カテゴリー「映画・テレビ」の219件の記事

2018/01/06

ラジオ2局で写真展『全国の犬像をめぐる』を紹介

Dsc_0320(渋谷駅前 忠犬ハチ公像)

Dsc_0322(NHK入り口 「せごどん」のポスター)


昨日は、ラジオ2局で写真展『全国の犬像をめぐる』を紹介していただきました。

TOKYOFM/JFN「クロノス」は、8時から生電話出演でしたが、直前に家電が調子悪くて、2回切れてしまいました。そして予備のスマホがつながったのが本番10秒前でした。

あせりました。つながったとたんしゃべり始めたかっこうなので、声が上ずってしまいました。

そして、夕方5時20分からは、NHKラジオの夕方トピックで、こちらはスタジオから生出演でした。渋谷駅前では、忠犬ハチ公に新年のご挨拶を。

夕方トピックでは、消防犬ぶん公から始まって、高野山への案内犬ゴン、そしてユニークな姿の羽犬、こんぴら狗やおかげ犬の代参犬、最後は、西郷さんの愛犬ツンの話。

今年のNHK大河は『せごどん』なので、愛犬のシーンが出てくるのか注目です。


昨日のNHKラジオに出演したときの様子はしばらくこちらで聴くことができます。
夕方トピック 「全国忠犬物語」
放送2018年3月5日(月)

http://www4.nhk.or.jp/hitokoto/365/
 
 
 
 
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2017/12/31

ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』は神隠しの映画

171229(異界への入り口、水に映る満月)


ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』は、昔2度ほど、映画館で観ました。

主人公アナが、フランケンシュタインと遭遇したときの表情には、ぞくぞくっとしますね。これ、芝居でしょうか。

見るのは20年ぶりですが、なぜもう一度観ようと思ったかというと、「物語」を調べている中で、赤坂憲雄編『物語という回路』の中の「龍潭譚考 神隠しをめぐる精神史的考察」に、こう書いてあったからでした。

「神隠しは天狗・鬼・山男など隠し神にバリエーションはあれ、ある超自然」的なモノによってどこか異世界へと子どもや女が連れ去られる、不思議な現象として体験されてきた。」「鏡花の「「龍潭譚」という短編小説は、神隠しを主題とした傑作として知られる。小さな、しかし、まさに傑作である。すくなくとも、これほどに生きられた神隠し体験をみごとに描き切った小説を、私は知らない。映像の世界における、ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』に匹敵するとでもいえようか。ジャンルこそ異なれ、この『ミツバチのささやき』と「龍潭譚」は神隠しを描いた傑作として、双璧をなすはず」

そうか、『ミツバチのささやき』は、「神隠しの話」という観方もあったのかと。

映画では子どもたちの遊びの様子が描かれています。

焚火の火の上を飛び越したり、線路に耳を当てて列車が来るのを待ったり、危険なことをやるのが子供たち。

俺も小学生のころ、放課後、小川に笹舟を浮かべて流し、それを追って、遠くまで行ってしまい、気が付いたら真っ暗になって怖かったことを思い出します。

もちろん、この時、遅くなってから家に帰りついているのですが、こういう状態を「プチ神隠し」と言ってもいいかもしれません。子どもの頃こんな体験は、みんなあるのではないでしょうか。

同じような感覚はTVドラマ『北の国から』にもあります。覚えているのはこのシーンです。

夜の森で純、蛍、正吉の3人がUFOと遭遇し、分校の先生が「365歩のマーチ」を歌いながら現れ、先生は宇宙人かもと疑い、暗い森を逃げ帰るシーンがあります。子どもの目線で語られるそのエピソードが好きです。不思議な話のままで終わるのがまたいいですね。怖いけど魅かれる感じが良く出ているシーンだと思います。

「危険」と思うのは、やっぱり経験や知恵がついて大人になってしまったからで、子供にとって、危なさや、危なさに通じる向こう側の世界は、こっち側とはつながっている世界であるのでしょう。

大人になるとそのふたつの世界が断絶してしまうのかもしれません。

子どもはフランケンシュタインが現れても、それなりに受け入れてしまう。異界のものに無防備です。だから『ミツバチのささやき』でも、主人公アナは逃亡者に対しても、恐れることもなく近づき、親切にします。それはお母さんの教えでもありました。

精霊は、良い人には良いもので、悪い人には悪いものと、お母さんはアナに教えるのです。逃亡者はアナにとっては異界から訪れた精霊なのでしょう。そして精霊は、自分自身の心のありようでもあるのですね。「良いもの」であろうとするところに、子どもの純真さを感じます。
 
 
 
 
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2017/12/16

坂本長利さんのひとり芝居『土佐源氏』

171216_1(楽風での坂本長利資料展)

171216_2(楽風での坂本長利資料展)


埼玉県さいたま市浦和区の日本茶喫茶・楽風で、坂本さんのひとり芝居を観ました。これで3度目です。

毎回違うことを感じて、飽きるということがありません。

本当にこれは「芝居」なんだろうか?と思いました。坂本さんに元馬喰が乗り移ったように感じてしまった昨日の芝居でした。それは坂本さんの年齢も関係あるかもしれません。

昭和16年、民俗学者の宮本常一が、橋の下で暮らす元馬喰の盲目の男の話を聞き取りしたのは、元馬喰が当時80歳のときだったという。坂本さんはその年齢をとうに越えて88歳になりました。

だから元馬喰を演じているのが坂本さんなのか、坂本さんを演じさせているのが元馬喰なのか・ ・ ・

このひとり芝居の回数も1190回。これもすごいことです。ギネスに申請しているとのこと。

今流行の「不倫」の懺悔(?)もあります。

ただ、元馬喰の話を聞けば、この「不倫」を道徳的に糾弾することがどんなに不毛なことかを感じます。むしろこの場合、「不倫」することが道徳的でさえあるのではないかと、そんなふうにも思いました。

ある身分の高い家の奥さんと、牛を買うということで知り合います。身分のある奥さんが、馬喰の自分を対等に扱ってくれることに好意を持ちます。だんだん親密になっていきます。あるとき、旦那が外に妾を作っていたこともあり、奥さんは幸せではないんだなぁと知ります。それで、奥さんと納屋の藁の中で・ ・ ・

「おなごと牛には嘘はつかなんだ」

と、元馬喰は言います。おなごと牛にモテた理由は、ここにあるのでしょう。

身分があろうがなかろうが、金持ちであろうがなかろうが、どんな人間でも、精いっぱい生きた人生は美しいんだなと感じます。それに引き換え、俺は、未だに地に足が着いていないような非現実感をおぼえながら、人生を送っているような気にもなります。

そういう名もない人の話を丁寧に掬い取った宮本常一もすごい民俗学者だった、ということなのでしょうが。

なお、12月23日、NHKが坂本さんの記念公演の旅に密着取材したドキュメントが放映されます。

ETV特集「老いて一人 なお輝く~一人芝居 50年~
 
 
 
 
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2017/12/15

映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観て

Aini01(中国雲南省 アイニ(ハニ)族)


昔観たかもしれないのですが、もう一度映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観ました。

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(Dances with Wolves)は監督・主演・製作はケビン・コスナー。アカデミー賞作品賞とゴールデングローブ賞 作品賞を受賞している1990年のアメリカ映画です。

どうしてまたこの映画を観ようと思ったかというと、狼が出てくる映画だからでした。人間と狼のファーストコンタクトを描いているものです。

ところが狼だけではありませんでした。もっと興味深かったのは、人間、先住民のスー族とのファーストコンタクトでした。

まったく、言葉も感覚も違う人たちが、どうやって交流を始めていくのか、雲南省で少数民族の村を訪ねたときの体験があるので、すごくリアリティを感じるものでした。

ケビン・コスナー扮する主人公、北軍の中尉だったジョン・ダンバーが「失われる前にフロンティアを見ておきたい」と田舎の砦への赴任を希望します。

そこで先住民のスー族たちに出会い、しだいに心を通わせ、やがて本当のスー族になってしまうというストーリ-です。

砦に現れた1匹の狼。この狼とも仲良くなっていきます。犬が初めて家畜化されたのは、中央アジアあたりらしいという研究発表があります。

狼は、やがてジョンの手から食べ物を食べるようになり、草原で楽しそうに戯れます。狼が犬に変わった瞬間はこのような場面だったのではないでしょうか。

ある日、ジョンはスー族の名前をつけてもらいました。名前を付けられたことで、スー族になったということを実感します。それが「狼と踊る男」です。スー語では「シュグマニツトンカーオブワチ」。ジョンが狼と戯れていたところをスー族は見ていたんですね。

バッファローの狩りで、印象的で大切なシーンがありました。

ジョンは彼らといっしょに狩りに出かけますが、獲物の肝臓を取り出して食べるシーンがあります。一番栄養がある部位で、それを共に食べることで一体感というか仲間の絆を再確認する儀式にもなっています。

スー族の男は、自分が食べたあと、ジョンに差し出します。ジョンもそれを食べると、周りの人たちから歓声があがります。

20数年前になりますが、俺も雲南省で同じような体験をしています。アイニ族の結婚式では、豚の生肉・レバー料理が出ました。俺が食べるところを村人がじっと見ているのです。そして食べると歓声が上がりました。

彼らも生食をすることは気にしているらしく、「西洋人の記者から、俺たちは生肉を食べる野蛮な人たちと書かれたが、なかなかこういう習慣はなくならないよ」と言いました。

ところで、男たちが他民族との闘いに出た時、ジョンは村に残り、村の守りを任せられるのですが、外敵が襲ってきたとき、砦に隠してあった銃を、村人に配るのです、今までは弓で闘っていたのに、銃を使うことで、格段に殺傷能力が高まり、結局、女たちでさえ銃で外敵をやっつけることができました。

明らかに、ここで闘い方の変化が起きました。もしかしたら、銃を使った戦いで勝ったという成功体験は、このあと、外敵が来たら交渉ではなく、すぐ戦ってしまおうと考えるようになったのかもしれません。武器を持つと使いたくなるというのは、古今東西、例外なくみられる現象です。

自衛のための銃は必要だという感覚はアメリカ西武開拓時代を考えるとわからないでもないですが、唯一、ジョンの行動で違和感を覚えた部分です。
  
 
 
 
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2017/11/11

モンゴルのスナック菓子「CYMO スモウ」

171111


12日(日)から福岡国際センターで十一月場所が始まります。

白鵬、日馬富士、稀勢の里の3横綱がどういう相撲を見せてくれるのか期待です。とくに白鵬は、横綱勝率で相撲の神様と呼ばれた「双葉山超え」に挑むそうです。

モンゴルのスナック菓子の袋が出てきました。「CYMO(スモウ)」 です。

以前モンゴルへ行ったとき、街の商店で買ったものです。袋を捨てなかったのはかわいらしいキャラクターの絵だったからです。当時、朝青龍が活躍していた時期でした。だから白鵬ではなく、朝青龍がモデルなのかなと思います。

食料品売り場で見つけた菓子ですが、見た目、塩味を期待させるものなのに、口に入れると甘い。ちょっとした「裏切り」を感じました。

2種類ありますが、ひとつはカカオ味、もうひとつはミルク味です。味自体は悪くありませんでした。

 
 
 
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2017/09/22

業務連絡: 雑誌やテレビやイベント企画担当者様へ。来年は「戌(犬)年」です。

170922_1(岐阜県白川村荻町)

170922_2(長崎県南島原市の原城跡)

170922_3(愛媛県松山市の「目の見えない犬ダン」像)

170922_4(秋田県大館駅前の「忠犬ハチ公」像)


今日は、雑誌やテレビやイベント企画担当者様への業務連絡です。

大倉眞一郎さんと杏さんがナビゲーターをつとめるJ-WAVEの書評・トーク番組「BOOK BAR(ブック・バー)」で『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』が紹介される予定です。

放送予定日は23日(土) (22:00~22:54)

もし機会があったら聴いてみてください。撮影旅行中なので、俺は車中泊の車内で聴くことになるかな。予定では、福島県あたりにいると思います。

ところで、先日、ヴィーノの日本一周旅行で撮影したヴィーノのいる日本の風景写真が、雑誌で1年間連載するという嬉しい仕事が入ったので、そうかそろそろ来年用の企画を提案しなければ、そんな時期なんだなぁと思ったので、いくつか提案してみます。

来年2018年は、戌(犬)年です。犬→お犬→お犬さま→狼という連想で、犬から狼まで拡大解釈します。

そこで、雑誌やイベントの企画担当者様へ、来年戌年のこんな企画はいかがでしょうか。

● 街歩き企画 「関東のお犬像めぐり」 約50カ所のお犬像ゆかりの地を歩いてみようという企画。(以前ブログで詳しく書いています)

● 街歩き企画 「都会で狼を探してみよう」 ニホンオオカミは絶滅してしまいましたが、東京周辺には狼信仰の秩父三峯神社や武蔵御嶽神社の講の人たちが奉納した多くの狼像(お犬さま像)があります。都会のビルの中で出会う狼という意外性。

● グラビア企画 「アジアの犬たち」 中国雲南省、貴州省、広西チワン族自治区、インドネシア、スリランカ、ネパール、タイ、ラオスなどで出会った犬たちの写真で構成。

● グラビア企画 「ビーグル犬が紹介する日本の風景」 日本再発見の旅。犬が見た日本の風景ということで、ヴィーノが写りこんでいる日本全国、全都道府県の風景写真で構成。

● グラビア企画 「日本全国の犬像100景を訪ねる」 『全国の犬像をめぐる:忠犬物語45話』をベースにして、さらに50カ所を追加して、100の犬像を紹介する。

以上、思いつく企画をあげてみました。他にも、犬・戌関係のアイディアはありますので、お気軽にお問い合わせください。
  
 
 
 
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全国の犬像と狼像(お犬さま像) 【愛犬物語】, 写真, 心理学の話題, 文化と芸術について, 旅(日本), 映画・テレビ, 書籍・雑誌, 犬連れ旅や犬にまつわる話 | | コメント (0)

2017/08/25

ホンダ N-BOX のCMに出てくる棚田は、石川県輪島市白米千枚田

100618

100621_1

170825


ホンダ N-BOX のCM冒頭に出てくる棚田は、石川県輪島市白米(しろよね)千枚田です。こんな道を車で走ってみたいなぁと思うのですが・ ・ ・

Honda Movie Cannel (Nシリーズ 「宣言」篇)の動画はこちらです。

http://www.honda.co.jp/movie/201708/n01/index.html

海が見える棚田の道はいいですね。ただ、この道自体は「農道」なので、一般車が走ることは残念ながらできません。上を走っている(棚田を見渡せる)国道は走ることができます。

まぁ、これはコマーシャルなので、「農道」ではしかたありません。でも、全国、海と棚田が見えて、しかも一般車が走れる道はあります。

たとえば、棚田と海をいっしょに見られる道路といって今思い浮かぶのは、長崎県松浦市の土谷の棚田や、佐賀県唐津市の大浦の棚田、山口県長門市の東後畑の棚田、京都府伊根町の新井の棚田、 福井県高浜町の日引の棚田などです。

ちなみに、海に面した棚田はアジアにもあります。

韓国の棚田は、南海島南部に何ヵ所かあります。でも、海に迫る急斜面の棚田の中に車が通れるくらいの道はなかったと思います。棚田と集落の上を走っている道はありますが。

もう一カ所、小さくて緩い棚田と海を見ながらの道も、あることはあります。

インドネシア・バリ島などにもあるのではないか、と思われるかもしれませんが、バリ島は火山島で、海に近づくほどなだらかになってしまって、棚田が急斜面で落ちているような地形はありません。なので、棚田と海を同時に見ながら走れる道はありません。(他の島にはあるのかもしれませんが)

白米千枚田のように海に面した棚田は日本独特と言えます。狭い国土を有効に活用した先人の涙ぐましい努力の形ともいえるでしょう。

白米千枚田は、輪島市内から能登半島を東へ8km、日本海沿いの斜面に拓かれています。平成13年には国の名勝に指定されました。棚田を見渡す場所は、道の駅「千枚田ポケットパーク」になっています。

中世末期に能登が加賀藩領になると、白米は、海岸の塩田での塩つくりと、新田開発の村として文献に登場します。

道の駅の看板には、狭い田を象徴するような民話が紹介されています。

「昔、田植えを終えた夫婦が田の数を数えたが、2枚足りない。あきらめて帰ろうとして蓑を取ったら、下から2枚の田が現れたという」

輪島市では、白米の千枚田を観光地として位置づけ、地域ぐるみで保全活動に取り組んでいます。秋には、ボランティアの手伝いのもと稲刈りが行われ、千枚田を式場にして「棚田結婚式」も行われています。

Ya_2「オリザ館(アジアの棚田)」にも白米千枚田のページがあります。




『妻と犬連れ日本一周、車中泊の旅』が、Kindle(キンドル・ダイレクト・パブリッシング)から出版されました。

内容は、2009年から2010年にかけて約1年間、北は北海道から南は沖縄まで、妻とヴィーノを連れて全国すべての都道府県をまわった車中泊旅の旅行記です。ようやく書きあげました。文字数は約115000字(400字詰め原稿用紙290枚分)あります。

よかったら読んでみてください。amazonで販売中です。

なお、Kindleがなくても、Kindle無料アプリで読むことができます。(スマートフォン iPhone & iPod touch Android & タブレットPC iPad Android)

妻と犬連れ日本一周、車中泊の旅

【目次】:

序章 

第一章 遊牧民の旅を思いつく

第二章 旅立ち 東北の旅

第三章 北海道の旅

第四章 東海北陸の旅

第五章 犬嫌いになったわけ

第六章 四国・近畿の旅

第七章 中国・九州の旅

第八章 沖縄の旅

終章
 
 
 
【あらすじ】:

51歳の男(私)。40歳の女(妻)。2歳のやんちゃなビーグル犬ヴィーノ。

偶然いっしょに暮らしはじめることになった血も種も越えた、2人と1匹の家族が1台の車に世帯道具を積み込み、車中泊しながら北海道から沖縄まで、全都道府県を旅した旅行記。総走行距離は約2万7千キロメートルになった。

もともと犬とは相性がよくない私は、中国で犬に咬まれて犬嫌いになったが、皮肉にも、妻の希望で犬と暮らすことになる。中国のカザフ族やモンゴル族の遊牧民の生活を見てから、彼らのような移動生活にあこがれていた私は、遊牧民的な旅をしてみたいと夢見ていた。ネットさえつながれば仕事ができるようになった今こそ、「新遊牧民」を実行できるチャンスと思い、妻と犬を連れて日本一周の車旅をすることにした。

やってどうなるか? どんな意味があるのか? 考えはじめるときりがない。それで、とにかく出ることにした。出てから考えようということだ。衝動的で無謀な計画だったかもしれない。

都道府県をすべてまわるということ以外、はっきりした目的地もなく、その日その日、行きあたりばったりの旅をした。当日の朝、地図を見て、おもしろそうなところへ行ってみる。夕方になったら温泉を探し、スーパーで買い物し、食事を作り、車の中で寝る…。3頭の「群れ(家族)」が移動するシンプルな生活。遊牧民と同じで、少ない装備でも長期の旅ができることがわかった。

移動する生活そのものがわくわくする。何を見るでもなく、何か名物を食べるでもないのに、なぜか楽しい。それはまさにカザフ族の生活で見つけた気持ちよさだった。

もちろんトラブルもたくさんあった。

「犬と暮らす」ということは、私たちにとってどういうことなのか、考えながらの旅になった。犬を通して日本を見る旅でもあった。

また、こういった車中泊の車旅をしている人たちが意外に多いことにも気がついた。とくに定年退職した年配の人たち。その数がだんだん増えているという日本の現状も知る旅になった。

そして、旅の最終ゴールは・ ・ ・。

Map


 
 
 
 
 
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2017/08/22

映画『ハドソン川の奇跡 (SULLY)』を観て

170822


映画『ハドソン川の奇跡 (SULLY)』を観ました。

公式HP

「ハドソン川の軌跡」を、監督・製作クリント・イーストウッド、主演トム・ハンクスで映画化した作品です。原題の「SULLY(サリー)」とは、機長チェスリー・サレンバーガー氏のニックネームだそうです。

この飛行機事故は日本でも大きなニュースになったので覚えています。

映画を観て思い出したのは、韓国セウォル号の事故です。パンツ一丁で我先に逃げ出した船長と、乗客の数を気にして最後に飛行機を後にした機長のサレンバーガー氏とのあまりにも対照的な姿が印象的です。

Wikiから引用すると、

「2009年1月15日、USエアウェイズ1549便がニューヨーク・マンハッタンの上空850メートルを飛行中、バードストライクによって全エンジンが停止、コントロールを失う。機長のチェスリー・サレンバーガーは必死のコントロールと苦渋の決断の末、ハドソン川に機体を不時着させる。その結果、1人の犠牲者も出さず、この奇跡的な生還劇は「ハドソン川の奇跡」として全世界に報道された。」

こういうのを本当の「奇跡」というのでしょう。

他に方法がなかったとしても、ハドソン川に着水して助かる可能性は低かったのです。

機長は、この奇跡が起こったのは、すべての人のおかげだと言いました。

そうなんです。何か少しでも違っていたら、大惨事になっていたでしょう。

機長が冷静沈着なサレンバーガー氏ではなかったら、乗務員も冷静でなかったら、着水したとき機体が破損して浸水速度が早かったら、水上警察のボートが近くにいなかったら、救急隊員への連絡が遅れていたら、持病を持った客が心臓麻痺でなくなっていたら…

そんないくつものハードルをみごとクリアして、機長、副機長、乗務員、乗客、警察、救急隊員の全員が命がけで「完ぺきな奇跡の物語」を造り上げました。

映画のクレジットシーンでは、実際の機長と乗客たちも出演していました。「完ぺきな奇跡の物語」を命がけで作り上げた仲間です。特別な連帯感というか一体感が生まれたとしても不思議ではありません。


でも、考えてみれば、奇跡はいつも起こっているのに、俺たちは気が付いていないだけなのかもと思います。

例えば、ゴルフのホールインワンを考えます。1打でカップにボールが入ることが奇跡です。でも、カップに入ることが「良い」と人が見なしているからこそです。

カップの南東1mの芝生の「そこ」にボールが止まることも、バンカーの砂の上の「そこ」にボールが止まることも、毎回毎回、ボールが止まる「そこ」は、ある意味、すべて同じように低い確率です。なぜなら、もういちど「そこ」にボールを止めようとしても、カップの中にボールを入れるのと同じくらい難しいということは納得してもらえるでしょう。いや、プレーヤーは、カップを目指して打っているのだから、カップ以外のところで止まる確率の方が低いとも言えます。

ホールインワンを「奇跡」と呼ぶのは、カップにボールが入るのが「良い」としているからです。意味があるからです。

こう考えると、日々の何気ない生活は、いつも同じことは起こらない奇跡の連続と言ってもいいのかもしれません。その奇跡のうち、人間に意味のあるものは「奇跡」と呼ばれ、意味のないものはスルーされているだけとも言えるでしょう。

「意味のない」と書きましたが、意味があるかないか、そこを大切にするか無視するかは、当人次第でもあります。

日常的な奇跡を表現するものとしては「一期一会」という素晴らしい言葉があります。
 
 
 
 
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2017/08/18

NHKの「日本人のおなまえっ!」で、犬(ペット)の名前特集

170818_1(奈良県王寺町 聖徳太子の愛犬「雪丸」)

170818_2(長崎県大村市 小佐々市右衛門前親の愛犬「華丸」)

170818_3(東京都 東京大学農学部 上野英三郎博士とハチ公)


8月24日(木)19:30〜 NHK総合テレビで古舘伊知郎司会の「日本人のおなまえっ!」で、ペットの名前特集を放送するそうです。

NHK公式HP「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!【日本人のペットのおなまえ】

全国の犬の墓・ 碑・塚などを調査研究している獣医史学会理事長の小佐々学さんが番組に協力したそうで、日本最古の史実の犬の墓がある長崎県大村市の本経寺での、今年6月に営まれた「義犬・華丸」の367回忌法要の様子も放送予定です。

「華丸(はなまる)」とは、小佐々市右衛門前親(こざさいちうえもんあきちか)の愛犬です。

小佐々先生には『全国の犬像をめぐる』でもお世話になりましたが、前親の末裔でもあり、「義犬・華丸」の像と碑を建立された方でもあります。

前親は大村藩三代藩主大村純信の幼少年期の傅役(もりやく)で家老でした。自分が守り育てた純信が33歳の若さで江戸表で逝去したという悲報に接した前親は、慶安3(1650)年6月に純信に追腹して殉死しました。

前親は大村家の菩提寺である本経寺で火葬されましたが、このとき前親の愛犬華丸が主人の荼毘の炎の中に飛び込んだというものです。

「華丸」もまた主人の後を追って死んだ犬ということで「義犬」と呼ばれるようになったわけです。

その他、元祖忠犬の「ハチ」、聖徳太子の愛犬「雪丸」(ソフトバンクの「お父さん犬」と同じように言葉をしゃべったという)、犬の定番の名前「ポチ」がどうやって生まれたのか、ということもやるようです。
 
 
ところで、「動物の名前」に関するもうひとつの話題。

上野動物園のパンダの赤ちゃんの名前が募集されましたが、生後100日を迎える9月下旬をめどに名前が決定されるそうです。

俺も応募しましたが、なんととんでもないミスを犯してしまいました。

というのは、応募した名前が「リーリー」だったのですが、リーリー(力力)は、すでにいたんです。(ちなみに、8月16日、リーリーは12歳になったそうです)

でも、どうしてこんな痛恨のミスを犯したかというと、読みではなくて、漢字(意味)で考えて応募したからでした。

応募した名前は「麗麗」です。中国語読みを日本語表記にすると「力力」と同じ、「リーリー」になってしまいます。応募のフォームには、漢字を書くところはありませんでした。

同じ読みの名前は、採用されることはないでしょう。だからもう採用されるのは諦めました。
 
 
 
 
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2017/07/26

イラン映画 『ボーダレス ぼくの船の国境線』 を観て

170726(イラン ヤズド・マスジェデジャーメ)


第27回東京国際映画祭で、「アジアの未来部門」の作品賞を受賞したイラン映画『ボーダレス ぼくの船の国境線(原題:Borderless)』を観ました。

政治的メッセージが難しいイラン映画では、子供が主人公の映画が多く(そうならざるを得ないところもあり)、これもまた子供目線の映画の一作品ということでしょう。

「イランとイラクの国境付近の川に浮かぶ一隻の古ぼけた船。そこに住む少年と侵入者たちの言葉を越えた交流を描いた感動作。ペルシャ語、アラビア語、英語を話す登場人物たちは、最初から最後まで言葉によるコミュニケーションをとることができない。1980年代のイラン・イラク戦争後、今もなお紛争が続く中東の厳しい現実がリアルに描かれる一方で、時代設定や彼らの国籍、年齢について、映画は多くを語ろうとしない。また、プロの役者でなく地元に住む素人の子供たちを起用することで、彼らの豊かな表情と身振りを見事に描きだしている。」(Lucky Nowの「【ボーダレス ぼくの船の国境線】子供が主人公の名作が多いイラン映画」から引用)

この映画を観て、韓国映画『トンマッコルへようこそ』を思い出しました。

韓国軍兵士、北朝鮮軍兵士、アメリカ軍兵士が、偶然にも、桃源郷の村「トンマッコル」に迷い込み、最後は、村を守るという話です。「殺しあう」「闘う」ことが馬鹿らしくなるほど、村人は素朴で善良です。実際兵士たちは、敵ながらも、お互いを認め合うようになります。

『ボーダレス』でも、国境の廃船で3人が出会いました。主人公の少年はイラン人、赤ちゃんを連れた女の子はイラク人、そして脱走兵らしいアメリカ人。

3人はそれぞれ「敵」でもあるわけです。偶然この廃船で出会い、つかの間、3人の共同生活が始まります。そこが『トンマッコルへようこそ』と似た状況です。

誰のための戦争なんだろう?と考えてしまいます。戦争は国対国でやっているだけ。この3人にとっては迷惑な話でしかないということです。

イラクの少女は、アメリカ兵から村を焼かれたらしく、最初このアメリカ兵に憎悪をむき出しにしますが、このアメリカ兵がやったわけではなさそうです。少女はそれに気が付きます。ひとりの「人」として見えるようになり、「敵」というレッテルは取れました。それからだんだん心を通わせるようになっていきます。

またこの映画では、あまりセリフがありません。まぁ、実際、こんな状況だったら、言葉は無意味です。むしろ表情や身振り手振りが大切です。言葉が通じなくても、心は通い合うということはよく言われますが、俺も外国旅行での体験からそれは感じます。言葉が逆に障害になることもあります。

セリフが少なく静かな中、船の床板や部品の金属音が擦れ合い、ギシギシした音だけが耳障りです。はっきり言って不快でした。

でも、そこに、かえって子どもたちの置かれてる環境(戦争状態も含めて)の過酷さ(痛さ)が表現されているのではないかと思いました。鉄の船の中で裸足で生活するすることを想像するだけで、痛さが伝わってきます。

唯一、アメリカ兵のキャスティングはこれでよかったのかなぁと疑問が残ります。マッチョで少し怖い感じなのです。

じゃなくて、もっと細面の優男であったら、子供たちの恐怖心も薄れたのではないかなと思うし、本人がこの戦争に嫌気がさして脱走することにした事情も、もっと説得力を持った気がするのですが。
 
 
 
 
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