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2019/05/12

【犬狼物語 其の三百二十三】千葉県佐倉市 高産霊神社の犬(?)狼(?)像

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高産霊(たかむすび)神社は、京成臼井駅の南約2kmに位置します。神社の門前に「ぽっくり弁天」、さらに左手に専栄寺があります。

神社は観応元年(1350)3月2日に大己貴命(オオナムチノミコト)を祭って創立されたそうです。

「八坂神社」「金比羅神社」「子安神社」「疱瘡神社」「天満天神」の5社があり、階段を上ったところに左右、1対の像が鎮座します。これは何でしょうか?

左側の像は、子連れの像らしい。右側に控える像の右前足がなくなっています。痛々しい感じですが、顔を見ると笑っているようにも見えてきます。時間の流れを感じます。

俺には犬狼像にしか見えません。犬狼ではなくて、狐という話もあります。子安神社が祀られているので、子安信仰由来の犬像かもしれません。(だから子連れの像なのかも)

明治のはじめ、まだこのあたりは荒野だったんですね。

「幕末からの混乱で職を失った武士や路頭に迷う庶民があふれ、政府にとってその対策が緊急の課題となっていました。(略)新たな農地を開拓することで彼らの救済と食糧増産を図ることに決定します。開拓の対象となったのが北総台地の牧(まき)でした。(略) 開拓は、実際に事業を進める開墾会社が設立され、明治2年、北総台地の西側、小金牧の初富地区(鎌ヶ谷市)から始まりました。東側の佐倉牧もすぐに続き(略) 明治3年には、7月と9月に台風が襲い、植えたばかりのそばや麦が全滅しました。宿舎が火災に見舞われた地区もありました。 」

(関東農政局 4. 明治の混乱と牧の開拓【「農」と歴史】 http://www.maff.go.jp/kanto/nouson/sekkei/kokuei/hokuso/rekishi/04.html

この高産霊神社の像が狼(お犬さま)かどうかはわかりませんが、佐倉市にも三峰信仰の「三峰講」があったようです。きっかけは明治3年の火災だったといいます。明治3年は災害が多い年だったということのようです。このことと、三峰講が生まれたのは関係するのかもしれません。

「明治3 年(1870)に佐倉新町(現,佐倉市)で結成された三峰講も,町の火災をきっかけに火防の神をまつることを願意としていた。」(佐倉市教育委員会編・発行(1978):『佐倉文庫4 三峯山道中記図絵』,冒頭)(関東平野における三峰信仰の展開 ―武蔵国東部を中心に― 三木一彦  https://www.bunkyo.ac.jp/faculty/lib/klib/kiyo/edu/e39/e3907.pdf)

ところで、神社前の「ぽっくり弁天」は、もともと違う場所にあったものが遷座されたもの。「無病息災長生きのうえ、最期は美しく老い長患いせずに「ポックリ」大往生するという霊験あらたか」だそうです。俺もあやかりたい。

 

 

 

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