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2016/09/10

【愛犬物語 其の三十七】 東京都 上野公園 西郷隆盛と愛犬の像

160910_2_2(東京上野 西郷隆盛と愛犬の像)

160910_1_2(東京上野 西郷隆盛と愛犬の像)


2018年のNHK大河ドラマは『西郷(せご)どん』になるそうですが、あらためて上野の西郷隆盛と愛犬の像にも注目が集まるでしょうか。

除幕式は、西郷さんの死後21年後の1898年(明治31年)12月18日に行われました。西郷さんの像は高村光雲作、愛犬の像は後藤貞行作。

この上野の西郷さんといっしょにいるのが、愛犬の「ツン」だといわれていますが、正確にいえば「ツン」ではないようです。

西郷さんのツンは、薩摩犬の雌犬でしたが、銅像を造ることになったときには、ツンはすでに死んでいたので、どの犬をモデルにしようか検討した結果、薩摩出身の海軍中将、仁礼景範が飼っている雄の薩摩犬と、桜島まで赴き現地の薩摩犬の写真を撮って参考にしたという。

犬好きだった西郷さんは、兎狩りをするために複数の犬を飼っていたそうで、ツンのほかに、カヤという犬もいました。

像は、腰に藁の兎罠をはさんで兎狩りに出かける姿です。愛犬には、いとこの大山弥助から贈られた首環(くびたま)と首綱もついていますが、これは考証と写実にこだわった後藤貞行が実物を見ながら作ったのではないかといわれています。

後日、犬の像が小さいと批判もあったようです。たしかに犬の姿は小さいかもしれません。何も知らなければ、犬を小さくすることで、より西郷さんを大きく見せているんだろうと考えてしまう人もいたでしょう。

像の制作中、高村光雲は大きさのバランスを考え、犬は実物より大きくしようと提案しましたが、もともと兎狩りで使う薩摩犬は小さい犬なので、写実にこだわった後藤は反対し、西郷像との実物大の比のまま作ったという。

ただ、俺たちは西郷さんの像の下から見上げるとき、犬が近くに見えるので、遠くから眺めない限り、そのアンバランスともいえる犬の小ささは気にならないとは思いますが。

それと西郷さんの像自体も頭が大きく造られているのは、ミケランジェロのダビデ像と同じく、下から見上げた時に自然に見えるように、ということのようです。

愛犬の像が、ツンと似ていたかどうかはさだかではありません。お尻の匂いで判断するのではなく、視覚重視の人間には、違いが判らないかもしれません。

いや、少なくともツンではないですね。と、いうのも犬の像をよく観察すると、おちんちんが付いているので雄なのです。モデルが仁礼景範が飼っていた雄の薩摩犬なので当然なのですが。

だから、犬の像は、「ツン」という特定の犬ではなく、「西郷さんの愛犬」ということなのでしょう。

ところで、犬の話以上に、西郷さんの像が、実際の西郷さんと似ている、似ていないで、いろんな話があることはよく知られています。

西郷さんは肖像画や写真が好きではなかったらしいので(暗殺を恐れたから、という説もある)、この混乱が生まれているのでしょうが、もう一件誤解が生まれた出来事があるようです。

それは銅像の除幕式の時、式に招待された西郷夫人は「あれは、主人ではない」と言ったそうで、そこから「似ていない」説が出てきたのでは?というのです。

でも、調べてみるとこれは、「着流しでうろつくだらしないおっさんじゃない」という意味で、「うちの人はこんな人じゃない」と言ったという話が、いつの間にか「こんな顔じゃない」になってしまったというのです。

当時西郷さんに関わった多くの人が顔は似ていると証言しているそうなので、「似ていない」というのは俗説だという話も。

こうなってくると、似ているのか、似ていないのか、俺にはわかりません。西郷さんが愛犬家だったということがわかればそれで満足です。

軍服姿ではなくて着流しの西郷像になったのは、「西郷から武人としての牙を抜き、犬を連れて歩く人畜無害な人物というイメージを民衆に定着させようとする、政治的意図が働いていた」という理由もあるようです。(「Wiki」参照)


写真を撮っていると、熱心に碑の「西郷隆盛の銅像の由来」を読んでいたおじいさんがいて、声をかけられました。

「日本のために闘っても逆賊となってしまう人たちはたくさんいる」

88歳になるというおじいさんは言いました。出身を聴いたら、福島県会津若松出身者でした。会津藩ゆかりの人なのでしょうか。

「勝てば官軍」と言われるわけですが、逆賊もまた日本を造ってきた人たちに違いないし、そういう人たちに思いをはせることも大切でしょう。

そして今、福島県の農産品が5年経ってもまだ、まるで汚いもののように(逆賊のように)一部が扱われることにも我慢がならないようでした。
 
 
 
 
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