カテゴリー「旧暦(太陰太陽暦)と宇宙」の220件の記事

2017/05/21

今日は、二十四節気「小満(しょうまん)」、七十二候「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」

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二十四節気「小満」とは、「万物がしだいに長じて満つる」という意味です。

そして七十二候の「蚕起食桑」は、桑の葉がたくさん茂り、蚕が食べるころです。

世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の一要素、史跡 田島弥平旧宅の解説看板によると、

「島田弥平旧宅は、幕末から明治にかけて、優良な蚕種を生産する養蚕技法「清涼育」を体系的に完成させ、規範となる養蚕に適した蚕室を発案し、近代養蚕飼育法の確立を図った田島弥平(1822-1898)の旧宅である。」

と、ありました。

旧宅のそばにも桑畑がありました。養蚕は、日本の近代化に大きく貢献しました。
 
 
 
 
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2017/04/20

今日は、二十四節気「穀雨」、七十二候「葭始生(あしはじめてしょうず)」

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今日から、二十四節気「穀雨(こくう)」、七十二候「葭始生(あしはじめてしょうず)」です。

「アシ」は「悪し」にも通じることから「ヨシ(善し)」の別名もあります。

写真は渡良瀬遊水地のアシ原です。

なお、「穀雨」期間の七十二候は以下の通りです。

初候: 葭始生(あしはじめてしょうず 葦が芽を吹き始める)

次候: 霜止出苗(しもやんでなえいず 霜が終わり稲の苗が生長する)

末候: 牡丹華(ぼたんはなさく 牡丹の花が咲く)
 
 
 
 
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2017/04/04

今日は、二十四節気「清明」、七十二候「玄鳥至(つばめきたる)」

150405_1(島根県出雲日御碕灯台)

150405_3(ヤツガシラ)


今日は、二十四節気「清明」、初候「玄鳥至」です。

広辞苑で、「清明」とは「清く明らかなこと」だそうです。

そして今日は七十二候「玄鳥至(つばめいたる)」でもあります。つばめの写真がないので、以前日本一周車中泊の旅で立ち寄った島根県の出雲日御碕灯台で見たヤツガシラの写真を掲載しておきます。

出雲日御碕燈台は、島根半島最西端に位置する日本一の高さを誇る石造洋式灯台で1903年に完成しました。

灯台の写真を撮っていると、バードウォッチャーのおじさんから「めずらしいのがいますよ」といって教えられたのが、ヤツガシラ(八頭、学名Upupa epops)という渡り鳥。頭の毛が逆立って、モヒカン刈りのようになっています。

この日は「4月2日」だったのですが、「清明」の時期にここを通過しているのかもしれません。「ご当地七十二候」で「八頭至(やつがしらきたる)」ですね。


清明の期間の七十二候:

初候: 玄鳥至(つばめいたる) 燕が南からやって来る

次候: 鴻雁北(こうがんかえる) 雁が北へ渡って行く

末候: 虹始見(にじはじめてあらわる) 雨の後に虹が出始める
 
 
  
 
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2017/03/30

今日は、二十四節気「春分」、七十二候「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」

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今日は、二十四節気「春分」、末候「雷乃発声」です。「遠くで雷の音がし始める」などといった意味です。

元となった中国の宣明暦では「始雷」と呼ばれますが、「稲光が初めて光る」という意味で、日本と同じように「雷」についての言葉です。

つい最近、オーストラリアには巨大なサイクロンが上陸したといいます。前回巨大サイクロンが来たのは2011年のこと。東日本大震災があった年ですが、夏には、紀伊半島で豪雨による災害が起こったのではなかったでしょうか。

オーストラリアのサイクロンと関連付けられないかもしれませんが、今年の夏は日本も暑いと長期予報が出ているので、また天候が極端に変化する心配はあるかもしれません。

何が起きても対処できるように、危機意識は常に持っておかないと。天候ばかりではありませんが。
 
 
 
 
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2017/03/25

今日は、二十四節気「春分」、七十二候「桜始開(さくらはじめてひらく)」

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今日は、二十四節気「春分」、七十二候「桜始開(さくらはじめてひらく)」です。

今年、一番初めに桜の開花宣言したのは、東京都でした。3月21日の肌寒い小雨の日でしたが、靖国神社の標本木、数輪咲いていました。

今年はゆっくりと満開になるので、長く桜を愛でることができそうです。

写真は以前撮影した茨城県の浅畑の棚田を見下ろす場所にある桜の花です。
 
 
 
 
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2017/03/20

今日は、二十四節気「春分」、七十二候「雀始巣(すずめはじめてすくう)」

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今日は、二十四節気「春分」、七十二候「雀始巣」です。

昼と夜の長さがほぼ等しい日です。

ようやく暖かくて春らしくなってきました。

今度の七十二候は「桜始開」ですが、もうすぐ桜の季節です。
 
  
 
 
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2017/03/10

今日は、二十四節気「啓蟄」、七十二候「桃始笑(ももはじめてさく)」

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今日は、二十四節気「啓蟄」、次候「桃始笑」です。

写真は、東秩父村の花桃です。
 
 
 
 
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2017/03/05

今日は、二十四節気「啓蟄」、七十二候「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」 

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今日から、二十四節気「啓蟄」です。

七十二候は「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」です。土の中で冬眠していた虫たちが出てくるといった意味です。

写真は、茨城県の筑波山梅林、ちょうど今ころ撮影したものです。


「啓蟄」中の七十二候は、以下の通りです。

初候: 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく 冬蘢りの虫が出て来る)

次候: 桃始笑(ももはじめてわらう 桃の花が咲き始める)

末候: 菜虫化蝶(なむしちょうとけす 青虫が羽化して紋白蝶になる)
 
 
 
 
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2017/02/28

今日は、二十四節気「雨水」、七十二候「草木萠動(そうもくめばえいずる)」

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七十二候「草木萠動」は、草木が芽吹き始めるといった意味です。

今日、日中は暖かくなりましたが、春はまだこれからという感じです。
 
 
 
 
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2017/02/27

映画『オデッセイ』を観て。「絶対的孤独感」とは?

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『オデッセイ』は、アメリカのSF映画で、アンディ・ウィアーの小説『火星の人』が原作。監督はリドリー・スコット、主演はマット・デイモン。火星に一人置き去りにされた主人公の宇宙飛行士(マット・デイモン)の生存をかけた孤独な奮闘と、彼の救出作戦を描いた映画です。

なんだろう、この感じは? ちょっと変わった映画だと思いました。とくにSF、サバイバル映画としては。

妙に明るいのです。と、いうか軽いのです。

その理由のひとつは、悪者がまったく出てこないということでしょうか。人間もそうだし、エイリアンや細菌なども出てきません。

唯一、冒頭のアクシデント(そもそもこれがなければストーリーは成立しないわけですが)と、ジャガイモ畑が爆発によって失われたアクシデント、最初の補給ロケットの失敗のみ。そして人はひとりも死にません。

当然主人公は生還するだろうなと予想できてしまうので、あとは淡々とミッションが進んでいくことを、まったく心配もなく安心して見ていることができるのです。

しかも、この救出作戦に中国が自国の計画を断念してまで協力してくれるという、ちょっとここは中国に対する皮肉かなと思ったところですが、とにかく、中国が友好的なのです。さすが将来は、中国がアメリカと二分する超大国になっていて、だから、中国も成熟した大国になっているという希望的予想なのかもしれませんが。

悪人がいない、人が死なない映画なのです。

この映画の楽しみ方は、主人公が無事に地球に戻れるのかどうか、とかいったワクワク感などを期待してはダメで、むしろ、友情物語、仲間物語、という映画ではないでしょうか。

それにしても映画から受ける「明るさ」「軽さ」とは違って、物語の設定である「火星にひとり」という状況はとても深刻なもので、「絶対的孤独」を感じますね。

そういえば、以前当ブログでも書きましたが、実際今、「キュリオシティ」という火星探査機が火星で活動しているはずです。機械ではあるのですが、どうも擬人化してしまって、「彼」にも「絶対的孤独」を感じています。

だからなのか、この広い宇宙に地球外生物の存在を期待してしまうのは。

先日も、地球と似たような惑星が発見されたというニュースがありました。もし地球外生物の存在が見つかったら、地球人としての意識は確実に変わるでしょう。もしかしたら、戦争なんかもなくなるかもしれません。なくならなくても、少なくはなるでしょう。

俺たちは、この「絶対的孤独」に耐えられないのかもしれません。だから、気持ち悪いエイリアンでもいい、地球を侵略しようとする宇宙人でもいい、とにかく、どんな姿形でもいいので、地球外生物(宇宙人)が存在してほしいというのが、我々地球人の意識的、無意識的な願望ではないのかと思います。

この広大な宇宙空間の中に、地球人の俺たちだけしかいないと想像すると、とてつもない孤独感で気が狂いそうになります。

「人の意識」は、頭や脳にだけあるわけではなく、「関係」にこそ宿っているという説と、どこか繋がっているような気がします。主人公が食料確保と同時にいっしょうけんめいになったのは、地球(人)とのコミュニケーションだったのも、象徴的だと思いました。
 
 
 
 
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