« 【愛犬物語百景 其の六十五】 香川県高松市 法然寺の白犬塚 | トップページ | 【愛犬物語百景 其の六十七】  大分県九重町 長者原 ガイド犬 平治の像 »

2016/11/10

【愛犬物語百景 其の六十六】 愛媛県松山市 「潮見の宝 目の見えない犬ダン」の像

161109_21

161109_22

161109_23

161109_20

161109_24


「目の見えない犬、ダン」の像は、小学校の敷地内にあります。なので、まず学校に電話して、犬像を撮影させてもらえるかどうか尋ねました。

結果、校長先生のご厚意で撮影することができました。校長室にはダンの絵や写真、ダンを拾った少女たちの記事が載った新聞などが飾られていました。それとダンの物語も。

松山市立潮見小学校の公式HPにも、その物語「潮見の宝、目の見えない犬ダン」についての記述があります。そこから概要を引用させていただきます。

平成5年の夏、吉藤団地に住んでいる石井希さんと久保田望さん(当時5歳)は団地の横の川に捨てられている段ボール箱を見つけました。

箱はかすかに動き、中に何かがいるのです。二人は、団地の自治会長の坂本義一さんに頼んで拾い上げてもらいました。生まれて間もない白い子犬です。ぶるぶる震えていました。よろよろ立ち上がりましたがくるっと回って倒れたのです。

「この犬へんだぞ。きっと目が見えないんだ」

と、坂本さんは心配しました。

二人の少女は、犬を飼ってもいいかお母さんに相談しましたが、だめでした。団地では動物を飼えないのです。

「盲導犬は、目の見えない人を助けてくれるのに、目の見えない犬は、どうして捨てられるの」

と、坂本さんに訴えました。坂本さんの度重なる呼びかけや少女たちの熱意は、ついに周囲の人々の心を動かし、団地で預かるようになりました。子犬は、団地で飼うので「ダン」と名付けられました。

平成8年、潮見小学校の2年生になった二人は、ダンのことを紙芝居にしました。これが、「愛媛子ども文化研究会」の紙芝居コンクールで最優秀となり、その発表会の様子が新聞やテレビで報道されました。その二人の姿は多くの人々の心を動かしたのです。

平成10年頃から二人の少女と目の見えない犬との心温まる話は、新聞や雑誌で紹介され全国から手紙やお金が届き始めました。そのお金で、潮見小学校の児童会を中心としてダンの新しい小屋づくりを全校で取り組みました。やがて、児童のアイディアを生かした立派な犬小屋が、坂本さんの手で完成しました。

その後も坂本さんや二人の少女のことは、テレビや新聞などで報道され、全国の人々に感動や生きる力を与え続けています。

平成12年の春、この話は道徳の教材として取り上げられました。また、平成13年には、『目の見えない犬ダン』という単行本(大西伝一郎作)として出版されました。その後別の作家による物語や映画などにも取りげられました。潮見小学校では、全校行事の「ふるさと潮見めぐり」や3年生の道徳としてダンとの交流を図ってきました。

平成17年、潮見小学校創立130周年記念事業として、石でダンのモニュメントを造り除幕式を行ったり、全校児童による「ダンちゃんおめでとう集会」を行ったりしました。

平成18年11月15日、ダンは13歳という犬としては長寿を全うして亡くなりました。

この物語が道徳の教材として取り上げられることになったのは、「命の大切さ」と「規則を守る」ことの葛藤があるからです。命の大切さや、命の平等を考えることはもちろんのことですが、団地には規則があり、規則は規則としてちゃんと守らなければならないということもあります。

とくに道徳のような授業は、正解というものはありません。子供たちがいろいろ話をして考えることに意味があります。単に「かわいそうな犬を救った美談」ではないところが重要なのではないでしょうか。

そして坂本さんや少女たちの熱意は、ついに周囲の人々の心を動かし、ダンを飼うことができるようになりました。人の熱意が周りを動かすという意味でも、このダンの話は教育的なのかもしれません。

校長先生に案内してもらい、ダンの像まで行ったとき、先生は、「ここにはもうひとつ面白いものがあるんですよ」といいました。

それはダンの像にも近い、正門を入った正面の4階建ての校舎脇にありました。約17 メートルの大きな1本のイトスギです。

イタリアのソルフェリーノの丘は、国際赤十字誕生のきっかけとなった場所ですが、そこに群生していたイトスギが、赤十字のシンボルになりました。

昭和34年、日本の赤十字百周年を記念して、イタリアのソルフェリーノの丘で採取した種子が全国に配られたそうです。

潮見小学校のイトスギは、昭和38年、青少年赤十字の加盟を記念して植えられました。四国では、潮見小学校ともう1本植えられましたが、それは枯れてしまったそうで、平成元年に確認されたソルフェリーノの丘を起源とするイトスギは、日本全体で50本、愛媛県ではこのイトスギだけだったそうです。

現在、潮見小学校のイトスギの種子から育った苗が、愛媛県下の幼稚園・保育所・小中学校・病院など約60か所に植えられています。

先生は言いました。

「ダンは”思いやり”のシンボル、イトスギは、”真っ直ぐ”、”たくましさ”のシンボルなんです。子供たちにも思いやりがあってまっすぐたくましく育ってほしいですね」
 
 
 
 
にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
にほんブログ村

|

« 【愛犬物語百景 其の六十五】 香川県高松市 法然寺の白犬塚 | トップページ | 【愛犬物語百景 其の六十七】  大分県九重町 長者原 ガイド犬 平治の像 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 【愛犬物語百景 其の六十五】 香川県高松市 法然寺の白犬塚 | トップページ | 【愛犬物語百景 其の六十七】  大分県九重町 長者原 ガイド犬 平治の像 »