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2015/08/12

安全保障法制(とくに集団的自衛権)について、2つの理由で反対

150812_1(沖縄県 キャンプシュワブ)

150812_2(沖縄県 嘉手納基地)


物理学者のアインシュタインと、精神分析学者のフロイトの『ヒトはなぜ戦争をするのか?』(花風社刊、浅見昇吾編訳)は往復書簡ですが、この中で、「人間は闘争本能を持っている」ということで一致しています。

戦争は避けられないということでしょうか。「知性が高まり、攻撃本能が内に向けられれば、戦争をなくす方向に動いていくことはできる」と、表現は弱々しい。天才たちでさえ、戦争に対しては無力であるようです。

最近では、個人の闘争本能と、戦争とは違うという研究結果もあるそうです。いずれにしても、戦争を完全になくす方法は、今のところない、というのが現実でしょう。ただし、遠い将来は、「しないで済む」ようになるかもしれません。それはいつのことかはわかりませんが。

俺も戦争は反対だけれど、それでも「戦争になることはある」という現実だけは受け止めていようと思います。たとえば個別的自衛権で、しかたなく戦争にはなるかもしれません。「戦争しない」といって反撃しないというのはありえません。

大事なのは「戦争をしない」というよりも、まず「戦争になる状況を作らないためにはどうするか」ではないでしょうか。

だから「戦争反対!」を叫ぶのは何も意味してません。「そりゃそうだ」というだけです。なぜなら多くの安全保障法制賛成派だって「戦争反対」と思っていることだろうし。それと「戦争法案」とラベルの貼り換えはどうなんでしょうか。

ラベル貼りは物事を「0」とか「10」に単純化しすぎます。「0」か「10」か、ではなくて、正解は「2.3」なのかもしれないし「6.5」なのかもしれません。反対しているように見えて、結果的に賛成派に有利になってはいないでしょうか。

人間の脳の大きさについては前にも書いた気がしますが、「社会脳仮説」というのがあります。類人などの群れの大きさと脳の大きさ(体重に対する割合)は比例するという研究があります。社会が大きくなればなるだけ、情報処理する件数も増えていき、それに適応するため脳が大きくなったという説です。

複雑な人間関係を調整して、自分も生き延びて、他者も生き延びるという方法を考え出すのは、たしかにむずかしい。数が多くなればなるほど、その複雑さは増して、利害関係の調整は至難の業になるでしょう。その調整はたまに失敗します。その結果が「戦争」。

で、今回の安全保障法制(とくに集団的自衛権)はどう考えるのか?

俺は2つの理由で反対です。

まずひとつ目は、憲法違反の疑いがあること。

もうひとつは、アメリカという国への依存度が高まるのがあまりいい外交とは思えないからです。

憲法学者の多数が「違憲」あるいは「違憲の疑いあり」といっているのだから、これは違憲の可能性が高い。違憲でもOKというなら、それこそ時の為政者が何でもできてしまいます。憲法は為政者を縛る歯止めです。これが基本です。

安倍総理は「限定的」「戦争には参加しない」と言っています。でも、安倍総理が仮に本当にそう思っているとしても、安倍さんがずっと総理でいるわけでもなく、将来の為政者がどうするかはまったくわかりません。

まずはちゃんと憲法改正するならした後で議論すべきと考えます。歯止めが面倒だから変えてしまうというのはおかしい。面倒だからこその歯止めなのです。この面倒さは人間の知恵です。

内容うんぬんより、その前提条件でアウトなので反対です。

たとえば、選手のひとりが勝手にルールを拡大解釈して、手を使い始めたら、サッカーというスポーツが成り立ちません。

この大前提で反対なので、もうひとつの次の理由は付けたしみたいなものです。

アメリカが信用できないということです。アメリカ人には友人もいるし、決して個人個人のアメリカ人が信用できないということではありません。アメリカという国が過去行ったことから推測すると、どうも疑わしい点が多いのです。

たとえば尖閣諸島で何か起こったときも、アメリカがどうするかはまったくわかりません。

大量破壊兵器は無いのにイラクと戦争を始めたりもしています。自分が「悪」と思ったら「悪」にしてしまうような正義感に自己陶酔しているような「番長」と行動を共にする気にはなれないんですよね。たとえこの「番長」の腕っ節が強いく、子分になれば守ってくれるとわかっていても、「信用できない」という気持ちはなくならないんです。

今テロが世界中にはびこっています。アメリカがやっていることは、テロを少なくする方法とは逆のような気がします。アメリカとの同盟関係を強固なものにするということは、百歩譲ってもしかしたら中国などには効果があるとしても、今度はテロリストとのリスクは高くなってきます。とくに今まで築いてきた中東地域との友好的関係はどうなってしまうんでしょうか。中国は身近で隣国だから目立ちやすく、この脅威だけを考慮して判断しても、将来の日本の国益にはならないでしょう。

軍事アナリストの小川和久氏の話はわかりやすく参考にさせてもらっていますが、でも「戦後、米国の同盟国で国家主体から攻撃された国はない」というのはどうかな?と思います。専門家の「想定外」はこの数年でいやというほど見てきました。たしかに「今までは」そうかもしれません。そして、「テロという新しい型の戦争」には無意味なのではないでしょうか。「戦争はないがテロに怯える社会」というのは、はたして「平和」と言えるのか、俺は疑問です。

以上の理由で、少なくとも今の段階でアメリカだけに強く依存していく方向は、あまりいい外交姿勢とはいえないと思います。
 
 
 
 
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