カテゴリー「文化と芸術について」の41件の記事

2017/07/09

「狼伝承と登る七ツ石山展」

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赤坂・ドイツ文化会館での「狼伝承と登る七ツ石山展」へ行ってきました。

これは丹波山村の七ツ石山にまつわる古い伝承(将門伝説)や狼信仰について、ペン画、水彩画、写真、お札・古文書のコピーなどの資料を展示して紹介したものです。

「狼」で検索したネットの情報で伺ったわけですが、とても興味の魅かれる催し物でした。ちょうど今回の写真・企画を担当した写真家の佐治多さんが会場にいて説明をしていただきました。

佐治多さんが撮影した七ツ石神社の写真には見入ってしまいました。社殿が傾き、今にも崩壊寸前で、それを一本の柱が支ええているような姿です。

社殿前の石像も片方は形がわからず、もう片方も崩壊寸前です。この前飛騨高山周辺で見た「はじめタイプ」の狛犬のようで、奉納された年代はかなり古いものだと思われます。

ところで、展示されていた古文書によると、この神社は三峯神社の奥宮だったようなことが書いてあります。本当に奥宮だったのかはわかりませんが、少なくとも、三峯神社とはかかわりがあり、この像もご眷属の狼像であることがわかったそうです。

「なんでこんなところに?」と思ってしまうのは、山の下の里で暮らし、自動車道路が便利だなと思い込んでいる現代人だからであって、考えてみれば、昔は雲取山を中心に、南北を結ぶ道だったわけで、むしろこの道が人と情報を運んだメインの街道と言ってもいいのかもしれません。だからこの神社の存在価値も大きかったはずです。

玉川麻衣さんの描いた狼の絵もすばらしいですね。鬼気迫るものを感じます。玉川さんは狼を生物学的な狼ではなく、むしろ信仰の対象として(つまり「ご眷属」「お犬さま」として)描いているようです。昔の石工が信仰の対象としてお犬さまの石像を造り上げたと同じようなものを絵から感じました。

今、神社の再建の計画もあるそうです。崩壊寸前の姿も迫力がありますが、新しい狼信仰(山岳信仰)・山の安全を見守ってくれる神社として再建されることを期待しています。

そのうち、七ツ石山に登ってみようと思います。
 
 
 
 
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2017/07/01

【愛犬物語百景 其の百五十五】 埼玉県志木市 弥生時代の犬像?

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道路拡張の区画整理の時に出てきた「西原大塚遺跡」で、ある土製品が、平成7年度に発見されました。

それは志木市埋蔵文化財保管センターに展示されている「動物形土製品」と呼ばれるものですが、本のあとがきにも書いた通り、今「犬像病」なので、俺の目に、これは「犬」とか「狼」にしか見えません。

管理センターのスタッフによると、以前は「弥生の犬」と呼んでいたそうですが。学問的にまだ「犬」と確定していないので、正確を期すために今は「動物形土製品」と呼んでいるそうです。

もしこれが「犬」だとすると、全国でも土製品としては唯一の資料(弥生時代では?)になるようです。両耳は立っていて、巻尾で、口までちゃんと表現されています。小型犬のようです。

遺跡は弥生時代後期から古墳時代前期のものです。この犬と思われる土製品は、1軒の住居の床から発見されました。

発見場所は特別変わった場所ではなく、何かの副葬品というのでもないようです。だから用途もわかりません。(ちなみに、隣に鳥形の酒器らしい土器が展示されていましたが、これは墓から出土した副葬品だったらしい)

不思議です。てっきり犬像は、いろんな遺跡からたくさん出土しているものとばかり思っていたので。

その勘違いは、埴輪を多く目にしていたところから来ているのかもしれません。6世紀ころの古墳時代に出土した犬埴輪を見ると、立耳巻尾です。

どうして弥生時代に犬の像がないのか。縄文時代に、犬は狩猟に用いられましたが、弥生時代になると、食用にもなっていたそうです。

ただ、少なくともこれは食用になった犬ではなく、動かしたり、置いたりして遊ぶ玩具だったのではないでしょうか。お守り、ということも考えられます。

それともアート作品だったのでしょうか。多種多様なスケール感の面白さを追求するBIG ART、SMALL ARTというのがあります。実物より、大きかったり、小さかったりするだけで、面白さを感じるのです。特に小さいものに対しては、可愛らしさや、「守ってあげたい」的な母性本能をくすぐられます。

現代でも、箱庭療法として、砂場にミニチュアの人形や動物を置いて自己表現することで、精神的な安定や安らぎを得る、ということも行われています。

これはミニチュア玩具、フィギュアのルーツであるかもしれません。
 
 
 
 
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2017/06/01

細川護熙氏作『棚田の四季』展の内覧会レセプション

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細川護熙さんが描いた壁画のお披露目会、『棚田の四季』展の内覧会レセプションへ行ってきました。

細川さんや主催者であるプレナスの社長のあいさつの後、壁画がお披露目されました。

『棚田の四季』は、春夏秋冬の棚田の風景や祭りの様子が、2m×1mの大きさの和紙60枚を使って描かれています。下から見上げると、すごい迫力です。

壁画の裏側を周るようにスロープで2階まで上がって、今度は見下ろします。

このイベントでは、NPO棚田ネットワークと青柳も協力しています。青柳撮影の、棚田の写真8点も展示されています。その中には姨捨棚田の「田毎の月」の写真もあります。

細川さんと少し話ができました。昔、どこか違う目的地へ向かっていたとき、電車を乗り過ごして、姨捨まで来てしまい、駅で友達と将棋をさしながら一晩過ごしたことがあるそうです。月の夜だったらしく、知らず知らずのうちに、姨捨の「田毎の月」を見ていたということになるのではないでしょうか。

それから何年か後、今度は絵を描くために姨捨を訪ねました。ただ、今回の壁画に描いた棚田も、祭りも、具体的なモデルはなく、すべて細川さんのイメージだそうです。細川さんの心象風景ですね。

俺は特に、祭りの部分が好きです。何人描いたかわからないくらい大勢を書き込んだと言っていましたが、祭りの楽しそうな雰囲気が伝わってきます。

風景の中に、この人間の営みが入ることで、より棚田の重層的な文化が感じられるのではないでしょうか。

ところで、最近は陶芸よりも、画家としての仕事が多くなってしまったそうです。

テーブルにはカラフルなおつまみや料理が並びましたが、「熟成牛のローストビーフと香の物のライスロール」、「あさりと枝豆の炊き込み手毬おにぎり」、「グラス仕立ての海鮮ミルフィーユ」など、棚田のイベントにはふさわしい、ご飯を使った料理も提供されました。

一般公開は、今日、6月1日からです。
 
会期: 2017年6月1日~4日  11:00〜20:00  入場無料
会場: スパイラルガーデン(スパイラル1F)
     東京都港区南青山5-6-23 TEL.03-3498-1171

『棚田の四季』公式HP
 
細川護熙氏公式HP
 
 
 
 
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2017/05/01

太鼓アイランド20周年記念『打っ手歓暦2017』公演

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Tomida


太皷打ち、富田和明さんが主宰する太鼓アイランド20周年記念『打っ手歓暦2017』公演が昨日行われました。

会場は、東京都江東区のパルシティ江東レクホール。一段高くなった舞台ではなく、お客さんと同じ床での演奏なので、より親近感がわき、とても暖かい雰囲気の公演となりました。

富田さんの思いがこちらのブログ「打っ手歓暦2017終わりました!」に書いてあります。

富田さんも歓暦(還暦)を迎えました。と、思ったら、なんと、これから『浜から島へ~富田歓暦歩き打ち2017』と銘打って、東京から自身の故郷、淡路島まで約635kmを歩くそうです。

富田さんは18歳の時、1975年4月、淡路島から横浜に上京してきましたが、太皷芸能生活40周年を記念して、その路を辿って還る、歩き打ちです。

5月21日には、成田山深川不動堂で、朝9時からの護摩祈祷を受けたあとに出発します。

深川不動堂(地下鉄 門前仲町駅から徒歩5分)は、富田さんが長くお世話になっているお寺で、1日5回お護摩祈祷のときに打ち鳴らされる太鼓と読経は圧巻だそうです。時間のある方は、お見送りしたらいかがでしょうか。

そして静岡、名古屋、京都、明石を経由して、6月18日には、淡路島洲本市市民交流センター『ビバホール』で、淡路打ち上げコンサートが行われます。

自分の二本の足で、大地を打ちながらの歩きだそうで、大地はどんな響きかたで富田さんに答えてくれるのでしょうか。

以前、俺も旅は、白いキャンバスの上に軌跡を描く絵画(アート)のような感覚だと書きましたが、富田さんの場合、絵画という視覚芸術というよりは、二本の足で大地を響かせる音の芸術作品と言ってもいいかもしれません。そこはやはり長年太鼓打ちとして生きてきた富田さんの真骨頂といっていいのだと思います。

それにしても、このバイタリティには頭が下がる思いです。

『浜から島へ日記』を毎日配信するそうで、興味のある方は、富田さんのHPをご覧ください。
 
 
 
 
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2017/04/21

細川護熙作『棚田の四季』展、2017年6月1日〜4日

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元総理大臣の細川護熙さんが描いた壁画『棚田の四季』のお披露目会が開催されます。

『棚田の四季』展は、「ほっともっと」や「やよい軒」などの事業を展開している株式会社プレナスが、「プレナス米文化継承事業」として開催するイベントです。

先日、東京オフィスに飾られた『棚田の四季』を見せていただきました。春夏秋冬の棚田の風景や祭りの様子が、2m×1mの大きさの和紙60枚を使って描かれています。

大きな絵なので、下から見上げると首が痛くなるほどで、むしろ、2階から見下ろした方がゆっくり鑑賞できるほどの迫力ある絵でした。

このイベントでは、NPO棚田ネットワークと青柳も協力します。棚田とは?という基本的な情報等も紹介されます。そして青柳撮影の、棚田の写真8点も展示される予定です。(上の写真はその中の1点、長野市塩本の秋の棚田です)


会期: 2017年6月1日~4日  11:00〜20:00  入場無料
会場: スパイラルガーデン(スパイラル1F)
     東京都港区南青山5-6-23 TEL.03-3498-1171

『棚田の四季』公式HP
 
スパイラルの『棚田の四季』展の告知ページ

 
 
 
 
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2017/02/21

【愛犬物語百景 其の百十六】 東京都新宿区 稲荷鬼王神社の犬像

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新宿区歌舞伎町に鎮座する稲荷鬼王(いなりきおう)神社へ寄ってみました。東新宿の駅を出てすぐ、中国人からも大評判(反対の意味で)のアパホテルの近くにあります。

境内には1対の狛犬が鎮座していますが、不思議な姿です。こういう姿の狛犬を見たことがありません。オオカミ像らしいのですが。前足の後ろ側にひらひらが付いていて、翼のようにも見えます。まさか「羽犬」ではないでしょうが。

ガラス張りの近代的ビルを背景に鎮座する犬像は造形的にもすばらしいですね。『愛犬物語 パート2』ではぜひ載せたい犬像です。

なお、この神社では湿疹・腫物その他病気平癒に御利益がある「撫で守り」を授与しています。また、鬼を春の神とみなして、節分の豆まきでは、「福は内、鬼は内」と唱えるそうです。

表通りに面して、新宿区指定有形文化財の「石造の水鉢」があります。しゃがんだ鬼の頭に、大きな手水鉢を乗せた姿をしています。これも見どころ。
 
 
 
 
 
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2017/02/11

「犯罪」と「自己表現(アート)」は紙一重。松本伊代と早見優の場合は?

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昔、「ゴミタワー」を「創作」したオヤジという記事をアップしました。

「犯罪」と「自己表現(アート)」は紙一重のところがあるという意味で書いたものでした。

でも、これを書いたのはほぼ10年も前です。世の中変わりました。「犯罪」と「自己表現」は紙一重どころか、「犯罪」を「創作」する人間まで現れるようになっています。

昨日、あるデザイン系の学校でいっしょだった友人の絵描きと話をしていたら、当時、三越のライオン像を金色に塗った男は、俺たちの同級生だったという話を聞きました。

その男を俺は覚えていませんが、友人によるとそういうことをやった尖がった男だったというのです。この事件は新聞記事になったそうですが、たいして話題にもなっていないと思います。俺も知らなかったし。

昔の「自己表現」はそんなもんだったんですね。今ならどうでしょうか。写真がSNSにアップされて、瞬く間にトップニュースにもなった可能性があります。もしかしたら、金色に塗った男がネットに動画をアップして炎上していたということもあるでしょう。

自分の「犯罪」をアップすることは、「自己表現」の延長線上にあるのでしょうか。10年以上前なら、ある意味「YES」だったかもしれません。

最近は事情が変わって来たのです。たぶん最近自分の犯罪行為をアップしているのは、成行きで、ということもあるんでしょう。ウケるから、より刺激的なものへと変わっていくというケースもあるはずです。あまり、この行為がどういう影響を与えるのか、わからないままにアップしているのが多いのではないかなと。

若者ばかりではありません。最近は、松本伊代と早見優が線路内に立ち入って写真を撮り、自慢気にアップして問題になっています。社会的に影響力のある人間も、こんな風なことをやってしまうのが現代です。(それにしてもこの件以外でも、こういう「犯罪」を探し回っている暇なやつがいるんでしょうね。俺はむしろこっちが気持ちわるいんですが) 彼女たちを笑うことはできません。

「ネットを使いこなす」などというイメージは嘘ですね。ハサミを振り回している赤ちゃんと同じです。だから怖いとも言えるのです。怖さを知らないからです。赤ちゃんが振り回すハサミがどんなに危険か。本人を傷つけることはもちろん、他人を傷つける可能性もあります。ネットはまだ人間が管理できる完全な道具にはなっていません。

でも、ここまで書いてきて、結局、俺はどっちなんだ? と疑問に思ってしまいます。

俺も正直言えば、ぎりぎりのことはやっているし、微罪かもしれないですが、違反もしています。でも、それを「自慢」する勇気はありません。なるべくバレないようにしているつもりです。でも、自分の気が付かないところで(無意識で)、「自己表現」してしまっているのかもしれませんが。

社会状況、ネット環境が違ってきたので、一概には言えませんが、やっぱり、「自己表現」へ向かうパッションの源泉は昔と何も変わっていないんだろうなと思います。

「やりたくなる」気持ちは同じなのです、昔と。道徳や慣習や法律や倫理にとらわれずに行なうこと。その破壊力が、世の中を変え、前進させていることもあるからです。

逆に言えば、道徳や慣習や法律や倫理に囚われ(それが正しいと信じて)、そこから一歩も出ないとしたら、それこそ問題なのではないかと(まぁ、そんな人間いないでしょうけど)。そんな世の中は、窮屈で生きている実感がわきません。微妙なところがわくわくするんですよね。
 
 
 
 
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2017/02/08

岡山市の桃太郎像にニット帽やマフラーが物議?

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170208_2(東京都麹町 甲斐犬像)


岡山県の桃太郎像が、ある騒動に巻き込まれています。

Yahoo ニュース:
冬のももたろう像に衣類 賛否は 岡山市「何もせず見守って」

それは市内にある桃太郎像に、ニット帽やマフラーが巻かれることがあり、それが許されるか、許されないか、というものです。一応、市の対応として、通報があったら、取るようにしているようですが。

俺も『愛犬物語』のために岡山市へ行きました。桃太郎に従っている犬像があるからで、今準備中の書籍でも桃太郎と犬像は取り上げています。だから一言、思いを書いてみます。

この問題は、像をどう考えるかで変わってくるのではないでしょうか。

「アート」と考える人は、作品のオリジナル性や芸術性から、よろしくないと考えるだろうし、一方、「現代版お地蔵さん」と考える人は、寒そうだからニット帽やマフラーを巻いてあげようという気持ちの問題があります。

ただ、誰でも見れる、触れる公共の場所に立っている像は、すでに製作者や設置者の思いを離れ、みんなのものと考えた方がいいのではないかと個人的には思います。

「これをアートとみるべきだ」とか「お地蔵さんとみるべきだ」というのは、それこそおせっかいなことで、みんなそれぞれ自由に接すればいいことでしょう。俺はどちらかというと、問題の像に関しては、「お地蔵さん派」ですが。

東京都麹町に「甲斐犬像」があります。こちらも、時々、お金がお供えされたり、ネックレスを掛けられているそうで、みんな頭を撫でるのでてかてかに光っています。でも、この像を見て、そして、像を建てた関係者に話を聞くうちに、現代版のお地蔵さんだなと思ったのです。

犬像が地域の人たちを見守り、また、地域の人たちから犬像が見守られ、お互いに育っている感覚が、いいなぁと思いました。

アートって、そんなかしこまって、崇高で、敷居が高いものなんでしょうか。違うと思うんですけどね。もっと身近でいいと思います。

ただ、以前、明らかにいたずらされたという経緯を考えれば、桃太郎像の管理者として、ニット帽もマフラーも取らざるを得ないのもわかります。

だからニット帽やマフラーも、心の中でかけてあげればいいのではないでしょうか。それで思いは伝わると思います。
 
 
 
 
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2017/02/02

山形の実家で縄文時代へタイムトリップ

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私用で山形の実家に行ってきました。

先日の大雪は少し融けて、思ったほどの雪は積もっていませんでしたが、でもやっぱり雪国です。今朝はふたたびけっこうな雪になっていました。

実家で飼っているのは猫。俺も子供のころから猫好きでしたが、今は、どちらかというと犬好きになってしまったかもしれません。

実家のツバキは、6歳くらいでしょうか。顔はそうでもないですが、腹が出ていますね。

ところで、昔の俺の部屋をいろいろ物色していると、「沢畑 お月山古土器 昭和四十七年」と書いた箱を発見しました。

思い出しました。これは14歳の時に「お月山」という縄文時代の遺跡や、他の遺跡から見つけた土器や石器です。

お月山遺跡が大学調査が終わったあとに、友達と行ったらまだ遺物が落ちていたので拾ってきたものでした。

その後、土器と石器というものが気に入って、図書館の郷土誌から遺跡の場所を探して、いろいろなところへ行って、崖の中から見つけたものもあります。「トレンチ」の掘方なども調べて、将来は考古学者になろうかなどとも思ったくらいです。

実家は河北町の谷地というところですが、地名「谷地」でわかるように、昔は湿地だったようです。遺跡は、山際にあるので、湿地との境に縄文時代の集落は点在していたのでしょう。

土器や石器が実際崖から顔を出しているところなどを見ると、子どもながらに不思議な感覚と、古の時代へとタイムトリップする快感を覚えました。

これは2段階のタイムトリップですね。1段目は、現在から44年前へ。2段目は、縄文時代へ。

黒曜石や水晶の矢じり、縄文土器の渦巻き状の装飾部分には感動します。それを実際手に取った時、何千年前の縄文人が、同じように手にもっていただろうことを想像するとぞくっとしますね。

文字がなかった時代からのメッセージは、「形」にこそ表れるということでしょう。

現在が過去と遺物でつながる瞬間です。
 
 
 
 
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2017/01/02

2017年の「鳥」と2018年の「犬」が合体したような「羽犬」像

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2017年は酉(鳥)年ですが、2018年は戌(犬)年です。

福岡県筑後市には、「羽犬」像があることはすでに【愛犬物語】でも紹介しました。

羽犬とは、2017年の「鳥」と、2018年の「犬」が合体したような翼を持った犬ですが、これには伝説がふたつあって、ひとつは「悪犬伝説」ひとつは「愛犬伝説」です。

秀吉も信長同様、鷹狩りを好んだそうで、鷹狩用の犬である「鷹犬」は「御犬」と呼んで大事にされましたが、反対に、野犬は殺されて鷹の餌にされたという話があります。犬の運命は天国と地獄の、両極端の開きがあったんですね。そういった犬の祟りを恐れて供養したのかもしれません。

心理学者・大場登著『精神分析とユング心理学』には、神話について、

「その国・その文化圏の人々の心が一致して「受け入れてきた」、その意味で個人を超えた、文化的、あるいは普遍的な「世界観」の表現とみることもできる。人々の心によって受容されないものが歴史を超えて残り続けることはほほとんどありえない」

と言っています。伝説は神話より、もっと具体的な物語ですが、残り方としては同じでしょう。

伝説に、「悪犬」と「愛犬」という一見矛盾するような2つの伝説が同時に伝わっていることも、人間の心の葛藤をそのまま表しているような気がします。「野犬」と「鷹犬」の、あまりにも両極端な2つの犬の立場そのものが伝わった結果なのかもしれません。

とにかく史実はどうであれ、羽の生えた犬というユニークな動物を生み出した人々の発想に驚くし、面白いなぁと思います。

古くは鷹狩自体を「鷹犬」と呼んでいるケースも多くあるそうで、鷹狩では「鷹」と「犬」は切り離せないものだったようです。

空に飛び上がるような犬の像はまさに羽の生えた鳥と犬が合体したような姿で、「羽犬」はまさに「鷹犬」そのままではないかと思うのですが。

これが偶然にも、2017年と2018年の干支が合体したような姿になっています。
 
 
 
 
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