カテゴリー「環境・自然」の131件の記事

2018/12/17

NHKドキュメンタリー「アウラ 未知の部族 最後のひとり」を観て

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昨日、NHKドキュメンタリー「アウラ 未知の部族 最後のひとり」を観ました。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586087/index.html

アウラは、アマゾンの文明との接触がない「イゾラド」のひとりで、ブラジル政府はアウラを「絶滅した未知の部族の最後の生き残りである」と結論づけているそうです。

なので、政府は「保護」しようとするのですが、アウラはそれをなかなか受け入れません。アウラの言葉はほかの人には通じず、唯一、言語学者のノルバウが同居して30年間で、単語800語を調べただけです。

つまり、アウラにとっては、自分の言葉が誰にも理解されず、言葉によって他人とコミュニケーションが取れないという「絶対的孤独」におかれて生きていかなくてはならない運命です。想像すると怖くなります。自分の話を誰も理解してくれないという状況は。

ところで、奄美方言や民謡が魅力的で、毎週土日は、あまみFMを聴くことが多く、自然と「ありっがさまりょうた」とか「うがみんしょうらん」とか奄美語もつい口に出るようになっています。

あるとき放送では、『幕末の奄美』の話が取り上げられていて、村に部外者が入ってくると、子どもたちは石や泥を投げつけて、追い払ったという。そうしないと、その年は危険なハブが多く出るから、といったような話でした。

たぶん「危険なハブ」というのは象徴的なもので、部外者が持ち込む危険なものは他にもいっぱいあったのではないでしょうか。たとえば「病気」です。

アウラの保護活動をしている機関も、文明人との接触で、病気をうつすリスクについて触れていました。

たしかに免疫がなかったら、病気で全滅してしまうかもしれません。アウラも風邪をひいたとき、抗生物質を投与されていました。風邪だって免疫がないなら死んでしまうかもしれません。

アマゾンや奄美だけではなく、この「部外者の危険」は、他でも聞きました。タイの北部、ミャンマーとの国境に近い山岳民族の村で聞いたのも、部外者が持ち込む病気が怖いというものでした。

それと、俺は「病気」以外にも危険なものとして「価値観」もあるんじゃないかなと思います。

これも北タイの話ですが、外国人トレッカーが、精霊を祀る祠を壊すというのです。祠と言っても、木の枝を合わせて作った質素なものなので、部外者は悪意がなく、気が付かないところで壊してしまうということもありそうです。でも、彼らにとったら大問題です。

また、村にテレビが運びこまれ、それを見た人たちは、外の世界の現代文明と自分たちの生活を比べて、貧しいと気が付き、卑屈になる人がいたり、外の世界にあこがれて、村から出てしまう人もいるのだという。そういうことで、村の共同体が解体されてしまって、村は廃れていくというのです。

この現代文明の「価値観」ですね。これも結局心の「病」ともいえるのかもしれません。俺も現代文明側の価値観で生きているので、それが「良い」とか「悪い」とか、もうわからなくなっていますが、もしかしたら、その価値観こそ人類を滅ぼす元凶なのではなかと思うこともあります。

だから、アマゾンの未接触部族のような人たちは、現代文明の「病気」や「価値観」を持たないことで、大部分の人類が絶滅しても、生き残るのではないかとも思います。アウラの部族は無理でしたが。

考えてみれば、我々の祖先ホモサピエンスは、7万から5万年前に東アフリカから外へ移住し始めました。どうして外へ出たか、その理由ははっきりしていないようです。

だからここからは俺の想像ですが、外へ向かうことが、ホモサピエンスに運命付けられた性質だったのではないか、と思うのです。

「外を知りたい」という性質が繁栄を支えた価値観であり、だからこそ地球上に大繁殖したわけで、でも、その「外を知りたい」という性質が、逆に未開の部分を食い荒らすバクテリアのごとく、今度はそのことが滅亡の原因になっているかもしれないのです。(アウラの部族は、アマゾンの開拓者たちに殺害されたようです)

だから、未接触部族は、そういった「外を知りたい」人たちではなかったことは確かでしょうし、次に地球の覇者となるのは、彼らのような人たちなのではないかとも思うのです。今は数は少なくても、将来は大繁栄するかも、というのは、我々ホモサピエンスで証明済みです。
 
 
 
 
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2018/12/11

Manabi JAPAN 狼信仰 第4回: 七ツ石神社の再建プロジェクト(Vo.1)

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Manabi JAPANで連載の狼信仰の第4回です。

七ツ石神社の再建プロジェクト(V.01)
 
 
 
 
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2018/11/18

【犬狼物語 其の三百九】 山形県上山市 狼石と斎藤茂吉

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山形県の狼信仰(と、いうより狼伝説)、今回は、上山市の「狼石」です。

ちょっとびっくりするような石です。アダムスキー型のUFOにも似ています。「何かある」と思わせる雰囲気を持っています。噴石なのでしょうか。ここを昔の人が特別な場所と考えたのもわかるような気がします。

「パワースポット」や「磐座」と言ってもいいのかもしれません。

石の表面に、雨で穿たれた穴なんでしょうが、狼の足跡にも見えてしまいます。

「南山形自然・歴史野外ミュージアム」の開設看板によると、

上山市金瓶地区にある東西12m、南北7m、高さ約3.3mの巨石は「狼石」「大石」と呼ばれています。

昔、ここに狼の巣穴があったのでこの名が付けられました。また石の下は洞窟になっていて、狼の子が生まれると、村人はそこに食べ物を届けました。

また、この金瓶出身の歌人・斎藤茂吉は狼石のことを歌に詠んでいます。

 金瓶の向ひ山なる大石の狼石を来つつ見て居り
 (昭和22年作 歌集『白き山』)

 山のうへに狼石と言ひつぎし石は木立のかげになりぬる
 (昭和17年作 歌集『霜』)
 
 
また、ふるさと塾アーカイブスの「おおかみ石(上山)」には、伝説を元にした切り絵風紙芝居が掲載されています。

http://www.yamagata-furusatojuku.jp/material/654/

その内容を要約すると、

蔵王が噴火して大きな石が飛んできました。その中のひとつ、大きな石の根元には穴が開いていて、狼の親子が棲んでいました。

父狼が穴から出た時、人の行列を見ました。それは庄内のお殿様の行列でした。行列の家来は、籠から下りたお殿様に「殿、だいぶ歩きましたので、ここで一休みしてください。この石に腰を下ろしてください」と言いました。

お殿様は、石に腰かけ「今日は、蔵王の山がきれいに見えるのう」といって山の景色を眺めました。

父狼は、この石を「殿様石」と呼んでいると、子狼に教えました。

ある日のこと、最上義光公の行列が近くにやってきました。義光公は、お城の庭に置く石を探したら、みごとな石を見つけました。それは狼親子が棲んでいる狼石でした。

お城に帰った義光公は、「あそこにあった一番大きな石を置けば、立派なおつぼ(中庭)になるから運んでくるように」と言いました。

家来たちが石のところへ行くと、穴から顔を出したのは、狼の子どもでした。父狼は、石の上に立って、家来たちをにらみつけていました。

家来は、「殿がみつけた石は、狼の親子が棲んでいる石でした」と報告すると、義光公は「う~む。狼の親子が棲む石であったか。それを城に持ってくるのは、狼の家を取り上げることになるなぁ。あのような立派な石はふたつとはないが、しかたない、あきらめよう」と言いました。

狼は犬くらいの大きさで、人が飼っているニワトリやヤギなど、何でも食べてしまうので、人に恐れられていました。

しかし、この狼石に棲んでいた狼の親子だけは、人懐こくて、金瓶の人たちは可愛がっていました。

村人は、狼の子どもが生まれると、じょぶに育つようにと、うまいものを持って行って狼にあげていました。

以上、こんな伝説です。
 
 
現在、狼石の近くまで開発の手が迫っています。巨大な太陽光発電所も建設中です。「狼石」と名付けられた物語が石を守っているようです。

撤去されることは当分ないと思いますが、この場所にあるから価値があると思うので、移動した時点で、「狼石」は物語を失い、単なる「石」に変わってしまうかもしれません。

単なる「石」なら、砕いて道路の材料にしようが、どうしようが気にならなくなります。
 
 
 
 
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2018/11/09

奥多摩湖と七ツ石神社への登山道の紅葉

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七ツ石神社のお披露目が11月7日に行われたという話を昨日書きました。

当日は、霧と霧雨で、お犬さまが実際現れそうな、幻想的な天候でしたが、盛りは過ぎたとは言え、いや、だからこそと言うべきか、紅葉も記録しておこうと思います。奥多摩湖と登山道で撮った写真です。

「盛りは過ぎたとは言え、いや、だからこそと言うべきか、」と書いたのは、この前山形で写真展を開いたとき、久しぶりにお会いした美術の先生が(自身も絵を描いている画家ですが)、自然はどんな季節でも、どこを切り取っても美しいんだ。若いころは、花なら目立つ花を描いて、葉や茎や根まで目が行きづらかったけど、この歳になると、花そのものよりも、葉や茎や根を細かく描くことも苦にならなくなってきたよと言ったことが気になっていたからです。

それは、日本の美が「不完全さの美」ということと通じるのかもしれませんが、紅葉も真っ盛りの日だけがいいのではなく、むしろ、「いつでもいいんだ」という境地になってこそ、本物を知ることになるのかなぁとも思うのです。

まぁ、正直言って、そこまでの境地になるには、あと何年かかるかわかりません。いや、一生わからないまま終わってしまうかもしれません。

ただ、自分の意志だけで、撮影の季節、場所、時間を選ぶことは、「美しい写真」を撮るにはいいかもしれませんが、そうなると、自分の意志から抜け出すことが難しくなるのではないかとも思います。

今回のように、他人の都合に合わせて訪れた場所と日に出会う光景というのは、少なくとも俺の意志で選んだ光景ではないというところが大切なことなのではないか、とも思うのです。
 
 
 
 
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2018/10/31

二人展『水を掬う』 松田重仁の「浮遊する水」

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二人展が始まってから連日雨と晴れで、毎日虹が出ています。

交通もあまり便利ではなく、わかりづらい場所がら、客入りを心配していましたが、けっこう来場者はあります。

ただし、松田くんのお客さんが中心ですが。俺は地元と関係を断って久しいので、同級生さえも思い出せないありさまです。(失礼な話ですが、名前も顔も、両方とも) 松田くんの彫刻は、「生命の大切さ」や「浮遊する水」をテーマにした作品で、山形県内の各所にも置いてあるので、知っている人は多く、だから彼の作品を見に来る人たちが多いのです。

松田くんは、

「「浮遊する」というのは、重力からの解放と同時に、事物は止まることなく常に変化し移り変わることを表しています。例えれば、山の懐に湧き出た水が川となり、やがて大海に注ぎ、それが雲になり、また雨として大地に帰るということです。」

と書いています。

なんという偶然だろうと思いました。これもユングの「共時性(シンクロニシティ)」と言っていいのかもしれませんが、松田くんも、俺も、高校を卒業してからは、まったく連絡もなく、2003年ころ、新潟県の越後妻有アートトリエンナーレのイベントで、松田くんは彫刻作品を展示し、俺は関連イベントで棚田の写真展を開催中で、このとき消息を知るまで、お互いがどんなことをやっているかさえ知らなかったのです。

それなのに、俺はメコン河を源流から河口まで旅し、山(チベット)に降った水が、大海(南シナ海)に注ぎ、ふたたび龍神となって空に舞い上がり、チベットの聖山に水を降らせるという、水の循環と人々の暮らしを写真に収めていたのです。メコン河だけではありません。棚田も水の循環において存続できる生業です。水が生命の根源という、松田くんと同じようなことをテーマにしてきました。

それで今回二人展の話をもらった時、単なる同級生の「二人展」ではなく、「水」をテーマにした「二人展」にしようということになり、『水を掬(すく)う』というタイトルにしました。この「水を掬う」については後日、また書きます。

11月3日にはギャラリートークがあります。松田くんが話を振ってくれるそうで、俺はそれに答えるだけですが。あくまでも松田くんにおんぶにだっこです。こんな機会を与えてくれた松田くんには感謝しかありません。
 
 
 
 
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2018/10/07

『絶滅した日本のオオカミ』 (02) アイヌの「イヌ」と「オオカミ」

_87a2715(セタカムイ岩とヴィーノ)

_87a2825(セタカムイ岩と日の出)

_87a3203(新ひだか町アイヌ民俗資料館の北海道犬(アイヌ犬)の剥製)


前回に引き続き、『絶滅した日本のオオカミ』 の内容からですが、アイヌにとっても日本人にとってもオオカミは神、あるいは神の使いとして崇められていたという話は書きました。

でも、アイヌと日本人では、オオカミに対する認識の違いもあるという話です。

「恐らくもっとも基本的な違いは、日本人が低地の「現世の」農村と異なり、山をはっきりと他界とみなしたことだ。」と著者はいう。

日本人は、オオカミを山=他界に棲む生き物と考えたということでしょうか。

「韓国、中国から渡来した宗教の伝統(仏教が最有力)は、日本人のオオカミに対する態度にも影響し、絵馬・お札・石像などに見られるように、貴いオオカミを図像的な型の中に住まわせた。農村の「現世」確立と同じように、やがて、仏教の理論はオオカミを実体とはかけ離れた姿に遠く追いやった。」

とあります。

また、野生動物に対する人間の態度について、米・日・独の比較をした調査があり、その中で、「日本人は動物や自然に関する実体験よりも人工的、かつ高度に抽象化された象徴的なものを好む」と答えた。」とのことです。

確かに、お犬さま像やお犬さまのお札で表現されたオオカミ像は、実態とはかなり違う姿をしたものもあります。各地のお犬さま像はバリエーションがあり、そこが想像力の豊かさと言えるわけですが、あくまでも「お犬さま」のイメージです。

それとは対照的だったのが、アイヌの世界観です。

「アイヌにとって唯一の別世界はカムイモシリ「神々の地」だった。そこは人々も住むことができた形而上の世界だった。つまり、日本人と違ってアイヌは地の全ての生き物と分かちあう一つの世界の一員だった。アイヌにとって、動物と人間は同じ地球の生き物仲間として同じ存在空間を共有した。」

日本人が、オオカミを他界の動物ととらえたのとは違い、アイヌにとって、オオカミは、もっと近い関係だったということでしょう。

それとアイヌは「イヌ」と「オオカミ」をはっきりとは区別しなかったという話がありますが、同じ理由かもしれません。

『犬像をたずね歩く』に、北海道古平町の「セタカムイ岩」を入れたのですが、この「セタカムイ」とは、「セタ=犬」、「カムイ=神」なので、「犬の神」という意味だと書きました。

でも、地元にある資料には、「犬」ではなくて「オオカミ」という説もあるとのことでした。どうしてだろう?と思ったのですが、その理由らしきものがこの本に書いてあります。

アイヌは特定の場所をオオカミに結びつく名前を付けました。たとえば、三石と静内の間にある山を「セタウシヌプリ(オオカミが棲んでいた神の山)」、然別湖にある一つの山を「セタマシヌプリ(オオカミが天から降ってきた山)」と呼びました。

これらの山名の「セタ」をここでは「オオカミ」と訳しています。でも、「セタ」はアイヌ語で実際には「イヌ」を意味します。

「アイヌは意識のなかでいずれにしろ両者をほとんど区別していなかった。自然を識別し分類する際に、アイヌはイヌとオオカミの違いをあまり重要視しなかった。」

とあります。

村で人を助けるのが「イヌ」で、山でシカを狩るときは「オオカミ」になる。アイヌは二種類のイヌ科動物を同じように見ていて、どちらか区別が必要とされるとき、その状況次第で変わったようです。

イヌとオオカミの区別に鈍感ということは、区別する必要がなかったからで、元々アイヌは馬を飼っていなかったので、馬が食べられて、犬とは違った厄介な動物としてオオカミを意識することがなかったということでしょう。

あらためて「セタカムイ」の「セタ」はどっちだろう?と考えると、飼い主を待って、あるいは飼い主を慕って、あるいは猫を追って岩になった伝説なので、ここは「イヌ」でいいのかもしれません。
 
 
 
 
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2018/10/06

『絶滅した日本のオオカミ』  (01) 神から害獣に変わったオオカミ

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_87a3185(イヨマンテで使用されたエゾオオカミの頭骨)

_87a2924(エゾオオカミの剥製)


『絶滅した日本のオオカミ』 (ブレット・ウォーカー著/浜健二訳)を読みました。

日本のオオカミ(北海道ではエゾオオカミ、本州以南ではニホンオオカミ)が絶滅した経緯について書かれたものです。

1873年に外国人顧問として来日した米国人エドウィン・ダンはストリキニーネ入りの毒餌を用いて、北海道南部のオオカミや野犬を撲滅するために働いたという。当時の日本は、新天地北海道で牧場経営を始めていました。アメリカでやった方法を北海道でも実践したということのようです。

でも、アイヌにとっても和人にとっても、オオカミは神・神の使いとして崇められる存在でした。それがどうして撲滅の対象になったかというと、直接には、馬や人が襲われること、そして狂犬病が流行ったことが理由ですが、日本人の「オオカミ」に対する認識の変化があったようです。それは日本の近代化というのが背景にあり、その方向性と合致していました。

アイヌにとってもオオカミ(エゾオオカミ)は、高位の神「ホロケウカムイ」として崇められていました。アイヌは自分たちの狩りが、エゾオオカミの狩りと似ているという思いが、エゾオオカミに対する敬意を育てました。

十勝や日高地方には、白いオオカミが女神と結婚し、その子孫がアイヌの祖先だという起源神話があるそうです。

アイヌはイヨマンテと呼ばれる「送り」の儀式で、ヒグマ、フクロウなどと同様に、オオカミを生贄にしました。

イヨマンテで使われたオオカミの頭骨が、シャクシャイン記念館の隣、新ひだか町アイヌ民俗資料館に展示されています。

この標本は明治初期に殺された六、七歳のオオカミです。頭骨の左側に孔が開けられていますが、これはアイヌは、動物の魂、カムイの本体は頭骨の両耳の間に潜むと信じていて、儀式で開けられたものです。雄なら左側、雌なら右側に孔を開けます。なので、この頭骨は雄であることを示すそうです。


山に住む人や、山越えする旅人や、猟師以外の日本人はほとんど本物のオオカミを見たことはなかったでしょうから、日本人にとってオオカミは、山の中(他界)に住む神・神の使いという象徴的なものでした。

その神・神の使いとして崇められていた象徴的なオオカミが、今度は、馬や人を襲ったり、狂犬病に冒された現実的な動物になったことで、害獣というレッテルを貼られてしまいました。だからオオカミは殺しても許される動物になってしまいました。

でも皮肉なことに、オオカミは絶滅したことで、ふたたび神・神の使いになったということではないでしょうか。いや、もっと強力な魅力を持つ象徴となったのです。
 
 
 
 
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2018/09/25

昨日は旧暦八月十五日、「中秋の名月」

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昨日の夜は天気予報では曇りだったので、中秋の名月を見れないんじゃないかと心配しましたが、21:20ころは、程よく雲もあって、なかなかの名月でした。(ちなみに満月は今日です)

一番下の写真は、名月をミャンマー製の木皿に張った水に映した写真です。

『竹取物語』には、月を眺めるかぐや姫が、月を見るのはよくないですよとたしなめられる場面があります。

月見の慣習は中国から入ってきたものですが、月見を楽しむと同時に、月を見てはいけないという禁忌もあったらしい。

平安貴族は月を直接見ることをせず、杯や池に映して楽しんでいました。その真似をしてみました。

「満月が終わりの象徴」という説もありますが、なぜ直接見るといけないのか、はっきりわかりません。

月は自分から光っているのではなく、太陽の光を映す天体です。月は見る人の心(深層心理=狂気の部分)も映すからか?などと勝手に想像しています。

とにかく、月を見る(とくに女性が)ことに関しては、世界中に禁忌があります。

西洋でも月が人間を狂気に引き込むと考えられていたようです。「狂気」のことを英語では「lunatic ルナティック」。語源は後期ラテン語「lunatics」=「月に影響された」。「lunacy 」 =「精神異常。狂気」、「moonstruck」=「心が乱れた。狂気」 という言葉もあります。(Wiki参照)

ちなみに、日本語の「つき」は、昔「つく」と発音されて、「憑く」からきているとの説もあります。古今東西、月は、人の心をざわつかせるものであるらしい。
 
 
 
 
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2018/08/26

アマゾン奥地の未接触部族のニュース

Img_6495(写真はマダガスカル上空からのジャングル)


こういうニュースには、敏感に反応してしまいます。

10年前もアマゾンで、「未接触部族発見」のニュースがありました。未接触部族とは現代文明といまだに接触していない部族のこと。そのときは、ヘリコプターから撮影されていて、公開された写真には、弓か槍をこちらに構えている部族の姿が映っていました。

今回の発見は、ドローンでの撮影です。なるべく彼らに影響を与えない方法というなら、威圧感や恐怖感を与えるヘリコプターよりは、ドローンの方がいいでしょう。

でも、今回の部族もドローンには気が付いたようで、上の方(ドローン)を見ています。ただ、弓を構えたりはしていなかったようです。

10年前も、今回も、これを見たとき、俺は、彼らの方から見たらどうみえるのだろうか?と想像しました。

空を飛行する得たいの知れない鳥のようなもの。うるさい羽音。何をされるかわからない。少なくとも、仲間には見えない。魔物かもしれない。恐怖を感じる。だから弓を構えた。

飛行物体は、彼らにとって、UFO(未確認飛行物体)そのものですね。

映画や小説で、宇宙人(地球外知的生物)と最初に接触するとき、だいたい宇宙人は怖いもの、というふうに描かれるのもわかります。未知のものに危険を感じるのは、生物が生き残るために必要なものでしょう。

「宇宙人がUFOに乗って地球を観察しているんだ」などという話がありますが、このニュースを聞いて、ほんとにあるかもしれないなぁと思いました。「未接触部族を見ている俺たち」を見ている宇宙人がいると。

ネットでも、そう思う人たちはたくさんいるようです。この未接触部族のニュースを聞いて、UFOと結びつけるつぶやきがたくさんあります。

宇宙人は、こんな状況にある人類と地球環境を、どういうふうに見ているのでしょうか。

もし、「未接触部族を見ている俺たち」を見ている宇宙人がいるとしたら、「未接触部族を見ている俺たちを見ている宇宙人」を見ている別な宇宙人がいる、と考えるのが自然ですよねぇ。

人類は、「宇宙は広い」ということを想像できるようになった段階です。ただ、その「広さ」はまだわかっていないですが。
 
 
 
 
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2018/08/07

今日から二十四節気「立秋」、七十二候「涼風至」、台風「サンサン SHANSHAN」接近中

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今日から二十四節気「立秋」、七十二候「涼風至(すずかぜいたる)」。

暦の上では「秋」の始まりです。でも、どこが「涼風至」だと思ってしまいます。

連日の酷暑が続いていたと思ったら、今度は台風「サンサン」が近づいています。

前回のような逆走台風にはならないようですが、このコースもあまりないと思うので、じゅうぶん注意しないといけません。

気温も台風も、過去の経験が通用しなくなっている異常気象が続いています。

ところで、今日初めて知ったのですが、この台風13号は、日本以外のアジアの国では、「サンサン」と呼んでいるらしい。これは香港の少女の名前から来ているという。つまり中国語です。

「SHANSHAN」とアルファベット表記しているので、「香香」かも知れません。とすると、あの上野動物園で生まれたジャイアントパンダのメスの赤ちゃんの名前「シャンシャン」と同じとも言えます。

台風の名前は、アジアの14か国が加盟している台風委員会が決めていて、各国10個の名前を提出しているので、140個の名前があり、発生するとこの名前リストから順番に自動的に割り振られる名前です。

なので、次の台風14号が発生したら、今度は「ヤギ」という名前の台風になるようです。「ヤギ」は日本語の「ヤギ」。山羊座から来ているという。日本の提出している名前は、すべて星座の名前です。

でも、日本では、「〇号」という呼び名で慣れているので、「台風ヤギが本州に接近中で・・・」というのは、ちょっとへんな感じです。

台風の場合、災害が起こる確率が高く、むしろ台風名は機械的な「〇号」とした方がいい場合もあるのでは?と思いますが。とくにかわいらしい名前の台風名と甚大な被害が出た時はギャップを感じるだろうし、日本人のことなので「不謹慎だ」という人も現れないとも限らない。だからあえて日本では、「〇号」を使い続けているんじゃないかなと邪推しています。
 
 
 
 
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