カテゴリー「旧学舎(廃校)」の13件の記事

2011/10/30

山梨県  廃校(旧学舎)を利用した「みなもと体験館 道志・久保分校」

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前から気になっていた山梨県道志村の廃校(旧学舎)を利用した施設です。

「みなもと体験館 道志・久保分校は、廃校になった小学校を利活用し『みなもとからの体験ができる施設』として、道志村を訪れる学校や各種団体、家族までが体験型施設として平成22年5月1日にオープンしました。」(HPより引用)

詳細はこちらのHPで。
みなもと体験館 道志・久保分校

「「学校」は地域の「文化施設」として子どもだけでなく、おとなたちも集う場でした。」ともあります。そうですね。

学校の行事が村の行事でした。学校は村の中心でした。校舎がなくなるのは、自分と村の歴史を失ってしまうような気がするのかもしれません。

卒業生たちが中心になって、校舎を何とか残そうという活動は全国で行われています。そんな人たちを応援したいと思います。


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2011/09/27

2011年、秋の旅 (03) 長野県 旧木沢小学校

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天空の里と同じで、こちらも引越しのさかいのコマーシャルで有名になった廃校。

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2011/09/13

長野県松本市 旧開智学校

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重要文化財、旧開智学校は、明治6年5月に開校しました。

日本でもっとも古い小学校のひとつです。

外観は和風・洋風の混じった擬洋風建築の校舎で、文明開化を象徴するものです。

中は資料館になっています。

↑の写真は元禄4年(1691年)武士の子供たちの教科書、↓の写真は明治13年(1880年)、明治天皇御巡幸のとき、休息室になった校舎の1室。


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2009/09/26

妻と犬連れ3匹の、日本一周の旅 (102) 野麦峠

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野麦峠を越えて、長野県から岐阜県へ。

野麦峠といえば、『あゝ野麦峠』に代表されるように、明治から昭和初期にかけて飛騨の農家の娘さんたちが、この峠を越えて諏訪、岡谷の製糸工場へと働きに出たことで有名。


乗鞍岳を見て、九十九折の坂道を数キロ下ると、野麦集落があった。ひっそりとした集落の中に、りっぱな旧学舎。廃校を利用した施設らしい。


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2009/04/27

妻と犬連れ3匹の、日本一周の旅 (3) 野島崎と、旧学舎(廃校)の「くすの木」

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昼、房総半島の南端、野島崎に到着。南端の碑が立っていて、岩の上には、ベンチが。そこから朝日と夕日の両方が見る事ができるポイントだそうだ。

午後、和田町の旧学舎(廃校)「くすの木」へ行った。

平成7年3月まで続いた上三原小学校。最後の生徒は1年から6年までで13人だった。くすの木は、平成9年12月にオープン。講堂以外は、新築だ。だから設備はとても新しい。

学校自体は、明治6年に始まった。それ以来、卒業生名簿をずっと張り出していた。それを今、講堂に飾っている。

昭和37年頃は、たくさんの卒業生がいたが、平成になると、ひとりの年もあった。その名簿を見るだけで、、日本の少子化がよくわかる。

校舎の横には神社があり、境内には千葉県の天然記念物の大きなくすの木が立っている。幹の周りは12m、高さ32m。そのくすの木があるから、体験学習施設を「くすの木」と名づけたそうだ。

近くの棚田(星ケ畑)を撮影したあと、鴨川へ。今日は、鴨川の道の駅泊まり。


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2009/03/05

雑誌「サライ」に、旧学舎(廃校)の写真掲載

090305(写真は、「三代校舎」の明治時代の校舎)

今日(3月5日)発売の雑誌「サライ」(小学館)に、『桜満開の「学舎」に泊まる』が、18ページで載っています。ぜひ見てください。

Ya_2「サライ」公式ホームページ 最新号

旧学舎(廃校)の中で、宿として使われているものを、全国から7ヶ所選んで紹介しています。

宮城県の「さんさん館」、茨城県の「大子おやき学校」、栃木県の「星ふる学校 くまの木」、群馬県の「はるひの山荘」、山梨県の「三代校舎 おいしい学校」、静岡県の「やまびこ荘」、京都府の「風蘭の館」。

のんびりしたロケーションのところが多く、温泉だけ、食事だけでもOKのところがほとんどだし、もし、近くまで行くようなことがあれば、ぜひ立ち寄ってみてください。校舎の中に入れば、タイムスリップできます。

秋田県横手市にあった旧学舎(廃校)を訪ねたとき、「壊すのは寂しいですよ」と地元の人が話す言葉が印象的でした。学校の行事が村の行事でした。学校は村の中心でした。校舎がなくなるのは、自分と村の歴史をなくしてしまうような気がするのかもしれないなぁと思いました。だから、なんとか校舎を残して活用しようと努力する人たちの気持ちは分かります。それを応援したいと思います。

今回紹介した以外にも、全国には、旧学舎(廃校)がたくさんあるので、そのうち、1冊にまとめたいと思います。みなさん、いい旧学舎(廃校)を知っていたら、ぜひ教えてください。今年、全国をまわる予定ですので、撮影できるかもしれません。


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2008/10/06

2008年秋 東北撮影旅(12) 金山町 谷口がっこそば

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山形県北部、金山町谷口地区にある廃校。旧金山小学校谷口分校。向かいには美しい棚田が広がっている。

校舎は明治20年に建てられた。平成8年に廃校になり、いったんは取り壊しが決まったものの、地元の人たちの熱意で、廃校はそのまま残された。そして、女性たちがそばを打ち、食べさせるようになった。それが評判になり、今では大繁盛。

写真(一番下)は、「そばセット」1000円。めずらしいのは、そばがきを油で揚げた「揚げそば」(写真右から2皿目の白っぽい3個)。

そういえば、宮城県志津川の廃校を利用した宿、さんさん館も、地元の人たちがいっしょうけんめいやっているのを思い出す。成功しているところには、共通した「熱意」を感じる。


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2008/10/04

2008年秋 東北撮影旅(10) 鶴岡市大網小学校田麦俣分校

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国指定重要文化財の多層民家がある鶴岡市田麦俣。ここにも廃校がある。

木造校舎の大網小学校田麦俣分校。明治14年開校、平成16年度廃校。春は、桜を見に来る人も多いそうだ。

窓を覗くと、黒板には子どもたちの寄せ書きらしいものが見えた。


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2008/10/01

2008年秋 東北撮影旅(7) 男鹿半島の廃校

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秋田県男鹿半島の西、加茂青砂の廃校「ふるさと学習施設」。

静かな漁村にある学校。木造の建物は立派で、文化財に指定されているようだ。廃校にはおなじみの二宮金次郎の像と、空を仰ぐ少年の像が、正面玄関の左右に立っている。少年の像には、「立志」の文字が。

夕方撮影をしていたら、雨が降ってきたので、あわてて車に戻り、そのまま秋田方面へ走った。

暗くなったので天王温泉の道の駅で泊まろうとしたら、三脚がないのに気がついた。加茂青砂の廃校だ、と思い出して、翌日約50km戻ったら、村のおじいさんがちゃんと取っておいてくれた。「おたくかい? この三脚忘れたの?」

雨が降ったので、レジ袋を掛けてくれたらしいが、夜になっても置きっぱなしなので、家で保管してくれていた。おじいさんも若いころカメラをやっていたので、これがカメラの三脚であることはわかったという。

「高そうな三脚だね」「そうでもないです」「どこから?」「埼玉から」「埼玉? うちの息子もさいたま市に住んでいるよ」といって家の中に入り、息子さんの住所を探しだしたが、みつからなかった。なんだかおじいさんは、同じ埼玉なら、近所なんだろうと思っているようだったが・・・。

日本は物がなくならない。これがどこか外国だったら、あきらめるしかなかったかもしれない。ほんとに助かった。


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2008/09/30

2008年秋 東北撮影旅(6) 秋田県横手市内山の廃校

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岩手県との県境、秋田県横手市内山の廃校、南郷小学校(↑)と黒沢小学校(↓)。

南郷小学校は、田んぼの中にあり、平成3年に廃校になった。外も内も改修したそうで、きれいな校舎だ。もう1棟建っていたというが、それはかなり老朽化が激しく、結局取り壊されたらしい。一時、保育所として使われたが、少子化によって、保育所も統合されて、今は、学習交流センターとして使われている。

学校前に住んでいる夫婦の話で、7km先にもう1ヶ所廃校があると聞いたので寄ってみた。高台に立つ吉谷地小学校。こっちも、村の公民館として残っている。

黒沢小学校は、10数年前廃校になった。荒れた感じはするが、この存在感。りっぱな学校だ。グランドも広かった。

廃校になってから10年弱、縫製工場が入っていたが、今は、村の物置だそうだ。通りかかったおばあさんは言った。「壊すのは寂しいですよ」と。学校の行事が村の行事だった。学校は村の中心だった。校舎がなくなるのは、自分と村の歴史をなくしてしまうような気がするのかもしれない。


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