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2016/11/11

【愛犬物語百景 其の六十七】  大分県九重町 長者原 ガイド犬 平治の像

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ガイド犬、平治の像が、大分県九重町長者原にあることがわかりました。

町役場を訪ね、何か平治に関しての資料はないかと聞いてみました。観光センターの「長者原ヘルスセンター」に電話で聞いてくれましたが、当時を知るスタッフはもういないということでした。ちなみに、平治は九重町のユルキャラにはなっていないそうです。

長者原(ちょうじゃばる)は、阿蘇九重国立公園にあり、九重山群が望める高原です。タデ原湿原が広がり、木道が設置されていて、自然を楽しみながら散策することができます。

タデ原湿原は、九重連山の北側(標高約1000m付近)に位置しています。火山地形の扇状地にできた湿原は国際的にも重要な湿地であり、2005年11月に坊ガツル湿原とともに「くじゅう坊ガツル・タデ原湿原」として、ラムサール条約に登録されました。

ここで登山客を案内していたのが、ガイド犬平治(へいじ)です。Wikiを参照して概要を書いておきます。

平治はもともとは捨て犬で重い皮膚病を患っていました。平治の世話をしたのが、長者原ヘルスセンターで働いていた犬好きの荏隈保さんでした。

あるとき遭難しかかった夫婦が、長者原登山口まで導いてくれた平治にお礼として「その犬の皮膚病を治してやって欲しい」と金銭を置いて帰ったそうです。荏隈さんは皮膚病に効くとされる法華院温泉の湯の花を取り寄せて、平治の患部に繰り返し塗ると徐々に治っていき、同時に体も大きく成長していきました。

平治は最初、食べ物をもらうことを期待して、登山者といっしょに山へ登ることを覚えたらしいのですが、荏隈さんは「ガイド犬」としての才能を見出し、訓練することを思いつき、道を覚えさせたりしました。

山中で道に迷ったり負傷した登山者がいると、どこからともなく平治が現われて彼らを先導し、登山口や山小屋へ案内したこともありました。山小屋「すがもり小屋」を営む男性は「平治がしばしば危うい状況の登山者を連れて来た」と証言しています。

こうした「ガイド犬」の評判が九重連山を訪れる登山者の間で広まり、平治を目当てに登山に来る登山客もいました。

警察犬や盲導犬のような公的認定を受けた犬ではありませんでしたが、「山のガイド犬」または「ガイド犬」として知られるようになり、後に映画にもなりました。

1988年8月3日、平治は亡くなりました。前日まで登山客をキャンプ場まで案内したそうです。8月6日には約100名が集まって平治の追悼式が営まれ、当時の九重町長・高倉源八氏が弔辞を述べました。

1989年6月10日、平治の銅像が建てられました。これは生前の平治を知る登山客らの要望を受け、荏隈さんが町長や他の人々と協力して、大分出身の彫刻家・佐藤正八さんに造ってもらったものです。

平治の像は、「筑後川源流の碑」の近くにありました。登山者を案内する姿で、生前登った九重連山に頭を向けて立ってます。碑文はこう結ばれています。

”くじゅうを、登山者をこよなく愛した平治号の声が聞こえます 「くじゅうを美しく 今日も安全登山を」と”

こういう話を聞くと、和歌山県九度山町の「高野山の案内犬ゴン」や、俺がフィリピンで出会った子犬を思い浮かべます。

それは3頭に共通項を感じるからです。いや、もっと言えば、「おかげ犬」や「こんぴら狗」にさえ、それを感じます。

犬にとって、「人といっしょに歩く」というのは習性なのではないでしょうか。自然なことなのです。平治も最初は荏隈さんが教えたわけではなく自分から登山客と歩き始めたようです。

こういう犬が特別に見えるとしたら、今では自由に歩ける犬がいなくなってしまい、犬が自然に行動するところを見る機会が減ってしまったことも原因なのではないかなと考えてしまいます。

だから、ゴンも、平治も、自由に歩けた幸せな犬だったということは間違いないでしょう。そして、人間にとってもいっしょに付いてくる犬には親しみを感じるし、楽しい気分にもなってきます。犬と人間、双方にとって、気持ちよいことなのです。

飛躍しすぎかもしれませんが、もしかしたら、こういった犬の習性があったから、人間が犬といっしょに暮らすようになったのでは、とさえ思います。すべてではないにしても、理由のひとつではあるでしょう。

オーストラリア先住民アボリジニーには、「犬のおかげで人間になれる」という言葉があるそうです。

奥が深い言葉だなぁと思いますが、犬がいなかったら今の人間はなかったし、犬もまた人間と暮らさなかったら、今の犬ではなかったかもしれません。

互いが互いを必要とし協力しながら暮らす仲間です。けっして一方的な愛玩道具ではありません。そして違う種でありながら家族という集団を築ける、これは奇跡といってもいいでしょう。
 
 
 
 
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