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2016/08/29

レオナルド・ディカプリオの映画 『レヴェナント 蘇えりし者』は西部劇の進化形

160829_1(根室市 ミズナラの風衝林)

160829_2(札幌市 アイヌ文化交流センター「サッポロピリカコタン」)

160829_3(松前城 シャクシャインの耳を埋めた「耳塚」)


レオナルド・ディカプリオが、ついに悲願のアカデミー賞主演男優賞に輝いた映画『レヴェナント 蘇えりし者』を観ました。音楽は坂本龍一が担当しています。

「レヴェナント(Revenant)」とはどういう意味か調べたら、「帰ってきたもの」「亡霊」などという意味だそうです。

【ここからネタバレ注意】

映像はすばらしいと思うし、とくに熊との格闘シーンはすごかった。それと雪の大自然。朝夕の時間帯だけで撮影した「暗さ」が独特の雰囲気を醸し出しています。これだけでも観る価値はあると思いますが、ストーリー自体は単純で、要するにこれは「西部劇」ですね。

息子ホークを殺された主人公グラスが執念で復讐を果たすというもの。これを「ネタバレ」とも言わないほど、ストーリー展開は予想通りで、結果もその通りになったので「西部劇」という感想になったのですが。

唯一「西部劇」の進化形だと思われる部分は、先住民族、ネイティブ・アメリカンの描き方が、単なる「野蛮人の敵」といった単純なものから、むしろ白人側の蛮行を描いたり、先住民族に人間味を持たせた部分(公平さ)にあると言えるかもしれません。

主人公の立ち位置がまさにこの部分に関わるもので、先住民族、ポーニー族の中で生活をして妻と息子と暮らしていたグラスは、だから白人と先住民族との懸け橋になっている人物なのです。

熊に襲われることを含めて数多くのトラブルに見舞われるグラスですが、その度になんとか生きのびます。驚異的なサバイバル術です。普通の人間なら完全に死んでいたでしょう。

「生」に対する執念はすさまじいものでした。これは「息子を殺されたことへの復讐心」が支えていたのかもしれませんが。「生」に特化した動物に成り切ったグラスの姿は神々しくもあります。

「西部劇」のような単純なストーリーだからこそ、主人公グラスの動物的な美しさが強調されているのかもしれません。

それにしても、いつも映画を観ると、その中の印象的なセリフを思い出すのですが、今回はまず、グラスの息子を殺した裏切者ジョンが言ったセリフを思い出しました。

それは自分がグラスを助けなかった裏切り行為を、「神が決めたことだ」と言うのです。これは自分の行為を正当化するための方便なのでしょうか。とするならば、ジョンも、少しは良心の呵責は感じているということなのでしょう。

「神」は、ずいぶん便利なものなんだなと思います。(皮肉を込めてですが)「神の御意志だ」と思えば、このようにすべての行為も正当化できてしまうんだなと。

そういえば、最後のシーンでも「神」が登場します。今度はグラスが言うセリフです。ジョンと闘ってとどめを刺そうとしたとき、「これは神に任せる」といったことを言い、自分では最後の最期、ジョンを殺さず「神に任せた」のです。結果的にジョンは他の先住民族に殺されてしまうのですが。「神が決めたことだ」と言ったジョンのセリフは、ブーメランのように自分の運命に帰って来たということでもあります。

ところで、この映画の舞台は1820年代初頭のアメリカですが、たぶん北海道でもこんなことが起きていたのではないだろうかと想像しました。先住民族のアイヌと和人の争いです。

舞台が寒いところなので、余計北海道を連想させたのかもしれません。実際1669年6月には、松前藩に対するシャクシャインを中心として起きたアイヌの大規模な蜂起「シャクシャインの戦い」というものもありました。
 
 
 
 
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2016/08/28

今日から二十四節気「処暑」、七十二候「天地始粛(てんちはじめてさむし)」

160828


「天地始粛(てんちはじめてさむし)」は、ようやく暑さが鎮まるといった意味です。

陽射しがなく雨模様で、気温が低め。だから今日に限っては、「天地始粛」で納得です。

それにしても、また台風とは。

気象庁によると、30日ころ東北地方から関東付近に接近し上陸する恐れがあるそうで、被害が無いように願うばかりです。

そのためにも備えが大切なのでしょう。最近言われ出しているのが「災害タイムライン」。

「タイムライン」 は取るべき行動、「いつ」、「誰が」、「何をするのか」を、前もって時系列で整理した「事前防災行動計画」だそうです。
 
 
 
 
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2016/08/27

「ミャンマー地震 バガンの仏教遺跡にも大きな被害」のニュース

120115_1

120401


8月24日、アマトリーチェなど、イタリア中部での地震被害がニュースになっていますが、ミャンマーでも地震がありました。

NHK NEWS WEB ミャンマー地震 バガンの仏教遺跡にも大きな被害

地震の震源地はパガンから30kmしか離れていなかったようで、パガンのパゴダ(仏塔)もいくつか被害が出ているようです。

ところで、バガンは世界三大仏教遺跡といわれています。他は、インドネシアのボロブドゥールと、カンボジアのアンコールワットですが、ふたつとも世界遺産に登録されています。

でも、意外なことにこのパガン遺跡だけは未登録です。どうしてなんでしょうか? それで調べてみました。

アセナビ「世界遺産に登録されない…世界三大仏教遺跡ミャンマーのバガンの悲劇」を見ると、

パガンがなぜ世界遺産に登録されないかの理由がわかります。

仏像の周りには、本来あるはずのない電飾が輝いているなど、原型を無視した修復の問題があるという理由がひとつ。たしかに俺も電飾は見たような気がします。

バガン地区内にゴルフコースを造った、高さが61メートルほどもある展望台を建てたなど、景色を壊してしまうようなことをしてしまったというのが二つ目の理由。

ただ、世界遺産に登録されないことが必ずしも「悪」ではないというところに俺も共感できます。

「世界遺産に登録されるということは、国際的に権威のある機関から価値が認定されることを意味し、多くの観光客が訪れる契機となることが多くあります。しかし、この認定は必ずしも現地の人に大きな価値のあるものではないのかもしれません。保護のために、建物内で線香を焚くことが禁止されるなど、いままでのように自由に参拝ができなくなることもあるのです。ミャンマー人からしたら、近代的なものを使って修復したとしても、「バガン」という遺跡自体は変わりないと思っているかもしれませんね。」

その通りだと思います。「遺跡」と呼んでいる時点でパガンを世界史の教科書にでも載せているような違和感はあります。パガンは地元ミャンマー人にしたら、過去の遺物という固定されたものではなく、実際日々の祈りの場所であり、刻々と変化する生きた文化施設であるとも考えられるわけです。

「オリジナル」とは何なのか、ということも考えてしまいますね。

世界遺産にならない方がいいかもしれません。個人的には、あんなにいいところが人が押し寄せる観光地になってしまうのもどうかと思いますし。
 
 
 
 
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2016/08/23

今日は、二十四節気「処暑」、七十二候「綿柎開(わたのはなしべひらく)」

160823


今日からは、二十四節気「処暑」の初候「綿柎開」です。

「処暑」は、暑さが峠を越えて後退し始めるころ、「綿柎開」は綿を包む萼(がく)が開くといった意味です。

これで暑さのピークを越えたのならうれしいですが、まだわかりません。

昨日は台風9号が首都圏を直撃しました。

外出していたので、夕方まで西武新宿線が動かなくなり、帰宅困難者になってしまいました。入曽と狭山市の間で線路が冠水したらしい。午後6時ころ運転再開しましたが、多摩湖線では土砂崩れが起こっていたらしい。

午後7時でも、近くの道路はまだ通行止めのところがありました。こんなことはここに引っ越しして13年ほど経ちますが、初めてのことです。

Wikiには、「二百十日・二百二十日とともに台風襲来の特異日とされている。」とあります。
 
 
 
 
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2016/08/19

NHK BSプレミアム『美の小壺』で「棚田」の放映

160819_1(長野県千曲市 姨捨の棚田)

160819_2(姨捨の棚田 田毎の三日月)

160819_3(姨捨の棚田 田毎の三日月)


以前NHK BSプレミアム「美の壷」で棚田特集がありましたが、その縮小版になる「美の小壺」が放送されます。

棚田の風景と棚田にかかわる多くの人々が登場し「棚田の美」をいろんな角度から探る番組でした。

「田毎の月」とはカメラ(鑑賞者)が動くことで全部の田んぼに月が映るということを実証したシーンもありました。番組スタッフは幾晩もかけて撮影に取り組んだそうです。

あるいは、カメラが動かなくとも、時間が経つと月が移動していくというように、時間の観念を入れないと、「田毎の月」のイメージが掴めません。

だから「田毎の月」は、固定されたものを鑑賞するのではなく、その場で全感覚を動員して味わう「体験」なのです。

短い放送時間なので、今回の「美の小壺」ではどのように編集されているのかわかりませんが、俺のインタビューの部分(もし入っていれば)は姨捨の棚田でロケをしたときのものです。

初回だけは放送日時がわかりますが、それ以降は不定期だそうです。

初回放送: 2016年8月21日昼12:45~12:50

http://www4.nhk.or.jp/tsubo/x/2016-08-21/10/521/2043543/
 
 
 
 
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2016/08/18

豊洲市場移転に対する新都知事小池さんの対応

160818(ゆりかもめの車内から撮影した新市場)


新東京都知事の小池さんの豊洲新市場移転に関する判断が注目されます。

新市場に予定通り移転するのか、それともここで立ち止まって移転時期を遅らせるのか、それとも白紙撤回してしまうのか。

小池さんも選挙前は、市場の豊洲移転についても、「ちゃんと情報公開します」と明言していましたが、おとといの視察風景を見ると、「あれっ?」と思うこともありました。取材陣をずっと遠くからしか取材させないのです。

移転反対派の業者のおじさんは、視察当日の今回の小池さんについて、

「選挙期間に来てくれたときの表情とは違う」

という言葉が印象的です。

市場に入っている業者の半数近くが反対する中での移転計画というのも、常識的に考えればなんだかおかしな話です。老朽化というのも確かにあるのでしょうが、安く建て替えするには豊洲の方がいいという、大家である東京都の財政事情のための移転であるらしく(ただ現在は移転したほうが費用が髙くなってしまいましたが)、関係者を無視して話が進むというのは、役所仕事では他でもままあることです。

豊洲市場移転問題だけではなく、そういった「ブラックボックス」で物事が決まることに切り込んでくれるのが小池さんだと思ったから投票した人も多かったのではないでしょうか。

おとといの取材の様子から、どうも「そうではないようだ」と見えてしまうのは俺だけではないと思います。都民のみなさんは「ブラックボックス」の解体のための情報公開を期待していると思います。小池さんの手腕が問われるところです。
 
 
 
 
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2016/08/17

今日は旧暦七月十五日「盂蘭盆」は古代イランがルーツ

130821_1(ゾロアスター教寺院「アーテシュキャデ」のアフラ・マズダ像(or フラワシ像))

130821_2(ゾロアスター教徒の聖なる火)

160817_1(ヤズド郊外、鳥葬の場に使った「沈黙の塔」)

160817_2(沙漠の街、ヤズド)


今日2016年8月17日は、七十二候「蒙霧升降(ふかききりまとう)ですが、旧暦七月十五日で「盂蘭盆」でもあります。

今年の暑さはお盆の時がピークになるという予報を聞いた気がしますが、台風一過で、これから猛暑日が続くのでしょうか。

ところでこれは去年も書きましたが、「盂蘭盆」のルーツは古代イランにあったという説があります。イランには美しい棚田があって、特別の親近感もあり、お盆がイランとつながることにそれほどの違和感がありません。

「盂蘭盆は、サンスクリット語の「ウランバナ」の音写語で、・・・(中略)・・・近年、古代イランの言葉で「霊魂」を意味する「ウルヴァン」(urvan)が語源だとする説が出ている。」
「日本では、この「盂蘭盆会」を「盆会」「お盆」「精霊会」(しょうりょうえ)「魂祭」(たままつり)「歓喜会」などとよんで、今日も広く行なわれている。」
Wiki参照)

明治6年の改暦前は、旧暦七月十五日の今日がお盆でした。明治6年の新暦に合わせる苦肉の策だったのですが(旧暦の日付はほぼ新暦から1ヶ月遅れだったため)、いまでは全国的に、新暦8月15日(月遅れの盆)が主流になってきました。(沖縄県では今でも旧暦の盆が主流だそうです)

本来なら「満月(に近い日)」がお盆だったのですね。それが新暦になって「満月」は関係なくなってしまいました。近代化は、夜の暗闇からの解放と言えるかもしれません。その代わり、先祖の霊や妖怪たちの居場所も失われてしまったということもあるのかも。

イランにイスラム教が入る前は、ゾロアスター教が信仰されていましたが、ゾロアスター教における霊的存在の「フラワシ」信仰が祖霊信仰と結びついたということらしいのです。

イランの南部の砂漠の街ヤズドには、ゾロアスター教寺院「アーテシュキャデ」があります。「火の家」という意味で、中には1000年以上も燃え続ける神聖な火が祀られています。また郊外にはゾロアスター教徒が鳥葬の場に使った「沈黙の塔」もあります。

車の「MAZDA」は、このアフラ・マズダに由来している話は前も書きましたが、命を助けられたボンゴフレンディが「MAZDA」なので、車もイランに繋がる(無理やり)ことで、イランにはますます親近感を抱いています。
 
  
 
 
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2016/08/13

今は「四年一昔」

160813(タイ南部のリゾート海岸)


オリンピックのさ中でも、世界各地でテロが起こっています。今度はタイです。

11日午後10時ころ、中部ホアヒンの路上で爆弾が爆発したそうです。ホアヒンはバンコクの南約200kmに位置した外国人も多い街で、タイ王室ゆかりの保養地でもあります。

今回のテロに日本人は巻き込まれていないようですが、タイ人・外国人が死傷しています。そのほかタイ南部で11日から12日にかけて、9件の爆発事件と5件の不審火が相次いだもよう。(当局は国際テロ組織との関連は否定しています)

俺も昔行ったことがあります。当時はバンコクの華やかな街から行くと、南部の街はイスラム教徒も多く、漁村などを歩くと貧しさを感じました。今はどうなのでしょうか。

この前も書いたのですが、4年前のロンドンオリンピックのときは「男女平等」がテーマで、イスラム教徒の女性選手参加が話題になりました。

その後世界の状況は変わりました。これだけテロが頻発する中でのオリンピックになるとは考えられませんでした。

結局爆発物ではなかったようですが、11日、オリンピックメイン会場のバスケットボール競技場内で不審物が見つかり、爆破処理されるという物騒なことも起こったようです。

4年というのは1時代の区切りになっているんですね。「十年一昔」とは言われましたが、もう今は「四年一昔」であるようです。オリンピックのテーマが時代を映し出しています。

ところで、平和のお祭りを象徴する今回の難民五輪選手団のひとり、シリア難民のユスラ・マルディニさんはどうなったかというと、女子100mバタフライで41位、女子100m自由形で45位でした。

一方、女子100mバタフライで4位に入賞した陳欣怡(チェン・シンイー)選手からはドーピングの陽性反応が出たそうです。ドーピングの問題も今回大きくクローズアップされたばかりなのに。

方や、出るだけで幸せな選手と、薬を使ってまでメダルを手に入れたい選手。あまりにも違った立場の両選手が同じプールで同じ100mバタフライで闘っているのも、また世界の縮図を見るようです。
 
 
 
 
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2016/08/12

今日は、二十四節気「立秋」、七十二候「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」

140812(これはミンミンゼミ)


今日から七十二候「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」です。

「ひぐらしなく」と読まれていますが、時期的には8月中旬だと、「ヒグラシ」ではなくて「ツクツクボウシ」ではないかという説もあるようです。広辞苑では、

「秋の末に鳴く蝉。ツクツクボウシまたはヒグラシの古称か。」

と書かれています。実はよくわかってないのですね。

ところで、昔タイのプーケット島へ取材に行ったとき、「キーン」という音がずっと聞こえていて、何だろうとガイドに聞いたら、蝉の声だったんですね。まるでチェーンソーか何かかなと思ったくらいな金属的な音、はっきり言って不快な音で、日本の蝉のイメージからは程遠いものでした。

詩人の伊東静雄著『羨望』には、

「蝉の声がやかましいやうでは 所詮日本の詩人にはなれまいよ」

とあるらしいのですが、これも「日本の蝉」の話ということになるでしょうね。とてもじゃないけど、プーケットの蝉の声に情緒を感じることはできませんでした。

情緒を感じる蝉の声と「雑音」との違いはなんでしょうか? 単なるその人の感性の問題なのか、文化の問題なのか、音の問題も不思議です。

プーケットの人間は、この蝉の声に季節を感じるのか、聞いてみればよかったと思います。
 
 
 
 
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2016/08/11

尖閣沖・魚釣島沖の領海、中国公船が侵入のニュース

160811_1

160811_2


最近は、尖閣沖・魚釣島沖の領海に中国公船が侵入するニュースが多いですね。

少しづつ少しづつ、じわりじわりと日本に近づいて来る中国公船の不気味さを感じます。

南シナ海での中国の海洋進出を巡って、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は中国が主権を主張する独自の境界線「九段線」に国際法上の根拠がないと認定したこでメンツを失った中国。今度は尖閣諸島周辺で活動を活発化するのでしょうか。

宗谷のタロ、ジロの話は先日書きましたが、宗谷の隣に船の科学館別館があって、そこには「にっぽんの海」の紹介コーナーがあります。尖閣諸島や竹島の地図やジオラマが展示してあります。

たまたまなのか、いつもなのか(休日だったからか)、見学者の半分以上が中国人だったので、宗谷の操舵室で子供に舵を握らせてスマホで写真を撮っていた家族に話しかけました。

「旅行ですか?」

あまり日本語はできませんでした。それで中国語で、

「どうしてこちらに見学に来たんですか? ここはそんなに有名な観光地ではないと思うので」

と言うと、

「日本で働いていて、このあたりに来たので覗いてみました」

とのこと。それほど目的があって来たというのではなく、たまたまらしいのですが、「何だろう?」と思うくらい数が多いのです。じゃなければ俺もわざわざ聞いてみたりしませんでした。

どうも、日本で働いて住んでいる中国人家族らしいのですが、ゆりかもめの車内でも、同じ様な年代の中国人家族が、子供を連れて乗り込んできました。もしかしたら、休日にはこのあたりに遊びに来て、情報交換するのが流行っているのかもしれません。

ただ中国人たちは、この尖閣諸島の展示物にはまったく関心を示していないようでした。尖閣問題はどうでもいいというのが日本に住んでいる中国人たちの本音でしょう。

問題が大きくなって「中国人排斥運動」など起こったら最悪だと思っているでしょうし。いや、その前に中国でまた「反日運動」が起こるでしょうが。
 
 
 
 
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2016/08/09

【愛犬物語百景 其の三十六】 東京都「船の科学館」  初代南極観測船「宗谷」のタロとジロ

160809_1(船の科学館の初代南極観測船「宗谷」)

160809_2(操舵室の計器)

160809_3(「宗谷」の樺太犬の部屋。タロ、ジロのぬいぐるみ)

160809_4(犬係の北村さんと再会したタロ、ジロ)

160809_5(南極地域観測50周年記念500円硬貨のタロ、ジロ)

160809_6(寄付をするともらえる見学記念カード)


東京都の「船の科学館」へ行ってきました。

初代南極観測船「宗谷」は、1956年(昭和31)11月からは日本初の「南極観測船」として活躍しました。展示されている「宗谷」に、タロ、ジロの部屋があります。(平成28年9月1日〜平成29年3月31日まで、工事のため一般公開が一時休止されます)

「宗谷」の見学自体は無料ですが、寄付をするとカードがもらえます。

天気が良くて暑かったということもあり、宗谷の船内は扇風機が回っているものの、汗だくになってしまいました。

でも、レトロな感じがなかなかいいですね。操舵室の各計器なども歴史を感じさせます。

船内の一部屋が樺太犬たちの部屋で、当時は暑さに弱い犬たちのために冷房も完備していたようです。そこに今は、タロ、ジロの可愛らしいぬいぐるみが展示されています。

タロ、ジロの話は有名ですね。置き去りにされたタロ、ジロは南極で1年後生きていることがわかった奇跡の話です。映画にもテレビドラマにもなりました。

『愛犬物語』として感動的な物語なのですが、不思議なエピソードがあります。

昭和33年2月、宗谷が流氷に阻まれて、動きが取れなくなりそうになり、ヘリで、昭和基地の隊員を救出することになりました。この時点では、すぐに第二次観測隊が来ることになっていたので、昭和基地にいた犬係の北村泰一さんは、犬ぞり用の樺太犬15頭の首輪をきつく締め、鎖につなぎ直しました。

でも悪天候によって、交替の第二次観測隊は来ないことが決定。残された犬について、隊員は、連れてこれないなら、いっそ殺しに行かせてほしいと頼みましたが、事態は深刻で、それもかないませんでした。北村さんたちは泣く泣く犬を置き去りにせざるをえなかったのです。

日本に帰った彼らは、「なぜ犬を見殺しにしたのか!」と大バッシングを受けます。北村さんも自責の念にかられて精神的にも肉体的にもかなり参ったといいます。

何も知らない人に限って言いたい放題ですね。それは今も変わりません。北村さんたちの気持ちを考えると胸が締め付けられます。「いっそ殺しに行かせてほしい」という切羽詰った気持ち、よくわかります。

そんなある夜、北村さんは夢を見ます。

南極大陸を走っている2頭の犬の夢です。それを見て「生きていたんだなぁ」と夢の中で思ったそうです。

そしてもうひとり、犬係だった菊池徹さんも、不思議な体験をしています。

全国に樺太犬たちの記念像が建てられて、そのひとつで弔辞を読むことになりました。

犬たちの名前を1頭づつ読み上げていきましたが、13頭までは名前が出たのに、14頭、15頭目の犬の名前が出ません。どうしても思い出せなくて、そのまま弔辞を終わりました。その2頭がタロとジロだったのです。

そして昭和34年1月、北村さんは第3次観測隊に参加して、南極で生き残っていたタロとジロに再会したのでした。

感動的な話であると同時に、不思議な話です。

ユングに言わせれば、北村さんの場合は「予知夢」というわけですね。

でも、ユングと違ってフロイトは予知夢には懐疑的だったそうで、フロイトだったらこう解釈するのでは?ということです。

北村さんは犬係だったので、15頭のそれぞれについては熟知していた。だから意識していないところで、タロとジロの生命力がほかの犬より強いことを把握していた可能性がある。だから夢で見た、と。(加えて、タロ、ジロは首輪の潜り抜けが上手だったらしい)

一方の菊池さんの場合も、無意識では2頭の生命力の強さをわかっていたので、「死んだはずがない」という気持ちが、名前を忘れさせた(名前を言いたくなかった)ということのようですが、どうなんでしょうか。

不思議な話ですが、それだけ北村さんや菊池さんの犬たちに対する愛情の深さを表すエピソードであるのは間違いないのではないでしょうか。
 
 
 
 
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2016/08/07

平和の祭典、オリンピック。史上初めて結成された「難民選手団」

160808

リオデジャネイロ・オリンピックが開幕しました。サンバのリズムと鮮やかな色彩が楽しかった開会式。

なんだかんだ言っても、「本番に間に合えばいいじゃないか」と言っていたブラジル人の言う通りかな。

ところで、オリンピックのことを「平和の祭典」と呼んでいましたが、今もそうなのでしょうか。

ジカ熱媒介する蚊はいる、テロに警戒しなければならない、警官と消防士がストをして治安は悪いと、これほど「行きたくない」イメージを与えられた大会もめずらしいと思います。

「平和」を維持するためには、かなりの労力が必要になってきました。

ものものしい警備体制の中を軍隊?に守られての聖火リレーには驚きます。聖火リレーは1936年、ナチス党が大会のPRと国威発揚を狙ってベルリン大会で行われたのが初めてでした。むしろナチス政権下での聖火リレーの方が平和に見えるというのも皮肉な話ですが。

こんな時代だからこそ、オリンピックを開催する意義があるのでしょう。

世界各地で戦争や紛争やテロが頻発し、病気や飢えで人が死に、地球環境が破壊され、いろんな混乱がありますが、オリンピックは「平和」を演じる祭りです。スポーツを通して、選手も観客もみんなで「平和」を積極的に演じてみようというわけです。

その象徴的なものは、史上初めて結成された「難民選手団」ではないでしょうか。そのひとり、18歳のシリア人、競泳女子のユスラ・マルディニ選手には注目したいと思います。

ちなみに4年前のロンドン五輪のときは「男女平等」がテーマでした。サウジの女性選手が注目されたことを覚えています。
 
 
 
 
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今日は、二十四節気「立秋」、七十二候「涼風至(すずかぜいたる)」

160807


どこが涼風至じゃ!?と文句を言いたくなる天候です。

一昨日あたりから急に、本格的な夏になって、軒並み気温も上昇しています。これからの1ヶ月、厭暑地帯の埼玉県人は、この暑さに耐えなくてはなりません。

さすがに動物は感覚が鋭いなぁと思えるのは、ヴィーノは、ぐったりと体を横たえる場所があるのですが、そこが一番涼しい場所らしいということです。

サンマも水温がわずかに1度違うと、それが不漁につながり、価格高騰につながるなど、やっぱり動物、いや植物もですが、わずかな温度を感知するその敏感さには感心します。

そうやって生き延びてきたんでしょうね。俺もその感覚を掴みたいと思いますが、思考がじゃまをして、1度の差を感じるのは難しい。
 
 
 
 
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2016/08/06

8月6日、ヒロシマ 

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イランへいったとき、よく「ヒロシマ、ナガサキ」のことが話題に出ました。俺から触れたわけではありません。イラン人の方から原爆の話をしてくるんです。そして、一様に、原爆を落とされた側の人間(つまり俺、日本人)なんだから、落とした側のアメリカは当然嫌いだろう、という感じで「反米」への同意を求める雰囲気がありました。

「原爆が落とされた」という理由で、「アメリカが嫌いだ」という日本人は関係者を除いて多くはないかもしれません。俺は、こういう日本人の事情をイラン人の前では言えませんでした。なぜか恥ずかしかったからです。原爆でたくさんの人間が殺されたんだから、怒って当然だ、というのが彼らの常識でしょう。

でも、オバマ大統領が今年5月27日、広島市の平和記念公園で原爆死没者慰霊碑に献花したとき、被爆者に直接会いましたが、被爆者の方が言っていたのは、憎しみは憎しみを生むだけ、許しが必要だと言っていたのが印象的でした。そうか、憎しみの連鎖は、結局現代社会でも問題になっているイスラム過激思想のテロや、核兵器の開発につながるんだなということです。だから日本人が、原爆を憎みこそすれ、アメリカ人を憎んでもあまり意味はないということなのでしょう。

でも、そこをわかってもです。この原爆投下について、アメリカ人は戦争を終結させたから正しかったと主張しているのを聞くと、やっぱり心穏やかではありません。これはアメリカ政府公式の説明でもあります。最近の若いアメリカ人の考えは変わってきているようですが。

まぁアメリカ人だって、原爆投下で大量に人を殺しておいて、平気な顔をしていられるはずがなかった。その罪悪感を抱えながら生きることなんてできなかったはずです。だから、「これ以上犠牲者を出さずに済んだので原爆投下は正しかった」と思い込むことが罪悪感から逃れる方法でもあったし、政府の説明は都合が良かったと言えるでしょう。

そもそも原爆なんか使わなくても、日本は戦争に負けていたし、戦争は終わっていたでしょう。だから原爆が唯一戦争終結のための必要条件だったわけではありません。原爆は「絶対的悪」なのです。

そして原爆はアジアの国だから落とせたということもあるでしょう。アメリカ本土からの距離(遠さ)もそうですが、「人種」の違う国だからです。

あのタイミングを逃せば原爆を実際に使ってみる機会を失うと恐れた、はっきり言って関係者の中には、「使ってみたい」と考えていた人間はいたでしょう。これからのソ連との戦争を想定して、原爆の被害がどうなるか知りたかったのかもしれません。実際アメリカは広島と長崎で原爆被害の詳細なデータを取っていました。

一方のソ連も9月ごろ広島を訪れ、原爆の被害を記録しています。最近その映像が公開されました。米ソが日本を舞台に、核爆弾の実験をやっていたのかと疑ってしまいます。

オバマ大統領は核兵器のない世界を目指すことを宣言しましたが、そもそも、「相手から襲われる」という恐怖の連鎖が核兵器拡大に繋がるわけで、それはまさにアメリカが現在抱える問題、銃社会と同じ精神構造にあると思わざるを得ません。

「相手から撃たれないために、銃を持つ」という発想です。この恐怖の連鎖を断ち切らない限り、銃も、原爆もなくならないでしょう。
 
 
 
 
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2016/08/03

村上龍著 『日本の伝統行事 Japanese Traditional Events』 日本人の「立ち位置」の再確認

160802


文:村上龍、絵:はまのゆか、英訳:ラルフマッカシーの『日本の伝統行事 Japanese Traditional Events』(講談社)の「田植え Planting Rice」のページに棚田写真を使ってもらっています。

この本には坂本龍一プロデュースの「日本の童謡と唱歌集」CDも付いています。

日本の行事が日本語と英語で紹介されていて、あらためて日本人が日本の行事を知るきっかけにもなるし、もしかしたら2020年の東京オリンピック・パラリンピックが意識されているのかもしれませんが、世界の人たちに知ってもらうきっかけになる本なのではないでしょうか。

「グローバリズム」とはよく言われることです。世界中がつながり、人と物と情報の行き来が活発になっている状態です。それとセットで現れてくるのが、村上氏も触れていますが、国家の枠の弱体化や共同体意識の喪失です。

ただ我々日本人の生活・文化が世界標準に飲み込まれていくということではない気がします。いやむしろ、ローカル文化を良く保っているからこそ、グローバリズムが意味を持ち、ローカル文化に価値が生まれると思うからです。

地元の文化を掘り下げていくことは、決してグローバリズムと逆行するものではないでしょう。

「立ち位置」と言ってもいいのでしょうか。世界の標準を知るためにも、そこからどれだけ離れているのか、変わっているのか、あるいは同じなのか、それを判断する基点になる「立ち位置」は必要です。

その「立ち位置」の定まらない人は、けっきょく、自己中心的で世界人にはなれないということ。自国・地元の文化も知らない人が世界の文化はわかるはずがないのです。

俺も日本の棚田の撮影をしていなかったら、日本のことは何も知らなかったでしょう。いまだに日本の文化を詳しく知っているわけではないので、自戒の念を込めて、また、そうなりたいという希望も込めて、こう書いておくのですが。

ところで、この本について、ひとつだけ惜しいと思ったのは「旧暦」についての記述が少なかったことですね。日本の伝統行事が旧暦といかに強く結びついていたか、そこのところを村上氏には書いてほしかったと思います。

村上龍氏は、この本についてこのような思いを書いています。

「『JTE』の制作中、まるで朝日が昇ってくるように、日本の伝統行事に対するわたしの基本的な態度が、自然に浮かび上がってくる瞬間があった。それは「敬意と愛情」で、通常だと言葉にするのが少し照れくさい感じもあるが、不思議なことに「日本の伝統行事」に対しては、素直にそう思えて、副題とすることにした。表紙で、綾瀬はるかさんのネイルに、ネイリスト・高橋春菜さんの、美しいデザインを配して副題を示し、『JTE』の理念を象徴させている。」

公式HPはこちら。

http://jte.ryumurakami.com/
 
 
 
 
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2016/08/01

今日は、二十四節気「大暑」、七十二候「大雨時行(たいうときどきにふる)」

160801(京都府大江町毛原の棚田)


二十四節気「大暑」の、七十二候末候である「大雨時行」です。

「時として大雨が降る」という意味ですが、最近の大雨は極端に激しくなってきた印象です。

昨日は、北海道の美瑛町東部付近と上富良野町付近で、それぞれ1時間に約90ミリの大雨が降りました。記録的短時間大雨情報が出たほどです。

夕方の「夕立」も、むかし経験した東南アジアでのスコールと似てきているなぁと。気候が亜熱帯化してきたせいでしょうか。地球規模の温暖化にあるとはよく言われていますが、本当はどうなんでしょうか。

各地で水の被害も多くなった印象があります。

排水路がコンクリートで固められたせいで、地面に浸透する雨の量が減りました。それで降った雨は大量に排水路に集まるようになりました。雨を早く集めて海に流すという発想らしいのですが、少ない雨ならそれで良かったのかもしれませんが、限界を超えるような最近の降り方です。

河川改修では宅地開発が進み、川幅も狭くなる傾向にあります。これでますます雨の行き場がなくなって被害が拡大してしまうということのようです。

それと、田舎では山林が保水力を失ったという問題もあります。大量の土砂が激流になって集落を襲います。棚田が雨水を一時貯める保水の効果はあるかもしれませんが、それも異常な降り方では対応できません。

亜熱帯仕様のあたらしい発想と対策が必要なのかもしれません。
 
  
 
 
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