せけんし しょけんし)」という人たち

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民俗学者の宮本常一さんの名著『忘れられた日本人』や、郷土史『東和町誌』のなかに、「世間師」という人たちの話が出てきます。

初めて聞く言葉です。それで、辞書で調べて見ると、

デジタル大辞泉  【世間師(せけんし)】
1: 世間に通じていて巧みに世を渡ること。悪賢く世を渡ること。また、その人。
2: 旅から旅を渡り歩いて世渡りをする人。

大辞林 第三版 【世間師(せけんし)】
1: 世間慣れして悪賢い人。世渡りの巧みな人。
2: 旅から旅に渡り歩いている人。

とありました。具体的なイメージは、「ふうてんの寅さん」に近いのかもしれません。

『東和町誌』では、

「このように旅から旅をわたりあるく人たちを世間師(しょけんし)といった。「あの人は世間師だから物知りだ」というように周囲から評価されていた。」

「ただしたえず歩いている人が世間師と見られるよりも、若い時旅をよくして五〇歳をすぎて村へ戻ってきて百姓をしている人に対して、この言葉は使われていたようである」

かならずしも「いい人」ではないのですが、世の中(外界)を良く知っているという点で、情報や物がなかなか入らなかった昔の田舎に情報や物ををもたらす世間師は、一定の評価というか、役割はあったんだなぁと言うことがわかります。よそ者を警戒するのは、村の秩序を乱されることに対する本能的なものなのでしょうが、それとは反対に、外の空気を入れるいい機会でもあったわけです。

旅行記『桃源旅人』の「ナンヌオ山のハニ族」 にも書いたのですが、最初は山村のアイニ族から怪しいよそ者として警戒されましたが、いったん仲良くなると、このよそ者(俺)に対する興味は際限がなくなるようです。村人たちはいろんな外国事情を聞きたがりました。

こんなふうに似たような経験はしているので、この「世間師」の話はよくわかります。

俺が「世間師」だなどとおこがましいことを言うつもりはありませんが、そうありたいというか、そんな立場が理想だなとも思います。

別にこれは明治や大正や昭和初期だけのものではなく、現代でも形を変えて、「世間師」の役割はあるのではないでしょうか。疎ましく思われながらも、「新しい視点」を提示する「異人」として。
 
 
 
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2014/07/18

旅行記 『桃源旅人(中国雲南省は桃源郷だったのか?)』 Kindle版を出版

Tougenryojin_cover( 『桃源旅人』のカバーの写真は麗江地区のイ族女性)

「桃源郷」は中国六朝時代に活躍した詩人・陶淵明作『桃花源記』以来「シャングリ・ラ」などと同じ、俗世間から離れた「理想郷」という意味で使われている言葉です。

『桃源旅人(とうげんりょじん)』は「どうして雲南省にひかれたのか」をテーマにした小説風旅行記です。

雲南の山を歩き、山に分け入って体験した世界は桃源郷だったのでしょうか。そもそも桃源郷とは何なのでしょうか。

文字数は約106000字(400字詰め原稿用紙265枚分)あります。

一部、雲南までの直行便を就航していたJAS の機内誌「ARCAS」に1年間(12回)連載した『雲の南の少数民族たち』を加筆修正したものもあります。

amazonで配信中です。
 
 
 
目次:

「大理の田植」
日本を出てから二週間かけてたどりついた雲南省の大理。田植えをするペー族や、湖畔の村で知り合った家族との出会いは、子供のころを思い出させた。

「山の祭り、挿花節」
雲南中部、大姚県の山中で行われた祭り。当時、大姚県は外国人には未開放(勝手に旅行できなかった)だったので、私は香港人になりすまして祭りを目指した。地元のイ族女性に案内されて祭りを見物したが、その夜意外な事件が起こってしまった。

「ナンヌオ山のハニ族」
雲南省南部にナンヌオ山というアイニ族が住む山がある。村人に無視されながらも、ある結婚式に参加することになった。宴会が続き、酒の酔いもあいまって、俺はいったいどこにいるのだろう?と、頭の中が真っ白になって眩暈を感じた。しかしそれは、心地好い感覚でもあった。

「夕暮れの瀾滄江」
雲南省南部、西双版納タイ族自治州に住むタイ族の生活は、瀾滄江の流れのようにおおらかなものだった。ある日の夕方、瀾滄江で見かけたタイ族女性の姿を見ながら、あることに気がついた。

「神虎の棲む山、玉龍雪山」
雲南省北西部、世界遺産になった麗江の大都会。それとまったく対照的な峡谷の小さな村。そこには「神虎」が棲むと、地元の男に教えられる。険しい峡谷を歩くうち、「神虎」というものを信じざるをえないような不思議な体験をした。

「さいごに(あとがき)」
桃源郷とは?
 
 
 
 
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2014/07/16

2014年夏、撮影の旅(11) 山梨県南アルプス市 中野の棚田

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この日、雲が多く、「富士山が見える棚田」で富士山が見えないのは残念でしたが、自然のことなので、こういう日があってもしかたありません。去年の5月に訪ねた時はいい天気で「逆さ富士」も見えました。

そのかわりというか、富士山に気を遣わずに、棚田をじっくり見ることができるということはいいことです。成長している青々とした稲穂の美しさ。トンボやカエルの姿など、この時期ならではの棚田の風景を撮影しました。

それと去年から気になっていたんですが、高台にある住宅街にひきつけられました。



 
 
 
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2014/07/15

2014年夏、撮影の旅(10) 岐阜県恵那市 坂折の棚田

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坂折の棚田は雨もあがり、うっすらと薄日もさし始め、蒸し暑さも増してきました。

緑がきれいです。青々とした稲はこの暑さで一気に成長しているように見えます。
 
 
 
 
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2014/07/14

2014年夏、撮影の旅(09) 岐阜県八百津町の新旅足橋から

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岐阜県八百津町の国道418号線(丸山バイパス)を恵那市の方に走っていると、途中、新旅足橋(しんたびそこばし)という大きな橋から、うっそうとした森林におおわれた大峡谷が見渡せます。すごい眺めです。

橋脚の高さは100m、旅足川から橋までの高さは約200mあるそうです。

山の斜面に立地する集落も見えます。小さいですが棚田もありました。

バイパスは潮見の「しおなみ山の直売所」というところまでで、そこから恵那市の坂折棚田までは、細い山道を行きます。その途中の村もなかなか美しい。
 
 
 
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2014/07/13

2014年夏、撮影の旅(08) 滋賀県高島市 畑の棚田の「現代の猪垣」

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害獣の防護柵については、京都府の毛原の棚田でも触れましたが、畑の集落を回り込むように、横谷トンネルを抜けて朽木へ向かう山道を登っていくと、途中土砂崩れでトンネルまではいけませんでしたが、この道沿いがずっと防護柵に囲まれていました。

「現代の猪垣(ししがき)」と言いましたが、まさに集落をまるごと囲む大きな猪垣です。

近世以降イノシシやシカなどが農地へ入ってくるのをを防ぐ目的で作られてきた猪垣は、西日本に多いそうですが、石垣や土を積んで作ってあります。

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俺も何ヵ所か探したことがあります。上に掲載の写真は、大分県佐伯市蒲江の猪垣です。高さは2m50cmほどもあるでしょうか。立派な石垣の猪垣でした。

こちらは、三重県の熊野古道の猪垣を探したときの記事です。

2007秋、車中泊の撮影旅 (10) 紀北町、熊野市 「熊野古道」(2007/10/17)
 
 
 
 
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2014/07/12

2014年夏、撮影の旅(07) 福井県若狭町 熊川宿

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若狭と京都を結ぶ旧鯖街道の宿場です。

「若狭町熊川宿伝統的建造物群保存地区」という名称で、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。

何度かここの国道303号線は通ったことがありましたが、熊川宿に寄ったのは今回が初めてです。

平日の雨の日ということもあったのでしょうが、中国人観光客10人ほどが歩いているだけで、あとはまったく観光客らしき人がいません。静かに散策できたのは良かったですが、現代の宿場の賑わいも味わいたかったなぁというのが正直なところ。

 
 
 
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2014/07/11

2014年夏、撮影の旅(06) 福井県高浜町 日引の棚田

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内浦湾に面した斜面に約200枚の田んぼが広がっています。ここも「日本の棚田百選」に選ばれています。

前回訪ねたのは秋でした。今回は稲の緑が美しい季節です。しかも雨が降っていたのでますます緑色がさえます。

対岸に見えるのは、高浜原発。現在原発は稼働していません。
 
 
 
 
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2014/07/10

2014年夏、撮影の旅(05) 伊根町 舟屋の里

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新井の棚田から車で8分ほどのところにある、道の駅「舟屋の里伊根」の展望台からは、伊根湾に面した多くの舟屋を見ることができます。写真からも分かるように舟屋とは船のガレージのことで、船はそのまま海へ出ることができます。

伊根湾にはこの舟屋が230軒ほどあり、重要伝統的建造物群保存地区選定地にもなっています。

あいにくこの日は雨が降っていて見通しわるかったのですが、晴れていれば対岸の宮津市の方まで見えます。
 
 
 
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2014/07/09

2014年夏、撮影の旅(04) 京都府伊根町 新井の棚田

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京都府伊根町の新井(にい)の棚田。

上にあるのが雲形定規ふうの昔ながらの棚田。下(海岸沿い)にあるのが整備された直線的な棚田。

1999年の夏に「日本の棚田百選」が発表されて、俺は9月には30カ所くらいまわりましたが、そのときこの新井の棚田にも寄りました。

百選には選ばれてはいませんでしたが、当時買った地図には「千枚田」として載っていて、ついでに寄ってみたのでした。

そのとき、この上の棚田のあたりは今よりももっと荒れていたような気がします。

当時の日記には、地元のおじいさんから聞いたちょっと辛い話が書いてありました。

「ここは昔は浜辺までずっと棚田だった。村は半農半漁で、今はどちらも駄目になってきている。昔はごはんも何杯もお替わりしたが、若い人は食べなくなった。米がいらなくなった。百選になんか選ばれてもこのありさまではなぁ。恐らく5年後には棚田もなくなるし、魚も取れんようになる。」

棚田がなくなるというおじいさんの予想は外れましたが、「米がいらなくなった」は今もって同じ状態です。
 
 
 
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2014/07/08

2014年夏、撮影の旅(03) 京都府福知山市 毛原の棚田

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福知山市大江町は鬼伝説をテーマにした町づくりをしているそうで、毛原の棚田からさらに北へ車で5分ほどのところに鬼の交流博物館などもありました。

毛原の棚田は約600枚あり、「日本の棚田百選」に選ばれています。「棚田農業体験ツアー」や「棚田オーナー制度」を実施しているそうです。

復元された水車小屋もありました。農道を歩いていくと一番上には棚田解説のプレートと屋根付きあづま屋ができていました。ちょうどいいくらににまとまった棚田と集落が、隠れ里的な雰囲気を醸し出しています。

「DON'T TOUCH」のプレートが。英語でも書いてあるということは、外国人も来ているということでしょうか。ここだけではなく、今、棚田は害獣被害に苦しめられています。なので、田んぼの周りに柵を作って、高圧電流を流して、害獣の侵入を防いでいます。現代の「猪垣(ししがき)」です。
 
 
 
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2014/07/07

2014年夏、撮影の旅(02) 大阪府能勢町 長谷の棚田

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長谷の棚田を訪ねるのは10年ぶりです。

ここも「日本の棚田百選」に選ばれています。大阪から近いということもあって、大阪府民農園としての貸し出しも行われています。

棚田の様子も少し変わっていました。耕作放棄地ができていること。

棚田の脇の朝露に濡れたアジサイが美しい。
 
 
 

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2014/07/06

2014年夏、撮影の旅(01) お初天神通り商店街とお初天神で、七夕祭り

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今日、7月6日(日)、「お初天神通り商店街」と「露 天神社(通称 お初天神)」で、毎年恒例の七夕祭りを開催するそうです。写真は昨日撮ったもので、祭りの準備中でした。

お初天神通り商店街のHP:
http://www.ohatendori.com/tanabata/


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2014/07/05

『福井昭夫作品展』 7月7日から

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福井昭夫の個展は、7月7日からです。今日、飾り付けを手伝いました。

大阪近辺の人はどうぞお立ち寄りください。掲載の絵は、「中国雲南省 八宝の風景」です。
 
 
 
『福井昭夫作品展』

2014年7月7日(月)~12日(土) 11:00AM~7:00PM (最終日5:00PMまで)

マサゴ画廊
〒530-0047 大阪市北区西天満2-2-4 (裁判所西側の筋小山医院角入る)
06-6361-2255
 
 
 
マサゴ画廊の地図

より大きな地図で マサゴ画廊の地図 を表示


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2014/07/03

UNHATE(反嫌悪)広告のはずが、HATE広告になってますよ、ベネトンさん

140703(写真はイメージで、内容とは関係ありません)

ベネトンが尖閣諸島で変なCMを撮影したとネットで騒ぎ 中国人と日本人が一緒に楽しくビーチバレー!!!
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-209279/1.htm

こちらが謎の多い問題の広告。

Japan and China Volleyball Game on Senkaku Islands
https://www.youtube.com/watch?v=arSUUCgDwqs

と思ったら、削除されていました。昨日は見ることができたのですが。残念。さすがにこれはまずいとベネトン側も気がついたのかな。

キャプチャが残っています。

http://matome.naver.jp/odai/2140433444253079101

こちらに残っていました。(今のところ見れます)

https://www.youtube.com/watch?v=zAgTte_g7KA

この広告はベネトンの「UNHATE(反嫌悪)」広告だそうです。

しかし作った人間は、おバカですね。イタリア人かな? 中国人(言葉は北京語ではなかった)が出演しているようだったけど、まさか中国人がこんな自虐的広告を作るとも思えないし。

これは「嫌悪」を助長する広告になっています。「UNHATE(反嫌悪)広告」とうたいながら「HATE(嫌悪)広告」になっているのがブラックですね。

日本人が見てもいい気持ちがしない広告ですが、中国人はもっと怒るだろうな。タイトルには「Senkaku」しか入ってないから。まぁ、少なくとも「Senkaku」と呼んでいるので、日本の領土だと認めている人間が作ったのでしょうが。
中国人は「Senkaku」とは絶対呼ばないし、呼んだだけで激怒するわけだから。

もっとも中国人がこれを見ても何のことかわからない人が多いと思います。中国語で尖閣を「Jian Ge (ジェングー)」と発音するので、「Senkaku」では何のことやら。今は分かりませんが、山口百恵のことも中国語の発音で「シャンコウバイホエ」としか認識しないような人が多かったので。(ビデオ本編にははっきりと「尖閣諸島」と入ってますが)

ただし、実際に尖閣諸島で撮られたものではないということです。このことは日本の第十一管区海上保安本部も認めているそうです。

ベネトンもそそくさと削除したところを見ると、バカな広告作ったなぁと反省しているのではないでしょうか。まぁ机上の理想論は、観ていても気恥ずかしくなりますね。

昔、ライオンとシマウマが抱き合う某パチンコ業会社のCMがありましたが、その「こんな平和見たことがない」も同じような机上の理想論の気恥ずかしさを覚えました。

 
 
 
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2014/07/01

旧暦六月六日(7月2日)は、二十四節気「夏至」、末候「半夏生」

140701

明日、旧暦六月六日(7月2日)は、二十四節気「夏至」、末候「半夏生(はんげしょうず)」です。

略本暦(日本)での意味は、「サトイモ科である半夏(烏柄杓)という薬草が生える頃」だそうです。ということは、このドクダミ科である「半夏生(カタシログサ)」は関係ないのでしょうか? むしろ「半夏生(カタシログサ)」は、半夏生のころに咲くから「半夏生」と呼ばれるようになったというふうに解釈できそうです。ややこしい。

ただし、「ハンゲショウ(カタシログサ)という草の葉が名前の通り半分白くなって化粧しているようになる頃」(Wiki)という説もあるようなので、はっきりとはわかりません。

写真は智光山公園の半夏生です。葉が白くなりかけ、ということで、ここではまだ少し早いようです。南の方ではもっと葉が白く変わっているようです。

葉の裏側は緑色していて、白いのは上だけ。だから「半化粧」と呼ばれるという説もあります。

白く変色するのは虫をおびき寄せるためのものらしい。半夏生の花は、葉の付け根に伸びた穂状になったもの。花は小さく、葉のほうが目立ちますね。とくに葉脈が美しいと思いました。 
 
 
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