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2018/03/31

古墳に桜

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先日の縄文時代の犬像「犬形土製品」の撮影に続いて、今回は、犬形埴輪の撮影で、群馬県に行ってきました。

古墳には、犬形埴輪や猪形埴輪のレプリカが並んでいますが、どうしても、本物の埴輪の写真を撮りたくて、申請を出したら許可されました。

犬形埴輪については、後日書きます。

書籍では、犬像と古墳の写真も載せようと思いますが、桜がきれいな古墳がたくさんあって、どれにしようか迷うくらいです。
 
 
 
 
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2018/03/30

【愛犬物語 其の二百四十二】 和歌山県高野町 高野山の犬像

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和歌山県高野町、高野山の金剛峯寺山王院本殿(御社)に犬像が置かれている。高野山で撮影許可を得て、犬像を撮影した。

全国の犬像を探して周っていると、弘法大師にゆかりの場所で犬像に出会うことが多い。弘法大師の像を護っているような左右に控える犬像だ。

それはこんな伝説があるからだ。

弘法大師は唐の長安で密教を学んで帰国する時、唐から日本の方を見ながら、「密教を広めるための良い土地があればその場所に落ちよ」と唱えて、三鈷を日本に向けて投げた。三鈷は両端が三つ又になった修行で用いる金属製の仏具のこと。

帰国後、三鈷杵が落ちた場所を探しに紀州の山の中に入った。すると山中で猟師に出会った。その猟師は白犬と黒犬を連れていた。実はこの猟師は狩場明神が姿を変えたものだった。この白黒2匹の犬たちの導きで、弘法大師は高野山にたどり着き、高野山に金剛峯寺を開山することにしたという。
 
 
 
 
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2018/03/29

【愛犬物語 其の二百四十一】 京都府京都市  善峯寺の桂昌院と犬像

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京都西山の善峯寺を参拝した。

善峯寺境内には、国指定重要文化財の多宝塔や、樹齢600年以上といわれる国指定の天然記念物の「遊龍の松」など、多くの見どころが点在する。上の方にある薬師堂からの眺望もすばらしい。

桂昌院の墓所は東京都港区の増上寺にあるが、善峯寺には、応仁の乱で一部が焼失した寺の再興に尽力したことで桂昌院の遺髪を収めた「桂昌院廟」がある。また薬師堂近くの「けいしょう殿」には桂昌院と彼女の膝に前足を載せて甘えているような子犬の像が置かれている。

桂昌院と言えば、「生類憐みの令」を出した5代将軍綱吉の母親だ。

NHK「歴史秘話ヒストリア 大奥シンデレラ・ストーリー〜将軍の母・桂昌院 玉の輿物語」という番組があった。「生類憐みの令」を出した経緯に、桂昌院が深く関わっていることがわかる内容だった。

桂昌院は、京都の西陣の身分の低い八百屋の娘として生まれ、名前をお玉といった。春日局の世話で将軍家光の側室となり綱吉を産んだ。「玉の輿」という言葉が生まれたように、日本のシンデレラといえる女性だった。

本堂(観音堂)には、3匹の仔犬が玉を支え持っているようなお守り納めどころも設けられている。これは桂昌院の名前「お玉」にちなみ、3匹の仔犬が「玉の輿」を担いでいる様子を表しているという。金属工芸作家・小泉武寛氏が作成した。

家光没後は出家して桂昌院と名乗り、綱吉の教育に努めた。綱吉が学問を好んだのは桂昌院が大きな影響を与えているといわれている。

子が授からないのは良い行いが足りないからだという思いに至り、桂昌院と綱吉はすべての生き物の殺生を禁じたお触れ「生類憐れみの令」を出した。

特に犬は厳重に保護された。「犬公方」と呼ばれるほどの犬への偏愛ぶりは、人々の不評を買った。桂昌院が寺院の復興で使った多額の費用についての批判も多い。

しかし、最近は、桂昌院と綱吉の再評価も行われているようだ。寺院の復興は公共事業の意味もあったし、殺伐とした武士の世を変えたという面もある。また、動物のみならず人の保護まで包含した世界最初の動物保護法として重要だとの評価もされるようになってきた。
 
 
 
 
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2018/03/28

【愛犬物語 其の二百四十】奈良県東吉野村 ニホンオオカミ像

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ニホンオオカミ像は、東吉野村役場の川を挟んだ対岸、県道16号線(伊勢街道)沿いにある。

明治38年(1905年)、米国人マルコム・アンダーセンが、東吉野村鷲家口の宿屋で地元の猟師から買取った若い雄オオカミの標本が、ニホンオオカミの最後の捕獲例とされている。

このニホンオオカミの頭骨と毛皮は、現在もロンドン自然史博物館に保存されている。
 
 
 
 
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2018/03/27

【愛犬物語 其の二百三十九】山梨県丹波山村 七ツ石神社のお犬さま

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丹波山村郷土民俗資料館で、3月31日まで開催されている「七ツ石神社の狛犬展示」。

七ツ石神社のお犬さまに再会しました。

インパクトある姿です。全身包帯が巻かれています。

これは山の神社からお犬さまを下ろすとき、壊れないように巻いたもの。そしてこれから本格的な修復を、文化財修復の専門家に依頼するために運ぶので、そのままにして展示しているという。

この神社再建プロジェクト自体が、途中経過を見せるという方針のようなので、この包帯が巻かれた状態のお犬さま像の展示には、新鮮さを覚えます。こういう展示の仕方を見たのは初めてです。

1月に発見された「阿」像の顔も展示されています。

4月には、神社も解体されます。11月7日には、七ツ石神社の祭礼を復活させて、修復を終えたお犬さま像がお披露目される予定だそうです。
 
 
 
 
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【愛犬物語 其の二百三十八】大阪府東大阪市  暁鐘成の愛犬皓(しろ)の墓

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東大阪市の勧成院に暁鐘成の愛犬皓(しろ)の墓がある。犬の名、飼い主の名、死亡あるいは建立年月日がはっきりしているので、貴重な史実の犬の墓だ。

墓のある勧成院は地図で見ると、東大阪市から生駒市へ抜ける国道308号線にあった。ところが、この「国道」に行ってみると、恐ろしいくらい急で狭い道だったのだ。

大阪・奈良を最短で結ぶ奈良街道の一番の難所、暗峠を通る。古くは「闇峠」とも記されていて、鬱蒼と樹林が茂った文字通り昼なお暗い山越えの道だった。

勧成院は暗峠への途中にある。

境内に入ると、右側に無縁石塔があり、その横に「愛犬皓」の碑が建っていた。

これが大阪の戯作者・暁鐘成が愛犬皓を連れて天保六年(1835)八月二十一日、奈良への途中、暗峠で賊に襲われ、愛犬皓が身代わりになって殺されたことを悼み、同年九月二十一日に天保山下に建てられたものを、翌年八月ここに移した碑だ。

皓と思われる犬の像が座っている。像は古いものなので、風雪にさらされて、頭の部分がほとんど分からなくなっている。しかし、両前足はまだはっきり形が残っていて犬だとわかる。

ちなみに、境内には松尾芭蕉の句碑「菊の香にくらがり登る節句哉」が立っている。芭蕉は元禄七年(1694)年5月に江戸をたち、九月重陽の日(旧暦九月九日)、奈良から大阪に出るときこの暗峠を越えた。

皓の飼い主、暁鐘成というのは不思議な人物だ。鐘成の著作は啓蒙書、名所図会、洒落本、読本、随筆、狂歌などと広範囲に及んでいて、幕末期浪速で最も人気のある戯作者・浮世絵師として名を残しているが、奇人でもあったらしい。浮世絵、文筆、科学、果ては商才にまで通じたマルチタレントな人物だったようだ。

鐘成は、皓の墓を建てるくらいだから、もちろん愛犬家であったし、自宅で鹿を飼うほどの動物好きだったようだ。

愛犬皓を失った後、日本初と言われる犬の飼育マニュアル『犬狗養畜伝』も著した。鐘成の犬に対する愛情を感じられる内容だが、『日本農書全集 60 畜産・獣医』 白水完児「犬狗養畜伝」(農山漁村文化協会)からいくつか抜粋してみる。

「地上に生を受けたものは、どんな動物でも皆兄弟なのです。慈しみ合わねばなりません。ましてや毎日暮らしを共にする動物たちはなおさらです。私は生命ある仲間たちを愛し、亡くなったものたちに哀れを感じます。ここに犬の飼育の心得を上梓して、動物愛護精神の発展に努めたいと思います」

「うっかりして犬のしっぽを踏んだり、何もわるいことをしていないのにたたいたりすると、かみつかれてしまいます。これは人間の方がわるいのであって、犬の責任ではありません」

「もし飼い主のわからない犬を見つけたら保護し、夕方には家の内に入れて、朝は少し遅めに外に出してください。そうして野犬の害から犬を守ってやりましょう」

犬の病気を治す薬の宣伝文も多く記されているので、これは販売を目的に正規に出版された本ではなく、薬の宣伝用の冊子だったようだ。

なお、鐘成著『和漢今昔 犬之草紙(全6巻)』という本には、愛犬皓の墓の絵も描いてある。

鐘成は万延元年(1860年)百姓一揆に関わったとして牢に入れられ、釈放後20日あまりで急死した。

墓所は大阪市北区の勝楽寺にある。門の横にも「暁鐘成の墓所」の標柱が建っていたが、境内はすごく狭かった。

墓碑がどれだかわからずうろうろしていると寺の奥さんが出てきて案内してくれた。門を入ると正面に地蔵が並んでいるが、墓碑は、その後ろ側にあった。墓碑の裏側に「暁鐘成」と銘が入っている。たしかにこれだ。

ところで、奥さんによると、昔はこの勝楽寺は大きかったそうだ。しかし昭和二十年六月七日の大空襲でこのあたりは焼け野原になった。ただ、不思議なことに鐘成の墓石だけはそのまま残った。墓石の立っている位置と方向も一切変わらないそうだ。
  
偶然なのだが、そんな話を聞くと、墓碑まで奇跡を呼び寄せるところが奇人と呼ばれた鐘成らしいのかなと思ってしまう。
 
 
 
 
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2018/03/24

『アラビアの道 サウジアラビア王国の至宝』展 東京国立博物館

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_mg_0396(マカルで発掘された、前6500年ころの石製の「猟犬」像)

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さすが上野公園は花見客で混雑していました。一気に桜が満開になったようです。

東京国立博物館では、『アラビアの道 サウジアラビア王国の至宝』展が開催されています。

サウジアラビアは、なかなか情報が少ない国なので、各地の遺跡から発掘された至宝は見ごたえ十分です。

とくに、「犬像」にこだわっている俺としては、前6500年ころの「猟犬」の石像は興味のあるものです。

会場は、撮影可です。
 
 
 
 
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2018/03/23

【愛犬物語 其の二百三十七】 京都府京都市  即成院の犬像

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真言宗・泉涌寺の塔頭、即成院は平安時代から続く寺。

本尊の阿弥陀如来は戌年生まれの人の守り本尊でもある。

境内には、修行中の弘法大師の像が立っていて、両側には、弘法大師を高野山に導いた黒と白の犬の故事が元になった犬像が置かれている。
 
 
 
 
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2018/03/22

【愛犬物語 其の二百三十六】 滋賀県多賀町 大瀧神社の犬上神社

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この1か月、南は九州、東は山形まで行って、走行距離は約5000kmになりました。

旅先では、犬像について、事実関係を調べたりする必要があって、ブログをアップするのは難しかったので、帰宅後アップしますと約束していたので、これから残りの犬像をアップします。

これがそのまま原稿になることはないと思いますが、その一部になるのは間違いありません。

 ☆

滋賀県多賀町の大瀧神社を参拝した。

ここの境内末社に犬上神社があり伝説が伝わる。駒敏郎・中川正文著『日本の伝説19 近江の伝説』から要約すると、

小白丸という名犬を持った猟師が、狩りで岩の陰で休んだとき、小白丸が狂ったように何度も吠えるので、猟師は癇癪を起して、山刀で小白丸の首を斬った。すると犬の首は頭上の木の大蛇の喉元に噛みついた。大蛇は淵へ落ちた。後悔の念に責められながら、猟師は小白丸の胴体を社のそばに葬って、一本の松を目印に植えた。

という伝説だ。ただ、神社に立つ解説看板には、微妙に違った伝説が書いてあり、犬の名前も「小石丸」とある。いずれにしても「小白丸型伝説」なのだが。

犬胴松は、今も道を挟んだ山側にあるが、枯れた根だけが屋根掛けされたお堂で大切に守られている。

2017年12月31日の京都新聞に、戌年の2018年正月に大瀧神社が犬を対象とした祈祷を復活させるというニュースを伝えている。

1921年の新聞記事には多くの参拝者が愛犬と参拝して一緒に祈祷を受ける様子が記されていて、神社は犬の力を借りて地域を活性化したいと祈祷を再び行うことを決めたそうだ。

大瀧神社はペットを受け入れ宣言をし、境内のチラシにも犬連れOKと書いてあった。それで、ヴィーノも境内に連れて行った。

本殿の右わきに、犬上神社が鎮座する。小さいが立派なお社だ。

狛犬が立っていたが、これは大瀧神社本殿のものだろう。それにしても口の周りには苔が密集していて、まるで髭を蓄えているように見える。

小白丸(小石丸)にちなんだ犬像はないが、大きな絵馬には犬の絵が描かれている。

境内の川岸に立つと、大蛇ヶ淵だ。対岸に見える祠は、小白丸(小石丸)の首を葬ったものと伝えられている。

渓谷は人を拒むようなごつごつした岩が並んで、ここに大蛇が棲んでいたというイメージが膨らむ。上流に犬上ダムができる前は、「大瀧」の名に恥じない堂々とした瀑布だったそうだ。

大蛇や龍はアジアではナーガと呼ばれる水を司る神様でもあり、瀑布を大蛇に見立てることに不自然さはないのではないだろうか。風景に伝説が重なるといっそう面白く見えてくる。
 
 
 
 
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2018/03/19

河北町、早春の田んぼとヴィーノ

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山形県河北町の田んぼ。

ここ数日で一気に雪が融けたそうです。

氷点下になった寒い朝の散歩で見つけた田んぼの前でヴィーノの写真。
 
 
 
 
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2018/03/15

大雄山最乗寺

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南足柄市には、老犬多摩の墓がありますが、多摩の親犬が世話になったのが大雄山最乗寺でした。

600年以上の歴史のある立派な寺ですが、多摩の親犬が疲れてしまったことがわかるほど、山の中にありました。
 
 
 
 
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2018/03/14

音楽ドキュメンタリー映画『チョーミン楽団が行く!』の上映会

(YouTubeより)


ミャンマーに住む友人のフォトグラファー後藤修身さんが関係している音楽ドキュメンタリー映画『チョーミン楽団が行く!』と写真展の情報です。

後藤さんたちの写真展は3月21日から4月22日まで開かれています。


上映会『チョーミン楽団が行く!』
日時:2018年3月21日(水祝) 15:00~17:00 
   ※30分前開場 上映後トークあり
場所:横浜市栄区小菅ケ谷1-2-1
   神奈川県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)5階 映像ホール
   JR根岸線 本郷台駅すぐ近く
参加費:大人400円、小中学生100円
定員:当日先着120名の定員に達した場合、入場はできませんので、あらかじめご了承ください

※写真展は3月21日から4月22日まで行ってます。

詳しくは、こちらをご覧ください。

http://enjoy-yangon.com/ja/enyanblog/302-kyaw-min-hsaing-movie-and-photo
 
 
 
 
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2018/03/12

磐田市のしっぺい太郎とヴィーノ

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磐田市の見付天神の鳥居脇に立つしっぺい太郎像。

咲ているのは河津桜かな。

犬を連れたおじいさんが、霊犬神社をお参りしていました。

磐田駅前には、キャラクターになったしっぺい太郎像があります。ヴィーノも霊犬めざして記念写真。
 
 
 
 
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2018/03/11

あれから7年、今年も写真コンテストを

130409(福島県富岡町 「夜ノ森の桜並木」 2013年春撮影)


7年経つんですね。

震災に関しての話題も少なくなってきましたが、なんとか、今年も「東北お遍路写真コンテスト」をやろうと、事務局は努力しています。

募集時期は、例年と同じ夏前になると思うので、お待ちください。

詳細が決まったらお知らせします。

なお、2017年の結果はこちらでご覧になれます。

http://asiaphotonet.cocolog-nifty.com/blog/photocon2017.html
 
 
 
 
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2018/03/10

甲賀市の見性庵と亀山市の関宿

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犬像を訪ねて甲賀市の鮎河まで行きました。そしたら見性庵というところに奉納されていた犬を抱いたわらべじぞうにくぎ付け。

その後、東海道の宿場のひとつ、亀山市の関宿へ。

夕方、冷えてきました。

早朝は、またヴィーノの散歩へ関宿へ行ったら夕方とは違った雰囲気です。
 
 
 
 
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2018/03/09

大阪城と暁鐘成の墓

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大阪歴史博物館から眺めた大阪城は、現代の建築物の真っただ中にあるんだなぁと初めて知りました。

『犬狗養畜伝』を書いた暁鐘成は、東大阪市にある犬像に関係しています。それは後日詳しくかきます。
 
 
 
 
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2018/03/08

鳥取県の三朝温泉

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源義朝の家来が白狼に導かれて発見したと伝わる三朝温泉。

元湯には、その伝説を表した白狼像がたっています。
 
 
 
 
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2018/03/07

犬島・猫島の伝説とPM2.5

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島根県浜田市「畳が浦」の犬島・猫島には伝説があります。

石見国分寺(五重塔)が立派で、その影が唐土まで達したので迷惑した、それで赤猫がやってきて国分寺を焼き払おうとした。それに立ち向かったのが日本の忠犬だという。最後は、両者仲良くなるように、神様が犬島猫島にしました。

面白いと思ったのは、「塔の影」ではなくて、もうひとつ、参拝者が多く来たので、その線香の煙が唐土に達して迷惑した、という説もあるそうです。まるでPM2.5が飛来して迷惑している話の逆バージョンです。

ここの地名が「唐鐘」といって、昔、中国から渡ってきて住み着いたのではないかとか、この伝説との関連も想像されますが、資料がないので、わからないとのことです。

詳しくは、帰宅後、あらためて書きます。
 
 
 
 
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2018/03/06

雨の中の大井谷棚田

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大雨と強い風の中の島根県の大井谷棚田。
 
 

 
 
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2018/03/05

筑後市の羽犬塚から熊本城へ

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羽犬塚の犬之塚を再び訪れました。ここにも羽犬の「愛犬」説と「暴犬」説が掲示されています。

筑後船小屋駅まえのからくり時計は、0分になると、かわいい羽犬像が現れます。

それと何とか公園には羽犬のオブジェがあります。

そのあと熊本まで行きましたが、暑いのなんの。今年一番の暑さ?

熊本城は復旧の最中です、
 
 
 
 
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2018/03/04

雲仙温泉と犬像

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加藤小左衛門の「矢間」の墓を訪ねて、雲仙温泉へ行きました。雲仙教会のところにありました。

「矢間」の墓は、前回の『全国の犬像をめぐ』でも入れるか入れないか迷いました。史実の犬の墓(しかも犬像あり)としては、全国でも珍しく、貴重な文化財になると思われます。

この加藤小左衛門の開湯した温泉場は現在の湯本ホテルです。会長の15代目の加藤さんもインタビューしましたが、愛犬「矢間」とともに詳しくは帰宅後書くことにします。
 
 
 
 
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2018/03/03

佐賀県から長崎県へ

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朝は、佐賀県の大浦棚田、次は、松浦市で犬像を取材して、そのあとは長崎県の鬼木の棚田と山越えして隣の日向の棚田に。

名水があったので、ペットボトルに汲み、ついでに地元の大根を買いました。これが辛くなくて果物代わりに。

夕方長崎県東彼杵町到着です。

道の駅に隣接した「歴史公園 彼杵の荘」内にあるひさご塚古墳。

そこから2、300メートルの海岸には、日本二十六聖人乗船場跡がありました。ヴィーノの後ろ側です。

日本二十六聖人とは、1597年(慶長元年)、秀吉の命によって長崎で磔の刑に処された26人のカトリック信者のことだそうです。
 
 

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2018/03/02

錦帯橋

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犬像については、帰宅後にアップすることにします。事実関係を確認するのに手間がかかって、旅行中は厳しくなりました。

それで、その他、ヴィーノと風景とか、棚田とか、写真だけでわかるものを主にアップします。

山口県を移動中、「錦帯橋」という表示を見つけたので、寄ってみました。岩国市の錦川に架橋された木造のアーチ橋です。

ここにあったのか?という感じです。名前は知っていましたが、今まで訪ねたことがありませんでした。

広い河原が駐車場で、外国人観光客が多いところです。
 
 
 
 
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2018/03/01

2061年の福島を舞台にしたショートミュージカルムービー 『MIRAI 2061』

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『MIRAI 2061』

箭内道彦さん監修のもと制作された、2061年の福島を舞台にしたショートミュージカルムービーです。この中で、福島県富岡町の夜桜写真が使われています。上の写真です。

どうぞご覧ください。

http://ch.pref.fukushima.lg.jp/mirai2061/

 
 
 
 
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