カテゴリー「ニュース」の402件の記事

2019/09/04

香港の混迷

 

香港へ頻繁に行っていたのは、80年代から90年代にかけてです。1989年には天安門事件がありました。あの時をきっかけにして、香港人には中国に対する不信感・危機感・恐怖感が生まれていたかもしれません。実際外国へ逃げた人々もいます。

そしてついに1997年には、香港はイギリスから中国へ返還されました。香港は50年間「一国二制度」でこのままだと言われていましたが、おそらく、中国の影響は強くなっていくだろうことは想像できました。

そして実際に香港の中国化が着々と進んできました。はたから見ていても、中国の圧力を感じていたのですが、当の香港人にしてみれば、その危機感・恐怖感は日増しに強くなっていたんだろうと想像できます。

中国の経済成長によって、相対的に香港の地位は軽くなり、香港が経済的にも中国に飲み込まれそうになっています。

前回の「雨傘革命」は民主的な選挙を求めたこと、今回のデモの発端となったのも「逃亡犯条例」改正案ですが、これはきっかけにすぎません。全体的に、体制も、経済も、文化も飲み込まれそうになっている危機感、それと経済格差に対する不満もあるでしょう。

そして、これは対岸の火事ではありません。これを「民主主義」「自由主義」というキーワードではなく、もっと別な見方もできると思っています。DNAレベルの話です。

このDNAについては、以前、こちらに書きました。

中国が尖閣列島を取りに来る理由 ---- 日本人とチベット人のDNA的つながりから考える(2012/11/09)

アジア大陸に住んでいたのは、D系統(古モンゴロイド系、縄文系)で、数千年の間で、漢民族を中心にしたアジア系O系統が広がってきて、古モンゴロイドのDNAは、「辺境の土地」であるチベットと日本列島などに残ったという。だからDNA的には、日本人(特に縄文系)は、漢民族よりもチベット人により近いということがわかったという話でした.

O系統の膨張に対する危機感をD系統の人たちは潜在的に持っているのではないか、ということなのです。DNAレベルの話ですが、現実問題として、今、アジア系O系統は、この数千年膨張し続けているのは事実です。

香港も、この流れからいうと「辺境の地」になるかもしれません。香港人の場合、すでに「中国人」ではないか、と言われるかもしれません。でも、香港人は、もともとは、中国南部に住んでいた「百越」の末裔(+他民族との混血)だったということを考えれば、必ずしもDNAレベルで、香港人=中国人とはいえないところもあります。少なくとも歴史も言葉も体つきも違う香港人が、漢民族と同じには見えません。実際に、香港人の中には「香港民族」という意識も芽生えているらしいのです。そして漢民族の方も、「野蛮な百越」と見ているむきがあり、もともと同じ民族としては思っていないのかもしれません。

O系統とD系統のせめぎ合いの最先端が、チベット問題、ウイグル問題、香港のデモ、そして日本人にも関係してくる南沙諸島問題、尖閣諸島問題として表れているのかもしれないのです。

 

 

 

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2019/08/31

ゲルハチ公、9月3~9日開催の「超福祉展2019」で展示のニュース

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「軟らか「ハチ公」感情豊かに AI駆使し鳴き声変化 山形大グループが開発」のニュース。

(河北新報 https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201908/20190827_53037.html)

 

軟らかなゲル素材を活用したハチ公型ロボットを開発したそうです。開発したところが母校の山大工学部。こんな研究なら俺ももっと勉強していたでしょうが。

首から頭部にかけてと前足部分がゲル素材で作ってあります。本物の犬のように軟らかいらしい。首と頭部のセンサーが音と画像、触覚を感知して、LEDの点灯で喜怒哀楽を表現し、感情に応じて鳴き声も変化させるという。

山形県鶴岡市には、現在渋谷に立っているハチ公像の前に作られた試作品(石膏像)が残されています。周り周ってこの試作品が鶴岡市にやってきた話は、『犬像をたずね歩く』にも入れているし、当ブログでも紹介済みです。

 【犬狼物語 其の二百三】 山形県鶴岡市 忠犬ハチ公像の石膏試作品が鶴岡市に来た奇跡話

この試作品を元にレプリカを作ったのが、初代「鶴岡ハチ公像保存会」の会長・高宮さんです。(掲載の写真がレプリカと高宮さん)今回のゲルハチ公は、このレプリカからさらに3Dプリンターで作られたようです。

 ゲルハチ公は9月3~9日開催の「超福祉展2019」で、JR渋谷駅に近いメイン会場「渋谷ヒカリエ」に展示されるとのことです。

 どういう展示の仕方をされるのかはわかりませんが、触るのOKなら、実物の犬のように柔らかいのかどうか、確かめたいと思います。今までの犬像は硬いイメージなので、もし柔らかい犬像ができたなら画期的です。

犬に癒されるのは、視覚的だけではなく、触覚的なところも大きいように思うからです。

ちなみに、「愛着」に関するこんな心理学の実験があります。アカゲザルの子ザルに、哺乳瓶をつけた針金製の母ザルと、哺乳瓶をつけてないが柔らかい布製の母ザルを与えた場合、子ザルは、空腹を満たせる針金製の母ザルよりも、空腹は満たせませんが、柔らかい肌触りの母ザルと過ごす時間が圧倒的に多いそうです。不安や恐怖を感じたときは特に、柔らかい感触の母ザルにしがみつくという。このことで、空腹を満たすことよりも、心地よいスキンシップ(感触)が重視されているらしいのです。

人間と犬もそうかもしれません。

 

 

 

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2019/08/28

今日から二十四節気「処暑」、七十二候「天地始粛(てんちはじめてさむし)」

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今日から二十四節気「処暑」、次候「天地始粛」です。

「天地始粛」とは、ようやく暑さが鎮まるといった意味です。暑さのピークは過ぎてひと段落付けたかなと思っていたのですが、全国で大雨による災害が心配されています。

 今朝には、福岡県、佐賀県、長崎県に大雨特別警報が出されました。厳重な警戒が必要です。

10日ほど前、ここでも1時間ほどの大雨が降って、家の前の道路が冠水しました。ずぶ濡れになって外出から帰ったら深さ20cmほど冠水していたのですが、20cmだけでも、足が取られて危ないなと感じました。水で道路の状態も見えません。浸水してからの非難はじゅうぶんに注意する必要があります。

 

 

 

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2019/08/26

最近のあおり運転報道で考えた、危ない正義感 

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最近、ドライブレコーダーで撮られた映像がニュースで流れますが、あおり運転して、最後に車から降りてくるシーンとセリフが全部似ていて、同じドライバーかと勘違いするくらいです。「オラーッ!」「降りてこい!」などなど。

それと、これって、わざと相手を怒らしているんじゃないか、といった動画もありますね。前後の経緯を見せずに、相手が車から降りてきて怒っているところだけを切り取って見せられたら、まるで「ひどい奴」に見えてしまうので。そこだけは事実ですが、全体の流れからは真実ではない、ということも十分にあり得ます。もちろん、常磐道であおり運転した宮崎文夫容疑者の動画のことを言っているのではなくて、その後、類似の動画を目にした時、違和感を覚えるものがあったので。たぶん、良く解釈すれば、これだけあおり運転が社会問題になっているんだから、あおり運転を無くす貢献をしようという正義感から動画を撮影するのかもしれません。

それにしても、宮崎文夫容疑者と犯人蔵匿・隠避容疑で逮捕された喜本奈津子容疑者の続報が続くのはどうしてでしょう? まぁ、殴ってる映像が衝撃的だというのがあるかも。でも、こんな傷害事件、日本にたくさんあるでしょうが、やっぱり「あおり運転」がセットだからみんなの関心が高いということなんでしょう。良く解釈すれば、あおり運転はやめようとの啓蒙の意味もあるんでしょうか。これもマスコミの正義感ですかね。

でも、少なくとも喜本容疑者はどうですか? 殺人犯をかばったわけでもありません。俺だって家族や友人なら、かくまうと思いますよ。

犯した罪に比べてこの社会的制裁の大きさは何だろうと思います。まるで極悪非道の罪人扱い。しかも舞い上がった人たちは、まったく関係ない女性を喜本容疑者と勘違いして、糾弾するという異常ぶりです。

血を求めた野獣のようです。こっちの方が怖い。むしろ、宮崎容疑者さえ(喜本容疑者はもちろん)可愛く見えてしまうくらいです。デマを流した人間には法的措置を取ると、喜本容疑者に間違われた女性は言っています。

「祭」、いや「血祭」を求めているんだろうなと思います。「イベント」はあっても、「祭」がなくなってきた社会では、当然のなりゆきかと。表で発散できない負のエネルギーは、裏で爆発する、ということなんでしょう。

でも、やっかいなのは、その血を求めている人たちは、自分が血を求めていることは自覚せず、むしろ社会のためと思っていて、正義感いっぱいなのです。そこですね、一番やっかいなところは。

デマを拡散させた人の中には、子煩悩なお父さんや、SNSでは可愛い赤ちゃんを自慢するお母さんもいるそうです。表では善良な市民なんですよ。「裏」は「無意識」でもあり、よほどのことがないかぎり、自分で気が付くのは難しいということもあります。

正直、俺も負のエネルギーはあります。それを「正義感」を御旗にして発散させることはないように注意はしていますが、たまに、「正義感」を振りかざして発散させてしまいますね。「正義感」を振りかざすのは、気持ちがいいからです。「正しい」ことに反対するのは「正しくない」と単純に思い込むことができるからです。

普段から俺は自分を「良い人間」や「善良な市民」とも思ってないのに。どうして時々「正義感」が襲ってくるのでしょうか。自分が正しいと思う瞬間です。でも、その正しさは、自分中心主義なのです。自分の中での正しさを、他人もそうだと思い込む、ということ。社会は、そう単純に「善悪」に分けられることがないと、頭ではわかっているんですが、面倒くさいので、物事を単純化して見てしまうのです。

「正義感」はけっこう危なくて、快感が伴っているので、なおさら扱いはやっかいなものだと思いますよ。

 

 

 

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2019/08/09

犬笛戦術

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犬笛とは、人間が聞くことのできない高周波数の音を出すことのできる笛のことです。

写真のタイプの犬笛は「Shepherd's Whistle(羊飼いの笛)」とあり、 牧畜を補助する牧羊犬に命令を出すための可変ピッチの笛だそうです。半円形の部分をマウスピースのように口にくわえて息を出すと、ピーーーーーという高音が出ます。

犬笛が発するのは、16000Hzから22000Hzの音ですが、20000Hzの音までしか聞き取ることができない人間とは違って、犬には聞こえる範囲です。だから犬笛。実際には、犬以外にも猫の訓練などにも使われているそうです。

でも、ここで話題になっている「犬笛」は、ちょっと危ない話題です。

「政治家が特定の有権者を意識して暗号のような表現を使い、「人心を操る」政治手法のことを、「犬笛」戦術と呼ぶ。犬にしか聞こえない周波数で鳴る笛と同じように、その意味が分かる人にだけ分かるように工夫された、多くの場合は人種差別的なメッセージのことだ。」

というのです。(BBC NEWS JAPAN  https://www.bbc.com/japanese/video-47025445)

本当の意味は特定の層にしか伝わらないという暗号のようなものらしい。これは何もアメリカだけの話ではないのではないかと思います。今まで気が付いていないだけで、いや、気にしていなかっただけで、裏に隠された本当のメッセージがあるんだろうなぁと想像することはできます。あるいは、みんな薄々気が付いていたのかもしれませんが。 

 このBBC NEWSによれば、選挙戦のとき敵陣営は、オバマ氏のことも、「外国人である」イメージを植え付けるためこの手法が取られました。オバマ氏のアフリカの民族衣装を着ているときの写真を意図的に使ったり、オバマ氏の名前を、「バラク・フセイン・オバマ」と呼ぶだけで、「フセイン」はイラクの「サダム・フセイン」を暗にイメージさせ、オバマ氏の異国性や非白人を強調したというのです。

 いつからこの「犬笛」戦術が取られるようになったかというと、公民権運動前までのアメリカでは、堂々と人種隔離を訴えて選挙戦を行なっていましたが、その後、こういう直接的表現が許されなくなって、犬笛戦術が取られるようになったらしい。でも、「差別はいけない」と言いながら、内容は変わっていません。

耳障りの良い話になっただけで、実は、聞こえていないところにこそ本音がある、という話です。逆に耳障りの良い話には注意が必要だ、ということにもなるのでしょう。

 日本は今、韓国との関係が悪くなっているように見える状況ですが、ここにも「犬笛」が潜んでいるのかもしれません。でも、やっかいなのは、「犬笛」を吹いている人間は、表向きには「嫌韓」を叫んでいない、ということなんでしょう。

他人がそれを見破るのは難しいこともありますが、実は、犬笛を吹いている人間自身が、無意識で吹いている可能性があります。「自分は差別主義ではない」と思っているかもしれないのです。

最後、BBCの記事では、みんなが犬笛に気が付けば、犬笛戦略の効果はなくなるだろうと言っています。 

 

 

 

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2019/06/25

NHK「シリーズ スペース・スペクタクル 第1集 宇宙人の星を見つけ出せ」を観て

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昨日6月24日は「UFOの日」だったそうです。

UFOについては、ちょっと懐疑的なところもあって、必ずしもすべて信じるわけではありません。俺自身、高校時代に友人とUFOを目撃しているのですが。

自然現象もあるでしょうし、心理学を勉強してからは、特に、「錯覚」「記憶違い」「無意識の嘘」というふうにも考えられます。人間は過去や周辺の情報からかってに形を見てしまうこともあるのです。また、無意識の願望なんかでも見えることがあります。

だから、俺が遭遇したと「記憶」しているUFOも、今では、必ずしも宇宙人が操縦している乗り物とは思っていません。

心理学者ユングもUFOについて言っています。

川戸圓氏の「「モノ」の語りとしての妄想と物語」にはこういう記述があります。

「UFO伝説は、現代の「生きている神話」であると、ユングは言うのだが、何故、今、私たちが神話を必要としているのか、何故、今、私たちが神話を語り始めているのか、その理由については、現代というこの時代が、「人間性という面では暗黒」の時代であるからだという。…(略)… だからこそ宇宙の彼方から、この危機を乗り越えさせてくれるかもしれない、特別な力がやってくる、そういう話が生成してくるというのである。」

それと俺たちは、この無限大の宇宙に地球人だけ、という絶対的孤独に耐えられないのではないかと思っています。だから、エイリアンみたいなのでもいいから、とりあえずいてほしいというのは、人類の意識的・無意識的な願望なんだろうと。

一昔前までは、たしかにそうだったのかもしれません。UFOは新しい現代の神として地球に降臨し、人類を救ってくれるかもしれないと。でもどうなんでしょうか、昔はUFOや宇宙人は、空想の産物で、現実には「いない」ことを前提に語られているようにも思います。今は、ちょっと違います。 

宇宙人、地球外生命体は、どこかにいるというのは、まぁ科学者の間でも常識になってきているようなのです。進化の程度や環境でどんな形であるのか、という違いはあるでしょうが。必ずしもUFOを操縦できるほど進化した生命体であるとばかりは限りません。

一昨日のNHK「シリーズ スペース・スペクタクル 第1集 宇宙人の星を見つけ出せ」では、長さ400mの葉巻形UFOの話題が出ていました。このUFOは、どう見ても自然現象ではなく、自然には起こりえない軌道と速度を持っていたようです。科学者がそう証言しているんだから、かなり信憑性はあります。

ここまでくると、いるか、いないかの議論は終わり、いつ、どこで、どういうふうにファーストコンタクトを迎えるのか、関心事はそこにあるようです。

でも、時間の概念を持たない生物だったらどうしよう。

一昨日の番組を見て思いました。その赤色矮星を周る惑星は、赤色矮星に近すぎるので、いつも惑星は引力の影響を受けて、同じ面を向いています。つまり自転がないのです。赤色矮星は空から動かず、ずっと朝か夕かの「トワイライトゾーン」なのです。

人類は、地球の自転・公転があるから時間を意識するように進化したのではないか、とも思うのです。約24時間で1日、約365日で1年ということに気がつきました。そして「暦」というものを発明しました。(ついでに言えば、人それぞれに流れていたこの時間をみんなに共通の「単位」としたことで、文明の発達と、反対に不幸をもたらしたとも思いますが、そのことについては、またの機会に書きます)

もし宇宙人が、地球とは全く環境が違ったところで生まれ育って、時間の概念がないなら、どんな遠いところであっても、また何万年かかってでも平気で地球にやってきているだろうと想像します。

ただ「死」は生命体である以上避けられない区切りであるので、完全に時間の概念がないとは言い切れませんが。生命体が生まれてから死ぬまでの時間が一単位となるような時間感覚。なかなか想像できませんが、とにかく、地球人とは時間の観念は絶対違うでしょう。そこでのコミュニケーションは、かなり難しいのではないでしょうか。

俺がイランの田舎に行ったとき、「西暦」がまったく通じず、すべて「イラン暦」で言われて、話が通じなかったことを思い出します。こと、暦、日付の問題だけではありませんでした。宇宙の話と比べると、ずいぶん小さい話ですが。

 

 

 

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2019/05/30

話題の「かぶる傘」のルーツは?

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(中国貴州省興仁 2011年)

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(中国貴州省 2011年)

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(ベトナム・ハノイ郊外)

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先日、オリンピック中の雨や熱中症対策として「かぶる傘」として発表されました。これは笠型傘?それとも傘型笠?

俺はは8年前(2011年)、中国で購入しました。

貴州省を撮影旅行中、たまたま興仁とかいう町を通過したら、市の立つ日で、せっかくだからと市を見て回ったのです。そしたら、この傘売りがいました。

これはアイディア商品だと思い、10元~15元くらいで買った記憶があります。頭の部分にはゴムバンドが付いていて、頭に固定することができます。

この傘は、どこが発祥の地なんでしょうか? 少なくとも、中国ですでに売っていたから、日本じゃないことは確か。

中国・ベトナムなど東南アジアでも、こういう形の笠はよくかぶっていますね。農作業している人は特に。材質を変え、たためるようにすれば、こういう傘は生まれても不思議ではありません。農作業にも便利です。

最初はちょっとコミカルな感じで、恥ずかしくもありますが、中国では、意外と小雨が降る天気での撮影には重宝しました。もう少し大きくしてもらえると(構えたカメラが隠れるほどに)カメラマン必須アイテムとなるでしょう。

アマゾンでもたくさん売られています。日本ではアウトドア用品なんですね。大きめのやつもすでに売られています。

俺が中国で買ったやつは、これではないでしょうか。

https://www.amazon.co.jp/dp/B01FTM0ZNU/ref=psdc_2131688051_t1_B07F2DZ7MW

 これはセルフポートレートでも使えます。

 

 

 

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2019/05/14

「大嘗祭の米産地、「亀卜」で栃木県と京都府に決定」というニュース

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(石畑の棚田)

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(石畑の棚田)

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(毛原の棚田)

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(新井の棚田) 

 

「11月に行われる天皇陛下の即位に伴う重要儀式「大嘗祭」に供える米を収穫する地方が占われる「斎田点定の儀」が行われ、宮内庁は、米の産地が栃木県と京都府に決まったと発表しました。」
(TBSニュース https://news.nifty.com/article/domestic/society/12198-273242/)

「亀卜(きぼく)」で「大嘗祭」に供える米の産地を決めるなんて「古臭い」と言っているジャーナリストがいますが、わかってないですね。ある意味「合理的」だと思いますよ。

はっきり言って、田んぼはどこだっていいのです。(あくまでもいい意味ですよ)

どこだっていいけれど、決まったら、影響力は大きいです。名誉でもあるだろうし、経済的メリットも生まれます。

だから選定には、不公平感があってはならないのです。できれば「自然に」、あるいは「神の御意志で」決まったら理想的でしょう。だったら、それをどうやって決めるか。サイコロを振ったり、エンピツを転がすことではみんな納得しないでしょうね。

ここで「亀卜」が出てくる。昔から、これで決めていたんだから、ある意味、どこに決まってもしかたない(納得せざるを得ない)ということです。もちろん「亀卜」の亀の甲羅を読む方法は人の意志や無意識が影響するでしょうが、秘儀であるなら公にしなくてもいいわけだし。

さて、決まった栃木県と京都府では、これから田んぼを推薦することになるそうですが、じゃぁ俺は棚田を推薦しておきます。

栃木県内には、「日本の棚田百選」になった棚田は、茂木町「石畑の棚田」と、那須烏山市「国見の棚田」です。国見は数年行ってないので正確にはわかりませんが、放棄された田んぼもあったかと思うので、ここはやはり推薦は「石畑の棚田」ですね。

ここは立派です。いい棚田です。ボランティアも入っているので、美しい棚田を維持しています。

京都府の百選の棚田は、京丹後市「袖志の棚田」、福知山市「毛原の棚田」ですが、他に百選には入ってないですが伊根町「新井の棚田」などあります。

 

 

 

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2019/05/13

芥川賞『ニムロッド』のテーマ、AIと人間について

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第160回芥川賞に『ニムロッド』が受賞しました。まだ作品は読んでいませんが、著者の上田岳弘さんがインタビューを受けているのを見て、いろいろと考えさせられました。内容はどうかわかりませんが、テーマとしては興味があることです。

AIで効率化が進むと、人間はどうなるのか? それでも人間でい続けることができるのか。

「やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という答えを残して」 

どうなるかは誰もわかりませんが、個が無くなるという感覚はなんとなくわかる気がします。

以前、脳を100パーセント使う『ルーシー/LUCY』や『リミットレス』という映画について書きましたが、その映画では、脳が100パーセント使われるということは、肉体が必要なくなる、つまりは個がなくなり、「全体」に溶け合うということらしいのです。

ところで、オーストラリア先住民アボリジニーには「犬のおかげで人間になれる」ということわざがあります。気に入っていることわざで、時々引用させてもらっています。

このことわざは、テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン著『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』に載っているものです。

どういうことなのでしょうか? 本から要約します。

考古学によって、人間が飼い犬を埋葬するようになった1万年前から、人間の脳が小さくなったことがわかったというのです。(犬の脳も小さくなりました)

人間の脳のどこが小さくなったかというと、

「人間では、情動と知覚情報をつかさどる中脳と、嗅覚をつかさどる嗅球が小さくなり、一方、脳梁と前脳の大きさはほとんど変わっていない。」

だそうです。つまり、犬と暮らすようになって、こういうことが起こったようです。

「犬と人間の脳は専門化されたのだ。人間は仕事の計画と組織化を引き受け、犬は知覚の仕事を引き受けた。犬と人間はともに進化して、よき伴侶、よき仲間、よき友達になったのだ。」

犬は番犬、猟犬としての能力が重宝がられたはずなので、そういった番犬として、猟犬として、暗闇から敵を見つけたり、匂いで他の動物の接近を知ったり、獲物を探したり、という知覚能力を犬に頼ることができるようになったので、人間はその部分の能力を退化させたということのようです。

これが「犬のおかげで人間になれる」という意味のひとつです。お互いが補完しあう関係ですね。(ネアンデルタール人が滅んだのは、犬を飼わなかったからだ、という説まであります)

と、いうことは、もしかしたらAIによって、人間は犬を飼い始めたときのような大変革の時期に差し掛かっているのかもしれません。

今のAIによって、人間の能力を補完してくれるならば、人間は、そこはAIにお任せして、別なとこに能力を使えるようになる、とも言えるわけです。人間とAIは、犬と暮らすことで脳が専門化したように、お互いの能力を住み分けるのです。

例えば「計算」はAIには絶対かないません。「計算」でAIに勝とうとしても無理です。ここはAIに任せたほうがいいでしょう。

だから、たんに「AIで仕事を奪われる」などと悲観している人は、すでにAIに負けています。いや、勝ち負けではないですね。あくまでも「補完」なのです。お互いが必要不可欠な「仲間」と言ってもいいでしょうか。

どんな能力の発展が人間に可能なのかはわかりませんが、たぶん、AIには一番不得意な分野であるのは確かでしょう。じゃぁ、何が不得意かというと、「あいまいさ」ではないでしょうか。この「あいまいさ」はAIと比べて人間の得意分野だからです。「芸術」「宗教」などはその典型かもしれません。

まぁ俺は預言者でも占い師でもないので、この「あいまいさ」が、未来、どういった人間の姿を造り上げるかはわかりません。

ただし、「補完」関係ならまだ人間であることは可能でしょうが、それも進んで、もはや「補完」ではなく、すべてがAIが優先するなら、もう人間は必要ありません。まったく本末転倒な話ですが、ある意味、幸せなのかもしれないですね。今の人間の不幸は「悩む」ことにあるとも言えるだろうし、その悩みがなくなるのです。AIが答えを用意してくれるわけだから。

そういう新しい価値で生きる新しい動物が、その時代の「人間」なのでしょう。AIもまた犬と同じように「人間」を作るのではないでしょうか。

そして、その新しい価値を拒み続ける「人間」は、「旧人」として絶滅していくのかもしれません。俺も絶滅する「旧人」側になるんでしょうね。

 

 

 

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2019/04/22

「スリランカ爆発、7容疑者逮捕 死者207人、邦人けが 」のニュース

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(写真はすべて2012年撮影)

 

「スリランカ爆発、7容疑者逮捕 死者207人、邦人けが 」(朝日新聞デジタル)

https://www.asahi.com/articles/ASM4P4R19M4PUHBI00G.html

コロンボは今は「首都」ではないですが、スリランカの最大の都市です。駅前あたりのダウンタウンも活気があって面白い街でした。

外務省の海外安全HPには「2009年5月まで30年近くにわたって続いた「タミル・イーラム解放の虎(LTTE)」と政府軍との武力紛争の終結以降,テロ事件は発生していません。」とあります。たしかに大きなテロの記憶はありません。

インドと比べると、人がマイルドで、あまり嫌な思いもしなかったし、棚田を探して田舎を周っているときもみんな親切にしてくれました。

なにしろ、「サンフランシスコ講和会議」の席上、日本を分割占領から救ってくれたのが、当時スリランカ代表を務めていたジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏でした。日本を擁護してくれたのです。

スリランカは親日的な国です。概して穏やかで好印象を持ちました。

「スリランカ」と「テロ」は結びつきませんでした。「今までは」ということになってしまうのでしょうか。外国人も巻き込まれているようです。と、いうよりも、外国人も狙ったということなんでしょう。(あとで日本人の死亡も確認されました)

 コロンボのほか、首都スリジャヤワルデネプラ・コッテでも爆発があったらしい。他人事ではありません。

 

 

 

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