カテゴリー「旧暦(太陰太陽暦)と宇宙」の361件の記事

2021/07/28

今日から、二十四節気「大暑(たいしょ)」、七十二候「土潤溽暑 (つちうるおうてむしあつし)」

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今日から、二十四節気「大暑」で、次候「土潤溽暑」です。

見るからに暑い時期。今日はとくに朝から蒸し暑く感じます。台風のせいでしょうか。

オリンピックも熱いシーンがたくさん。こちらの「熱さ」は大歓迎。

オリンピック反対など、いろんな意見はありますが、とにかくいっしょうけんめいやっている姿は美しく、感動を与えてもらっています。宿敵、中国を破っての初金メダルとなった卓球など。

そして、スケートボードやサーフィンなど、日ごろは見ることのないスポーツも、知ると面白くなってきます。「やべ~」は、良いのか悪いのかさえ分からない初心者ですが。

昨日銀メダルを獲得したサーフィンの五十嵐カノア選手が、渚に跪き、海の神様に感謝している姿は、何か神事を見ているような厳粛さを感じました。

ちなみに写真はオリンピック・サーフィン会場、釣ヶ崎海岸の北側、九十九里浜です。 

 

 

 

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2021/07/22

今日から、二十四節気「大暑(たいしょ)」、七十二候「桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)」

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今日から、二十四節気「大暑」、初候「桐始結花」です。

「大暑」って、見るからに暑そうな字面です。実際暑いです。これがまだしばらく続くのかと思うとうんざりします。

また「桐始結花」は、「桐の実が生り始める」などといった意味です。

ところで、桐と聞くと、桐箪笥など高級家具をすぐ想像してしまいますが、実際桐は湿気を通さない、割れや狂いも少ないなど、優れた性質を持つ高級材だそうです。

日本では、箪笥、箏、神楽面、下駄の材料にになっています。

他に、500円硬貨の裏や、パスポートにも桐のデザインが使われています。

 

 

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2021/07/07

今日から、二十四節気「小暑(しょうしょ)」、七十二候「温風至(あつかぜいたる)」です

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今日からは二十四節気「小暑」、初候「温風至」です。

「暖い風が吹いて来る」などといった意味です。関東地方は曇りか雨でも気温は高めなので、熱中症には気をつけなければならない蒸し暑い天気になりそうです。

写真は京都府・上世屋の棚田です。

そして今日は七夕ですが、これは新暦での話。

旧暦の七夕(七月七日)は、今年は8月14日、まだ1か月先です。

 

 

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2021/07/02

今日からは、二十四節気「夏至」、七十二候「半夏生(はんげしょうず)」

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今日7月2日から、二十四節気「夏至」の末候「半夏生(はんげしょうず)」です。

棚田の写真は、岐阜県恵那市の坂折の棚田です。緑がみずみずしい季節です。

ところで、略本暦(日本)での意味は、「サトイモ科である半夏(烏柄杓)という薬草が生える頃」だそうです。ということは、このドクダミ科である「半夏生(カタシログサ)」のことではないのでしょうか?

むしろ「半夏生(カタシログサ)」は、半夏生のころに咲くから「半夏生」と呼ばれるようになったというふうに解釈できそうですが、この解釈でいいのでしょうか。もし知っている方がいたら教えてください。

葉の裏側は緑色していて、白いのは上だけ。だから「半化粧」と呼ばれるという説もあります。

白く変色するのは虫をおびき寄せるためのもの。たいていの植物は、もちろん人間に癒しを与えたり生活に潤いを与えるためではなく、虫を呼び寄せるために様々な色を使った生き残り作戦ですが、その中には、人間には見えない紫外線もあります。

 

 

 

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2021/06/21

今日から、二十四節気の「夏至(げし)」、七十二候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」

150622(「靫草(ウツボグサ)」、別名「夏枯草(カコソウ)」)

 

夏至(げし)は、二十四節気の第10番目で、一年で最も昼が長い日です。4時過ぎにヴィーノの散歩へ行っていますが、冬とは違って明るいです。明るいと動物は活動的になるのでしょうか。いや、ヴィーノの場合は、冬でも4時過ぎの散歩なので、関係ないかな。

夏至の初候は「乃東枯(なつかれくさかるる)」ですが、「乃東」というのは、「靫草(ウツボグサ)」のこと。「靫(うつぼ)」というのは、武士が矢を入れて持ち歩いた用具のことです。

別名「夏枯草(カコソウ)」。夏に花が枯れて黒褐色になるからですが、利尿剤や消炎剤として使われているそうです。

 

 

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2021/06/05

今日から、二十四節気「芒種」、七十二候「螳螂生(かまきりしょうず」

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今日からは、二十四節気「芒種」、七十二候「螳螂生」です。

芒種は、芒(のぎ)のある穀物、熟した麦を刈って、稲の種をまくころ、という意味です。

一方、「螳螂生」は、カマキリが生まれ出るころ、という意味です。葉っぱの後ろに泡状の粘液が付いていることがありますが、それがカマキリの卵です。

そこから幼虫がいっせいに孵化するのが今の季節なのだそうです。

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2021/05/31

今日から、二十四節気「小満」、七十二候「麦秋至(むぎのときいたる)」

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今日からは、二十四節気「小満」、七十二候「麦秋至」です。


Wikiによれば、麦秋とは、麦が熟して、麦にとっての収穫の「秋」であることから、名づけられた季節だそうです。


写真は、北海道富良野で撮影した麦畑です。

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2021/05/26

今日から二十四節気「小満(しょうまん)」、七十二候「紅花栄(べにばなさかう)」

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今日から二十四節気「小満」、七十二候「紅花栄」です。

古代エジプト時代から染料や口紅として利用されていた紅花が一面に咲く頃です。

Wiki「ベニバナ(紅花)」によると、

「江戸時代中期以降は現在の山形県最上地方や埼玉県桶川市、上尾市周辺(桶川宿の頁を参照)で盛んに栽培された。しかし、明治時代以降、中国産の紅花が盛んに輸入され次いで化学的に合成可能なアニリン染料が普及したことから、紅花生産は急速に衰退した。」

とあります。

上尾でも栽培されていたというのは初耳です。紅花畑など周辺では見かけないし、もう作ってないのでしょうか。それで調べてみました。

『広報あげお946』の「上尾市域の紅花商人」には、

「紅花の栽培は江戸商人の柳屋五郎三郎の手代が、上村(上尾市)の七五郎に種を遺して栽培させたのが始まりと言われる。」

とあります。

武州に広がった紅花栽培ですが、山形産よりも1か月ほど早く収穫できて、品質も良かったので、京都では武州産の紅花を「早場」「早庭」と称し、高値で取引されたという。安政5年の相場表を見ると、山形産よりも約1.5倍ほどの値段で取引されていたようです。

NHK『青天を衝け』で、深谷の血洗島では藍の栽培が盛んだったということが描かれていました。同じころ、桶川、上尾周辺では紅花だったんですね。

ちなみに安政5年は、何度も書いていますが、江戸ではコレラが猛威をふるった年です。

桶川の稲荷神社には、安政4年に近在の紅花商人が寄進した「紅花商人寄進の石燈籠」があります。これは桶川市指定文化財になっています。

「かつて中山道の宿場町だった桶川宿は、染物や紅の原料となる紅花の生産地としても栄えました。この石燈籠は、桶川宿とその周辺の紅花商人たちが、桶川宿浜井場にあった不動堂へ安政4年(1857)に寄進したものでした。明治時代となり、神仏分離策などの動きの中で、やがてこの稲荷神社へ移されました。また、不動堂は現在浄念寺境内へ移築されています。燈籠には計24人の紅花商人の名が刻まれており、桶川のほか、上尾や菖蒲の商人の名前もあります。かつての紅花商人たちの繁栄を伝える貴重な文化財です。(桶川市教育委員会)」

1923年(大正12年)9月1日に起きた関東大震災で石灯籠は倒壊したようです。これは、昭和2年4月に再建されたものです。

また境内には、日本一の力石といわれる「大盤石」があります。力石でも特に重たいものを「大盤石」というそうですが、大盤石は全国に4個ほどだけ。これは610kgあります。嘉永5年、岩槻の三ノ宮卯之助が持ち上げたということです。

人が仰向けに寝て、両足で持ち上げる「足指し」という方法で持ち上げたと推定されています。

卯之助は江戸一番の力持ちと評判になりましたが、卯之助は、この大盤石を持ち上げた3年後、48歳のとき不慮の死をとげました。

 

 

 

 

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2021/05/21

今日から二十四節気「小満(しょうまん)」、七十二候「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」 ◆世界遺産「富岡製糸場」

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_mg_4400(富岡製糸場 フランス製の機械)

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_mg_4343(富岡製糸場 寄宿舎)

_mg_4446(桑畑)

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_mg_4131_20210517063501(荒船風穴)

_mg_3996(高山社跡)

_mg_4041(高山社跡)

_mg_4056(高山社跡)

_mg_4469(田島弥平旧宅)

 

今日(2021年5月21日)から二十四節気「小満」、初候「蚕起食桑」です。

 木々が青々とし命輝き、蚕が桑の葉をいっぱい食べて成長する季節です。

蚕といえば絹です。

世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成要素4ヶ所は「富岡製糸場」、「荒船風穴」、「高山社跡」、「田島弥平旧宅」の4ヶ所です。

 明治政府は、生糸の品質を向上させるため、洋式の繰糸器械を備えた官営模範工場を建設することになり、このとき大蔵省租税正であった渋沢栄一は、養蚕にも詳しかったので、富岡製糸場設置主任に任命されました。

フランスの技術を導入した富岡製糸場は明治5年(1872年)に設立され、国内養蚕・製糸業を牽引しました。 初代場長を務めたのが、栄一のいとこ、尾高惇忠です。フランス人技師が飲んでいるワインを見た人たちが、人の生き血を飲んでいると噂をし、女工が集まらなかったといいます。そこで、惇忠の娘のゆうが伝習工女第1号になり、その誤解を解いたというエピソードがあります。赤ワインだったんでしょうね。

資料棟には当時使われていたフランス製の機械も展示され、入り口の正面のレンガ壁には「明治五年」のプレートも見えます。

製糸工場の南側には川が流れていますが、この川は利根川水系の鏑(かぶら)川で、上流に「荒船風穴」があります。

「荒船風穴」は自然の冷気を利用した日本最大規模の蚕種(蚕の卵)貯蔵施設です。それまで年1回だった養蚕を複数回可能にしました。取引先は全国各地、朝鮮半島にまで及びました。

下仁田の街を過ぎ、神津牧場を経由した、かなり山の中です。今は建屋はなく石垣が残っているだけですが、温度計も設置されていて、外気温と石垣の下から出ている冷気の温度が示されています。手をかざすと冷たいのがわかりました。

「高山社跡」は日本の近代養蚕法の標準「清温育」を開発した養蚕教育機関です。2階に上がると蚕棚が並んでいました。

「田島弥平旧宅」は、通風を重視した蚕の飼育法「清涼育」を大成した田島与平の旧宅です。瓦屋根に喚起設備を取り入れた近代養蚕農家の原型です。

 

 

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2021/05/05

今日から二十四節気の「立夏」、七十二候の「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」

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もう「立夏」なんですね。この前までこたつを出していたのが噓のようです。

いい季節になりました。と言いたいところですが、去年、今年と、「立夏」の嬉しさが半減しているのは悲しいですね。インド変異種の流行などの懸念もあって、この夏が思いやられます。

せっかく来月には本が出版されて、7月には写真展を開こうと思っていますが、また、去年の写真展と同じように、宣伝できないという状況になってしまうのではないかと心配です。

来年の「立夏」こそ、100パーセント喜べる二十四節気になっていてほしいと思います。

写真は、令和2年版「旧暦棚田ごよみ」で使った千曲市・姨捨の棚田です。これは明け方の写真ですが、この前の夕方、暗くなりかけるといっせいに蛙が鳴き始めます。1匹が鳴き始めると次々に鳴いて、いつのまにか大合唱になっているのですが、不思議に思うのは、一番最初に鳴く蛙は、どういった立場の蛙なんでしょうか。ボスなのか、あるいは単なる指揮者なのか。

 

 

 

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