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2018/05/30

【犬狼物語 其の二百七十四】 茨城県石岡市 みんなのタローのオリジナル石膏像

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8月出版予定の『犬像をめぐりあるく(仮タイトル)』では、犬像をカテゴリー分けしていますが、その中に「学校犬」があります。

北海道札幌市の「校犬クロ」、長野県松本市の「学校犬クロ」、そしてこの茨城県石岡市の「みんなのタロー」の3体です。

なので、北海道取材の帰り、石岡市に寄り、みんなのタロー顕彰会の人と会いました。

みんなのタロー像の元になった石膏像は、タローが住んでいた東小学校で保管・展示されています。石膏に色を塗っているので、黒い像です。

学校を出ると、すぐ国道6号線に出ますが、タローは、この歩道橋をほぼ毎日2往復渡っていたそうです。そのあと踏切もあります。毎日2km石岡駅まで通っていて、事故にも遭わなかったというのは、奇跡と言ってもいいのかもしれません。

今、タローが通っていた道沿い、駅から300m手前の角にある、ホテル・グランマリアージュのロビーには、タローのコーナーが設けられています。『みんなのタロー いしおかタローちゃん音頭』を作詞作曲したのもホテルの社長さんです。

顕彰会の人に案内されて、駅前の食事処に入りました。ここには、「タローちゃんラーメン」があります。タロー像顕彰会に賛同している店主が、タローちゃんラーメンを始めました。

なお、9月中旬には石岡で祭りがあるそうです。そのとき、俺も犬像の写真を展示することになるかもしれなせん。
 
 
 
 
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2018/05/29

【犬狼物語 其の二百七十三】 岩手県柴波町 青麻神社境内にある三峯神社

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岩手県柴波町の青麻(あおそ)神社を参拝しました。青麻神社は、道の駅紫波の隣にあります。

青麻神社の境内から、さらに70mほど上ったところに三峯神社が鎮座します。扁額びは「三峰山」とあります。由緒書きによると、火災、盗難、獣の害を防ぎ、豊作、商売繁盛、家内安全に御利益があるとのこと。

戸は片側だけ開いて、格子戸になっています。そこから狼像が覗けます。石像らしい狼像には色が付けられていました。
 
 
 
 
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【犬狼物語 其の二百六十八~七十二】 宮城県丸森町 動物像の多い町

_87a1939(熊野神社の狼木像の1体)

_87a1981(月と雲、狼の姿のレリーフ石碑)

_87a3739(狼の姿のレリーフ石碑)

_87a3747(愛犬「べく」の墓碑)

_87a3763(狼の姿のレリーフ石碑)


熊野神社の狼の木像3体、狼の姿のレリーフ石碑4基、大正時代の愛犬「べく」の墓碑など、とくに丸森町大内地区には多くの犬・狼像が点在します。

特に山神社の石碑には、狼の上に月と雲も浮き彫りにされています。

実は丸森町は、狼像というより、むしろ猫像・猫碑(猫の姿のレリーフ石碑)が多いところとして知られるところでもあります。異常なくらい多い。約80基あります。

一説には、養蚕が盛んだったので、ネズミ除けの猫は大事にされたということもあったようです。供養の意味もあったのでしょう。

いずれ、これらを周ってみたいなと思いました。
 
 
 
 
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2018/05/28

宮城県村田町の伝統的建造物群保存地区と白鳥神社

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村田町の蔵の町並みが、重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

仙台と山形を結ぶ街道の要衝の街であった村田は、江戸時代、紅花の集散地として栄えました。当時の栄華を伝える立派な店蔵が残っています。

その北には白鳥神社があります。境内には「奥州の蛇藤」の木や、樹齢3000年ともいわれる大けやきの木がそびえています。

傍にはたくさんの古碑が並んでいて、おやっ?と思ったのは、動物の背に乗った人の姿の石碑です。最初、その動物は犬や狼かなと思いましたが、違っていて、これは狐でした。秋葉山の山岳信仰で、白狐に乗った三尺坊(烏天狗)の姿だそうです。

去年「藤祭り」の時にここを参拝していますが、今回も丸い顔の狛犬の写真を撮りました。
 
 
 
 
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2018/05/27

【犬狼物語 其の二百六十七】 岩手県大槌町&遠野市 オイノ祭りと三峯神社

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秋田県仙北市の上桧木内から盛岡市を経由して、岩手県大槌町と、遠野市へ。

大槌町の山間部金沢地区には、昔、「オイノ(狼)祭り」があったと聞いていました。もう何もないのかなと思ったら、オイノ祭りの「山の神」と「三嶺山」の碑、「三峯大権現」の碑が残っていました。

そして住民に聞いたところでは、昔のオイノ祭りは2月19日に行われて、各家が当番で料理を作り食事に招いていましたが、今は、19日前後の日曜に、祭りという形ではなく、寄り合いという形の集まりはやっているそうです。

まったく狼信仰(とは言っても、このあたりは祟り神としての狼であったようですが)がなくなってしまったわけではなく、形を変えても、続けていることに感動します。

大槌町の金沢地区から県道で山越えし、遠野市へ向かっている途中、道路脇で、ヴィーノのオシッコをさせていたら、なんとGoogle Earthの撮影自動車が通過していきました。

もしかしたら、そううち、俺とヴィーノのオシッコ姿が、ストリートビューに載るのかな。

遠野市では、三峯神社を訪ねました。管理している家では、毎年年末に掃除して、お神酒、餅、みかん、油揚げ、生卵をお供えするそうです。

林の中に屋根掛けされた社があり、その中に、1対の狼像がありました。歯の表現がリアルです。高さは20cmと小さいのですが、存在感のある狼像でした。
 
 
 
 
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2018/05/25

十和田湖・奥入瀬渓流から仙北市上桧木内

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北海道からフェリーで青森に渡り、秋田県仙北市の上桧木内を目指しました。途中、奥入瀬渓流と十和田湖で写真を撮りました。

上桧木内には「狼祠」があります。狼を両側に従えた女神像です。藪に覆われた祠でしたが、なんとか探すことができました。

また上桧木内は、紙風船上げの年中行事で有名なんですね。行ってみて初めて知りました。

武者絵や美人画が描かれた風船は熱気球の原理で真冬の夜空に舞いあがります。中国雲南省のタイ族のところで、同じような紙風船飛ばしの行事を見たことがあります。

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2018/05/24

連理の木 縁桂(えんかつら)と棚田

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乙部町を訪ねたのは、この連理の木「縁桂」を見るためでした。森林公園の中にあり、駐車場から歩いて30分ほど入った場所に立っています。

縁桂は、隣り合う2本の幹が結合してできたもので、古くから「縁結びの木」として大切にされてきました。

縁桂にはこんな伝説があります。

「明治の末期、荒川万太郎という豪傑な漁師がいました。あるとき親方の船を造ることになり、巨大なカツラの木を切り倒すことになったのですが、何度も斧に力を込めて切ろうとしても力が入らず、誰もその木を切ることが出来ません。そこで万太郎が呼び出されたのですが、万太郎までもがこのカツラの木の前では力が抜けてしまい、結局切り倒すことが出来なかったのです。このことから人々は、「万太郎さえ斧を入れられなかったのだから、神の宿る木に違いない。」と巨木を大切に奉ったといいます。」(乙部町HPより)

ところで、森林公園の手前に、「棚田」がありました。

北海道では、急斜面に水田を造らないので、「棚田」はおおくありません。(平場の水田はたくさんあります)

でも、山間部には、小規模な棚田がありました。ここも、おそらくは、1軒の家で作っている田んぼではないでしょうか。畦を切って水を流し、棚田独特の景観で、とてもすばらしい棚田でした。
 
 
 
 
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2018/05/22

【犬狼物語 其の二百六十六】 北海道乙部町 少女と犬の像

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乙部町まで来ました。

ここに乙部温泉光林荘がありますが、近くの公園に少女と犬の像が建っていました。[風のなかま」とタイトルがついていました。

これは民俗学的背景がある像ではなくて、町に点在するアート作品のひとつのようです。他にもオブジェがありました。

乙部町には、鮪の岬(しびのさき)というところがあります。魚の鱗にも見える岬の崖が、ちょっと目を引き、車を停めました。

これは北海道天然記念物に指定されていて、岩肌は「柱状節理」と呼ばれるものです。「ブラたもり」でよく出てくるタモリさんが好きな「節理」です。

この独特な地層は、中新世に海中から噴出したものだそうです。

道の駅に泊まりましたが、その日一日雨が降っていて、夕方も曇っていたのですが、ちょうど陽が沈むころ、雲間から見えた夕陽です。
 
 
 
 
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2018/05/21

【犬狼物語 其の二百六十五】 北海道新ひだか町 アイヌ民俗資料館のオオカミ頭蓋骨

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イヨマンテ儀式に使われたエゾオオカミ(ホロケウカムイ)の頭蓋骨は、イギリスの大英博物館など世界に3つしかない貴重な資料です。

両側にあるのがヒグマの頭蓋骨で、真ん中にあるのがエゾオオカミの頭蓋骨です。

北海道犬(アイヌ犬)の剥製も展示されていますが、北海道犬には、オオカミの血が混ざっているという話もあります。

近くには、1669年シャクシャインが最後の砦とした地で、記念館と像が建っています。
 
 
 
 
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2018/05/20

【犬狼物語 其の二百六十四】 北海道札幌市 北海道大学植物園内博物館

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北海道大学植物園は、札幌市の中心部にありますが、園内は静かで都会のオアシスです。

1989年に国の重要文化財に指定され博物館の建物も素敵です。

中には、明治時代に絶滅したエゾオオカミの貴重な剥製と、南極観測で活躍した樺太犬タロの剥製が展示されています。
 
 
 
 
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2018/05/19

【犬狼物語 其の二百六十三】 北海道古平町 セタカムイ(犬の神)岩

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続編の『犬像をtったずね歩く(仮タイトル)』でも、ぜひ使いたいと思っていたのが、「セタカムイ(犬の神)岩」。

古平町のセタカムイ岩の伝説は複数ありますが、その中に、千葉県銚子市犬吠埼の「犬岩」に伝わる伝説と似たものがあります。犬岩は義経から置き去りにされて鳴いた若丸という犬が岩に変わったもの。セタカムイ岩にも、アイヌの文化神であるオキクルミが、飼っていた犬を置いて、異国に去ったので、飼犬が主人をしたって、遠吠えしながら岩になったという伝説があります。

北海道には義経が平泉では死んでおらず、北海道に渡ったという義経北行伝説があり、この伝説もその影響かもしれません。

平取町には義経神社まで存在するというので、アイヌの伝統的な地域、二風谷といっしょに見てまわることにしました。

義経伝説は、和人のアイヌ対策で広められていったという説があります。アイヌに親近感を持たせるために、和人は義経を意図的に宣伝し、アイヌのオキクルミ伝説と結びつけたというのです。

どこまで史実なのかの判断は俺にはできませんが、伝説が存在するということ自体には理由があります。アイヌのオキクルミ、和人の義経。人々は英雄を求めます。伝説にはそうあってほしいという意識的・無意識的願望なども入り込む場合があります。

たとえば、こんな例もありました。

ミャンマーのシャン州にはクン族という、自分たちの祖先が日本人だという伝説を持つ民族がいます。この祖先というのが山田長政なのです(時代的に合わないのですが)。でも、これも日本軍が地元のクン族に親近感を抱かせるために持ち出した話らしいのです。ただクン族側にも、ビルマ族からの支配を脱したいという思惑があり、自分たちの祖先が日本人であることを、むしろ積極的に受け入れたという事情があるようです。

そしてもうひとつの伝説は、主人から魚を盗んだ猫を追いかけて岬まで行った犬が、崖を降りられなくなり、そこで死んでしまい、岩に化身したというもの。

猫を追って犬が岩になったというストーリーを聞くと、島根県の犬島・猫島の伝説を思い出します。どちらも犬が人のために猫を追っています。この伝説は犬の忠誠ぶりを強調しているのでしょうか。犬にそうあってほしいという人々の願望かもしれないし、犬とはそういうものだという思い込みかもしれません。

俺の実家では子供のころからずっと猫を飼っているので、猫も好きですが、「人を助ける」という観点から見ると、やっぱり犬に軍配が上がります。

ただ、この場合、崖で動けなくなって死んだ哀れな犬なのです。犬は人のためにと言って猫を追いましたが、主人や権力者に盲目的に従うおろかさやこっけいさが裏に隠されているのかもしれません。
 
 
 
 
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2018/05/18

アイヌ文化の中心地、二風谷

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二風谷は、アイヌの伝統が色濃く残る地として知られています。2007年には、「アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景観」に認定されました。

二風谷アイヌ文化博物館と萱野茂二風谷アイヌ資料館を回りました。博物館の外に再現されたチセ(家)が数棟並んでいます。

アイヌは北方系民族との共通性があり、萱野氏の資料館には、中国黒竜江省のホージャ族の資料も集めてあります。魚の皮で作った衣類はみごとです。ホージャ族の村で川魚のたたき料理(生の魚とキャベツと和えたもの)を食べたことを懐かしく思い出します。アイヌにも川魚のたたき料理があると、前回訪ねた時は、そんな展示もあったと記憶していますが、今回、それは見当たりませんでした。

狼や犬について何か伝説や昔話がないか尋ねたところ、狼(エゾオオカミ)は、アイヌにとっては敵ではなかったという。というのも、エゾオオカミが駆逐されたのは、牧場で馬を飼うようになったからで、「馬」をアイヌ語で「ウンマ」と呼ぶように、和人が持ち込んだものだったとのこと。アイヌは定住の狩猟採取生活だったので、もともと馬は必要ありませんでした。だから、狼に食べられるという被害もありませんでした。

ところで、東京オリンピックを控えて、先住民族問題は世界的関心も高く、日本が、アイヌを正式に先住民族として認めるのかどうかが注目されているそうです。
 
 
 
 
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2018/05/16

札幌から小樽、古平、積丹岬、セタカムイ岩

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札幌では、校犬クロの話の発端になった、子犬を拾った本人に会うことができて、インタビューし、生前のクロの写真を撮影させてもらいました。

ここ2日間しか天気が良くなさそうな予報なので、風景写真は、この2日間で急いで撮影しました。

小樽市の消防犬ぶん公像に寄りました。『犬像』の本を作るきっかけになった犬像のひとつです。あのときは、犬像と言えば忠犬ハチ公くらいしか思い浮かばなかったのですが、こうして全国周ってみると、150体以上は見つかっていて、日々更新中です。

前回と同様、ヴィーノの記念写真を撮りました。ヴィーノもすでに10歳。ほぼ8,9年ぶりということになります。

小樽から積丹岬までは、奇岩が多く点在するところですが、中でも、今回のテーマ「犬」の岩があります。「セタカムイ」といいます。アイヌ語で、「犬の神」という意味です。伝説は複数ありますが、犬が遠吠えしているような姿から、犬にまつわるもので、詳しくはあとでアップします。

ヴィーノの右後ろに尖って見えるのがセタカムイ岩です。

そのまま積丹岬まで行ってみました。

海は青く(積丹ブルーというらしい)美しいところですが、観光客も多い。ここもほとんどが外国人。
 
 

 
 
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2018/05/15

豊浦から真狩、京極

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豊浦から真狩へむかう道沿いには数枚ですが、棚田がありました。まだ田植え前です。

真狩村では「郵便犬ポチ」の取材をしました。次回作に使う話です。郵便犬ポチについては、後日アップします。

最初曇っていたのですが、天気は回復し、羊蹄山が姿を現しました。すばらしい。

そのふもと、京極には羊蹄山の雪解け水が湧き出すところがあります。

豊富な水量と透明でおいしい水。俺もペットボトルに詰めました。ここは外国人観光客がたくさん。
 
 
 
 
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2018/05/14

まだ桜が残る北海道

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北海道に入っても雨でした。昨日は、豊浦の道の駅に泊まりました。

朝、漁港に行ってみると、漁船から海産物の水揚げが行われていて、活気がありました。

桜は一部残っています。八重桜でしょうか、今朝がたまでの雨で花弁が散っていました。
 
 

 
 
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青森からのフェリーで函館へ

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八甲田山雪中行軍遭難資料館のアイヌ犬像を撮影してから、青森港のフェリー乗り場へ。

港で車中泊し、早朝の便で函館へ。
 
 
 
 
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2018/05/13

【犬狼物語 其の二百六十二】 秋田県大館市 秋田犬&忠犬ハチ公

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大館市は、秋田犬と忠犬ハチ公の故郷です。

市内にはたくさんの犬像があります。
 
 

 
 
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忠犬シロを祀った老犬神社

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秋田県大館市の老犬神社を再訪しました。

ヴィーノのリードが外れてしまい、森の中へ走っていったときは焦りましたが、たまたまおやつを持っていて、その袋をカチャカチャさせて「お座り!」と叫んだら数分後、戻って来ました。

おやつの袋の音だけはわかるようです。

まったく、、忠犬シロを祀った神社でとんでもないことを。こんなところで行くへ不明になったら、青森港からのフェリーに、あやうく乗りそこねるところでした。
 
 
 
 
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2018/05/12

衣川三峯神社の狼像、再訪

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2,3年前に一度訪ねていますが、撮影条件が悪かったので、再訪し、撮り直しました。

詳しいことは、帰宅後アップします。
 
 
 
 
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一関市、金山棚田

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一関市、金山棚田に寄りました。

去年の「棚田ランキング」にも入ったところです。規模は小さいですが、昔ながらの棚田の様子をよく残していて、貴重な文化的景観です。

もうすぐ田植えのようです。北海道からの帰り、もう一度寄ってみます。
 
 
 
 
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2018/05/08

足尾銅山跡&鬼怒川温泉&日光江戸村

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鬼怒川温泉まで家族旅行で行ってきました。

まずは、足尾銅山跡に寄って、トロッコ電車で坑道見学。

鬼怒川国際ホテルは、ペット可です。いや、ペット連れに特化したホテルのようです。

ドッグランやペット用露店風呂も完備していました。

夜中はヴィーノが騒いで、ほとんど一睡もできずに、明るくなるのを待って、4時半ころ散歩に出ました。

日光江戸村へ。ゴールデンウィーク最終日で、ほど良い混雑度でした。

みんなでコスプレして遊びましたが、ヴィーノはカートに入れていなければならなかったので、侍のかっこうをした俺は、まるで「子連れ狼」でした。

半か丁かの賭場は一番面白かったですね。サラシを巻いたツボを振る男たちは、本物のその筋の人かなと思うくらいのリアリティがありました。

大勝ちしているのは小学生くらいの男の子。しかも3人も。偶然かもしれませんが、俺のように「絶対勝って倍にしてやる」などと欲をむき出しにすると、結局は、場に飲まれて冷静さを失って、すぐ元手をすってしまうんですね。

花魁道中も豪華絢爛。江戸時代も、行列は、お金のない普通の男がタダで花魁を見れる機会だったとの解説に苦笑しました。
 
 
 
 
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2018/05/07

【犬狼物語 其の二百六十三】 長崎県大村市 義犬華丸 (『犬像をめぐりあるく(仮タイトル)』について)

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大村市本教寺の、義犬華丸の像や墓については、ブログでもすでに書いているし、『全国の犬像をめぐる』でも取り上げています。

今回は、大村市のホテルで、関係者の方々と会い、話をうかがいいました。

その際、義犬華丸をモチーフにしたキャラクターの「華丸くん」と「華子ちゃん」のバッジやシールがあり、頂いたのでアップします。

また、「華丸くん」のパネルもあるというので、ホテルでパネルを借りて、本教寺までもっていき、華丸の像といっしょに撮影しました。
 
 
 
ところで、『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』の続編である『犬像をめぐりあるく(仮タイトル)』の、北海道部分、3話を除いて入稿しました。今回は全部で33話なので、9割は入稿済みということになります。

順調にいけば、出版されるのは、8月下旬か9月上旬ころになるのではないでしょうか。

今回は、「続編」という位置づけもありますが、「残り」だけを取り上げたわけではありません。

全国の犬像を俯瞰して見ると、犬像には、意味・意義による分類が可能であることがわかったので、独断ではありますが、全部で13章のカテゴリーにわけて、それぞれの犬像を位置付けています。なので、前著でも取り上げた犬像で、重要と思われるものは、写真1点と簡単な説明をくわえて、再登場させています。

羽犬は「ユニークな犬像」のカテゴリーに入ることは前回書きました。この義犬華丸は、「史実(明治まで)の犬の墓」に入ります。ただ、羽犬同様、前著で詳しく書いたので、今回は写真1点と簡単な説明だけです。

連休明けに北海道まで行きますが、いつものように、途中いろいろと撮影しながらの往復になるので、2週間以上はかかるのではないかなと思います。前回九州へ行った時よりは、じゃっかん近い感じですが、直線距離でも1100kmあります。
 
 
 
 
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2018/05/05

今日は、二十四節気「立夏」、七十二候「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」

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今日は、二十四節気「立夏」、七十二候「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」

春になると田んぼでは雄のカエルが鳴き始めます。鳴き声は、雌に対する求愛、他の雄に対するなわばり主張の両方の意味があるらしい。

カエルは降雨を予報し害虫も食べるので、田の神の使いと考えて、信仰の対象にしているところもあります。稲作とカエルは切っても切れない深いつながりがあるようです。


「立夏」の七十二候は以下の通りです。

初候: 蛙始鳴(かえるはじめてなく 蛙が鳴き始める)

次候: 蚯蚓出(きゅういんいずる 蚯蚓が地上に這出る)

末候: 竹笋生(ちくかんしょうず 筍が生えて来る)
 
 
 
 
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2018/05/04

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」 イコモスが登録が適当と勧告

_87a3651(大浦天主堂)

Img_6064(大浦天主堂)

_87a3822(出津教会堂)

140926_1(崎津協会)

_87a4012(春日集落と棚田)

_87a4092(安満岳北麓の山野教会)

_mg_7330(原城跡)


世界文化遺産に推薦されていた「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が、国際記念物遺跡会議(イコモス)によって「登録が適当」とユネスコに勧告されました。

「登録が適当」なので、おそらく正式に登録されることになるでしょう。

世界遺産の構成要素は12カ所ありますが、その中で訪ねたことがあるのは、次の5カ所です。


大浦天主堂: ゴシック調の国内現存最古の教会堂

外海の出津集落: ド・ロ神父が私財を投じて建てた出津教会堂

天草の﨑津集落: 潜伏キリシタンがカトリックに復活した地、畳敷きの崎津教会

平戸島の聖地と集落(春日集落と安満岳): 潜伏キリシタンの様相をとどめる集落

原城跡: 島原・天草一揆の舞台
 
 
 
 
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2018/05/03

【犬狼物語 其の二百六十二】 福岡県筑後市 羽犬の像と塚

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「羽犬塚」は古くから宿場町として栄え、その地名の由来は400年前から続くふたつの伝説にあります。

どちらも犬を塚に葬ったというのが由来ですが、ひとつは、天下統一を目指す豊臣秀吉の行く手を阻んだ羽犬が仕留められたという説と、秀吉の病死した愛犬が羽が生えたように素早かったという説などがあります。

羽犬の像は前著『全国の犬像をめぐる』でも取り上げましたが、次回『犬像をめぐりあるく(仮タイトル)』でも、違う写真を2点だけ載せる予定です。「ユニークな犬像」のカテゴリーを作ったので、そこに入ります。

筑後船小屋駅には、新しいからくり時計にも羽犬像が取り入れられていました。可愛い白い羽犬が時間が来ると出てきます。
 
 
 
 
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2018/05/01

【犬狼物語 其の二百六十一】 長崎県松浦市 人柱観音供養塔と白犬之塚

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松浦市今福の古い街道沿いにあるお堂の中に祀られているのが人柱観音供養塔だ。隣には「白犬之塚」と彫られた碑があり、白い犬の像が置かれている。垂れ耳で鼻ぺちゃで愛嬌があり、狆のようにも見える。

松浦市のHPと由緒書きの碑文から伝説を要約すると、

江戸時代の初めころ、領主丹後守松浦信貞公はこの干潟を埋め立てて新田を造ろうと思い、家臣の田代近松という人物にこの工事の監督をあたらせた。 

工事は海潮に侵され難工事で進まなかった。「工事の完成しないのは海神が埋め立てを欲しないからであろう。だれか人身御供となり、海神に捧げれば堤防工事は完成するのだが」と住民に相談したが、誰一人申し出る者がいない。困った田代氏は、「着けている袴のすそを横じまの布でふせている者があればこの犠牲者と定めよう」と提案し、住民それにも従うことにした。

袴を調べたところ横じまの布でふせているのは田代だけだった。こうして田代は生きたるまま白犬と共に堤防に埋められた。

田代の人身御供の犠牲で堤防も完成し、埋め立て工事も竣工した。悲惨な最期をとげた田代と白犬の霊を慰めるため、この観音供養塔を建てて祀った。

こういう伝説が点在するのは、土木工事の難しさの表れだろうし、犠牲になった人に対する同情と、成仏してほしい(祟らないでほしい)という願いと、その状況を強いた権力者に対する無言の抗議という意味もあるのかもしれない。 
 
 
 
 
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