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2019/12/26

【犬狼物語 其の四百十八】群馬県藤岡市 諏訪神社の「社頭の虎」と三峯社

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群馬県藤岡市の諏訪神社を参拝しました。

ここの狛犬はちょっと変わっているらしいというので、確かめに行きました。もしかしたら狼像ではないのかと。そして思いもかけず境内には三峯社もありました。三峯社があるならなおさら狼像かもしれないと期待は膨らみます。

拝殿前、左右に向かい合うように石像が護っています。遠目では、狼像にも見えます。ただ近づくと、顔つきは猫のようです。とくに右側の像の胴体には、うっすらと縞模様も見えて、ネコ科の虎か?という感じです。

実際、これは虎像でした。虎像に疑いの余地はありません。由来がはっきりしているからです。

これは大正9年10月29日、陸軍大臣・田中義一が、この藤岡で、料亭「富士川」の娘、出口文子さんを見初めて結婚し、記念奉納した石像だったのです。その詳しいいきさつは、社務所でいただいた小冊子、赤松義光著『小説 社頭の虎』に書かれています。

「田中夫妻はある日、お忍びで藤岡入りし、諏訪神社には東京の名工「石勝」作の虎の石彫り一対を寄進し、・・・」とあります。像の台座にも確かに「石勝」の銘があります。

この小冊子には、後の昭和2年、第26代内閣総理大臣になった田中義一、奥さんの富美子さん(田中家は格式を重んずるため、文子さんはいったん日本橋田賀屋の養女となり、田賀屋から田中家に嫁入した)のモノクロですが、写真も載っています。22歳の時の文子さんの写真ですが、きれいな方だったのですね。

 ところで、なぜ「虎」だったのかというと、これも小冊子の中にあることが答えなのかなと思います。

 作者の赤松氏が田中義一亡き後、富美子未亡人を訪ねた時の様子です。

「床の間の掛け軸は、大家が描いた猛虎が今にも飛びかかるような逸品で、その下には純銀製の虎に目だけ純金製の虎の置物、周りの大戸棚には全国各地から蒐集した張り子の虎、こけしの虎、木彫りの虎、瀬戸焼の虎などおおよそ三百近い虎々 で埋めつくされていた。これは田中総理が寅年生まれの富美子を愛している証と思われた。」とあります。

ところで、本殿の裏側にまわると赤い社が建っていて、それが三峯社です。隣には「三峯大神」の碑。納められているお札を見てみると、講社あてになっています。三峯講について社務所で聞くのを忘れてしまいましたが(社頭の虎に話がいっていたので)今も登拝してお札をもらって来ているようです。 

 

 

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