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2016/12/29

ボクは夢の中では天才かもしれない

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ヴィーノは良く眠りますね。周りの気配に起きてるので、熟睡している時間は少ないのかもしれませんが。

熟睡しないのは、周りに敏感であることが、敵の発見を速めて、生き残る確率を上げるということなんでしょうが。眠りが浅いのでヴィーノは夢もよく見ているようです。

とにかく犬を見ていると、眠るために生まれてきたのでは?とさえ思うくらいです。

ライオンも寝て過ごす時間が長いですが。それは狩りに使うエネルギーを蓄えるために、日ごろは無駄なエネルギーを使わないようにしているのだそうです。

おそらく犬(ヴィーノ)も、そんな狩りの習性が残っているものと思われます。

人間も含めて犬も「動物」と呼ばれるくらいなので、覚醒し、意識を持って活動しているのが本来の「動物」の姿であって、無意識状態で眠っているときの姿は、たんなる「休憩しているにすぎない」と考えるのが普通ではないかと思います。

でも、もしかしたらそうではないのかもしれないのです。

「脳」の立場(そんなもんあるか?)になってみたらどうでしょうか。そうすると、エネルギー消費が大きい脳は、別に、起きていなくても活動はできているわけですね。

脳の持ち主の知らないところで、ずっと活動しているのが脳です。俺たちは、自分の脳の活動のすべてを意識しているわけではありません。自分でありながら、知らないことだらけです。眠っていたらなおさらです。

前から気になったことですが、「ひらめき」というのが、たまに生まれますよね。

それは突然生まれたかのように感じていますが、そう感じているのは、俺の意識だけで、無意識では、ずっと考えていたことなのかもしれないのです。

夢の中ですでに考えていたことを、起きているときに改めて、突然、何かの拍子で思い出すことではないか、と想像するわけです。それが「ひらめき」ではないかと。

だから「天才」と言われる人は、無意識で考えていたことを意識化できる人で、「凡人」と呼ばれる人は、意識化できない人なのかもしれません。

夢の中ではみんな「天才」であっても、意識レベルで優劣が現れるのではないかなと。
 
 
 
 
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2016/12/27

羽田圭介著『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』と、ドラマ『ウォーキングデッド』のゾンビ

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芥川賞作家の「又吉じゃない方の」羽田圭介氏が受賞後初めての作品を発表しました。

『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』というタイトルですが、日本にゾンビが現れたら?といった内容らしく(まだ読んでいませんが)、ちょっとだけTVで紹介されていて、それがちょうど今観ているテレビドラマの『ウォーキングデッド』と繋がるので、思いを書いてみようかと。

日本でゾンビが現れたら、怖がられるよりも、むしろ気持ち悪るがられるか、笑われるか、という羽田圭介氏の指摘は、まったく俺も同感です。

どうも、俺はだめですね。この「ゾンビ」という存在は。

ダメというのは、怖いとかいう意味ではなく、むしろ、笑ってしまうし、リアリティを感じないのです。気持ちは悪いけれど、怖くはないのです。

だからゾンビが出たとたんに、映画やドラマには、入り込めなくなってしまう。だったらなぜ、今『ウォーキングデッド』というゾンビ・ドラマを見ているかという理由は、あとで書くことにして、まず、どうしてゾンビにリアリティを感じないのでしょうか。

日本はだいぶ昔に土葬は行われなくなり、火葬になって、「死体」がそのまま存在している状況がなくなったことも関係していると思います。

火葬してしまうので、死体そのものがまずないし、それが生き返るという状況はありえないのです。

だから死体を伴わない、幽霊は怖いです。怖いのは「物」に対してではなく、「心」のありようなのです。幽霊を見るから怖いのではなくて、怖いから何でも幽霊に見えてしまうということでもあります。極端に言えば、「幽霊に見たいから見えてしまう」と言ってもいいかもしれません。

だから怖いものは、すごく文化に関わっていて、国や民族によって違ってきます。日本でならそれは幽霊、そして土葬の国ではゾンビ。

ゾンビは、死体です。動いてはいますが、もう死んでいます。死んでいるから「人間」ではありません。人間ではないから、ゾンビを殺しても罪悪感は生まれません。「ゾンビを殺す」という表現もおかしな話ですが。死んでいるものは、もう殺せないはずなのに。

そしてゾンビが出てきてしまうと、物語がすごく単純化してしまうということもあります。

でも、『ウォーキングデッド』を観続けているうちに、このドラマになぜ「ゾンビ」なのか、だんだん分かってきました。

宇宙人やエイリアンではなく、また、危険な猛獣でもなく、また、目に見えない細菌やウイルスで人が死ぬパンデミックでもない、ゾンビ。

ゾンビは、見た目が「怖そう」ですが、動きが緩慢です。走ったりできません。このスピードがちょうどいいという点。ヤラれそうになっても、ぎりぎり助かるスピードです。気を抜くとヤラれてしまいますが、いっしょうけんめいやれば、生き抜けるという、ちょうど良い「障害」になっています。

そういう「障害」がある世界で、どうやって生き抜くかというサバイバルドラマでもあるし、夫婦、親子、友人関係の人間ドラマにもなっています。一番怖いのは、人間でした。

ゾンビのほど良い「障害」にはまってしまったのです。
 
 
 
 
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2016/12/23

『愛犬物語』執筆中

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愛犬物語、今まで取材してきたところは100か所以上になりますが、ここから約70ヵ所くらいに絞ってまとめているところです。最終的には、55か所くらいになるかもしれません。

新しく、取材しなおしたところもあります。

「蔵前神社”元犬”の像」とか「麹町の”甲斐犬”像」とか。

建てた人に取材して、像を作ろうとしたいきさつなどを聞きました。意外な話も聞くことができて「へ~」てなもんですが、やっぱり犬像の背景にはいろんな話があるんだなぁと今さらながら面白いと思います。

鹿児島県の藤川天神では、馬頭観音の御札を授与していますが、そこに刷られていた子牛の姿を、てっきりチベット犬の子犬の姿に見てしまいました。

いよいよ「棚田病」が来てしまったかなと思ったのですが、今回は「犬」の姿なので、さしずめ「犬像病」とでも言っておきましょうか。「犬病」では、「狂犬病」に間違えられそうだし。

とにかく、何でも「犬」に見えてしまうようになりつつあるのを感じるのです。まだ軽症だとは思いますが。

認知心理学に、「ポップアウト効果」というのがあります。似たような図形(文字)などが並んでいても、そこからある特別なものだけ探し出すことができるときがありますが、そのとき、「目に飛び込んでくる」現象です。

関心があること、意識を集中しているから(注意しているから) 「ポップアウト」は起こるわけで、この半年はずっと「犬像」だけを考えてきたので、当たり前と言えば、当たり前なのです。

人が「見る」というのは、「目(網膜)で見る」だけではなく、「頭で見る」ということでもあるのです。同じものに目を向けても、人によって印象が違うのは、「頭で見ている」からであって、それこそが個性と言えるかもしれません。

一応、あと1か月で原稿は書き上げるつもりなので、書籍として出版されるのは、3月か4月頃になるのではないでしょうか。
 
 
 
 
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2016/12/21

今日は、二十四節気「冬至」、七十二候「乃東生(なつかれくさしょうず)」

150622(夏至のころの「靫草(ウツボグサ)」、別名「夏枯草(カコソウ)」)


冬至は、北半球では一年のうちで昼が最も短く、夜が最も長くなる日です。

「旧暦」にかかわって、いろいろと調べていて、なるほどと感心することがあります。

その中のひとつ、冬至・夏至が暦作りをする上で、重要な発見だった、という話があります。

大昔の人たちは、太陽が1年かけて変化していることよりも、月が1ヶ月で変化していることにより容易に気がついただろうということは想像できます。月は毎晩形が変わっていくことは肉眼でもわかるので。

だから現在、世界中のいろんな暦がだいたい1ヶ月が30日前後という暦です。

これは偶然ではなくて、おそらく旧暦のルーツでもある太陰暦(月の満ち欠けを周期とした暦)が先に作られて、その後、太陽暦に変わっても、それが踏襲されたということらしいのです。

一方、月の満ち欠けの周期に比べて、太陽の運行を基にした冬至や夏至というのは、かなり注意深く、かつ長年にわたって観察しないとわからないものでした。精密な機械や時計がなかったのでなおさらです。

でも、だれかいたんでしょうね。粘り強い観察者が。いや、その当時の支配者の命令だったかも知れず、逆らえなかったのかもしれませんが。天体の動きを正しく把握し、予想して、人民に安寧を約束するのが支配者の役目でもあったし、義務でもありました。天体の未来を予想する暦作りは、支配者には重要な仕事だったのです。

いずれにしても、毎日、毎日、棒を立てた日時計のようなもので、昼ころ、太陽の影の長さを測って、その日、一番短かくなったときの長さを記録する。それを何年も繰り返して、ようやく規則性みたいなものに気がついたことでしょう。気の遠くなるような作業ですね。

棒の影が一番長くなる日(冬至)と、一番短くなる日(夏至)と、冬至から冬至までの間隔が、365日くらいであることを。1太陽年の発見です。

新暦(グレゴリオ暦)の1年の元旦と、クリスマスが、冬至の日に近いことも偶然ではないそうです。

冬至を1年の始まりにした暦がありました。それと、冬至を祝うところは多く、実はクリスマスも冬至祭が起源だそうです。

冬至には、特別な意味がありました。

「一陽来復」という言葉には、陰の気が極まって陽の気が生じるという意味があり、冬至のことを指す場合があります。「悪いことが続いたあと、ようやく物事がよい方に向かうこと」という意味もあるそうです。(デジタル大辞泉参照)

「二十四節気」の冬至は次の3つの「七十二候」(略本暦)に分かれます。

●初候 乃東生(夏枯草が芽を出す)

●次候 麋角解(大鹿が角を落とす)

●末候 雪下出麦(雪の下で麦が芽を出す)


冬至の対に当たるのが、一年で最も昼が長い日「夏至(げし)」です。そして夏至の初候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」で、これも「乃東生」と対になっています。

「乃東」というのは、「靫草(ウツボグサ)」のことで、冬至のころに芽を出し、夏至のころに枯れることから別名「夏枯草(カコソウ)」といいます。写真は夏至のころに撮影したウツボグサ(カコソウ)です。
 
 
 
 
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2016/12/19

「東北お遍路写真展」のご案内 ----- 2017年1月6日から、埼玉県さいたま市「楽風(らふ)」で

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このたびは釜石市、仙台市、野田村に続く東北お遍路写真展のご案内です。

いずれの写真展も好評を得ましたが、東北だけではなく、広く関東地方の方々にも東北お遍路プロジェクトについて知っていただきたいと思い、平成29年1月に、埼玉県での写真展を開催することとなりました。

お近くにお越しの際は是非お立ち寄りくださいますようお願い申し上げます。

主催: 一般社団法人 東北お遍路プロジェクト

会期: 平成29年1月6日(金)~1月9日(月・ 祝)
    10:00~19:00(最終日は17:00まで)
会場: 日本茶喫茶・ギャラリー 楽風(らふ)
    埼玉県さいたま市浦和区岸町4-25-12 (青山茶舗敷地内)
    電話 048-825-3910
 
 
 
 
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2016/12/16

【愛犬物語百景 其の百九】 東京都千代田区 靖国神社 軍犬慰霊像

161216img_7117(第一鳥居〈大鳥居〉)

161216img_7172(第二鳥居)

161216img_7162(軍犬慰霊像)

161216_87a8168(軍犬慰霊像)

161216_87a8211(戦歿馬慰霊像)

161216_87a8213(鳩魂塔)

161216_87a8264(紅葉が映る神池庭園)

イチョウ並木が美しい第一鳥居(大鳥居)から、青銅製の鳥居としては日本一の大きさを誇る、明治20年(1887)に建てられた第二鳥居をくぐり、神門を入ります。

拝殿を正面にして右へ進むと、英霊の遺品などが展示されている遊就館の前庭の一角に、犬の像が建っています。

凛々しい姿をしたジャーマンシェパードの犬像。

戦争の犠牲となった犬の死を悼むために、平成4年(1992)3月20日(動物愛護の日)に奉納された「軍犬慰霊像」です。元陸軍航空士官の彫刻家 市橋敏雄氏が製作しました。

軍犬になった犬は、伝令、警戒、捜索、運搬、襲撃など、戦場では様々な仕事を与えられました。戦場に送られた犬は1万頭に上りますが、終戦時、軍馬同様1頭も国に生還していません。

軍犬慰霊像の隣には、「戦歿馬慰霊像」と、「鳩魂塔」も建っています。

「戦歿馬慰霊像」は実物大の馬の姿をしています。昭和33年(1958)建立されました。

昭和4年(1929)中野の陸軍電信隊内に建立された鳩のブロンズ像は、昭和14年(1939)、上野動物園に移転され、昭和57年(1982)、遊就館の前に復元奉納されて「鳩魂塔」になりました。丸い地球の上で鳩がはばたく鳩魂塔は世界の平和を祈念しています。

昭和17年、支那事変で活躍した「利根」という名の軍犬は文部省唱歌にもなりました。利根を取り上げた『初等科國語一』の教科書には、必死で「戦友」を助ける兵士の姿があります。

 利根は、もう百メートルで、本部といふところへさしかかりました。ちゃうどその時、敵の彈が、ばらばらと飛んで來ました。利根は、ぱったりとたふれました。
 「ようし、來い、利根。ようし、來い、利根」
 と、かかりの兵隊さんは、氣がくるったように呼びつづけました。
 この聲が通じたのか、利根は、むっくりと立ちあがりました。しかし、もう走る力がありません。かかりの兵隊さんは、敵の彈が飛んで來るのもかまはず、はふやうにかけ出して、利根のからだを、しっかりとだきかかへました。

利根はこのとき脚に怪我はしたが、命は助かったそうです。戦場ではあっても、犬は兵士を愛し、兵士も犬を愛していました。その点だけを見れば、犬と人間のいつもの関係に変わりはないでしょう。いや、お互いいつ死ぬかわからない状況下ではもっと犬と兵士の絆は深かったのかもしれません。まさに「戦友」だったのでしょう。

「戦争」という状況にあっても「愛犬物語」は存在します。しかも、日本軍だけではない、中国やアメリカ軍の犬と兵士の関係も同じだったでしょう。

犬は戦争の意味を知りません。国のために戦ったのでもありません。

人間がこのような最悪の状況を作ってしまったわけで、犬が自分の意思で戦ったわけではもちろんありません。ただただ兵士との絆や愛情や信頼のために従ったにすぎません。

でも、彼らの活動が「軍事行動」になり、彼らが「軍犬」と呼ばれるのは、人間が作った戦争という状況があるからです。

この「軍犬慰霊像」は、人間に対する戒めの像でもあるのです。犬、馬、鳩の姿を鏡とする人間の愚かさを再認識する場、なのではないでしょうか。

戦争という最悪の状況に二度と陥らないために。
 
 
 
 
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2016/12/13

北方領土に最も近い「本土最東端の地」納沙布岬

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根室半島の先端で、日本の「本土最東端」にあたります。

望郷の岬公園、納沙布岬灯台、北方館、望郷の家、望郷の塔などが置かれています。

訪ねたのは6月でしたが、雨の多い年で、この日もあまり天気は良くなくて、数キロ先にあるという歯舞群島も見えませんでした。

ここは「日本最東端」ではありません、公式には。

でも、今のところ一般人が訪問可能な日本最東端地点であることはまぎれもない事実で、思わず、「ここは日本最東端だ」と言ったとしても「非国民だ」とののしられることはないでしょう。

そういう状況になってしまったのは、ロシア(ソ連)だけではなく、日本にも問題はあったのかもしれません。

この状況が、変わっていくのかどうか、今度のプーチンと安倍さんの会談が注目されます。
 
 
 
 
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2016/12/12

今日は、二十四節気「大雪」、オリジナル七十二候「狗蟄炬燵(いぬこたつにこもる)」

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「大雪」の次候は、一般的には「熊蟄穴(くまあなにこもる)」ですが、うちの近くには熊がいませんので、今回は我が家のオリジナル七十二候「狗蟄炬燵(いぬこたつにこもる)」をご紹介いたします。

ヴィーノが炬燵に潜り込むと、あぁ、こんな季節なんだなぁと感じることができるからです。我が家の「季節あるある」です。

いや、本当を言えば、ヴィーノだけではないので、「人狗蟄炬燵(ひといぬこたつにこもる)」のほうがいいのかもしれません。
  
 
 
 
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2016/12/10

国立新美術館で開催中の『ダリ DALI展』 

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サルバドール・ダリは、スペイン出身のもっとも有名な20世紀の芸術家のひとりです。シュルレアリスムの代表的な作家として知られます。「天才」と自称していましたが、数々の奇行やエピソードが残っています。

その『ダリ展』が国立新美術館で12日まで開催中です。

ダリ展

出口近くに「写真撮影可」の部屋があり、そこには絵画が2つ、鼻の暖炉と、真っ赤な唇のようなソファーが置いてあります。(↑の写真)

ソファはダリがデザインした『メイ・ウエストの唇ソファ』です。メイ・ウエストは戦前アメリカのセックス・シンボル的な女優でした。

正面から見るとスペインのダリ劇場美術館の一室を再現した『メイ・ウエストの部屋』の写真を撮ることができるというもので、希望者が長い行列で順番待ちしていました。なので、並ばなくてもOKの、ちょっと横からの位置で写真を撮りました。

シュルレアリスムの作品は、教科書にも載っていたくらいなので、何点かは見たことがあるものでした。現実と夢のはざまのような不思議な感覚を呼び起こします。

ダリは、『反物質宣言』の中で、心理学のジグムント・フロイトに影響を受けて、無意識の視覚化を追求してきたことに触れています。かなり心理学に影響を受けた画家でした。

でも、その後量子力学に影響されたりしたようですが、その時々の最先端科学を取り入れようとしていたようです。今、ダリが生きていたら、DNAなどの絵を描いていたのでしょう。

心理学的な関心から言えば、ダリの生涯にわたって時々描かれている四角い窓があります。初期の作品にも、この窓が描かれているのに気が付きました。

窓から外の景色が見えるのですが、壁には厚さがあり、角度によってはその厚さがちゃんと描かれていて、景色が奥に広がっているのか、あるいは、手前に出っ張った四角い絵なのか、わからなくなるような描き方です。

「隠れ家理論」のように、自分は外敵の姿を見ることができ、かつ、敵からは見えないところに位置しているという状況にもなっています。

小さな四角な窓から、外界を覗いている自分がそこにいます。部屋の中は自分の内面の表現なのでしょうか。外からは厚い壁で囲まれて守られている、まるで胎内回帰のような安心感を感じます。
 
 
 
 
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2016/12/09

【愛犬物語百景 其の百八】 東京都港区 フェルナンド・ボテロの「DOG」、グランちゃん

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JR田町駅東口を出て数分のところにグランパークビルがあります。その緑豊かな庭ににどんと構えているのが、一度目にしたら忘れられないインパクトのある犬像です。

むちむちの体形で、舌をちょっと出して行儀よくお座りしています。

コロンビア出身の画家フェルナンド・ボテロ(Fernando Botero)、1993年製作の「DOG」です。「グラン」と愛称が付けられていて、グランパークプラザのシンボル的存在です。

このグランちゃんを含めて、フェルナンド・ボテロの作品である人物や動物はどれもふっくらした、むちむちのフォルムが特徴的で、見る人を思わず微笑まさずにはいません。

近代的なビル群に囲まれた直線的な環境にあると、このグランちゃんの曲線が絶妙な癒しポイントにもなっているような気がします。あるいはパワースポット的な存在でしょうか。いずれにしても、グランちゃんがこれからも愛されていく犬像のひとつであることは確かです。

独特のフォルムは「風刺」と解釈されることが多いそうですが、ボテロ自身は次のように言っています。

「芸術家は、理由など知らずにある形に引き付けられる。理屈をつけて正当化するのは後からすることだ」

たぶん、本音なのでしょう。理屈で見てしまうと、グランちゃんの抱き着きたくなるような「むちむち感」が削がれてしまうような気がします。

グランパークのロビーには、フランク・ステラの作品などもあり、アートが囲われてしまうのではなくて、不特定多数に公開され、人々の心を豊かにし、潤いを与え、街を生き生きと輝かせます。

アートがビル空間に増えていくのは、新しい都市の風景なのでしょう。そういう意味で、グランちゃんは最先端にいる犬像なのかもしれません。

なお、ニューヨークにある、ザ・キタノ・ニューヨークホテルのロビーにも、グランちゃんと似ているボテロの犬像が置いてあrそうです。
 
 
 
 
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2016/12/07

今日は、二十四節気「大雪」、七十二候「閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)」

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今日から「冬至」までは二十四節気「大雪」です。

初候は「閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)」で、意味は「天地の気が塞がって冬となる」です。

今日は冬らしく雲がたれこめ寒い日になりました。埼玉は最高気温は9度の予報です。

ところで、「夜が長くて昼が最も短い日」が「冬至」ですが、日の入りが一番早いのが、冬至ではないということを聞いて、なるほどと思いました。

東京の場合、「冬至」のころよりも、むしろ12月上旬の今の方が日の入りの時刻は早いんですね。「冬至」とは一致しないということなのです。少しずれています。知りませんでした。

これは東京の場合で、北海道や、沖縄ではまた違いますが。
 
 
 
 
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2016/12/05

平成29年(2017年)版の『旧暦 棚田ごよみ』

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新年まであと2か月切りました。来年度の旧暦元旦は、2017年1月28日です。

2017年版の『旧暦 棚田ごよみ』を発送中です。

今回も壁掛け用と卓上版を製作しました。それと付録として、二十四節気、七十二候を簡単に解説したものも入っています。閏年なので、13か月あります。

表紙: 長野県飯山市 福島新田
一月: 宮城県丸森町、沢尻の棚田
二月: 茨城県常陸太田市 浅畑の棚田
三月: 長崎県松浦市 土谷棚田
四月: 埼玉県皆野町 三沢の棚田
五月: 岩手県一関市 金山棚田
閏五月: 滋賀県高島市 畑の棚田
六月: 熊本県球磨村 松谷の棚田
七月: 長野県長野市 赤塩の棚田
八月: 岡山県美咲町 大垪和西の棚田
九月: 山形県山形市 蔵王駒鳴の棚田
十月: 静岡県伊豆市 荒原の棚田
十一月: 愛媛県内子町 石畳の棚田
十二月: 新潟県十日町市 星峠の棚田


ご注文は、特定非営利活動法人 棚田ネットワークまで。

[事務局]
〒160-0023 東京都新宿区西新宿7-18-16-704
03-5386-4001
info@tanada.or.jp

http://www.tanada.or.jp/tanada_goyomi/

「旧暦棚田ごよみ」平成29年(2017年)版

 
 
 
 
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2016/12/04

【愛犬物語百景 其の百七】 東京都文京区 東京大学農学部 忠犬ハチ公と上野栄三郎博士像

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東京都文京区にある、東京大学農学部のハチ公と上野英三郎博士像は、ハチ没後80年にあたる昨年2015年3月8日に除幕式が行われたものです。

イチョウが構内の通路に積もっていて黄色い世界ですが、門を入ったすぐのところにありました。

ハチ没後「ハチ十年」を記念して、この像が建てられることになり、ハチ公と上野博士の生き生きした結びつきを表現したいという希望を持って、彫刻家の植田努氏に製作が依頼されました。

忠犬ハチ公は世界的に有名でも、上野博士が東京帝国大学(東京大学)で教えていたということは、知らない人もいるかもしれません。

上野英三郎博士は、明治4(1872)年、現津市元町に生まれた農学博士です。明治から大正期に日本農業の基盤となる水田の耕地整理を指導し、大学はもとより全国各地で数多くの技術者を育成した農業土木分野の先駆け者でした。

東京帝国大学で教鞭をとった博士は54歳の若さで亡くなりました。博士の飼い犬ハチとの生活は1年5か月と短い間でした。

博士の死後も、ハチは頻繁に渋谷駅まで通っていたことで有名になりましたが、戦前は軍国主義の流れから「主人の恩に報いるために忠義を尽くして待ち続けた犬」と語られましたが、現代の解釈は少し違うかもしれません。

むしろ、ハチは「上野博士に会いたい」という純粋な気持ちで渋谷駅に通っていた、という点でしょう、注目するのは。その純粋な気持ちを持ち続けるハチ公の物語に、80年以上たった現代人も心を動かされるのです。忠犬ハチ公の現代における物語の価値はそこにあります。

逆にいえば、人間はそれだけ純粋な気持ちを持ち続けることが難しいということの裏返しでもあります。それは犬だからできることであって、だから犬を見ると「人はより人らしくなれる」のです。

上野博士に飛びつくハチ公の姿に純粋さがみごとに表現されているのではないでしょうか。
 
 
 
 
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【愛犬物語百景 其の百六】 東京都千代田区 ビルの番犬、甲斐犬の像

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地下鉄有楽町線麹町駅を出て、半蔵門の方へ向かう途中、ビルの前に1基の犬像があります。

由来を書いた台座のプレートによるとビルのオーナーさんの出身は山梨県で、名犬である甲斐犬の存在を知ってもらうことと、ビルの番犬としてこの像を建てたもののようです。

甲斐犬は、秋田犬についで、日本で2番目に国の天然記念物に指定されました。カモシカ・クマの狩猟犬として飼われ「虎の一芸」と称されるほどに猟が巧みな犬だそうです。

体高:体長の比率は他の犬と異なって、100:100で43cm前後だそうで、だからたぶん、像は実物大なのでしょう。

肛門もちゃんと再現してあり、かなりリアルです。きりっとした引き締まった体は、敏捷そうで、たしかに猟が得意な犬種であるようです。

飼い主以外の人間には心を開かず、唯一人の飼い主に一生忠誠をつくすことから一代一主の犬とも評されるそうです。オーナーさんは「古武士に似た性格」と表現しています。おやつをくれる人なら誰にでも付いていくヴィーノと暮らしている目から見たら、とくに気高い雰囲気を感じさせます。

この犬像のリアルさに、オーナーさんの甲斐犬に対する愛情を感じます。
 
 
 
 
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2016/12/03

【愛犬物語百景 其の百五】 静岡県三島市 円明寺の孝行犬の墓碑と犬像

161203_1(円明寺 山門)

161203_2(孝行犬の解説)

161203_3(孝行犬の姿像、墓碑、縁起碑)

161203_4(孝行犬の旧碑)

161203_5(孝行犬の姿像)

161203_6(孝行犬のお守り)

161203_8(白滝公園 湧水汲み上げ兄弟)

161203_9(文学碑 太宰治)

161203_12(楽寿園)


静岡県三島市の圓明寺を訪ねました。

三島は富士山からの湧水が潤し、多くの文豪たちが愛した美しい街です。水路沿いの遊歩道には文学碑が点在しています。

湧水と自然林からなる庭園が国の天然記念物、名勝に指定されている楽寿園もあります。

三島市の文化財に登録されている圓明寺の山門を潜ると、すぐ右側に孝行犬の像と墓と由来碑が建っていました。

黒い御影石に「妙法 孝行犬之墓」と刻まれた墓の横に高さ60cmほどの白っぽい墓碑があり、これが元々の墓碑です。

「孝行犬」とはどんな話だったのでしょうか。

圓明寺第37代住職、日空上人のときに寺の番犬として、母犬のタマ、仔犬のトク、ツル、フジ、サト、マツが本堂の床下に住んでいました。

万延元年(1860)、仔犬のフジが病気にかかり死んでしまいました。タマはそれから食事ものども通らず、とうとう倒れてしまいました。

仔犬のツルとサトは一日中母のそばを離れることがありませんでした。一方トクとマツは町中を走りまわり、人々から餌をもらい、本堂床下の母の口元に運んでいました。

町の人々が不審に思い覗いてみると、床下には瘠せ衰えたタマが横たわり、母をかばうように仔犬たちが寄り添っていました。

親を思う仔犬たちに感動した町の人々は、タマの回復を願いましたが、願いもむなしく亡くなってしまいました。4匹の仔犬たちも文久2年(1862)母を追うように次々に亡くなりました。

「犬と人、子を思う親の気持ち、親を思うこの気持ちには何らかわりはない。これこそ仏性の現れ」と、日空上人は犬たちの姿に感動し、彼らの冥福を祈るとともに、母子の情と孝行心をたたえ、世の人々の教えとするために墓石を建てました。

このことが東海道を往来する人々にも語り継がれ、「三島圓明寺の孝行犬」として広がっていきました。

当時は、黒船来航や安政の大地震で人々が不安と恐怖を抱いていた時代です。苦しさのあまり親や子を捨てる者がいた時代でもあったようです。

「犬でさえ、親子の絆はこんなにも強いのだ」ということを、日空上人は人々への戒めもこめて墓石を建てたのかもしれません。

寺で話を伺うことができました。

犬の姿像が造られたのは昭和35年のことでした。でも、平成16年の22号台風によって、この犬像は吹っ飛び、壊れてしまったそうです。現在の犬像はそのあと再建されたものです。

それと小学校4、5年生が道徳の教科書にも「孝行犬」が載っていることで、毎年この孝行犬の見学にやってくるということです。

オーストラリア先住民アボリジニーには、「犬のおかげで人間になれる」という言葉があります。

いつの時代も、子どもたちにとって犬は対等な良い友だちでした。上から目線で親に説教されるより、犬の方が子供たちを納得させる力はあるのでしょう。

それこそ人は犬を「飼っている」つもりになっていますが、犬といっしょに暮らすことで、人はより人らしくなれるように、導いてくれているのかもしれません。「犬のおかげで人間になれる」のです。
 
 
 
 
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2016/12/02

【愛犬物語百景 其の百四】 神奈川県熱海市 オールコックの愛犬トビーの碑

160122_2(熱海市 駅前路地)

160125_2(熱海市 起雲閣)

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熱海市の、大湯間欠泉跡に建つオールコック(イギリスの初代駐日総領事)の愛犬「トビー」の碑を訪ねました。

オールコックは、安政6年(1859)、軍艦で長崎を経由で江戸湾に入り、日本に着任しました。

当初オールコックの日本に対する印象は悪かったようで、

「外来者たちを迫害することにかけては熱心な、奇怪でもあり野蛮でもある人種の住まう一群の島々」(『大君の郡』より)

と言っています。

オールコックは、スコッチテリアのトビーという名の愛犬を連れてやってきました。世界の果てに来たと思っていたオールコックを慰めてくれるのがトビーの存在でした。

オールコックの、日本人に対する評価が変わったのは、熱海での事故がきっかけだったようです。

外国人としては初めて富士山登山をしたオールコックは、帰途熱海に立ち寄りました。熱海滞在10日目、トビーが熱湯を浴びて死んでしまうのです。

宿泊先の本陣の庭にトビーの亡骸を埋めさせてほしいというと、日本人たちは同族の者が死んだかのように集まってきて、僧侶が水と線香を持ってきて、墓石が建てられました。

あとで碑を建てたいというと本陣の主人は快諾してくれました。

高さ70cmほどの「Poor Toby(薄幸なトビー),23 Sept.1860」と、富士山登山と熱海訪問の、2つの碑が、トビーの墓の脇に建てられました。

このようにトビーの死をきっかけにして、親切にしてくれた熱海の人たちに接して、オールコックは日本人に好意を持つようになりました。

その後、地震などで墓は行方不明になりましたが、ふたつの碑は残っています。間欠泉も大正時代からお湯を噴出しなくなりましたが、ふたつの碑は時々上がってくる蒸気を浴びています。
 
 
 
 
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【愛犬物語百景 其の百三】 神奈川県大磯町 旧吉田茂邸の愛犬たちの墓碑

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戦後を創った名宰相、吉田茂の旧邸が神奈川県大磯町にあります。

吉田茂は大の犬好きだったらしく、数々のエピソードも残されています。

旧邸の後ろに続く庭に、愛犬の墓碑、「サンチヤン」、「ポチ」、「バンゾウ」がありました。(バンゾウは犬ではなかったかもしれないという話もありますが)

「サンチヤン」とは「サンちゃん」。

なんでも、吉田茂は日本の独立を果たしたサンフランシスコ講和条約調印の後、つがいのテリアを連れ帰り、雄には「サン」、雌には「フラン」と名前を付けたのだそうです。

「愛犬サンチャン之墓」というのはこの「サン」の墓です。

このつがいのテリア「サン」と「フラン」から産まれた子犬には「シスコ」と名前を付けたとのことです。なるほど。予想通りといえば予想通りですね。

他に「ブランデー」、「ウイスキー」、「シェリー」という名前の犬を飼っていたそうです。
 
 
 
 
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2016/12/01

【愛犬物語百景 其の百二】 神奈川県横須賀市 衣笠山公園の忠犬タマ公の碑

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昭和初期、雪崩で遭難した飼い主を2度も救ったことから忠犬として有名になったタマ公の像は、新潟市、五泉市などに数基設置されています。

五泉市の村松公園にはタマ公のブロンズ像の隣に、「内閣総理大臣 小泉純一郎書」と「忠犬タマ公の像」の文字が刻まれた碑も立っています。

どうしてここに横須賀出身の小泉元総理の揮毫した碑があるのかと思ったら、小泉家とタマ公には関係があったのです。

横須賀市の衣笠山公園に「忠犬タマ公之碑」が建っています。

当時横須賀市に住んでいた新潟県出身の退役将兵が、タマ公の話に感動し、昭和11年、衣笠山の登山道にこの石碑を建立したそうです。碑の題字は、横須賀市長だった小泉又次郎氏が揮毫しました。小泉元総理のおじいさんですね。

タマ公がとりもつ縁で、横須賀市と五泉市の交流ができて、平成15年、村松公園に小泉元総理の揮毫した碑が建立された、というわけでした。

忠犬タマ公は小泉家と代々関係があったというのは驚きですが、小泉進次郎議員もブログでタマ公のことを書いています。

小泉進次郎 Official Blog 「忠犬タマ公」

今年、長年の交流の証として五泉市からタマ公の銅像が寄贈されることが決まり、来年3月、衣笠山公園で開かれる忠犬タマ公慰霊祭でお披露目される予定だそうです。

日本の犬像がこれで1基増えそうです。
 
 
 
 
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【愛犬物語百景 其の九十九〜百一】 千葉県南房総市 『南総里見八犬伝』の里

161127_1(岩井駅前公園の伏姫と八房の像)

161202_1(岩井駅前の公園の伏姫と八房の像)

161202_2(犬掛 春日神社前の八房とタヌキの像)

161202_3(滝田城址の伏姫と八房の像「翔天」)

161202_4(滝田城址の霊玉「義」)

161202_5(伏姫籠穴の犬塚)

161202_6(伏姫籠穴)


とうとう【愛犬物語】も100景を越えました。

調べれば調べるほど犬にまつわる話は増えているので、まだしばらく続きそうです。何景までいくか、いまのところまったくわからないので、とりあえず【愛犬物語百景】にしておきます。

ところで、この【愛犬物語】ですが、書籍化が決まりました。ただ100景では多すぎるので、まず50景に絞って1冊にすることになりそうです。出版は来年の春ころでしょうか。

犬像なんて撮ってどうするんだ?と思っている人もいるでしょうね。俺自身そう思う時もあったので、「渋谷の忠犬ハチ公像」くらいしか知らない人にとっては、何が面白いのかわからないということは理解できます。

これは数年前にやった犬連れ日本一周のときから試行錯誤の結果です。犬と日本文化と風景をどんな風に結びつけるか。日本の風景の中でヴィーノを撮ってみたり、「犬」の付く地名をまわってみたり、いろいろやりました。

そこで行き着いたのが犬像にまつわる愛犬物語です。犬像にまつわる話を掘り下げていくと日本とは? 日本人とは? ということがわかってくる。そこが俺には面白いところです。

たとえば、すでに「其の四十八」や「其の六十二」でも紹介したように、「おかげ犬」や「こんぴら狗」という話は、「これぞ日本」です。こんな奇跡のような犬たちの存在は、日本人そのものを映している鏡だと思えるからです。
 
 
 
さて今日は、『南総里見八犬伝』の里に点在する犬像です。犬像は3基あります。ひとつは岩井駅前の公園、それと犬掛の春日神社前の駐車場、そして滝田城址です。

『南総里見八犬伝』は、江戸時代後期に曲亭馬琴(滝沢馬琴)が28年もの年月をかけて著した長編小説です。

物語の内容は、南総里見家の勃興と伏姫・八房の因縁に始まって、各地に生まれた八犬士たちの流転と集結の物語、里見家に仕えた八犬士が関東管領・滸我公方連合軍との戦争を戦い大団円へ向かう部分に大きく分けられます。

『南総里見八犬伝』を原作としたNHKの人形劇『新八犬伝』は俺も観ていた記憶があります。人形美術の「辻村ジュサブロー」という名前を知ったのはこのときでした。子どもながらに人形の美しさに感動したような気がします。

犬掛の春日神社前にあるのは八房とタヌキの像です。

犬掛(古くは犬懸)は八房の生誕地です。

室町時代、百姓技平の家に1匹の雄の仔犬が生まれました。ある夜、母犬がオオカミに殺されてしまいます。乳を与える母犬がいなくなり、ひとり身の技平は不憫に思いながらも、野良仕事も忙しく仔犬を育てることをあきらめていました。

ところが、山からタヌキが下りてきて仔犬に乳を与えて育てていたのです。「タヌキに育てられた犬」という噂は、滝田の城主里見義実(よしざね)の耳にも届き、体に8つの牡丹の花のような斑があることから”八房”と命名され、愛娘伏姫の愛犬として寵愛されました。

その後、隣国の館山城主安西景連の攻撃にあったとき、八房の働きによって景連は討ち取ったものの、その功績で八房は伏姫を連れて富山の洞窟(伏姫籠穴)にこもりました。

姫を取り戻しにきた許婚の金碗大輔は、鉄砲で八房を撃ち殺しますが、伏姫にも傷を負わせてしまいます。八房の気を感じて懐妊してしまっていた伏姫は、大輔と義実が見守るなか、割腹し、胎内に犬の子がないことを証しました。

伏姫の護身の数珠から八つの玉が飛び散りました。この玉が八方へ飛んで、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の霊玉を持つ八犬士が登場してくることになります。

八犬士は後年巡り合い、滝田城に帰参し、悪と戦い不義を滅ぼし、義実の描いた理想国を作り上げます。


犬掛から数キロ離れた山の上に、滝田城址があります。駐車場から尾根道を上ること20分、ちょっとした広場(曲輪)に出ますが、そこに「南総里見八犬伝発祥の地」と書かれた木碑が建っていて、八房の背に乗った伏姫の像があり、周りを囲むように、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の霊玉が置かれています。

この像は、「翔天」というタイトルが付いた宇野務氏の作品です。伏姫は自分の運命を悟り八房の背に乗って、富山へ向かったときの姿なのでしょう。

もともと八房は、里見家に怨念を持つ「玉梓」の生まれ変わりでした。里見家を不幸に陥れるために現れた「悪い犬」だったのですが、伏姫の法華経の読誦で玉梓の怨念は消えていきます。伏姫との出会いによって「良い犬」に変わっていったわけで、これも愛犬物語と言えるのではないでしょうか。

伏姫の「伏」の字は、人と犬がよりそう形になっています。人と犬のはざまで生きる運命を持った女性であったのかもしれません。
 
 
伏姫籠穴の入口上部には、八房のものなのか「犬塚」の碑が建っています。

八犬伝は、実在した安房・里見氏と混同されやすいのですが、物語はフィクションです。伏姫も八房も文学の中の登場人物のはずです。でも伏姫籠穴が現実に存在し、だれが何のために掘った穴なのかわからないという話を聞くとき、フィクションと現実のはざまに立つ不思議な感覚を味わいます。

「八犬伝物語の世界を支配する原理を潜在的に内包する幻想的空間がこの場である」

と、伏姫籠穴に建つ解説板には書かれています。
 
 
 
 
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