カテゴリー「映画・テレビ」の235件の記事

2020/06/03

【犬狼物語 其の四百八十六】お犬さまとゴジラのイメージ

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先日、twitterで『オオカミは大神:狼像をめぐる旅』の中に載せている、東京都練馬区八坂神社内の御嶽神社にあるお犬さま(狼)像が、ゴジラと似ているということに触れられていて、あらためてゴジラとお犬さまについて考えてみました。 

本を書いている時点では、正直、あまり調べてなくて、単純に姿形がゴジラと似ていると思ったから、そう書いただけでした。とくにシルエットで見るお犬さまの顔は、まったくゴジラを彷彿とさせる形で、もしかしたら、ゴジラの姿形のルーツはお犬さまではないかと思うくらいです。

でも、姿だけではなく、その意味するもの、あるいはイメージも似ているのでは?と思うようになりました。とくにアメリカ映画『GODZILLA ゴジラ』との対比でみると分かりやすいかな。

まず「ゴジラ」の名前の由来ですが、ゴジラの第1作目にも出ている話で、「大戸島の呉爾羅伝説」というものがあり、これはその後に公開された多くのゴジラ映画に共通する設定のようです。(実際の制作時には、当時のスタッフのニックネームが由来らしい。大戸島も架空の島です)

 「大戸島では「呉爾羅は普段は海底で眠っているが、一度目覚めると近海の生物を食い尽くし、やがては陸に上って人を襲うようになる」と伝わっており、不漁になると呉爾羅が原因だと考えて呉爾羅への生贄として嫁入り前の娘を筏で流していたという設定でした。」(https://mag.japaaan.com/archives/111460/2 参照)

怪物(魔物)は神にもなります。怪物に生贄を捧げる伝説としては、「しっぺい太郎伝説」があります。狼犬が、生贄の村娘の代わりに、魔物と戦うという話です。

呉璽羅という海神の化身の存在が、この島の伝承として人々に伝わっています。それこそ「ゴジラは呉璽羅」です。

2016年公開の映画『シン・ゴジラ』では登場人物である謎の生物学者、牧悟郎の出身地もこの大戸島です。なので、牧悟郎は「呉爾羅伝説」をもちろん知っていたと思われます。

 名前の由来はわかりましたが、それでは、ゴジラの誕生の由来はどうでしょうか。

ゴジラは「放射能の影響で生まれた生き物」というイメージを持っていました。初代のゴジラは1954年に公開されたのですが、当時、ビキニ環礁の核実験が社会問題となっていて、ゴジラは水爆実験で住む場所を奪われた古代生物の生き残りとされています。ところが、ゴジラ作品によって、その設定は変わっているのだそうです。

『シン・ゴジラ』の場合、「太古から生き残っていた深海海洋生物が、不法に海洋投棄された大量の放射性廃棄物に適応進化した「ゴジラ」 (GODZILLA) と呼称される未発表の生物である」(wiki 参照)ととらえられています。

牧悟郎がカギを握っているのですが、はっきりとは描かれていません。牧悟郎がボートから行方不明となっていて、謎のままです。でも、彼がなんらかの「処置」をしてゴジラを誕生させたということを暗示しているようです。自らが呉爾羅への生贄となったという考えもあるようです。

ゴジラはなぜ人間を襲うのか、ということに関してもいろんな考察があるようですが、「ゴジラは自然災害」というとらえ方があります。

たしかに日本の都市は何度もゴジラで破壊されました。でも、それは台風や、地震や、津波と同じような、たとえて言えば、ゴジラが日本で暴れるのは、自然災害のようなところも感じます。人間にはどうしようもない自然の猛威には、祈りしかないという心理的状況はわからないでもありません。

だからゴジラは自然そのものであり、神でもあるでしょう。その点『GODZILLA ゴジラ』のトカゲの怪物がたんなる破壊者という点とは異なっています。

お犬さまが、農作物を害獣から守ってくれるという感謝の思いだけではなく、山に棲む得体のしれないものに対する畏れもあったような気がします。つまりそれは、自然そのものに対する感謝と、畏れそのもの、ということなのでしょう。

お犬さまは、大口真神という神、あるいは、神そのものではなくて、神使、眷属ですが、山、あるいは自然の象徴ともとらえることができそうです。ゴジラのイメージとかなり近いと言えるのではないでしょうか。

ところで、『シン・ゴジラ』では政府の「巨大不明生物特設災害対策本部」で、自然災害と捉えるのか、違うのか、議論が続けられているうちに、被害だけは広がっていくという、なんだか、コロナ禍を予言していたような展開になっています。誰が本当のリーダーかもわからない。その右往左往する様子が、まったく日本的で(と、日本人自身が認めてしまっているのですが)、ちょっと笑ってしまいます。このとき「緊急事態宣言」が出されたかどうか、覚えていません。

 

 

 

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2020/05/11

韓国映画『海にかかる霧』を観て

03_20200511160501(写真は映画とは関係ありません。富山県氷見港のけあらし)

 

映画『海にかかる霧』をDVDで観ました。

wikiによると、

 「『海にかかる霧』(うみにかかるきり、原題:해무)は、2014年公開の韓国映画。2001年に起きたテチャン号事件を戯曲化したものを、映画監督のポン・ジュノのプロデュースにより映画化。(略) 元東方神起・元JYJのパク・ユチョンが映画デビューし、青龍映画賞新人男優賞など多数の映画賞新人賞を受賞した。2015年のアカデミー賞外国語映画賞韓国代表作品。」

実話を基にした映画だそうですが、けっこう衝撃が大きい内容です。サスペンス映画としてはよくできていると思うし、面白かったとは言えます。

漁船チョンジン号の船長は経済的に追い詰められて、密航に加担することになります。中国の朝鮮族を乗せた密航船と沖合で合流し、密航者たちを乗り換えさせて陸まで運ぶという簡単な仕事のはずでした。

途中で乗り込んできた韓国の海洋警察(?)も、なんとかワイロを渡してやりすごしたのでしたが・・・

あるアクシデントが起きてしまい、この密航者たちのうち、一人の若い女性ホンメを除いて全員亡くなってしまうのです。その後、こうなってしまうのか?と、船長のあまりにも大胆で恐ろしい決断で、船上は地獄絵図と化します。

でも、ここの飛躍がちょっと唐突に感じました。人間はそこまでするのだろうか。この部分はフィクションなのか、実際の事件ではどうだったか興味があります。

全然状況は違うのですが、2014年4月に起きたセウォル号沈没事故の船長を思い出してしまいました。乗客の避難誘導をせずに、真っ先に脱出をはかりました。

セウォル号沈没の「 事故の遠因には、韓国社会の体質にも原因があるとされた。朝鮮日報では、韓国社会は「生き残りたければ他人を押しのけてでも前に出るべきだと暗に教えてきた」として、家庭・学校・職場を問わず、犠牲と分かち合いよりも競争と勝利が強調され、清き失敗よりも汚い成功をモデルにしてきた結果としている。」(wiki)とあります。

この映画に出てくる 漁船チョンジン号の船長も、まったく同じように感じますが、どうなんでしょうか。

でも、韓国社会だけなんでしょうか。「生き残りたければ他人を押しのけてでも前に出るべきだ」は、世界中に蔓延しているのではないかと感じます。

もしかしたら俺の中にもあるかもしれません。普段は意識していなくても、いよいよ自分が危なくなった時、どう行動するかははっきり言ってわかりません。

人間の業、生き物としての性とでも言えるのかもしれません。

 

 

 

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2020/05/03

DVDで『ホテル・ムンバイ』観ました

02_20200503065601(写真はインド・バラナシ)

 

ステイホーム週間が続いています。

とは言っても、すでに巣籠り生活はずっと続いていますが。こういうときは映画を観たくなります。

ということで、DVDで『ホテル・ムンバイ』観ました。

2008年、インド の ムンバイ で発生した同時多発テロ。タージマハル・パレス・ホテルでの人質脱出に奔走したホテルマンたち。

迫力ありました。この時期に観ると特別リアリティありすぎて、エンタメとして楽しむ映画以上です。

まるで自分も人質になったようなリアリティなのです。テロに遭ったとき、どう行動したらいいかの参考にもなります。今のコロナ禍にも通用する部分があるのではないでしょうか。

突然身に降りかかる災難に立ち向かうには、その場その場の状況判断。そこには想像力が必要です。

でも、運もありますね。それこそ10㎝違っていただけで弾がはずれたりということも実際あるし。

生き残れるどうかは、自分の生き物としての勘を信じるしかないのかなと思います。

ムンバイには行ったことがないので、バラナシの写真を掲載しました。 

 

 

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2019/10/26

NHK「ごごナマ」の「にっぽんコレに夢中」のコーナーにヴィーノといっしょに生出演

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2019年10月24日 NHK「ごごナマ」の「にっぽんコレに夢中」のコーナーにヴィーノといっしょに生出演し、全国の犬像を6体ほど紹介しました。

● 消防犬ぶん公

● おかげ犬・こんぴら狗

● めっけ犬伝説の大山犬祭り

● 羽犬の像各種

● 犬・猪・狸を同時に育てた母犬モスカ

 

ヴィーノといっしょに生出演するのは、排泄物、セットを壊す、吠えて騒ぐなどのリスクもありましたが、結果的には良かったと思います。打ち合わせでヴィーノ出演の話が出た時、少し考えました。一番怖かったのは、俳優・タレントさんを咬んでしまうことです。

今まで俺たち夫婦以外を咬んだことはないですが、環境が変わってどうなるかはわかりません。ヴィーノもテレビの生出演は初めてです。そこは犬に咬まれたことから犬を飼うようになった俺には特に気になるところです。

犬も自然物です。いつも人間の思う通りにはならないのが自然物。「想定外」が起こるのも自然物。ちょっとしたことで(人間がわからない変化で)ガブッといってしまいます。

結果、放送上という意味だけではなく、スタッフや俳優・タレントさんたちがみんなヴィーノを可愛がってくれたおかげで(このスタジオに犬が来たのは初めてだということです)、スタジオの雰囲気が和み、俺自身の緊張感がなくなったことです。リハーサルでは言葉が出なくなったりと緊張したところもありましたが、本番ではまったくありませんでした。あらためて、ヴィーノに限らず犬(動物)の力はすごいなぁと感心しました。それとスタッフさんたちの俺とヴィーノに対する気づかいにも感謝したいと思います。

俳優・タレントさんにはヴィーノに近づかないようにお願いしていましたが、みなさん動物好きで、平気でヴィーノを撫でていました。特に美保純さんは動物好きらしく、頬ずりまでしてくれたのでびっくりです。俺がしてほしかったくらいで、ヴィーノに嫉妬しました。

そして本番中おとなしかったのは、本番直前に40分ほど、代々木公園を散歩したことかもしれません。ここでオシッコとウンチを済ませ、歩いたので疲れてしまったということがあったようです。それが「おとなしい犬」のように見えました。上に掲載の写真は、散歩から帰り、本番前の控室でのヴィーノですが、すっかり寝ています。

 

 

 

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2019/10/20

NHK「ごごナマ」【にっぽんコレに夢中】は犬像

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(これは東大農学部 忠犬ハチ公と上野博士の像)

 

2019年10月24日(木)、NHKの番組「ごごナマ」に生出演します。

【にっぽんコレに夢中】ハチ公だけじゃない!全国各地・犬像の知られざる物語。

https://www4.nhk.or.jp/gogonama/x/2019-10-24/21/20284/2710474/

登場時間は、14:18ころから約12分間です。

今のところヴィーノといっしょに出るつもりですが、ヴィーノの当日の調子によっては俺だけになるかもしれません。ヴィーノを期待されている方、その時は申し訳ありません。

どうして犬像にはまったのかとか、犬像とヴィーノの関係などを話した後、全国の犬像を6体ほど紹介します。どの犬像になるかは、お楽しみに。

なお、上に掲載の写真はオープニングで使われるかもしれません。

 

 

 

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2019/10/02

映画『TOKYO24』完成披露舞台挨拶イベント

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こちらが、映画『TOKYO24』公式サイトです。
https://tbc-movie.com

2019年10月26日ユーロスペース渋谷他 ロードショー!
「TOKYO24」第16回モナコ国際映画祭日本映画最多5冠受賞!
監督: 寺西一浩、軽部進一、岡田主
出演: 寺西優真、キム・グァンス、葉加瀬マイ、長谷直美など
 

「人間とAIが当たり前に共存する時代が必ず来る近未来をリアルに描く。そこでAIが人間と生活や仕事を共にすることによって、次第に人間に影響されていく過程で「ココロ」が作られていく様子をAIの刑事を通して映し出す。」

「2030年-東京はオリンピック開催後、沢山の問題を抱えていた。国政は選挙制度改革の問題、政治家達の汚職や犯罪が多発、それにより地方分権推進が叫ばれる。そこに情報化社会でたくさんの物、情報がリアルタイムで輸入され、 国民の考え方、ライフスタイル、価値観の変化と共に、激動の時代に突入していた。その東京で、人気抜群の女性都知事・東條真知子が手腕を振るっていた。」(公式サイトから抜粋)

 

2019年9月23日、池袋HUMAXシネマズにて、 映画「TOKYO24」完成披露舞台挨拶イベントが開催され、寺西優真さん、キム・グァンスさん、 葉加瀬マイさん、長谷直美さんなど、共演者が多数登壇しました。俺はオフィシャルカメラマンとして記録写真を撮らせていただきました。(なので、写真の掲載は、寺西一浩監督から許可をいただいています)

日本映画で、AI刑事を演じたのは、今回の主役、AI刑事・青島役の寺西優真さんになるとのことです。初めてのことなんですねぇ。優真さんは、端正な顔立ちがAI刑事役にぴったりだと思いましたが、舞台あいさつの中で、海外のAI刑事の映画をたくさん観て、動きや表情を研究したそうです。本人はいたって明るい青年でしたが、役の上では「笑えない」と、笑っていました。優真さんは、2018年「ムスカリ」で日本武道館でデビューした歌手でもあります。

近未来映画は好きな分野のひとつですが、今回の映画の時代背景となっているのが、女性都知事が活躍する未来です。なんとなく、というか、かなり小池東京都知事を彷彿とさせる人物像でしたが、やはり、この役を演じたベテラン女優、長谷直美さんは舞台あいさつの中で、小池さんを意識していたと言っていました。映画の土台をしっかりと支えている存在感がありました。

そして脇を固めるのがキム・グァンスさんと、葉加瀬マイさん。刑事・金城蓮役のグァンスさんは、 人気韓流グループSUPERNOVA(旧・超新星) メンバーということで、ファンも多数来場していたようです。また女性刑事役の葉加瀬マイさんは、「ルパン三世」の峰富士子を連想させます。

ストーリーは、どんでん返しもあり、ここでは詳しく話せませんが、AI刑事青島と、金城蓮とのやり取りは、たぶん、人間とAIなら、こんな感じなんだろうなというリアリティを持っていました。クスッと笑えるシーンがあります。青島の無表情があってこその笑いですね。ここが人間とAIとの違いか、というところです。

AIが進化して、人間の存在が脅かされるという人もいます。ほんとにそうでしょうか。

もしかしたらAIによって、人間は犬を飼い始めたときのような大変革の時期に差し掛かっているのかもしれません。

AIによって、人間の能力を補完してくれるならば、人間は、そこはAIにお任せして、別なとこに能力を使えるようになる、とも言えるわけです。人間とAIは、犬と暮らすことで脳が専門化したように、お互いの能力を住み分けるのです。

例えば「計算」はAIには絶対かないません。「計算」でAIに勝とうとしても無理です。ここはAIに任せたほうがいいでしょう。AI刑事・青島に、人間である金城蓮は勝てない部分があるのです。

いや、勝ち負けではないですね。あくまでも「補完」なのです。お互いが必要不可欠な「仲間」と言ってもいいでしょうか。

映画では、金城蓮が青島を諭すシーンがあります。青島はディープラーニングによって「人間の心」を学んでいくのでしょう。つまり、AIは、人間からも影響を受けるのです。
映画の中でクスッと笑ったと書きましたが、やっぱり、ここがAIと人間を分ける部分であり、もしかしたら、笑いが起こらなくなったとき、AIがもっと人間と近くなっているのか、はたまた、人間がAIの「心」に近づいていることになるのか、どっちでしょうか。

この笑いのシーンは、きわめて時代を意識した現代的なシーンだと思います。過渡期だからこその笑いなのです。 

 

 

 

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2019/08/25

イラン映画『彼女が消えた浜辺』

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イラン映画というと、今まで『運動靴と赤い金魚』(1997年)、『マリアの息子』(1999年)、『ボーダレス ぼくの船の国境線』(2014年)など、子どもが主人公の映画を多く観てきました。

政治的メッセージが難しいイラン映画では、そうならざるを得ないところもあり、子供が主人公の映画が多い、ということがあったようです。

でも、今回観た 『彼女が消えた浜辺』(2009年)は大人たちが主人公のサスペンス映画です。2009年、ベルリン国際映画祭で監督賞に輝きました。心理サスペンスがすばらしい。

「週末旅行を楽しもうと、テヘランからカスピ海沿岸の避暑地にやってきた男女のグループ。そのひとりであるエリという若い女性が浜辺から幻のように姿を消したのは、ヴァカンスの2日目のことだった。海で溺れたのか、何らかの事件に巻き込まれたのか、それとも、別れも告げずにテヘランに帰ってしまったのか・・・パニックの中で様々な可能性を論じながら彼らはある事実に気付かされる。新たな友人として受け入れたはずの彼女について、エリという愛称以外、その正式な名前でさえ、何一つ知らなかったということに・・・3日目、エリの秘密を握るある人物の登場でドラマは大きく動き出す。エリとはいったい、誰だったのか?」
(amazonの『彼女が消えた浜辺』DVDページより)

大人たちがお互い疑心暗鬼になり、右往左往しますが、その一番の原因が、男女関係にあったわけですが、さすがにここは男女関係に厳しいイランだなぁ思わすところです。それ以外は、別に「イラン」とか「イスラム」とかの色眼鏡をかけて観なくても、普通に楽しめる映画になっています。

大仕掛けではなくとも(たぶん、低予算)、じゅうぶん、いい映画が作れるということが評価されての「監督賞」受賞でもあったのでしょう。

ところで、映画の舞台になっているカスピ海沿岸は、映画の画面からも知れるように、「イラン」に対する日本人一般のイメージ、「砂漠」「乾燥地帯」とはちょっと違う風土です。曇り空が広がっています。

言ってみれば、アルボルズ山脈を越えた塩湖のカスピ海沿いの土地は、日本海側の新潟県みたいなところです。冬には雪も降り、夏は高温多湿で、大稲作地帯です。山間部には美しい棚田もあります。

そしてカスピ海沿いにはリゾート地も点在しています。「ラムサール条約」のラムサールは、ここイランのカスピ海沿いの街です。。

 

 

 

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2019/06/25

NHK「シリーズ スペース・スペクタクル 第1集 宇宙人の星を見つけ出せ」を観て

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昨日6月24日は「UFOの日」だったそうです。

UFOについては、ちょっと懐疑的なところもあって、必ずしもすべて信じるわけではありません。俺自身、高校時代に友人とUFOを目撃しているのですが。

自然現象もあるでしょうし、心理学を勉強してからは、特に、「錯覚」「記憶違い」「無意識の嘘」というふうにも考えられます。人間は過去や周辺の情報からかってに形を見てしまうこともあるのです。また、無意識の願望なんかでも見えることがあります。

だから、俺が遭遇したと「記憶」しているUFOも、今では、必ずしも宇宙人が操縦している乗り物とは思っていません。

心理学者ユングもUFOについて言っています。

川戸圓氏の「「モノ」の語りとしての妄想と物語」にはこういう記述があります。

「UFO伝説は、現代の「生きている神話」であると、ユングは言うのだが、何故、今、私たちが神話を必要としているのか、何故、今、私たちが神話を語り始めているのか、その理由については、現代というこの時代が、「人間性という面では暗黒」の時代であるからだという。…(略)… だからこそ宇宙の彼方から、この危機を乗り越えさせてくれるかもしれない、特別な力がやってくる、そういう話が生成してくるというのである。」

それと俺たちは、この無限大の宇宙に地球人だけ、という絶対的孤独に耐えられないのではないかと思っています。だから、エイリアンみたいなのでもいいから、とりあえずいてほしいというのは、人類の意識的・無意識的な願望なんだろうと。

一昔前までは、たしかにそうだったのかもしれません。UFOは新しい現代の神として地球に降臨し、人類を救ってくれるかもしれないと。でもどうなんでしょうか、昔はUFOや宇宙人は、空想の産物で、現実には「いない」ことを前提に語られているようにも思います。今は、ちょっと違います。 

宇宙人、地球外生命体は、どこかにいるというのは、まぁ科学者の間でも常識になってきているようなのです。進化の程度や環境でどんな形であるのか、という違いはあるでしょうが。必ずしもUFOを操縦できるほど進化した生命体であるとばかりは限りません。

一昨日のNHK「シリーズ スペース・スペクタクル 第1集 宇宙人の星を見つけ出せ」では、長さ400mの葉巻形UFOの話題が出ていました。このUFOは、どう見ても自然現象ではなく、自然には起こりえない軌道と速度を持っていたようです。科学者がそう証言しているんだから、かなり信憑性はあります。

ここまでくると、いるか、いないかの議論は終わり、いつ、どこで、どういうふうにファーストコンタクトを迎えるのか、関心事はそこにあるようです。

でも、時間の概念を持たない生物だったらどうしよう。

一昨日の番組を見て思いました。その赤色矮星を周る惑星は、赤色矮星に近すぎるので、いつも惑星は引力の影響を受けて、同じ面を向いています。つまり自転がないのです。赤色矮星は空から動かず、ずっと朝か夕かの「トワイライトゾーン」なのです。

人類は、地球の自転・公転があるから時間を意識するように進化したのではないか、とも思うのです。約24時間で1日、約365日で1年ということに気がつきました。そして「暦」というものを発明しました。(ついでに言えば、人それぞれに流れていたこの時間をみんなに共通の「単位」としたことで、文明の発達と、反対に不幸をもたらしたとも思いますが、そのことについては、またの機会に書きます)

もし宇宙人が、地球とは全く環境が違ったところで生まれ育って、時間の概念がないなら、どんな遠いところであっても、また何万年かかってでも平気で地球にやってきているだろうと想像します。

ただ「死」は生命体である以上避けられない区切りであるので、完全に時間の概念がないとは言い切れませんが。生命体が生まれてから死ぬまでの時間が一単位となるような時間感覚。なかなか想像できませんが、とにかく、地球人とは時間の観念は絶対違うでしょう。そこでのコミュニケーションは、かなり難しいのではないでしょうか。

俺がイランの田舎に行ったとき、「西暦」がまったく通じず、すべて「イラン暦」で言われて、話が通じなかったことを思い出します。こと、暦、日付の問題だけではありませんでした。宇宙の話と比べると、ずいぶん小さい話ですが。

 

 

 

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2019/01/28

Nスペ「病気に苦しむ子どもを支える セラピー犬・ベイリー」

01_99img_9694(これはセラピー・ドッグ チロリの像)


Nスペ「病気に苦しむ子どもを支える セラピー犬・ベイリー」を観ました。

難病の女の子とセラピー犬・ベイリーの物語です。

ハワイで訓練を受けたベイリーはオスのゴールデンレトリーバーで11歳、日本初の大病院専属セラピー犬で、これまで3000人以上の病気に苦しむ子供に寄り添い、心を癒してきたそうです。

女の子は、ベイリーがそばにいることで、痛さや苦しさを癒され、退院することができました。ベイリーは、女の子の退院と同時に引退することになりました。

番組では、なぜ、犬と人は互いに愛情を感じ合い、心を癒やし合うのかという理由を最新科学で解き明かしています。

犬は、人間と同じ喜怒哀楽を読み取る脳の部位が活性化するらしい。

以前、「愛犬と見つめ合ったら…… 愛情ホルモンで絆が深まる」(Nifty News)というニュースがありました。

「一般的に動物のアイコンタクトは「威嚇」のサインであるのに対し、ヒトと犬の見つめ合いは「愛情」のサインだ。お互いが相手の目に浮かぶ感情に応えることで、一方的な支配-被支配関係とは違う双方向の絆を生みだす。」

だそうです。俺も、ヴィーノと見つめあって、威嚇の感情は感じていなかったので、この記事を読んで、「やっぱりなぁ」と納得できたのです。

見つめあうと、オキシトシンというホルモンが出ることは知られていますが、それが人間側だけではなく、犬側でも出ているということがわかったのです。

犬も人間で癒されているわけですね。だから寄り添う。別に、人間だけのためではなかったというところが興味深いところです。

犬は、犬自身で、人間のそばにいたいからいるらしいということです。これは重要ではないでしょうか。より自然な関係です。

ロシアの研究所も紹介されました。ここで飼われているのが狐。狐も何代にもわたって飼育し、より穏やかな個体を交配するとまるで犬のような動物になっていくそうです。

どうも、脳の海馬が大きくなり、攻撃性のホルモンが減っていくということらしいのですが、これは狐だけではなく、狼がどのように犬に変わっていったのか、ということも示唆しているようです。
 
 
 
 
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2019/01/26

映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』を観て

Korea01(韓国 南海島の棚田)

Korea02(韓国 聞慶の棚田)


韓国で1980年5月に起こった光州事件を世界に伝えたドイツ人ジャーナリストと、彼を事件のあった光州まで送り届け、取材を助けたタクシードライバーの実話を基にした映画です。

簡単に言うと、普通のおっさんが、義憤にかられて、英雄になるという話、と言ってもいいのかもしれません。英雄はすぐ近くにいるのです。

ソン・ガンホ扮する主人公のマンソプは、タクシードライバーで、最初は単なる仕事として10万ウォンのためにドイツ人を光州まで乗せただけでした。全国で勃発している民主化のデモに対しても、どちらかというと迷惑な学生たちと思っているような、普通の一般市民でした。

ところが、光州に入り、様々な人に出会い、実際、軍隊がデモ隊に発砲してるのを見て、徐々に、国に対する疑いを持ち始めます。

そして、その暴動を鎮圧する軍隊の無差別虐殺をレポートするドイツ人ジャーナリストを助け始めるのです。

最後は名乗りもしませんでした。タクシーは人を乗せるのが仕事だから当然、というのです。カッコ良すぎです。

実際、ドイツ人ジャーナリストは、後日、韓国でこのドライバーを探すのですが、だれも名乗ってこなくて、再会していません。

一説では、このドライバーは、北の工作員だったのではないか、だから、名乗らなかったのではないか、という話もあるようです。真偽のほどはわかりませんが、少なくとも、この映画では、ドライバーは市井の英雄の話になっています。

映画の最後、タクシーが集結してドイツ人ジャーナリストを守るカーチェイス的なシーンは、いらない気がしました。これがなかったら、もっとよかったのにと思います。

ジャーナリストやカメラマンが、現地の案内人と仲良くなるという話は、カンボジアのポルポト政権下を取材したジャーナリストの映画『キリングフィールド』というのも覚えています。確かこの映画では、何年か後に再会していたと思います。

俺も、韓国では、棚田を探すために田舎町でタクシーを使ったことがあります。棚田の写真を見せ、こんなところに連れて行ってほしいと頼んだのです。やっぱり現地の人に聞くのが一番ですね。とくに聞慶へ行った時は情報もなかったので、ドライバーが知っている山村へ行った時は、感動しました。まるで日本と同じような棚田地帯だったのです。

タクシードライバーには、各国でいろいろと助けられています。

それと、メコン河源流を探して青海省のチベット高原を馬で訪ねた時の案内人ガッデさんなど印象に残っている人は多く、彼らの協力なしで目的地に行くことはできなかったでしょう。

難しい旅をともにしたということもあり、特別の友情を感じるというのは、俺もわかります。
 
 
 
 
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