カテゴリー「心理学の話題」の151件の記事

2017/12/31

ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』は神隠しの映画

171229(異界への入り口、水に映る満月)


ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』は、昔2度ほど、映画館で観ました。

主人公アナが、フランケンシュタインと遭遇したときの表情には、ぞくぞくっとしますね。これ、芝居でしょうか。

見るのは20年ぶりですが、なぜもう一度観ようと思ったかというと、「物語」を調べている中で、赤坂憲雄編『物語という回路』の中の「龍潭譚考 神隠しをめぐる精神史的考察」に、こう書いてあったからでした。

「神隠しは天狗・鬼・山男など隠し神にバリエーションはあれ、ある超自然」的なモノによってどこか異世界へと子どもや女が連れ去られる、不思議な現象として体験されてきた。」「鏡花の「「龍潭譚」という短編小説は、神隠しを主題とした傑作として知られる。小さな、しかし、まさに傑作である。すくなくとも、これほどに生きられた神隠し体験をみごとに描き切った小説を、私は知らない。映像の世界における、ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』に匹敵するとでもいえようか。ジャンルこそ異なれ、この『ミツバチのささやき』と「龍潭譚」は神隠しを描いた傑作として、双璧をなすはず」

そうか、『ミツバチのささやき』は、「神隠しの話」という観方もあったのかと。

映画では子どもたちの遊びの様子が描かれています。

焚火の火の上を飛び越したり、線路に耳を当てて列車が来るのを待ったり、危険なことをやるのが子供たち。

俺も小学生のころ、放課後、小川に笹舟を浮かべて流し、それを追って、遠くまで行ってしまい、気が付いたら真っ暗になって怖かったことを思い出します。

もちろん、この時、遅くなってから家に帰りついているのですが、こういう状態を「プチ神隠し」と言ってもいいかもしれません。子どもの頃こんな体験は、みんなあるのではないでしょうか。

同じような感覚はTVドラマ『北の国から』にもあります。覚えているのはこのシーンです。

夜の森で純、蛍、正吉の3人がUFOと遭遇し、分校の先生が「365歩のマーチ」を歌いながら現れ、先生は宇宙人かもと疑い、暗い森を逃げ帰るシーンがあります。子どもの目線で語られるそのエピソードが好きです。不思議な話のままで終わるのがまたいいですね。怖いけど魅かれる感じが良く出ているシーンだと思います。

「危険」と思うのは、やっぱり経験や知恵がついて大人になってしまったからで、子供にとって、危なさや、危なさに通じる向こう側の世界は、こっち側とはつながっている世界であるのでしょう。

大人になるとそのふたつの世界が断絶してしまうのかもしれません。

子どもはフランケンシュタインが現れても、それなりに受け入れてしまう。異界のものに無防備です。だから『ミツバチのささやき』でも、主人公アナは逃亡者に対しても、恐れることもなく近づき、親切にします。それはお母さんの教えでもありました。

精霊は、良い人には良いもので、悪い人には悪いものと、お母さんはアナに教えるのです。逃亡者はアナにとっては異界から訪れた精霊なのでしょう。そして精霊は、自分自身の心のありようでもあるのですね。「良いもの」であろうとするところに、子どもの純真さを感じます。
 
 
 
 
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2017/12/17

インスタグラム(SNS)の「写真療法」としてのメリット

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以前、こういう記事がネットにあがっていました。

「インスタグラムに投稿する写真で「うつ病」がわかる!」
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12104-93759/

と、いうものです。記事から引用すると、

  1.色では青色と灰色が強く、全体に暗く、ぼんやりしている。

  2.モノトーン加工を好んで使う。

  3.顔のアップが少なく、引きの写真が多い。正面の写真が少なく、斜めや横からの写真が多い。

  4.他人と一緒の写真が少なく、自撮り写真が多い。

  5.投稿頻度は高め。コメントは多いが「いいね!」は少ない。

こういう写真を投稿する人は、「うつ病」かもしれない、という記事です。

でも、そもそもインスタグラムに投稿できるなら、たとえうつ病だとしても、まだ程度は軽いのかもしれません。深刻ならインスタグラムどころではないでしょうし。だから「うつ傾向」と言ったほうが当たっているかもしれません。

ただ、「暗い写真」だから「うつ病」と決めつけられるのも、なんだなぁと思います。俺なんか、モノクロ写真で、暗い狼像ばかり投稿しているので、一発で「うつ病」に判断されてしまうでしょう。

写真というのは、そんな単純な精神状態の産物ではないのです。だからこれはあまりあてにならない判断基準だと思います。

ただ、インスタグラム自体は、精神衛生上プラスであることは確実です。これを「写真療法」として見れば。

箱庭療法などを含む芸術療法(アートセラピー)の中には、写真療法というのも入っています。芸術療法は、日本では1960年代から研究実践されていて、イギリスでは保険サービスとして認められている公式な療法です。

心理学を勉強するようになって、俺にとっての写真を撮る行為は、写真療法そのものになっていたんだなぁということに気が付きました。「療法」というと病気を治すイメージですが、「表現」にはそもそもそういう治療的側面が伴っているので、ここでは、あまり病気か病気でないかを区別する必要はないでしょう。

日本芸術療法学会理事の山中康裕先生は「写真療法」を初めて提唱した方です。

精神的に悩むある患者さんがいて、写真が好きだとわかったので、写真を撮るように勧めたら、撮ること自体で、症状が改善したという例から思いついたらしいのです。

病気の人にだけではなくて、イメージの表現は一般の人にも、精神的にいい状態を保つひとつの方法であるといいます。

ちょっと前なら、「写真療法」がいいと言っても、それはカメラを持っている人や、写真が趣味な人、といった限られたものだったでしょうが、これだけSNSが流行り、誰でも、どこでも、写真が撮れるようになった今こそ、「写真療法」は生かされるのではないかと思います。

しかも、「撮る」だけではなく、「見せる」ことも簡単にできます。そして、それに対しての反応もすぐわかります。「いいね!」がいくつ付けられるかで、ある程度の判断ができます。

そんなメリットを生かさない手はありません。

ただ、あまり「いいね!」ばかりを期待しないことも大切です。撮ること自体がいいのであって、「いいね!」を期待しすぎることは、かえってストレスを感じてしまい、逆効果です。

投稿しっぱなし、それが「写真療法」としてみたインスタグラムのいい使い方ではないでしょうか。

「いいね!」がなくても、誰かが見てくれている(かもしれない)という状態が「表現療法」としいてはいいのです。
 
 
 
 
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2017/12/15

映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観て

Aini01(中国雲南省 アイニ(ハニ)族)


昔観たかもしれないのですが、もう一度映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観ました。

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(Dances with Wolves)は監督・主演・製作はケビン・コスナー。アカデミー賞作品賞とゴールデングローブ賞 作品賞を受賞している1990年のアメリカ映画です。

どうしてまたこの映画を観ようと思ったかというと、狼が出てくる映画だからでした。人間と狼のファーストコンタクトを描いているものです。

ところが狼だけではありませんでした。もっと興味深かったのは、人間、先住民のスー族とのファーストコンタクトでした。

まったく、言葉も感覚も違う人たちが、どうやって交流を始めていくのか、雲南省で少数民族の村を訪ねたときの体験があるので、すごくリアリティを感じるものでした。

ケビン・コスナー扮する主人公、北軍の中尉だったジョン・ダンバーが「失われる前にフロンティアを見ておきたい」と田舎の砦への赴任を希望します。

そこで先住民のスー族たちに出会い、しだいに心を通わせ、やがて本当のスー族になってしまうというストーリ-です。

砦に現れた1匹の狼。この狼とも仲良くなっていきます。犬が初めて家畜化されたのは、中央アジアあたりらしいという研究発表があります。

狼は、やがてジョンの手から食べ物を食べるようになり、草原で楽しそうに戯れます。狼が犬に変わった瞬間はこのような場面だったのではないでしょうか。

ある日、ジョンはスー族の名前をつけてもらいました。名前を付けられたことで、スー族になったということを実感します。それが「狼と踊る男」です。スー語では「シュグマニツトンカーオブワチ」。ジョンが狼と戯れていたところをスー族は見ていたんですね。

バッファローの狩りで、印象的で大切なシーンがありました。

ジョンは彼らといっしょに狩りに出かけますが、獲物の肝臓を取り出して食べるシーンがあります。一番栄養がある部位で、それを共に食べることで一体感というか仲間の絆を再確認する儀式にもなっています。

スー族の男は、自分が食べたあと、ジョンに差し出します。ジョンもそれを食べると、周りの人たちから歓声があがります。

20数年前になりますが、俺も雲南省で同じような体験をしています。アイニ族の結婚式では、豚の生肉・レバー料理が出ました。俺が食べるところを村人がじっと見ているのです。そして食べると歓声が上がりました。

彼らも生食をすることは気にしているらしく、「西洋人の記者から、俺たちは生肉を食べる野蛮な人たちと書かれたが、なかなかこういう習慣はなくならないよ」と言いました。

ところで、男たちが他民族との闘いに出た時、ジョンは村に残り、村の守りを任せられるのですが、外敵が襲ってきたとき、砦に隠してあった銃を、村人に配るのです、今までは弓で闘っていたのに、銃を使うことで、格段に殺傷能力が高まり、結局、女たちでさえ銃で外敵をやっつけることができました。

明らかに、ここで闘い方の変化が起きました。もしかしたら、銃を使った戦いで勝ったという成功体験は、このあと、外敵が来たら交渉ではなく、すぐ戦ってしまおうと考えるようになったのかもしれません。武器を持つと使いたくなるというのは、古今東西、例外なくみられる現象です。

自衛のための銃は必要だという感覚はアメリカ西武開拓時代を考えるとわからないでもないですが、唯一、ジョンの行動で違和感を覚えた部分です。
  
 
 
 
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2017/12/05

「警察犬イルミナ号が、銃器を発見」というニュース

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警察犬イルミナ号が、銃器を発見したとニュースになりました。

イルミナ号は雌のラブラドルレトリバーで9歳。違法薬物と銃器の両方を識別できる「ハイブリッド犬」です。柱の中に隠してあった暴力団の拳銃を嗅覚で見つけたとのことです。(毎日新聞参照)

以前、イルミナ号はミュージシャンの覚せい剤も発見したという優秀な警察犬です。ミュージシャンとは誰でしょうか? あの方かな?

犬の嗅覚には俺も一目置いています。実際ヴィーノと暮らしていると、ヴィーノの嗅覚のすばらしさを実感します。

とくにヴィーノが得意なのは、野生動物の発見です。山を走っていて、そわそわしだし、そして薮や林に向かって吠える。俺には何なのかわかりません。そのうち猿や鹿や狐や狸などが目の前に現れます。北海道のヒグマにだけは知らんぷりを貫いていましたが。

北海道で、前方にキタキツネを見つけたりして、俺も視覚では勝てることがありますが、嗅覚では無理です。ヴィーノはそれほど視覚がいいというふうには見えません。

ヴィーノは匂いで世界を認識しているような気がします。ただ、遠くのものは発見できるのですが、逆に近いところのものを発見できない、ということもあります。たとえば、目の前にある小さなおやつを探せずにうろうろすることがあるのです。

これはどうしてでしょうか。

想像ですが、視覚に「近視・遠視」があるように、嗅覚にも「遠嗅・近嗅」というものがあるのではないかな。

たとえば人間も、急に目の前10cmに何か出されても、すぐには見えない(ボケて見える)といったような感じです。だからヴィーノはこのとき「遠嗅」モードになっていて「近嗅」モードにはなっていないからではないかと。


ところで、オリヴァー・サックス著の『妻を帽子とまちがえた男』に、ある医学生が夜、犬になった夢を見て、目覚めたら、犬のような鋭い嗅覚になっていた、という話については、前も触れました。。

カフカの『変身』みたいなこともあるんだなぁとびっくりです。もしかしたらカフカもそういう感覚の体験があったのかもしれませんが。

それでも最近はヴィーノの影響もあって、俺も匂いに敏感にはなっています。通路の角を曲がった時、何秒か前にそこを通ったであろう、人間の匂いに気が付くことがあります。

それと、匂いで過去の出来事を思い出したり。「あっ、この匂い、雲南省だ」とか。嗅覚は、より本能に近い感覚ともいわれています。

ただ、俺はまだ電柱のオシッコの匂いで、近くにかわいい雌犬がいることもわからないし、ヴィーノの肛門の匂いを嗅いでも、ウンチ臭いだけですが。

世界を匂いで感じたら、どう見えるんだろう。ヴィーノが見ている世界を俺も見て(嗅いで)みたい。
 
 
 
 
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2017/11/27

【愛犬物語 其の二百十三】 埼玉県皆野町 蓑神社(蓑山神社)

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蓑神社(蓑山神社)は、秩父盆地の東側、蓑山(美ノ山)に鎮座する古社です。

蓑山公園からは市街地や荒川の流れなどを望むことができます。

駐車場から歩いて約10分、榛名神社があり、蓑神社への案内板は急坂を下りるように指示していました。

あとでわかったのですが、このまま遊歩道を行ってもよく、急坂は、神社の裏から入るショートカットでした。(表参道は皆野駅から上っていきます)

かなり険しい急坂で、小石や落ち葉に足を取られながら下ると、10分ほどで蓑神社の境内にたどり着きました。

ここは皆野町の椋神社(野巻椋神社ではりません)の奥社でもあるらしい。蓑神社の狼のお札を授与しているのも椋神社です。

午後の陽が木々の間から射し込み、あたりは静かで、いい雰囲気です。

しかもお犬さまの像がすばらしい。

山の神を護るにふさわしい迫力あるお犬さま像です。野性味あふれ、痩せていて肋骨や肩甲骨まで浮き出ています。

西洋の牧畜民の狼に対する「恐怖」「敵対」とは違って、怖いんだけど、魅かれるといった一見矛盾するような複雑な感覚を表しているイメージだと思いますが、どうでしょうか。

小林茂著『秩父 山の民族考古』には皆野町蓑神社について、早川由宇子さんの聞き書きとして次のようにあります。

「以前、蓑山には沢山の狼がいたそうで、そのうち、一匹を殺し毛皮にしたところ、毎夜狼の遠吠えでねむれず、ついに毛皮を返すことになり、その日からは遠吠えはやみ、山中に狼達が死んだ狼の葬式をしたあとがあったそうである。そこをオイヌのクボと呼び、一年に一回オタキアゲをするようになったということである。」

とのことです。

オタキアゲとは、狼にご飯を備える神事で、三峯神社、宝登山神社などでも行われています。実際にオイヌのクボと呼ばれる穴があったそうです。(今もあるか不明)
 
 
 
 
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2017/11/24

「UFO」が宇宙からやってくる神なら、「狼」は深層心理に棲まう神(神使)

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犬像・狼像に魅かれるのはなぜなのか、納得できる「自分の物語」を探しています。

あくまでも「俺の」ということです。人それぞれ、犬像・狼像に魅かれる「物語」が違うのはもちろんです。まだ「これだ!」というものがありませんが。

そんな中、河合隼雄総編集「講座 心理療法2 心理療法と物語」という本には、前から気になっていたことが書いてあって、あぁそうなんだ、と思いました。

それはUFOのことですが、ユングがUFOについて言及しているそうです。

この本の中の川戸圓氏の「「モノ」の語りとしての妄想と物語」にはこういう記述があります。

「UFOの物語は、現在まさに「生きている物語」となりつつある、というのがユングの主張である。…(略)… UFO伝説は、現代の「生きている神話」であると、ユングは言うのだが、何故、今、私たちが神話を必要としているのか、何故、今、私たちが神話を語り始めているのか、その理由については、現代というこの時代が、「人間性という面では暗黒」の時代であるからだという。…(略)… だからこそ宇宙の彼方から、この危機を乗り越えさせてくれるかもしれない、特別な力がやってくる、そういう話が生成してくるというのである。…(略)… この果てしない宇宙こそが、新たな天国となっており、「モノ」の棲む場所となっているのである。」

科学的合理主義が発達し、俺たちの周りから「異界」が消えてしまいました。そこで、「異界」を求める場所として、まだ未知の宇宙の果てがあります。そこに神を見るということなのでしょう。

なるほど、江戸時代にUFOを見たという話は聞きません。それは宇宙というものを、少し知ってきた現代だからこそ、UFOが見えるようになってきたということなのでしょう。「見たいから見える」のです。

『物語という回路』の編者 赤坂憲雄氏は序文で、

「物語の背後には、きまって異界やそこに棲まうモノらが蠢いている。異界とはときには死者たちの棲む他界であり、桃源郷にも似た場所であり、日常の領域のすぐ向こうに拡がっている悪所のごときものであり、また、ときには精神の内界深くに隠されている未知なる時―空であるかもしれない。物語はそうした異界の音ずれ=訪れに耳を澄ます者らにのみ聴こえてくる、幽かな異界からの言伝てである。」

と書いています。

「桃源郷」や「精神の内界深く」というキーワードは、今まで自分が興味をひかれるものと一致していて、胸にストンと落ちてくるものです。

ひるがえって、犬像・狼像を考えてみると、特に狼像に魅かれるのは、異界が関係しているのは間違いありません。漠然としてですが、狼像にはずっと「夢」「無意識」「神話」、もちろん「自然」などのイメージを持ってきました。狼像が異界へ通じるドアのようなものかもしれません。

無くなってしまった異界を、狼信仰の場合は、宇宙ではなく、深層心理に求めるということです。「UFO」が宇宙からやってくる神なら、「狼」は深層心理に棲まう神(神の使い)ではないのでしょうか。

狼像の写真を撮って、俺は異界からの言伝てを聴こうとしているのかもしれません。
 
 
 
 
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2017/11/20

ヴィーノの小っちゃぃ脳が悪さをする

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今年に入って、これは普通ではないなと思うような行動(症状)が出て、夏から秋にかけて動物病院で検査を受け、体的には異常がなく(むしろ内臓関係はすばらしいとお墨付きをもらったくらいです)、もしかしたら癲癇発作ではないかという見立てになりました。

そういえば、床を嘗め回して最後には吐くという異常行動が出たのは、今から数年前だと思いますが、ただ、その晩だけで、あとは何事もなく普通に生活していたので、たまたま、何か悪いものでも食べたんだろう、くらいに思っていました。実際、その症状は、1年に1回くらいだったので、ほとんど気にならなかったのです。

ところが、その頻度が、この夏ころからひどくなってきました。それと決定的だったのは、体が突然硬直し、糞尿を垂れ流し、口から泡を吹いて、痙攣することです。3回ありました。

動物病院でもらった薬を飲み始めたとき、その薬の副作用なのか、今度は普段の行動がおかしくなってきました。医者によると、薬でそんな症状が出ることはないということで、もしかしたら、認知症を併発している可能性も出てきました。

まだ10歳ですが、若年性認知症は人間にもあるくらいなので、犬にもあるとのこと。何かタガが外れたというか、赤ちゃん返りをしてしまったようです。本能がむき出しになったような。

昼夜逆転も始まって、夜騒ぐようになり、近所迷惑なので、騒がないようになだめたりしているので、熟睡できなくなっています。寝不足です。

薬を飲み続けて2か月たちましたが、発作は見られなくなったものの、何度もオシッコとウンチをして、まるで徘徊しているような姿をみると、やっぱり認知症もあるのかなぁと実感します。

11月3日にはMRIを撮りました。脳に何か異常が見つかったら、それで治療方針も変わっていくということでした。

診察室でMRI画像を見せてもらい、輪切りになった脳の画像がモニターに映し出されました。

「脳が小っちゃぃ!」というのが第一印象。ヴィーノの脳は、これだけ? これだけなのに、中で何か悪いことが起こっている。信じられません。

子どものこぶし大にも満たない魚の白子状態のモノが、人間の大人ふたりを右往左往させているのです。逆に脳ってすごいなぁと思います。

MRIや血液検査や脳髄液検査など、一応、発作関連で行われる検査すべて行いましたが、別段異常は見つかりませんでした。髄液漏れも、骨折もありませんでした。とりあえずホッとしました。

結局は、生まれつきの癲癇気質(発作を起こす刺激に対する閾値が低い)ということのようです。それと軽い認知症の併発です。

今の状況に慣れていくしかありません。体は異常がなく元気なので、脳に刺激を与えるためにも、今まで通りドライブには連れて行くことにしました。「旅犬」は健在です。

先日は、御前山手前に鎮座する鑾野御前神社まで連れていきました。紅葉の葉っぱもだいぶ落ちていました。

どこが病気なんだ?というくらい、ヴィーノは元気にリードを引っ張って上りました。

もう、以前のようには戻らないかもしれないですが、でも、今楽しいと思えることをできる範囲でやるだけです。ヴィーノも、俺たち夫婦も。
 
 
 
 
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2017/10/31

【夢日記】 ある動物のお腹

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形的には、マンタやカメのようでもある。

厚さが10センチほどの平べったい動物だ。

腹ばいになっていたのを、裏返して、あおむけにした。

お腹には毛が生えている。

猫? 犬? タヌキ? にも見える。

目はどこにあるんだろう?

おちんちんが付いていたので、雄なんだろう。

お腹を触ると毛が気持ちいい。

                   ☆

映画『アバター』のような風景の中、空を飛んでいた。

高いところから低いところへ一気に下る浮遊感。

「これは夢だよ」と、夢であることをちゃんと「夢の中の俺」は意識していた。

                   ☆

夜、城壁のようなレンガ積みの壁の前にいた。

一カ所だけ人が上ったような崩れたあとがあり、手すりも付いていたので、俺はそこから昇った。

手すりがぐらぐらしたので、力加減に気を使った。

城壁の上は、通路になっていて、右へ歩き、さらに角を右に回った時、人間と犬がいた。

人間が犬から襲われていたのか、飼い犬なのかわからない。

俺はびっくりして大声をあげた。

犬が俺の方に飛んできたところで目が覚めた。(自分の大声で目が覚めた)


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この3つの夢が続いていたのか、途中で目が覚めたのか、よくわかりません。ただ最終的にこの3つを覚えていました。

最初の謎の動物については、たぶんヴィーノのことだと思います。目もどこにあるかわからないけど、おちんちんだけ強調したような動物です。俺の関心はそこにあるようです。ヴィーノが病気のため飲んでいる薬のせいか、頻尿になったことが気がかりなんでしょう。だからおちんちん。オシッコが漏れていたような感覚もあります。

2番目の夢は、『ブレードランナー2049』の予告編を見たからだと思います。前作のブレードランナーの、雨降るチャイナタウンの近未来的光景は、今でも新鮮です。今回のは、映像的にさらにグレードアップしているようで、乗り物が空中を滑っていく感覚と、夢の感覚はほぼ同じでした。

「夢の中の俺」は、ちゃんとこれが夢であると意識しています。たぶん、夢の中で再構成された『ブレードランナー』を観ているのでしょう。「映画」を「夢」と言い換えているのかもしれません。

ところで、この夢を見た日の夜、「Youは何しにニッポンへ」を観ていたら、なんとあるYouが、マジンガーZに影響を受けて映画のCGを作る仕事をしているという話の中で、映画『アバター』のそのシーンが出てきたときには驚きました。これも「シンクロニシティ(共時性)」と言うんでしょうね。

最後の夢も、犬がらみなので、たぶんヴィーノの気がかりと関係しているのだと思いますが、今のところ、はっきり思いたることはありません。
 
 
 
 
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2017/10/23

【夢日記】 脚のあるバス

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印象的な夢を見たので記録しておきます。

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アジア(タイ?)を旅している。

バスツアーらしいが、俺の立場は、ツアーガイドか添乗員らしい。

バスはヤシの木などもある畑の中を進んでいたが、俺はバスの先を歩いて、道を確かめていた。

水が溜まってぬかるんだ所もあって、バスのタイヤが泥に取られそうだと心配になった。

先へ行くほど厳しくなっていた。

そこへバスがやってきたが、水に濡れた泥のところには布を敷いている。

布なんかは持ってきていたんだなと感心した。

バスには四つ脚がついていて、布の上を通ろうとしたとき、布につま先がひっかかったが、なんとか進むことができた。

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最近、外国を旅する夢を多く見ている気がするのは、実際には外国旅をしてないことの禁断症状(補償作用)だろうと思います。

先へ行くほど道のコンディションが悪くなっているのは、たぶん、今気がかりなことに対する不安かなと思います。でも、脚がついたバスはユニークです。タイヤなら泥にはまってしまいそうですが、脚がついていたなら、なるほど、泥道でも大丈夫です。

発想の転換ですね。たぶん、そのことです。この夢からのメッセージは。

タイという、明るいところが舞台であることも、この夢がけっして暗く絶望的な夢ではなく、発想の転換をして、この不安から乗り切れるのではないか、という楽天的な雰囲気を感じます。

ただ、その発想の転換は、そう簡単ではないのかもしれませんが。
 
 
 
 
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2017/09/22

業務連絡: 雑誌やテレビやイベント企画担当者様へ。来年は「戌(犬)年」です。

170922_1(岐阜県白川村荻町)

170922_2(長崎県南島原市の原城跡)

170922_3(愛媛県松山市の「目の見えない犬ダン」像)

170922_4(秋田県大館駅前の「忠犬ハチ公」像)


今日は、雑誌やテレビやイベント企画担当者様への業務連絡です。

大倉眞一郎さんと杏さんがナビゲーターをつとめるJ-WAVEの書評・トーク番組「BOOK BAR(ブック・バー)」で『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』が紹介される予定です。

放送予定日は23日(土) (22:00~22:54)

もし機会があったら聴いてみてください。撮影旅行中なので、俺は車中泊の車内で聴くことになるかな。予定では、福島県あたりにいると思います。

ところで、先日、ヴィーノの日本一周旅行で撮影したヴィーノのいる日本の風景写真が、雑誌で1年間連載するという嬉しい仕事が入ったので、そうかそろそろ来年用の企画を提案しなければ、そんな時期なんだなぁと思ったので、いくつか提案してみます。

来年2018年は、戌(犬)年です。犬→お犬→お犬さま→狼という連想で、犬から狼まで拡大解釈します。

そこで、雑誌やイベントの企画担当者様へ、来年戌年のこんな企画はいかがでしょうか。

● 街歩き企画 「関東のお犬像めぐり」 約50カ所のお犬像ゆかりの地を歩いてみようという企画。(以前ブログで詳しく書いています)

● 街歩き企画 「都会で狼を探してみよう」 ニホンオオカミは絶滅してしまいましたが、東京周辺には狼信仰の秩父三峯神社や武蔵御嶽神社の講の人たちが奉納した多くの狼像(お犬さま像)があります。都会のビルの中で出会う狼という意外性。

● グラビア企画 「アジアの犬たち」 中国雲南省、貴州省、広西チワン族自治区、インドネシア、スリランカ、ネパール、タイ、ラオスなどで出会った犬たちの写真で構成。

● グラビア企画 「ビーグル犬が紹介する日本の風景」 日本再発見の旅。犬が見た日本の風景ということで、ヴィーノが写りこんでいる日本全国、全都道府県の風景写真で構成。

● グラビア企画 「日本全国の犬像100景を訪ねる」 『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』をベースにして、さらに50カ所を追加して、100の犬像を紹介する。

以上、思いつく企画をあげてみました。他にも、犬・戌関係のアイディアはありますので、お気軽にお問い合わせください。
  
 
 
 
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全国の犬像と狼像(お犬さま像) 【愛犬物語】, 写真, 心理学の話題, 文化と芸術について, 旅(日本), 映画・テレビ, 書籍・雑誌, 犬連れ旅や犬にまつわる話 | | コメント (0)

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