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2020/08/03

【犬狼物語 其の五百七~五百九】埼玉県春日部市 3社境内の三峯の石祠

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 江戸時代、春日部は日光街道の宿場町のひとつでした。1944年(昭和19年)、南埼玉郡内牧村と町村合併するまでは粕壁町と表記されました。

また江戸時代、全国的なコメの番付の上位に、「武州越ヶ谷米」(現越谷市)・「武州忍蔵米」(現行田市)・「武州葛西米」(現葛飾区・江戸川区)・「御蔵松伏米」(現松伏町)に並んで「武州新方米」(現春日部市・越谷市)があげられていて、当時の武蔵国東部がコメの一大産地だったとのことです。

『新編武蔵風土記稿』による各宿場町の軒数(足立・埼玉・葛飾郡内)-文化・文政年間(1804 ~ 30)によると、粕壁宿は880軒ありましたが、宿場町が三峯信仰にとっての拠点となっていたようです。火災除け・盗難除けとして人々に信仰され、分社が勧請されました。

春日部市では、19世紀初期には三峰講の結成や末社としての三峰社が建立されているところから、18世紀中期ないし後期からこの地域に三峰信仰が浸透していったことが推察されるという。

昭和49・50年の石造物調査で三峰講中の石塔が発見されていますが、その地域の古老に尋ねても講中について聞くことが出来なかったそうです。また、旧庄和町域では、各地で三峰講が結成されていましたが、昭和30年代から40年代に中止になってしまったそうです。

ただ、平成17年には、飯沼では22戸が参加して三峰講を行ない、農作業が一段落した11月22日にくじ引きで決められた代参4名が三峰神社に詣で、神札を受けてきて各戸に配付していたとのこと(「三峰神社の眷属箱」より)ですが、現在も続いているのかどうかは聞いてないので不明です。

写真は、上から春日部市下柳香取神社「三峯山」石祠(天保九年)、春日部市八坂香取稲荷合社「三峯山大権現」石祠(文化十 年)、春日部市東中野香取神社の「三峰山」石祠(文久元年)です。

 

参考資料:

「関東平野における三峰信仰の展開―武蔵国東部を中心に―」三木一彦

「三峰神社の眷属箱」春日部市郷土資料館
http://www.boe.kasukabe.saitama.jp/siryoukan/shuzou30.html

 

 

 

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