朝青龍ついに引退 (2)

(写真はウギー湖畔の牧民)
昨日に続き、朝青龍の引退についてです。
俺はモンゴルに行ったせいもあって、朝青龍は好意的に見ていました。「品格、品格」と騒ぐ周りの人間に対して、いっこうに反省もなく(インタビューで「人に合わせる必要はない」と答えています)、やりたい放題やってきた朝青龍になぜかすがすがしさを感じます。
朝青龍が引退したとなると、あるテレビのコメンテーターは、朝青龍はすごかったみたいな発言に変わっていたのはおかしかったですね。それまでさんざん「横綱の品格がない」といって非難していたのに。いなくなって初めてその人の存在の大きさに気がついた、いや、日本の大相撲に必要であったか、わかったのかもしれません。
良くも悪くも話題を提供し、なんと言っても圧倒的な強さで、相撲を盛り上げてくれた力士です。そのコメンテーターだって、朝青龍がいたから仕事もたくさん出来たでしょうに。個人的には、「日本文化」や「品格」ということを考えるいい機会もあたえてもらえました。
「横綱の品格を持て」という中には、「横綱の型にはまれ」という意味も含むだろうから、朝青龍の性格から、しょせん無理だったということでしょうか。
日本人は、横綱の「横綱」という看板というか、肩書きというか、記号というか、そういうものを通したうえでの言動(あるいは型にはまった言動)は受け入れるのですが、「横綱」という看板を通さず、直接ドルゴルスレン・ダグワドルジの個人的な生の感情や言動を聞いたり、見たりするのは、耐えられないということだった。いったん肩書きを持った人に没個性を求める日本人には、ドルゴルスレン・ダグワドルジの子どものような感情丸出しの言動は、きつ過ぎたということかな。
最後は、何があったかさえうやむやのままで、引退。寂しい最後になってしまいました。これも朝青龍が行き着く当然の結末だったかもしれません。引退はしても、事件の真相究明がなされるのではないでしょうか。
横綱ではなかったら、もっと愛された力士になっていたのでは。でも、強かったので、横綱になるしかありませんでした。と、いうより、他の力士が弱かった・・・。
モンゴルの草原で暮らしていた少年を横綱にまでしてくれた日本に感謝したいという意味のことを言っていました。その言葉には嘘はないと信じたい。
楽しませてくれてありがとう。
















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