カテゴリー「文化と芸術について」の58件の記事

2018/04/08

高畑勲監督がなくなりました。ご冥福をお祈りします。

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「火垂るの墓」や「アルプスの少女ハイジ」などの名作を手掛けたアニメーション映画監督の高畑勲さんが亡くなりました。

2013年の『かぐや姫の物語』 は監督の好きな作品でした。

不老不死の月の世界が、けっして「生きる」ことを実感させない世界として匂わせている、と感じました。

だから月(理想郷)に生きる人(神?仏? 完全なる者)たちとの対比として、かぐや姫は、地上(現実世界)に生きる生々しい人間(不完全なる者)として描かれていました。

月に生まれたかぐや姫が、月からすればどうしようもない地上に「生きる」ことを見つけ、ここに残りたくなった、でも残れないという葛藤は切なくなりますね。

とくに、その内面が現れていたのは、屋敷から抜け出すシーンです。まるで殴り描きのような絵が画面を疾走する感じが、とてもよかった。「なんだこれはー!」という斬新な表現。「生きる」を感じさせます。

高畑勲監督は、肺がんだったそうです。享年82歳でした。

ご冥福をお祈りします。
 
 
 
 
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2018/03/24

『アラビアの道 サウジアラビア王国の至宝』展 東京国立博物館

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_mg_0396(マカルで発掘された、前6500年ころの石製の「猟犬」像)

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さすが上野公園は花見客で混雑していました。一気に桜が満開になったようです。

東京国立博物館では、『アラビアの道 サウジアラビア王国の至宝』展が開催されています。

サウジアラビアは、なかなか情報が少ない国なので、各地の遺跡から発掘された至宝は見ごたえ十分です。

とくに、「犬像」にこだわっている俺としては、前6500年ころの「猟犬」の石像は興味のあるものです。

会場は、撮影可です。
 
 
 
 
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2017/12/28

雲南省納西(ナシ)族に伝わる象形文字「トンパ文字」で「犬」(追加)

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そろそろ年賀状も書き終わったころでしょうか。いや、遅いくらいですね。

雲南省納西(ナシ)族に伝わる象形文字「トンパ文字」で「犬」の追加分です。砂浜をイメージしてみました。
 
 
 
 
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2017/12/16

坂本長利さんのひとり芝居『土佐源氏』

171216_1(楽風での坂本長利資料展)

171216_2(楽風での坂本長利資料展)


埼玉県さいたま市浦和区の日本茶喫茶・楽風で、坂本さんのひとり芝居を観ました。これで3度目です。

毎回違うことを感じて、飽きるということがありません。

本当にこれは「芝居」なんだろうか?と思いました。坂本さんに元馬喰が乗り移ったように感じてしまった昨日の芝居でした。それは坂本さんの年齢も関係あるかもしれません。

昭和16年、民俗学者の宮本常一が、橋の下で暮らす元馬喰の盲目の男の話を聞き取りしたのは、元馬喰が当時80歳のときだったという。坂本さんはその年齢をとうに越えて88歳になりました。

だから元馬喰を演じているのが坂本さんなのか、坂本さんを演じさせているのが元馬喰なのか・ ・ ・

このひとり芝居の回数も1190回。これもすごいことです。ギネスに申請しているとのこと。

今流行の「不倫」の懺悔(?)もあります。

ただ、元馬喰の話を聞けば、この「不倫」を道徳的に糾弾することがどんなに不毛なことかを感じます。むしろこの場合、「不倫」することが道徳的でさえあるのではないかと、そんなふうにも思いました。

ある身分の高い家の奥さんと、牛を買うということで知り合います。身分のある奥さんが、馬喰の自分を対等に扱ってくれることに好意を持ちます。だんだん親密になっていきます。あるとき、旦那が外に妾を作っていたこともあり、奥さんは幸せではないんだなぁと知ります。それで、奥さんと納屋の藁の中で・ ・ ・

「おなごと牛には嘘はつかなんだ」

と、元馬喰は言います。おなごと牛にモテた理由は、ここにあるのでしょう。

身分があろうがなかろうが、金持ちであろうがなかろうが、どんな人間でも、精いっぱい生きた人生は美しいんだなと感じます。それに引き換え、俺は、未だに地に足が着いていないような非現実感をおぼえながら、人生を送っているような気にもなります。

そういう名もない人の話を丁寧に掬い取った宮本常一もすごい民俗学者だった、ということなのでしょうが。

なお、12月23日、NHKが坂本さんの記念公演の旅に密着取材したドキュメントが放映されます。

ETV特集「老いて一人 なお輝く~一人芝居 50年~
 
 
 
 
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2017/12/13

独演劇『土佐源氏』を演じ続けている坂本長利さんの公演が12月15日

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独演劇『土佐源氏』を演じ続けている坂本長利さんの公演と、資料展が開催されます。

資料展は12月14日から19日まで(15日は休み)、公演は12月15日です。

資料展では2年前の公演で撮影した坂本さんの写真も展示されます。

『土佐源氏』とはどういったものなのでしょうか。

民俗学者・宮本常一さんが、昭和16年の冬、高知県梼原村で聞き取った話で、『忘れられた日本人』に収められています。

ひとりの盲目の老人の口から語られるのは、楽しくて明るい色彩豊かな世界なのです。これには驚きます。

あまりによくできた話なので、これは宮本さんのねつ造ではないか?と疑われるほどでした。

馬喰(ばくろう)をしていた男の女性遍歴の語りですが、なぜか女にはモテた(懺悔も含まれる)、という話なんです。

結果、自慢話なのですが、自己分析も面白いのです。

「牛と女子(おなご)にだけは嘘をつかなんだ」

「牛と女子(おなご)の尻はなめる」

相手の宮本さんに、「あんたも、女子をかまったこと、ありなさるじゃろ?」と聞きます。そして、女子はどんなに身分が高かろうが、やさしさを求めているんだという意味のことを語るのでした。

何もない自分がなぜ女にだけはモテたか、真理をついていた自己分析といってもいいでしょう。
 
もうひとつ印象的なセリフがありました。

「百姓は石を金に換えてくれる」

という言葉です。

馬喰の話は牛をなんとか高値で売ろうとするので、嘘が8割くらいになってしまうのだそうです。ただ、牛を百姓に渡して育ててもらう、そうすると、百姓はいっしょうけんめいに育ててくれるので、牛の価値が実際に上がる。だから結果的に、馬喰の嘘は3割に減る。そんな内容です。

つまり優秀な百姓がいなかったら、馬喰としての生活は成り立たなかった。深いところで、男が百姓に感謝していたことを感じます。

そしてこの話を採取し、選択し、発表したという行為は、日本全国の百姓たちに対する、宮本さんなりの感謝や尊敬のメッセージでもあったのではないでしょうか。
 
 
 
【企画・会場】 日本茶喫茶「楽風」

さいたま市浦和区岸町4-25-12  電話 048-825-3910

http://rafu-urawa.com/
 
 
 
 
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2017/12/09

六本木・ストライプハウスギャラリーで開催の玉川麻衣さん個展「流転抄」

Dnb_drdvaaavdlv(『流転』 玉川さんのツイッターより)


玉川麻衣さんの狼の絵を初めて見たのは、今年7月に開催されていた「狼伝承と登る七ツ石山展」でした。

第一印象は、これはなんだ?!という驚きです。ペンで描いた細密画です。

玉川さんには怒られるかもしれませんが、あの鶴の恩返しの「つう」が、自分の羽を抜いて織物にしているような、心身を削って絵にしているような印象です。
 
 
六本木・ストライプハウスギャラリー
〒106-0032東京都港区六本木5-10-33-3F
Tel:03-3405-8108
 
 
今回のギャラリーには「野晒し」シリーズと、狼の絵が展示してありました。

玉川さんの言葉も掲げられていて、七ツ石神社や神社を護っている狼像のことに触れたあと、

  今回の狼図は、その狼たちを思って描きました。

  失われゆくもの、忘れられゆくもの

  崩れかけた狼像は大切なものを必死で守っているように見えたのです。

とありました。

「失われゆくもの、忘れられゆくもの」と聞いて、山形県高畠町にかつていたという高安犬のことを思いました。

「チンは高安犬としての純血を保っていた最後の犬だった、と私はいまもって信じている。」

という書きだしで始まる直木賞受賞作家・戸川幸夫の『高安犬物語』がありますが、高安犬に魅かれる理由を「亡びゆく種族への愛惜」と書いています。

高安犬も日本狼も滅んでしまったのですが、七ツ石神社の狼像は傷つきながらも、時代の流れに必死であらがっている姿にも見えてきます。

七ツ石神社へ向かう登山道が舞台になっているので、空間的なストーリーもあり、暗い異界へ分け入るわくわくする感じ、怖い感じ、にもかかわらず、矛盾するようですが、山の静けさの中にスーッと入っていくような心地よさも感じます。

絵に描かれた狼たちはまさに山の神の使いのようです。そして狼が玉川さんご自身の姿でもあるのでしょう。
 
 
 
 
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2017/11/23

今日は勤労感謝の日、昔は「新嘗祭」

171123_1(檜原村 大嶽神社(里宮))

171123_2(新嘗祭にお供えする新穀)


1948年(昭和23年)に制定された勤労感謝の日、11月23日という日は、昔は「新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)」の祭日でした。

宮中の神嘉殿では儀式が執り行われ、伊勢神宮にも天皇の勅使が派遣されいるはずです。

昨日、仕事の帰りに参拝した檜原村の大嶽神社の里宮でも、ちょうど宮司さんが、今日の新嘗祭の準備をしているところでした。

稲束や野菜や黒米や赤米など、今日の神事でお供えするものを社殿に運び入れていました。新嘗祭では、氏子が集まるわけでもなく、宮司さんが祝詞をあげるだけらしいですが。

「新嘗祭」は五穀(とくに稲)の収穫を祝う収穫祭です。飛鳥時代の皇極天皇の時代に始まったものでした。天皇が五穀の新穀を供え、自らもこれらを食して、その年の収穫に感謝するというものです。

旧暦11月の2回目の卯の日に行われていましたが、明治時代に太陽暦(グレゴリオ暦)に改暦して以降は、毎年11月23日に固定されて行われるようになりました。

それは、その年の「11月の2回目の卯の日」がたまたま11月23日だったので、翌年からもそのまま11月23日になったそうで、11月23日に特別な意味はないんですね。(もともとは旧暦だったし)

でも「新嘗祭」は、敗戦後GHQの占領政策で、天皇行事・国事行為から切り離され、一応表向きは「勤労感謝の日」になりました。天皇という精神的支柱を失わせ、日本人を団結させないためのアメリカの政策です。「勤労感謝の日」というのもアメリカから提案された名前だそうです。

稲に宿る精霊のようなもの「稲魂(いなだま)」を信仰する習慣とともに、収穫祭という意味で、中国南部に住んでいるミャオ族など少数民族にも初穂を捧げる儀礼のような、似た祭りは多くあります。カミに感謝し、収穫を祝うという農業民にはごく自然な行為なのですが…

(参考: wiki新嘗祭勤労感謝の日)
 
 
 
 
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2017/11/18

戌年イベントのDM。写真展『全国の犬像をめぐる』とスライドトークショー

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来年2018年は戌年です。なので、正月開け1月4日から30日まで戌年イベントをやります(DMには16日までとありますが延長されました)。

写真展『全国の犬像をめぐる』とスライドトークショー『全国の犬像をめぐったお話』です。

そのDMとチラシができました。

上に掲載したのがDMです。

チラシは、ギャラリー 楽風(らふ)のHP内にあります。こちらからpdfファイルをダウンロードできます。

まだ少し先の話なので、プリント作業には入っていません。もっと具体的になったら詳しく告知ページを作ります。

なお、このDMを置いてもいい、配ってもいいというギャラリーや施設関係者などいらっしゃいましたら、お送りしますので、メールください。

【企画】 日本茶喫茶・ギャラリー 楽風(らふ)
      さいたま市浦和区岸町4-25-12 電話048-825-3910
      http://rafu-urawa.com/pdf/s_aoyagi.pdf
 
 
 
 
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2017/11/04

【愛犬物語 其の二百四】 東京都立川市 もしダース・ベイダーが犬を飼っていたら?

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フロム中武での「七ツ石山展」を見た後、高島屋の方まで行ってみました。

このあたりに犬像があると、前から気になっていた情報があるからです。

立川駅北口、高島屋の駐車場への入口に犬像があります。他にもファーレ立川周辺には野外彫刻がたくさんありました。

調べたら、この犬像は、「ファーレ立川アート作品」の1作品だとわかりました。

作品紹介のページはこちらに載っています。

『無題』 ゲオルギー・チャプカノフ (ブルガリア)

犬像は、ブルガリア人の作家の作品だそうです。

ゲオルギー・チャプカノフは、社会主義リアリズムを代表するアーティストの一人で、いろんなものを造っていますが、工業廃棄物を利用したスクラップのオブジェなども造っているそうです。

解説文を読む限りでは、立川の鉄屑屋から、昔使われた農機具の残骸を集めて造ったものらしい。犬のフォルムは犬らしいのですが、金属の尖った部分が気になります。黒いので、もしダース・ベイダーが犬を飼っていたらこんな犬だったと思えるような犬像です。

田町のビル前に置いてあるフェルナンド・ボテロの「DOG」、グランちゃんとは違います。こちらは丸々としていて、対照的な犬像です。

このダース・ベイダーの犬像だけでこのアーティストの評価をしてはいけないのでしょう。彼の作品は他にもあります。「羊」です。

犬像と同じように黒い像で、同じく、鉄屑で造ってあるようです。ダース・ベイダーが飼っていた羊、といった像です。

1体だけではよくわかりませんでしたが、何体か見ているうちに、アーティストの「味」が感じられるようになりますね。嫌いではありません。

ファーレ立川周辺は、野外作品の置いていある空間を楽しむには、いいところです。アート作品の横で、親子がベンチに座ってお弁当を食べていたりしました。
 
 
 
 
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2017/10/29

【愛犬物語 其の二百三】 山形県鶴岡市 忠犬ハチ公像の石膏試作品が鶴岡市に来た奇跡話

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171029_2(鶴岡駅内、忠犬ハチ公石膏像の展示)

171029_3(忠犬ハチ公石膏像)

171029_4(斎藤弘吉さんの肖像写真)

171029_5(三條美紀さんの肖像写真)

171029_6(藤島ふれあい広場の忠犬ハチ公像)


渋谷の忠犬ハチ公を有名にしたのは、斎藤弘吉さんでした。斎藤さんが昭和7年10月4日、東京朝日新聞に寄稿した「いとしや老犬物語、今は世になき主人の帰りを待ちかねる7年間」という記事が反響を呼び、無名の犬は、一躍有名犬になり銅像にまでなったのでした。

そして、この斎藤さんの故郷が山形県鶴岡市なのです。

明治32年生まれの斎藤さんは東京美術学校(現東京芸術大学)に進学しました。昭和3年、日本犬が絶滅の危機にあることを知って日本犬保存会を創立、昭和23年には日本動物愛護協会を設立し理事長として活躍しました。

現在鶴岡市のJR鶴岡駅の構内に忠犬ハチ公の石膏像と、藤島城址そばの藤島ふれあい広場には、忠犬ハチ公像が置かれています。

なぜでしょうか?

普通に考えれば、「忠犬ハチ公を有名にした斎藤さんの故郷だから」とj答えるのは自然のことでしょう。俺もそうだと思っていました。

ところが、答えはブブーッです。違っていました。

これがまったく不思議な話なのです。偶然が偶然を引き寄せ、斎藤さんと忠犬ハチ公の石膏像が奇跡的に鶴岡市で出会うことになったのです。

「奇跡的に」と書きましたが、すべては偶然です。でも、この偶然に意味を見出し、そして面白いと思った人物がいます。その人物が「奇跡」を生み出したと言ってもいいのかもしれません。

この奇跡に気が付いた人物は、市内で薬屋を営む薬剤師 高宮宏さんです。高宮さんを訪ね、石膏像が鶴岡にやってきた経緯を伺いました。

話は敗戦直後にさかのぼります。

渋谷駅前の忠犬ハチ公像は、戦時中金属供出されたので、今あるのは2代目です。1代目を造ったのは安藤照さん。そしてその息子である安藤士さんが今の2代目を造ることになりました。

士さんの自宅は空襲で焼失したので、被害を免れた別の家を借りて造ったのが試作品の石膏像です。1947年(昭和22年)のことです。

でも、士さんは気に入らなかったので、それはそのままにして、再建された自宅アトリエで、少し大きめの次の試作品を造りました。これが現在の渋谷の像の元になりました。

その後、この借家を買ったのが女優 三條美紀(本名 佐藤幹子)さんです。残されていた家財道具の中にこの試作品の石膏像もありました。

石膏像はそのまましばらく三條美紀さんの家に置いてありましたが、東栄村(藤島町を経た後に鶴岡市)出身の、俳優で大映の部長も務めた彼女のお父さん、佐藤圓治さんがこれを譲り受け、今度は彼の同級生であった湯野浜の佐藤新五郎さんが譲り受け、冨士屋旅館のマスコットとして大切にされました。

そして20数年、月日は流れ、冨士屋旅館が廃業することになりました。藤島町に住んでいた土建会社の会長 太田角之助さんには骨董趣味があり、廃業した冨士屋旅館からこの石膏像を譲り受けました。

太田さんが保管していましたが、1985年(昭和60年)、藤島町役場竣工記念として、太田さんはこれを町に寄贈したのでした。なので、しばらく藤島町役場庁舎に展示されていました。

2005年10月1日に、合併によって藤島町は鶴岡市になりました。このことも大きな偶然と言えるでしょう。合併がなかったら、「鶴岡市」ではありませんでした。

像の台座に「士1947」と刻んであるのに気付いた高宮宏さん。「これは忠犬ハチ公の試作品ではないか」と思い、実際、安藤士さんにも連絡し確認したところ、士さんが造った石膏像であることがわかったということです。

2006年(平成18年)11月3日には、「鶴岡ハチ公像保存会」が設立されました。初代会長が高宮さんです。

藤島ふれあい広場の忠犬ハチ公像の除幕式には、作者の安藤士さんも招待されて出席したそうです。

このようにして石膏像が鶴岡市にやってきた、という話です。偶然て、面白いですね。
  
 
 
 
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