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2017/12/31

ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』は神隠しの映画

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ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』は、昔2度ほど、映画館で観ました。

主人公アナが、フランケンシュタインと遭遇したときの表情には、ぞくぞくっとしますね。これ、芝居でしょうか。

見るのは20年ぶりですが、なぜもう一度観ようと思ったかというと、「物語」を調べている中で、赤坂憲雄編『物語という回路』の中の「龍潭譚考 神隠しをめぐる精神史的考察」に、こう書いてあったからでした。

「神隠しは天狗・鬼・山男など隠し神にバリエーションはあれ、ある超自然」的なモノによってどこか異世界へと子どもや女が連れ去られる、不思議な現象として体験されてきた。」「鏡花の「「龍潭譚」という短編小説は、神隠しを主題とした傑作として知られる。小さな、しかし、まさに傑作である。すくなくとも、これほどに生きられた神隠し体験をみごとに描き切った小説を、私は知らない。映像の世界における、ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』に匹敵するとでもいえようか。ジャンルこそ異なれ、この『ミツバチのささやき』と「龍潭譚」は神隠しを描いた傑作として、双璧をなすはず」

そうか、『ミツバチのささやき』は、「神隠しの話」という観方もあったのかと。

映画では子どもたちの遊びの様子が描かれています。

焚火の火の上を飛び越したり、線路に耳を当てて列車が来るのを待ったり、危険なことをやるのが子供たち。

俺も小学生のころ、放課後、小川に笹舟を浮かべて流し、それを追って、遠くまで行ってしまい、気が付いたら真っ暗になって怖かったことを思い出します。

もちろん、この時、遅くなってから家に帰りついているのですが、こういう状態を「プチ神隠し」と言ってもいいかもしれません。子どもの頃こんな体験は、みんなあるのではないでしょうか。

同じような感覚はTVドラマ『北の国から』にもあります。覚えているのはこのシーンです。

夜の森で純、蛍、正吉の3人がUFOと遭遇し、分校の先生が「365歩のマーチ」を歌いながら現れ、先生は宇宙人かもと疑い、暗い森を逃げ帰るシーンがあります。子どもの目線で語られるそのエピソードが好きです。不思議な話のままで終わるのがまたいいですね。怖いけど魅かれる感じが良く出ているシーンだと思います。

「危険」と思うのは、やっぱり経験や知恵がついて大人になってしまったからで、子供にとって、危なさや、危なさに通じる向こう側の世界は、こっち側とはつながっている世界であるのでしょう。

大人になるとそのふたつの世界が断絶してしまうのかもしれません。

子どもはフランケンシュタインが現れても、それなりに受け入れてしまう。異界のものに無防備です。だから『ミツバチのささやき』でも、主人公アナは逃亡者に対しても、恐れることもなく近づき、親切にします。それはお母さんの教えでもありました。

精霊は、良い人には良いもので、悪い人には悪いものと、お母さんはアナに教えるのです。逃亡者はアナにとっては異界から訪れた精霊なのでしょう。そして精霊は、自分自身の心のありようでもあるのですね。「良いもの」であろうとするところに、子どもの純真さを感じます。
 
 
 
 
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2017/12/30

2017酉(鳥)年から2018戌(犬)年へ 「羽犬」の像

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2017年は酉(鳥)年ですが、2018年は戌(犬)年です。酉年から戌年への橋渡しをするような犬像があります。

それは、福岡県筑後市の「羽犬」像です。すでに【愛犬物語】でも紹介しました。

伝説がふたつあって、ひとつは「悪犬伝説」ひとつは「愛犬伝説」です。

秀吉も信長同様、鷹狩りを好んだそうで、鷹狩用の犬である「鷹犬」は「御犬」と呼んで大事にされましたが、反対に、野犬は殺されて鷹の餌にされたという話があります。犬の運命は天国と地獄の、両極端の開きがあったんですね。

伝説に、「悪犬」と「愛犬」という一見矛盾するような2つの伝説が同時に伝わっていることも、人々の心の葛藤をそのまま表しているような気がします。「野犬」と「鷹犬」の、あまりにも両極端な2つの犬の立場そのものが伝わった結果なのかもしれません。

とにかく史実はわかりませんが、羽の生えた犬というユニークな動物を生み出した人々の想像力を面白いなぁと思います。

古くは鷹狩自体を「鷹犬」と呼んでいるケースも多くあるそうで、鷹狩では「鷹」と「犬」は切り離せないものだったようです。

空に飛び上がるような犬の像はまさに羽の生えた鳥と犬が合体したような姿で、「羽犬」はまさに「鷹犬」そのままではないかと思うのですが。

これが偶然にも、2017年と2018年の干支が合体したような姿になっています。

戌年はどんな年になるんでしょうか? 秀吉が連れていた愛犬は飛び跳ねるような活発な犬だったそうです。そんな羽ばたける年になってほしいものです。
 
 
 
 
 
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2017/12/29

【愛犬物語 其の二百十八】 東京都檜原村 大岳山の大嶽神社

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アップするのが遅くなってしまいました。今年最後の狼像(お犬さま像)は大岳山の大嶽神社の石像です。秩父・多摩・武蔵地方で1、2番目に古い像だと言われているものです。

滝本のケーブルカー駅に着いたとき、先日とは違ってまったく静かでした。実際、駐車場のおじさんたちは、「すっかり寂しくなったね」などと話をしていました。前日までの「紅葉祭り」の幟旗を軽トラックで回収していました。

武蔵御嶽神社には寄らずに、まず大岳山を目指しました。登山道は途中から急坂や岩場になり、チェーンが張ってあり「滑落注意」の看板が出ています。これまで降った落ち葉が積み重なり、岩が滑りやすく、注意して上らなければなりません。

武蔵御嶽神社から2時間ほどで、大嶽神社前の広場に着きました。ここには廃屋がありますが、これは大岳荘という売店兼山小屋だったという。

先日参拝した大嶽神社里宮の宮司さんによると、数年前まで営業していましたが、商売にならなくなってやめたらしい。この大岳荘の主人に神社の管理もお願いしていたそうですが。

鳥居があって、そこから80mほど上がったところに大嶽神社が鎮座します。拝殿には大嶽神社里宮で授与しているお犬さまの姿が入ったお札が貼られていました。

拝殿の前には、左右にお犬様像が控えていました。右は雄、左は雌なのでしょうか。右の像の股にはオチンチンが作られていましたが、左の像には見当たりません。

左の像は、正面から見ると、1988年/フランス映画『『バクステール/ぼくを可愛がってください。さもないと何かが起こります。』の主人公、ブルテリア犬とそっくりです。バクステールは、理不尽な主人に切れて殺してしまうというかなり癖のある犬映画、異色のサイコサスペンスです。

バクステール(犬)に人間の深層心理を投影するという映画でもあるのですが、これらのお犬さま像にも、同じようなところがあります。「どのように見るか」は、その人によって様々です。像に向かって自分の深層心理を映し、山や自然と対話します。その装置としてのお犬さま像でもあるのかもしれません。

ところで、この像の古さですが、左の像の台座には、かろうじて「宝暦九年」(1759年)という銘が見えます。でも、本当にそんなに古いのでしょうか。どうも新しく見えてしまいます。台座に苔なども付いていないので余計に新しく見えてしまうのかもしれません。

一応、これが秩父・多摩・武蔵地方で1番か、2番目に古い像と言われているものだそうです。1番目は、スズノ御前神社の像かもしれませんが、確実な情報ではありません。でも、形はそっくりで、もしかしたら、同じ石工の作品ということもあるのかもしれません。

ちなみに、日本最古と言われる像は、こちらに載っています。

http://enjoo.com/komaken/ko_news1.htm

拝殿の後ろには、立派な本殿も建っています。それと大きな岩にしめ縄が張られ、小石がたくさん載せられていました。登山客が長い時間をかけて積み上げたものでしょう。まるで、チベットの祈りの塚「オボ」のようです。

大岳山への山頂へは、神社の脇から続いている上り道を行きます。約30分です。

途中、大きな岩があって、犬連れでは大変ですね。抱いて上らざるを得ない岩もあります。

山頂はちょっとした広場になっていて、今日、大岳山に登った人たち10数人が休んだり、食事を取ったりしていました。太陽の光がさんさんと降り注ぎ、暖かくて気持ちがいい。

神社で写真を撮っている間に追い抜いて行ったお父さんと小学生の男の子2人は、食事が終わったようで、荷物をまとめて、反対側(鋸山方向)へ歩いていきました。
 
 
 
 
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2017/12/28

雲南省納西(ナシ)族に伝わる象形文字「トンパ文字」で「犬」(追加)

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そろそろ年賀状も書き終わったころでしょうか。いや、遅いくらいですね。

雲南省納西(ナシ)族に伝わる象形文字「トンパ文字」で「犬」の追加分です。砂浜をイメージしてみました。
 
 
 
 
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2017/12/27

2017年12月26日発売の「週刊朝日 2018年1月5-12日合併号」グラビアで、犬像の写真が掲載

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今週発売中の「週刊朝日 2018年1月5-12日合併号」のグラビアに「犬像をめぐる冒険」として犬像の写真が掲載されています。Kinki Kidsのグラビアの次です。

トビラは東京大学農学部の「ハチ公と上野英三郎博士像」。書籍で使用している写真とは違ったものですが、実は、どっちを使うか迷った写真で、今回、ようやくお披露目できたのでよかったなと。

あとは新しい茨城県石岡市の「みんなのタロー像」や、来年のNHK大河ドラマに関係してくる上野の「西郷隆盛と愛犬の像」や鹿児島県の「西郷どんのツンの像」、磐田市のゆるきゃら「しっぺいの像」などです。

まだまだ犬像・狼像の魅力は知られていないんだなぁと最近は感じています。でも、面白いと思う俺自身の感覚は信じてみようかな。

「なんで犬像狼像ばっかり?」と聞かれるけど、20年前、棚田を撮り始めた時も、「なんで棚田ばっかり?」と聞かれたことを思い出すと、少しは勇気が出ます。

今まで素通りしていたものに新しい価値を見つけること。それは「新しい物語を見つけること」と言い直してもいいかもしれませんが、それが俺の仕事でもあります。

「犬の像」と聞いて、渋谷駅前の忠犬ハチ公の像くらいしか思い浮かばないのは、俺も同じでしたが、こうして一覧で見ると、犬像といってもバリエーションがあることがわかってもらえるでしょう。こういう点が犬像の魅力でもあるわけです。
 
 
 
 
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今日は、二十四節気「冬至」、七十二候「麋角解(さわしかのつのおつる)」

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今日は、二十四節気「冬至」、七十二候「麋角解」です。

七十二候の「麋(さわしか)」とはトナカイのこと。「トナカイの角が落ちて生え変わる」という意味だそうです。

今日は、トナカイの写真は無いので、北海道知床五湖の鹿の写真で我慢してください(しかも雌?)。

ちなみに日本の鹿の角は、早春に落ちるそうです。
 
 
 
 
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2017/12/26

朝日新聞(2017/12/25)夕刊1面にヴィーノといっしょに掲載されました

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先日、稲荷山公園で『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』の取材を受けた記事が、2017年12月25日の夕刊1面にトップ記事として載りました。

写真は全国の犬像が数点と、ヴィーノといっしょに2パターン撮っていただいた記念写真のうち、妻も入った家族写真が掲載されました。

こちらは、朝日デジタルや朝日新聞のsippoにも載りました。

「犬の像」撮り続ける 愛犬と一緒に全国各地へ

「忠犬」と人の物語に魅せられて…全国の犬像を撮影する写真家

『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』ができたのは、もともと犬を飼おうと提案した妻と、いっしょに暮らすことになったビーグル犬ヴィーノのおかげとも言えます。

何度も書いていることですが、俺は中国でチベット犬に複数回咬まれてから一時期、犬恐怖症に陥りました。それがリハビリによって回復しましたが、妻の実家で飼っていたのもビーグル犬だったこともあって、ビーグル犬だったら、何とか触れるまでには回復していたのでした。

それでも、実際自分で飼うとなったら、世話もしなければならないし、面倒なことが増えてしまって、旅ができなくなってしまうのではないかと心配したのも事実です。

ところが、ヴィーノと出会ってからは、ヴィーノといっしょに旅をする幸せに目覚めてしまい、犬恐怖症も克服したし(100パーセントとはいかないですが)、ヴィーノがいない生活はもう考えられないくらいになってきました。

それで前から憧れだった遊牧民のような移動生活をやってみようという話になった時、遊牧民も同じように番犬を伴っていることから、「旅行」というより、より「生活」に近いことがわかりました。

そうして日本一周してみると、ヴィーノ連れということもあって、「犬の像」とか「犬の地名」とか、「犬」に関係するものが目につきました。

ヴィーノを入れて日本の風景写真を撮ってみたり、いろいろと試行錯誤をしてたどり着いたのが、じゃぁ、全国の犬像を集めてみたら面白いんじゃないか、これほど犬像がある国も珍しいんじゃないかと思い、ここ何年かかけて全国の犬像を捜し歩いたということです。

そして今年『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』を出すことができました。ヴィーノのおかげというのは、こういう理由があったからでした。

記事には、棚田と犬像を写真に撮る理由に共通したところがある、ということにも触れてもらい、嬉しかったです。「棚田」と「犬像」という見た目がかなり違っているので、「どうして犬像なんか?」といわれることもあるからです。

やっぱり俺は、人とのかかわりで作られるものに興味があり、そこから「日本文化」を知りたいということのようです。

だから「棚田」も「犬像」も、それほど違ったものを撮っているという意識はありません。

ところで記事に「全国には計600体の犬像」とありますが、「600体」というのは、正確には「今のところ俺が調べた範囲内での犬像・狼像の合計」です。狼像も含んでいる数です。全国にはまだ数多くの犬像・狼像があるようです。説明不足でした。
 
 
 
 
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2017/12/25

クリスマスのヴィーノ

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【緊急のお知らせです】

今日(2017/12/25)の朝日新聞の夕刊1面に、先日ヴィーノと取材を受けた記事が掲載されました。
 
 
最近は、ヴィーノの癲癇発作は収まっているものの、認知症気味の症状は小康状態で、こういう世話はいつまで続くんだろうと少し心配も感じていますが、新しい年に向かい、光が見えてくることを期待しています。いつかは「煙突」を抜ける時が必ずやってくると信じます。

まぁ、1、2月前の眠れない夜と比べたら、だいぶ大人しくなって、俺たち夫婦も熟睡とはいかなくても何とか眠ることができているので、だいぶ慣れたなぁと思っています。

まぁこうなったらしかたない。あらためて病気のヴィーノも写真で記録していこうと思います。

ところで、二十四節気「冬至」のところでも書きましたが、北半球では一年のうちで昼が最も短く、夜が最も長くなる日が冬至です。

冬至を祝うところは多く、クリスマスも冬至祭が起源という説があります。

新暦(グレゴリオ暦)の1年の元旦と、クリスマスが、冬至の日に近いことも偶然ではないそうです。実際、冬至を1年の始まりにした暦がありました。

キリスト教以前、冬至祭がクリスマスのルーツらしい。「キリストの誕生を祝う日」というのは、あとから付け足された意味だそうです。

アメリカでは多宗教の事情から最近は「メリークリスマス」とは言わず「ハッピーホリディ」と言うようになっています。宗教に関わらず、祝うという意味で、昔の「冬至祭」に戻っていると考えることもできます。

冬至祭は、「死と再生」の儀式であったのでしょう。冬至は太陽の光が一番弱く感じるときでもあり、太陽の活力を取り戻すのが「冬至祭」の意味ではなかったのでしょうか。

聖ニコラウスの話はあとで付け加わった話ですが、贈り物というのは、まさに活力のある新しい年かもしれません。サンタクロースが自然なイメージとして受け入れられるのは、異界の国から異界の者が「煙突(暗くて狭いところ)」を通ってやってきて、贈り物を届ける話、とみると、冬至祭の意味にも合致しているからかもしれません。
 
 
 
 
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2017/12/24

日経新聞土曜版 NIKKEIプラス1で「犬像ランキング」が掲載されました

日本経済新聞」(2017年12月23日)の日経プラス1(土曜日朝刊に挟まっている別刷りの新聞)のフロント企画「何でもランキング」で今回は「戌年 感動の忠犬に会いに行こう」というタイトルで全国の犬像ランキングが掲載されました。

結果は次の通りです。(犬像名をクリックすると各犬像を訪ねたときの記事に飛びます)

日経の電子版はこちらです。→ 「来年は戌年 感動の忠犬像に会いに行こう」 (2017/12/24)

調査の方法は、青柳が最初犬の像を20体選出しました。編集部で日経生活モニターの協力者80人に逸話と像の写真を送り、像の魅力や話の面白さ、人に伝えたくなる、などの観点でベスト10を選んでもらい集計しました。有効回答数は75でした。


第1位: 樺太犬タロジロ

第2位: 消防犬ぶん公

第3位: 名犬チロリ

第4位: 盲導犬サーブ

第5位: 忠犬ハチ公

第6位: 忠犬タマ公

第7位: 代参犬シロ

第8位: 高野山の案内犬ゴン

第9位: 老犬神社のシロ

第10位: 救命犬


今回のランキングは、日経生活モニターの方々が投票して得られた結果です。なので、青柳がひとりで決めたランキングではなく、より客観的なランキングになっています。

まぁまぁ、順当なランキングかなぁと思いますね。

第1位となった、樺太犬タロ・ジロには奇跡のドラマがあるので、第1位はうなづけます。

第2位になった消防犬ぶん公は、予想以上に上位で、健闘したなぁと思います。ホースをくわえて走り回るぶん公を想像すると楽しくなります。好きなエピソードです。

忠犬ハチ公が第5位でした。もう少し上位に行くかなと予想していましたが、忠犬ハチ公以外にもたくさんの犬像が分かると、意外と「駅で待っていた犬」という物語が物足りなく感じるのかもしれません。ただ世界的にも有名犬であることに変わりありませんが。

その点、第4位の盲導犬サーブは、交通事故から主人を守って自分は左前足を失った犬だし、第6位の忠犬タマ公は2度の雪崩から主人を救い出した、言うならば、本当の「忠犬」かもしれません。

あと、第7位と第8位の、代参犬シロと高野山の案内犬ゴンは、共通したものがあると思っています。「人といっしょに歩く犬」という視点で見ると。

犬の習性でもあるのですが、何かのタイミングで人といっしょに歩き始めることがあります。人も楽しいし、犬も楽しい。WIN-WINの関係です。アジアの犬はいまだに多くの地域犬がいるので、それがよくわかります。

ところが日本ではもう自由勝手に歩く犬は見られません。「人といっしょに歩く犬」は基本、地域犬や野良犬でした。自由に歩けたここと、地域の人たちに愛されて、地域犬冥利につきたのではないでしょうか。

Inuzou_01(第1位: 樺太犬タロジロ)

Inuzou_02(第2位: 消防犬ぶん公)

Inuzou_03(第3位: セラピードッグ チロリ)

Inuzou_04(第4位: 盲導犬サーブ)

Inuzou_05(第5位: 忠犬ハチ公)

Inuzou_06(第6位: 忠犬タマ公)

Inuzou_07(第7位: 市原家の代参犬シロ)

Inuzou_08(第8位: 案内犬ゴン)

Inuzou_09(第9位: 老犬神社の忠犬シロ)

Inuzou_10(第10位: 救命犬)
 
 
  
日本全国の犬像を約60体訪ね歩いた『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』が2017年4月下旬に出版されました。よければ、読んでみてください。今回の日経新聞の「犬像ランキング10選」以外の犬像もたくさん載っています。

全国の犬像をめぐる

 
 
 
 
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2017/12/22

今日は二十四節気「冬至」、七十二候「乃東生(なつかれくさしょうず)」」

150622(夏至のころの「靫草(ウツボグサ)」、別名「夏枯草(カコソウ)」)


冬至は、北半球では一年のうちで昼が最も短く、夜が最も長くなる日です。

冬至を祝うところは多く、新暦(グレゴリオ暦)の1年の元旦と、クリスマスが、冬至の日に近いことは偶然ではないそうです。

冬至を1年の始まりにした暦がありました。それと、冬至を祝うところは多く、実はクリスマスも冬至祭が起源だという説があります。

「一陽来復」という言葉には、陰の気が極まって陽の気が生じるという意味があり、冬至のことを指す場合があります。「悪いことが続いたあと、ようやく物事がよい方に向かうこと」という意味もあるそうです。(デジタル大辞泉参照)

「二十四節気」の冬至は次の3つの「七十二候」(略本暦)に分かれます。

●初候 乃東生(夏枯草が芽を出す)

●次候 麋角解(大鹿が角を落とす)

●末候 雪下出麦(雪の下で麦が芽を出す)


冬至の対に当たるのが、一年で最も昼が長い日「夏至(げし)」です。そして夏至の初候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」で、これも「乃東生」と対になっています。

「乃東」というのは、「靫草(ウツボグサ)」のことで、冬至のころに芽を出し、夏至のころに枯れることから別名「夏枯草(カコソウ)」といいます。写真は夏至のころに撮影したウツボグサ(カコソウ)です。
 
 
 
 
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2017/12/19

【愛犬物語 其の二百十七】 東京都日比谷公園 「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)像

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昨日、味の素スタジアムの狼像の右後ろ脚の「怪我」について書きましたが、同じ像は日比谷公園にもあるので、こちらの脚はどうなんだろう?と思い、もう一度日比谷公園に確かめに行きました。

そして、この像には「怪我」が見当たらないことにも触れました。ますます謎は深まります。そのことについては、調べてから書きますので、今日は、とりあえず日比谷公園の像についてです。

解説看板「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)には、

「この彫像は昭和13年にイタリアから東京市に寄贈されたもので、ローマ建国の大業を成し遂げたロムルス、レムス兄弟の有名な伝説に基づいた像です。幼い兄弟は、祖父を殺し王位を奪ったアムリウスによってチベル河に流されましたが、忽然と現れた一匹の牝狼に助けられ、その乳を飲んで成長し、成人した兄弟は祖父の仇を討ちローマを統一したと言われています。」

とあります。時代背景としては日独伊三国同盟のころですね。

ところで、これは伝説ですが、実際はどうだったのか、ということを知る手掛かりが、この本にありました。この雌狼は人間のことだったのではないかというのです。

キャリー・マーヴィン著『オオカミ』には、

雌狼が子どもたちに乳を含ませ、舌でなめてやったところを王の羊飼いファウストゥルスがみつけ、子供たちを羊小屋まで連れ帰り、妻のラレンティアに渡して育てさせたそうです。

「リウィウスは、実際に双子を育てた雌オオカミとは誰だったのかがこの伝説の刺激的な点であると、最後に注釈として付け加えている。「なお、ラレンティアはその身持ちの悪さゆえに羊飼いのあいだでは《雌狼(ルバ)》(売春婦の意)として通っていたと考える者もいる。」」

という。

《雌狼(ルバ)》に育てられたというよりも、荒々しい狼から育てられたと言った方が、子供たちの高貴なイメージを損なわなかったということらしい。

神話・伝説のでき方を考えると、そうなんだろうなぁと思います。
 
 
 
 
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2017/12/18

【愛犬物語 其の二百十六】 東京都調布市 味の素スタジアム「カピトリーノの雌狼」像

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171218(日比谷公園 「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)像)


味の素スタジアムにある「カピトリーノの雌狼」です。ローマ建国の祖ロムルスと双子の弟レムスが雌狼の乳を飲んで育ったというエピソードを表しています。

まぁ、ここまでは当然想定の範囲内で、へぇ~、レプリカと言っても、こんな有名な像がここにもあるんだねぇ、くらいで終わった話かもしれません。

でも、不思議なものに気がついてしまいました。

像は、スタジアムの横のレストラン街の前に置かれていますが、像の後ろに植え込みがあって、後ろからはよく見えません。でも、スタジアムをバックに入れて写真を撮りたかったので、無理やり狭いところに入り、広角で撮影しました。

帰宅して写真を見たら、狼像の右後ろ足に怪我があって、骨が見えるように作られていることに気がつきました。かなりえぐられていて、重症と思われます。何か、理由(伝説)はあるんでしょうね。

そこで調べているところですが、なかなかわかりません。

まずこの像についてですが、この狼像と双子の像は、いっしょに作られたのではないそうなのです。あとで双子がくっつけられた?

狼像は紀元前5世紀と言われていましたが、炭素年代測定によると11~12世紀で、双子像が15世紀だと言われているようです。原案となった図は古代ローマ時代からあるらしいですが。

とすれば、狼像の脚の怪我は、ローマ建国の伝説、双子とは関係ないのかもしれません。つまり、狼そのものに由来するのかもしれないわけです。

そう考えて、狼と言えばイタリアでは「怪我」が常識とまでは言えなくても、けっこう知られた話なのではと思ったので、イタリア観光局で聞いてみました。

でも、イタリアでも、狼の「怪我」が常識であるということはないそうです。「気が付いていない人が多いんじゃないでしょうか?」という話です。かもしれないですね。像の正面ではなく、後ろから見ないと見えない位置だし。

ある人の情報で、イタリア・ローマにあるカピトリーニ美術館をにあるオリジナル像右後ろ脚に、縦に割けた「傷」らしきものがあることがわかりました。これが「怪我」と同じ意味なのかどうか、まだわかりませんが、とにかく、「怪我」の表現は、味の素スタジアムの像がだけではない、ということだけはわかりました。

そうなると、今度は日比谷公園にある「ル-パロマ-ナ」(ローマの牝狼)像の右後ろ脚を確かめたら、「怪我」はありませんでした。だから、無いのはどうしてなのか?という疑問が出てきてしまいます。

ギャリー・マーヴィン著・南部成美訳『オオカミ 迫害から復権へ』にはこんなことが書いてありました。

「西洋文明では、オオカミは他のどんな動物にもまして未開の象徴であり、とりわけ自然がもつ危険や脅威といった特性を象徴する存在だった。…(略)… 人々はオオカミという生き物の性格を、がつがつして飽くことをしらない、強欲で狡猾できわめて残忍なけしからぬものと見なし、もし獲物として人に注意が向けられたなら、オオカミは邪悪な意図をもつ悪質な怪物のごとき生き物と見なされた。また、人は他者に対して害悪を及ぼそうとするとき、狩人や戦士といったオオカミのイメージを自らに重ねた。」

現在では、エコロジー、自然環境、生物多様性の観点からも、オオカミに対するイメージも良いほうに変わってきていますが、昔は、オオカミは「人間の敵」でした。

ただし、ここが面白いと思うのですが、牧畜・遊牧民には「人間の敵」でも、農耕民だったローマ人には「神」になるということです。日本でも同じように、馬産地の東北では「敵」でしたが、農耕が主だったところでは「神」になっています。

ただ、「狩人や戦士といったオオカミのイメージを自らに重ねた」というように、オオカミの戦士としての優秀さはわかっていたようで、勝手に解釈すれば、このくらいの怪我でひるむような動物ではない、ということも意味しているのかもしれません。怪我は優秀な戦士の勲章かもしれないのです。

もしどなたか、この「怪我」の伝説をご存じでしたら教えていただけるとありがたいです。
 
 
 
 
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2017/12/17

インスタグラム(SNS)の「写真療法」としてのメリット

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以前、こういう記事がネットにあがっていました。

「インスタグラムに投稿する写真で「うつ病」がわかる!」
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12104-93759/

と、いうものです。記事から引用すると、

  1.色では青色と灰色が強く、全体に暗く、ぼんやりしている。

  2.モノトーン加工を好んで使う。

  3.顔のアップが少なく、引きの写真が多い。正面の写真が少なく、斜めや横からの写真が多い。

  4.他人と一緒の写真が少なく、自撮り写真が多い。

  5.投稿頻度は高め。コメントは多いが「いいね!」は少ない。

こういう写真を投稿する人は、「うつ病」かもしれない、という記事です。

でも、そもそもインスタグラムに投稿できるなら、たとえうつ病だとしても、まだ程度は軽いのかもしれません。深刻ならインスタグラムどころではないでしょうし。だから「うつ傾向」と言ったほうが当たっているかもしれません。

ただ、「暗い写真」だから「うつ病」と決めつけられるのも、なんだなぁと思います。俺なんか、モノクロ写真で、暗い狼像ばかり投稿しているので、一発で「うつ病」に判断されてしまうでしょう。

写真というのは、そんな単純な精神状態の産物ではないのです。だからこれはあまりあてにならない判断基準だと思います。

ただ、インスタグラム自体は、精神衛生上プラスであることは確実です。これを「写真療法」として見れば。

箱庭療法などを含む芸術療法(アートセラピー)の中には、写真療法というのも入っています。芸術療法は、日本では1960年代から研究実践されていて、イギリスでは保険サービスとして認められている公式な療法です。

心理学を勉強するようになって、俺にとっての写真を撮る行為は、写真療法そのものになっていたんだなぁということに気が付きました。「療法」というと病気を治すイメージですが、「表現」にはそもそもそういう治療的側面が伴っているので、ここでは、あまり病気か病気でないかを区別する必要はないでしょう。

日本芸術療法学会理事の山中康裕先生は「写真療法」を初めて提唱した方です。

精神的に悩むある患者さんがいて、写真が好きだとわかったので、写真を撮るように勧めたら、撮ること自体で、症状が改善したという例から思いついたらしいのです。

病気の人にだけではなくて、イメージの表現は一般の人にも、精神的にいい状態を保つひとつの方法であるといいます。

ちょっと前なら、「写真療法」がいいと言っても、それはカメラを持っている人や、写真が趣味な人、といった限られたものだったでしょうが、これだけSNSが流行り、誰でも、どこでも、写真が撮れるようになった今こそ、「写真療法」は生かされるのではないかと思います。

しかも、「撮る」だけではなく、「見せる」ことも簡単にできます。そして、それに対しての反応もすぐわかります。「いいね!」がいくつ付けられるかで、ある程度の判断ができます。

そんなメリットを生かさない手はありません。

ただ、あまり「いいね!」ばかりを期待しないことも大切です。撮ること自体がいいのであって、「いいね!」を期待しすぎることは、かえってストレスを感じてしまい、逆効果です。

投稿しっぱなし、それが「写真療法」としてみたインスタグラムのいい使い方ではないでしょうか。

「いいね!」がなくても、誰かが見てくれている(かもしれない)という状態が「表現療法」としいてはいいのです。
 
 
 
 
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2017/12/16

坂本長利さんのひとり芝居『土佐源氏』

171216_1(楽風での坂本長利資料展)

171216_2(楽風での坂本長利資料展)


埼玉県さいたま市浦和区の日本茶喫茶・楽風で、坂本さんのひとり芝居を観ました。これで3度目です。

毎回違うことを感じて、飽きるということがありません。

本当にこれは「芝居」なんだろうか?と思いました。坂本さんに元馬喰が乗り移ったように感じてしまった昨日の芝居でした。それは坂本さんの年齢も関係あるかもしれません。

昭和16年、民俗学者の宮本常一が、橋の下で暮らす元馬喰の盲目の男の話を聞き取りしたのは、元馬喰が当時80歳のときだったという。坂本さんはその年齢をとうに越えて88歳になりました。

だから元馬喰を演じているのが坂本さんなのか、坂本さんを演じさせているのが元馬喰なのか・ ・ ・

このひとり芝居の回数も1190回。これもすごいことです。ギネスに申請しているとのこと。

今流行の「不倫」の懺悔(?)もあります。

ただ、元馬喰の話を聞けば、この「不倫」を道徳的に糾弾することがどんなに不毛なことかを感じます。むしろこの場合、「不倫」することが道徳的でさえあるのではないかと、そんなふうにも思いました。

ある身分の高い家の奥さんと、牛を買うということで知り合います。身分のある奥さんが、馬喰の自分を対等に扱ってくれることに好意を持ちます。だんだん親密になっていきます。あるとき、旦那が外に妾を作っていたこともあり、奥さんは幸せではないんだなぁと知ります。それで、奥さんと納屋の藁の中で・ ・ ・

「おなごと牛には嘘はつかなんだ」

と、元馬喰は言います。おなごと牛にモテた理由は、ここにあるのでしょう。

身分があろうがなかろうが、金持ちであろうがなかろうが、どんな人間でも、精いっぱい生きた人生は美しいんだなと感じます。それに引き換え、俺は、未だに地に足が着いていないような非現実感をおぼえながら、人生を送っているような気にもなります。

そういう名もない人の話を丁寧に掬い取った宮本常一もすごい民俗学者だった、ということなのでしょうが。

なお、12月23日、NHKが坂本さんの記念公演の旅に密着取材したドキュメントが放映されます。

ETV特集「老いて一人 なお輝く~一人芝居 50年~
 
 
 
 
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2017/12/15

映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観て

Aini01(中国雲南省 アイニ(ハニ)族)


昔観たかもしれないのですが、もう一度映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観ました。

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(Dances with Wolves)は監督・主演・製作はケビン・コスナー。アカデミー賞作品賞とゴールデングローブ賞 作品賞を受賞している1990年のアメリカ映画です。

どうしてまたこの映画を観ようと思ったかというと、狼が出てくる映画だからでした。人間と狼のファーストコンタクトを描いているものです。

ところが狼だけではありませんでした。もっと興味深かったのは、人間、先住民のスー族とのファーストコンタクトでした。

まったく、言葉も感覚も違う人たちが、どうやって交流を始めていくのか、雲南省で少数民族の村を訪ねたときの体験があるので、すごくリアリティを感じるものでした。

ケビン・コスナー扮する主人公、北軍の中尉だったジョン・ダンバーが「失われる前にフロンティアを見ておきたい」と田舎の砦への赴任を希望します。

そこで先住民のスー族たちに出会い、しだいに心を通わせ、やがて本当のスー族になってしまうというストーリ-です。

砦に現れた1匹の狼。この狼とも仲良くなっていきます。犬が初めて家畜化されたのは、中央アジアあたりらしいという研究発表があります。

狼は、やがてジョンの手から食べ物を食べるようになり、草原で楽しそうに戯れます。狼が犬に変わった瞬間はこのような場面だったのではないでしょうか。

ある日、ジョンはスー族の名前をつけてもらいました。名前を付けられたことで、スー族になったということを実感します。それが「狼と踊る男」です。スー語では「シュグマニツトンカーオブワチ」。ジョンが狼と戯れていたところをスー族は見ていたんですね。

バッファローの狩りで、印象的で大切なシーンがありました。

ジョンは彼らといっしょに狩りに出かけますが、獲物の肝臓を取り出して食べるシーンがあります。一番栄養がある部位で、それを共に食べることで一体感というか仲間の絆を再確認する儀式にもなっています。

スー族の男は、自分が食べたあと、ジョンに差し出します。ジョンもそれを食べると、周りの人たちから歓声があがります。

20数年前になりますが、俺も雲南省で同じような体験をしています。アイニ族の結婚式では、豚の生肉・レバー料理が出ました。俺が食べるところを村人がじっと見ているのです。そして食べると歓声が上がりました。

彼らも生食をすることは気にしているらしく、「西洋人の記者から、俺たちは生肉を食べる野蛮な人たちと書かれたが、なかなかこういう習慣はなくならないよ」と言いました。

ところで、男たちが他民族との闘いに出た時、ジョンは村に残り、村の守りを任せられるのですが、外敵が襲ってきたとき、砦に隠してあった銃を、村人に配るのです、今までは弓で闘っていたのに、銃を使うことで、格段に殺傷能力が高まり、結局、女たちでさえ銃で外敵をやっつけることができました。

明らかに、ここで闘い方の変化が起きました。もしかしたら、銃を使った戦いで勝ったという成功体験は、このあと、外敵が来たら交渉ではなく、すぐ戦ってしまおうと考えるようになったのかもしれません。武器を持つと使いたくなるというのは、古今東西、例外なくみられる現象です。

自衛のための銃は必要だという感覚はアメリカ西武開拓時代を考えるとわからないでもないですが、唯一、ジョンの行動で違和感を覚えた部分です。
  
 
 
 
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2017/12/13

独演劇『土佐源氏』を演じ続けている坂本長利さんの公演が12月15日

160403_4

独演劇『土佐源氏』を演じ続けている坂本長利さんの公演と、資料展が開催されます。

資料展は12月14日から19日まで(15日は休み)、公演は12月15日です。

資料展では2年前の公演で撮影した坂本さんの写真も展示されます。

『土佐源氏』とはどういったものなのでしょうか。

民俗学者・宮本常一さんが、昭和16年の冬、高知県梼原村で聞き取った話で、『忘れられた日本人』に収められています。

ひとりの盲目の老人の口から語られるのは、楽しくて明るい色彩豊かな世界なのです。これには驚きます。

あまりによくできた話なので、これは宮本さんのねつ造ではないか?と疑われるほどでした。

馬喰(ばくろう)をしていた男の女性遍歴の語りですが、なぜか女にはモテた(懺悔も含まれる)、という話なんです。

結果、自慢話なのですが、自己分析も面白いのです。

「牛と女子(おなご)にだけは嘘をつかなんだ」

「牛と女子(おなご)の尻はなめる」

相手の宮本さんに、「あんたも、女子をかまったこと、ありなさるじゃろ?」と聞きます。そして、女子はどんなに身分が高かろうが、やさしさを求めているんだという意味のことを語るのでした。

何もない自分がなぜ女にだけはモテたか、真理をついていた自己分析といってもいいでしょう。
 
もうひとつ印象的なセリフがありました。

「百姓は石を金に換えてくれる」

という言葉です。

馬喰の話は牛をなんとか高値で売ろうとするので、嘘が8割くらいになってしまうのだそうです。ただ、牛を百姓に渡して育ててもらう、そうすると、百姓はいっしょうけんめいに育ててくれるので、牛の価値が実際に上がる。だから結果的に、馬喰の嘘は3割に減る。そんな内容です。

つまり優秀な百姓がいなかったら、馬喰としての生活は成り立たなかった。深いところで、男が百姓に感謝していたことを感じます。

そしてこの話を採取し、選択し、発表したという行為は、日本全国の百姓たちに対する、宮本さんなりの感謝や尊敬のメッセージでもあったのではないでしょうか。
 
 
 
【企画・会場】 日本茶喫茶「楽風」

さいたま市浦和区岸町4-25-12  電話 048-825-3910

http://rafu-urawa.com/
 
 
 
 
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2017/12/12

今日から二十四節気「大雪」、オリジナル七十二候「狗蟄炬燵(いぬこたつにこもる)」

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今日から二十四節気「大雪」、世間では、七十二候「熊蟄穴(くまあなにこもる)」ですが、我が家のオリジナル七十二候として「狗蟄炬燵(いぬこたつにこもる)」を提案します。

解説はいらないと思いますが、ヴィーノの様子はまさにこれ。でも、本当は、「人狗蟄炬燵(ひといぬこたつにこもる)」なんですけどね。

ここまで書いてきて、どうも過去にも書いたような気がして調べたら、やっぱり去年も、オリジナル七十二候として、「人狗蟄炬燵(ひといぬこたつにこもる)」と書いていました。

この季節、炬燵から出たくなくなります。よほど俺は寒さが苦手のようです。
 
 
 
 
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2017/12/11

【愛犬物語 其の二百十五】 東京都青梅市 武蔵御嶽神社の古いお犬さま像

171210_1(拝殿前階段)

171210_2(大口真神社の遥拝所)

171210_3(おみくじ)

171210_4(大口真神社)

171210_5(古いお犬さま像)

171210_6(古いお犬さま像)

171210_7(古いお犬さま像)

171210_8(旧本殿の常盤堅盤社)

171210_9(旧本殿の常盤堅盤社)

Mitake(武蔵御嶽神社のお犬さまのお札)

171210_10(日出山)


大岳山・大嶽神社への帰り、武蔵御嶽神社に寄ってお参りしたとき、まだ紅葉が残っていました。

拝殿前階段のところのモミジが美しい。

日本武尊が東征で道に迷ったとき、白狼が現れて尊の軍を導いてくれたため、狼を大口真神として祀ることになりました。今は、「お犬さま」にちなんでワンコ連れ参拝客も多く訪れます。

武蔵御嶽神社のHPには、

「近頃みたけ山は、「おいぬ様」にちなみ愛犬の健康を願う人々で賑わうようになりました。そこで当社は、愛犬祈願を社頭にて行うようになり、一年を通し、沢山のワンちゃん達の健康をお祈りしております。」

今回は、ヴィーノ連れではないので、癲癇発作が出ないように祈願して、お犬さまのお札だけ、また頂戴しました。

本殿の裏側の山頂、大口真神社でお参りしたあと、古碑が立ち並ぶ築山に、1体だけお犬さま像が立っているのに気が付きました。前回は気が付かなかった狼像です。

対ではなく、1体だけです。これは前からあった古いお犬さま像らしい。拝殿内の古い写真には、これと同じような像が映っているので、もしかしたら、そのお犬さま像なのでしょうか。

その他、前回は写真に撮らなかった旧本殿の常盤堅盤社前にも1対のお犬さまが護っています。これは寛保三年(1743年)に奉納されたものですが、いわゆる狛犬と狼像の中間型のような姿です。

山を下りようとしたとき、遠くに柔らかい夕陽を受けて美しい日出山が見えました。
 
 
 
 
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2017/12/10

日本経済新聞の記事「樺太犬タロ・ジロの像、なぜ大阪に?(もっと関西)」

161106_4(大阪府堺市 大浜公園の「樺太犬の慰霊碑」)

161106_5(大阪府堺市 大浜公園の「樺太犬の慰霊碑」)

161106_6(大阪府堺市 大浜公園の「樺太犬の慰霊碑」)

161130_2(東京都立川市 国立極地研究所の樺太犬の群像)

161130_3(東京都立川市 国立極地研究所の樺太犬の群像)


先日、コメントを求められた日本経済新聞の記事が出ました。

「樺太犬タロ・ジロの像、なぜ大阪に?(もっと関西) とことんサーチ」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24365300X01C17A2AA2P00/


大阪府堺市の大浜公園に置かれている「樺太犬の慰霊碑」について、深堀した記事で、俺も知らない事実が書いてあり、へぇ~と感心しました。

その中で、慰霊像の作者、岩田千虎さんのお孫さんの自宅にはタロ、ジロらの像の原型が残っているそうです。そのうち見せていただきたいですね。岩田さんの思いがもっとわかるかもしれません。

岩田さんは獣医でしたが、彫刻は長崎の平和祈念像の北村西望さんに師事したそうです。そして多くの動物像を製作しました。各地に岩田さんの作品は残っています。

「樺太犬の慰霊碑」は、南極に置き去りにされた犬たちを慰霊するために建てられたものです。岩田さんは動物が人間に不当に扱われることに心を痛めていたようで、この慰霊像を作った動機も、そこらへんにあるようです。

15頭の群像ですが、第一印象は、悲しい群像だなと思いました。犬たちの姿は「別れを惜しみながら立去って行く越冬隊員に向かって遠吠えを続けている姿」だそうです。とくに後姿には悲しさがあふれています。

だから「犬像の中でも、これだけ人々の胸にぐっと迫ってくるものは他にないのでは」とコメントしました。

昭和33年に設置されたときはコンクリート像でしたが、昭和62年、ブロンズ像に作り代えられました。

「このカラフト犬慰霊像は昭和33年7月に南極地域観測隊の第一次越冬隊(S 32.2.15~S 33.2.11)に協力した15頭のカラフト犬の霊を慰めるため堺市在住の獣医で彫刻家岩田千虎氏が別れを惜しみながら立去って行く越冬隊員に向かって遠吠えを続けている姿をコンクリートの像に仕上げ 市に寄贈され 当時水族館の南側遊園地に設置されたものですが 像の風化が著しくなったので このたび原型像に忠実にブロンズの像に復元制作したものです 昭和62年3月31日 堺市公園部」

第3次南極観測隊がタロ、ジロと再会するのは昭和34年なので、まだタロ、ジロが生きていることはわからなかった時です。だから、全頭亡くなったと思って、この慰霊碑は作られました。

「どうして犬たちを置き去りにしたんだ?!」と、日本中から大バッシングを受けていた、その抗議の嵐の真っただ中で建てられた慰霊碑であったようです。岩田さんはその時代の雰囲気も表現したのではないでしょうか。

それと対照的なのが、東京都立川市の国立極地研究所の樺太犬の群像で、こちらは、タロ、ジロが生きていたということがわかった後で製作された像です。

こちらは犬係だった北村泰一さんの次の言葉を参考にして配置されています。

「残されたカラフト犬たちの脳裏に故郷北海道の懐かしい風景が浮かんだと思うのです」

やはり、こちらは「悲しさ」ではないんですね。
 
 
 
 
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2017/12/09

六本木・ストライプハウスギャラリーで開催の玉川麻衣さん個展「流転抄」

Dnb_drdvaaavdlv(『流転』 玉川さんのツイッターより)


玉川麻衣さんの狼の絵を初めて見たのは、今年7月に開催されていた「狼伝承と登る七ツ石山展」でした。

第一印象は、これはなんだ?!という驚きです。ペンで描いた細密画です。

玉川さんには怒られるかもしれませんが、あの鶴の恩返しの「つう」が、自分の羽を抜いて織物にしているような、心身を削って絵にしているような印象です。
 
 
六本木・ストライプハウスギャラリー
〒106-0032東京都港区六本木5-10-33-3F
Tel:03-3405-8108
 
 
今回のギャラリーには「野晒し」シリーズと、狼の絵が展示してありました。

玉川さんの言葉も掲げられていて、七ツ石神社や神社を護っている狼像のことに触れたあと、

  今回の狼図は、その狼たちを思って描きました。

  失われゆくもの、忘れられゆくもの

  崩れかけた狼像は大切なものを必死で守っているように見えたのです。

とありました。

「失われゆくもの、忘れられゆくもの」と聞いて、山形県高畠町にかつていたという高安犬のことを思いました。

「チンは高安犬としての純血を保っていた最後の犬だった、と私はいまもって信じている。」

という書きだしで始まる直木賞受賞作家・戸川幸夫の『高安犬物語』がありますが、高安犬に魅かれる理由を「亡びゆく種族への愛惜」と書いています。

高安犬も日本狼も滅んでしまったのですが、七ツ石神社の狼像は傷つきながらも、時代の流れに必死であらがっている姿にも見えてきます。

七ツ石神社へ向かう登山道が舞台になっているので、空間的なストーリーもあり、暗い異界へ分け入るわくわくする感じ、怖い感じ、にもかかわらず、矛盾するようですが、山の静けさの中にスーッと入っていくような心地よさも感じます。

絵に描かれた狼たちはまさに山の神の使いのようです。そして狼が玉川さんご自身の姿でもあるのでしょう。
 
 
 
 
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2017/12/08

ヴィーノと取材を受けました

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来年は戌年ということで、『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』についての取材依頼が立て続けにありました。

1紙は、ヴィーノもいっしょに、というリクエストがあったので、近くの公園で待ち合せました。

癲癇持ちと軽い認知症のヴィーノですが、体的にはまったく問題がないので、元気に走るし、見た目、普通の犬と変わりません。だから新聞に載っても、この事情を知らなければ、普通のビーグル犬と映るでしょう。

まぁ、俺としても、「病気」を隠すわけではないですが、なるべくならヴィーノの天真爛漫で陽気な犬、といったイメージは大切にしたいなぁと思っているので、普通の犬でいいのですが。

ちょうど紅葉のきれいな木があったので、それをバックにしての写真。俺とヴィーノのツーショットか、妻も入ったスリーショットが使われるか。


それぞれ、どうして犬像を撮るようになったのか、犬像の魅力とは何なのか、そのあたりを話しました。全国にこれだけたくさんの犬像があることの驚き、犬像の背景にあるエピソードが面白いなどです。

嫌なニュースが多い中、年末年始で、楽しい話題でいいかもしれません。

それと記者さんに指摘されて、あらためて思ったことですが、「棚田」と「犬像」は見た目は違いますが、根底にある興味の持ち所は同じかなぁと。どちらも日本を知るための切り口の違い、というだけです。そんなことにも気付きました。

記事掲載日が決まったらお知らせします。
 
 
 
 
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2017/12/07

今日から、二十四節気「大雪」、七十二候「閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)」

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今日から、二十四節気「大雪」、七十二候「閉塞成冬」です。

七十二候の「閉塞成冬」は、「天地の気が塞がって冬となる」などといった意味だそうです。

イメージとしては、上の写真のような感じではないでしょうか。これは新潟県の「夏井のはざ木」です。
 
 
 
 
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2017/12/06

戌年イベント 写真展「全国の犬像をめぐる」&スライドショー「全国の犬像をめぐったお話」

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ギャラリー楽風での写真展は終了しました。現在、『全国の犬像をめぐる』の続編(第2弾)を執筆中です。出版は今年夏ごろになる予定です。そのときは、またどこかで写真展を開く予定ですので、よろしくお願いいたします。


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来年2018年は戌年です。

正月開け1月4日から30日まで戌年イベントをやります。(会期が30日まで延長されました) 犬像の写真展とスライドトークショです。

会場入口には、実際の犬像も置く予定です。ビクターのマスコットでもある「ニッパー」の像です。「骨董」と呼んでいいのか、かなり昔のニッパー像です。ギャラリーの方が骨董市で購入したものです。高さは80cmほどあるでしょうか。いっしょに記念撮影することもできます。インスタ映えしますよ(ホントか?)
 
 
■ 青柳健二写真展「全国の犬像をめぐる」
  会期: 2018年1月4日(木)~30日(火) ※ 10日(水)、11日(木)、17日(水)、24日(水)休み
  午前10時~午後7時 ※ 最終日午後5時まで

北海道から沖縄まで、妻・愛犬といっしょに1年間にわたる日本一周の車中泊の旅をしました。旅先で出会ったのは多くの犬の像・墓・塚・碑で、それぞれに伝説や物語が伝わっていました。全国各地の犬像の写真約60点と、それらにまつわる話を紹介します。

■ スライド&トークショー「全国の犬像をめぐったお話」
  日時: 2018年1月12日(金) 午後7時開演 1500円(要予約)

企画・会場: ギャラリー楽風
    〒330-0064さいたま市浦和区岸町4-25-12
    048-825-3910

チラシは、ギャラリー 楽風(らふ)のHP内にあります。こちらからpdfファイルをダウンロードできます。
 
 
 
 
 
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2017/12/05

「警察犬イルミナ号が、銃器を発見」というニュース

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警察犬イルミナ号が、銃器を発見したとニュースになりました。

イルミナ号は雌のラブラドルレトリバーで9歳。違法薬物と銃器の両方を識別できる「ハイブリッド犬」です。柱の中に隠してあった暴力団の拳銃を嗅覚で見つけたとのことです。(毎日新聞参照)

以前、イルミナ号はミュージシャンの覚せい剤も発見したという優秀な警察犬です。ミュージシャンとは誰でしょうか? あの方かな?

犬の嗅覚には俺も一目置いています。実際ヴィーノと暮らしていると、ヴィーノの嗅覚のすばらしさを実感します。

とくにヴィーノが得意なのは、野生動物の発見です。山を走っていて、そわそわしだし、そして薮や林に向かって吠える。俺には何なのかわかりません。そのうち猿や鹿や狐や狸などが目の前に現れます。北海道のヒグマにだけは知らんぷりを貫いていましたが。

北海道で、前方にキタキツネを見つけたりして、俺も視覚では勝てることがありますが、嗅覚では無理です。ヴィーノはそれほど視覚がいいというふうには見えません。

ヴィーノは匂いで世界を認識しているような気がします。ただ、遠くのものは発見できるのですが、逆に近いところのものを発見できない、ということもあります。たとえば、目の前にある小さなおやつを探せずにうろうろすることがあるのです。

これはどうしてでしょうか。

想像ですが、視覚に「近視・遠視」があるように、嗅覚にも「遠嗅・近嗅」というものがあるのではないかな。

たとえば人間も、急に目の前10cmに何か出されても、すぐには見えない(ボケて見える)といったような感じです。だからヴィーノはこのとき「遠嗅」モードになっていて「近嗅」モードにはなっていないからではないかと。


ところで、オリヴァー・サックス著の『妻を帽子とまちがえた男』に、ある医学生が夜、犬になった夢を見て、目覚めたら、犬のような鋭い嗅覚になっていた、という話については、前も触れました。。

カフカの『変身』みたいなこともあるんだなぁとびっくりです。もしかしたらカフカもそういう感覚の体験があったのかもしれませんが。

それでも最近はヴィーノの影響もあって、俺も匂いに敏感にはなっています。通路の角を曲がった時、何秒か前にそこを通ったであろう、人間の匂いに気が付くことがあります。

それと、匂いで過去の出来事を思い出したり。「あっ、この匂い、雲南省だ」とか。嗅覚は、より本能に近い感覚ともいわれています。

ただ、俺はまだ電柱のオシッコの匂いで、近くにかわいい雌犬がいることもわからないし、ヴィーノの肛門の匂いを嗅いでも、ウンチ臭いだけですが。

世界を匂いで感じたら、どう見えるんだろう。ヴィーノが見ている世界を俺も見て(嗅いで)みたい。
 
 
 
 
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2017/12/04

旧暦十月十六日 満月スーパームーンを夜光杯の水に映して鑑賞

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昨日の満月(旧暦十月十六日)は、月が地球に近づくので大きく見える「スーパームーン」でした。

夜光杯の水鏡に映して満月を鑑賞してみました。「田毎の月」と同じ鑑賞の仕方です。

Wikiの「月見」のページにはこうあります。月見の慣習自体は中国から入ってきたものらしいのですが、

「平安時代頃から貴族などの間で観月の宴や、舟遊び(直接月を見るのではなく船などに乗り、水面に揺れる月を楽しむ)で歌を詠み、宴を催した。また、平安貴族らは月を直接見ることをせず、杯や池にそれを映して楽しんだという。」(Wiki

月は「狂気」と結びついていて、世界中で見ることを忌むところも多いらしいのです。

日本でも「『竹取物語』には、月を眺めるかぐや姫を嫗が注意する場面があり、月見を忌む思想も同時にあったと推察される。」(Wiki)とあります。

「lunatic」=「狂気」。「lunatics」=「月に影響された」。「lunacy」 =「精神異常。狂気」、「moonstruck」=「心が乱れた。狂気」。

月は「映す天体」。月は見る人の心(深層心理=狂気の部分)も映してしまうからでしょうか?
 
 
 
 
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2017/12/03

2018年は戌年 「犬・戌・狗」のトンパ文字

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恒例ですが、来年2018年の干支「犬・戌・いぬ」のトンパ文字デザインをアップします。

今年は事情があって年賀状作成時期には遅すぎたようで申し訳ありません。

なお、年末に向けて、デザインを増やしていく予定です。

トンパ文字(東巴文)は中国雲南省北西部、麗江を中心に住むナシ(納西)族に伝わる象形文字です。
 
 
 
麗江は、中国雲南省の西北部、チベット高原の東南端に位 置します。省都昆明から約600キロ、飛行機と車を使えば2時間で到着します。

麗江を象徴する玉龍雪山を望む平地では、水稲、とうもろこし、小麦、そらまめ、大豆などが主に栽培されています。他に換金作物としての綿花、麻、油菜、唐辛子も作られています。雪山に近付くにつれて、耕作地には適さない土地になり、牛、山羊などの放牧が細々と行われています。

十数年前の時点では、住民の57パーセント、約17万人がナシ(納西)族で、その他、漢、ぺー、リス、イ、プミ族などが住んでいます。麗江が世界遺産になってからは主に商売目的で漢族が多くなったので、57パーセントは変化しているかもしれません。

ナシ族の祖先は古代中国の西北部に住んでいた遊牧民羌族で、その中の一派が南遷し、やがて現在の麗江に住むようになったと考えられています。

ナシ族は千年あまり前、表意象形文字を作り出しました。この象形文字で、民間故事伝説、宗教経典などを著しました。とくに、この文字は、トンパ(東巴)教の経典を書写 するのに用いたところから「東巴文(トンパ文字)」と呼ばれます。ナシ語では「ソチォ・ルチォ」(樹の記録・石の記録)と呼び、千数百種類(1200~1300とも言われる)の文字があります。

トンパ(東巴)教は、ナシ族の原始宗教で、太陽、月、星、山、水、風、火などの自然物を崇拝し、万物に霊魂がやどると信じられていました。 唐の時代から、ナシ族とチベット高原の吐蕃とは頻繁に接触があり、トンパ教は、チベットのボン教の影響、および仏教、道教の影響も受けているといわれます。冠婚葬祭や、病気の時や、邪気払いの時は、トンパを呼んで儀式を行ってもらっていました。トンパは、宗教儀式を司る祭司のことで「智者」を意味します。しかしこの宗教も、1950年代からだんだん廃れていきました。

トンパ文字で著したトンパ経典は現在でも、中国内外に2万冊ほどが残っています。経典の内容は、宗教、民俗、歴史、文学、天文歴法、哲学など多岐にわたっています。古代ナシ族の「百科全書」と呼ばれるゆえんです。

宗教儀式同様、今ではこのトンパ文字を読める人間もほとんどいなくなってしまい、トンパ文化研究所を中心に保存活動が行われているところです。

でも、最近ではトンパ文化が見直されて、学校でも教えられているというニュースを見たので、これからもトンパ文字は生き続けていくかもしれません。
 
 
 
 
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2017/12/02

今日は、二十四節気「小雪」、七十二候「橘始黄(たちばなはじめてきばむ)」

171202(静岡県伊東市のみかん園)


今日は、二十四節気「小雪」、七十二候「橘始黄」です。

コタツに入ってみかんを食べる季節になりました。

「橘」は、食用柑橘類の総称で、不老長寿の象徴「常世草(とこよぐさ)」でもあるそうです。常世(とこよ)の国は、永久不変不老不死の理想郷と言われます。

個人的には、不老不死が理想とは思えないんですが。ある程度の年齢を健康に過ごせて、死ぬときはバッサリというのが理想ですね。

「橘」は、北原白秋作詞の「ちゃっきり節」にも登場しますが、これは、昭和2年に静岡鉄道沿線の観光と物産を広く紹介するために作られた歌だそうで、この場合の「橘」は、静岡の名産・みかんのことのようです。

写真は伊東市の早生種のみかん畑です。
みかんが体にいいイメージがあるし、不老長寿のイメージともつながっているようです。


(参考: tenki.jp 「七十二候≪橘始黄~たちばな はじめてきばむ≫」)
 
 
 
 
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2017/12/01

【愛犬物語 其の二百十四】 東京都檜原村 大嶽神社の里宮

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檜原村の県道205号から山道を1kmほど上ったところに大嶽神社の里宮が鎮座します。

石段を上り鳥居をくぐると、正面には拝殿、右側に小さな祠がありました。見ると、前には、鏡と犬像らしきものが。高さは10cmほどの小さな像ですが、2体座っていて、それぞれ姿が違います。狼(お犬さま)像に見えます。

そこへ宮司さんがみえたので、この狼像のことを聞いてみました。

これは、近県のある祠に祀られていた狼像だったそうですが、その祠が移転することになり、信者がこに返したもの。ここは役目を果たしたお札やお守を返納する納札所で、お札などはおたきあげの時に燃やすそうですが、この狼像は、このまま置いておくそうです。

ここは里宮で、元々狼像はありませんが、大岳山直下の本社にはあります。本社は日本武尊の徳を慕って山頂に社を建立したのが始まりです。狼が日本武尊を助けたという由来から狼を祀るようになったそうです。

江戸時代から戦前まで、大嶽神社にはたくさんの参拝客やってきていました。当時は50ほどの講がありましたが、今は8つほど。戦後は自動車道ができて、武蔵御嶽神社や三峯神社へは簡単に行けるようになったので、ここにはあまり来なくなったそうです。

神社の前に、山へ続く道が通っていますが、この道が表参道でした。途中には「何丁目」の丁目石もいくつか残っています。この表参道は急坂があって大変で、3時間半はかかります。今は、林道ができたので鋸山まで車で行って、そこから尾根道を伝って大岳山まで比較的楽に行けるようになりました。

神社の祭りは4月8日で神事が行われます。また4月第2土曜には、御輿が練り歩き、お犬さまのお札が各氏子に配られるほか、参拝者にもお札が授与されるということです。

江戸時代の版木が残っていて、お札はその版木からの手刷りです。印刷会社に頼もうかという話も出ましたが、やっぱり手刷りの方がいいだろうということになりました。かすれた感じも、素朴な味わいがいいですね。この前、貴布禰神社の壁に貼られていたお札です。

「最近は、お札をもらいたいという人も増えていますね」という。いろんなところから問い合わせがあるらしいのです。以前、富山から何人も連れだってお札をもらいに来たグループもいたという。

ところで、祭りではお神輿を担ぐ人も少なくなっていますが、それは全国どこでもかかえる問題です。それで今年から、神社庁が全国で過疎地を調査し、祭りにかかる資金などを補助する計画があるらしい。

宮司さんは、稲束、野菜、黒米、紫米を持ってきました。野菜は、広島県の信者が送ってくれたもの。聞けば、翌日(11月23日)の新嘗祭でお供えするものでした。

新嘗祭では、この新穀をお供えします。日本の稲作では一番大切な神事です。

「明日、宮中でも儀式が行われるはずです。ここでは、神事と言っても祝詞をあげるだけですが」

こんなふうに日本の各地、村々で、豊作を感謝する儀式が続けられていることに、感動すら覚えます。
 
 
 
 
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