カテゴリー「ニュース」の410件の記事

2020/03/30

コロナ禍でみえてきた差別と偏見

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新型コロナは中国から始まり、日本、韓国などアジアを中心に広がったことから、今、アジア人差別が起こっているらしい。

アメリカでは、襲われるのではないかと、アジア系の人たちが武装用に銃を購入しているというニュースも入ってきました。

「差別・偏見は悪い」と誰でもがいいます。(差別主義者は言わないでしょうが) でも、平時ではそうでも、こういった有事になると、わからなくなります。

俺も意識的には人種・民族差別主義者ではないつもりです。むしろ、外国や外国人には興味津々で、好きといってもいいでしょう。ところが、最近のコロナ禍で、俺は、どうも外人が気になっていることに気が付きました。その気づきは、今までのとちょっと違います。なんとなく身構えるというか、そんな感じです。

たぶん、これも、「コロナ=外国」という無意識が働いているようなのです。このパンデミックにあって、今さら「コロナ=外国」というのは的外れであるし、むしろ、俺自身が不顕性の感染者かもしれないのですが。「悪は自分の外にある」と思いたがることも理由でしょう。

そこで思い出す映画があります。 何度か紹介したことがある『クラッシュ』(原題: Crash)というアメリカ映画です。第78回アカデミー賞作品賞を受賞しています。

ロサンゼルスで発生したある交通事故から物語は始まって、アメリカ人の中の差別、偏見、憎悪がうごめく世界を描いていますが、後半では救いのある話が描かれて、ようやくホッとできる映画でもあります。

差別や偏見はいけない、と誰もがいいます。でも、けっこう難しい。いや正直、俺の中にもあるのです。

もしかしたら、やっかいなのは、自分が差別とか偏見をいっさい持っていないと思いこんでいる人、無自覚な人なのかもしれないのです。

映画でも、それを思わせるような登場人物がいます。若い白人警官のトムです。【ここからネタバレ注意】

最初は、ベテランの白人警官ライアンの、あまりにも黒人差別的な態度に我慢ならずに、同じパトカーに乗ることを拒否したくらいでした。そして、あやうくほかの白人警官が黒人を撃ってしまうところを自分の説得で回避させたことで、彼の「無差別主義者」が証明されたような事件が起こります。たぶん、彼はそれでますます自分が無差別主義者であり、正しいのだと自覚したのでしょう。

ところが、です。ある黒人青年を車に乗せてあげたとき、彼がポケットから取り出そうとした人間のフィギュアを、てっきり拳銃と早とちりして、撃ち殺してしまうんですね。皮肉としかいいようがありません。

自分の意識できるところでは、「無差別主義者」でしたが、無意識では、どこかに差別や偏見があったのでしょう。ポケットに手を突っ込んだら「拳銃だ」と反応してしまうようなものが。白人ならこうはならなかった可能性が高い。

実際に1999年ニューヨークで起きたアマドゥ・ディアロ事件があります。ギニア人の移民であったディアロさんが、白人警官たちの発砲によって死亡しました。ディアロさんがポケットから銃を取り出すと誤解されたからでした。白人警官トムと同じような事件です。

社会心理学者のゴードン・オルポートの心理学実験があります。スーツを着た黒人と、手にナイフを持った作業着の白人が、地下鉄車内でもめているような絵を見せます。

それを「どんな絵だったか?」と伝言ゲームのように伝達してもらう実験をすると、黒人と白人が入れ替わってしまうというものです。ナイフを持っているのは黒人に違いないという思い込みというか偏見が、白人の心の底辺にしみこんでいます。

これほどやっかいなものです。「白人」とか「黒人」とか、見かけが偏見や差別の原因の大きなポイントであるらしい。見かけが大きいのです。「イケメン」とか「美人」とかも、見かけによる判断をしているという意味では同じ差別、偏見につながっているということなのでしょう。

トムと対照的に、差別主義者と自覚している、まるでトランプ氏のようなライアンなのに、ガソリンで爆発しそうになった事故車から、黒人女性を命がけで助けたりもします。

わからないんですよ、人間は。普段言っていることと違うことをやってしまう人間は、いくらでもいます。俺もそうかもしれません。

そして見かけで人を判断することが必ずしも悪いことではなく、むしろ、生き抜くうえでは必要なことでもあって、だからこそ俺は簡単に「差別・偏見は悪い」と言うような人間は信用できないと。でも、これも俺の偏見であるには違いないのです。

無意識の「差別・偏見」が誰にでもあるからこそ、「俺にもあるんだ、だからそれを無くそう」という「意識化」がだいじなんだろうなと思います。

 

 

 

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2020/03/21

新型コロナウイルスとゾンビ映画『ウォーキングデッド』

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「新型」なんだから、これからコロナがどうなっていくかなんて、誰もわかってないし、わかるはずもないということですね。ある意味、みんな一人一人が自分で「解決」するしかないのだと思います。

「解決」と書きましたが、「コロナに罹らない」「コロナが終息する」とかいう意味ではありません。その「解決」策はひとそれぞれ違うでしょう。

だからここで書いたことがみんなに通用するとも思わないし、みんなに提言、提案するわけでもありません。俺なりの「解決」策です。

まず新型コロナ禍は、長期戦になりそうだということは素人でもわかります。このウイルスの性質上、「撲滅」は難しそうです。しいて言うなら、人類の60~80パーセントが罹って集団免疫を獲得するまでは終息はしないだろうということです。

ただ問題は、爆発的に感染者が増加し、医療体制が崩壊して多くの死者を出すことです。だから、当面は、この危機から脱しなければなりません。今、国境封鎖、外出禁止が行われていますが、割と受け入れているのは、みんなも動物としての勘が働いているのか、このままでは人類が滅亡してしまうという恐れを直感で感じているからかもしれません。

人類は、環境に慣れることによって生き延びてきたはずです。それを進化というかどうかは別として。

人類は本当に薄氷を歩いているようなところがあります。最近の温暖化を見てもそうですが、地球の平均気温が1度、2度上がっただけで、私たちは右往左往し、今までの生活を変えていかざるをえないというのは、実感としてわかります。

酸素がないところでは2分も生きていられません。数日のうちには食べ物も食べなければなりません。重力があるので飛べません。時速60kmでは走れません。110歳を越えて生きるのは難しい。こういう制約といったらいいか、環境があるわけですね。それは個人ではどうしようもないことです。でも、みんなそれを「普通」として生きています。

だから俯瞰してみると、地球上の人類というのは、いや、動物・植物全部の生物ですが、かなりこの環境次第なんだなということがわかります。

『ウォーキングデッド』というTVドラマがあります。これは突然、周りがゾンビだらけになって、そこで生き抜くというサバイバルドラマです。生きているゾンビ(ゾンビは死んでいるからゾンビなのであって、「生きている」というのは形容矛盾ですが)を倒す唯一の方法は、頭を壊す、首をはねることです。

『ウォーキングデッド』は今回の新型コロナウイルスの対処方法の参考になるのではないかと、ずっと思ってきました。

というのも、「周りにゾンビがいる」というのを新しい環境と捉えてみます。とつぜんその環境に置かれて、主人公たちは慌てふためき、絶望し、怖がります。パニックになるのは当然です。

ところが時間が経ってくると、このゾンビの特徴が分かってきます。速くは移動できない。頭は悪い。頭を切り落とすと復活しない、などなどです。

だから注意さえしていれば、なんとかゾンビに襲われずに済みます。この環境で生きていく術が分かってきます。そういう環境に慣れた人間だけが生き延びられます。(ただ、ゾンビの首を切り落とすという覚悟が必要ですが)

そしてそういう過酷な環境の中でも、幸せを感じたり、笑ったりできます。逆に過酷な環境だから、人と協力し、人への思いやりが増したりします。いつの間にかその環境は「日常」になっていきます。

まぁドラマは、ゾンビより、むしろ人間の方が怖いのだ、というテーマになっているわけですが。実際、今アメリカでは、銃がよく売れているのだそうです。それは物不足を予想して、略奪などが起こった場合の防衛策として、あるいはコロナを持ち込んだのはアジア系だということで襲われるのではないかという恐怖心から、銃を買っているらしい。こんなところはアメリカらしいと思います。

このゾンビを新型コロナウイルスに置き換えてみます。

周りに突然現れたウイルス。でも、姿が見えないところはゾンビとは違っています。ここがやっかいなところです。でも、3条件(密着する、唾を飛ばす、換気が悪い)が重なるところ以外では感染のリスクはかなり低くなる、ということがわかってきました。手洗いも有効です。

だから、周りに新型コロナが存在しても、この3条件が重ならないようにして、手洗いをこまめにすることで、「普通」に生活することはできるのではないかなと思います。もちろん、活動すればリスクゼロではありません。でも、今までだって、いつ交通事故や飛行機事故で死ぬかもしれなかったわけだし、「リスクゼロ」という呪縛からは抜け出さなければと思います。

まぁこんなこと言えるのも、今の日本だからで、パンデミックの中心地ヨーロッパではそれどころではないでしょう。とにかく、当面の危機、急激な感染拡大は、世界中協力して何とか止めるしか方法はないかなと思います。

大阪がどうの、兵庫がどうのと言っている場合ではないのだけ確かです。

 

 

 

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2020/03/13

史上6回目のパンデミック宣言(新型・痼魯難/コロナ)

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部屋の壁に貼ってあるバティックに、新型・痼魯難/コロナ終息祈願で、この前いただいた宝登山神社のお犬さまのお札を追加しました。

WHOは、史上6回目となるパンデミック宣言を出しました。ようやくか?といった印象です。

どうも今のWHOは動きが鈍いようです。中国からの圧力なども噂されていますが、まぁそれを今追及しても、このパンデミックが収まるわけではありません。

誰が感染者であるかわからない、しかもほとんどは軽症、あるいは無症状という新型コロナウイルスの性質を考えると、感染拡大はこれからもしばらくは続いていくだろうし、これを短期間で「克服」するのは難しく、専門家も言っているように、いかに重症者を出さないか、出ても助けるか、という病気になっていくだろうと。

俺もいつかは罹るだろうとは覚悟しています。いや、すでに罹っているのかもしれないし、罹って治っているのかもしれません。この性質がやっかいなのです。

ウイルス自体の致死率が高くないことがかえってウイルスを蔓延させることにつながっています。そのかわり、ウイルスでは死ななくても、社会的、経済的に死んでしまうというということです。どっちにしろやっかいです。

今は「克服」に努力するのはもちろんですが、「共存」を考えるしかないときがいつかは来るのかも、とも思います。

問題は、爆発的な感染拡大で、医療がパンクすることです。中国やイタリアなどで死者数が多くなっているのはそのためでしょう。

だから、急激な患者増加を起こさないためのイベント自粛であり、学校の休校だと理解しています。ゆるやかな感染拡大なら、重症者を助けられるし、他の病気の患者も助けられる、ということなのでしょう。

ドイツのメルケル首相も「こうした状況が続けばドイツ人口の60─70%が感染するだろう。(略)医療システムに過度の負担を掛けるのではなく、感染を遅らせることに軸足を置くべき」と言っています。

でも、こんな自粛が半年も1年も続けられるかと言えば、できません。学校が休みになった子どもたちも、ずっと家にいるなんていうことは不可能で、実際町にあふれています。

と、いうことは、感染をなるべく広げないように気をつけながら、学校を再開し、ライブもやり、屋形船やクルーズ船に乗るなど、日常を取りもどすしかありません。どういうところが感染リスクが高いのか、ということもだんだん見えてきています。そういうことを避けながら生活するというふうに、ウイルスに合わせて人間のライフスタイルを変えるしかありません。

ワクチンができるまでの時間稼ぎができるか、ということでもあると思います。それがコロナとの共存です。

 

 

 

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2020/03/11

東日本大震災から9年 「富岡町 避難指示を一部解除 JR常磐線は14日全線再開へ」のニュース

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東日本大震災から9年が経ちました。

東京電力福島第一原発の廃炉に向けた工程も順調には進んでいないようだし、溜まり続ける処理水をど うするかという問題もでてきました。

そんな中で、少しは前向きなニュースも入ってきました。

「東京電力福島第一原発の事故による避難指示が、福島県富岡町のJR常磐線の駅や名所の桜並木の一部で10日午前6時に解除されました。(略)10日、富岡町で避難指示が解除されたのは、JR夜ノ森駅や「夜の森の桜並木」の一部などの周辺の道路、合わせて0.07平方キロメートルです。」(NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200310/k10012322481000.html

掲載の写真は、2013年4月に撮影したものです。この年、「夜の森の桜並木」の一部に立ち入ることができるようになりましたが、夜の森駅は帰還困難区域のままでした。夜の森駅は、フェンスの先にあります。

ここで、桜を見に来ていた富岡町出身の親子3人組に出会ったことを思い出します。そしてこの親子の話には考えさせられたのでした。

テレビで報道されるのは老人ばかりで、「若い人たちはどうしているの?」と聞かれるそうです。たしかにそうかもしれません。「若い人たちは元気ですよ」とお母さん。

娘さんは言いました。「20年後に言いたいですね。ほら、なんともないでしょ?って。普通に元気で暮らしてます。放射能になんか負けてないですよ」

7年経ちましたが、彼女の言ったことは正しかったと思います。 

そして今回とうとう駅も避難指示が解除されて、今月14日、常磐線は9年ぶりに全線で運転を再開するそうです。

放射性物質と新型コロナ ウイルス。目に見えない敵と闘っています。

 

 

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2020/03/01

昨日から二十四節気「雨水」、オリジナル七十二候「箇労亡猛威(ころな もういをふるう)」

Photo_20200229141501(元画像:NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200228/k10012306811000.html)

 

2020年2月29日から二十四節気「雨水」、七十二候「草木萌動そうもく めばえいずる)」です。

草木の芽が出てきて、春を感じる季節のはずです。でも、今はオリジナル七十二候「箇労亡猛威(ころな もういをふるう)」の気分です。

「コロナ」に、どんな当て字がいいかなと、いろいろ遊んでみました。

安政五年、江戸でもコレラが流行ったとき、コレラは「箇労痢(ころり)」「狐狼狸(ころり)」「項痢(こうり)」などと表記されました。なので、「ころ」を「箇労」として、「な」を「亡」にしました。「亡」にしたのは存亡の危機感の表れです。

「狐狼亡」は、狼を汚すようでちょっと抵抗があります。

他にもいろいろ考えたのですが、ある特定の国や地域を意味するのはまずいと思うので、このくらいにしておきます。

(「箇労難」の方がいいかな。2020/3/4)

1月までは、COVID-19 新型箇労亡ウイルスによる肺炎は、ほとんどが軽症で、罹ったことさえ気が付かずに済む、みたいな専門家の話に、そうか、そんなに深刻ではないんだなと思っていた俺はバカでした。

こうなってくると、ウイルスに感染しなくても、干上がってしまいます。仕事に大きな影響が出ています。軒並み撮影のキャンセルが相次いでいます。「中国」「イベント」「集会」というキーワードにした仕事は、とうぶんできなさそうです。

そしてちょっとでも熱っぽかったりすると、戦々恐々としている自分がいます。

先行きが見通せないというのが不安の種です。学校閉鎖、イベントなどの自粛で、2週間~1か月たてば、元通りになるわけではなく、さらにそれが続く可能性もあります。

とはいえ、不安がってばかりでも仕方ありません。テロと同じで、恐怖心や不安感をあおるだけなら、すでに新型箇労亡に負けてしまうことになります。

 安政五年にコレラが流行ったときも、庶民の間には、コレラをネタにして様々な刷り物が作らればらまかれたという。落ち込むどころか、笑いとしゃれで沸いたそうです。どんな状況でも、笑いは必要で、笑うことは免疫力を上げ、結果的に新型箇労亡ウイルスに勝つ、ということにもつながるんじゃないでしょうか。

 

 

 

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2020/01/08

#IranianCulturalSites というハッシュタグ

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イランとアメリカの緊張が高まっています。イランの文化施設も攻撃対象だとトランプが言い出したのを受けて、Twtterでは、#IranianCulturalSites というハッシュタグが立ち上がりました。多くの人がイランの美しい建築物や風景をシェアしています。 

トランプがそんなことをしたら、バーミアン遺跡の仏像を破壊したタリバンと同じ。でも、この何年かを見ていると、本当にそうするのではないかと感じさせる人物ではあります。

 

 

 

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2019/12/10

【犬狼物語 其の四百八】 見つかった犬(狼)のミイラは「ドゴール(Dogor)」

150302(Baobab trees, Morondava, Madagascar)

 

「「オオカミから犬への進化途中の種」かもしれないミイラが良好な状態で永久凍土から見つかる」というニュースがありました。

2018年夏、サハ共和国の首都ヤクーツクを流れるインディギルカ川近くの永久凍土層で、1万8000年前のイヌ科の動物のミイラが見つかったそうです。

まるで生きているような子犬のミイラ。(画像は検索すれば出てきます)

いや、まだ「犬」と断定されたわけではありません。もしかしたら「オオカミ」かもしれないし、「オオカミと犬の間」かもしれません。

研究者たちはこの赤ちゃんを「ドゴール(Dogor)」と名付けました。

「Dog or ・・・(犬、あるいは・・・)」という意味かなと思ったら、そいういう意味もかけているのかもしれませんが、「ドゴール(Dogor)」はヤクート語で友人を意味するそうです。

ところで、犬の祖先はオオカミであることは確実なようですが、2015年、イヌが初めて家畜化されたのは、中央アジアあたりらしいという研究発表がありました。米科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences、PNAS)に発表された研究論文です。

「1万5000年以上前にユーラシア(Eurasia)大陸のハイイロオオカミから進化したイヌが、群れをなして放浪していた野生から、人間の主人の前でおすわりをする家畜へと歴史的飛躍を遂げた場所とそのプロセスをめぐっては、幾度となく議論が繰り返されてきた。」(イヌ家畜化、発祥の地は中央アジアか

これまでも一部の考古学者の間では、中央アジアがイヌの家畜化の発祥地だろうと考えられていましたが、遺伝学的な研究は初めてらしい。

論文によると、遺伝子の分析結果は「イヌが中央アジア、現在のネパールとモンゴルのあたりで家畜化された可能性が高いことを示唆している」というものです。

この研究でも、オオカミから犬への家畜化は、少なくともユーラシア大陸だし、今回のドゴールの発見もユーラシア大陸ということで、ユーラシア大陸は犬誕生の最有力候補地であるのは舞違いないようです。

DNA解析が進んで、これが犬のルーツに迫ることになったら面白いと思います。ただ、このドゴールは、融け出した永久凍土から見つかったそうで、温暖化が進んだから、というのが気になります。

近年は、永久凍土から多くの動物が発見されて、中には、マンモスもあり、象牙が取引できなくなったことから、マンモスの牙が高値で取引されていて、盗掘が横行しているらしい。

そういえば、前、ボルネオで野生のゾウが見つかったのは、ジャングルがなくなったから、というのがありました。

こういうのを「森の皮肉」と言っていました。

昔ジャングルだったところは、ラワン材を取るために森が伐採され、その後に植えられたのがアブラヤシだそうです。パーム油の輸出のためです。

それで何が「森の皮肉」かというと、ボルネオにゾウはいないと考えられていたのが、ジャングルが伐採されて少なくなったことが、ゾウの発見に繋がったというのです。

また、バオバブの木の独特の姿が分かるのは、周りの木を焼いた(切った)から、というのもありました。

今回の永久凍土からの発見もこれと似ているところがあります。温暖化が進んで貴重なミイラが見つかる、これも「森の皮肉」なのかもしれません。

 

 

 

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2019/12/04

大嘗宮

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287a7209_20191203171201(南神門)

287a7252(主基殿とビル)

287a7265(主基殿)

287a7280(主基殿)

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287a7267(廻立殿の方から見た大嘗宮) 

 

大嘗宮は、天皇陛下の国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念する大嘗祭の中心的儀式「大嘗宮の儀」のために造営されたものです。11月14日の夕方から夜にかけて「悠紀殿供饌の儀」、15日の晩前に「主基殿供饌の儀」が行われたところです。

12月8日まで一般公開されています。これまで棚田や稲作文化をテーマに写真を撮ってきたので、いつかは、稲作文化の儀式の中でも最も重要な儀式の場所の写真が必要になるときがくるのではないかと思って、撮影してきました。

今は、乾通りの紅葉と重なり、たくさんの人出です。俺が行った12月3日は、昼12時ころに荷物検査場の前から並び始め、大嘗宮にたどりつくまで2時間かかりました。

そして大嘗宮前はまるで戦場のような賑やかさでした。今はみんなスマホを持って写真を撮るので、人の流れが止まってしまうのです。それに殺気立った警備の警官やスタッフの荒っぽい対応は、みんなの不評を買っているようでした。と、いうのも、そもそも人の流れを妨げているのは、彼ら自身でもあったからです。

みんな写真を撮るために警官たちが自分の前からどくのを待っているのでした。もう少し、なぜ人がとどまってしまうかを考えて警備をした方がいいのでは?と思いました。昔とは違うのです。

まぁ混雑はしかたありません。でも、建物自体はそれなりにすばらしいものです。

印象的だったのは、その大嘗宮の背景に高層ビル群が見えることでした。これぞ現代の大嘗祭という光景でしょうか。このコントラストにはめまいがしそうでした。

 

 

 

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2019/09/04

香港の混迷

 

香港へ頻繁に行っていたのは、80年代から90年代にかけてです。1989年には天安門事件がありました。あの時をきっかけにして、香港人には中国に対する不信感・危機感・恐怖感が生まれていたかもしれません。実際外国へ逃げた人々もいます。

そしてついに1997年には、香港はイギリスから中国へ返還されました。香港は50年間「一国二制度」でこのままだと言われていましたが、おそらく、中国の影響は強くなっていくだろうことは想像できました。

そして実際に香港の中国化が着々と進んできました。はたから見ていても、中国の圧力を感じていたのですが、当の香港人にしてみれば、その危機感・恐怖感は日増しに強くなっていたんだろうと想像できます。

中国の経済成長によって、相対的に香港の地位は軽くなり、香港が経済的にも中国に飲み込まれそうになっています。

前回の「雨傘革命」は民主的な選挙を求めたこと、今回のデモの発端となったのも「逃亡犯条例」改正案ですが、これはきっかけにすぎません。全体的に、体制も、経済も、文化も飲み込まれそうになっている危機感、それと経済格差に対する不満もあるでしょう。

そして、これは対岸の火事ではありません。これを「民主主義」「自由主義」というキーワードではなく、もっと別な見方もできると思っています。DNAレベルの話です。

このDNAについては、以前、こちらに書きました。

中国が尖閣列島を取りに来る理由 ---- 日本人とチベット人のDNA的つながりから考える(2012/11/09)

アジア大陸に住んでいたのは、D系統(古モンゴロイド系、縄文系)で、数千年の間で、漢民族を中心にしたアジア系O系統が広がってきて、古モンゴロイドのDNAは、「辺境の土地」であるチベットと日本列島などに残ったという。だからDNA的には、日本人(特に縄文系)は、漢民族よりもチベット人により近いということがわかったという話でした.

O系統の膨張に対する危機感をD系統の人たちは潜在的に持っているのではないか、ということなのです。DNAレベルの話ですが、現実問題として、今、アジア系O系統は、この数千年膨張し続けているのは事実です。

香港も、この流れからいうと「辺境の地」になるかもしれません。香港人の場合、すでに「中国人」ではないか、と言われるかもしれません。でも、香港人は、もともとは、中国南部に住んでいた「百越」の末裔(+他民族との混血)だったということを考えれば、必ずしもDNAレベルで、香港人=中国人とはいえないところもあります。少なくとも歴史も言葉も体つきも違う香港人が、漢民族と同じには見えません。実際に、香港人の中には「香港民族」という意識も芽生えているらしいのです。そして漢民族の方も、「野蛮な百越」と見ているむきがあり、もともと同じ民族としては思っていないのかもしれません。

O系統とD系統のせめぎ合いの最先端が、チベット問題、ウイグル問題、香港のデモ、そして日本人にも関係してくる南沙諸島問題、尖閣諸島問題として表れているのかもしれないのです。

 

 

 

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2019/08/31

ゲルハチ公、9月3~9日開催の「超福祉展2019」で展示のニュース

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「軟らか「ハチ公」感情豊かに AI駆使し鳴き声変化 山形大グループが開発」のニュース。

(河北新報 https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201908/20190827_53037.html)

 

軟らかなゲル素材を活用したハチ公型ロボットを開発したそうです。開発したところが母校の山大工学部。こんな研究なら俺ももっと勉強していたでしょうが。

首から頭部にかけてと前足部分がゲル素材で作ってあります。本物の犬のように軟らかいらしい。首と頭部のセンサーが音と画像、触覚を感知して、LEDの点灯で喜怒哀楽を表現し、感情に応じて鳴き声も変化させるという。

山形県鶴岡市には、現在渋谷に立っているハチ公像の前に作られた試作品(石膏像)が残されています。周り周ってこの試作品が鶴岡市にやってきた話は、『犬像をたずね歩く』にも入れているし、当ブログでも紹介済みです。

 【犬狼物語 其の二百三】 山形県鶴岡市 忠犬ハチ公像の石膏試作品が鶴岡市に来た奇跡話

この試作品を元にレプリカを作ったのが、初代「鶴岡ハチ公像保存会」の会長・高宮さんです。(掲載の写真がレプリカと高宮さん)今回のゲルハチ公は、このレプリカからさらに3Dプリンターで作られたようです。

 ゲルハチ公は9月3~9日開催の「超福祉展2019」で、JR渋谷駅に近いメイン会場「渋谷ヒカリエ」に展示されるとのことです。

 どういう展示の仕方をされるのかはわかりませんが、触るのOKなら、実物の犬のように柔らかいのかどうか、確かめたいと思います。今までの犬像は硬いイメージなので、もし柔らかい犬像ができたなら画期的です。

犬に癒されるのは、視覚的だけではなく、触覚的なところも大きいように思うからです。

ちなみに、「愛着」に関するこんな心理学の実験があります。アカゲザルの子ザルに、哺乳瓶をつけた針金製の母ザルと、哺乳瓶をつけてないが柔らかい布製の母ザルを与えた場合、子ザルは、空腹を満たせる針金製の母ザルよりも、空腹は満たせませんが、柔らかい肌触りの母ザルと過ごす時間が圧倒的に多いそうです。不安や恐怖を感じたときは特に、柔らかい感触の母ザルにしがみつくという。このことで、空腹を満たすことよりも、心地よいスキンシップ(感触)が重視されているらしいのです。

人間と犬もそうかもしれません。

 

 

 

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