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2019/08/20

【犬狼物語 其の三百八十六~三百八十八】 埼玉県さいたま市 高砂・三峯秋葉両社&睦神社内の三峯社&沼影・三峯神社

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(高砂三峯・秋葉両社)

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(高砂三峯・秋葉両社 19日は三峯神社の祀り日)

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(高砂三峯・秋葉両社のお供え)

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(睦神社内三峯神社と稲荷神社など)

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(睦神社内稲荷神社の狛狐)

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(沼影・三峯神社)

昨日は「19日」。毎月19日は、埼玉県さいたま市浦和区高砂三峯・秋葉両社の祀り日です。総本山、秩父市の三峯神社では、10日と19日がお炊き上げの日です。10日は神域のお犬さまへ、19日は遠隔地で活躍するお犬さまへ小豆飯をお供えします。

この高砂三峯神社の19日というのも、それと関係があるのかもしれません。そこは以前お話を聞いた講員の方も、よくわからないようでした。

午前9時ころ、神社へ行ってみると、すでに祠は御開帳されていました。

祠の両側に「高砂講」の提灯が下げられ、三峰神社と秋葉神社のお札が祀られ、盛り塩、米、お神酒、手前には、キウイ、ナシ、オレンジ、バナナなどのフルーツ、カリフラワー、カブ、ナスなどの野菜がお供えされています。そして、昼にもう一度行ってみると、お供えに乾き物も追加されていました。

高砂講は、1丁目から4丁目が加入していますが、1年ごとに当番が1丁目、2丁目、・・・と移っていきます。夕方にはこのお供えが下げられるそうです。

次は、南区の睦神社です。武蔵浦和駅の約500m東側に鎮座します。

睦神社には、境内社が多い。本殿の右側に並ぶ伊勢参宮記念碑の隣が三峯社、その隣が、稲荷社、その隣が諏訪神社、八幡神社が並んでいます。三峰社の中を覗いたら「白幡講」とか見える三峯神社のお札が祀ってありました。個人のお札ではなく、講のお札のようです。だからここにも講は存在するようです。

それで、たまたま犬の散歩で歩いていたおじさんに声をかけたら、おじさんは講員ではありませんでしたが、講の存在は知っていました。おじさんも、ここに引っ越してきて40年になりますが、三峯講の講員は、ずっと昔から住んでいた人たちだけらしい。

今でも三峯山へは登拝しているといいます。多い時はバスをチャーターして、少ない時は自家用車で。代表だけが行く代参講ではなく、全員参加の総参講です。

ところで、ここの三峯神社の隣に建つ稲荷神社前には狛狐がいますが、なかなか良い像なので、掲載しておきます。子狐が可愛い。それを優しく抱える親狐の像です。

最後は、南区の沼影・三峯神社です。武蔵浦和駅の約300m西側、沼影観音堂の裏の公民館の敷地に鎮座しています。

鳥居と祠の間には、斜めになった木が横たわっていました。どうしてこんな状態になったのか。小さな赤い花がきれいです。

祠のあるところは少し高くなっていますが、どうも溶岩が積んであるらしい。ここにも狼像はありませんでした。

 

 

 

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2019/08/19

昨日から二十四節気「立秋」、七十二候「蒙霧升降(ふかききりまとう)」

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昨日から、「立秋」の末候「蒙霧升降」。「深い霧が立ち込める」などといった意味です。

ようやく暑さのピークは越したかなといった感じですね。去年よりだいぶ暑い日が少なかったので今年の夏は楽でした。

写真は、何年か前の9月上旬に撮影した新潟県十日町市星峠の棚田の写真です。

 

 

 

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2019/08/18

宮城県村田町歴史みらい館の企画展『猫にお願い』10月20日まで

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宮城県村田町歴史みらい館で企画展『猫にお願い 東北地方の猫神・猫絵馬・猫供養』が開催中です。10月20日まで。

前回の狼展も面白かったですが、今回の猫展も面白そうです。

企画展リーフレットから引用すると、

「猫は、古くから養蚕農家や米蔵の鼠除けとしての益獣、愛玩動物として飼われていました。養蚕の鼠除けでは、猫の絵が入ったお札が各地から出されました。猫を神格化して祀った神社、猫を供養した塚や石碑などが、特に福島・宮城・岩手で多く見つかっています。今回の企画展では、猫を描いた絵馬、猫の絵が入った鼠除けのお札、猫の石像・木像など、民俗資料を通して猫と人の関係を探ります。」

個人的には、猫の姿が刷られたお札や、猫像に興味をそそられます。狼像のレリーフが丸森町に複数存在することは石黒さんに教えていただいたのですが、そのとき、猫像もあると聞いていました。ただその時は、狼像を追っていたので、猫像をあえて写真に撮ろうという発想はなくて、今度行ったときは、ぜひ猫像もと思っています。

この数年来、「犬」「狼」をテーマにしているので、人からは「犬派」と思われているようですが、もともと子供のころから飼っていたのは猫で、猫好きでもあるのです。だから俺は「犬派」でも「猫派」でもありません。

今日、8月18日は、13:30から、この猫展を企画した専門員・石黒伸一朗さんの講演があるようです。演題は「東北地方の猫神社と猫供養」です。

 

 

 

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2019/08/17

【犬狼物語 其の三百八十五】 埼玉県の御嶽講

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狼信仰の関東での2大聖地は、埼玉県秩父市の三峯神社と東京都青梅市の武蔵御嶽神社です。それぞれ三峯講と御嶽講が作られて、昭和初期まで盛んに代参が行われていました。代参というのは、講員の誰か、くじ引きなどによって2~3名が選ばれ、神社に参拝し、祈祷を受け、お札をもらって帰ってきて、講員に配るというものです。

お札は、狼の姿が刷られた「お犬さま」のお札が中心で、家々では戸口に貼っておいたほか、辻札といって、村境などに竹に挟んで立てておくこともあったといいます。

また何十年に一度の一大イベントとして、武蔵御嶽神社で太々神楽を奉納することもあり、そのときには、御嶽山に記念碑を建てたり、お世話になっている御師坊に記念額を奉納したりしました。費用もかかったので、これは一生に一度こととされ、代参ではなくて、講員全員でお参りするのがしきたりでした。

御嶽講・三峯講に関する民俗調査が行われていますが、たとえば『埼玉民俗』第6号には西海賢二氏の「武州御嶽講について 比企郡吉見町流川の場合」(1975年記)、第7号に「武蔵における御岳講の展開 特に埼玉県下を中心にして」(1976年記)、が掲載されています。その中に府県別御嶽講中分布表(明治期各県講社台帳より)というのがありました。

この明治期のリストを見ると、御嶽講も、埼玉県が圧倒的に多かったのがわかります。

全御嶽講中の総数は3485講。このうち埼玉県内には1368講がありました。これは全体の39%に当たります。また、講員数も、総数144974人のうち、埼玉県内の人数は63689人で、全体の44%に当たります。半数とは言えませんが、かなりの数が埼玉県にありました。次に多かったのは909講があった東京です。(ちなみに三峯講は昭和15年の調査によれば、長野県が圧倒的に多く1410講、埼玉県が2位で914講となっています)

また県内でも特に御嶽講が濃密に分布するのは、旧入間郡内(特に川越市・飯能市・入間市周辺)、旧北足立郡内(特に大宮市・朝霞市・和光市・志木市・新座市・桶川市周辺)、旧比企郡内(特に東松山市周辺)、南埼玉郡内だそうです。

どうしてか?

ここで講と農業との関連が示されています。昭和22年当時の埼玉県下農家人口構成表から、全人口対農家人口の比率をみると、御嶽講が濃密に分布する地帯に高いことがわかります。つまり、御嶽信仰は特に純農村地帯に浸透していったということらしい。これは上尾市の御嶽講・三峯講を調べた時も出てきた傾向です。

御嶽様は作神で、「肥料がなければ御嶽山に参拝しろ」と、よく言われていたそうです。農家にとっては一番頼りになる神さまであったのでしょう。これは三峯信仰も同様で、農家が求めるのは作神だったといいます。

それと比企郡吉見町流川(1975年記)の場合、講が作られたのは100年以上前ですが、理由が4つあげられています。

(一)当地方は狼の害が多く、農民が非常に困ったという。
(二)狐つきが多かった。この狐つきを落として貰うために御嶽の御師に頼んだ。
(三)火事が非常に多かった。
(四)雷神をのがれるため。

以上のような理由で講が作られたといいます。

ところで、代参で毎年2~3人づつお参りして、何年かかかってすべての講員がお参りすると、それを「満講」といって、新しく講を組みなおします。

そのとき、講員が全員で御嶽神社に参詣して太々神楽を奉納するという講社が多いそうです。

各府県の太々神楽の奉納数は、特に東京、埼玉に集中しています。それで興味深い傾向があるそうなのですが、東京の奉納数が多いときは景気が良い状況の年で、埼玉県の奉納数が多いときは、農業の豊作の年ではなく、むしろ不作の年に多いというんですね。意外です。

東京では感謝のために神楽を奉納し、埼玉では祈願のために神楽を奉納するということでしょうか。町場と農村の人の御嶽信仰に求めるものの違いが表れているのかもしれません。町場では火災・盗難除けですが、農村では、豊作祈願という違いです。

 

 

 

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2019/08/16

東北お遍路写真コンテスト2019の作品募集

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東北お遍路写真コンテスト2019の作品を募集中です。

締め切りは2019年12月15日です。

※ 今年、プリントでの募集は行っておりません。作品はデータをDVDかCD-Rでお送りください。

詳しくは、募集要項(チラシ)をご覧ください。

 

 

 

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2019/08/15

【犬狼物語 其の三百八十四】 忠犬ハチ公像が建立されてから71年

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渋谷の「チュウケンハチコー」は、外国人との待ち合わせでも使う、国際的なランドマークにもなっているようです。

終戦記念日の今日8月15日、渋谷駅前の忠犬ハチ公像が建立されてから71年になります。

1代目の忠犬ハチ公像は軍需品をつくるための金属回収運動で供出され、溶解されて無くなりました。機関車の部品になったそうです。

1代目ハチ公像の製作者であった彫塑家・安藤照は空襲で亡くなったため、彼の息子である安藤士が、現在の2代目ハチ公像を製作しました。終戦の3年後、1948年(昭和23年)のことです。

この再建像の除幕式は、8月15日に行われました。日本はまだ連合国軍の占領下にあって、GHQの代表も参列したそうです。

設置にあたり、「忠犬」では軍国主義を思わせるなどの意見が出たようですが、結局、「忠犬ハチ公」という名前が浸透していたので、そのまま「忠犬ハチ公」になったようです。

あれほど日本の軍国主義を嫌い恐れていたGHQが、よく「忠犬」を許したなぁと思うわけですが、実は、忠犬ハチ公の物語は戦前既に欧米でも有名でした。アメリカの社会福祉事業家のヘレン・ケラーもこの物語は知っていて、1937年来日し秋田県で講演をしたとき、秋田犬が欲しいと言って、子犬を譲り受けたくらいです。2代目ハチ公像再建にあたっては、その物語に感銘を受けていたGHQの愛犬家有志が支援を行ったとのことです。(wiki参照) つまり「犬」の像だったから許されたということではなかったのでしょうか。いや、もっと言えば、主人を健気に待ち続けたハチ公の物語は、心の琴線に触れる万国共通の「昔話」だということなのでしょう。

再建当時は駅前広場の中央に設置されたようですが、1989年(平成元年)5月に駅前広場が拡張されたのを機に今の場所に移され、ハチ公口方向に向きも直されました。また、このとき台座の高さもハチ公像に触れやすい高さに変更されたそうです。今は外国人が台座に腕を伸ばして記念写真を撮っています。 

 

 

 

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2019/08/14

【犬狼物語 其の三百八十二~三百八十三】 埼玉県熊谷市 上恩田三峰神社&中恩田三峰社

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埼玉県熊谷市の上恩田と中恩田に、三峰神社と三峰社が鎮座します。

両社は500mほどしか離れていませんが、両社とも、青々とした田んぼの中に社が建っています。

 稲の花が咲いている田んぼも近くにありました。もう少しで稲刈りです。

 社の中には、三峰神社のお札も祀られてあったので、三峰講もあるようです。

 

 

 

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2019/08/13

今日からは二十四節気「立秋」、七十二候「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」

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(熊本県球磨村 鬼の口の棚田)

 

今日からは二十四節気「立秋」、七十二候「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」です。

「寒蝉鳴」は、七十二候のひとつ。二十四節気の立秋の次候です。

「ひぐらしなく」と読まれていますが、もともと中国から入ってきた「寒蝉(かんせん)」は秋の訪れを告げる蝉といった意味らしい。

田んぼは青々としていた稲が、じゃっかん黄色くなりつつあります。確実に季節が移っています。

今年は、去年ほどの極暑がなく、ちょっと余裕を持ってこの季節を迎えられていることは、良かったかなぁと個人的には思います。ただこのまま涼しくなっていくことはなさそうですが。

 

 

 

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2019/08/12

マイケル・W・フォックス著『オオカミの魂』

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マイケル・W・フォックス著『オオカミの魂』を読みました。

「イヌのことなら狐(フォックス)に訊け」(デズモンドモリス)という言葉があるそうで、フォックスはイヌ科動物の権威。心理学、行動学の博士号を取得して『イヌの心理学』、『イヌのこころがわかる本』などの著書もある生態学者・獣医師です。

この本は、単なるオオカミの生態・行動を紹介した本ではなく、行動学、心理学、哲学、社会科学など幅広い領域の成果をもとに、現代の人間が抱える精神的な問題に踏み込んだ本です。オオカミだけではなく、あらゆる生き物への畏敬の念の大切さを訴えています。

「オオカミは野生状態の象徴的な存在、つまり野生に対する意識の元型になっています。」

「自然は、わたしたち人間が健全さと文明を取りもどす最後の望みなのかもしれません。そしてオオカミはわたしたち人間にとって、高貴な野蛮人といういくぶん空想的な存在よりもずっと現実的で、実際により適切でもある水先案内人、元型となりうるのです。」

フォックスはイヌの研究もやっていて、飼いイヌが野生の動物から家畜化したとき、どういうことが起こったか、という興味深い観察を述べています。家畜化は、オオカミの行動の儀式的な側面を薄め、単純化するというのです。そのため人間に懐くようになりました。イヌは、儀式を捨てて、フレンドリーになった。逆に言えば、だれにでも懐くフレンドリーさを獲得したから、人間の伴侶動物として生き延びることができたということなのでしょう。

これは人間の文化にも言えるようです。

「行動の点でいうと、現代人の行動・文化の伝統の多くからしだいに儀式の要素が失われつつあり、この現象にはファッションから社会的な役割にまで及んでいます。」 

「文化化も似たような影響を及ぼし、さまざまな儀式の効果を弱めることで、人間の行動の幼形成熟をさらに強化させるのかもしれません。疎外と社会の不安定さといった問題はありますが、利点としては、人間の態度が柔軟性を増し、もはや規定された儀式やタブーに束縛されずにすみ、将来、異なる文化間での争いの可能性が少なくなる、ということがあげられるでしょう。」

いいとか、悪いとか言っているわけではありません。生き延びる術を獲得したことを「進化」というなら、飼いイヌも、人間も進化していると言えるのでしょうね。

だからこそ、オオカミに魅力を感じるわけです。人間が失ってしまった儀式を重んじる野生動物としてのオオカミ。自然の一部として存在するオオカミです。

 「先住民を「高貴な野蛮人」とみなしたルソーの視点は、野生動物、とくに、人間と同様ハンターであるオオカミなどに対するわたしたちの文化的な認識や理解といくぶん関連があります。「高貴な野蛮人」という言葉には、ある種神聖な神秘的な雰囲気、存在感、気品があり、「文明化した」人間に、再び自然と一体になりたいとか、文明化しすぎた科学技術の世界が生み出した付属物を捨てて自由な精神状態で暮らせたら、といったあこがれを生み出します。」

「高貴な野蛮人」と「オオカミ」は、社会的な儀式の点で高度に洗練されていて、自然と一体になって生きているという意味で、同じような存在です。そこにあこがれている現代人という構図でしょうか。 

 それと関係があるのか、今までの反動なのか、最近の若い世代は、けっこう儀式好きなのではないかと、最近ある写真を撮るようになって思っています。

 

 

 

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2019/08/11

10個の太陽と12個の月

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来年2020年(令和2年)版「旧暦棚田ごよみ」のあいさつ文を考えているところです。 今回は中国の神話を引用しようかなと。

昔の人は、毎日変化する月の満ち欠けに規則性を見出しました。しかし月の満ち欠けだけでは、季節がずれていきます。そこで太陽の動きも考慮したのが太陰太陽暦です。

中国の創世神話では、五代目皇帝・帝俊の義和夫人は太陽を10個、嫦娥夫人は月を12個を産みました。ところが堯帝の時代に、10個の太陽がいっせいに輝き、大地は灼熱地獄になりました。堯帝は弓の名手・羿(げい)に、9個の太陽を射落とさせました。太陽はひとつとなり、元の世界に戻りました。日本にもこれと似た射日神話が伝わっています。

中国古代の地理書である『山海経』にも、10個の太陽や12個の月が水浴するという話が出てきます。これは1年間が12カ月からなる考えを反映したものだそうです。

また、月はもともと複数ある太陽のひとつでしたが、弓の名人に射られ、怖ろしさのあまり血の気を失って光が薄れ、月になったという話もあります。(伊藤清司著『中国の神話・伝説』)

太陽が多すぎる混沌とした世界も月の存在で秩序を保てると解釈できるかもしれません。この「太陽」とは「支配者」という意味でもあるようです。

また、10個の太陽と12個の月は、十干十二支や太陰太陽暦を連想させます。

 日本に伝わった射日神話ですが、関東を中心に「おびしゃ(お日射)」という祭りも行われています。

そこで、思い出したのは、秩父の小鹿野町に「出原の天気占い」という行事があります。的を射て、その年の天候や作物の出来などを占うものですが、詳しくは調べてないのでわかりませんが、これも「お日射」と同じ祭りかもしれません。

掲載の写真は、10年前に撮影したこの「出原の天気占い」です。

 

 

 

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2019/08/09

犬笛戦術

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犬笛とは、人間が聞くことのできない高周波数の音を出すことのできる笛のことです。

写真のタイプの犬笛は「Shepherd's Whistle(羊飼いの笛)」とあり、 牧畜を補助する牧羊犬に命令を出すための可変ピッチの笛だそうです。半円形の部分をマウスピースのように口にくわえて息を出すと、ピーーーーーという高音が出ます。

犬笛が発するのは、16000Hzから22000Hzの音ですが、20000Hzの音までしか聞き取ることができない人間とは違って、犬には聞こえる範囲です。だから犬笛。実際には、犬以外にも猫の訓練などにも使われているそうです。

でも、ここで話題になっている「犬笛」は、ちょっと危ない話題です。

「政治家が特定の有権者を意識して暗号のような表現を使い、「人心を操る」政治手法のことを、「犬笛」戦術と呼ぶ。犬にしか聞こえない周波数で鳴る笛と同じように、その意味が分かる人にだけ分かるように工夫された、多くの場合は人種差別的なメッセージのことだ。」

というのです。(BBC NEWS JAPAN  https://www.bbc.com/japanese/video-47025445)

本当の意味は特定の層にしか伝わらないという暗号のようなものらしい。これは何もアメリカだけの話ではないのではないかと思います。今まで気が付いていないだけで、いや、気にしていなかっただけで、裏に隠された本当のメッセージがあるんだろうなぁと想像することはできます。あるいは、みんな薄々気が付いていたのかもしれませんが。 

 このBBC NEWSによれば、選挙戦のとき敵陣営は、オバマ氏のことも、「外国人である」イメージを植え付けるためこの手法が取られました。オバマ氏のアフリカの民族衣装を着ているときの写真を意図的に使ったり、オバマ氏の名前を、「バラク・フセイン・オバマ」と呼ぶだけで、「フセイン」はイラクの「サダム・フセイン」を暗にイメージさせ、オバマ氏の異国性や非白人を強調したというのです。

 いつからこの「犬笛」戦術が取られるようになったかというと、公民権運動前までのアメリカでは、堂々と人種隔離を訴えて選挙戦を行なっていましたが、その後、こういう直接的表現が許されなくなって、犬笛戦術が取られるようになったらしい。でも、「差別はいけない」と言いながら、内容は変わっていません。

耳障りの良い話になっただけで、実は、聞こえていないところにこそ本音がある、という話です。逆に耳障りの良い話には注意が必要だ、ということにもなるのでしょう。

 日本は今、韓国との関係が悪くなっているように見える状況ですが、ここにも「犬笛」が潜んでいるのかもしれません。でも、やっかいなのは、「犬笛」を吹いている人間は、表向きには「嫌韓」を叫んでいない、ということなんでしょう。

他人がそれを見破るのは難しいこともありますが、実は、犬笛を吹いている人間自身が、無意識で吹いている可能性があります。「自分は差別主義ではない」と思っているかもしれないのです。

最後、BBCの記事では、みんなが犬笛に気が付けば、犬笛戦略の効果はなくなるだろうと言っています。 

 

 

 

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2019/08/08

今日は、二十四節気「立秋」、七十二候「涼風至(すずかぜいたる)」

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今日から二十四節気「立秋」、七十二候「涼風至(すずかぜいたる)」。

暦の上では「秋」の始まりです。でも、どこが「涼風至」だと思ってしまいます。朝から湿気があって暑く感じます。ただ、去年の暑さと比べたらマシかなとも思います。 

台風10号が近づいています。来週、関東地方に台風の影響が出て来るようです。

 

 

 

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2019/08/07

【犬狼物語 其の三百八十一】千葉県野田市 日枝神社内三峯神社

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江戸川の左岸に鎮座する東宝殊花の日枝神社。

交通量の多い街道沿いにありますが、鳥居前に、駐車場ではないようですが、車を停められるスペースがあります。

境内も広々としています。境内社や碑や富士塚もあります。

本殿の右奥に三峯神社が鎮座します。社の前、左右に1対のお犬さま像が護っています。細身の体ですが、よく見ると、かなり傷んでいます。顔の部分を見ると骸骨のようにも見えてきます。

これをシルエットとして写真に撮ると、「かっこ良く」見えてしまうのは、写真のマジックともいえるものです。これをどう考えるかは、人それぞれでしょうが、骸骨になったお犬さまに、命を吹き込むこともできます。

 

 

 

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2019/08/06

【犬狼物語 其の三百八十】 千葉県野田市 東金野井三峯神社/三社神社

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国道16号線の、東金野井交差点から北へ100mほど入った杜の中に鎮座しているのが東金野井の三峯神社です。

鳥居の先は、うっそうとした杜で、40mほど奥に社殿も見えますが、薄暗く、雰囲気満点です。ただし、看板が立っています。「この山林は私有地です。三峯神社参拝者以外の入山は禁止致します。地主」 ここまでしっかりと看板が立っているところを見ると、何か特別の理由がありそうです。

しっかりとお参りさせていただきました。扁額には「三峯神社/三社神社」とありました。

社殿周辺には、いくつかの石碑や石祠などありましたが、お犬さま像はなさそうでした。鳥居は「明治三十二年」。

 

 

 

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2019/08/05

【犬狼物語 其の三百七十九】 千葉県柏市 船戸三峯神社

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つくばエクスプレス「柏たなか」駅から直線距離で約1.2km、常磐自動車道の近く、船戸三峯神社は、不動堂の裏の高くなったところに鎮座します。不動堂の向かいには、江戸時代、船戸代官屋敷があったそうです。

お犬さま(狼)像は、2対あり、平成11年に奉納された鳥居前の像は、秩父の三峯神社や釜山神社の像を思わせるような筋肉質のお犬さま像です。

鳥居をくぐり坂を上っていくと、社の前にもお犬さま像が護っています。こちらはちょっと上向き加減で吠えそうな、また違ったタイプのお犬さま像です。牙の表現が面白い。

社脇に建っていた「船戸村の由緒」によると、

「(略)無病息災を願い、講中を組織し、神佛を信仰して参りました。その神佛の一つとして、秩父郡大滝村にある三峯神社を信仰し、ここにお社を建て、昭和二十八年まで代参を続けて参りました。しかし、時代が変わるにつれお社は荒れ放題、見る影もない状態となってしまいましたが、昨年神社役員の奉仕に依り、旧社を取り除きました。私たちは、先祖が残してくれた船戸の歴史遺産を、後の人々に受け継ぎ伝えることが使命かと思い、再建委員会を作り、再建することを決議いたしました。(略)平成十一年十月」

とあります。鳥居前のお犬さま像も、これと同じ時に建てられたようです。

 

 

 

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2019/08/04

【犬狼物語 其の三百七十八】 千葉県印西市 鳥見神社内の三峯神社

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 「千葉ニュータウン中央」駅の北東、3kmほどのところに鎮座する鳥見神社。

鳥見神社の解説看板によると、「いなざきの獅子舞」が毎年秋分の日の秋祭りに奉納されているそうですが、これは印西市指定無形民俗文化財になっています。

「いなざき」とは「稲先」のことで、稲の収穫を前にして豊作を感謝する意味があるという。また、舞の各所で演じられる道化の所作には、稲の豊作にからめて、子孫繁栄を祈る気持ちが込められているとのこと。

鳥見神社には、他に琴平神社・三嶋神社・足尾神社などの境内社や出羽三山塔などの石碑がたくさん並んでいます。

天満神社の奥に三峯神社の石祠がありました。三峰神社のお札が祀られています。

その両側にあばら骨の表現がしっかりされている1対のお犬さま像(狼像)が護っています。

木々の間から見える苔むしたお犬さま像。風雨にさらされることで自然になじみ、まるで本物のお犬さまがそこにいるような存在感です。たしかに、この杜の守り神です。

 

 

 

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2019/08/03

【犬狼物語 其の三百七十七】 山の神と狼

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「山の神」と聞くと、箱根駅伝5区の「山の神」を思い浮かべる人もいるでしょうが、今日の「山の神」は文字通りの山の神です。 

自分の奥さんのことを「うちの、かみさん」という人がいますね。「かみさん」は「神さん」のこと。もっと直接的に「山の神」と呼ぶ年配者もいます。俺はいいませんが、「かみさん」は「山の神」のことだそうです。

春には山の神が里に下りて田の神となり、秋の収穫後に、ふたたび山へと帰るという交代説はよく聞く話だし、俺も何度か原稿で書いたことがあります。

狼像を探して歩いていると、よく「山の神」の石碑や祠に出会います。運が良ければ、そこに狼像が伴います。

大護八郎著『山の神の像と祭り』によれば、山の獣や鳥を狩り、山草や木の実などの自然物に頼り、山から流れ来る水が生活に欠かせないものだった石器時代から、自然、山に対する感謝が生まれ、それは信仰になった。山の神に対する信仰は、山自体をご神体に感じていたという。

「人類の信仰の発達史からいえば、山の神こそその原初のもの」と大護氏は言う。

そして、山の獣の王者であった狼が山の神を守る神使になったというのも、自然な成り行きだったのかもしれません。

また山の神は豊穣の神、お産の神でもありました。狼や犬の多産・安産のイメージとも相まって、山の神と狼との親和性が生まれたとの指摘もあります。だから、山の神を守っている狼像を見ることもあります。掲載の写真(一番上)は、岩手県大槌町の「山の神」碑の鳥居に掲げてあった男女の山の神と狼の図です。

堀田吉雄著『山の神信仰の研究』によれば、縄文時代の土偶も山の神像のルーツとの説もあるようです。

国立博物館で展示されていた土偶。おっぱいがあって、お尻が大きく誇張されているのも、山の神=豊穣の神に通じるものかもしれません。

ただ山の神の像の多くは、仏教伝来以降、仏像などの影響を受けて造られるようになったらしい。だから、地方によって、山の神の像は千差万別です。

男の神像だったり、女の神像だったり、男女の神像だったり。鳥の形をした山の神像もあります。

山形県最上郡鮭川村の山の神神社には、女神像といっしょに男根石が祀られていました。山の神は豊穣の神、お産の神、生産の神ともいわれるので、男根石が祀られるのも、わかるなぁという感じです。

山で失くしものをしたときは、山の神の前で、オチンチンを見せると、失くしたものが見つかる、などという話もあったそうだし。この場合も、山の神は女神ということです。また、マタギは、山の神にオコゼの干物をお供えしたというのがあり、これも、女神である山の神が「自分よりも醜いものがある」と喜ぶからだそうです。

神社の前でオチンチンを露出するなど、今やったら、すぐ通報されて捕まるような行為ですが、山の中でひとり、長い時間過ごすことが多かった昔の猟師や炭焼きにとって、ある種の慰めというか、精神安定剤にもなっていたのではないかと思います。もっと直接的に、神木に精液をかけると、もっと女神は喜ぶという話もあったそうです。

とにかく、「山の神」を怒らせない、喜ばせることが昔から大切なようです。 

 

 

 

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