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2017/06/30

犬とAIのおかげで「人間」になれる

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ほとんど将棋のことなど何もしらない人たち(俺も)までが、また例のごとく、お祭り騒ぎするくらい、藤井聡太四段の快進撃は止まりません。

彼も今どきの棋士らしく、AI将棋ソフトで勉強しているらしい。「AI時代の申し子」と言われているようです。

AIはどのような影響を人間に与えることになるのでしょうか。

オーストラリア先住民アボリジニーには「犬のおかげで人間になれる」ということわざがあります。気に入っていることわざで、『全国の犬像をめぐる』にも前書きで引用させてもらっています。

このことわざは、テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン著『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』に載っているものです。

どういうことなのでしょうか? 本から要約します。

考古学によって、人間が飼い犬を埋葬するようになった1万年前から、人間の脳が小さくなったことがわかったというのです。(犬の脳も小さくなりました)

人間の脳のどこが小さくなったかというと、

「人間では、情動と知覚情報をつかさどる中脳と、嗅覚をつかさどる嗅球が小さくなり、一方、脳梁と前脳の大きさはほとんど変わっていない。」

だそうです。つまり、犬と暮らすようになって、こういうことが起こったようです。

「犬と人間の脳は専門化されたのだ。人間は仕事の計画と組織化を引き受け、犬は知覚の仕事を引き受けた。犬と人間はともに進化して、よき伴侶、よき仲間、よき友達になったのだ。」

なるほど。

昔は犬は番犬、猟犬としての能力が重宝がられたはずなので、そういった番犬として、猟犬として、暗闇から敵を見つけたり、匂いで他の動物の接近を知ったり、獲物を探したり、という知覚能力を犬に頼ることができるようになったので、人間はその部分の能力を退化させたということのようです。

これが「犬のおかげで人間になれる」という意味のひとつです。お互いが補完しあう関係ですね。(ネアンデルタール人が滅んだのは、犬を飼わなかったからだ、という説まであります)

と、いうことは、今、AIが話題になっていますが、もしかしたら、AIによって、人間は犬を飼い始めたときのような大変革の時期に差し掛かっているのかもしれません。

今のAIによって、人間の能力を補完してくれるならば、人間は、そこはAIにお任せして、別なとこに能力を使えるようになる、とも言えるわけです。人間とAIは、犬と暮らすことで脳が専門化したように、お互いの能力を住み分けるのです。

例えば「計算」はAIには絶対かないません。「計算」でAIに勝とうとしても無理です。ここはAIに任せたほうがいいでしょう。

だから、たんに「AIで仕事を奪われる」などと悲観している人は、もっと大きな人間の未来予想図を思い描けない人、ということなのでしょう。悲観すること自体、すでにAIに負けています。いや、勝ち負けではないですね。あくまでも「補完」なのです。お互いが必要不可欠な「仲間」と言ってもいいでしょうか。

どんな能力の発展が人間に可能なのかはわかりませんが、たぶん、AIには一番不得意な分野であるのは確かでしょう。じゃぁ、何が不得意かというと、「あいまいさ」ではないでしょうか。この「あいまいさ」はAIと比べて人間の得意分野だからです。「芸術」などはその典型かも。

まぁ俺は預言者でも占い師でもないので、この「あいまいさ」が、遠い未来、どういった能力につながるのかわかりませんが。

藤井聡太四段などが使うAI将棋ソフトでは、最適な手を教えてもらうことができます。じゃぁ、最適な手は、もう考える必要がなくなったとして、その先、人間がやるべきことは何なんでしょうか。そもそも将棋をやる意味は?

そこがたぶん、将棋の新時代の価値に関わってくるのでしょうが、それが何かは俺にはまだわかりません。

もしかしたら「勝負に勝つ」ということ以外に価値が新しく生まれるのかもしれません。「勝たなくてどうするんだ?」と思うのは、今の俺たちの頭脳の限界でもあるのかも。

そういう新しい価値で生きる新しい動物が、その時代の「人間」なのでしょう。AIもまた犬と同じように「人間」を作るのです。
 
 
 
 
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2017/06/29

【愛犬物語 其の百五十三~百五十四】 埼玉県川口市 芝樋ノ爪の御嶽神社&西川口の「ハチ公」像

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JR蕨駅を出て、東北本線のに沿って北西に700mほど歩くと、戸田用水遊歩道が右側に続いています。その遊歩道をさらに北東方向に数百m行くと、住宅街の中に芝樋ノ爪・御嶽神社が鎮座します。

解説看板によると、御嶽神社の本山は武蔵御嶽神社(東京都青梅市)で、

「字樋ノ爪在住の本田某氏は熱心な御嶽神社の信者で私費を投じて当地に創建したと言われています  芝村史より」

とあります。

社殿の前に、一対の阿吽のお犬さま(狼)像が置かれています。肩というか二の腕の筋肉が団子状に盛り上がっているのが、ここのお犬さまの特徴です。

一方、JR西川口の駅前に、何気に犬像を見つけたのは、2年前のことでした。

「立酒ハチ公」という店だったようです。

どうも店名が「ハチ公」だから犬像があるのだろうと想像できますが、今回ちゃんと写真を撮らせてもらって、由来を聞こうと思ったのでしたが、ある事情で時間がなくなり、今回は諦めました。それで、2年前に撮った写真だけ掲載しておきます。

今回「カウケン」でタイ料理を食べたように、西川口に行く機会は多いので、次回、店名と犬像の由来を聞いてみたいと思います。
 
 
 
 
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2017/06/28

パスポートの要らない外国旅行 「西川口の巻 3」 タイ屋台料理のカウケン

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パスポートの要らない外国旅行「西川口の巻 3」は、タイ屋台料理の「カウケン 」。

ここは義理の妹夫婦行きつけの店で、以前から俺も知っていた店ですが、今回はようやく「カウケン」に入りました。

「屋台料理」でもあるので、せっかくなので店の前のテーブルで。

いろいろとタイ料理は食べてきましたが、やはり、ここのは日本人にこびていない、タイ人のための味付けで、好きな人は好きな店だろうなと思います。とくに妹夫婦のようなタイにはまっている人たちには。そして俺たち夫婦も。

だから、洗練された口当たりの良さというものよりも、じゃっかん味に雑味を覚えます。でも、そこに言いようのないタイの風土を感じさせます。この雑味があるからこそ好きになるのかもしれません。

例えが適当かどうかわかりませんが、音のハイパーソニック効果みたいなものでしょう。CDには人間の耳には聴こえない(聴こえづらい)超高周波数の音が抜け落ちていますが、実際の生演奏では、そういう超高周波も多く含まれています。でも、その超高周波が心と体に良い作用をもたらすという効果です。

だから洗練された日本風タイ料理というのは、この超高周波を除いて「きれいな音」にしたCDみたいなもので、そういう「きれいな味」を求めてやってきた人には「カウケン」の味がどう感じるのか、ちょっとわかりません。実際、「口コミ」には、この点に不満だったらしい客のコメントもあります。

とにかく、タイや東南アジアが好きな人なら、絶対満足する、お勧めの店です。

最初は「ネーム」の和え物と生ビールで乾杯。「ネーム」は、タイに行ったら必ず食べる酸っぱい味の豚肉を発酵させたハムで、これがビールによく合うのです。

鶏肉の「ラープ」といっしょに食べるもち米のおこわ「カオニャオ」も懐かしかったし、最後の「プーパッポムカリー」は、殻つきの渡り蟹がたっぷり入ったタイ風のカレーです。これもうまかった。
 
 
 
 
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2017/06/27

【愛犬物語 其の百五十二】 山梨県甲府市 金櫻神社のお犬さまのお札

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金櫻神社は、甲府市市街地から昇仙峡を目指して県道を北上すること約30分。昇仙峡ロープウェイを越してさらに3kmほど、昇仙峡を登りつめたところに鎮座するのが金峰山を御神体とした金櫻神社です。

武田家代々の祈願所でもありましたが、本殿など昭和30年の大火により焼失しました。社殿は昭和34年に再建されたものです。

境内奥には富士山を拝むことができる遙拝所がありますが、この日、残念ながら富士山は雲に隠れていました。

ここは名前の由来でもある御神木の「鬱金の櫻」が立っています。4月下旬から5月上旬にかけて淡い黄金味を帯びた花が満開になるそうです。

また、三峯神社や武蔵御嶽神社と同じように、日本武尊の眷属・狼信仰の神社でもあり、お犬さまのお札は授与所でいただくことができます。

ところで、ここに狼像はないそうです。
 
 
 
 
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2017/06/26

山梨県忍野村 真夜中の「田毎の月」と「妖怪」

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富士山が見える棚田の一ヵ所、忍野村の内野の棚田は、何度も訪れていますが、通過した日、ちょうど満月だったので、夜中「田毎の月」を鑑賞することにしました。

残念ながら、午前3時ころから雲が出てしまい、月も隠れてしまいました。なので、明け方の富士山は見えませんでしたが、「田毎の月」は、美しくもあり、怖くもあり、ということをまたひしひしと感じる場になりました。

内野の棚田は民家からは離れているので、夜中は真っ暗です。平らなところなので、日中来れば、明るく開放的なのですが、さすがに夜中は少し怖い。

実際、何かが鳴くのです。そしてバサーッという空中を行き交う羽のような音が。しかも巨大な羽の音です。

月明かりを頼りに暗闇に目をこらしてみてもわかりません。そして聴こえたことも、ほんとうだったのか?と、だんだん自信がなくなってきます。俺自身が怖がっているので、そんな音を聴いてしまうのではないかと。

暗闇は、人間を無意識の世界へと導いてくれるようです。

今、なかなかこういう体験ができなくなっています。たとえば、コンビニは24時間煌々と明かりがついて、暗闇を無くします。夜がない、闇がない世界なのです。

ゲゲゲの水木しげるさんも言っていました。

「最近の日本では闇がなくなり、妖怪は見られなくなりました」

妖怪は想像と現実の狭間にいるものなのでしょう。

人間の心は、意識している部分はほんのわずかで、もっと大きな無意識の世界があるというふうに言われています。無意識からのメッセージが「妖怪」という形になって現れるのかなと。

水木さんの「ぬりかべ」誕生のエピソードは面白い。戦地で逃げていたとき、突然コールタールのような壁にぶつかったそうです。しばらくそのままでいて、気が付くと、その先は断崖絶壁でした。

「ぬりかべ」が水木さんを助けてくれたのです。「目に見えないもの」を信じる水木さんには、それが妖怪に思えましたが、これは無意識の内なる声とも解釈できるのではないでしょうか。

怖い存在なんだけど、実は人間を救ってくれる存在でもある、その微妙な感じ。水木さんの妖怪漫画は、その微妙なところをキャラクター化していたからこそ、多くの人に受け入れられたということではないでしょうか。「怖いんだけど、愛らしい」というのがまた妖怪です。

その妖怪がいなくなったのは、「闇」が失われたから。真夜中でも煌々と照らされた明かりの中で妖怪が生きていくことはできず、それは「便利」なのかもしれませんが、別な見方をすれば「現代文明が抱える病」でもあるかもしれません。

「闇」を遠ざけようとしても、やっぱり人間の心には意識できない部分があって、それが時々襲ってくるのです。それを解放してやる場がない。闇の澱は心に溜まっていくばかりです。そして突然びゃーッと吹き出します。

内野の棚田で聴いた何かの鳴き声と羽音は、きっと俺の無意識が生んだ、何かの表現だったのではないでしょうか。これを「妖怪」と呼んでも、それほど間違ってはいないのでは。

月を見ると精神的におかしくなるという世界的な言い伝えは、こういう体験をすると、なんとなくわかるような気がします。
 
  
 
 
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2017/06/25

【愛犬物語 其の百五十~百五十一】 静岡県静岡市葵区 大井神社と井川神社

170625_1(長島ダム湖)

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170625_7(井川神社)

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170625_9(井川の集落と茶畑)


前日の夜は、静岡県川根本町の道の駅「奥大井音戯の郷」で車中泊しました。

ここには「千頭温泉」があったので、「旬」というところへ行きました。狭い風呂でしたが、露天風呂もあったし、主人の都合で早めに閉めるというので、他の客もなく、逆にゆっくりすることができました。

翌朝6時前に道の駅を出て、大井川鉄道井川線に沿って県道を北上します。

長島ダムのところでは、鹿と猪と猿を見ました。このあたりまで入ると、野生動物は普通に現れるようです。鹿が出てきて道路の真ん中に立ち止まったので、俺も急停車し、そしたら、鹿はじっとこちらを観察していました。

さらに進むと、井川湖が右手に見えてきました。

井川湖畔に鎮座する大井神社と井川神社にも狼像が置かれていると知ったのでやってきました。ここへやってくるのは大井川鉄道が目的の人が多いのではないでしょうか。鉄道にはまったく興味を示さず、地味な神社へ直行する姿を客観的にみると、我ながら「かなり変な人」というふうに思えます。

まずは、井川湖の最北端、田代の大井神社へ。

ここはダム建設のために現在の場所に移設されたようです。森の中の小社です。

災難除け・けもの除けにご利益があるといわれているそうで、お犬さま信仰が生きています。小さいお犬さま像が守っています。

大井神社から6kmほど南に戻ったところにあるのが井川神社です。勘を頼りに湖の近くまで降りて行ったのですが、神社は見当たらなく、民家の前にいたおばあさんに道を聞きました。そしたら、県道沿いに鳥居があるというので、上の方へ戻りました。

井川神社もダム建設で合祀、移設されたようです。だから社殿は古くはありません。

ここには、3対の狛犬が置かれていましたが、そのうちの2体はお犬さま(狼)の姿です。例大祭の時は祠に鎮座するお犬さま像も御開帳されるようです。お札もあります。

神社は集落の上部に位置していますが、集落内には多くの茶畑が広がっていて、下の方には井川湖の水面が見えます。気持ちいい風景です。
 
 
 
 
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2017/06/24

【愛犬物語 其の百四十九】 静岡県浜松市 春埜山大光寺のお犬さま

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山住神社から春埜山大光寺を目指しました。

ナビに従ったら、最後、とんでもない山道を通ることになってしまいました。春野町花島という集落から林道を示していたので(確かに距離的には近い)、そこを進んだのですが、途中から狭いダートになりました。何度か切り返しをしなければならないほどの狭くて急なカーブも。坂にスリップしてタイヤのゴムが焼ける匂いがします。

もっと先の大時という集落まで行けば、舗装道路があったことはあとでわかりました。通るなら絶対こちらです。

ようやくダートを抜け、寺の前を通っている舗装道路に出たときはホッとしました。事故起こさなくて良かった~。鳥居が見えたので、駐車場もすぐわかりました。

大光寺は標高883mの春埜山頂上近くに位置し、「お犬様」と呼ばれ親しまれています。大変な思いをしてたどり着いたせいか、特別な感覚が沸き起こります。

それは、大げさに言えば、「桃源郷」と同じプロセスを経験したからでしょう。桃源郷も、狭い洞窟を通ったり、飛行機が墜落したりと、死ぬような思いをしてたどり着くものだからです。「死と再生の儀式」とでもいえるような体験をしたからこそ、たどり着いた先は、桃源郷となりえるのです。

昔の人に「ありがたさ」はもっと大きかったはずです。今のように車で来ることはできず、深い森の中を延々と上らなくてはならなかったわけだし。本当の狼も出たかもしれません。本物の狼ではなくても、森の「お犬さま」の気配は感じていたのではなかったでしょうか。

ここは神仏習合を貫き通したらしく、神社の機能も兼ねた寺です。そのためなのか、御真殿のたたずまいも独特なものを感じます。

御真殿の左右にはお犬さま(狼)像が鎮座しています。その姿は、かなり細身が特徴的です。野生の緊張感を表現しているような狼らしい姿をしています。それでいて、体の曲線には優しさも感じられます。山や自然に対する「畏怖」と「感謝」、お犬さまの持つ両面の表現形ということなのでしょう。

またここには縄文杉を思わせる巨木「春埜杉(はるのすぎ)」があります。

春埜杉は、行基菩薩が、春埜山大光寺の開山の際に植えられたものと伝えられています。樹齢:推定1300年。樹高:43mとのこと。県の天然記念物に指定されています。

ここでもお犬さまのお札を出していますが、ちょうど誰もいなくて、お札をいただくことはできませんでした。それで庫裏のガラス窓越しに見えたお札の写真だけ撮らせてもらいました。お札をいただくときは、前もって連絡してから参拝した方がいいようです。

ところで、ここのお札に刷られたお犬さまは、まだら模様の姿ですが、これは「狼」ではなくて、「山犬」と呼ばれた「野犬」であったようです。(狼も野犬も「山犬」と呼ばれたので、お犬さまの姿にも混乱が起きていたようです)

 
 
 
 
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2017/06/23

【愛犬物語 其の百四十八】 静岡県浜松市 山住神社のお犬さまは家康を救った?

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静岡県浜松市の山住神社は、水窪からさらに8kmくらい山の中へ入ったところです。途中道にはところどころ落石が転がっていました。

軽トラックに乗ったおじさんがその石をかたずけていました。山道の維持管理は大変です。でもそれをやらないといざという時、通れなくなってしまう。山村の危機管理でもあるでしょう。

500mほど行ったら、「山住峠の湧き水」がありました。水が勢いよく流れ出しています。さっきのおじさんもやってきて、ペットボトルに水を汲みました。おいしい水だと言って、名古屋あたりからも汲みにくるそうです。

山住峠は4差路になっていて、山住神社の鳥居がすぐ近くに見えました。

さっそく鳥居のところ、両側にお犬さま(狼)の像が一対鎮座しています。牙がある像です。これは狼らしい。

神門を入ると、広い境内に2本の巨大な神木が。太い幹に朝日が当たっています。「山住神社」の幟がたくさんはためいています。神域にふさわしい幽玄な雰囲気の中、社殿から祝詞が聴こえてきました。

白い装束に薄青の袴をはいた宮司は、埼玉からお犬さまのお札を戴くために来たと知ると、さっそく社務所の窓をあけてくれました。そこには何種類のお札の中にお犬さまの姿が入ったお札がありました。

「埼玉の秩父では、これを「お犬さま」と呼んでいますが、ここでは何と?」
「お犬さまです。狼のことです」
「鳥居のところの狛犬像もお犬さまですか?」
「そうです」

でも、どうしてここが狼、お犬さまと関係するのか、わからないそうです。いろんなことがあって、そうなった、みたいな答えでしたが、その通りなのでしょう。このあたりも狼は猪鹿の害を防いでくれる山の神の眷属・神使として信仰されてきたということなのでしょう。

ところで、調べたら、2014年3月15日の静岡新聞「大御所の遺産探し4」に、1573年の三方ケ原の合戦で、武田信玄の攻勢を逃れて家康は山住神社まで逃れたときの伝説について触れられていました。神社の宮司によると、お犬様は家康の命の大恩人だったというのです。

記事には、

「敵軍が神社に迫るやいなや、空は雲に覆われ「うぉーうぉー」と山犬のほえる声が地鳴りのように響き渡った。肝をつぶし敵軍は退散し、家康は辛うじて難を逃れたという。鎌倉宮司は「お犬様のほえる声が家康の命を助けた。武田軍からしたら、敵の軍勢の足音にでも聞こえたんじゃないか」と思いをはせる。翌年、家康は神社を参拝し、後に刀を奉納したと伝えられる。(略)「毎月1、17の両日、お犬様にお神酒やお洗米をささげる儀式は欠かさない」と鎌倉宮司。」

とあります。

家康とお犬さまが関係していたのですね。

とにかく、あこがれていた山住神社のお犬さまのお札を頂戴できてうれしい。しかも、お札だけではなく、ちゃんとお犬さま像がありました。かなり立派な像が。
 
 

 
 
 
 
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2017/06/22

【愛犬物語 其の百四十七】 岐阜県恵那市 中山神社の土製のお犬さま

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岐阜県恵那市の山中に「お犬さま」信仰が息づく中山神社が鎮座しています。

ここは、数年前に紅葉の時期に訪ねています。ヴィーノを連れて日本一周しているときでした。

今回は霧雨が降り、境内の雰囲気は神秘的なものでした。

中山神社の何が面白いのかというと、拝殿横に造形的にも優れている独特のお犬さま像があるから。ここでもオオカミが神使です。そして土製の「お犬さま」もユニークなものです。

『狐憑きを祓うおいぬ様信仰』と神崎かず子氏の『陶製狛犬の伝来と民俗習慣に関する報告一「陶磁のこま犬百面相」展拾遺一』を参考に要約すると、

秩父の「お犬さま」は紙に刷ったお札ですが、中山神社では土焼き製の犬像をお借りすることができるのです。髙さ5~10cmくらい、鉄紬や瓦製のものが主で、細長い口吻部、長く直立した尾。狐と見間違えるようなお姿です。

ここの「お犬さま」はとくに、狐憑きを祓う効果がある、魔除けにもなるといわれています。

今ではあまり聞かなくなりましたが、「狐に憑かれた」とか「狐憑き」とは、狐の霊に取り憑かれたと言われる人の精神の錯乱した状態で、今でいうと精神病の一種と考えられる症状です。

お祓いを受けて、狐の霊を追い出すことで治そうとした、ということです。その効果があると信じられたのが中山神社のお犬さまです。

10月の例大祭のときに、その狛犬を持参してお祓いをしてもらい、自宅に持ち帰って祀り、病気が治ればその狛犬を翌年神社に返します。ただその時は、倍の数(2体)を返すことになっています。

昔からこの中山神社のお犬さまの効果は知られていたらしく、日本各地から、ここのお犬さまの狛犬が発見されているという。

神社の境内には、お犬さまを祀った祠が設けられています。お犬さまが10体ほど並んでいました。素朴な美しさがあります。去年の例大祭で返されたものでしょうか。
 
 
 

 
 
 
 
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2017/06/21

今日は、二十四節気の「夏至(げし)」、七十二候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」

150622(「靫草(ウツボグサ)」、別名「夏枯草(カコソウ)」)


夏至(げし)は、二十四節気の第10番目。一年で最も昼が長い日です。

冬が長い北欧を中心に、夏至祭というものが行われるようです。

夏至は恋人とめぐり合える「愛の季節」でもあるそうで、ウィキペディアには、こんなことも書いてあります。

「北半球では、性欲をかきたてる日とされており、スウェーデンの民俗学者によると、夏至を祝うミッドサマーの祝日から9ヶ月後に生まれる子どもが多いという。」(Wiki

果実もこの時期の太陽光線をいっぱい浴びて、秋には実をつけます。「愛の季節」というのは妙に納得できます。

そして夏至の初候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」ですが、「乃東」というのは、「靫草(ウツボグサ)」のこと。「靫(うつぼ)」というのは、武士が矢を入れて持ち歩いた用具のことです。

別名「夏枯草(カコソウ)」。夏に花が枯れて黒褐色になるからですが、利尿剤や消炎剤として使われているそうです。

上に掲載の写真がウツボグサですが、近くの公園の「薬草園」の花壇にありました。花の後ろにボケて入っているのが枯れかかっているウツボグサです。
 
 
 
 
 
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岐阜県恵那市 大正時代の街並みを残した「日本大正村」

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恵那市中心部から中山神社へ向かっている途中、明智町に「日本大正村」というところがあり、立ち寄りました。

大正時代の街並みを保存した大正村は、重厚な造りの村役場や、土蔵造りの資料館、八幡神社など、「まちおこし」で誕生した街全体をテーマパーク化したもので、普通に市民が生活しているので、全部が全部大正時代のものではありませんが、逆に、生活感があって、作りこみ過ぎた嘘っぽさは感じません。

2015年から、竹下景子さんが三代目村長として務めているということです。

訪ねた時は、大正村バラ祭り開催中でした。
 
 
 
 
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2017/06/20

岐阜県高山市・恵那市 「田毎の月」

170620_1(岐阜県高山市 田毎の月)

170620_2(岐阜県高山市 田毎の月)

170620_3(岐阜県恵那市 坂折棚田)


「田毎の月」を撮り始めて何年経ったでしょうか。

田んぼに水があり、稲が植えられてはいても、その稲が育ち過ぎないころで、天気の良い夜、という条件が必要なので、ほんとに年何度かのチャンスです。

しかも月を満月に限定すれば、ほぼ、1年に1回ということになってしまいます。その日、天気が悪かったら諦めるしかありません。

高山市の田んぼで撮影した時は、満月の3日前。だから暗くなりかけたころ、すでにかなり中空高く位置しています。周りに街灯などの光のない田んぼを探して撮影しました。

翌々日、岐阜県恵那市の坂折の棚田を通過。

田植え直後の田んぼですが、まだ「青々」といったところまではいっていませんでした。

この夕方から雨が降り始め、結局、翌日もほとんど1日中雨で、坂折棚田の「田毎の月」は今回あきらめました。

3年ほど前、すでに坂折棚田の「田毎の月」は撮影しているのですが、また来年来てみます。「田毎の月」という言葉を初めて、農家のおばさんから聞いたのがここだったので、思い入れのある棚田なのです。

しかも印象深かったのは、おばさんは、「昔は田毎の月もきれいでした。でも、月が追ってくるようで怖かったです」というような話をしてくれて、「美しさ」と「怖れ」が同時にあるもんなんだなぁと思ったのでした。

世界には、月を見るとおかしくなるという言い伝えが多くあります。

「狂気」のことを英語では「lunatic ルナティック」。語源は後期ラテン語「lunatics」=「月に影響された」。「lunacy 」 =「精神異常。狂気」、「moonstruck」=「心が乱れた。狂気」 という言葉もあります。

ちなみに、日本語の「つき」は、昔「つく」と発音されて、「憑く」からきているとの説もあります。

どうして月は狂気と結びつくのでしょうか。いまだにわからない謎です。

ただ、清濁、善悪、明暗、相対するものが同居するものこそ美しいと思っているので、そういう意味で月は「きれい」ではなく「美しい」のです。「美しい」から「怖い」でもあるのです。

そして相対するものが同居するものには、神が宿ります。
 
 
 
 
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2017/06/19

【愛犬物語 其の百四十六】 岐阜県下呂市 西上田神社のテディベアのような犬像

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下呂市、西上田神社の境内には、少なくとも3対、6体の子犬型狛犬がいらっしゃいました。それぞれが個性的で、造形的にも優れたもので、じっくり見ていても飽きません。

とくに、階段上った左側に鎮座する狛犬は、子犬や子熊型で、しかも、顔の部分を中心に地衣類や苔類でおおわれ、まるでふさふさの毛が生えている「テディベア」のようです。可愛らしいです。つぶらな目のようなものもあります。

ほかには「おっさん顔」の狛犬もいたり。

さらに境内右奥には、山ノ神の文字碑がたくさん並べられて祀られていますが、ここにも両側には一対の犬像が守っています。首から肩にかけて渦巻き状の線刻があり、これは「たてがみ」の表現なのかもしれません。

すべては、飛騨高山地方でよく見る小型の犬像ですが、どういった由来があるのか、よくわからないようです。
 
 
 
 
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2017/06/18

【愛犬物語 其の百四十五】 日比谷公園内の「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)

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大手書店で、レジ脇に『全国の犬像をめぐる』を平積みしてもらっているのをツイッターで見て、あの中江有里さんのブックレビューは、あらためて影響力が大きいなぁと感心しています。

昨日は国会図書館で、「忠犬ハチ公」と、「お犬さま信仰」について調べました。

忠犬ハチ公については、『全国の犬像をめぐる』ですでに書いているんですが、まだまだいろんな新事実がわかってきて、それを増刷分で加筆するつもりです。

それと10月号の雑誌で「お犬さま(オオカミ)信仰」について写真と文章で発表する予定なので、調べなおしているところです。

犬と狼の間を、最近はいったりきたりしています。

もともと、「山犬」は「ニホンオオカミ」のことでしたが、山には、オオカミもいたし、オオカミと犬との混血もいたし、山で暮らす野犬もいたし、たまたま山に来たイエイヌもいたし、さらには、中国にはいて日本にはいなかった「豺」という動物が、日本人のイメージの中には存在していた、という具合で、たとえ、昔の人が「山犬」に遭遇しても、どれがどれだか区別はつかなかったというのが真相でしょう。

だから、「お犬さま信仰」と言っても、生物学上の「ニホンオオカミ」だけに対する信仰ではなく、こういったいろんな「山犬」を含んだ、「お犬さま」という抽象的なイメージが、山の神の使いとして信仰されたということなのだと思います。

それと、しっぺい太郎伝説や、霊犬早太郎伝説などの「猿神退治伝説」では、「あるところから山犬を借りてきて、ヒヒの怪物をやっつけてもらう」という構図になっていますが、お犬さま信仰が盛んなところでも、「お犬さまのお札を借りてきて、猿や猪や鹿をおいはらってもらう」ということです。

実際昔、オオカミ犬を飼っていた犬養部が猿猪などの害獣退治に活躍していたらしく、そういった話が猿神退治伝説になって残っているようです。


図書館へ行ったついでに、狼像、犬像を3体ほど撮影しました。これはそのうち改めて紹介するつもりですが、日比谷公園内の「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)だけアップしておきます。

この彫像は昭和13年にイタリアから東京市に寄贈されたものです。
 
 
 
 
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【愛犬物語 其の百四十四】 岐阜県飛騨市 白山神社

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飛騨市の白山神社は、集落のはずれの水田地帯に鎮座しています。

白山神社には、「いかにも狼」といったリアルな造りの狼像が置かれています。とくに「阿」像のシルエットは、狼の特徴をよく捉えているのではないでしょうか。大正15年4月に奉納されたものだそうです。

ここにも狼を山の神の使いとする狼信仰がありましたが、現在、お犬さまのお札はありません。

ところで、この日、風が強く吹いていて、動画も面白いかなと思ったので、動画をアップしてみました。動画の前半はここ、白山神社で撮影しました。
 
 
 
 

 
 
 
 
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2017/06/17

【愛犬物語 其の百四十二~百四十三】 岐阜県高山市 水無神社と久々野熊野神社

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水無神社には、狼像が3対あるようです。

道路に面した鳥居の傍には、純白の狛犬が鎮座しています。台座を見たら「平成29年5月吉日」とありました。なんと、1か月前に奉献されたばかりらしい。これも狼のお姿に見えます。「犬像病」なのでしかたありません。

解説看板によると、5月3日からの4日間、水無神社で「大祭」が開催されたようです。これは実に57年ぶりに斎行された祭りだったようで、大祭に合わせて奉献された狛犬なのでしょうか。

山門格子内には彩色された狼像があります。これは木製だそうですが、こういう狼像は初めて見るものです。すばらしい像です。カーッと見開いた目が邪悪なものの侵入を防いでくれているような迫力を感じます。

拝殿前にも石作りの狼像が鎮座しています。

それぞれ立派な狼像ですが、水無神社と狼との関係はよくわからないそうです。

水無神社のある一之宮町から久々野町までは車で20分くらい。場所が分からなかったので、道にいたおじいさんに熊野神社の場所を聞いてたどり着きました。

熊野神社は、階段を上り切った両側にL字型した狛犬が社殿を守っています。

これも「はじめ」タイプというのでしょうか。不思議な形です。

先端には顔の彫り物があるので、かろうじて狛犬だとわかります。もう一対の片側の像は、顔の部分がなくなっているので、完全にL字型(というか、Y染色体型?)のオブジェです。素朴さと古さを感じます。
 
 
  
 
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2017/06/15

昨日のNHK「ひるまえほっと」の「中江有里ブックレビュー」で、犬像をめぐる

170615_11(大分県 案内犬 平治像)

170615_12(千葉県 犬吠埼「犬岩」)


6月14日(水)、NHK「ひるまえほっと」の「中江有里ブックレビュー」というコーナーで、『全国の犬像をめぐる』が取り上げられました。

月一のコーナーだそうで、昨日は、『全国の犬像をめぐる』のほか、畑野智美著『家と庭』、磯田道史著『司馬遼太郎で学ぶ日本史』が紹介されました。

NHK公式HP「ひるまえほっと

どうして中江さんが犬像の本を選んでくれたのか、昨日の番組を見てわかりました。

もちろん、犬好きということがありますが、それだけではありませんでした。

大分県に「案内犬 平治(へいじ)」という忠犬の像があるのですが、本でも触れたように、この犬は遭難者を山小屋まで案内するなど、登山者には有名な犬で、映画にもなりました。『奇跡の山 さよなら、名犬平治』という映画です。

この映画を実際には見ていないのですが、調べてみたら、事実とは少し違った設定の映画だったようで、主人公の少女・敦子が飼っていた犬というふうに映画ではなっていたようです。(本当は野良犬でした) この敦子を演じたのが中江有里さんだったのです。

昨年25年ぶりに平治像を訪ねたらしく、この本の中に平治像があったことで、取り上げてくれたようなのです。

また、全国にはこんなにたくさんの犬の像があるんだと驚いたとおっしゃってましたが、まったく俺がこの本をまとめようとした動機でもあるので、それを聞いて嬉しくなりました。

そして、この本を見て、銚子市の犬吠埼「犬岩」を訪ねたというので、ますます嬉しく思いました。夕映えの犬岩の写真も紹介してくれました。

本に収められた犬像を訪ねて歩くという楽しみ方を提唱してくれていましたが、ここもまさに俺たちが言いたいことで、それを中江さんが代弁してくれていたようで、感謝しています。

こちらのブログでも紹介していただいてます。

犬派にオススメ! 忠犬60匹の感動ストーリーを紹介した『全国の犬像をめぐる』」(6/15 Book Bang)

どこを開いても忠犬愛犬だらけ……犬派に読んでほしい『全国の犬像をめぐる』」(6/15 空犬通信)

 
 
 
 
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【愛犬物語 其の百四十一】 岐阜県高山市 古民家のテーマパーク「飛騨の里」内の匠神社

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市内の西にある「飛騨の里」へ行った。ここは飛騨地方の民家を移築したテーマパークです。

旧若山家は、白川郷下滝村にあった農家です。御母衣ダム建設で、水没することになったので、寄贈、移築されました。宝暦初年(1751)の建造という。

ここでスタッフから面白い話を聞きました。

入口左側に、板の間の小部屋があるのですが、そこに、壁に向かって、三角の小便器があります。家族もお客も、男であれば、小便はここでするという。男の大便や、女性は、母屋から外の便所でやりました。

どうして男の小便だけ特別だったかというと、小便には火薬の原料になるものが入っていたので、小便を売って金にしていたのだという。女性は生理があるのでダメだったようです。調べてみたら、硝石(硝酸カリウム)でした。

いくつも民家がありましたが、だいたいは、入口近くに、家畜部屋が位置します。スタッフによると、家畜を一番日当たりのいい場所に住まわせたといいます。いっしょうけんめいに働いてくれるので、人よりも大切にされたそうです。

家畜であっても家族みたいなものでした。単なる使役動物とは考えていなかったのだろうと思います。

幕末日本にやってきた西洋人たちからは、「日本人は家畜を甘やかしている」と批判されたらしい。また、宣教師が人間が一便偉くて、動物の上に立つと説教しても、「どうして?」と、疑問を持ったという話もあります。動物と人間は同列という感覚が、結果、西洋人からは動物に甘い日本人と映っていたのでしょう。

ところで「飛騨の里」を訪ねたのは、ここに「匠神社」があり、古い狛犬があるからでした。

急な階段の手前に、一対の狛犬がありました。狛犬は飛騨地方独特の子犬型狛犬で、解説看板によると、「高山市丹生川町に伝わるかなり古い狛犬」とあります。「かなり古い」らしい。詳細不明ということですね。
 
 
 
 
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2017/06/14

【愛犬物語 其の百三十九~百四十】 岐阜県高山市 天堤神社の山犬型狛犬と日枝神社の木彫り狛犬

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170614_11(高山市 日枝神社)

170614_12>(高山市 日枝神社)

170614_13>(高山市 日枝神社)

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天堤(あまつつみ)神社内の末社、「荒神大神」前には、かなり古い形の「はじめ」タイプの狛犬が置かれていると知って行ってみました。

滝町棚田から5kmほどの塩谷町まで行ったとき、たまたま道を聞いた軽トラックのおじいさんに道案内してもらいたどり着きました。

以前、このあたりは誰も住んでいない山林だったという。この神社は、もともと高山市の南東に位置するダムに沈んだ高根地区にあったものだそうです。「荒神大神」もそのときいっしょに移されたのではと。

社殿の右裏の「荒神大神」前の一対の狛犬も飛騨地方独特の、子犬型狛犬ですが、かなり古いらしく、風雪で石像は磨かれて、丸くなっています。右側のはとくに形がわからないほどで、抽象的なオブジェのようです。

天堤神社から高山市内へ下って、日枝神社に向かいました。ここには1対の山犬型狛犬が置かれていますが、剱緒神社と同じような、木彫りの狛犬で、山犬or狼ふうのお姿です。

これも荒々しい一刀彫、円空の影響を受けた狛犬像であるらしい。
 
 
 
 
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2017/06/13

岐阜県高山市 滝町棚田

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「岐阜の棚田21選」にも選ばれている滝町棚田は、高山市の中心部から東へ約10kmほどいった乗鞍岳のふもとにあります。

昔は養蚕が盛んなところで桑畑が多かったそうですが、谷水を引いて、棚田を開墾しました。現在、面積は約3.5ヘクタール、約80枚です。
 
 
 
 
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2017/06/12

【愛犬物語 其の百三十八】 岐阜県高山市 剱緒神社の木彫りの狛犬

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剱緒(たちがお)神社には木彫りの山犬像が奉納されています。神社の本殿に隣接する小さな社、摂社の中に鎮座していました。緑色の網がかけてあって、それ越しにお参りすることになります。そのため写真はじゃっかん緑色になっています。

それにしても木彫りの狛犬像を見たのは初めてですが、荒削りの像はノミの痕も、木のふしも残っていて、素朴な味わいがあります。イメージをイメージのままに表現したといった風情で、それだけに力強さが感じられます。

岐阜県は生涯に12万体の仏像を彫ったと言われる円空上人の生まれ故郷でもあり、円空の作品と伝えられる木彫りの仏像は県内に1000体以上残されているそうです。

一刀彫が円空仏の特徴だそうですが、この像にも円空の影響が表れているということなのでしょう。

また、境内には直径10mほどのこんもりした古墳が残されいます。

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2017/06/11

岐阜県飛騨市 「板倉」が点在する種蔵の棚田

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飛騨市を抜け、国道360号線を北上すると、「棚田と板倉の里 種蔵」という看板があります。そこから急坂を上って行くと、まるで桃源郷のような静かな種蔵集落にたどり着きます。8世帯20人ほどの小さな集落です。

駐車場の近くで仕事を終えたおじいさんに話を聞いたら、ここは下の国道を行き来する車の騒音もないし、静かで暮らすにはいいところだと教えてくれました。

石積みの棚田は立派ですが、ここで特徴的なのは、「板倉」という穀物や冠婚葬祭の道具などをしまう倉庫があります。おじいさんによると、昔は、どの家もこの板倉を持っていたそうです。今は、集落内に21棟が残っています。古いものは築260年以上経っているそうです。板倉は、すべて母屋から離れて建てられていますが、火災になったとき財産を守ることと、農作業の効率をあげることが理由だそうです。

車で上に行ってみたら、第2駐車場というところがあって、そこから目の前に、石垣の棚田が広がっていました。ちょうど田仕事をしているところでした。草刈りの音が谷間に響きます。

強烈な西日は、水田の水に反射してきらきらしていました。

ここには、築100年以上の古民家を利用した「板倉の宿 種蔵」もあります。街の喧騒を忘れ、何もしないでのんびり過ごしてみるのも、最高の贅沢かもしれません。
 
 
 
 
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2017/06/09

【愛犬物語 其の百三十七】 岐阜県高山市 伊太祁曾神社

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安房峠から高山市へ下ってくる途中に、伊太祁曾神社があります。

神社の場所が分からなかったので農作業をしている農家の人に尋ねました。

国道にも神社の碑が建っていました。そこから狭い道を九だっていけば鳥居の前に着きます。

この狛犬も、小型の狛犬ですが、社殿の床から張り出した板の上に載っているのはちょっと変わっているかなと思います。空中に浮いているようにも見えます。

顔つきは、普通の狛犬のようでもあり、何を象ったのかよくわかりません。子犬のようでもあり、獅子のようでもあり、狼のようでもあります。

飛騨高山地方に残る狛犬はとにかく素朴です。「狛犬とは何か?」というHPによれば、これは「はじめ」タイプと言われるもので、狼信仰や狼犬を飼い慣らしていた犬飼氏と結びついているのではないかとも言われているようです。
 
 
 
 
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2017/06/08

長野県から岐阜県へ 安房峠旧道

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長野県から岐阜県に抜ける安房峠道路が開通する前は、この峠越えに長時間かかっていたということです。

旧道は今でも通れます。山道は幅も狭くカーブが連続します。とくに長野県側は。

ここを上高地を往復する大型観光バスも以前は通行していたというので驚きです。時間がかかるわけです。すれ違うのも一苦労だったでしょう。

今は、旧道を行く車は少なくなったので、のんびりとドライブできました。

峠近くからは雪山も見えます。新緑を楽しむことができるお勧めの旧道です。
 
 
 
 
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2017/06/07

【愛犬物語 其の百三十六】 山梨県北杜市 神戸神社の子犬のような狛犬

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山梨県北杜市の神戸神社の境内に入るとすぐに、普通の狛犬が鎮座しています。この狛犬のシルエットも美しいものでした。

この他に、子犬のような狛犬が鎮座しています。これは飛騨高山と同じタイプのものらしい。

ブログ上ではまだ山梨県ですが、すでに今、岐阜県にいて、高山や下呂市内の各所に、これと似たような子犬型狛犬が鎮座しているのがわかりました。

神社は、神戸集落や棚田を見渡す高いところにあって、杉木立が日光を遮り、ひんやりして気持ちがいい。

小さな狛犬は、社殿前のところに、かなり離れておかれています。子犬のようです。デフォルメされた形は、愛嬌のあるお姿です。
 
 
 
 
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【愛犬物語 其の百三十五】 山梨県北杜市 増富温泉郷の送り狼像

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山梨県北杜市に増富温泉郷があります。その温泉郷を少し上った本谷林道に、狼の像があると聞いて寄ってみました。

狼ではなくて、狐のようにも見える可愛らしい像です。

像の隣に、「本谷林道の送り狼」の解説看板が立っています。それによると、

「江戸の昔、増富温泉から信州峠を経由して佐久へと抜ける道は、重要な往還として人々の往来が多かった。夜には暗闇の道になった。夜道を歩くと必ずだれかが後をつけてくる。止まると、その気配も止まる。振り返っても姿を見せない。人々は気味悪がって妖怪かもしれないと、坊さんや行者に頼んだが、一向に収まらない。そのうち猟師が仕掛けた罠に一匹の大きな狼がかかった。「人を食おうとして後をつけたのだろう」と言って殺してしまった。それからは夜道に後をつける気配はなくなったが、反対に、熊や猪に襲われるようになった。「あの狼は、村人の安全を守ってくれていたに違いない」皆は初めて送り狼の行為を理解して厚く葬ったとさ。」(要約)

写真を撮っていると、どこからともなく、何かの鳴き声が。見ると、狼ではなく、雉でした。5mくらいまで近づきましたが、草むらの中へ入っていってしまいました。

「送り狼」というと、最近では、良からぬ下心を持った男のことを言うようですが、昔の、本当の送り狼は、このように、人を襲わなかったという話が伝わっています。興味を持って近づいても、近づきすぎないので、「気配」だけ感じるということだったのでしょう。

狼はいなくなったら、反対に、熊や猪に襲われるようになったという話は、今の時代にも当てはまりそうな話です。
 
 
 
 
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2017/06/06

山梨県山梨市 窪八幡神社の日本最古の現存する木造鳥居 

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山梨市の窪八幡神社の鳥居は、日本最古の現存する木造鳥居として知られています。

解説看板によると、

「天文4年(1535)、武田信虎によって42才の厄攘祈願のため鳥居と石橋が建立されたとあり、現在の鳥居はこのときに再建されたものと考えられる。」

とあります。
高さは約7.41m、横幅が広く約5.91m。親柱は太い円柱で、直径が約55cm。

窪八幡の本殿脇には、鐘楼が建っていて、これも立派です。
 
 
 
 
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2017/06/05

今日は、二十四節気「芒種(ぼうしゅ)」、七十二候「螳螂生(かまきりしょうず)」

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今日は、二十四節気「芒種」、七十二候「螳螂生」です。

芒種は、芒(のぎ)のある穀物、熟した麦を刈って、稲の種をまくころ、という意味です。

一方、「螳螂生」は、カマキリが生まれ出るころ、という意味です。葉っぱの後ろに泡状の粘液が付いていることがありますが、それがカマキリの卵です。子どものころ、よく見ていました。

そこから幼虫がいっせいに孵化するのが今の季節なのだそうです。
 
 
 
 
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2017/06/04

NHK「いまほん」と「中江有里ブックレビュー」で『全国の犬像をめぐる』

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NHKの番組で、『全国の犬像をめぐる』を取り上げてもらえることになり、取材を受けました。

番組は、首都圏では11:05〜11:54の「ひるまえほっと」の中の、今話題になりそうな本を1冊取り上げる「いまほん」というコーナーです。6/23(金)の予定ですが、実際の放送時間は直前にならないとわからないそうです。

山形・福島・水戸・長野・甲府・金沢・福井・富山・松江・徳島・高松・熊本・沖縄局では、夕方6時代の「610ローカルニュース」の中で放送されます。6/19(月)~6/23(金)、午後 6:10~7:00の間だそうです。

インタビューは出版社の会議室で受けて、そのあと、『全国の犬像をめぐる』でも取り上げている麹町の「甲斐犬の像」へ場所を移動しました。

この像を建てた社長が開いた「Kaiji(甲斐路)」というレストランに声をかけました。ちょうど昼時間で、お客で忙しかったのですが、撮影のために犬像の後ろにあるごみ箱を移動してくれました。

ところで「Kaiji(甲斐路)」でも、『全国の犬像をめぐる』をみんな喜んで読んでいるという話を聞いてうれしくなりました。この甲斐犬像には、俺も思入れがあって、犬像がだんだん地元の人にとっての祈りの場のようになってくる姿に、「日本的」なものを感じたからです。

「ちょうど、像をきれいにしたところだったので良かった」といいました。みんな撫でるので、自然に「掃除」ができてしまうくらいなのですが。まぁ、そういうところが、「現代版お地蔵さん」と呼んでいる所以です。この前訪ねた石岡駅前の「忠犬タロー像」もそうでした。

それからもうひとつ、女優で作家の中江有里さんが案内人を務める月に一度の「中江有里ブックレビュー」というコーナーでも取り上げられるそうです。これは首都圏のみで放送日は、6月14日(水)です。機会があれば、見てみてください。
 
 
 
 
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2017/06/03

NHK「歴史秘話ヒストリア」で、綱吉の「生類憐みの令」の再評価

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昨日、NHKの番組「歴史秘話ヒストリア」で、徳川5代将軍、綱吉の「生類憐みの令」をやっていました。

時代は違いますが、伊勢神宮を代参したおかげ犬も出てきました。おかげ犬の最初の記録は1771年、徳川家治の時代です。

現在中野区役所のそばに置かれている犬の群像も登場しました。この群像はとくに、夜になると色が目立たなくなるので、本物の犬たちがたむろしているように見えます。臨場感のある犬の群像です。

ここは「お囲い御用屋敷」、犬の住居(保護施設)があったところです。当ブログでも、すでに紹介しています。

【愛犬物語 其の百十二】 綱吉時代の「お囲い御用屋敷」跡の犬像

綱吉の「生類憐みの令」は有名で、綱吉は「犬公方」と呼ばれるほどの犬への偏愛があったことで有名ですが、それが強調されて、とんでもない将軍だと誤解もされてきました。

「生類憐みの令」は「天下の悪法」と言われてきましたが、最近は、再評価されているらしいのです。

日本獣医史学会理事長の小佐々学氏も、「生類憐みの令」の再評価について、

「旧弊である武断政治を文治政治に変えるために、命の大切さを理解させる手段であったとも考えられる。人と動物の命を同等視して、人も動物の一員であると考えていた可能性があるのは注目されていいだろう。動物のみならず人の保護まで含んだ世界最初の動物保護法として極めて重要であり、今後は動物愛護やヒューマン・アニマル・ボンド(略してHAB)の視点から再評価されるべきだろう」

と述べています。

ヒューマン・アニマル・ボンドとは「人と動物の絆」のことで、最近の研究によって「人と動物とのふれあいが、人と動物双方に精神的・身体的にいい効果をもたらす」ということが示されています。

「生類憐みの令」は、すべての生き物の命を大切にするという綱吉の先進的な考えでもあったようです。犬だけではないのです。捨て子が多かったことで、捨て子を取り締まったり、罪人の牢屋内の待遇改善までやりました。

それは綱吉のお母さんが庶民の出で、幼いころから庶民についても聞いていて、人が生きる上で、何が大切かをわかっていたということも、理由だったようです。

でも、綱吉は完璧主義者でもあったので、厳しすぎることで、世間から段々受け入れられなくなっていきました。崇高な考えをストレートに推し進めようとしても、周りが付いてこないというのは、この件に限ったことではなく、いろんなところで目にします。

ただ、「生類憐みの令」は破たんしましたが、でも、その元の思想は十分現代にも通じるし、何しろ、西洋の動物保護の考えが生まれるずっと前にこの思想が生まれていたというのは、誇ってもいいのではないでしょうか。

綱吉によって「令」という形になりましたが、もともと日本の中で、生き物との関係性に育まれてきた「生き物はみな平等」という感覚が、庶民の間にもあったので、、「生類憐みの令」も最初は庶民にも受け入れられたのではないかなと思います。

マハトマ・ガンディーは次のように言っているそうです。

「国家の偉大さや道徳的な進化の度合いはその国が動物をどのように扱っているかで判断できる」

と。
 
 
 
 
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2017/06/01

細川護熙氏作『棚田の四季』展の内覧会レセプション

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細川護熙さんが描いた壁画のお披露目会、『棚田の四季』展の内覧会レセプションへ行ってきました。

細川さんや主催者であるプレナスの社長のあいさつの後、壁画がお披露目されました。

『棚田の四季』は、春夏秋冬の棚田の風景や祭りの様子が、2m×1mの大きさの和紙60枚を使って描かれています。下から見上げると、すごい迫力です。

壁画の裏側を周るようにスロープで2階まで上がって、今度は見下ろします。

このイベントでは、NPO棚田ネットワークと青柳も協力しています。青柳撮影の、棚田の写真8点も展示されています。その中には姨捨棚田の「田毎の月」の写真もあります。

細川さんと少し話ができました。昔、どこか違う目的地へ向かっていたとき、電車を乗り過ごして、姨捨まで来てしまい、駅で友達と将棋をさしながら一晩過ごしたことがあるそうです。月の夜だったらしく、知らず知らずのうちに、姨捨の「田毎の月」を見ていたということになるのではないでしょうか。

それから何年か後、今度は絵を描くために姨捨を訪ねました。ただ、今回の壁画に描いた棚田も、祭りも、具体的なモデルはなく、すべて細川さんのイメージだそうです。細川さんの心象風景ですね。

俺は特に、祭りの部分が好きです。何人描いたかわからないくらい大勢を書き込んだと言っていましたが、祭りの楽しそうな雰囲気が伝わってきます。

風景の中に、この人間の営みが入ることで、より棚田の重層的な文化が感じられるのではないでしょうか。

ところで、最近は陶芸よりも、画家としての仕事が多くなってしまったそうです。

テーブルにはカラフルなおつまみや料理が並びましたが、「熟成牛のローストビーフと香の物のライスロール」、「あさりと枝豆の炊き込み手毬おにぎり」、「グラス仕立ての海鮮ミルフィーユ」など、棚田のイベントにはふさわしい、ご飯を使った料理も提供されました。

一般公開は、今日、6月1日からです。
 
会期: 2017年6月1日~4日  11:00〜20:00  入場無料
会場: スパイラルガーデン(スパイラル1F)
     東京都港区南青山5-6-23 TEL.03-3498-1171

『棚田の四季』公式HP
 
細川護熙氏公式HP
 
 
 
 
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