カテゴリー「東日本大震災の現場」の158件の記事

2017/03/11

東日本大震災から6年の「3.11」

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もう震災から6年です。長いようでもあり、短いようでもあります。

まだ避難生活を強いられている人もいるし、避難先では、福島から来たということでイジメを受けている子供たちもいます。子どもがそうやってイジメているということは、そのままその子の親ががそう思っているということなんでしょう。

「福島産」の食材には抵抗がある人たち。これも難しい問題です。たとえば、福島産のコメは2012年から、全量全袋検査しているので、他の産地のコメよりも安全かもしれないのに、安心ではない、という心理。

科学ではなく、気持ちの問題なので、当人がそう思わない限り、どうしようもないし。「福島産を食べるべきだ」と強制するわけにもいかないし。現場からの距離と、関心は反比例するのは、何も原発の問題だけじゃないですが。

時間が解決するんでしょうか。でもつくづく、原発事故は、不可逆性を思い知らされます。いったん事故が起こったら、もう元には戻らない。被災者の怒りをどこへ持っていけばいいのか。この物理的、心理的被害をどうしてくれるんでしょうか。

ところで、去年は「東北お遍路写真コンテスト」と、その受賞作品を展示する「東北お遍路写真展」開催を手伝いました。

今年は写真コンテストの応募写真を、「被災4県の写真」から「東北お遍路の写真」に変更する(絞る)予定で、じゃっかん募集要項が変わってくると思います。

東北被災地に対する関心をなんとか繋ぎとめようという策でもありますが。

募集が始まったら、去年同様、当ブログでもお知らせします。去年よりも早いタイミングで募集を始める予定です。

また、毎年恒例の「東北の咲う桜 【岩手・宮城・福島】 被災地の桜を見に行って、東北を応援します」のページを再開します。
 
 
 
 
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2016/12/19

「東北お遍路写真展」のご案内 ----- 2017年1月6日から、埼玉県さいたま市「楽風(らふ)」で

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このたびは釜石市、仙台市、野田村に続く東北お遍路写真展のご案内です。

いずれの写真展も好評を得ましたが、東北だけではなく、広く関東地方の方々にも東北お遍路プロジェクトについて知っていただきたいと思い、平成29年1月に、埼玉県での写真展を開催することとなりました。

お近くにお越しの際は是非お立ち寄りくださいますようお願い申し上げます。

主催: 一般社団法人 東北お遍路プロジェクト

会期: 平成29年1月6日(金)~1月9日(月・ 祝)
    10:00~19:00(最終日は17:00まで)
会場: 日本茶喫茶・ギャラリー 楽風(らふ)
    埼玉県さいたま市浦和区岸町4-25-12 (青山茶舗敷地内)
    電話 048-825-3910
 
 
 
 
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2016/10/17

2016年秋の撮影旅(28) 野田村のイベント 東北お遍路巡礼地標柱除幕式

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昨日は、野田村で東北お遍路巡礼地標柱除幕式にともないイベントが行われました。

大鳥居の近くに大きな楓の木がありますが、津波の時、この木につかまって助かった人がいるそうです。(最近は蜜を求めてクマがきたそうですが)

野田村はそんな物語がある巡礼地のひとつ。ここに標柱が建ちました。

イベントでは、「なもみ太鼓」の演奏、紙芝居、トン汁がふるまわれ、餅まきも行われました。

昨日は恒例の16日に市が立つ日でもあって、八戸や地元の人たちの店が出ました。中には、豆腐の味噌田楽やクルミ味噌をつけたモチ、なんと230円という安さの「マツタケおこわ」。それらを買って昼食にしました。

マツタケが数切れ入っていましたが、ちゃんとマツタケの香りもして、お遍路のスタッフたちも全員が買いました。

午後には、俺が講師を務めた写真セミナーも開催。映写したファイルは、昨日撮影した写真もあります。久慈港の(ほぼ)満月の写真も、時間の経過でどんなふうに変わっていくのかという作例で使いました。

セミナー後は、外に出て、楓の木と鳥居を入れて作品作り。いい写真は、お遍路のガイドブックとして使われるそうです。俺も匿名で応募しようかな。
 
 
 
 
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2016/07/20

「東北お遍路写真コンテスト」 仙台で応募作品の審査会

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昨日は仙台で「東北お遍路写真コンテスト」の審査会がありました。

審査会場は市街地を一望に見渡せる、仙台駅から徒歩10分くらいにあるSS30ビルの26Fの会議室で行われました。

審査委員は、募集要項でもお知らせしていた通り、東北お遍路プロジェクト理事長の新妻香織さん、東北お遍路創生委員の結城登美雄さん、写真家の齋藤康一さん、そして俺の4人と、プロジェクトのスタッフもオブザーバーとして参加していただきました。

●最優秀賞1点 ●優秀賞3点 ●佳作10点 ●入選36点

を選びましたが、近日中に受賞された皆さんには結果をお知らせし、お遍路プロジェクトのHPや、当ブログでも発表します。しばらくお待ちください。

応募いただいた方々にはお礼申し上げます。

正式な発表では、審査員の講評も掲載しますが、とりあえず今回の応募作品全体を見ての感想です。

風景写真は少なく、人間が入った写真、特にお祭りの写真が多かったのですが、復興というものを考えた場合、コミュニティの大切さがもっともよく現れる祭りというイベントが多くなるのも当然ではないか。審査委員の間でそういう話にもなりました。

そうかもしれないですね。まぁ被写体のバランスはいいと思います。

趣旨から外れた場合は、上手な写真であっても選ばれませんでした。それとなるべく被写体がかぶらないようにして選びました。

受賞作品を展示する写真展は、1カ所は岩手県野田村が決まっています。他は検討中です。
 
 
 
 
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2016/06/10

「東北お遍路写真コンテスト」 応募締め切りまで、あと1か月

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「東北お遍路写真コンテスト」、再度の写真募集のお知らせです。

締め切りまであと1か月になりました。もうすでに応募作品が事務局に届き始めていますが、締め切り間近になって、さらに応募作品は増えていくことを期待しています。

応募要項などはこちらで。PDFファイルも用意してあります。

Ya_2 「東北お遍路写真コンテスト」 作品募集のお知らせ


ところで、写真展についてもちゃくちゃくと準備中です。

コンテストで入賞した作品を展示する写真展は、東北地方を中心に数回予定しています。

写真撮影にはいい季節です。俺も東北地方を写真を撮りながら旅をしていることは、毎日ブログで更新している通りです。(でも、もうリアルタイムではないですが)

東北地方(今回のコンテストは、青森、岩手、宮城、福島の被災4県に限定ですが)の美しさ、素晴らしさ、面白さを、写真で表現してみてください。

と、言っても、今回のコンテストは、「写真のクオリティ」をことさら追求するコンテストではなく、お祭り的なイベントでもあるので、けっして下手な写真だからダメだというわけではありません。スマホや携帯で撮った何気ない写真でも、コンテストの趣旨に合えば、入賞することはあると思います。むしろ、普段写真コンテストなどに応募したことのない人が、応募してもらえたら、よりうれしいかなと思います。

写真を撮るということは、そんな難しい話ではなくなってきていて、今はスマホでも携帯でも簡単に撮れるわけで、撮ることで「意識」することがもっと大切だと思っています。今回の目的は、写真を撮ることで、東北をより意識してもらうこと。そのことが被災地の間接的な応援にもなると思っているからです。

どうぞ、敷居は低いので、初めての方は特に、コンテストに応募してみてください。

締め切りまで、まだ1か月あります。
 
 
 
 
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2016/04/20

「東北お遍路写真コンテスト」 正式募集。締め切りは2016年7月11日

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「東北お遍路写真コンテスト」 正式な募集はじまりました。締め切りは2016年7月11日です。

あなたの写真をお待ちしています。

チラシのデザインもできて、これから印刷し、東北の道の駅や東北お遍路の巡礼地に置かれる予定です。知り合いのギャラリーや、カメラ関係各所にも置いてもらいますが、もし、どなたか置いてもいいよというところがありましたら、事務局か青柳宛に、連絡をください。チラシをお送りします。
 
  
 
---------------東北お遍路(こころのみち)プロジェクトとは?----------------

東日本大震災により被害を受けた福島県から青森県までの沿岸地域に慰霊・鎮魂のための巡礼地を選定し、千年先まで語り継ぎたい物語を見出して「こころのみちの物語」として発信し続けます。

そして民族や宗教を越えた多くの方々に巡礼地を辿って頂くことにより、東北の各被災地が連携して、千年後までも経済的文化的に自立発展できる復興の一助となるよう、活動を続けています。

今回の写真コンテストと写真展は、このプロジェクトの趣旨に沿って開催されるものです。

 
------------------------------募集要項------------------------------

■募集テーマ: 東北お遍路にまつわる写真。東北の風景・人物・祭りなどの写真。東北の被災4県(青森、岩手、宮城、福島)の写真であればOKです。

■応 募 要 項

○資 格: プロ・アマチュア、国籍などすべて問わず、どなたでも応募できます。

○応募作品: 応募者本人が撮影した作品に限ります。ひとり5点まで。

○サ イ ズ: A4、または、六つ切りのプリント。入賞・入選作品はプリント展示をします。(ただしプリントサイズが320mm×240mm以下なら受け付けます。台紙に貼って展示しますので、大きさ厳守)

○各 賞: ●最優秀賞1点 ●優秀賞3点 ●佳作10点 ●入選36点
合わせて50点。最優秀賞にはいわて短角牛3万円分(1名様)、優秀賞には被災地産直うまいもの1万円分(3名様)、佳作には被災地産直うまいもの5000円分(10名様)、入選はロゴ入りタオルセット(スポーツ・フェイス2枚組)(36名様)が贈呈されます。

○応 募 票: 写真1枚ごとに、題名、氏名、撮影場所、撮影年月、住所、電話番号、メールアドレスを記入し、裏側に、作品の向きに合わせて貼り付けてください。チラシのPDFをダウンロードすれば、印刷して使用することができます。

○著作権・肖像権: 応募作品の著作権は撮影者に帰属します。応募作品に肖像権等を有する被写体がある場合は、応募者本人が公表の承諾を得た上で応募してください。

○締め切り: 平成28年7月11日(月)必着。

○審査員: 写真家 齋藤康一、写真家 青柳健二、民俗研究家・東北お遍路創生委員 結城登美雄、東北お遍路プロジェクト理事長 新妻香織。

○入賞発表: 審査終了後、入賞者に直接通知するほか、東北お遍路のホームページなどで発表します。

○活用方法: 入賞・入選作品は東北数カ所で開催予定の写真展で展示します。また東北お遍路ホームページで公表するほか、主催者が東北お遍路の各種催しなどで活用させていただきます。

○提出先およびお問い合わせ先: 東北お遍路写真コンテスト事務局

〒 976-0022
福島県相馬市尾浜字南ノ入241-3
TEL: 0244-64-2042


■主催 一般社団法人東北お遍路プロジェクト
URL http://cocomichi.jp/


こちらからコンテストのチラシ(PDF)をダウンロードできます。Pdf



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2016/04/16

平成28年 熊本地震

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熊本地震で被災された皆様にはお見舞い申し上げます。

4月14日の夜、ニュースを見ているときでした。緊急地震速報が流れ、その後熊本県を震源とする震度7の地震の映像が入ってきました。

夜中じゅう震度6、5程度の余震がずっと続いていたようです。建物の中は怖いので、外で一晩過ごした被災者も多かったらしい。

余震もおちついていくんだろうかと思っていた矢先、今度は16日午前1時25分頃、熊本県でマグニチュード7.3の地震が発生しました。最初のよりマグニチュードが大きく、これが「本震」らしく、最初の地震は「前震」になったようです。(あるいは「双子地震」とも) でも、これからも続く気配があり、どうなっていくかは予断を許しません。

旧暦棚田ごよみの今月弥生のページは、熊本県産山村扇田の写真を使用しています。この棚田は、阿蘇市からは北東に15kmしか離れていません。

震源が熊本県から大分県に移動しているような兆候も見られるので、産山村もちょうどその線上にあって、被災している人もいるのではと心配しています。

軽々しいことは言えませんが、とにかく地震から生き延びてください。


日本赤十字社 平成28年熊本地震義援金はこちら。

http://www.jrc.or.jp/contribute/help/28/


寄付・ボランティア受付窓口まとめはこちら。

http://grapee.jp/167570


 
 
 
 

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2016/03/15

NHKスペシャル『原発メルトダウン 危機の88時間』

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おとといのNHKスペシャル『原発メルトダウン 危機の88時間』で、原発事故の再現ドラマを見ました。

「あの日、現場で何が起きていたのか?なぜ、放射能を封じ込めることができず、大量放出に至ったのか?」(NHK公式HP)

メルトダウンがどういうふうに起きていったか、時系列でわかって、あらためて当時のニュースを思い出しました。菅総理があんなに多忙をきわめた現場によく行ったもんだなと、そして枝野さんの大本営発表もむなしく聞こえました。

2号機の危機は、とんでもなかったんですね。もし格納容器が爆発していたら、東日本は人間が住めない場所になっていたという。そこまで覚悟したという証言もあって、あらためて背筋がぞっとしました。

奇跡としかいいようがないですが、ドラマでもなぜ爆発しなかったのかは現在でも詳しくはわかっていなかったようです。いろんな接合部からガスが漏れて、結果的に、容器の圧力が下がり、爆発を免れたようなことを言っていました。一国の存亡が「運」にかかっていたという衝撃は大きいです。

1000年単位の大津波だったといいます。もし原発事故が津波が主な原因だとすれば、確率的には次の大津波、原発事故が起こるのは低くなったといえるのかもしれません。

また関連死はあっても、直接の死者がでなかったことで、「原発事故で死ぬ確率」は「交通事故で死ぬ確率」よりも低いのかもしれません。

「合理的な考え」ではたしかにそうでしょう。

でも、人間は、いつも合理的な判断をして生きているわけではありません。「嫌だ」と思ったものは嫌だし、「危ない」と思ったものは危ないと思うのも人間です。

俺も人間の生物としての勘といったらいいか、直感といったらいいか、本能みたいなものも、信じたいと思っているところもあります。
 
 
 
 
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2016/03/11

今日は東日本大震災から5年めの「3.11」

160311(対岸に高浜原発が見える日引の棚田。直線距離はわずか3.5km)


5年という年月は長かったのか、短かったのか、個人的な感覚では、どちらでもあったような気がします。

5年前、東日本大震災で受けたショックは大きなものでした。津波はもちろん、将来の見通しも立たない原発の事故。日本でもこんなことが起こるんだと。意識はしていませんでしたが結果的に俺も「安全神話」に乗っかっていたんだなぁと思います。

最近は、5年前の記憶が薄れつつあります。俺自身もそうだし、日本人全体としてもそんな感じです。いや、もちろん現在進行形で復興にいっしょうけんめいになっている人や、生まれ故郷に帰れない人たちに、「記憶が薄れた」などというのは失礼の何物でもないでしょう。

5年前はあの原発事故を見て、多くの日本人は、「これではだめだ」、「変わらなければ」と感じたはずでした。あれは動物的な本能と言ってもいいような、人間の生存を根本から脅かす危険物に対する反応ではなかったのかなと思います。

でも、その後、だんだんと原発再稼働の動きが出てきて、あの気持ちはどこへ行ったんだという気にもなっていました。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」なのかなと。

でも、おととい、関西電力高浜原発3号機とトラブルで停止中の4号機について、大津地裁は、運転を差し止める仮処分決定を出しました。約70キロ離れた滋賀県の住民が申し立てた仮処分を認めたところが特に注目される点だといいます。

これは、原発は原発立地自治体の住人たちだけの問題ではなくなったということを意味しているのではないでしょうか。痛みはボディブローのように徐々に効いてきて、生存の危機感から脱原発の方へと向かっているような気がします。

いったん事故になったら広範囲にわたり、どんなことになってしまうのか。それを目の当たりにした日本人は骨身にしみました。もしかしたら、もはや日本だけの問題でもなく、世界の問題でもあるのかもしれません。そしてようやくそれに気が付いたのです。大きな代償を払って。

「できれば原発は使いたくない」というのが、多くの人の本音でもあるでしょう。ただし「できれば」というところが難しく、原発関連で仕事をしている人や、原発があることで経済が成り立っている人がいるのはわかりますが、そんな人でさえ、別な手段があればその方がいいと思っているのではないでしょうか。

福島原発の事故の原因もはっきりせず、避難方法もきちんとしたものは作られていません。メルトダウンしたものをどうやって取り出すか、まだ方法さえ見つかっていません。近々の課題として、汚染水の問題や除染で出た放射性廃棄物をどこに置くのか、問題は山積みです。事故は進行中なのです。にもかかわらず、再稼働するのはおかしいんじゃないかと疑問がわくのは当然のことだろうと思います。

今回のことで司法がちゃんと機能していることに安心しました。これは原発が好きか嫌いかの問題ではなく、法律的に再稼働が認められないということであって、法治国家であるならば、ここは尊重すべきだ思います。
 
 
 
 
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2016/03/04

石巻市&女川町の取材旅(03) 波板の和船「第2勝丸」の登録プレート

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石巻市雄勝町波板は、2014年に完成した情報交流センターのナミイタ・ラボが拠点になり、様々な人たちやアイディアが結びついて、新しい集落の姿が模索されているところです。

この話は、雑誌「ノジュール」には書いていませんが、東日本大震災の津波で流された、波板地区の人が所有していた和船「第2勝丸」の登録プレートが、流れついたアメリカ・ ハワイのオアフ島から届いたそうです。

船がオアフ島の女性によって発見されたのは去年2015年4月22日のこと。船自体は現在ハワイで保管されています。

会長の伊藤さんたちは震災の教訓を後世に伝えるために「第2勝丸保存会」を立ち上げて、船の保存に向けて活動しています。

プラスチック製のプレートは横75cm×縦17cmで「雄勝 遊 939」の文字が残っています。

伊藤さんには海岸の雄勝石(玄昌石)を埋め込んだ防潮堤の上で、プレートを持った姿を写真に撮らせてもらいました。

波板は17戸の住宅や桜並木が流されてしまって、津波の遺構というものはありません。なので、この「第2勝丸」を譲り受けることを検討しているそうです。

人の記憶は、だんだん薄れてしまいやすいものです。だから思い出すための記念碑やモニュメントは必要かもしれないですね。それと犠牲になった人たちに手を合わせる場所もあったほうがいいのかもしれません。


160229(ノジュール3月号の表紙)


3月11日に「第2勝丸」が届くというニュース(三陸河北新報社):

震災から5年 ハワイに漂着した雄勝の和船、古里に向け出港
 
 
 
 
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