カテゴリー「日本最古シリーズ」の21件の記事

2016/11/28

2016年初冬撮影旅(04) 静岡県熱海市から函南町、そして三島市へ

161128_1_2(熱海市 市外通話発祥の地)

161128_0(函南町 畑毛温泉 富士見館)

161129_1(三島市 楽寿園)

161129_2(三島市 楽寿園)

161129_3(三島市 楽寿園)


天気予報では「晴れ」だったはずですが、熱海は小雨交じりの雨が降っていました。

今回の熱海の一番の目的は、大湯間欠泉跡に建つオールコック(イギリスの初代駐日総領事)の愛犬「トビー」の墓碑です。

その隣に建つのが、この電話ボックス。「市外通話発祥の地」だそうで、せっかくなので「日本最古シリーズ」に入れようと思います。

政治家や政府高官など熱海に保養や会談にきていたため(前都知事舛添氏を思い出してしまいますが)、東京ー熱海間に電話線が敷かれ、明治22年1月1日に開通しました。

これは日本最古のボックス公衆電話を模して復元したものだそうです。

ネットで調べたら朝風呂もやっていたので、熱海から山越えして函南町の畑毛温泉「富士見館」へ。湯船は3つあり、ぬるめ、中間、熱めがあります。午前9時でしたが俺ひとりだけ。のびのびできて良かったです。

そして三島市へ。

圓明寺にある「孝行犬の像と墓」。これは日をあらためてブログに書きます。

三島は富士山からの湧水が潤す美しい街です。楽寿園は菊祭りの最中でした。

三嶋大社にも行きましたが、ここは「旧暦」と大いに関係のあるところだということを、ここに来て気が付きました。なので、三嶋暦について、明日あらためて書きます。
 
 
 
 
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2016/11/05

【愛犬物語百景 其の五十四】 大阪府堺市 樺太犬の慰霊碑

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大阪府堺市の海に近い大浜公園を訪ねました。めちゃくちゃ暑い日でした。

堺旧港南波止場には日本最古の木造洋式灯台である「旧堺燈台」があります。明治10年に築造された高さ11.3mの六角錘形の白亜の灯台です。国指定史跡になっています。

またこの公園には、「樺太犬の慰霊碑」があります。

「南極物語」について簡単に説明すると、

昭和33年2月、初代南極観測船「宗谷」が流氷に阻まれて、動きが取れなくなりそうになり、ヘリで、昭和基地の隊員を救出することになりました。この時点では、すぐに第二次観測隊が来ることになっていたので、昭和基地にいた犬係の北村泰一さんは、犬ぞり用の樺太犬15頭の首輪をきつく締め、鎖につなぎ直しました。

でも悪天候によって、交替の第二次観測隊は来ないことが決定。残された犬について、隊員は、連れてこれないなら、いっそ殺しに行かせてほしいと頼みましたが、事態は深刻で、それもかないませんでした。北村さんたちは泣く泣く犬を置き去りにせざるをえなかったのです。

日本に帰った彼らは、「なぜ犬を見殺しにしたのか!」と大バッシングを受けます。北村さんも自責の念にかられて精神的にも肉体的にもかなり参ったといいます。

「樺太犬の慰霊碑」は、このとき南極に置き去りにされた犬たちを慰霊するために建てられたものです。

15頭の群像ですが、第一印象は、悲しい群像だなと思いました。とくに後姿には悲しさがあふれています。説明書きを読んでなるほどと思いましたが。

昭和33年に設置されたときに埋め込まれたプレートには、

「昭和三十二年二月十五日より昭和三十三年二月十一日まで南極観測隊 第一次越冬隊に協力した樺太犬の霊の為に 昭和三十三年七月六日 第一次越冬隊 隊長 西堀榮三郎」

そして、コンクリート像から、現在のこのブロンズ像に作り代えられたのが昭和62年のことです。

「このカラフト犬慰霊像は昭和33年7月に南極地域観測隊の第一次越冬隊(S 32.2.15~S 33.2.11)に協力した15頭のカラフト犬の霊を慰めるため堺市在住の獣医で彫刻家岩田千虎氏が別れを惜しみながら立去って行く越冬隊員に向かって遠吠えを続けている姿をコンクリートの像に仕上げ 市に寄贈され 当時水族館の南側遊園地に設置されたものですが 像の風化が著しくなったので このたび原型像に忠実にブロンズの像に復元制作したものです 昭和62年3月31日 堺市公園部」

犬たちの姿は「別れを惜しみながら立去って行く越冬隊員に向かって遠吠えを続けている姿」なのですね。だから悲しいのです。

昭和33年7月ということは、第3次南極観測隊がタロ、ジロと再会するのは昭和34年なので、まだタロ、ジロが生きていることはわからなかった時です。だから、全頭亡くなったと思って、この慰霊碑は作られたのです。「どうして犬たちを置き去りにしたんだ?!」と、日本中から大バッシングを受けていた、その抗議の嵐の真っただ中で建てられた慰霊碑であったようです。

そういえば、慰霊碑の除幕式の時、犬係のひとりであった菊池徹さんが、犬たちの名前を1頭づつ読み上げていったとき、最後の2頭だけは、どうしても名前が思い出せなかった、その2頭がタロとジロだったというエピソードがありますが、もしかしたら、この慰霊碑のことだったのではないでしょうか。

と、思って調べてみました。するとやはりこの慰霊碑の除幕式での出来事だったようです。

この除幕式に参列した第1次越冬隊員は、西堀栄三郎氏、菊池徹氏、藤井恒男氏の3名だったとのことです。

菊池さんは13頭の犬の名前を読み上げましたが、突然絶句してしまいました。どうしてもあと2頭の名前がでなかったのです。それで「やすらかに眠れ」と結んだそうです。

このエピソードは、心理学の教材にもなっているという話は以前書きました。

フロイト的に解釈すると、菊池さんは犬係として15頭の犬たちの微妙な違いを意識的にも、無意識的にも把握していて、「特別生命力が強かったタロ、ジロが死ぬはずがない」という気持ちが、名前を忘れさせた(名前を言いたくなかった)ということのようです。

また同じ犬係であった北村さんが見たのは南極大陸を走っている2頭の樺太犬の夢で、それは翌年正夢になったわけです。

両方とも不思議な話です。それだけ菊池さんや北村さんの犬たちに対する愛情の深さを表すエピソードでもあるし、追い詰められた人間心理のエピソードでもあると思います。

ところで、現在では生態系保護のため、南極には、外来の生物(犬など)を持ち込むことはできないそうです。
 
 
 
 
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2016/10/31

日本最古の高架橋「紅梅河岸高架橋」と日本最古の交番「西仲通り交番」

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日本最古シリーズ。今日は、「高架橋」と「交番」です。

まず高架橋から。

それは住所で言うと、東京都千代田区神田淡路町にあります。JR御茶ノ水駅と、神田駅の間ですが、「紅梅河岸高架橋」と名前がありました。昌平橋のところです。

高架橋の下は、すべて飲食店になっていました。おしゃれな感じでいいですね。ちゃんと数分おきにこの上を電車が通過していきます。電車が通るときはうるさいかもしれませんが。

レンガ造りの壁面はかなり老朽化しているようですが、上の方を見ると、装飾が残っていて、なかなか味があります。補強はされているんでしょうが、このままの形で残してほしいですね。個人的には。


日本最古と言われる交番は、月島のもんじゃストリートの中ほどにありました。レトロなデザインなのですぐわかりました。道の中に建っているので、電車のようにも見えます。

現在は、「月島警察署 西仲通地域安全センター」となっています。今は交番ではないようです。ただ警察OBの方がちゃんと常駐していて、地域の治安を守ってくれています。

中には、解説文が掲げられていました。

「みなさま方へ  月島警察署の前身である「京橋月島警察署」に、大正10年(1921年)頃には5つの巡査派出所が設置されていましたが、この「西仲通り交番」はその中の1つとして最も繁華な場所の守りを担当していた交番です。しかし、その構えが木造の簡素な建物であったことから、大正15年7月15日(1926年)に現在の鉄筋コンクリート造りに改築されたものであり、警視庁最古の現役交番です。」

と書いてあります。

「大正15年7月15日(1926年)」と「警視庁最古の現役交番です」の部分が大きく赤字になっています。「日本最古」とは書いてなく「警視庁最古」とあります。

OBの方に「警視庁最古ってありますが、日本最古ではないんですか?」と聞いてみました。すると「わかりません。私は警視庁外で勤務したことがないもので」という、かなりまじめで正確な答えでした。

ネットで「日本最古の交番」と検索すると、やっぱりこれが出てきます。

「大正15年に作られ、平成19年に交番が廃止されるまで、日本最古の交番であった」というのは間違いなさそうです。

もんじゃ焼きを食べに来た客なのか、70歳くらいのおじさんが、俺が写真を撮っていると話しかけてきました。

おじさんは五反田の人でした。五反田は、五反田という地名からもわかるように、昔は田んぼだったそうです。人が集まり出したのは、特に関東大震災以降。だから五反田は新しい街ですとおじさんは言いました。土門拳の助手だったか人と知り合いだとかなんとか。だから写真に興味があるようでした。

「これは日本最古の交番らしいですよ」と教えたら、「いいことを聞いた」と言って、自分でも写真を撮り始めました。
 
 
 
 
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2016/10/26

2016年秋の撮影旅(36) 日光金谷ホテルと四万温泉積善館

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栃木県の日光金谷ホテルは、現存する日本最古のリゾートクラシックホテルで、群馬県の四万温泉積善館は、日本最古の木造温泉建築です。

今回の撮影旅はいくつかのテーマを同時進行でやっていました。「犬像にまつわる愛犬物語」、「棚田を含む文化的景観」、そして「日本最古シリーズ」です。

金谷ホテルと積善館もそれに含まれるからですが、意外と「日本最古」という言い方は難しいのです。たとえば「灯台」を例にとると「日本最古の灯台」と「日本最古の和式灯台」と「日本最古の木造の灯台」は微妙に違っているからです。形容詞を付ければ、どんなものも「日本最古」になってしまうということでもあります。曖昧さが残るのです。

ただ目的は歴史学的な研究ではないし、ある程度古いものは、歴史と人に磨かれ、それなりに美しい存在です。そしてそこに写真の意味もあります。だから一応正確には「最古と言われている××××」と言ったほうがいいのかもしれませんが。

金谷ホテルの開業は1873年です。登録有形文化財、近代化産業遺産に指定されています。(Wiki参照)建物の裏側に周ると、庭園があって、山も見えます。客室からは何人もの宿泊客が、朝の風景を撮っていました。

ホテルから国道に降りたところに、世界遺産に含まれる赤い「神橋」があります。

日光から四万温泉には、いろは坂、中禅寺湖を通って、沼田市へ抜けたのですが、平日にもかかわらず、紅葉がすばらしい季節なので、たくさんの観光客がいました。

ヴィーノが突然騒ぎ出したので何かな?と思ったら、日光では有名な野生の猿たち。匂いでわかるんですね。見えてないはずだから。

四万温泉積善館本館は、現在修復中で、玄関を含めた外観の写真は撮れませんでしたが、中を見学できました。

各部屋は4畳くらいでしょうか。今の宿泊施設を考えると狭いなぁというのがありますが、でも、レトロな雰囲気がステキです。トンネル状の廊下もありました。まるで坑道のような不思議な廊下です。

温泉の商店街を歩いていると、「焼きまんじゅう1串200円」の文字が。おばさんが炭火で焼いてくれます。味噌を塗って焼いてあるものです。「焼きまんじゅう」は初めて食べました。

有名人も多く来店しているらしく、写真やサインがたくさん飾ってありました。
 
 
 
 
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2016/10/24

2016年秋の撮影旅(34) 山形県米沢市田沢 「草木塔の里」

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天童市のイエローハットでつるつるになってしまったタイヤを新品に交換してもらって、一路、埼玉を目指して南下します。

米沢市から喜多方市へ抜けるとき、田沢地区を通りましたが、今年6月来た時に知った「草木塔」を探してみようと思っていました。

草木塔とは、江戸時代中期から米沢市田沢地区に建てられた「草木供養塔」「一佛成道観見法界草木国土悉皆成佛」「草木塔」などと刻まれた石碑の総称です。

江戸期の草木塔が確認されているのは全国で34基ですが、そのうちなんと32基が山形県置賜地方に分布し、中でも米沢市田沢地区には10基が集中していて、「草木塔の里」と呼ばれています。

草木塔が建てられた理由ははっきりしていませんが、山林伐採や「木流し(川を利用した木材・薪の流送)」に関わった山里の人々の畏れや感謝や祈りが込められているのではということです。(道の駅「なごみの郷」リーフレット参照)

解説看板によると、安永年間の江戸大火や米沢城下の大火で、大量の木材が伐採され、その供養のため、という説もあるそうです。

草木塔だけに限らず、動物や海産物などの供養塔もあり、それは「命を奪う」ことに対する罪悪感を薄める効果もある、「命を奪う」ことで人間が生きていけることへの感謝を表すのが供養塔だという話は本で読んだ気がします。

草木塔は、自然保護などの世界的流れと合致する部分もあって、自然を考えるきっかけになることは間違いないのではないでしょうか。地味な存在ですが、その意味は大きくて、現代的だと思います。

と、いうことで、今回は一番古い草木塔を探してみました。ここから全国に草木塔が広がっていった可能性もあるとのことで、ここが発祥の地になるわけですね。「日本最古の草木塔」かも。

上に掲載した写真の草木塔が、一番古い1780年(安永9年)に建てられた「塩地平草木塔」です。

国道から少し奥に入った墓地の一角にありました。(昭和初期に移設されたそうです)保護のために屋根がかけられています。表面は風化していますが、かろうじて「供養塔」と読めます。(養の字は昔の字ですが)
 
 
 
 
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2016/10/11

2016年秋の撮影旅(23) 岐阜県揖斐川町 茶畑マチュピチュ 美濃市 美濃橋

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長浜から今度は東に進みます。

四国、九州で台風に直撃されたことも影響し、時間的余裕がなくなってきたので、自宅には帰らずに、岐阜から長野、新潟、山形、岩手へと向かいたいと思います。

来週土曜から始まる岩手県野田村での「東北お遍路写真コンテスト受賞作品展」のためと、写真セミナーをやるためです。

滋賀県から岐阜県に入り、ニュースで知った「茶畑マチュピチュ」を訪ねてみました。

揖斐川町春日六合上ヶ流地区にあります。はっきりいって道はわかりにくいです。案内板が出ているわけではありません。

でも、それだけ「新しい観光地」としての魅力があります。俺が好きな「荒々しさ」です。展望台までの道もちゃんと整備されているわけではなく、作ったばかりという印象で、危ないところもあり、でもそれがとても初々しく新鮮です。

どうしてこんなところにこんな大きな茶畑が?と思えるほど、下の県道の雰囲気からは想像もできないのですが、今年、朝日新聞で大きく取り上げられたことで人気に火が付き、ゴールデンウィークは大混雑だったそうです。1日500人も訪れたとのことです。あの茶畑に500人というのは驚きです。もちろん駐車スペースが十分にあるところでもありません。

お茶を売っていたので買いました。「この風景とセットで理想的な販売方法ですね」と言いました。やっぱりその場に行かなければ味わえない空気があります。その空気を吸って、こんなすばらしい風景を見たら、茶も買いたくなるってもんですよ。

マチュピチュから、美濃市の日本最古の近代つり橋「美濃橋」を見に行きました。

美しいつり橋です。大正5年に造られました。

かなり老朽化しています。なので「通行につきましては20人以下に制限させていただきます」と注意書きがあるくらいです。誰も観光客は気にしてはいませんが。

30人ほどが乗った時は揺れました。こういうとき必ずいるおバカさんが、わざと橋を揺らすわけですよ。
 
 
 
 
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2016/10/10

2016年秋の撮影旅(22) 京都市 東福寺の三門と東司(とんす) 滋賀県 旧長浜駅駅舎

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京都市内の東福寺と、京都府庁旧館の撮影です。

東福寺には、日本最古の三門「東福寺三門」と、むしろこっちが気になるんですが日本最古のトイレがあります。

「東司(とうす・とんす)」です。建物はありますが、もちろん隣の人との仕切りはないです。中国の公衆トイレを思い出しました。

京都府庁旧本館は、現役の官公庁建物としては、日本最古。映画化何かの撮影が行われていました。

本館内部の階段の手すりの意匠が独特で、エイリアンに見えてしまいました。

あとは、滋賀県長浜市に移動して、日本最古の駅舎「旧長浜駅駅舎」です。
 
 
 
 
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2016/10/08

2016年秋の撮影旅(21) 鳥取県から京都府 ジオパーク 舞鶴市赤レンガ倉庫群

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山陰海岸が世界ジオパークに認定されたというニュースがあったのは数年前のことです。

「世界的に貴重な地質や地形、断層、火山などを含む自然公園「世界ジオパーク」に、京都、兵庫、鳥取の3府県にまたがる山陰海岸が4日、認定された。」(毎日jpより)

リアス式海岸が続き、景色はすばらしいところです。

京都府は、宮津市で「犬像」2件撮影し、舞鶴市の赤レンガ倉庫群へ。

赤レンガ倉庫は、古くは明治34、5年ころのものが残っていて、貴重な文化財です。まだ現役で使われているものもあるし、中を店に改造して再利用しているものもあります。

なかでも12棟からなる北吸地区の「赤れんが倉庫群」は、8棟が国の重要文化財に指定されていて、平成24年には「舞鶴赤れんがパーク」としてグランドオープンしました。
 
 
 
 
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2016/10/06

2016年秋の撮影旅(19) 山口県下関南部町郵便局と元乃隅稲成神社&島根県中垣内棚田

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山口県下関では、日本最古の郵便局「下関南部町郵便局」の写真を撮った後、長門市の東後畑の棚田と、CNNで有名になった元乃隅稲成神社へ。

棚田には何度も来ていますが、数km離れた海そばの元乃隅稲成神社まで降りたのは初めてです。赤い鳥居がカーブしていくつも並んでいる、ちょっと不思議な風景です。

晴れていれば、海の青と鳥居の赤のコントラストがもっときれいだったのに、残念です。

翌日は、長門市からひたすら東へ向かい、島根県の中垣内の棚田と室谷の棚田にも寄りました。刈り取りは終わり、中途半端な風景ですが、その中途半端な風景が必要になってくるので、俺にとっては大切です。

午後、出雲市まで走るつもりでしたが、台風に追いつかれてしまい、車の運転が怖くなり、江津市の道の駅「サンピコごうつ」で泊まることに。

休憩所へ行ったら、外国人の母娘の旅行者がいました。話をしたら、カナダ人親子で、やはり台風で足止めをくらったそうです。

富士山の中山湖を出発して2ヶ月経っているそうです。娘さんがリヤカー付き自転車、お母さんが走るという旅行です。すでに2000km走っています。前にも、名古屋から金沢までのマラソンに参加したことがあるそうです。お母さんは筋金入りのランナーでした。こういうパターンの旅行者には初めて出会いました。

「何をやってるの?」と聞かれたので、愛犬といっしょに全国の「ドッグ・スタチュ(犬像)」を見て周っていると言いました。もちろん「犬像」そのものが重要なのではなく、その物語が面白いのだと説明しましたが。

とくに犬がひとりで伊勢神宮を参拝して飼い主の元に戻った「おかげ犬」の話には大爆笑でしたね。まずは信じられないという反応ですが、それは俺もそうだったのでよくわかります。一応、事情を説明すると納得してくれたようです。日本ならではの話ではないでしょうか。

「ハチ公知ってる?」と聞いたら、娘さんは、それをネットで見たことがあるといい、お母さんは、東京へ行ったらぜひ渋谷のハチ公へ行ってみるとのことでした。なんだか俺が無理やりハチ公を勧めたようなかっこうになってしまいました。

東京で外国人が観るべきものとして、ハチ公が必須なのかどうか、俺は断言できません。

今朝出発前に、ヴィーノもいっしょに、みんなで記念写真。
 
 
 
 
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2016年秋の撮影旅(18) 長崎県 平戸の街 福岡県 裂田の溝

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生月島の道の駅に泊まり、翌朝平戸の街に戻りました。

港に迫る斜面にカトリック平戸ザビエル記念教会と光明寺、瑞雲寺が建っていますが、それを両方望める場所が、「寺院と教会の見える風景」として観光ポイントになっています。和と洋の融合風景です。

この場所自体がお寺の壁に沿った石畳の道で良かったですね。

平戸城にも上ってみましたが、天守閣から見る平戸の港は美しい。平戸オランダ商館もよく見えました。

オランダ東インド会社によって設けられた貿易の拠点になったオランダ商館。平戸には1609年に設置され、のちに長崎に移転されました。

夕方は、福岡県の那珂川町山田の日本最古の農業用水路「裂田の溝(さくたのうなで)」を見に行きました。

雷によって割けたという岩も残っているそうで(どれだかわかりませんでしたが)、裂田神社という神社が祀られています。雷に撃たれた田んぼの稲は良く育つと言われていたという話は、前にも書いたような気がしますが、それと関係あるのかもしれません。

所々整備されて遊歩道も付いていますが、どちらかというと、生活に密着したような、民家の脇を流れる用水路が風情があっていいです。

民家の庭から用水路に降りられる石の階段などもあって、ここで洗い物したり、洗濯したりしていたんだろうなと想像させます。

中国雲南省の麗江を思い出しました。
 
 
 
 
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