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2018/04/30

【愛犬物語 其の二百六十】 長崎県松浦市 「庄屋の忠犬」

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松浦市に伝わる「庄屋の忠犬」という伝説だ。

庄屋が夜、寄合から帰ると、愛犬がやたらと吠えて、可愛がってきた俺を忘れてしまうとは許せんと、刀で斬ってしまった。犬の首は高い木にいた大蛇の首に食らいついた。

庄屋はそして気がついた。あれだけ狂ったように吠えていたのは、大蛇が俺をねらっているのを知らせるためだったのかと。

すまないことをしたと庄屋は後悔し、命までかけて助けてくれた犬を手厚く葬り、祠を建てて、今宮神社となづけた。

これは典型的な小白丸(大蛇退治)型の伝説だ。

伝説の今宮神社という小さな社は、市の中心地から佐世保方向にいったところに実在した。
 
 
 
 
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2018/04/29

「国」というものの不思議

120413(中国・北朝鮮国境のトゥメン)


先日の金正恩が韓国に歩いて入った歴史的瞬間は、ある意味感動的でした。

もちろん感動的というのは、歴史の転換点を生で見ているという自分に対する感動です。

一歩引いてみれば、この金正恩なる人物は、自分の兄を殺し、側近を殺している(かもしれない)男なのです。そういう人物と、にこやかに握手をし、抱擁をする韓国大統領の図は、おぞましい地獄絵を見るような気もします。

でも、そういう殺人者かもしれない黒い部分は、「国」というものが薄衣のように黒さを覆い隠してしまいます。

それと同時に、今まで悪の権現と目されていた人物が、その反動を利用して、一転「いい人間」にさえ見せる、心理学的な巧みさが光ります。そういう意味では、金正恩というのは、かなり頭のいい人物なのでしょう。

とにかく、不思議なのはこの「国」という仕掛けなのです。戦争で人を殺すこともそうですが、「国」」という仕掛けに頼れば、なんでもできてしまうのです。殺人も許されてしまうようです。

そう考えると、人間の倫理観というのは、どこに足場を置くかで変わってくるということなのでしょう。そこがひっかかります。

個人の殺人は「悪」でも、「国」の殺人は、必ずしも「悪」ではない。そんなことは百も承知なのが政治家というものなのでしょうが。

殺人の罪悪感を薄めてくれる、あるいは、無くしてくれる装置が、「国」というものであるらしいのです。
 
 
 
 
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2018/04/28

鬼木の棚田と日向の棚田

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長崎県波佐見町鬼木郷の鬼木の棚田と、川棚町木場郷の日向の棚田は、山越えすると車で20分ほど。
 
 
 
 
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2018/04/27

Canon Photo Circle5月号に岐阜県恵那市 「坂折の棚田」を掲載

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キャノンの「Canon Photo Circle」5月号に岐阜県恵那市の坂折の棚田を掲載しています。

5月下旬に撮影したものです。日の出前の青い風景は幻想的です。機会があったら見てみてください。

ところで、早春の撮影旅に沿ってずっと記事をアップしてきましたが、ようやく九州までたどり着きました。久しぶりに佐賀県唐津市肥前町の大浦棚田に寄りました。展望台ができていました。

上に掲載の写真の撮影日は、3月1日なので、まだ田んぼは水も入っていませんでしたが、おそらくそろそろ田植えが始まる時期ではないでしょうか。
 
 
 
 
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2018/04/25

【愛犬物語 其の二百五十九】 東京都田無市 田無神社の子育て犬

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田無神社に子安信仰の犬像があることは知っていたが、いつでも行けると思っていたのに、近いところに限って行かなかったりするもので、結局、最後になってしまった。これも続編の『犬像』に載せる予定。

犬像は「子育て犬」といい、子安信仰の犬像としても、それほど大きくはなく、長さ25cmくらいだろうか。木彫りなので、優しい感じがする。これも撫でると後利益があるという。

ところで、拝殿、本殿は、東京都の景観条例「特に景観上重要な歴史的建造物」に選定された。
 
 
 
 
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2018/04/24

Manabi JAPAN で、日本の棚田を連載中

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Manabi JAPA まなびジャパンは、シダックス(株)が運営するインターネットサイトです。

日本の文化、伝統、風景などを紹介するサイトで、「食と産物 food」のカテゴリで、日本の棚田を連載中です。

https://manabi-japan.jp/category/food/

現在、3カ所が公開されています。


千葉県鴨川市 大山千枚田

山形県朝日町 椹平の棚田

静岡県御殿場市 吉沢の棚田


そして、これからの予定としては、石川県輪島市 白米千枚田、新潟県十日町市 星峠の棚田などと続いていきます。それと、もうひとつ別なテーマ、日本の狼信仰についても連載を始める予定です。
 
 
Manabijapan
 
 
 
 
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2018/04/23

【愛犬物語 其の二百五十八】 長野県松本市 保福寺の犬像

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松本市内から車で約30分。静かな集落の中にある。

保福寺境内の建築物としては一番古い、1759年に建てられた仁王門をくぐる。

急な石段を登ると、右手に六地蔵があり、正面には本堂、左手に地蔵と犬像が座っていた。

地蔵の台座の銘には、子どもが消化不良の病気で亡くなり、冥福を祈っておかれた地蔵尊。生前友だちだった犬のコゾ像を側に置き、イチョウの木を植えたとある。昭和8年3月21日建てられた。
 
 
 
 
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2018/04/22

猿橋

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山梨県大月市の猿橋に寄りました。

「甲斐の猿橋」は日本三奇橋のひとつで、国の名勝に指定されています。

上の方に中学校があるらしく、橋は通学路でもあるんですね。

トイレの裏側に、犬像ではなく、猿像がありました。

猿覚善大神像という。

縁起によると、700年前、日蓮上人が身延山に向かう途中、渓谷に現れた数百匹の白猿が橋になって日蓮を渡らせたという伝説があるらしい。
 
 
 
 
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2018/04/21

長野県松本市へ

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深志高校の学校犬クロの像を撮影に松本市へ行ってきました。学校の建物自体が文化財で趣があります。

クロは、映画にもなった有名犬ですが、まるで現代のおとぎ話か、童話の世界のような話です。

詳しいことは書籍に書くので、お待ちください。

撮影後、大王わさび農場に寄ってみました。
 
 
 
 
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2018/04/17

【愛犬物語 其の二百五十七】兵庫県神河町 播州犬寺

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法楽寺は高野山金剛峯寺を総本山とする真言宗の古刹だが、またの名を「播州犬寺」という。どうして「犬寺」なのだろうか。

本堂前の屋根掛けされたお宮の中に本堂に向かって右側に白犬、左側に黒犬の像が控えている。金網に囲まれているが、外れないということなので、写真を撮るのは少々難しい。

本堂には黒犬・白犬が描かれている板絵が掲げられている。その伝説を本堂の前に立っている「播州犬寺縁起」から要約する。


枚夫という豪族がいた。都で戦が起こり、枚夫もその戦に従軍することになった。

枚夫には妻がいたが、留守中、妻と家来が不倫関係になった。やがて戦いが終わり、枚夫が都から帰ってきた。

家来が枚夫を猟に誘い、弓に矢をつがえて殺そうとした。

もはやこれまでと覚悟を決め、枚夫は2頭の愛犬を呼び寄せ、「よく聞け。今、家来に騙されて、むなしくこの山の中で私の命は奪われる。人々が来て、私の屍を見られることは大きな恥だ。だからお前たち、私の屍を食い尽くせ」と言いきかせた。

話が終わるやいなや、犬たちは猛然と家来に襲いかかった。一頭が家来の弓弦をかみ切り、もう一頭が家来の喉元に噛みついた。

枚夫が自分の屋敷に戻ると、親族に告げて言った。「私は、この二犬によって命を助けられた。今からこの二犬を私の子どもにする」と。

しかし犬たちは枚夫よりも先に死んだ。犬たちの死を悼み悲しみ、伽藍を建立し、千手観世音菩薩を本尊とした。


不倫がバレると悪いので、いっそ殺してしまおうというのだから、何という家来なのかと思う。それを止めなかった妻も同罪と言えるが。しかし話自体は、今もありそうな話だ。いつの時代も、痴情による事件は後を絶たないということなのだろう。

ここは真言宗の寺なので、犬像は弘法大師を高野山に案内した2匹の犬とゆかりがあるようだ。ただ伝説の筋書きは、似た話が中国の『捜神後記』にあるという。

中国の会稽郡句章県(現在の浙江省)の張然という者が賦役にかりだされて数年間家を留守にしている間、妻と下男が密通したというのだ。妻と下男が共謀して帰ってきた張然を殺そうとするが、烏竜という名の愛犬が下男に飛びついた。張然は下男を斬り、妻を官憲に突き出して死刑にしてもらったという。

たしかにそっくりな筋書きだ。

ところで、長谷は犬寺から車で約30分ほどの静かな集落で、ここに犬塚の碑とお堂があった。

これは播州犬寺の伝説の後日談と言えるもので、枚夫の2頭の犬のうち、1頭が老いてこの地に来て死んだので、事情を知っていた村人が哀れんで墓を建てて祀った。一方枚夫の妻は、家来に味方したことを恥じて出家し、この地に清水寺を建てて隠棲したという。
 
 
 
 
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2018/04/16

【愛犬物語 其の二百五十六】兵庫県西脇市 犬次神社のマナシロ(麻奈志漏)

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犬次神社の起源は古く、『播磨風土記』にも記されている。

その昔、第15代・応神天皇がシカ狩りにこの地を訪れたとき、猟犬・マナシロ(麻奈志漏)がイノシシと戦って死んだのを哀れみ、この地に葬った。

「マナシロ(麻奈志漏)」とは、「真白」のことで、毛色は白だったらしい。

NHK総合で2017年8月24日放送された「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」で、最も古いペットの名前のひとつとしてこの「マナシロ(麻奈志漏)」が紹介されていた。

「犬次」の名前の神社は、全国にここだけで、犬を葬った「犬塚」が転訛したものと考えられている。

神社は地元の住民が代々守ってきた。この日も月一の掃除の日で、住民が1時間ほどかけて、境内を丁寧に掃除していた。

田畑を荒らすイノシシを退治してくれた犬をお祀りしていくうちに、犬の安産・多産にあやかって、現在は子安信仰の神社になっている。

参詣者は本殿裏側の夫婦岩の間にある「砂受場」から砂を一握りもらって持ち帰り、安産を祈願して、無事出産が済んだら、その砂を持ってお礼参りをする慣習があるそうだ。

神社にマナシロ(麻奈志漏)の像や墓はないが、奉納された絵がある。
 
 
 
 
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2018/04/15

【愛犬物語 其の二百五十五】兵庫県宝塚市 介助犬シンシア像

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JR宝塚駅構内に「シンシア像」が置かれたのは、2015年3月14日のこと。

シンシアの像は、JR宝塚駅の2階コンコースにあります。メスのラブラドールレトリバーです。

シンシアは、「身体障害者補助犬法」の成立に尽力した介助犬です。

2016年に訪ねていましたが、事情により、『全国の犬像をめぐる』では掲載しませんでした。続編では掲載することになって、ちょうどシンシア像の一部が新しいものに変わったと聞いたので、今回再訪し、撮影し直しました。

どこが変わったでしょうか? 像の性質からいって、けっこう重要なポイントです。

以前の記事はこちらです。

【愛犬物語 其の五十七】 兵庫県宝塚市 介助犬シンシアの像(2016/11/6)
 
 
 
 
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2018/04/13

【愛犬物語 其の二百五十四】大阪府大阪市 犬形の土人形

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大阪城公園に隣接する大阪歴史博物館。

ここに豊臣期の犬形の土人形が展示されている。

なにこれ?と衝撃を受けるほどの可愛さ。

体長5cm、高さ3cmくらいの小さな像だが、大坂城築城開始の1583年から秀吉が没した1598年までの地層から出土したものだそうだ。

大阪で作られた土人形は全国に伝わった。各地から出土している。

何の目的で作られたかは諸説あってはっきりわからないが、玩具や土産品や安産などのお守りだったのかもしれない。
 
 
 
 
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2018/04/12

【愛犬物語 其の二百五十三】京都府亀岡市 犬飼天満宮 甕襲の足往

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亀岡市郊外、犬飼川のほとりに鎮座する犬飼天満宮を参拝した。

『日本書紀』「垂仁紀」に、丹波国桑田村に甕襲(みかそ)という人物がいて、犬の「足往(あゆき)」が山の獣の牟士那(むじな)を食い殺した。すると、獣の腹から八尺瓊の勾玉が出てきたので、甕襲はこれを朝廷に献上した、という話が載っていて、これがしっぺい太郎型伝説や犬を使った害獣駆除の最古の記録ではないかとも言われる。

残念ながら犬の像とか絵はないようだ。
 
 
 
 
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2018/04/11

【愛犬物語 其の二百五十二】大阪府高槻市 今城塚古墳の犬形埴輪

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大阪府高槻市には、淀川流域では最大級の前方後円墳・今城塚古墳があって、隣接する今城塚古代歴史館にも、犬形埴輪が展示されていた。

しかし今城塚古墳から犬形は見つかっておらず、展示されていたのは、市内にある別の昼神車塚古墳で出土した埴輪だった。犬形の隣に猪形も展示されていて、やはりここでも、犬と猪はセットで発見されている。

昼神車塚古墳は、古墳時代後期の6世紀中ごろの築造と推定される前方後円墳で、全長60メートルある。前方部中段に猪1頭を犬2頭で追う形で置かれていたという。猪猟を再現したシーンだ。
 
 
 
 
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2018/04/10

【愛犬物語 其の二百五十一】大阪府岸和田市 大山大塚遺跡公園 捕鳥部萬の白犬墓 

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大山大塚遺跡公園は、場所がなかなかわかりづらく、地元の人に「犬の墓(実際は捕鳥部萬の墓)があるところ」と聞いて、ようやくたどり着いた。

大山大塚古墳は天神山二号墳とも呼ばれ、直径約20m、高さ約3mの円墳で、頂上に捕鳥部萬の墓石と顕彰碑が建てられている。

また、義犬塚古墳(天神山一号墳)は、200m離れていて、頂上に「萬家犬塚」銘の墓碑があるそうだ。しかし、こちらは私有地で普段は立ちることができないようだ。

「日本獣医史学雑誌」(2001)の小佐々学氏「日本書記の捕鳥部萬の白犬墓」によると、

捕鳥部萬の白犬墓は、日本書紀に記載されているため、犬の墓を作った史料としては昔から知られた話だった。

蘇我氏が物部氏を滅ぼした戦争で、捕鳥部萬は物部守屋の近侍者だったが、戦って自刃した。萬の愛犬だった白犬が萬の首を奪って持ち去り、古い塚にその首を埋めた。白犬は首を守ってその場を動かず、そのまま餓死したという。

小佐々氏は、

「現存する大山大塚古墳と義犬塚古墳にある墓石は、江戸時代後半の国学の興隆により日本書紀という古代史料の記載を知った地元の有力者が、有真香邑に比定されるこの地の古墳を、萬と義犬の墓所に見立てて建立した墓碑と解釈するのが妥当ではないかと考えられる」

と結論付けている。

歴史的には、ここがそうだったかどうかはわからないが、古代や近世に犬の墓を作ったということ自体が、日本人の動物観を知る史料として高く評価されるものだという。

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2018/04/09

【愛犬物語 其の二百五十】大阪府泉佐野市 犬鳴山七宝龍寺 義犬塚

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大阪府泉佐野市犬鳴山七宝滝寺の義犬塚を訪ねた。

犬鳴山の中腹に建つ真言宗犬鳴派の本山だ。うっそうとした森の中にある寺で、護摩壇の正面に立つ高さ7mの身代わり不動に圧倒される。

義犬塚は、本堂とは離れた渓谷沿いにあった。「犬鳴山」という名の由来もこの義犬の伝承に由来する。

その伝承を犬鳴山七宝滝寺のHPから要約すると、

紀伊の猟師が犬を連れて一匹の鹿を弓で狙っているとき、急にけたたましく吠えだしました。犬の鳴声におどろいた鹿は逃げてしまい、獲物を失った猟師は怒って、腰の山刀で吠え続ける愛犬の首に切りつけました。犬は切られながらも飛び上がり、木の上にいた大蛇の頭に噛みつき、猟師を助けて大蛇と共に倒れました。
猟師は、自分の命を救って死んだ愛犬の死骸をねんごろに葬り、七宝瀧寺に入って僧となり、永く愛犬の菩提を弔いつつ、安らかに余生をすごしたと語り伝えられています。

伝承は小白丸型。犬塚は、急な壊れかけた階段があるが、崩れるのが怖いので、脇の方から登った。落ち葉を踏みしめ、斜面に陣取りながら犬像を撮影した。

犬像は立派で独特な姿だ。空を見上げている。無念さの表現なのだろうか。筋骨隆々とした体つきで狼のようでもある。それにしてもかなりインパクトある犬像だ。
 
 
 
 
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2018/04/08

高畑勲監督がなくなりました。ご冥福をお祈りします。

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「火垂るの墓」や「アルプスの少女ハイジ」などの名作を手掛けたアニメーション映画監督の高畑勲さんが亡くなりました。

2013年の『かぐや姫の物語』 は監督の好きな作品でした。

不老不死の月の世界が、けっして「生きる」ことを実感させない世界として匂わせている、と感じました。

だから月(理想郷)に生きる人(神?仏? 完全なる者)たちとの対比として、かぐや姫は、地上(現実世界)に生きる生々しい人間(不完全なる者)として描かれていました。

月に生まれたかぐや姫が、月からすればどうしようもない地上に「生きる」ことを見つけ、ここに残りたくなった、でも残れないという葛藤は切なくなりますね。

とくに、その内面が現れていたのは、屋敷から抜け出すシーンです。まるで殴り描きのような絵が画面を疾走する感じが、とてもよかった。「なんだこれはー!」という斬新な表現。「生きる」を感じさせます。

高畑勲監督は、肺がんだったそうです。享年82歳でした。

ご冥福をお祈りします。
 
 
 
 
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【愛犬物語 其の二百四十九】 奈良県王寺町 聖徳太子の愛犬・雪丸

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奈良県王寺町の達磨寺を再び訪ねた。

ここには、聖徳太子の愛犬だったといわれる「雪丸塚」がある。

石造の雪丸像は、丸っこくてかわいい姿で、愛嬌がある。デフォルメされた像だが、けっこう現代的なデザイン。古さを感じさせないので、初め、最近作ったのでは?と疑ったくらいだが、江戸時代に作られたとされる。

前回と違っていたのは、門の前におしゃれな烏帽子を被った雪丸のキャラクター像が新しく立っていたこと。

平成23年2月、王寺町商工会がキャラクターデザインを一般公募して、現在の「雪丸」が生まれた。

平成25年6月には「雪丸」が「王寺町公式マスコット」に認定され、同年8月、ゆるキャラ「雪丸」がデビューし「王寺町観光広報大使」に任命された。

平成26年11月、「ゆるキャラグランプリ2014」では、401,189票を獲得している。

 
 
 
 
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2018/04/07

【愛犬物語 其の二百四十八】 和歌山県和歌山市 JR和歌山駅の紀州犬像

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和歌山駅の地下街に広場があって、地場産業の紹介をする展示などや、観光案内所がある。

この一角に天然記念物紀州犬の銅像が立っている。

紀州犬の認知度を高めたいと、紀州犬保存会が建てたものだ。

紀伊半島は地犬の宝庫だった。熊野犬、太地犬、那智犬、日高犬などがいた。紀州犬とは、これら地犬の総称だそうだ。

紀州犬は、主に猟犬として飼われてきたが、最近は、狩猟人口の減少で、家庭犬として飼われている。足ががっしりしていて、優秀な猟犬に見える。
 
 
 
 
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2018/04/06

【愛犬物語 其の二百四十七】 和歌山県有田川町  明恵上人と子犬像

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有田川に架かる明恵大橋の欄干の両端には、像が据えられている。明恵上人の座像と、向かい合っているのは、明恵上人の愛犬がモデルとされる犬像だ。

この犬像は、京都の高山寺にある木彫の子犬の像を模したもの。明恵上人はこの像を座右に置いて時々撫でていたのかもしれない。垂れた耳で、少し体を傾けてちょこんと座っている姿がとても愛らしい。

志賀直哉も、そばにおいて可愛がりたいくらい優れた作品だと語ったそうだ。運慶の長男・湛慶の作ではないかと伝わっている。

しかし、外に飾ってある犬像全般に言えるが、鳥の止まり木に利用されることも多く、この明恵大橋の犬像にも鳥の糞が付いて涙のように見えたので、まず、雑巾で拭いてからの撮影になった。

明恵上人について、個人的には生涯夢日記をつけていたお坊さん、ということで興味をもっていた。

明恵上人は19歳から、死ぬ一年前の59歳まで夢を記録し続け『夢記(ゆめのき)』を書いた。

明恵上人には、動物を慈しんだというエピソードも数多い。『夢記』には、自然や動物などが多く登場する。その中でも犬は頻度が高いそうだ。また、伝記によると、子犬を不用意にまたいでしまった後、もしかしたら亡くなった父や母ではないかと思い、引き返して子犬を拝んだという逸話も残っている。
 
明恵は有田川町で承安3年(1173)に生まれた華厳宗に属する僧侶だ。8歳の時、両親と死別し、16歳で僧侶になり、世俗化した仏教を避けて、山に引きこもりひとりで暮らした。34歳の時、後鳥羽上皇から高山寺を賜ることになった。

明恵は,一途なあまり狼に食われて死のうとしたり、耳を切ってしまったり,テレパシー(透視)が使えるようになったりと,一言で言えばかなり変わったお坊さんだったようだ。確かに「宗教家というより芸術家」という印象も受ける。

明恵が説く「あるべきようわ」は、『明恵上人』の著者・白洲正子氏は「それぞれの天性を知り、その天性に忠実であるべきだ、それが生きることである」と解釈している。現代風に言えば、自己発見だったのでは、という。

夢を重要視した心理学者ユングも、フロイトとの決別の後、6年間、方向喪失の時期があり、この間自分の夢を記録しイメージを絵に残している。偶然にも自分が描いた幾何学模様が、チベット密教の曼荼羅と似ていたということも知る。

ただ、ユングの方向喪失時代は、心理的な危機でもあったが、同時に、「創造の病」と呼ばれるような、次の段階に成長する時期でもあったのだ。まさに夢を使って自己発見した明恵と共通するものがあるのではないだろうか。

昔、夢は「神様のお告げ」だと思われていた。『日本書紀』にも、天皇が後継者を決めるために、息子である兄弟の見た夢によって判断したことが記されている。長谷寺や清水寺などでは、人は篭って夢のお告げを待って病を治療していた。

「なんて非科学的な」と思われるかもしれないが、夢(無意識)と現実を切り離すことなく、自然に生きていたことが感じられる。

白洲氏は、明恵の夢は「信仰を深めるための原動力であって、夢と日常の生活が、不思議な形で交じり合い、絡まり合っていく様は、複雑な唐草文様でも見るようです」と書いている。

明恵は黒い犬の夢を見ている。一匹の黒い犬が足にまとわりついてきたときに、明恵は「この犬を年来飼っていたのだ」と思う夢だ。

子犬の像がこの夢と関係あるのかわからないが、子犬には固有の名前がないようだ。これは明恵が夢や現実で愛した犬(動物)全般のイメージであるのかもしれない。
 
 
 
 
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2018/04/05

【愛犬物語 其の二百四十六】 和歌山県紀美野町  丹生狩場神社

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高野山のふもとの紀美野町に丹生狩場神社が鎮座する 。

像がすごい。ユーモラスでもあるし、凄みもある。いっぺんで気に入った。

2対あるが、飛騨高山あたりで見た木彫りの狼像を思わせるような像だ。

「丹生狩場神社」という名前の神社なので、てっきりこれも弘法大師を案内した犬にちなむ犬像かなと思って、後日、宮司に伺ったら、そうではないという。これはあくまでも、狛犬とのことだった。
 
 
 
 
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2018/04/04

【愛犬物語 其の二百四十五】 和歌山県かつらぎ町 丹生都比売神社

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和歌山県かつらぎ町の世界遺産、丹生都比売神社を参拝した。立派な楼門や社殿。

本殿は、室町時代に復興され、朱塗りに彫刻と彩色を施した壮麗なもので、一間社春日造では日本一の規模を誇り、楼門とともに重要文化財に指定されている。尚、平成十六年七月「紀伊山地の霊場と参詣道」の丹生都比売神社境内として世界遺産へ登録された。(神社HPから)

丹生都比売大神は、この地に本拠を置く全国の朱砂を支配する一族の祀る女神とされている。

今年1月から話題の紀州犬がいる。

丹生都比売大神の御子、高野御子大神が、密教の根本道場の地を探していた弘法大師の前に、黒と白の犬を連れた狩人の姿で現れ、高野山へと導いた。

その逸話にちなみ、神犬として丹生都比売神社に奉献された雌の紀州犬。それが「すずひめ号」だ。

1月から同神社の月次祭(つきなみさい)(16日)に合わせて公開され、参拝者を出迎えているとのこと。

すずひめ号のカレンダーが、神社のHPからダウンロードできるようだ。

ところで、拝殿の左の方に境内社・佐波神社があり、石像が1対置かれていて、もしかしたら、犬像かなと思って神社で伺ったら、違った。

地元の神社を集めて祀っているというので、像の由来はわからないとのこと。そもそも、何を表した像か不明。犬か狼か、猪にも見える。
 
 
 
 
 
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2018/04/03

【愛犬物語 其の二百四十四】 和歌山県九度山町 高野山への案内犬ゴン

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前回、慈尊院を訪ねてから2年後、再び参拝すると、ゴンの像は豪華になっていた。その事情を住職から伺った。

ゴンが死んですでに10数年経ったにもかかわらず、今だにゴンの像をお参りする人や、寄進する人も多いのだという。だから寄進されたお金で、ゴンの像は金色の半月板を背にした豪華版にしたのだそうだ。

ゴンは、昭和60年代、九度山駅と慈尊院を結ぶ途中にある、丹生橋の近くに住みついた白い雄の野良犬だった。慈尊院の鐘の音に反応したので「ゴン」と呼ばれるようになった。

ゴンは「弘法大師の案内犬の生まれ変わり」、「お大師さんの犬」とも呼ばれた。「弘法大師の犬」で、約1200年前、弘法大師が、狩場明神に連れられた2匹の犬に道案内されて高野山を開いたという伝説については書いた。だからゴンが高野山まで人を案内していることで、そう呼ばれたことは自然だったのだろう。

もともとゴンは、野良犬で、だれからも管理されず、自由に動き回れた。だから九度山駅と慈尊院を行き来したり、慈尊院から高野山へ人を案内したり、ということを自然に覚えたらしい。
 
 
 
 
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2018/04/02

【愛犬物語 其の二百四十三】 奈良県五條市 犬飼山転法輪寺の奉納犬像

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犬飼山転法輪寺境内の丹生狩場両明神社で、奉納された白黒の犬像が社を護っている。右が狩場明神社(高野御子大神社)・左が丹生都比売明神社。犬像の真ん中には、彼らの足跡がついていると言われている霊石がある。

この犬像も、高野山の犬像と同様、弘法大師を導いた犬たちの故事にちなんでいる。「犬飼山転法輪寺」のパンフレットから要約すると、

弘法大師は、猟師(狩場明神)に出会った後、またひとりの山人に出会った。その山人は、弘法大師に「ここから南へ行くと平原の沢がある。そこがそなたの求める地だ。実は、私はこの山の王だ。あなたに私の領地を差し上げよう」と言った。

弘法大師は、「あなたはどなたなのですか?」と尋ねた。山人は「丹生明神(丹生都比売大神)」と名乗った。

その後、弘法大師は、狩場明神に出会った場所に、転法輪寺を建立した。大師と明神、仏と神が共栄する理想の仏閣として1200年の法灯を護っている。

寺務所で「狩場明神御真影」と、みちびきまもりカード「大師明神御邂逅之図」をいただいた。
 
 
 
 
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2018/04/01

和歌山県有田川町 あらぎ島の棚田

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もう1か月前になってしまいますが、あらぎ島の棚田を数年ぶり(棚田サミット以来)に訪ねました。まだ田植えには早すぎで、ヒコバエの稲が薄い緑色になっています。

りっぱな展望台(遊歩道)もできて、2台ほど置ける駐車スペースもあります。

初めてこの棚田を見たときにはびっくりしました。こんな地形に棚田があるとは。その後、バイパス道路が通って、風景が微妙に変わってきました。
 
 
 
 
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