« 平成29年(2017年)版 「旧暦棚田ごよみ」の予約を開始しました | トップページ | 今日は、二十四節気の「立冬(りっとう)」、七十二候「山茶始開(つばきはじめてひらく)」 »

2016/11/06

【愛犬物語 其の五十七】 兵庫県宝塚市 介助犬シンシアの像

161107_1

161107_2

161107_3

161107_4_2

161107_5


JR宝塚駅構内に「シンシア像」が置かれたのは、2015年3月14日のこと。

このニュースを覚えています。また新しい犬像ができたんだなぁと、その時思いました。それで【愛犬物語】のリストに入ったのでした。

シンシアの像は、JR宝塚駅の2階コンコースにありました。メスのラブラドールレトリバーです。実物大の像でしょうか。行きかう人々を見守っているような姿です。顔を見るとほんとうに賢そうですね。

シンシアは、「身体障害者補助犬法」の成立に尽力した介助犬なのです。その存在は大きかったと言えるでしょう。

以下、「子犬のへや」と「Wiki」から引用させてもらいます。

コンピュータプログラマーの木村佳友さんは1987年、オートバイ事故に遭い、首の骨を折って、手足を動かせなくなっていまいます。しかしその後の懸命なリハビリで、在宅勤務ができるまで回復し、宝塚市内で奥さんと暮らしていました。

木村家に「シンシア」がやってきたのは1994年のことでした。「シンシア」という名は、木村さんがアイドル歌手・南沙織のファンであることから、彼女の愛称にちなんでつけられたものだそうです。

シンシアは、最初はお転婆でしたが、東京都八王子の介助犬訓練所へ預けられてから、介助犬としての才能が開花します。

木村さんの行動範囲は広がりましたが、シンシアはどこでもペット扱いで、同伴を断られたといいます。それでも「世間における介助犬の認知度を高めよう」という使命感で、講演会など地道な活動を続けました。結果、マスコミにも取り上げられ、介助犬の認知度が上がっていきました。

1998年、毎日新聞社が介助犬の法的認知を訴えるキャンペーンを行ないました。新聞の地域面に掲載された連載「介助犬シンシア」は523回を数えます。

2000年には、住友生命が扱う介護保険のコマーシャルにシンシアが抜擢されます。さらに宝塚市が『シンシアのまち宝塚』を宣言したことで、介助犬の知名度がさらにアップしました。

そしてとうとう2002年には、介助犬の重要性を国が理解し、同年5月に「身体障害者補助犬法」が成し、民間や公的施設における介助犬の同伴が法的に認められることになりました。

シンシア像の後ろに立つ碑文「シンシアのまち宝塚」には、

「介助犬シンシアは、車いす生活を送る木村さんに寄り添い、ドアを開閉したり、落とした物を拾ったり、買い物へ同伴するなど、約70種類の言葉を理解して、暮らしを助けました。何より喜んでもらえることがとても嬉しそうでした。その姿は多くの人々の感動を呼び、法整備するためのシンボル的存在になり、2002年に「身体障害者補助犬法」が成立しました。視覚障がい者の盲導犬、聴覚障がい者の聴導犬、そして肢体不自由者の介助犬を身体障がい者補助犬と呼び、その存在が障がい者の権利として確立しました、世界中の人々が相手を思いやり、やさしく支え合うことが当たり前となる日が来ることを信じて、ここに「シンシア像」を置きます。平成27年(2015年)3月14日 宝塚市」

2006年3月14日、シンシアは静かに息を引きとったそうです。宝塚駅にシンシア像が置かれた日は、シンシアの命日だったのですね。
 
 
 
 
にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
にほんブログ村

|

« 平成29年(2017年)版 「旧暦棚田ごよみ」の予約を開始しました | トップページ | 今日は、二十四節気の「立冬(りっとう)」、七十二候「山茶始開(つばきはじめてひらく)」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 平成29年(2017年)版 「旧暦棚田ごよみ」の予約を開始しました | トップページ | 今日は、二十四節気の「立冬(りっとう)」、七十二候「山茶始開(つばきはじめてひらく)」 »