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2021/06/26

青柳健二写真展「オオカミは大神」2021年7月15日~

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写真展「オオカミは大神」の告知です。

昨年同様、コロナが収束しない中での写真展になりそうなので、無理のないようにご来場ください。

マスク着用、ソーシャルディスタンスを保ってご鑑賞ください。また、人数制限を行う場合があります。

通常であれば、会期中にスライドショーなどのイベントを行うところですが、残念ながら感染拡大予防のために、今のところ予定にありません。それと青柳が在廊するかどうかも当日の状況を見て判断いたします。

会期:2021/7/15~8/10(21、28、4休み)※会期は追加されました。お盆休みの後は8/19~24日
   10:00~19:00(最終日15:00)
会場:ギャラリー楽風(さいたま市浦和区岸町4-25-12)
   1Fは日本茶喫茶・楽風で、ギャラリーは2Fになります。

   http://rafu-urawa.com

主催企画:ギャラリー楽風
作品数:約45点
※ギャラリーは無料
※『オオカミは大神』など書籍購入のお客様には、青柳作成の、お犬さまのお札風作品をプレゼントいたします。

 

【青柳健二写真展『オオカミは大神』について】

 ニホンオオカミは、明治38年(1905年)、奈良県東吉野村の鷲家口で、東亜動物学探検隊員の米人マルコム・アンダーソンに売られた雄の標本を最後に絶滅したといわれています。現在、東吉野村小川(旧鷲家口)に、最後の狼を記念してニホンオオカミの等身大ブロンズ像が建てられています。
 オオカミは絶滅しましたが、オオカミは大神になって生き続けています。今でも全国に狼信仰の神社は多いのです。皆さんが登山の時、何気なく見ている山中の神社や祠に鎮座する石像が、実はいわゆる狛犬ではなくて、狼像だったりするかもしれません。狼信仰の神社の多くにはこのように狼像が鎮座し、狼の姿が入ったお札を頒布しているところもあります。
 西洋では、家畜を食べられるなどの被害が深刻で、狼は人間の敵でした。しかし日本の場合、ニホンオオカミはそれほど大型ではなかったこともあるし、また牧畜が発達しなかったので、狼は人間にとって、田畑を荒らす猪や鹿などを追い払ってくれる益獣でした(東北の馬産地は除く)。狼信仰はこの農事の神としての信仰から生まれました。もちろん山に棲む狼が恐ろしい動物であったのも事実だったようで、狼被害に遭った記録も残っています。狼の、益獣として人を助けてくれる面と神秘性や畏れ、この両面性を持っていた動物は、まさに人々の信仰の対象としてふさわしいものだったのでしょう。
 また今回の写真展は、コロナ収束祈願を兼ねています。
 埼玉県秩父市に鎮座する三峯神社は狼信仰の神社で、狛犬の代わりに狼(お犬さま/御眷属様)像が守っています。江戸時代、疫病(コレラ)が流行ったときも狼(お犬さま)が疫病除けとして用いられました。コレラは「狐狼狸(コロリ)」などと呼ばれ、この世のものではない異界の魔物の仕業だと思われました。日本を侵そうとする異国が「アメリカ狐」などを操ってコレラを蔓延させているという妄想を生んだのです。
 そこで、異国の狐の魔物を退治してくれるのは、日本で最強の狼しかいない、狼なら三峯神社だ、ということで人々が殺到しました。三峯神社の狼のお札を村で祀り、コレラ除けを祈願したのです。もともと狐憑きという精神病にも、昔から狼(頭骨)が効果があるという信仰もベースとしてあったので、なおさら狼に頼ることになったようです。
 また、岡山県の高梁市の木野山神社も狼信仰の神社で、古くから流行病、精神病に対する霊験あらたかで、コレラや腸チフスなどの疫病が流行した時に、病気を退治するものとして狼様が祀られました。木野山神社への参拝者が増えたので、県は、今で言うところの「密を避けるために」多人数で同社を参拝することを禁じる布達まで出しています。
 今回の写真展では、疫病除けに御利益があるといわれた全国(北は岩手県から南は岡山県まで)の狼像を紹介します。早くこのコロナ禍が収まってくれることを願うばかりです。
 なお、ギャラリー内の写真撮影、SNSへのアップはご自由にどうぞ。
                               

 

 

 

 

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2021/06/23

お犬さま(狼)のお札風作品をプレゼント

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浦和の日本茶喫茶&ギャラリー楽風では、『オオカミは大神』『オオカミは大神 弐』をお買い上げの皆様には、この2種類のお札風作品をプレゼントしています。

 

http://rafu-urawa.com

 

なお、来月中旬にはギャラリー楽風で、写真展「オオカミは大神」が始まります。写真展情報は少しお待ちください。

 

 

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2021/06/21

今日から、二十四節気の「夏至(げし)」、七十二候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」

150622(「靫草(ウツボグサ)」、別名「夏枯草(カコソウ)」)

 

夏至(げし)は、二十四節気の第10番目で、一年で最も昼が長い日です。4時過ぎにヴィーノの散歩へ行っていますが、冬とは違って明るいです。明るいと動物は活動的になるのでしょうか。いや、ヴィーノの場合は、冬でも4時過ぎの散歩なので、関係ないかな。

夏至の初候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」ですが、「乃東」というのは、「靫草(ウツボグサ)」のこと。「靫(うつぼ)」というのは、武士が矢を入れて持ち歩いた用具のことです。

別名「夏枯草(カコソウ)」。夏に花が枯れて黒褐色になるからですが、利尿剤や消炎剤として使われているそうです。

 

 

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2021/06/19

【犬狼物語 其の五百六十一】 東牟礼御嶽神社のお犬さま像の居場所

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『オオカミは大神 (弐)』の「壊された神社」で紹介している東牟礼御嶽神社のお犬さま。

3年前、東牟礼神社が壊された際に、かろうじてお犬さまだけ引き取った氏子のおじいさんがいたのは幸いでした。どうして引き取ったかという詳しい理由については、本を読んでください(本の宣伝です)。

かつての東牟礼神社があった場所は、現在も空き地のままです。

本の中では、おじいさんが、稲荷=狐、御嶽=狼なんだけど、そのうちこのお犬さま像を稲荷神社の祠の前に祀ろうと思っていると話していたので、どうなっただろう?と思って電話してみました。もし再お披露目されているなら、お参りに行こうと思ったからです。

ところが・・・まだお犬さまを祀っていないとのこと。プライベートな事情なので、詳しいことは伏せますが、なるほど、お犬さまの居場所も、現代という時代から無縁ではないということを知りました。

お犬さまの落ち着く場所が決まるまで、今しばらく時間がかかりそうです。

でも、まぁそれでもいいです。何も急いでやる必要もないでしょう。お犬さまに宿るおじいさんと人々の思いは消えることはないのだし。少なくともおじいさんの管理下にあるので粗末にされることもないでしょう。

 

 

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2021/06/15

『オオカミは大神 弐』書店に並び始める

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『オオカミは大神 弐』は、書店に並び始めています。

これは、吉祥寺のジュンク堂の人文コーナー。

たまたま先週土曜の朝、twitterで池袋ジュンク堂で新刊がアップされているのを見ました。

撮影の仕事が吉祥寺であったので、仕事が終わってから吉祥寺のジュンク堂はどうだろう?と立ち寄ったら、並べてありました。

「著者です」と断って写真を撮らせてもらい、ついでに狼像のDMとお札を店員さんに渡しました。しっかり営業しました。

 

 

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2021/06/11

産育の「石」の民俗

_87a3371(多摩川浅間神社 子産石(子宝石))

_87a0779 (神鳥前川神社 子産石)

287a4509_20210517083901(越谷香取神社 安産の石)

287a8049_20210517084101(綾瀬稲荷神社の富士塚)

287a8028_20210517084101(綾瀬稲荷神社の富士塚)

287a0621(七社神社 子宝 子の石)

287a4382 (お食い初め 歯固めの石)

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287a4513(越谷香取神社 歯固めの石)

287a0619(七社神社 歯固めの石)

 

_87a4657(さいたま市久伊豆神社 健育塚の歯固めの石)

 

先日は、NHK大河『青天を衝け』のエピソードから、医療体制が整っていなかった昔は、子どもの無事の成長を願って、子安信仰が盛んだったという話を書きました。

http://asiaphotonet.cocolog-nifty.com/blog/2021/04/post-7c6c97.html 

ここ何年か、お宮参りとかお食い初めの写真撮影を依頼されることも多くなり、そこで、この産育に関しての「犬」と「石」の信仰というものに興味が出てきました。

「犬」に関してはすでに何度も書いているし、本にも「子安犬」として掲載しているので、今回は「石」についてです。

新谷尚紀著『生と死の民俗史』(昭和61年 木耳社)、「境界の石」「産育の石をめぐる民俗心意とその儀礼的表現のメカニズムには、

「同じく小石を身近におきながら妊娠、出産、育児の各段階でそれぞれ民俗としての意味づけが異なっているという点である。出産以前においては、子授けや安産、出産前後には産神、離乳のころには歯がため、というふうにである。」

とあります。

多摩川浅間神社境内には主祭神の木花咲耶姫が炎の中で出産したという故事にちなんで、子産石や夫婦銀杏などもあります。

子産石とは自然石で、長い年月をかけて海の波で削られて丸くなり、本体の大岩から分離してできたものだそうです。まるで子どもが産まれるように。だから「子産石」の名前が。撫でると子どもに恵まれるという言い伝えもあります。別名「子宝石」です。

『生と死の民俗史』にも、著者の新谷氏が、神奈川県横須賀市久留和海岸へ子産石を探しに行ったことが書いてあります。今も「子産石」というバス停があるのですが、google mapで見ると、丸い石が置いてあるようです。

磯部の岩が波で削られて丸い石が分離してくるらしい。

岩に傷がつく。傷が大きくなり溝になる。溝の間に水が入って岩が割れる。割れた石が波の力で回転を始める。そして角が取れて丸くなる、ということらしい。でもかなりの時間がかかっています。

新谷氏も海岸で1個見つけています。地元の漁師に見せたら、これが子産石だといわれたそうです。今でも探すことができるのでしょうか。

今まで見た中では、他に丸い石は、神鳥前川神社の「子産石」や、越谷香取神社の「安産の石」があります。綾瀬稲荷神社に富士塚があって、そこにまん丸の石が載っていますが、これもそうなのではないかなと思います(確かめていませんが)。

川でも水流によって丸い石が分離してくるという話は、確か「ブラタモリ」でもやっていたように記憶しています。そしてツイッター上には、山梨県に丸石が「道祖神」として祀られているという例もあるようです。この道祖伸の石は、河原に落ちていたものだそうです。これはぜひ見に行ってみたいものです。

どれも、まん丸で、見た目だけでも「普通じゃない、特別の石、珍しい石」と思うのですが、大きな岩から「生み出された」という生成の経緯を聞くと、なおさら丸い石が子授け祈願と結びつくのが分かるような気がします。(七社神社の「子の石」は、まん丸ではないので、ちょっとタイプが違います)

出産のときは、石を手元に置くことがあるそうですが、そのときは、石は産神、お守りになるらしい。石のパワーをもらって、出産を無事に済まそうということ。

その後、赤ちゃんが生まれて100日後にはお食い初めの儀式です。ここで使われる石は、『生と死の民俗史』によれば、河原や海辺や雨に打たれたような石が良いのだそうです。「水」が関係する場所の石です。

栃木県のある神社で撮影した時は、お宮参りした時、神社の境内から石を拾って、それをお食い初めのときに使うと言っていた親御さんもいました。本殿により近いところに落ちている石が良いと言っていました。

だいたいは、お宮参りをしたあとお食い初めする親御さんが多く、歯固めの石は、すでに儀式を行う店で用意してあるので、どこから持ってきた石かはわかりません。だいたいは、まん丸ではないけれど角のない石が多いです。

歯固めの石については、歯が丈夫になるようにとか、骨が堅く丈夫になるようにとか、堅い(堅実な?)性格に育つようにとかいわれているようです。歯、骨、性格、いずれにしても、石の堅さをもって祈願するものです。

歯固めの石は、使用後は、神社に返すというところもあります。

このように、産育の民俗において、石はその場面場面で、いろんな役割を果たしています。

 

 

 

 

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2021/06/10

角川武蔵野ミュージアム&」武蔵野坐令和神社

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角川武蔵野ミュージアムは、 図書館・美術館・博物館が合体した複合施設です。「本」のテーマパークです。

4階は、紅白の中継で有名になった吹き抜けの高さ8メートル巨大本棚。ここで上映されるプロジェクションマッピング。夢のような世界です。

5階には武蔵野ギャラリー。武蔵野関係の本が充実しています。「江戸」や「東京」を切り口にした施設はありますが、「武蔵野」は今までなかったような。実際ここは「武蔵野」をキーワードにした文化の発信地を目指しているようです。

武蔵野台地の地形図を見て、あらためて、その特徴や神社の位置がどうして「そこ」にあるのかが少し見えてくるような気がしました。

1点だけ、宝登山神社のお犬さまのお札も展示されていました。現在神社で授与されているお札より小さいものですが、見たことがない図柄です。いつくらいのものでしょうか。「御守」とあるので、お守り用のものなのかもしれません。

ミュージアムの隣には、『オオカミは大神 弐』でも取材させていただいた、近未来的な神社、武蔵野坐令和神社が鎮座します。武蔵野コーナーには、神社のお犬さま(狛狼)像の作成者、土屋仁応氏のインタビューも見ることができます。

令和神社のお犬さまについては、後日あらためて紹介します。

 

 

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2021/06/08

雲南省を大移動しているアジア象たち

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昨年来、雲南省の南部シーサンパンナ州から北上を続けていた野生の象集団が、とうとう昆明市まで到達しました。

日本では猿1匹で、連日ニュースになるくらいですが、さすが中国、モノが違います。

90年代、シーサンパンナ州のモンラー県で野生の象の集団を見たことがあります。モンラー県はラオスに接し、冬でも象にとっては比較的(中国内では)過ごしやすい土地だとは思うんですが、どうして環境の厳しい北を目指したのか謎です。

もうひとつ不思議なのは、墨江から元江へ、元江から石屏へ、どうやって行ったかということ。元江(紅河)という大きな河を渡らなければなりません。まさか橋を渡った?

ただ、4月下旬だったらしいので、かろうじて雨期の直前だったし、一番水量が少ない季節でした。象たちは河を渡ったのかもしれません。そのころの元江の水量、どんなだったか記憶にありませんが。(上に掲載google map元江付近の元江(紅河))

それにしても象の移動経路がシーサンパンナ昆明間の自動車道とほぼ同じ、というのは、どう考えればいいんでしょうか。象が自動車道を歩いていったことを意味するんでしょうか。もしそうなら、これは象の意思だけではないかも。

例えば、農家の人が、象を畑から追い払った場合、畑や林をしばらく歩き回るでしょうが、やっぱり歩きやすい道路に出てくるのかもしれません。そしてまた道路を歩き始める。長距離移動には象にとっても道路なのです。ただ、どうして「北」なのかはわかりません。

動物(象)の専門家は元の場所に帰るかもと言っています。

この話を聞いて、伊勢参りしたおかげ犬や金毘羅山を参拝したこんぴら狗を連想してしまいました。

おかげ犬やこんぴら狗については、前から何度も書いているし書籍にも載せているので、詳しいことは省きますが、この象たちも自力である目的地を目指し、そこから元の場所へ戻ることになったら、まるでおかげ犬やこんぴら狗です。

犬の場合は、人の「代参」でしたが、象はどうなんでしょうか。何を訴えているんでしょうか。

これは永遠の謎です。象にしかわかりません。でも人はそうではないようです。

すでにSNSではこれをいろんな「意味」に解釈しています。200年後くらいの民話伝説に、この象たちのことがどう語られるのか、興味のあるところです。(俺は死んでいませんが)

 

 

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2021/06/05

今日から、二十四節気「芒種」、七十二候「螳螂生(かまきりしょうず」

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今日からは、二十四節気「芒種」、七十二候「螳螂生」です。

芒種は、芒(のぎ)のある穀物、熟した麦を刈って、稲の種をまくころ、という意味です。

一方、「螳螂生」は、カマキリが生まれ出るころ、という意味です。葉っぱの後ろに泡状の粘液が付いていることがありますが、それがカマキリの卵です。

そこから幼虫がいっせいに孵化するのが今の季節なのだそうです。

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『オオカミは大神 弐』の見本

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出版社から『オオカミは大神 弐』の見本が届きました。


新刊本の匂い、インクの匂い、いいですね。あと、ちょっとざらついた紙の手触り。このテーマには合っている紙質だと思います。


書店に並ぶのは6月14日ころからとのことです。6月20日には読売新聞に広告が出る予定です。


amazonでは予約ページができていますが、まだ発売されていないのに、なぜか、☆5の評価が付きました。今までにはないケースです。


カバーのデザインが良かったのか、カバー写真、武甲山御嶽神社のお犬さまの姿が良かったのか、どっちにしろ☆5は嬉しいです。


 


 


 


 

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2021/06/04

天安門事件から32年

Img_5615(貴州省・貴陽上空)

天安門事件の1か月前まで中国にいました。

貴州省のミャオ族祭「四月八」(農歴なので5月上旬)を撮影しているとき、群衆の「多さ」だけで、「力」になるんだという出来事を目にしました。

ミャオ族の少女3人が祭会場の広場を歩いた時、何がきっかけだったのか、祭見物の群衆が少女たちの後ろを追いかけ始めたのでした。

俺は広場に面した旅館のベランダから見ていたので、全貌がわかったのですが、群衆の後ろの方の人間は、なぜみんながこっちへわ~っと移動しているのかわからなかったはずです。

少女たちは恐怖を覚えて走って逃げましたが、群衆はますます一塊になって同じ方向へ殺到したのでした。

このあと帰国したら、北京で天安門事件が起きました。事件を思い出すとこの「四月八」の群衆のことも同時に思い出します。

群衆の多さには「力」と同時に「恐怖」も感じます。当局は、天安門広場に日々増え続ける人の多さに恐怖を感じていたのは間違いないでしょう。力によって排除してしまったのは恐怖の表われだったのかもしれません。

 

 

 

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2021/06/02

水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香衣に満つ

130522_2(静岡県御殿場市の田んぼ)

田んぼの水が美しい時期です。

3年前、山形県寒河江市で、二人展『水を掬う』を開きました。

どうして「水を掬う」というタイトルを付けたかというと、高校の同級生であった松田重仁くんは「生命の大切さ」や「浮遊する水」をテーマにした彫刻作品を制作してきましたが、俺も「メコン」や「棚田」で、水の循環をテーマに写真を撮っていました。

松田くんは、

「「浮遊する」というのは、重力からの解放と同時に、事物は止まることなく常に変化し移り変わることを表しています。例えれば、山の懐に湧き出た水が川となり、やがて大海に注ぎ、それが雲になり、また雨として大地に帰るということです。」

と書いています。

なんという偶然だろうと思いました。これもユングの「共時性(シンクロニシティ)」と言っていいのかもしれませんが、松田くんも、俺も、高校を卒業してからは、まったく連絡もなく、2003年ころ、新潟県の越後妻有アートトリエンナーレのイベントで、松田くんは彫刻作品を展示し、俺は関連イベントで棚田の写真展を開催中で、このとき消息を知るまで、お互いがどんなことをやっているかさえ知らなかったのです。

それなのに、俺はメコン河を源流から河口まで旅し、山(チベット)に降った水が、大海(南シナ海)に注ぎ、ふたたび龍神となって空に舞い上がり、チベットの聖山に水を降らせるという、水の循環と人々の暮らしを写真に収めていたのです。メコン河だけではありません。棚田も水の循環において存続できる生業です。水が生命の根源という、松田くんと同じようなことをテーマにしてきました。

それで二人展の企画が出た時、タイトルは『水を掬う』にしたのです。そのとき、この言葉が頭にありました。そしてその思いを書こうとしていましたが、ずっとそのまま3年が過ぎてしまいました。

コロナ禍で、あらためて混沌とした世界になって、この言葉を思い出しました。

「掬水月在手、弄花満香衣」―水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香衣に満つ―

この禅語は、もともとは中唐の詩人「于良史(うりょうし)」の『春山夜月』という自然を愛でる詩の一節を引用しているものです。

いろんな解釈がありますが、禅語として用いられる場合の意味としては、両手で水を掬えば、天空の月さえも掌の中に入って自分と一緒になる。一本の菊の花でも手に持って楽しめば、その香りが衣服に染み込んでくる。自分と月、自分と花とは別物でありながら、簡単に一つになることができる、真理を手にできるという意味らしいのです。

ただし、そこにはアクションが必要です。手で水を掬わなければならないし、花を手に持たなければなりません。

つまり、真理にたどり着くには、アクションが必要だということです。でも、そのアクションは難しくありません。ただ、水を掬ったり、花を手に持つだけです。

このコロナ禍の混沌とした世界、何を信じていいのか、何を疑ったらいいのか、それが分からなくなっている今、トンネルの先に光が見えたとしたら、それに向かってひたすら進んでいけばいい、ということになります。まわりがどんなに騒いでいても。

その光が見えないのは、かえって 難しく考えているからかもしれないですね。水を両手で掬うくらいの簡単なアクションでわかるはずなのです。

今は、やらなければならないことを、毎日淡々とこなす、ということしかありません。

 

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