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2016/11/15

【愛犬物語百景 其の八十一〜八十三】 秋田県大館市 多茂木神社の犬神様、老犬神社の忠犬シロ、忠犬ハチ公の生家

161114_1_2(大館市 多茂木神社)

161114_2_2(大館市 多茂木神社)

161114_3_2(大館市 老犬神社)

161114_4_2(大館市 老犬神社)

161114_5_2(大館市 老犬神社)


161114_6_2(大館市 老犬神社)

161115_19(大館市 忠犬ハチ公の生家)

161115_1020(大館市 忠犬ハチ公の生家前の「ハチ公トイレ」)


秋田県大館市は、忠犬ハチ公が生まれた町でもあり、秋田犬の故郷です。

郊外の2つの神社には犬にまつわる伝説が残っています。

多茂木神社と老犬神社です。

まず、多茂木神社に残る伝説について、秋田県立図書館のHP「犬神様」から引用させてもらうと、

「昔、長走部落には守護神がなかったので、ある年、弘法大師が巡歴したとき、「神様を授けてください」とお願いした。

それから半年ほどして、めずらしい1匹の白い犬が村に来て、はずれの多茂木(たもき)の洞穴に住むようになった。村人たちは、この犬を犬神様と呼んでていねいに扱った。

ある年の夏、大日照りが続き、川は干上がり、田面が裂けるようになったので、犬神様にお願いに行った。すると、「私たち親子を祀ってから、あの滝壺の中に投げてくれ」と言ったが、犬神様を生きたまま投げることはできなかった。

その話を聞いた山師たちは祀りもしないで、親子の犬を滝壺に投げてしまった。すると大雨が降り、大洪水となった。しかし村の田畑には被害がなく、大豊作になったが、山師たちの木材は流れるどころか、川底に沈んでしまった。

村人たちが川底を探したら、犬の親子が抱き合っているような形をした立派な石があったので、これこそ犬神様の化身であろうと拾い、祀ることにした。これが多茂木神社で、村人たちは犬神様として今でも信仰している。」

という物語です。

多茂木神社は、市内から北へ10kmほど行った山際にある集落、長走にあります。大きな神社ではありませんでしたが、立派な狛犬が奉納されています。尻尾が太くてピンと立っているのは、犬っぽいのですが、どうなんでしょうか。

山の方からきれいな水が流れている水路があって、地元のおばさんが畑から採ってきた野菜を洗い始めました。昔からこの水路で洗い物をしていたそうで、かつては飲み水としても利用していたということです。

おばさんによると、この神社には馬頭観音も祀られていて、お犬様も祀られているのはもちろん知っていますが、ご神体は見たことはないそうです。

旧暦の4月1日には、紅白の餅をついて、犬神様や馬神様にお供えします。他に、新暦の正月のとき、大晦日と元旦にも神社を開けて、地元の人が集まっているそうです。
 
 
 
もう一カ所は、老犬神社です。

老犬神社は、大館市葛原の山腹にあります。一の鳥居からうっそうとした山道を上って行きます。本当にこの先に神社などあるのだろうかと、少し不安になったとき、大木の間に神社の屋根が見えてホッとします。

現在の社殿は昭和11年7月18日未明の火災で焼失した後改築したものです。

老犬神社には「シロ」という忠犬物語が残っており、そこに登場する「シロ」が祀られている神社です。この物語は実話であるとされています。その証拠に物語に登場する狩猟免状などが今も残されています。

大館市のHPには、「老犬神社(ろうけんじんじゃ)」にまつわる忠犬シロの伝説について書いてあります。

「その昔、鹿角市大湯(旧南部領)に代々定六と名乗るマタギが居り、先祖の功によって領主から天下御免の狩猟免状(他の領内はもとより、寺社内でも猟が認められる書状)が与えられていました。定六には、シロという飼犬がいて、狩猟のよき協力者でした。

ある寒い冬のこと。定六とシロはカモシカを追って、鹿角境を越え三戸城の近くまでいきましたが、獲物を見失い落胆していました。愛犬シロに励まされ帰路につこうとした矢先、突然数人の男に取り囲まれました。男達は三戸領の役人で、領内で発砲した罪で定六を捕らえに来たのです。定六は天下御免の狩猟免状を見せようと懐中に手を入れようとした瞬間、不覚にもその日に限って、狩猟免状を忘れて来たことに気付きました。日頃無口であった定六が一心に事情を釈明したものの、聞き入れてはもらえず、定六は役人たちに強引に捕らえられ投獄されてしまいました。

捕らわれた定六は、免状を取ってくるようシロに繰返し語りました。するとシロはブルブルと大きく身震いし、暗闇の中に消えて行きました。

シロは家にたどり着くと、定六の妻に向かってせわしなく吠えましたが、彼女には何のことか判りませんでした。

再び定六の元へ戻ったシロに、定六は免状を取ってくるようその場所を何度も語りました。そしてシロは疲れた体を休めることなく、また十幾里の雪の山河を家へと駆け戻り、免状の置き場所である仏壇の下で激しく吠えました。ようやく定六の妻は免状のことと思い当たり、慌ててそれをシロの首に結び付けました。

しかし、シロが精魂を尽くして三度、定六の元へ駆け戻ったときには、すでに定六は処刑されており、亡骸が無惨に横たわっていました。

その夜以来、森の山頂からは幾夜幾日となくシロの悲しい咆哮が三戸の城下に響きました。やがて、この地方には天変地異がおこり、定六の処刑に関連した人々は無惨な死を遂げたといいます。

その後、所払いを受けた定六の妻とシロは秋田領十二所館に近い葛原に移りましたが、いつからかシロの姿が見えなくなり、ある日白骨化した死骸が近くの丘で発見されました。この後、武士が馬でこの丘を通りかかると突然馬が暴れだし、落馬して大けがをする、ということが幾度となく繰返されたため、村人は主を殺した武士に対するシロの怨念だと恐れ、供養しようと山腹に神社を建ててシロを祀りました。」

必死で戻ったシロでしたが、主人は処刑されたあとだったんですね。悲しい話です。

このあと、北秋田市の阿仁マタギの里を訪ねたことはすでに書いたとおりです。

犬とマタギは切り離せない間柄です。

資料館には、マタギの由来と権利を記した巻物「山立根本之巻」が展示されていました。これを持っていれば、藩を越えても山で猟ができたというものですが、定六が忘れて、シロが必死に届けようとしたのも、この巻物でした。
 
 
 
忠犬ハチ公も秋田犬ですが、ハチ公の生家も大館市にあります。

大正12年11月にこの斎藤義一宅で生まれ、生後50日ころ上野博士のもとへ送られたそうです。

家の前には、ハチ公像と碑が立っていますが、道を挟んだ反対側には、「ハチ公トイレがあります。犬型をした建物で、遠くからでもわかるユニークな公衆トイレです。観光客のためなのでしょうか。
 
 
 
 
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