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2016/06/11

2016年初夏の撮影旅(15) 【愛犬物語 其の二十五】 宮城県栗原市 龍国寺の「参宮犬石碑」

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宮城県栗原市金成町の龍国寺を訪ねてみようと思ったのは、こんなニュースを見たからでした。

「伊勢神宮の参宮犬石碑 宮城で発見」
(河北新報 http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201508/20150804_15005.html)

記事によると、

「三重県の伊勢神宮に参拝した犬の石碑が宮城県栗原市金成の寺院、龍国寺の参道にあるのを、動物信仰などを調べている宮城県村田町歴史みらい館副参事の石黒伸一朗さん(57)が見つけた。明治初期に建立された可能性がある。参宮犬の石碑は全国でも珍しく、東北地方で唯一とみられる。」

東北地方からも伊勢参りの犬が送り出されていたわけですね。ずいぶん遠いところです。

参道の入り口に10数基立っている古碑の中にありました。周りは馬頭観世音の碑が目につき、立てられたのも昭和、大正が多い中、この「白毛犬参宮」と彫られた石碑は、「明治六酉年」とあります。明治6年は西暦1873年で酉年です。

明治6年と言えば、ちょうど旧暦から新暦へと改暦した年でもありますね。文明開化の時代です。そんな時代に、まだ、「まだ」という言い方は適切ではないかもしれませんが、ワンコがお伊勢参りをしていたとは。

また碑には「飼人菊池新●」とあります。飼い主は菊池さんだったようです。

「菊池家で飼っていた白い毛の犬が伊勢神宮まで行き、戻った記念に石碑を建てた」と発見者の石黒さんは推測しているそうです。たぶんそうなんでしょう。

お寺の人に尋ねると、菊池家の人は、金成にはもう住んでいないということです。だから参宮犬についての情報はありませんでした。参宮犬を出すくらいなので、当時は裕福な家だったのではないかと想像できます。

それで、何かないだろうかと思い、今は歴史民俗資料館として公開されている旧金成小学校の校舎を訪ねました。明治期に建てられた和洋折衷様式の貴重な建物です。近くには、金成ハリストス正教会の建物もあります。以前も、この建物を撮影に、金成町にやってきたことがありました。すばらしい建物なのです、ふたつとも。

館長さんが親切に、栗原市に合併する以前の金成町史など調べてくれましたが、残念ながら龍国寺の文化財・古碑リストにも載っていませんでした。

ところで館長さんが面白い指摘をされました。伊勢神宮に近いなら人間が行けるけど、遠いところは難しいので、かえって遠いところから代参犬を送り出す意味はあるということ。それと、伊勢参り犬が「流行」していたとしても、その「流行」が地方に伝わる時間差があって遅い時期になったのではないか、ということ。そうかもしれないですね。

とにかく、こんな遠くから犬が伊勢神宮を目指して、無事に戻ってきたということに、江戸・明治時代のロマンを感じてしまうのは俺だけでしょうか。

まだ日本の犬が、西洋から入ってきた「犬を管理する」という考え方以前の状態でなければありえないできごとです。自由な犬が人と気ままに暮らしていた時代でした。
 
 
 
 
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