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2017/06/23

【愛犬物語百景 其の百四十八】 静岡県浜松市 山住神社のお犬さまは家康を救った?

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静岡県浜松市の山住神社は、水窪からさらに8kmくらい山の中へ入ったところです。途中道にはところどころ落石が転がっていました。

軽トラックに乗ったおじさんがその石をかたずけていました。山道の維持管理は大変です。でもそれをやらないといざという時、通れなくなってしまう。山村の危機管理でもあるでしょう。

500mほど行ったら、「山住峠の湧き水」がありました。水が勢いよく流れ出しています。さっきのおじさんもやってきて、ペットボトルに水を汲みました。おいしい水だと言って、名古屋あたりからも汲みにくるそうです。

山住峠は4差路になっていて、山住神社の鳥居がすぐ近くに見えました。

さっそく鳥居のところ、両側にお犬さま(狼)の像が一対鎮座しています。牙がある像です。これは狼らしい。

神門を入ると、広い境内に2本の巨大な神木が。太い幹に朝日が当たっています。「山住神社」の幟がたくさんはためいています。神域にふさわしい幽玄な雰囲気の中、社殿から祝詞が聴こえてきました。

白い装束に薄青の袴をはいた宮司は、埼玉からお犬さまのお札を戴くために来たと知ると、さっそく社務所の窓をあけてくれました。そこには何種類のお札の中にお犬さまの姿が入ったお札がありました。

「埼玉の秩父では、これを「お犬さま」と呼んでいますが、ここでは何と?」
「お犬さまです。狼のことです」
「鳥居のところの狛犬像もお犬さまですか?」
「そうです」

でも、どうしてここが狼、お犬さまと関係するのか、わからないそうです。いろんなことがあって、そうなった、みたいな答えでしたが、その通りなのでしょう。このあたりも狼は猪鹿の害を防いでくれる山の神の眷属・神使として信仰されてきたということなのでしょう。

ところで、調べたら、2014年3月15日の静岡新聞「大御所の遺産探し4」に、1573年の三方ケ原の合戦で、武田信玄の攻勢を逃れて家康は山住神社まで逃れたときの伝説について触れられていました。神社の宮司によると、お犬様は家康の命の大恩人だったというのです。

記事には、

「敵軍が神社に迫るやいなや、空は雲に覆われ「うぉーうぉー」と山犬のほえる声が地鳴りのように響き渡った。肝をつぶし敵軍は退散し、家康は辛うじて難を逃れたという。鎌倉宮司は「お犬様のほえる声が家康の命を助けた。武田軍からしたら、敵の軍勢の足音にでも聞こえたんじゃないか」と思いをはせる。翌年、家康は神社を参拝し、後に刀を奉納したと伝えられる。(略)「毎月1、17の両日、お犬様にお神酒やお洗米をささげる儀式は欠かさない」と鎌倉宮司。」

とあります。

家康とお犬さまが関係していたのですね。

とにかく、あこがれていた山住神社のお犬さまのお札を頂戴できてうれしい。しかも、お札だけではなく、ちゃんとお犬さま像がありました。かなり立派な像が。
 
 
 
 
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2017/06/22

【愛犬物語百景 其の百四十七】 岐阜県恵那市 中山神社の土製のお犬さま

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岐阜県恵那市の山中に「お犬さま」信仰が息づく中山神社が鎮座しています。

ここは、数年前に紅葉の時期に訪ねています。ヴィーノを連れて日本一周しているときでした。

今回は霧雨が降り、境内の雰囲気は神秘的なものでした。

中山神社の何が面白いのかというと、拝殿横に造形的にも優れている独特のお犬さま像があるから。ここでもオオカミが神使です。そして土製の「お犬さま」もユニークなものです。

『狐憑きを祓うおいぬ様信仰』と神崎かず子氏の『陶製狛犬の伝来と民俗習慣に関する報告一「陶磁のこま犬百面相」展拾遺一』を参考に要約すると、

秩父の「お犬さま」は紙に刷ったお札ですが、中山神社では土焼き製の犬像をお借りすることができるのです。髙さ5~10cmくらい、鉄紬や瓦製のものが主で、細長い口吻部、長く直立した尾。狐と見間違えるようなお姿です。

ここの「お犬さま」はとくに、狐憑きを祓う効果がある、魔除けにもなるといわれています。

今ではあまり聞かなくなりましたが、「狐に憑かれた」とか「狐憑き」とは、狐の霊に取り憑かれたと言われる人の精神の錯乱した状態で、今でいうと精神病の一種と考えられる症状です。

お祓いを受けて、狐の霊を追い出すことで治そうとした、ということです。その効果があると信じられたのが中山神社のお犬さまです。

10月の例大祭のときに、その狛犬を持参してお祓いをしてもらい、自宅に持ち帰って祀り、病気が治ればその狛犬を翌年神社に返します。ただその時は、倍の数(2体)を返すことになっています。

昔からこの中山神社のお犬さまの効果は知られていたらしく、日本各地から、ここのお犬さまの狛犬が発見されているという。

神社の境内には、お犬さまを祀った祠が設けられています。お犬さまが10体ほど並んでいました。素朴な美しさがあります。去年の例大祭で返されたものでしょうか。
 
 
 
 
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2017/06/21

今日は、二十四節気の「夏至(げし)」、七十二候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」

150622(「靫草(ウツボグサ)」、別名「夏枯草(カコソウ)」)


夏至(げし)は、二十四節気の第10番目。一年で最も昼が長い日です。

冬が長い北欧を中心に、夏至祭というものが行われるようです。

夏至は恋人とめぐり合える「愛の季節」でもあるそうで、ウィキペディアには、こんなことも書いてあります。

「北半球では、性欲をかきたてる日とされており、スウェーデンの民俗学者によると、夏至を祝うミッドサマーの祝日から9ヶ月後に生まれる子どもが多いという。」(Wiki

果実もこの時期の太陽光線をいっぱい浴びて、秋には実をつけます。「愛の季節」というのは妙に納得できます。

そして夏至の初候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」ですが、「乃東」というのは、「靫草(ウツボグサ)」のこと。「靫(うつぼ)」というのは、武士が矢を入れて持ち歩いた用具のことです。

別名「夏枯草(カコソウ)」。夏に花が枯れて黒褐色になるからですが、利尿剤や消炎剤として使われているそうです。

上に掲載の写真がウツボグサですが、近くの公園の「薬草園」の花壇にありました。花の後ろにボケて入っているのが枯れかかっているウツボグサです。
 
 
 
 
 
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岐阜県恵那市 大正時代の街並みを残した「日本大正村」

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恵那市中心部から中山神社へ向かっている途中、明智町に「日本大正村」というところがあり、立ち寄りました。

大正時代の街並みを保存した大正村は、重厚な造りの村役場や、土蔵造りの資料館、八幡神社など、「まちおこし」で誕生した街全体をテーマパーク化したもので、普通に市民が生活しているので、全部が全部大正時代のものではありませんが、逆に、生活感があって、作りこみ過ぎた嘘っぽさは感じません。

2015年から、竹下景子さんが三代目村長として務めているということです。

訪ねた時は、大正村バラ祭り開催中でした。
 
 
 
 
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2017/06/20

岐阜県高山市・恵那市 「田毎の月」

170620_1(岐阜県高山市 田毎の月)

170620_2(岐阜県高山市 田毎の月)

170620_3(岐阜県恵那市 坂折棚田)


「田毎の月」を撮り始めて何年経ったでしょうか。

田んぼに水があり、稲が植えられてはいても、その稲が育ち過ぎないころで、天気の良い夜、という条件が必要なので、ほんとに年何度かのチャンスです。

しかも月を満月に限定すれば、ほぼ、1年に1回ということになってしまいます。その日、天気が悪かったら諦めるしかありません。

高山市の田んぼで撮影した時は、満月の3日前。だから暗くなりかけたころ、すでにかなり中空高く位置しています。周りに街灯などの光のない田んぼを探して撮影しました。

翌々日、岐阜県恵那市の坂折の棚田を通過。

田植え直後の田んぼですが、まだ「青々」といったところまではいっていませんでした。

この夕方から雨が降り始め、結局、翌日もほとんど1日中雨で、坂折棚田の「田毎の月」は今回あきらめました。

3年ほど前、すでに坂折棚田の「田毎の月」は撮影しているのですが、また来年来てみます。「田毎の月」という言葉を初めて、農家のおばさんから聞いたのがここだったので、思い入れのある棚田なのです。

しかも印象深かったのは、おばさんは、「昔は田毎の月もきれいでした。でも、月が追ってくるようで怖かったです」というような話をしてくれて、「美しさ」と「怖れ」が同時にあるもんなんだなぁと思ったのでした。

世界には、月を見るとおかしくなるという言い伝えが多くあります。

「狂気」のことを英語では「lunatic ルナティック」。語源は後期ラテン語「lunatics」=「月に影響された」。「lunacy 」 =「精神異常。狂気」、「moonstruck」=「心が乱れた。狂気」 という言葉もあります。

ちなみに、日本語の「つき」は、昔「つく」と発音されて、「憑く」からきているとの説もあります。

どうして月は狂気と結びつくのでしょうか。いまだにわからない謎です。

ただ、清濁、善悪、明暗、相対するものが同居するものこそ美しいと思っているので、そういう意味で月は「きれい」ではなく「美しい」のです。「美しい」から「怖い」でもあるのです。

そして相対するものが同居するものには、神が宿ります。
 
 
 
 
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2017/06/19

【愛犬物語百景 其の百四十六】 岐阜県下呂市 西上田神社のテディベアのような犬像

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下呂市、西上田神社の境内には、少なくとも3対、6体の子犬型狛犬がいらっしゃいました。それぞれが個性的で、造形的にも優れたもので、じっくり見ていても飽きません。

とくに、階段上った左側に鎮座する狛犬は、子犬や子熊型で、しかも、顔の部分を中心に地衣類や苔類でおおわれ、まるでふさふさの毛が生えている「テディベア」のようです。可愛らしいです。つぶらな目のようなものもあります。

ほかには「おっさん顔」の狛犬もいたり。

さらに境内右奥には、山ノ神の文字碑がたくさん並べられて祀られていますが、ここにも両側には一対の犬像が守っています。首から肩にかけて渦巻き状の線刻があり、これは「たてがみ」の表現なのかもしれません。

すべては、飛騨高山地方でよく見る小型の犬像ですが、どういった由来があるのか、よくわからないようです。
 
 
 
 
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2017/06/18

【愛犬物語百景 其の百四十五】 日比谷公園内の「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)

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大手書店で、レジ脇に『全国の犬像をめぐる』を平積みしてもらっているのをツイッターで見て、あの中江有里さんのブックレビューは、あらためて影響力が大きいなぁと感心しています。

昨日は国会図書館で、「忠犬ハチ公」と、「お犬さま信仰」について調べました。

忠犬ハチ公については、『全国の犬像をめぐる』ですでに書いているんですが、まだまだいろんな新事実がわかってきて、それを増刷分で加筆するつもりです。

それと10月号の雑誌で「お犬さま(オオカミ)信仰」について写真と文章で発表する予定なので、調べなおしているところです。

犬と狼の間を、最近はいったりきたりしています。

もともと、「山犬」は「ニホンオオカミ」のことでしたが、山には、オオカミもいたし、オオカミと犬との混血もいたし、山で暮らす野犬もいたし、たまたま山に来たイエイヌもいたし、さらには、中国にはいて日本にはいなかった「豺狼」という動物が、日本人のイメージの中には存在していた、という具合で、たとえ、昔の人が「山犬」に遭遇しても、どれがどれだか区別はつかなかったというのが真相でしょう。

だから、「お犬さま信仰」と言っても、生物学上の「ニホンオオカミ」だけに対する信仰ではなく、こういったいろんな「山犬」を含んだ、「お犬さま」という抽象的なイメージが、山の神の使いとして信仰されたということなのだと思います。

それと、しっぺい太郎伝説や、霊犬早太郎伝説では、「あるところから山犬を借りてきて、ヒヒの怪物をやっつけてもらう」という構図になっていますが、考えてみれば、お犬さま信仰が盛んなところでは、「お犬さまのお札を借りてきて、猿や猪や鹿をおいはらってもらう」ということで、どうも、それが相似形に見えてきます。

偶然なのか、関係があるのか。

図書館へ行ったついでに、狼像、犬像を3体ほど撮影しました。これはそのうち改めて紹介するつもりですが、日比谷公園内の「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)だけアップしておきます。

この彫像は昭和13年にイタリアから東京市に寄贈されたものです。
 
 
 
 
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【愛犬物語百景 其の百四十四】 岐阜県飛騨市 白山神社

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飛騨市の白山神社は、集落のはずれの水田地帯に鎮座しています。

白山神社には、「いかにも狼」といったリアルな造りの狼像が置かれています。とくに「阿」像のシルエットは、狼の特徴をよく捉えているのではないでしょうか。大正15年4月に奉納されたものだそうです。

ここにも狼を山の神の使いとする狼信仰がありましたが、現在、お犬さまのお札はありません。

ところで、この日、風が強く吹いていて、動画も面白いかなと思ったので、動画をアップしてみました。動画の前半はここ、白山神社で撮影しました。
 
 
 
 

 
 
 
 
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2017/06/17

【愛犬物語百景 其の百四十二~百四十三】 岐阜県高山市 水無神社と久々野熊野神社

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水無神社には、狼像が3対あるようです。

道路に面した鳥居の傍には、純白の狛犬が鎮座しています。台座を見たら「平成29年5月吉日」とありました。なんと、1か月前に奉献されたばかりらしい。これも狼のお姿に見えます。「犬像病」なのでしかたありません。

解説看板によると、5月3日からの4日間、水無神社で「大祭」が開催されたようです。これは実に57年ぶりに斎行された祭りだったようで、大祭に合わせて奉献された狛犬なのでしょうか。

山門格子内には彩色された狼像があります。これは木製だそうですが、こういう狼像は初めて見るものです。すばらしい像です。カーッと見開いた目が邪悪なものの侵入を防いでくれているような迫力を感じます。

拝殿前にも石作りの狼像が鎮座しています。

それぞれ立派な狼像ですが、水無神社と狼との関係はよくわからないそうです。

水無神社のある一之宮町から久々野町までは車で20分くらい。場所が分からなかったので、道にいたおじいさんに熊野神社の場所を聞いてたどり着きました。

熊野神社は、階段を上り切った両側にL字型した狛犬が社殿を守っています。

これも「はじめ」タイプというのでしょうか。不思議な形です。

先端には顔の彫り物があるので、かろうじて狛犬だとわかります。もう一対の片側の像は、顔の部分がなくなっているので、完全にL字型(というか、Y染色体型?)のオブジェです。素朴さと古さを感じます。
 
 
  
 
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2017/06/15

昨日のNHK「ひるまえほっと」の「中江有里ブックレビュー」で、犬像をめぐる

170615_11(大分県 案内犬 平治像)

170615_12(千葉県 犬吠埼「犬岩」)


6月14日(水)、NHK「ひるまえほっと」の「中江有里ブックレビュー」というコーナーで、『全国の犬像をめぐる』が取り上げられました。

月一のコーナーだそうで、昨日は、『全国の犬像をめぐる』のほか、畑野智美著『家と庭』、磯田道史著『司馬遼太郎で学ぶ日本史』が紹介されました。

どうして中江さんが犬像の本を選んでくれたのか、昨日の番組を見てわかりました。

もちろん、犬好きということがありますが、それだけではありませんでした。

大分県に「案内犬 平治(へいじ)」という忠犬の像があるのですが、本でも触れたように、この犬は遭難者を山小屋まで案内するなど、登山者には有名な犬で、映画にもなりました。『奇跡の山 さよなら、名犬平治』という映画です。

この映画を実際には見ていないのですが、調べてみたら、事実とは少し違った設定の映画だったようで、主人公の少女・敦子が飼っていた犬というふうに映画ではなっていたようです。(本当は野良犬でした) この敦子を演じたのが中江有里さんだったのです。

昨年25年ぶりに平治像を訪ねたらしく、この本の中に平治像があったことで、取り上げてくれたようなのです。

また、全国にはこんなにたくさんの犬の像があるんだと驚いたとおっしゃってましたが、まったく俺がこの本をまとめようとした動機でもあるので、それを聞いて嬉しくなりました。

そして、この本を見て、銚子市の犬吠埼「犬岩」を訪ねたというので、ますます嬉しく思いました。夕映えの犬岩の写真も紹介してくれました。

本に収められた犬像を訪ねて歩くという楽しみ方を提唱してくれていましたが、ここもまさに俺たちが言いたいことで、それを中江さんが代弁してくれていたようで、感謝しています。

こちらのブログでも紹介していただいてます。

犬派にオススメ! 忠犬60匹の感動ストーリーを紹介した『全国の犬像をめぐる』」(6/15 Book Bang)

どこを開いても忠犬愛犬だらけ……犬派に読んでほしい『全国の犬像をめぐる』」(6/15 空犬通信)

 
 
 
 
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【愛犬物語百景 其の百四十一】 岐阜県高山市 古民家のテーマパーク「飛騨の里」内の匠神社

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市内の西にある「飛騨の里」へ行った。ここは飛騨地方の民家を移築したテーマパークです。

旧若山家は、白川郷下滝村にあった農家です。御母衣ダム建設で、水没することになったので、寄贈、移築されました。宝暦初年(1751)の建造という。

ここでスタッフから面白い話を聞きました。

入口左側に、板の間の小部屋があるのですが、そこに、壁に向かって、三角の小便器があります。家族もお客も、男であれば、小便はここでするという。男の大便や、女性は、母屋から外の便所でやりました。

どうして男の小便だけ特別だったかというと、小便には火薬の原料になるものが入っていたので、小便を売って金にしていたのだという。女性は生理があるのでダメだったようです。調べてみたら、硝石(硝酸カリウム)でした。

いくつも民家がありましたが、だいたいは、入口近くに、家畜部屋が位置します。スタッフによると、家畜を一番日当たりのいい場所に住まわせたといいます。いっしょうけんめいに働いてくれるので、人よりも大切にされたそうです。

家畜であっても家族みたいなものでした。単なる使役動物とは考えていなかったのだろうと思います。

幕末日本にやってきた西洋人たちからは、「日本人は家畜を甘やかしている」と批判されたらしい。また、宣教師が人間が一便偉くて、動物の上に立つと説教しても、「どうして?」と、疑問を持ったという話もあります。動物と人間は同列という感覚が、結果、西洋人からは動物に甘い日本人と映っていたのでしょう。

ところで「飛騨の里」を訪ねたのは、ここに「匠神社」があり、古い狛犬があるからでした。

急な階段の手前に、一対の狛犬がありました。狛犬は飛騨地方独特の子犬型狛犬で、解説看板によると、「高山市丹生川町に伝わるかなり古い狛犬」とあります。「かなり古い」らしい。詳細不明ということですね。
 
 
 
 
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2017/06/14

【愛犬物語百景 其の百三十九~百四十】 岐阜県高山市 天堤神社の山犬型狛犬と日枝神社の木彫り狛犬

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天堤(あまつつみ)神社内の末社、「荒神大神」前には、かなり古い形の「はじめ」タイプの狛犬が置かれていると知って行ってみました。

滝町棚田から5kmほどの塩谷町まで行ったとき、たまたま道を聞いた軽トラックのおじいさんに道案内してもらいたどり着きました。

以前、このあたりは誰も住んでいない山林だったという。この神社は、もともと高山市の南東に位置するダムに沈んだ高根地区にあったものだそうです。「荒神大神」もそのときいっしょに移されたのではと。

社殿の右裏の「荒神大神」前の一対の狛犬も飛騨地方独特の、子犬型狛犬ですが、かなり古いらしく、風雪で石像は磨かれて、丸くなっています。右側のはとくに形がわからないほどで、抽象的なオブジェのようです。

天堤神社から高山市内へ下って、日枝神社に向かいました。ここには1対の山犬型狛犬が置かれていますが、剱緒神社と同じような、木彫りの狛犬で、山犬or狼ふうのお姿です。

これも荒々しい一刀彫、円空の影響を受けた狛犬像であるらしい。
 
 
 
 
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2017/06/13

岐阜県高山市 滝町棚田

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「岐阜の棚田21選」にも選ばれている滝町棚田は、高山市の中心部から東へ約10kmほどいった乗鞍岳のふもとにあります。

昔は養蚕が盛んなところで桑畑が多かったそうですが、谷水を引いて、棚田を開墾しました。現在、面積は約3.5ヘクタール、約80枚です。
 
 
 
 
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2017/06/12

【愛犬物語百景 其の百三十八】 岐阜県高山市 剱緒神社の木彫りの狛犬

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剱緒(たちがお)神社には木彫りの山犬像が奉納されています。神社の本殿に隣接する小さな社、摂社の中に鎮座していました。緑色の網がかけてあって、それ越しにお参りすることになります。そのため写真はじゃっかん緑色になっています。

それにしても木彫りの狛犬像を見たのは初めてですが、荒削りの像はノミの痕も、木のふしも残っていて、素朴な味わいがあります。イメージをイメージのままに表現したといった風情で、それだけに力強さが感じられます。

岐阜県は生涯に12万体の仏像を彫ったと言われる円空上人の生まれ故郷でもあり、円空の作品と伝えられる木彫りの仏像は県内に1000体以上残されているそうです。

一刀彫が円空仏の特徴だそうですが、この像にも円空の影響が表れているということなのでしょう。

また、境内には直径10mほどのこんもりした古墳が残されいます。

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2017/06/11

岐阜県飛騨市 「板倉」が点在する種蔵の棚田

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飛騨市を抜け、国道360号線を北上すると、「棚田と板倉の里 種蔵」という看板があります。そこから急坂を上って行くと、まるで桃源郷のような静かな種蔵集落にたどり着きます。8世帯20人ほどの小さな集落です。

駐車場の近くで仕事を終えたおじいさんに話を聞いたら、ここは下の国道を行き来する車の騒音もないし、静かで暮らすにはいいところだと教えてくれました。

石積みの棚田は立派ですが、ここで特徴的なのは、「板倉」という穀物や冠婚葬祭の道具などをしまう倉庫があります。おじいさんによると、昔は、どの家もこの板倉を持っていたそうです。今は、集落内に21棟が残っています。古いものは築260年以上経っているそうです。板倉は、すべて母屋から離れて建てられていますが、火災になったとき財産を守ることと、農作業の効率をあげることが理由だそうです。

車で上に行ってみたら、第2駐車場というところがあって、そこから目の前に、石垣の棚田が広がっていました。ちょうど田仕事をしているところでした。草刈りの音が谷間に響きます。

強烈な西日は、水田の水に反射してきらきらしていました。

ここには、築100年以上の古民家を利用した「板倉の宿 種蔵」もあります。街の喧騒を忘れ、何もしないでのんびり過ごしてみるのも、最高の贅沢かもしれません。
 
 
 
 
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2017/06/09

【愛犬物語百景 其の百三十七】 岐阜県高山市 伊太祁曾神社

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安房峠から高山市へ下ってくる途中に、伊太祁曾神社があります。

神社の場所が分からなかったので農作業をしている農家の人に尋ねました。

国道にも神社の碑が建っていました。そこから狭い道を九だっていけば鳥居の前に着きます。

この狛犬も、小型の狛犬ですが、社殿の床から張り出した板の上に載っているのはちょっと変わっているかなと思います。空中に浮いているようにも見えます。

顔つきは、普通の狛犬のようでもあり、何を象ったのかよくわかりません。子犬のようでもあり、獅子のようでもあり、狼のようでもあります。

飛騨高山地方に残る狛犬はとにかく素朴です。「狛犬とは何か?」というHPによれば、これは「はじめ」タイプと言われるもので、狼信仰や狼犬を飼い慣らしていた犬飼氏と結びついているのではないかとも言われているようです。
 
 
 
 
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2017/06/08

長野県から岐阜県へ 安房峠旧道

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長野県から岐阜県に抜ける安房峠道路が開通する前は、この峠越えに長時間かかっていたということです。

旧道は今でも通れます。山道は幅も狭くカーブが連続します。とくに長野県側は。

ここを上高地を往復する大型観光バスも以前は通行していたというので驚きです。時間がかかるわけです。すれ違うのも一苦労だったでしょう。

今は、旧道を行く車は少なくなったので、のんびりとドライブできました。

峠近くからは雪山も見えます。新緑を楽しむことができるお勧めの旧道です。
 
 
 
 
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2017/06/07

【愛犬物語百景 其の百三十六】 山梨県北杜市 神戸神社の子犬のような狛犬

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山梨県北杜市の神戸神社の境内に入るとすぐに、普通の狛犬が鎮座しています。この狛犬のシルエットも美しいものでした。

この他に、子犬のような狛犬が鎮座しています。これは飛騨高山と同じタイプのものらしい。

ブログ上ではまだ山梨県ですが、すでに今、岐阜県にいて、高山や下呂市内の各所に、これと似たような子犬型狛犬が鎮座しているのがわかりました。

神社は、神戸集落や棚田を見渡す高いところにあって、杉木立が日光を遮り、ひんやりして気持ちがいい。

小さな狛犬は、社殿前のところに、かなり離れておかれています。子犬のようです。デフォルメされた形は、愛嬌のあるお姿です。
 
 
 
 
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【愛犬物語百景 其の百三十五】 山梨県北杜市 増富温泉郷の送り狼像

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山梨県北杜市に増富温泉郷があります。その温泉郷を少し上った本谷林道に、狼の像があると聞いて寄ってみました。

狼ではなくて、狐のようにも見える可愛らしい像です。

像の隣に、「本谷林道の送り狼」の解説看板が立っています。それによると、

「江戸の昔、増富温泉から信州峠を経由して佐久へと抜ける道は、重要な往還として人々の往来が多かった。夜には暗闇の道になった。夜道を歩くと必ずだれかが後をつけてくる。止まると、その気配も止まる。振り返っても姿を見せない。人々は気味悪がって妖怪かもしれないと、坊さんや行者に頼んだが、一向に収まらない。そのうち猟師が仕掛けた罠に一匹の大きな狼がかかった。「人を食おうとして後をつけたのだろう」と言って殺してしまった。それからは夜道に後をつける気配はなくなったが、反対に、熊や猪に襲われるようになった。「あの狼は、村人の安全を守ってくれていたに違いない」皆は初めて送り狼の行為を理解して厚く葬ったとさ。」(要約)

写真を撮っていると、どこからともなく、何かの鳴き声が。見ると、狼ではなく、雉でした。5mくらいまで近づきましたが、草むらの中へ入っていってしまいました。

「送り狼」というと、最近では、良からぬ下心を持った男のことを言うようですが、昔の、本当の送り狼は、このように、人を襲わなかったという話が伝わっています。興味を持って近づいても、近づきすぎないので、「気配」だけ感じるということだったのでしょう。

狼はいなくなったら、反対に、熊や猪に襲われるようになったという話は、今の時代にも当てはまりそうな話です。
 
 
 
 
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2017/06/06

山梨県山梨市 窪八幡神社の日本最古の現存する木像鳥居 

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山梨市の窪八幡神社の鳥居は、日本最古の現存する木像鳥居として知られています。

解説看板によると、

「天文4年(1535)、武田信虎によって42才の厄攘祈願のため鳥居と石橋が建立されたとあり、現在の鳥居はこのときに再建されたものと考えられる。」

とあります。
高さは約7.41m、横幅が広く約5.91m。親柱は太い円柱で、直径が約55cm。

窪八幡の本殿脇には、鐘楼が建っていて、これも立派です。
 
 
 
 
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2017/06/05

今日は、二十四節気「芒種(ぼうしゅ)」、七十二候「螳螂生(かまきりしょうず)」

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今日は、二十四節気「芒種」、七十二候「螳螂生」です。

芒種は、芒(のぎ)のある穀物、熟した麦を刈って、稲の種をまくころ、という意味です。

一方、「螳螂生」は、カマキリが生まれ出るころ、という意味です。葉っぱの後ろに泡状の粘液が付いていることがありますが、それがカマキリの卵です。子どものころ、よく見ていました。

そこから幼虫がいっせいに孵化するのが今の季節なのだそうです。
 
 
 
 
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2017/06/04

NHK「いまほん」と「中江有里ブックレビュー」で『全国の犬像をめぐる』

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NHKの番組で、『全国の犬像をめぐる』を取り上げてもらえることになり、取材を受けました。

番組は、首都圏では11:05〜11:54の「ひるまえほっと」の中の、今話題になりそうな本を1冊取り上げる「いまほん」というコーナーです。6/23(金)の予定ですが、実際の放送時間は直前にならないとわからないそうです。

山形・福島・水戸・長野・甲府・金沢・福井・富山・松江・徳島・高松・熊本・沖縄局では、夕方6時代の「610ローカルニュース」の中で放送されます。6/19(月)~6/23(金)、午後 6:10~7:00の間だそうです。

インタビューは出版社の会議室で受けて、そのあと、『全国の犬像をめぐる』でも取り上げている麹町の「甲斐犬の像」へ場所を移動しました。

この像を建てた社長が開いた「Kaiji(甲斐路)」というレストランに声をかけました。ちょうど昼時間で、お客で忙しかったのですが、撮影のために犬像の後ろにあるごみ箱を移動してくれました。

ところで「Kaiji(甲斐路)」でも、『全国の犬像をめぐる』をみんな喜んで読んでいるという話を聞いてうれしくなりました。この甲斐犬像には、俺も思入れがあって、犬像がだんだん地元の人にとっての祈りの場のようになってくる姿に、「日本的」なものを感じたからです。

「ちょうど、像をきれいにしたところだったので良かった」といいました。みんな撫でるので、自然に「掃除」ができてしまうくらいなのですが。まぁ、そういうところが、「現代版お地蔵さん」と呼んでいる所以です。この前訪ねた石岡駅前の「忠犬タロー像」もそうでした。

それからもうひとつ、女優で作家の中江有里さんが案内人を務める月に一度の「中江有里ブックレビュー」というコーナーでも取り上げられるそうです。これは首都圏のみで放送日は、6月14日(水)です。機会があれば、見てみてください。
 
 
 
 
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2017/06/03

NHK「歴史秘話ヒストリア」で、綱吉の「生類憐みの令」の再評価

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昨日、NHKの番組「歴史秘話ヒストリア」で、徳川5代将軍、綱吉の「生類憐みの令」をやっていました。

時代は違いますが、伊勢神宮を代参したおかげ犬も出てきました。おかげ犬の最初の記録は1771年、徳川家治の時代です。

現在中野区役所のそばに置かれている犬の群像も登場しました。この群像はとくに、夜になると色が目立たなくなるので、本物の犬たちがたむろしているように見えます。臨場感のある犬の群像です。

ここは「お囲い御用屋敷」、犬の住居(保護施設)があったところです。当ブログでも、すでに紹介しています。

【愛犬物語百景 其の百十二】 綱吉時代の「お囲い御用屋敷」跡の犬像

綱吉の「生類憐みの令」は有名で、綱吉は「犬公方」と呼ばれるほどの犬への偏愛があったことで有名ですが、それが強調されて、とんでもない将軍だと誤解もされてきました。

「生類憐みの令」は「天下の悪法」と言われてきましたが、最近は、再評価されているらしいのです。

日本獣医史学会理事長の小佐々学氏も、「生類憐みの令」の再評価について、

「旧弊である武断政治を文治政治に変えるために、命の大切さを理解させる手段であったとも考えられる。人と動物の命を同等視して、人も動物の一員であると考えていた可能性があるのは注目されていいだろう。動物のみならず人の保護まで含んだ世界最初の動物保護法として極めて重要であり、今後は動物愛護やヒューマン・アニマル・ボンド(略してHAB)の視点から再評価されるべきだろう」

と述べています。

ヒューマン・アニマル・ボンドとは「人と動物の絆」のことで、最近の研究によって「人と動物とのふれあいが、人と動物双方に精神的・身体的にいい効果をもたらす」ということが示されています。

「生類憐みの令」は、すべての生き物の命を大切にするという綱吉の先進的な考えでもあったようです。犬だけではないのです。捨て子が多かったことで、捨て子を取り締まったり、罪人の牢屋内の待遇改善までやりました。

それは綱吉のお母さんが庶民の出で、幼いころから庶民についても聞いていて、人が生きる上で、何が大切かをわかっていたということも、理由だったようです。

でも、綱吉は完璧主義者でもあったので、厳しすぎることで、世間から段々受け入れられなくなっていきました。崇高な考えをストレートに推し進めようとしても、周りが付いてこないというのは、この件に限ったことではなく、いろんなところで目にします。

ただ、「生類憐みの令」は破たんしましたが、でも、その元の思想は十分現代にも通じるし、何しろ、西洋の動物保護の考えが生まれるずっと前にこの思想が生まれていたというのは、誇ってもいいのではないでしょうか。

綱吉によって「令」という形になりましたが、もともと日本の中で、生き物との関係性に育まれてきた「生き物はみな平等」という感覚が、庶民の間にもあったので、、「生類憐みの令」も最初は庶民にも受け入れられたのではないかなと思います。

マハトマ・ガンディーは次のように言っているそうです。

「国家の偉大さや道徳的な進化の度合いはその国が動物をどのように扱っているかで判断できる」

と。
 
 
 
 
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2017/06/01

細川護熙氏作『棚田の四季』展の内覧会レセプション

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細川護熙さんが描いた壁画のお披露目会、『棚田の四季』展の内覧会レセプションへ行ってきました。

細川さんや主催者であるプレナスの社長のあいさつの後、壁画がお披露目されました。

『棚田の四季』は、春夏秋冬の棚田の風景や祭りの様子が、2m×1mの大きさの和紙60枚を使って描かれています。下から見上げると、すごい迫力です。

壁画の裏側を周るようにスロープで2階まで上がって、今度は見下ろします。

このイベントでは、NPO棚田ネットワークと青柳も協力しています。青柳撮影の、棚田の写真8点も展示されています。その中には姨捨棚田の「田毎の月」の写真もあります。

細川さんと少し話ができました。昔、どこか違う目的地へ向かっていたとき、電車を乗り過ごして、姨捨まで来てしまい、駅で友達と将棋をさしながら一晩過ごしたことがあるそうです。月の夜だったらしく、知らず知らずのうちに、姨捨の「田毎の月」を見ていたということになるのではないでしょうか。

それから何年か後、今度は絵を描くために姨捨を訪ねました。ただ、今回の壁画に描いた棚田も、祭りも、具体的なモデルはなく、すべて細川さんのイメージだそうです。細川さんの心象風景ですね。

俺は特に、祭りの部分が好きです。何人描いたかわからないくらい大勢を書き込んだと言っていましたが、祭りの楽しそうな雰囲気が伝わってきます。

風景の中に、この人間の営みが入ることで、より棚田の重層的な文化が感じられるのではないでしょうか。

ところで、最近は陶芸よりも、画家としての仕事が多くなってしまったそうです。

テーブルにはカラフルなおつまみや料理が並びましたが、「熟成牛のローストビーフと香の物のライスロール」、「あさりと枝豆の炊き込み手毬おにぎり」、「グラス仕立ての海鮮ミルフィーユ」など、棚田のイベントにはふさわしい、ご飯を使った料理も提供されました。

一般公開は、今日、6月1日からです。
 
会期: 2017年6月1日~4日  11:00〜20:00  入場無料
会場: スパイラルガーデン(スパイラル1F)
     東京都港区南青山5-6-23 TEL.03-3498-1171

『棚田の四季』公式HP
 
細川護熙氏公式HP
 
 
 
 
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