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2018/02/27

【愛犬物語 其の二百三十五】 滋賀県長浜市 平方天満宮 目検枷の犬塚

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滋賀県長浜市の平方天満宮に目検枷の犬塚があります。毎年人身御供を要求した化物をやっつけた犬の名前が「目検枷(めたてかい)」。これもしっぺい太郎型伝説ですね。

そういえば、山形県の「犬の宮」や、鶴岡市の大山犬祭りに伝わる犬の名を「めっけ」と言いましたが、「目検枷」と関係があるようです。

境内に目検枷の「犬塚」があります。犬塚の石を触って、歯を撫でると歯痛が治ると言われていますが、犬の歯の丈夫さからきているんでしょうか。
 
 
 
 
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2018/02/25

【愛犬物語 其の二百三十四】 岐阜県大垣市 八幡神社

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岐阜県大垣市の八幡神社にも、子安信仰の「母子犬像」があります。

子どもも撫でられるように、台座も低くして、像も曲線的にしたそうです。怪我しないようにですね。だから耳も垂れ耳になっています。

今年は戌年なので、御朱印帳も犬柄のものがありますが、これは無くなり次第終了とのこと。
 
 
 
 
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2018/02/23

【愛犬物語 其の二百三十三】 愛知県名古屋市 伊奴(いぬ)神社

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伊奴神社は、名古屋市西区にありました。

神社名の由来でもある伊奴姫神(いぬひめのかみ)を祀り、子授け、安産、夫婦円満、家内安全などに御神徳があるとされています。

拝殿前には犬の王の石像が鎮座します。足元にはたくさんの小さな白犬像。これはいぬみくじの犬像たち。

ここも子安信仰のカテゴリーに入る犬像でした。

ヴィーノの首輪やリードに付けられる「いぬ『絆』御守」を頂きました。飼い主との絆がもっと深まればいいのですが。
 
 
 
 
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2018/02/22

【愛犬物語 其の二百三十二】 愛知県名古屋市 盲導犬サーブ像

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サーブ像を再訪しました。

名古屋中心地の交通量の多いところに立ち、交通安全を訴えているようにも思えます。主人をかばって左前足を交通事故で失ったサーブだから。
 
 
 
 
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【愛犬物語 其の二百三十一】 愛知県名古屋港のタロ・ジロ像

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この日、名古屋港には、警備の人間や観光バスがたくさん待機していて、もしかしたら、春節休みの中国人観光客を乗せたクルーズ船でもやってくるのかなぁと。

犬像の撮影に忙しくて、人に聞かなかったので、どうだかわかりませんが。

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2018/02/21

厳冬期の車中泊

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厳冬期の車中泊はけっこう厳しいものがあります。ましてやヴィーノ連れでは。いや、ヴィーノを湯たんぽ代わりにしているので、文句は言えません。

とにかく、もう少し暖かくなってほしいものです。

関西をこの2、3日で周ったら、九州まで行きます。ブログは例によって、実際の日よりも遅れてアップされるかもしれません。
 
 
 
 
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2018/02/20

【愛犬物語 其の二百三十】 愛知県岡崎市 犬頭神社と犬尾神社

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愛知県岡崎市の糟目犬頭神社と犬尾神社には、小白丸型の伝説が伝わっています。

主人が吠える犬を煩いといって切りつけると、犬の首が飛んで、上にいた大蛇に噛みつき、主人を助けるのです。主人は、犬が自分を助けるために吠えていたんだと悟り、後悔する、という話です。

現代版に置き換えれば、

他人の耳の痛い忠告を煩がって、その人を遠ざけたけれど、何かトラブルが起きて、忠告されたとおりになってしまった。自分のために忠告してくれていたんだとわかっても、後の祭り。その人は自分の元から去ってしまって後悔するなどという話と似ていると思うんですが。

本当の忠義とは何なんだろう?と考えさせる話でもあります。主人であっても、言うべきときは言う、ということになるんでしょうか。
 
 
 
 
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2018/02/19

【愛犬物語 其の二百二十九】 愛知県岡崎市 六所神社の母子犬像

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犬像撮影旅に出ました。今回は、(今回も)、ヴィーノ連れです。

これは愛知県岡崎市、六所神社の母子犬像。子安信仰の犬像です。

詳しい話は帰宅後に書きます。

 
 
 
 
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2018/02/16

春節快樂!万事如意! 今日は旧暦の1月1日

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あけましておめでとうございます。

春節快樂!万事如意!

今日は旧暦1月1日、新年です。

ようやくこの「旧暦棚田ごよみ」を飾る日がきました。今年はどんな1年になるでしょうか。

犬像と棚田を撮影しながら九州まで旅する予定です。もちろんヴィーノ連れです。

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2018/02/05

『ハッピーフライト』を観たらDRD4-7Rがうずきだした

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綾瀬はるかが新人CA役を演じる『ハッピーフライト』をまた観ることができて、ハッピーになりました。

「飛行機もの」は全般的に好きですが、これは飛行機を飛ばすにはいろんな人が関わっているんだなぁとわかるところも面白いし、綾瀬はるかの新人ぶりが可愛らしいし、観ているとうきうきしてきます。

ホノルル便は機体の故障で戻ってくるという、考えてみれば深刻な話なんですが。深刻な話を楽しい映画に仕上げるという神業が光る作品です。

また、最近では機内でキレる乗客が問題になっていますが、映画でも、その問題を先取りしているようなシーンが登場します。

CAは緊急事態にはサービススタッフから、保安スタッフに変わるんだなぁとわかりました。こんなキレる男どころか、最近では暴力をふるう乗客もいるので、保安スタッフとしての訓練も積んでいるんだろうと想像します。

毅然とした態度のチーフパーサーの寺島しのぶはかっこよかったです。


ところで、ヴィーノのせいにはしたくないのですが、最近、外国旅行をしていないので、特にうきうきしたのかなぁと思います。

「ワンダーラスト Wanderlust 」のDNAがうずきました。前も書きましたが「ワンダーラストは「頭がおかしくなるほど旅に出たくてたまらない!」という病気らしい。

世界人口の20%がかかっている「病気」- ワンダーラストとは?
ハフポスト日本版 http://www.huffingtonpost.jp/triport/wanderlust-trip_b_7953888.html

俺は完全に「ワンダーラスト」なんですが、たぶん、旅に出たくなることがない人が読んだら、「なんておおげさなんだ」と思われるかもしれません。でも、この病気にかかっている人にとっては大問題なのです。

ワンダーラストには「DRD4-7R」という遺伝子がかかわっているそうです。このDRD4-7Rを持っているのは世界人口の20パーセント程度。

それにしてもなんですね、記事の最後にある文には苦笑です。

「その気持ちに共感することはできないかもしれませんが、その人を大切に思うならぜひ理解してあげてください。」
 
 
 
 
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2018/02/04

今日は、二十四節気「立春」、七十二候「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」

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今日は、二十四節気の「立春」です。「春」の初めです。

春に向かうはずなのに、今週また「最強寒波」がやってくるそうで、春を感じられるのはもう少し先になりそうです。

旧年十二月(または閏十二月)の立春を「年内立春」、年が明けてからの立春は「新年立春」といいます。今日の「立春」は「年内立春」です。

旧暦の新年は新暦2月16日からで、今日はまだ旧暦十二月十九日。だから「年内」なのです。

立春と元日が重なるのは珍しく、「朔旦立春」といいますが、1992年にあった以降は、ずっとなくて、2029年までなさそうです。(Wiki参照)

春の初め、「立春」期間中の七十二候は次の通り。

●初候 東風解凍(東風が厚い氷を解かし始める)

●次候 黄鶯睍睆(鶯が山里で鳴き始める)

●末候 魚上氷( 割れた氷の間から魚が飛び出る)
 
 
 
 
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2018/02/03

【愛犬物語 其の二百二十八】 埼玉県加須市 長竹遺跡の縄文時代「犬形土製品」

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全国の犬像をめぐるようになって数年以上になるが、犬像のルーツはどこまでさかのぼれるのだろう?と考えた。埴輪に犬がいたというのは、おぼろげながら知っていた。それ以前の犬像はあるのだろうか?

そう思って調べてみると、縄文・弥生時代にも犬像はあったということがわかった。土で作ったものだが、埴輪犬と違って、用途は今のところわかっていない。

平成22年度から埼玉県加須市で発掘調査が行われている長竹遺跡からも、これまでに縄文時代・晩期(約3500〜3000年前)の動物形土製品が複数出土している。その中に犬形土製品もある。

遺物が展示されているのは熊谷市の埼玉県立埋蔵文化財センターだが、正面入り口にガラスケースがあって、縄文時代集落の絵の中に縄文犬像は立っていた。

ちょこんと立っている姿にいっぺんで虜になってしまった。

頭から尾までは長さ7.3cm、足から耳の先端までの高さが4.9cm、、重さ40.5gの小さな土製品だ。立った耳と巻尾が特徴的で、目・鼻・口の表現はない。その代わり尾の付け根下に肛門のような穴がある。

それにしても、この造形感覚は何だろうか? 現代にも引けを取らないデフォルメと愛らしさの表現、そして左右対称ではなく、微妙に腰が曲がっているところなどは、当時の縄文人が犬をよく観察していた証拠だろう。

縄文時代の犬は、狩猟に使われ大事にされたようだ。優れた嗅覚と聴覚で人間をサポートしてくれる、狩猟には欠かせない伴侶だった。狩猟が盛んになる後期から晩期には丁寧に埋葬された例が多いという。

名古屋市の縄文時代・大曲輪遺跡から、犬を抱えた人骨が発見されている。犬好きだったら究極の葬られ方かもしれない。しかしよくよく考えてみると、人と犬、同時に死んだ確率は低く、そうなると、犬はいっしょに埋められたと考えられなくもないが。関係者に聞いたら、人骨と犬の骨が状態よく発見された事実はあるが、それがどういった意味を持つのか、たとえば、飼い主だったかとかは憶測になってしまうという。たしかにそうだ。想像の世界だ。

犬自体の埋葬例はどうだろうか。wiki「日本犬」によると、

愛媛県久万高原町の上黒岩岩陰遺跡・夏島貝塚出土の骨が、放射性炭素を使った年代測定で、縄文時代早期末から前期初頭(7200~7300年前)の国内最古の埋葬犬と結論づけられた。(山崎京美「イヌ」『縄文時代の考古学5 なりわい 食料生産の技術』)

千葉県船橋市の藤原観音堂貝塚からは、縄文後期の犬骨が発掘された。これをもとに縄文犬の復元が試みられ、「飛丸」と名付けられた。「飛丸」は体高40センチメートルから42センチメートルの小型犬で立ち耳、巻き尾といった柴犬に似た特徴を持っていた。(山梨県立考古博物館(編) 『縄文時代の暮らし 山の民と海の民』)

長竹遺跡の犬形土製品の特徴と符合しているようだ。

長竹遺跡はスーパー堤防造成に伴って発見された。現在の地図で見ると、利根川河畔だが、今のように川に土手もないし、流れも変わっただろうから、縄文時代後晩期、遺跡が川に面していたかはわからないが、4~6kmごとに集落が点在していたのではないかという。

犬型土製品は、「包含層」という遺物を含んだ土の層から出土したそうで、遺構などもないところなので、犬像が(置かれた)あったところが、当時どういった場所かもわからない。どんな目的で作られたかもわからない。

すべてがわからないので、想像するしかないのだが、しかし、素人にとってはこれがむしろ想像できる自由があるので、楽しいとも言える。縄文人にはなれないが、犬の像から、犬との関わりを感じ取ってみたい。

中学時代、近くの山際に発掘調査済みの縄文時代の遺跡があって、矢じりや縄文土器の破片を拾うことができた。今もその「コレクション」を持っているが、子ども心にも、その遺物を手に取ったとき、当時の人間も同じように触っていたことを想像すると、遺物は、文字ではないが心や思いを伝える、ある意味手紙なんだと思ってぞくぞくっとした。

この犬形土製品も、縄文人の犬に対する愛情が感じられる手紙になっている。

動かしたり置いたりして遊ぶ玩具だったのだろうか。呪術的な道具、安産のお守りなどということも考えられる。

それともアート作品だったのだろうか。多種多様なスケール感の面白さを追求するBIG ART、SMALL ARTというのがある。実物より、大きかったり、小さかったりするだけで、面白さを感じるのだ。特に小さいものに対しては、可愛らしさや、「守ってあげたい」的な母性本能をくすぐられる。

現代でも、ジオラマなど眺めているだけで楽しくなるし、心理臨床の分野では箱庭療法として、砂場にミニチュアの人形や動物を置いて表現することで、精神的な安定や安らぎを得る、ということも行われている。

これはミニチュア玩具、フィギュアのルーツ、そして日本の(というものの、当時は「日本」ではなかったが)犬像のルーツのひとつと言っていいのかもしれない。

発掘に関わった研究者によると、これは玩具でははなく、宗教的な祭祀に使われたと考える方が自然ではないかという。古墳時代の埴輪犬のように、何か儀式のときに置いたりしたのではないか。どこに置いて何をしたのかはわかっていないが、少なくとも、犬が用いられたのは身近にいた存在だった、犬を大事にしていたことは間違いないのだ。

犬形土製品は、埼玉県志木市の西原大塚遺跡からも出土しているが、こちらは弥生時代の犬像。正確には「犬」と確定していないので「動物形土製品」と呼んでいる。

 
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2018/02/02

【愛犬物語 其の二百二十七】 神奈川県南足柄市 大松寺の「老犬多摩の墓」

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神奈川県南足柄市の西側に位置する大雄山最乗寺は600年以上の歴史を持つ関東でも有数の修験道の霊場だ。創建に貢献した道了という修験道の行者が、寺の完成と同時に天狗になり身を山中に隠したと伝えられることから、道了尊とも呼ばれる。

その道了尊仁王門から南へ100mほどの高台から市内を見渡すことができた。朝靄がうっすらと市街地を覆っていた。

境内に「老犬多摩の墓」がある大松寺はこの市街地の中だ。多摩の話にはこの大雄山が関係している。

大松寺の山門を入ると正面に本堂が構え、左側に古い碑や墓石が置かれている。その一角に多摩の墓があった。風雪にさらされた墓石には「信忠玉犬」という戒名が記されている。傍らには墓を見守るように可愛らしい小さい犬の像がお座りしている。住職によると、多摩がどんな犬種だったかもわかっていないので、あくまでもこれは多摩のイメージ像とのこと。

タウンニュース(2011年12月17日号)には、長年の風雪のために由来がわからなくなっていた大松寺の石碑の漢文を地元の郷土史研究グループ・足柄史談会の調査で明らかになったと、ニュースになっている。

きっかけは、足柄史談会が市民文化祭に参加した『文化財展』で、この石碑のレプリカを展示することになった。そのとき、石碑の文字を解読して内容がわかったという。

その内容に、忠犬ハチ公以前の明治時代にも、こんな名犬がいたんだなぁと驚いたそうだ。

墓石正面の文字は「老犬多摩墓 如是畜生歸依三寳 發菩提心」と刻まれている。

「是れ畜生の三寳に歸依し菩提心を発するが如し(これは本当に畜生が仏の教えを信じ、仏の道を求める心を持ったと云える)」とあり、裏面には犬の略歴が彫られていた。

墓の左隣には、略歴の要約された解説文の碑が置かれている。ここから引用すると、

武蔵野国多摩郡北見方村の長崎七郎が明治11年富士山に登った。帰路犬をつれ大雄山に詣ったが犬は数十里歩き、足の疲労で主人と返れず、大雄山に預かってもらい、寺の衆がよく世話をし数日で家に帰った。
後日、主人が大雄山に詣り犬への恩情に感謝した。この際、犬が大雄山の内外をよく警備したことを話された住職の畔上禅師は、そのめずらしさと偉さを讃え、犬に子供があればもらい受け飼いたいと申し出た。
後に主人は、明治12年3月、一匹の子犬を大雄山に渡した。寺の衆は子犬を可愛がり育てた。同年12月子犬が大松寺へ行き、日夜寺の内外を警備、本当にすばらしい信頼と忠誠である。
しかし、明治21年11月病魔に犯された。犬の信忠に応えて診察し薬を与えても効果なく、明治21年11月25日に亡くなった。アア悲しいかな。犬の命が絶えた時、一人の僧侶茂野が立ち寄り、犬のために戒名を授けた。この犬の信忠のすばらしさを思い石碑を建て、犬の後生の幸せを祈るものである。

当時「三山参り」というのがあり、富士山、大雄山、大山を巡っていたという。富士山から大雄山に参詣したというのはそのことらしい。冒頭で紹介した大雄山最乗寺が、長崎七郎の犬が疲労回復のため数日過ごしたところだ。

大山も霊山として古くから人々の信仰を集めてきたが、江戸期には大山詣りが盛んだった。大山と富士山の御祭神は、父娘の関係にあたるため、大山に登らば富士山に登れ、富士山に登らば大山に登れと言われていたそうだ。

また記事によると、大雄山の寺の衆の中でも特に子犬を可愛がったのは橘和尚だった。大松寺は橘和尚の自宅だったので、多摩の晩年はここで過ごし、橘和尚の身辺を警護し名犬ぶりを発揮したが、和尚が亡くなった直後に多摩の命も絶えたという。

墓石の裏面の最後にはこのように刻まれている。

「獣歟非獣 人歟非人 信忠勝人」

獣は獣なんだが獣ではない時がある。
人は人なんだが人でない時もある。
その(犬の)信頼と忠誠の心は人に勝っている。

犬に対する思いは、昔の人も同じようで、犬といっしょに暮していると、つい、「獣は獣なんだが獣ではない時がある」というのを実感するときがある。

忠犬ハチ公のような派手さはないし、橘和尚も後世の人に伝えたいという強い意志があったわけでもなさそうで、ただ、自分の愛犬だから丁寧に弔ったという自然さに好感が持てる話だ。
 
 
 
 
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2018/02/01

【愛犬物語 其の二百二十六】 静岡県富士宮市 杉田子安神社

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かつて、栄養も医療環境も良くなかった時代に、出産・子育てはたいへんなことで、難産の末に亡くなったり、幼くして亡くなってしまう赤ちゃんも多く、このため、安産・子授け・子育てを神仏に祈願することが熱心に行われた。これが子安信仰だ。

子安信仰の形はいろいろあり、木花開耶姫(このはなさくやひめ)、子安観音、地蔵、鬼子母神などの神仏の他、安産・多産の象徴として犬も信仰の対象になった。戌の日に安産のお参りをする、妊娠5ヶ月の戌の日に妊婦が岩田帯をつけるのもそのためだ。「犬張子」「犬の子」のようなものもある。

全国には、「子宝犬」「撫で犬」「守護犬」「夢叶い犬」など、子安信仰による犬像が多数存在する。有名なところでは、東京都の水天宮の境内にも「子宝犬」の像がある。

その中の一社、静岡県富士宮市の杉田子安神社は、富士山山麓の茶畑の中に鎮座する。参道の入口から望むと、社殿の屋根の上に富士山山頂が重なる。

杉田子安神社は子安信仰の神社で、地元はもちろん県外からも多くの参拝者が訪れる。現在の社殿は平成13年に再建されたもので、参拝者の休憩所やトイレも完備されているきれいな建物だ。

ここは 静岡県が認定した「エンゼルパワースポット」に選ばれている。総選挙人気投票ランキングで、「行って良かった」部門で第一位を獲得したそうで認定書も飾ってあった。「エンゼルパワースポット」とは静岡県が、県民から広く募集した「恋愛・結婚・子宝」にまつわるスポットのこと。

ここに奉納されている木彫りの「母犬像」は、横たわった母犬に、子犬がお乳を吸うためまとわりついているもので、撫でると子宝に恵まれるという噂が、参拝者の間に広まった。

母犬像の曲線は流れるように美しく、木のぬくもりは母犬のぬくもりそのものだ。木彫りの像は優しさを感じさせるが、屋内だから置くことができる像でもある。

社殿内には母犬像の他、赤ちゃんを運ぶコウノトリをモチーフにした像もあって、子安信仰の神社を強く意識させるものになっている。

杉田子安神社には、「安」という女性を子安霊神として祀る伝承が伝わっている。

富士宮市のHPから引用すると、

「郡内に安という女の子がいました。安は奉公に出されてよく働きましたが、嫁入り前に子どもができ、 噂を苦にして湖に身を投げてしまいました。

子どもを産むことができなかった安は、霊となってお産に苦しむ人を助けようと各地を巡りました。 ある日、杉田村の望月与志さんの夢枕に立ち、言いました。

「私をこの地に祀ってください。皆さんのお産を守ります」

与志さんは、このことを名主さんや村の人々に話し、子安霊神として祀りました。

この神社にお願いすると安産で丈夫な子が授かるということで、拝殿には各地の子安講中から絵馬が 奉納されています。祈祷が叶うと、お礼に「ほうこうさん」(這子さん)という、手作りの人形を奉納するそうです。」

このような伝承だが、実際、神殿前には今も赤い「這子さん」がたくさん奉納されている。

お参りにきていた30代カップルに話を聞いた。

二人は東京在住だが、年1回くらい、数回はここに来ているという。静岡でパワースポットと言えば、ここが有名で、まだ子供はなく、神社でパワーを頂いているそうだ。

ところで、夢のお告げで思い出したのは、つくばみらい市の板橋不動尊の白犬伝説だ。

雌雄の白い犬が夢に現れ、「女人講中揃って不動尊に参詣し、護摩祈願を成せば難産の苦しみを救わん」とのお告があった。それでお告げ通りにして、白犬一対奉納したところ難産で苦しむ者は一人もなくなったという。以来板橋不動を別名お犬不動尊と呼ぶようになった。

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