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2017/09/21

【愛犬物語 其の百九十一】 東京都檜原村・あきる野市  臼杵神社のお犬さま像

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臼杵山登山については昨日書きましたが、今日は、山頂にある臼杵神社のお犬さま(狼)像についてです。

臼杵神社のお犬さまについては、主に西村敏也氏の「檜原村の狼信仰」を参考にさせていただきました。

http://repository.musashi.ac.jp/dspace/bitstream/11149/1592/1/sogo_2012no22_002.pdf

神社の右側には木製の祠、左側には石の祠が祀られています。木製の祠は今から20~30年前に担ぎ上げられたものです。石の祠はそれ以前からありました。

臼杵神社には、お犬さま像が奉納されていることや、お犬さまのお札を頒布していることから、狼信仰の神社だろうということです。

『新編武蔵風土記稿』によれば、神社は応永四年(1397)創建と伝えられ、当初、機織(はつたて)という川沿いに鎮座していましたが、永禄三年(1560)霊夢によるお告げがあったため、臼杵山頂に遷座されました。

お犬さま像は左右に置かれています。昔の写真を見ると、像はもっと手前に置かれていたようですが、現在は、祠のちょうど横に置かれています。

右側のは元型をとどめていますが、少しだけひび割れが入っています。ずんぐりしたユニークな姿は、このあたりに特有のもので、例えば奥多摩の大岳山直下の大嶽神社や、檜原村の湯久保・すず野御前神社、笹久保・貴布禰神社のお犬さま像とも似ているそうです。(飛騨高山地方の「はじめタイプ」の像とも似ている気がします)

左側の像はバラバラになった胴体の上に頭の部分が載せられています。目があるので、これが頭であることが、かろうじてわかりました。

技巧的に優れているわけではないかもしれないですが、むしろ素朴で荒削りなところは、子供の絵を見て感動するように、この像にも原初的なパワーを感じます。タイやカンボジアで見たクメールの石像にも感じたものです。

像に抱く感動とは、技巧にはまったく関係ないんですね。あらためて思います。

ただし、苦労してこの山頂まで登ってきて出会うということも、ひとつ、舞台装置としては必須なのかもしれません。信仰心が薄くなった今の時代は。

この像は、どのくらい古いものでしょうか。参考までに、大嶽神社の像は宝暦9年(1759)で、貴布禰神社の像が宝暦10年(1760)です。臼杵神社の像がそこまで遡ることはないかもしれませんが。

ところで、臼杵神社のお犬さま像をネットで調べると、この像が「猫」だというのが出てきます。でも、全国の猫像を見たわけではありませんが、この像を「猫」というのは無理があるのでは?と素人目にも思いました。

不思議な姿の像ではありますが、やっぱり「狼(お犬さま)」に見えます。少なくとも、イヌ科動物を象っていると思われます。

この「猫」説には、実際に、一時期(養蚕が盛んな頃)、臼杵神社が養蚕の神として崇められていたことがあったことと関係しています。

養蚕神として広く知られ、実際瀬戸物の猫を拝借する儀礼もあったことから、臼杵神社の神のお使いが猫と言われるようになったようです。

さらに、この「猫」説が一般に広まったのは、昭和19年に出た宮内敏雄著『奥多摩』(昭和刊行会)で、

「嶺に蚕の守護神として地方的に有名な宮があり、その神前には狛犬代りに猫の像がある。これは養蚕の守り神の使姫は猫であるとの俗信に據ったものなのである」

と、石像が猫だと断定して紹介されていて、これが、奥多摩のバイブルともいわれる本だったので、この「猫」説が独り歩きしたというのが真相のようです。

そして現在、古いお犬さま像とは違う、新しい像が左右に鎮座していますが、これは、平成16年に自治会が奉納した狛犬だそうです。
 
 
 
 
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