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2022/03/31

【犬狼物語 其の五百九十二】岡山県高梁市 木野山神社奥社

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高梁市の木野山神社を再参拝しました。

境内はシーンと静まりかえっています。社務所が開いていません。奥宮までの行き方を聞くつもりでしたが、あてが外れました。近所の奥さんがいたので、聞いたら、彼女も子供連れで上ったことがあるといい、けっこう時間はかかったとのこと。途中、崩れたところもあるけど、道自体はわかりやすいとのことでした。

入り口さえ間違わなければ、途中には案内板があるので迷うことはありません。山道は落ち葉が厚く堆積し、ふかふかした感じです。坂がずっと続きます。40分ほどで東屋がありました。チョコレートをかじって休憩。

1時間ほどで、鳥居に到着です。その先に、まるで城の石垣のように階段が積みあがっていて、社殿の屋根も見えました。階段を上りきると、けっこう広い平らな境内です。さっそく、左右に小ぶりの狼さんが迎えてくれました。向かい合った狼さんは若いイメージです。

 古くから「木野山さん」は、流行病・精神病に対する霊験あらたかで、明治に流行ったコレラ(虎列剌)除けとして山陰中国地方に信仰圏が広がったことは、すでに何度も書いています。

近代日本精神医療史研究会のHP(http://kenkyukaiblog.jugem.jp/?eid=414)によると、
「精神病についても、狼は重要である。
狐憑きの「狐」の「大敵」が狼なのである。
狐憑きの発祥は山陰地方と言われている。
木野山神社は地理的に「裏日本」と直結している。
かつては「奥宮」の参籠所に多くの精神病患者が宿泊し、加持祈祷が行われていたという。」

広い境内には、当時、この参籠所が建っていたといいます。更地の広さは、そこに理由があるようです。

昔は狐憑きと呼ばれ、狼によって悪い狐を祓い症状を直したのでしょうが、今ではこれを精神的な病と解釈し、臨床心理学が扱う症状となっています。

ここでも個人的に、狼信仰と心理学が結びついたこと、不思議な縁を感じています。

臨床心理学ではイメージを重要視していますが、昔も狐憑きを治すときは、狼というイメージで治していたということです。「狐を退治する狼」という物語が信じられていたからこそ、この治療は成功していたわけです。

奥宮の末社の高寵神(たかおかみ)、闇寵神(くらおかみ)の神姿が狼とされています。この神は、山に降る雨を司る龍神・谷間に流れる川を司る龍神で、それが狼の姿であるというのはどういうことだろう?とずっと疑問なのですが、先日読んだ姜戎 (著) 『神なるオオカミ』に、内モンゴルの三星他拉村で出土した玉龍は、中国で最初の龍と呼ばれるものですが、顔がオオカミに似ていて、姜戎氏は初期の龍はオオカミだったのではないかという説を唱えています。

龍はその後農耕民族のトーテムになり、雨や水を司るようになった・・というのです。これが本当かは素人の俺にはまったくわかりませんが、この偶然は面白いと思っています。

社殿の左右に、別に2対の狼像が控えています。1対は一番古いらしく、右側のものは顔もわからないくらいに崩れていましたが、左側のは顔もわかります。体つきが、東京都のある御嶽神社のお犬さまのような体つきで特徴的です。

もう1対は比較的写実的で新しいものです。どれも年号らしき文字もなく、いつのものかはわかりません。

山を下りて里宮に戻りましたが、宮司さんなど誰もいませんでした。また来るつもりなので、今回は話を伺うのは諦め、奥宮御朱印のサンプルの写真と、山門の狼さま像、塩の奉納品だけ撮って神社をあとにしました。

 

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2022/03/28

【犬狼物語 其の五百九十一】狼と犬と狐と

_87a2772_20220110084101(東京都足立区 千住神社/三峯神社の都内最古の狼像)

Img_4200_20220110084101(東京都目黒区 目黒不動尊の都内最古の犬像)

287a5131_20210823072401_20220110084101(東京都文京区 吹上稲荷神社の都内最古の狐像)

全国の犬像を撮り始めたら、中には「犬」か「狼」か、というあいまいなものが出てきて(たとえば「お犬さま」という呼び名、伝説の「しっぺい太郎(霊犬早太郎)」、「めっけ犬」などなど)、それを調べていたら「狼信仰」にたどり着きました。

なので、「犬」と「狼」の境はあいまいだというのは、当初から感じていたことです。そして現在、犬は狼の一亜種という説もあり、文化的だけではなく、これは定義の問題なのでしょうが、生物の種としても、イヌとオオカミは同じ種ということになります。(これについては、後日また書きます)

また、ここにきて、今度は「狼」と「狐」の境もあいまいに感じてきました。

実際、関東地方の三峯神社、御嶽神社などの狼信仰の神社を参拝すると、狐のように見える「お犬さま(狼)」、狼ふうな「お稲荷さん・狛狐」というものに出会うこともありますが、これは信者だからといって、狼像と狐像の区別がついているとは限らない、狐像をたくさん作ってきた石工が、「狼像を作ってほしい」と注文を受けた時、その像が狐の姿の影響を受ける、という理由だろうと俺は思っていました。

信仰的には、別に狼像だろうが、狐像だろうが、像の見かけは問題ないわけですが。

いや、でも、もしかしたら・・・

これは単なる「間違い」「勘違い」「知らない」ということではなくて、日本人の深層心理の中では、狼と狐は、イコールとは言わなくとも、近い存在であることを表しているのではないか、と思ったのです。心理学的には、言い間違いがその人の無意識の表われとも考えられるし。この場合は、個人の無意識ではなくて、日本人の集合的無意識と言えるでしょうが。

そんなことを考えているとき、加門七海さんの『霊能動物館』を読みました。

「狼の部屋」「狐の部屋」には興味深い話が載っていました。とくに「狐の部屋」に、

・・・つまり?
狐信仰の源は狼なのか?
お狐様はお犬様?

とあり、やっぱりそうだよなぁと、妙に納得したのです。狼信仰や狐信仰を知るにつれて、だんだん両者が近づいていくのを肌で感じるのは、俺だけではなかったと。

加門さんも、このことを詳しく調べ始めたようで、

「すると、徐々に狐の前身は狼だという推論は、過去にも多くの研究者達が言及していることがわかってきた。決定的な証拠こそないが、両者の近似を胡散臭く思う人は、稀というわけではないらしい。」

そして加門さんは、どうして狼から狐に変わったかということを、このように言っています。

藤原氏の氏神は春日大社で神使は鹿。

「だが、狼はそれを喰い殺す。狼が神であるならば、その存在は春日の神より強いものとなってしまう。藤原氏が許すはずはない。(中略) 猛き神である狼は、藤原氏の権勢の下、鹿にとって無害な狐にすり替えられたのではなかろうか。」

なるほどと思います。

中村禎里著『日本動物民俗誌』でも、「犬」「狼」「狐」の境があいまいであることに触れています。いや「境があいまい」というより「3者は入れ替わることがある」ということなのでしょうか。

 『日本動物民俗誌』の「キツネ」の章には、

「人に訓致されがたいイヌ、山住みのイヌとしてのキツネの特徴は、オオカミにもあてはまる。前者においては怜悧が、後者にあっては強力がまさるという区別はあるが、柳田(一九三九)は、日本の民俗においてキツネとオオカミのばあいにかぎってその嫁入り、出産に関心がもたれることから、キツネの嫁入りとオオカミの産見舞いはもとはひとつの信仰であったのではないか、と推測する。谷川健一も、キツネと由縁ふかい秦氏の祖先がオオカミに出会って格闘を中止させたという『日本書紀』(七二〇年)欽明記の説話を引用し、二種の動物にたいする信仰の類縁を示唆した。キツネとオオカミにかんする民俗の近さから、両者の信仰を説明する鍵として、これらとイヌとの関係がふたたび浮かびあがってくるのである。」

「オオカミ」の章には、

「イヌの忠誠、オオカミの強力、キツネの狡猾は、日本の民話における三者の個性の核心であるが、それにしてもこれら三種類の動物の関係は微妙である。イヌも人に危害をくわえることがあるし、オオカミが狡猾なふるまいをなす場面もないではない。キツネもしばしば人につくす。かくてこれらのイメージは混交するが融合はしない。三者が敵対しあうさい優劣の序列は、オオカミ・イヌ・キツネの順に不動である。松山および平岩によれば、最強者オオカミの骨や牙や糞は、最弱のキツネを、この動物に憑かれた人から追放する効能を持つ。」

同じく中村禎里著『狐の日本史 近世・近代篇』の「第3章 狐付きと狐落し」には、

「おなじイヌ科の犬が狐にとって大敵であるという認識は、古くからあった。」(『日本霊異記』)

そもそも「イヌ科」という形態的にも似ている動物であることが、3者を混同することの一因ではあるのですが、だからこそ、この3者に対する人間の抱くイメージは、3者に分担させたと考えることもできるでしょう。いや、それ以上に、人間そのものが内面に抱えるイメージを、これらイヌ科動物に投影したといえるのかもしれません。

狼には強靭さや孤高や神秘さを、犬には忠実さや親しみを。狐は可愛いとは思うし、狐にはまったく恨みもないんですが、狐には狡猾さや怪しさなど、あまり良いイメージを持ちません。そういうイメージを植え付けられてしまった不幸な狐には同情します。

動物に対してのステレオタイプなイメージはまだ許されるかもしれませんが、人間に対してのこういったイメージは差別と結びつき、だれかが不幸になります。これは昔からかわりません。今ならなおさらです。

つまり、こういうことではないかなと。人間の心には清濁含んだドロドロしたものが渦巻いています。でも人間の心はきれいごとだけではないことはみんな意識しているでしょう。俺もそうです。ステレオタイプを持って、差別もします。人をやっかみ、妬みます。

でも、こういった負のエネルギーの表出を「良し」としてしまうと、社会が成り立ちません。なので、その負のイメージを動物に投影した面もあるかもしれません。

集落の中で裕福になった家があると、「狐が憑いた」として。やっかみや妬みそのままだと角が立つので、それを狐のせいにした。これなども人間に対するイメージを身近な動物に託すことでなんとか差別を押さえるという効果はあるのかもしれないなぁということです。人間の深層心理を、3者の動物に託している面もあるのではないかと思うのです。

そしてもうひとつ。狼から狐に変わることと、日本人の生活圏が、山から里へと下りてきたことと関係があるのではないかということです。

3年ほど前、山形県の狼信仰を追って、鮭川村を訪れたときでした。

『鮭川村史 集落編』(昭和61年)には、小舟山が大草原であったことが記されています。

また『真室川町史』(昭和44年)の「狼穴 小舟山」という項目(原典は『豊里村誌』)には、
「旧藩時代には小舟山方面の一大平原は草原であり狼のすみ家で、里の馬や犬、鶏などがたびたび食い殺され、子どもでも食われることがあった。村人は、狼群を”千匹群”といって、旅するものの最も警戒するところであった。里人は之を恐れ、中には神として祭る者もあった。小舟山の東、山の神神社の北に狼穴というのがある。穴の中が二メートルの大きさで付近には大小十余の抜け穴がある。文久年間ごろから、この穴にすんでいた狼が子を産んだ時近郷の人は、「狼さまのお坊子なし見舞」といって、握り飯などを持って行っては、恐る恐る穴の中に置いてきたという。」
とあります。

かつてここは狼が棲んでいた草原で、「狼さまのお坊子なし見舞」という祭りも行われていた当時を想像しながら、あらためて風景を眺めてみました。

現在は、山の神神社の周辺には水田が広がっていて、狼穴を探しに行ったときは、稲はすでに刈り取られ、切り株が残っている状態でした。開放的な水田地帯なので、狼が棲んでいたことなど想像できません。しかし旅人として一人で歩いていたら寂しいところではあったかもしれません。特に夜は怖かったでしょう。狼に対しては、畏れと感謝を同時に抱いていた東北の人たちの姿が目に浮かびます。

ふと見ると、田んぼの先を狐が歩いていて、俺に気が付いて杜の中へ消えました。狼はいなくなりましたが、狐はまだいるようです。

狼穴を探しに行って、狐に出会ったという偶然なのですが、俺にとってはけっこう象徴的な出来事でした。

そうか、里では狼よりも狐が目に付くということは、昔もそうだったんだろうなということです。

 

 

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2022/03/16

物価上昇とウクライナ支援

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連日、ロシアのウクライナ侵略戦争がニュースになっています。それにともなってウクライナ支援は広がりを見せています。

どうしてこれほど盛り上がるのか?

先日、これは「白人の戦争」だから世界中の関心を集めているといったことを書きました。それもあるかもしれませんが、それよりも、やっぱりネット上の映像が影響しているのではないでしょうか。

泣き叫ぶウクライナ人難民、とくに女性や子供の姿。爆撃される民間施設。病院に運び込まれる負傷者。道端に放置される遺体。それが流れてきます。こういった映像を見ていると、理屈ではなく、感情が揺さぶられます。

確かに中東やアフリカでも戦争、虐殺、難民は日常茶飯ですが、こういった多量の映像が流れることはありません。インフラや技術や言葉の問題で、こういう戦禍は表に出にくいのです。だから日本人はあまり知りません。

でも今回のウクライナの場合、日常的にネットに多量の画像が上げられていて、生々しく、身近です。それが俺たちの感情に影響しています。「こんなことが許されていいのか?」と。

将来の日本をウクライナに見ている、といったら言い過ぎかもしれませんが。他人事ではない感じがするのです。戦争が市井の人々にとってどういうものかよくわかり、リアリティを感じます。軍隊がドンパチやっているニュース映像ではわからない感覚です。

日本政府も、珍しく、今回の戦争に関しては、立場をはっきりさせました。岸田さんもこれを「侵略」と呼んでいるし。ウクライナ支持を表明したことから、間接的に日本もこの戦争に参戦していることになるのでしょう。

ウクライナ支援の輪が盛り上がっていますが、小麦や原油などの物価が上昇し始めています。ウクライナ支援と、物価上昇は連動しています。

この物価上昇に耐えることがウクライナを支えることにもなるので、銃を持って戦わなくても、大丈夫です。貧乏な俺ですが、我慢することにします。そのくらいしか、今のところ俺にはできません。

 それと気になるのがロシア人バッシングです。ある意味、ロシアの一般市民も、プーチン政権の犠牲者でしょう。いや、でも、それはわからないわけではありません。わからないのは、ロシア料理に対するバッシングです。はぁ?という感じですね。

 ボルシチは? ロシア料理の定番ですが、もともとはウクライナ発祥らしいし。

 

 

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2022/03/11

東日本大震災から11年「海桜」

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雄勝町水浜野にも「海桜」がありました。ここも昨日アップした陸前高田同様、海岸沿いの桜並木が地盤沈下したもの。2011年4月29日撮影。

その1年後、2012年4月26日、ふたたび水浜を訪ねました。

塩水に1年も漬かっていて生きているはずはないと、常識ではわかっていても、どこかに奇跡を見たい気持ちもありました。

そう思ったのは、「海桜」の伝説を知ったからでした。

千葉県の漁村だったか詳しい場所は忘れましたが、「海桜」という伝説が残っていて、昔、海に桜を植えて、帰ってくる漁船の目印にした。海水で何年も生きていたというのです。

 

 

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2022/03/10

今日からは、二十四節気「啓蟄」、七十二候「桃始笑(ももはじめてさく)」

170310(東秩父村の花桃)

 

 

今日は、二十四節気「啓蟄」、次候「桃始笑」です。

寒さが緩んできて、ようやくホッとしています。ただウクライナの戦禍はますます激しさを増し、まったく先行きが見えません。「春が来た」とは言い難い、そんな世界情勢です。

 

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東日本大震災から11年。「海桜」と「夜ノ森桜並木」

110522_1(2011年4月、陸前高田市「海桜」)

110522_2((2011年4月、陸前高田市「海桜」)

130409(2013年、早朝の富岡町「夜ノ森桜並木」)

 

明日は、東日本大震災から11年です。

その桜は陸前高田の海の上に立っていました。

道の駅の駐車場の横に、もともとあった海岸沿いの桜が地盤沈下で沈み、海水にさらされるようになったらしい。

地震が起きてから1ヶ月半経っていました。根はずっと海水に漬かっていたはずです。それでも花が咲くというのが驚きでした。

「意地でも咲いてやる」とでも言っているような強さを感じました。

 2013年には富岡町の一部に立ち入ることができるようになり、夜ノ森桜並木を訪ねました。怖いほどの満開の桜でした。無人の道路で規則正しく点滅する信号の先は、フェンスが立てられ、入ることができませんでした。

これらの被災地の桜を見て、初めて桜の写真を撮るようになりました。今まではそれほど興味のある被写体ではありませんが、桜の「強さ」に魅かれたということがあります。

 

東北の咲う桜 【岩手・宮城・福島・青森】 東日本大震災の被災桜

http://asiaphotonet.cocolog-nifty.com/blog/warau_sakura.html

 

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2022/03/06

ウクライナ人のインタビュー

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ますますプーチンの侵略戦争は狂気度を増しています。本当に核を使ってしまうのではないかという専門家もいます。

ところで、戦火におびえるウクライナ人のインタビューの中に、けっこうな割合で、このような意味のことを聞きます。少し違和感を覚えます。

「21世紀にもなって、このような武力行使が行われるのは信じられない」

21世紀でもまだまだあります。中東やアフリカでは、武力行使、侵略、虐殺、難民など日常茶飯事でしょう。この言葉には「白人社会で」というのが注釈として隠れています。

とはいえ、現実は、世界を牛耳っているのは今のところ「白人」であって、今回の「白人の戦争」は、地球規模で影響力が大きいので、もちろん戦争を阻止することに文句があるわけではありません。

ところで、今回のことで、例えば、中国が台湾に侵攻しても、これだけ連日世界中でニュースになるんだろうか?という疑問がわいてきました。そして、台湾もそうですが、その先にある日本が、どこかの国に戦争を仕掛けられても、白人世界が日本を助けるのだろうか?という疑問です。

たいていの「白人」にとって、極東でのいざこざが、どのように映るのか、今回の戦争から類推できるような気がします。「何かやっているな」という感じで、台湾や日本を助けようという機運が盛り上がることはないんでしょうね。残念ながら。

じゃぁ、どうするか。自分のことは自分で守るしかない、というのは、ある意味、自然な流れではないかと思います。

でも、「だから核武装を」と考えてしまったら、プーチンと何も変わらない過去の思考方法です。簡単な話ではないのはわかっています。まずは俺たちの「自分で守らなければ」という意識の改革からでしょう。今まではあまりにも他国まかせでした。

 

 

 

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2022/03/05

水木しげるさん生誕100年

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今日は、水木しげるさん生誕100年です。

これは「今から思えば」なのですが、30年前、あるきっかけで、水木さんの雲南省の妖怪探しに同行しましたが、その時は、単なる「有名人」といっしょに旅ができることに舞い上がっていました。でも、30年経ってみたら、知らない間に水木さんの世界と近いところにいる自分に、不思議な縁を感じます。

そのきっかけを与えてくれたのが、当時、雲南省や香港でよく出会っていたKさん(当時は、白族の民間信仰を研究?の学生)です。Kさんは水木さんと知り合いでした。それでKさんが水木さんの案内役になったのではなかったかなと思います。俺はKさんに頼んで、この旅にカメラマンとして同行させてもらったのです。

それからはずっと連絡も取っていなかったので、忘れてしまっていましたが、今Kさんは民俗学者になり、大学の教授をしているようです。

そのKさんが、なんとこのような本の監修をしているんですよ。驚きました。

『東京周辺 神社仏閣どうぶつ案内 神使・眷属・ゆかりのいきものを巡る』

神使の像の案内本。もちろん狼像も含まれます。俺もKさんの傍に、いつの間にか寄っていたということなんです。

「雲南省」「水木しげる」というものが、俺とKさんを結びつけるキーワードになっています。これを単なる偶然と呼ぶには惜しい現象でしょう。

水木さんとの旅については、同行者など、ほとんど詳細は忘れてしまっていますが、いまでも強烈に覚えているのは、水木さん自身、シャーマンになりたいという言葉です。当時は「は?」でしたが、今ならわかる気がするし、実際似た存在にはなっているんじゃないかなと。

それと、大理の街で夕食後、空の暗闇に向けて写真を撮っていたことです。さすが、水木さんだ!と思いましたね。

狼信仰、お犬さまを撮影しているのは、水木さんに導かれたのか、それとも妖怪(見えないもの)に導かれたのか。

 

 

 

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2022/03/02

良識あるロシア人に期待

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ロシアの侵略は続いています。


でも、ロシアは世界中から孤立し始めました。永世中立国でさえも、ウクライナを支援するという状況です。いつもはどっちつかずの日本も今回はウクライナ支持を鮮明にしました。


「ウラジミール」と呼んで得意満面だった安倍さんはどう考えているんでしょうか。恥ずかしさのあまりにポロリと出たのが「核共有」の話なのでしょうか。


ロシアの都市部の若者中心ではありますが、ロシア人の良識ある人たちは反戦を訴えてデモを展開しています。


このうねりは、プーチンの状況の読み違いだったのではないでしょうか。判断力が鈍っているのかもしれません。または独裁政治にありがちな、周りの人間にイエスマンしかいなくなって、周りが見えなくなっているのかもしれません。


プーチンを止める、排除できるのは、国内の反プーチンのうねりの高まりだと思っていたので、ロシア人の良識に期待したいです。


ロシア支援を表明した中国。今回の件で、もし中国が台湾進攻などすれば、世界からどのような目で見られるか知ったのではないでしょうか。今や中国も、ロシアの仲間と見られているし、ロシアと少し距離を取り始めるかもしれません。


 


 

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