カテゴリー「映画・テレビ」の224件の記事

2018/08/06

映画『クーデター』を観て

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『クーデター』の原題は 『No Escape』。2015年のアメリカ映画で、監督・脚本は、ジョン・エリック・ドゥードルです。

怖いといったらいいか、ハラハラするといったらいいか、たんなるエンターテインメントとして映画を楽しむことが難しいと思えるほどです。それだけリアリティがあり、映画的には、いい作品なのでしょう。

俺にとっても、これはある意味、こういう事態が起こった時のシミュレーションとして(サバイバルの教材として)見てしまうようなところがありました。

映画のストーリーは、それほど複雑ではありません。東南アジアのある国で、赴任してきた家族が、突然起こったクーデーターに巻き込まれ、家族を守りながら、必死に逃げるというストーリーです。

このクーデーターが起こった翌朝のシーンがまたリアリティがあったのです。ホテルに新聞が届かないので、主人公は売店に買いに行くのですが、町が妙に静かなのです。

そして「静」から「騒」への転換。突然暴動が起こることで、主人公は何かが起こったことを悟るのです。たぶん、実際もこんな感じなのでしょう。何が起こったか把握できるのは、少し時間が経ってからです。その瞬間は、動物的な勘を頼りに、「そこにある危機」を、とにかく逃れるということが一番です。

主人公の家族を助ける謎の男(CIA?)がいるのですが、主人公は、家族を守るために、クーデーターを起こした側の民兵を殺したことを彼に告白します。彼は言います。

「ここには善悪はない。あるのは、家族を守るかどうかだけ」

舞台は「ある国」なのですが、撮影が行われたのはタイだそうで、「タイ」とわからないようにという条件でロケが許されたそうなのですが、タイに行ったことがある人なら市場の様子からすぐわかるし(だからタイで上映禁止になったのかも)、家族が国境の川を渡って逃げる先が「ベトナム」で、クメール文字のような文字も出ていたので、舞台はカンボジアかなと想像させてしまいます。

ちょうどカンボジアで総選挙が行われましたが、日本政府も民主的な選挙を求めていたくらいで、最近は独裁的な匂いがしてきたところです。だからなおさら、クーデターはありえるなと。

どこの国もクーデターがありそうなので、フィクションに徹するなら、「ベトナム」という実在の国名や、クメール文字なども、架空のものにしたほうが良かったのではないかとも思いますが。
 
 
 
 
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2018/07/25

映画『沈黙 -サイレンス-』2016年を観て

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『沈黙 -サイレンス-』(原題:Silence)は、遠藤周作の小説『沈黙』を映画化したアメリカ・2016年の作品です。

公式HPはこちら。

http://chinmoku.jp/

映画の冒頭のシーンは、雲仙の「地獄」から始まります。

ポルトガルから派遣されてきた神父たちは、雲仙地獄の熱湯をかけられ拷問を受けます。棄教を迫られるのです。でも、棄教しなかった神父たちは熱湯の拷問の末、死んでいきます。

それを見ているひとりの神父がいます。クリストヴァン・フェレイラ神父(リーアム・ニーソン)です。この神父は映画の後半で再登場します。

遠藤周作自身をモデルにしたといわれる登場人物、窪塚洋介扮するキチジローは、家族を裏切り、神父を裏切り、踏み絵も躊躇なく何度でも踏むのですが、でも、彼は生涯クリスチャンであったようです。

信仰とは何か?どういうことなのか?を一番わかっているのは、このキチジローではなかったのかと思うくらいです。いや、実際そうなんでしょう。

形はどうであれ、信仰とは心の問題で、誰からも犯されないということを、彼は意識なく実践している、そんな人物に見えました。

行方不明になったフェレイラ神父を探しに来たふたりの若い神父たち。セバスチャン・ロドリゴ神父(アンドリュー・ガーフィールド)と、フランシス・ガルペ神父 (アダム・ドライヴァー)。

【ここからネタバレ注意】

ロドリゴ神父は、隠れキリシタンたちにかくまわれ、村々で活動をしますが、とうとう捕まってしまいます。これもキチジローが裏切ったためでした。

役人たちは、ロドリゴ神父に棄教を迫ります。

そこに、フェレイラ神父が再登場します。実は彼はすでに「転んで(棄教して)」、日本人の妻も持ち、日本名を名乗る人物になっていました。

彼を探しにやってきたロドリゴ神父に対面します。ロドリゴ神父から見れば、裏切り者です。

フェレイラ神父は、ロドリゴ神父にも「転ぶ」ように説得します。ロドリゴ神父は、信者たちの拷問を見させられ、苦悩します。「なぜ神は我々にこんなにも苦しい試練を与えながら、沈黙したままなのか?」と。

ロドリゴ神父は耐えられなくなり、とうとう「転ぶ」のですが、その時、踏み絵のイエスは彼に語りかけるのでした。

「苦しいのは私が一番よく知っている、踏むがいい」と。

この映画は、神父側から言えば、日本のキリスト教弾圧は「悪」なのかもしれませんが、フェレイラ神父の言葉を借りるなら、この日本にキリスト教は根付かないという確信でした。隠れキリシタンの信仰もキリスト教の原理ではなく、来世への幸福を願っているだけというキリスト教の日本化というものに気が付き、布教をあきらめたのでした。

でも、フェレイラ神父は悟るのです。たとえキリスト教はダメでも、この国(日本)には、素晴らしい知恵があると。

弾圧する側の役人である、井上筑後守(イッセー尾形)と、通辞(浅野忠信)も、キリスト教だけが正しいという西洋の傲慢な考えを批判します。その点は、俺もその通りだと思います。

その癖は、今でも治っていないようで、最近のことで言えば、イスラム教徒たちが不満を持っている点でもあります。

多様なものを認める、その心の余裕こそが「愛」で、それこそキリストが説く一番大切なものなのではないのでしょうか。

人の心を一つの価値観で強制してはいけないのです。また、そんなのは無理なのです。そういう意味で、キリスト教の弾圧をしていた当時の幕府も同罪と言わざるを得ないでしょう。

キチジローのように生きるのが正しいのか間違っているのかはわかりませんが、俺は拷問されたら痛いのが耐えられないと思うので、すぐ「転ぶ」だろうし、信仰のために命を捧げる純粋さもありません。キチジローに共感します。
 
 
 
 
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2018/06/26

映画『LION ライオン 25年目のただいま』を観て

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Google Earthが活躍する映画かなと思って観ましたが、そのことは大きなポイントにはなっていませんでした。

むしろ、20数年間引き裂かれた家族との再会が感動的な映画です。実話だそうですが、まぁ、Google Earthで過去を再発見することは、大きい小さいはあるにしても、みんなあるのかもしれません。

1986年、インドの話です。ちょうど俺が中国→ネパール→インドに入って旅した年です。

スラム街で暮らす5歳の少年サルーが、兄と仕事を探しにでかけた街で、停車中の電車で眠り込んでしまいます。その電車は回送電車で、サルーはひとり閉じ込められたまま、千数百キロ離れた土地に運ばれてしまいます。そこは大都市カルカッタ(コルカタ)でした。

サルーはストリートチルドレンになり、人買にさらわれそうになったりします。そして孤児の収容所で紹介されたオーストラリアの里親の夫婦に引き取られます。

そこで幸せに暮らすのですが、ふと、インド系の人たちのパーティ会場で目にしたインドの揚げ菓子で、突然、兄のこと、母のこと、故郷のことを思い出すのです。

サルーは、幼いころの記憶とGoogle Earthで、本当の母や兄が暮らす故郷を探しはじめるのでした。そして何日かして「鉄塔が立っていた駅」を探し当てます。

サルーは、20年ぶりに故郷の村に帰ります。そこで母と再会します。(兄は死んでいました) そして、ここでなぜ映画のタイトルが『LION ライオン』なのか明かされます。ここは子供のころの記憶違いと関係しているのですが、ここにリアリティを感じました。

なるほどなぁと思いました。たしかに子供のころの記憶は、後で作られた記憶もあるし、子供の知識や常識で覚える記憶なので、大人の記憶とはまた違ったものになるわけですね。

記憶の問題として、心理学的な興味を持って観るのもまた面白いかなと思う映画でした。
 
 
 
 
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2018/04/08

高畑勲監督がなくなりました。ご冥福をお祈りします。

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「火垂るの墓」や「アルプスの少女ハイジ」などの名作を手掛けたアニメーション映画監督の高畑勲さんが亡くなりました。

2013年の『かぐや姫の物語』 は監督の好きな作品でした。

不老不死の月の世界が、けっして「生きる」ことを実感させない世界として匂わせている、と感じました。

だから月(理想郷)に生きる人(神?仏? 完全なる者)たちとの対比として、かぐや姫は、地上(現実世界)に生きる生々しい人間(不完全なる者)として描かれていました。

月に生まれたかぐや姫が、月からすればどうしようもない地上に「生きる」ことを見つけ、ここに残りたくなった、でも残れないという葛藤は切なくなりますね。

とくに、その内面が現れていたのは、屋敷から抜け出すシーンです。まるで殴り描きのような絵が画面を疾走する感じが、とてもよかった。「なんだこれはー!」という斬新な表現。「生きる」を感じさせます。

高畑勲監督は、肺がんだったそうです。享年82歳でした。

ご冥福をお祈りします。
 
 
 
 
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2018/03/14

音楽ドキュメンタリー映画『チョーミン楽団が行く!』の上映会

(YouTubeより)


ミャンマーに住む友人のフォトグラファー後藤修身さんが関係している音楽ドキュメンタリー映画『チョーミン楽団が行く!』と写真展の情報です。

後藤さんたちの写真展は3月21日から4月22日まで開かれています。


上映会『チョーミン楽団が行く!』
日時:2018年3月21日(水祝) 15:00~17:00 
   ※30分前開場 上映後トークあり
場所:横浜市栄区小菅ケ谷1-2-1
   神奈川県立地球市民かながわプラザ(あーすぷらざ)5階 映像ホール
   JR根岸線 本郷台駅すぐ近く
参加費:大人400円、小中学生100円
定員:当日先着120名の定員に達した場合、入場はできませんので、あらかじめご了承ください

※写真展は3月21日から4月22日まで行ってます。

詳しくは、こちらをご覧ください。

http://enjoy-yangon.com/ja/enyanblog/302-kyaw-min-hsaing-movie-and-photo
 
 
 
 
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2018/02/05

『ハッピーフライト』を観たらDRD4-7Rがうずきだした

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綾瀬はるかが新人CA役を演じる『ハッピーフライト』をまた観ることができて、ハッピーになりました。

「飛行機もの」は全般的に好きですが、これは飛行機を飛ばすにはいろんな人が関わっているんだなぁとわかるところも面白いし、綾瀬はるかの新人ぶりが可愛らしいし、観ているとうきうきしてきます。

ホノルル便は機体の故障で戻ってくるという、考えてみれば深刻な話なんですが。深刻な話を楽しい映画に仕上げるという神業が光る作品です。

また、最近では機内でキレる乗客が問題になっていますが、映画でも、その問題を先取りしているようなシーンが登場します。

CAは緊急事態にはサービススタッフから、保安スタッフに変わるんだなぁとわかりました。こんなキレる男どころか、最近では暴力をふるう乗客もいるので、保安スタッフとしての訓練も積んでいるんだろうと想像します。

毅然とした態度のチーフパーサーの寺島しのぶはかっこよかったです。


ところで、ヴィーノのせいにはしたくないのですが、最近、外国旅行をしていないので、特にうきうきしたのかなぁと思います。

「ワンダーラスト Wanderlust 」のDNAがうずきました。前も書きましたが「ワンダーラストは「頭がおかしくなるほど旅に出たくてたまらない!」という病気らしい。

世界人口の20%がかかっている「病気」- ワンダーラストとは?
ハフポスト日本版 http://www.huffingtonpost.jp/triport/wanderlust-trip_b_7953888.html

俺は完全に「ワンダーラスト」なんですが、たぶん、旅に出たくなることがない人が読んだら、「なんておおげさなんだ」と思われるかもしれません。でも、この病気にかかっている人にとっては大問題なのです。

ワンダーラストには「DRD4-7R」という遺伝子がかかわっているそうです。このDRD4-7Rを持っているのは世界人口の20パーセント程度。

それにしてもなんですね、記事の最後にある文には苦笑です。

「その気持ちに共感することはできないかもしれませんが、その人を大切に思うならぜひ理解してあげてください。」
 
 
 
 
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2018/01/06

ラジオ2局で写真展『全国の犬像をめぐる』を紹介

Dsc_0320(渋谷駅前 忠犬ハチ公像)

Dsc_0322(NHK入り口 「せごどん」のポスター)


昨日は、ラジオ2局で写真展『全国の犬像をめぐる』を紹介していただきました。

TOKYOFM/JFN「クロノス」は、8時から生電話出演でしたが、直前に家電が調子悪くて、2回切れてしまいました。そして予備のスマホがつながったのが本番10秒前でした。

あせりました。つながったとたんしゃべり始めたかっこうなので、声が上ずってしまいました。

そして、夕方5時20分からは、NHKラジオの夕方トピックで、こちらはスタジオから生出演でした。渋谷駅前では、忠犬ハチ公に新年のご挨拶を。

夕方トピックでは、消防犬ぶん公から始まって、高野山への案内犬ゴン、そしてユニークな姿の羽犬、こんぴら狗やおかげ犬の代参犬、最後は、西郷さんの愛犬ツンの話。

今年のNHK大河は『せごどん』なので、愛犬のシーンが出てくるのか注目です。


昨日のNHKラジオに出演したときの様子はしばらくこちらで聴くことができます。
夕方トピック 「全国忠犬物語」
放送2018年3月5日(月)

http://www4.nhk.or.jp/hitokoto/365/
 
 
 
 
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2017/12/31

ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』は神隠しの映画

171229(異界への入り口、水に映る満月)


ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』は、昔2度ほど、映画館で観ました。

主人公アナが、フランケンシュタインと遭遇したときの表情には、ぞくぞくっとしますね。これ、芝居でしょうか。

見るのは20年ぶりですが、なぜもう一度観ようと思ったかというと、「物語」を調べている中で、赤坂憲雄編『物語という回路』の中の「龍潭譚考 神隠しをめぐる精神史的考察」に、こう書いてあったからでした。

「神隠しは天狗・鬼・山男など隠し神にバリエーションはあれ、ある超自然」的なモノによってどこか異世界へと子どもや女が連れ去られる、不思議な現象として体験されてきた。」「鏡花の「「龍潭譚」という短編小説は、神隠しを主題とした傑作として知られる。小さな、しかし、まさに傑作である。すくなくとも、これほどに生きられた神隠し体験をみごとに描き切った小説を、私は知らない。映像の世界における、ビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』に匹敵するとでもいえようか。ジャンルこそ異なれ、この『ミツバチのささやき』と「龍潭譚」は神隠しを描いた傑作として、双璧をなすはず」

そうか、『ミツバチのささやき』は、「神隠しの話」という観方もあったのかと。

映画では子どもたちの遊びの様子が描かれています。

焚火の火の上を飛び越したり、線路に耳を当てて列車が来るのを待ったり、危険なことをやるのが子供たち。

俺も小学生のころ、放課後、小川に笹舟を浮かべて流し、それを追って、遠くまで行ってしまい、気が付いたら真っ暗になって怖かったことを思い出します。

もちろん、この時、遅くなってから家に帰りついているのですが、こういう状態を「プチ神隠し」と言ってもいいかもしれません。子どもの頃こんな体験は、みんなあるのではないでしょうか。

同じような感覚はTVドラマ『北の国から』にもあります。覚えているのはこのシーンです。

夜の森で純、蛍、正吉の3人がUFOと遭遇し、分校の先生が「365歩のマーチ」を歌いながら現れ、先生は宇宙人かもと疑い、暗い森を逃げ帰るシーンがあります。子どもの目線で語られるそのエピソードが好きです。不思議な話のままで終わるのがまたいいですね。怖いけど魅かれる感じが良く出ているシーンだと思います。

「危険」と思うのは、やっぱり経験や知恵がついて大人になってしまったからで、子供にとって、危なさや、危なさに通じる向こう側の世界は、こっち側とはつながっている世界であるのでしょう。

大人になるとそのふたつの世界が断絶してしまうのかもしれません。

子どもはフランケンシュタインが現れても、それなりに受け入れてしまう。異界のものに無防備です。だから『ミツバチのささやき』でも、主人公アナは逃亡者に対しても、恐れることもなく近づき、親切にします。それはお母さんの教えでもありました。

精霊は、良い人には良いもので、悪い人には悪いものと、お母さんはアナに教えるのです。逃亡者はアナにとっては異界から訪れた精霊なのでしょう。そして精霊は、自分自身の心のありようでもあるのですね。「良いもの」であろうとするところに、子どもの純真さを感じます。
 
 
 
 
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2017/12/16

坂本長利さんのひとり芝居『土佐源氏』

171216_1(楽風での坂本長利資料展)

171216_2(楽風での坂本長利資料展)


埼玉県さいたま市浦和区の日本茶喫茶・楽風で、坂本さんのひとり芝居を観ました。これで3度目です。

毎回違うことを感じて、飽きるということがありません。

本当にこれは「芝居」なんだろうか?と思いました。坂本さんに元馬喰が乗り移ったように感じてしまった昨日の芝居でした。それは坂本さんの年齢も関係あるかもしれません。

昭和16年、民俗学者の宮本常一が、橋の下で暮らす元馬喰の盲目の男の話を聞き取りしたのは、元馬喰が当時80歳のときだったという。坂本さんはその年齢をとうに越えて88歳になりました。

だから元馬喰を演じているのが坂本さんなのか、坂本さんを演じさせているのが元馬喰なのか・ ・ ・

このひとり芝居の回数も1190回。これもすごいことです。ギネスに申請しているとのこと。

今流行の「不倫」の懺悔(?)もあります。

ただ、元馬喰の話を聞けば、この「不倫」を道徳的に糾弾することがどんなに不毛なことかを感じます。むしろこの場合、「不倫」することが道徳的でさえあるのではないかと、そんなふうにも思いました。

ある身分の高い家の奥さんと、牛を買うということで知り合います。身分のある奥さんが、馬喰の自分を対等に扱ってくれることに好意を持ちます。だんだん親密になっていきます。あるとき、旦那が外に妾を作っていたこともあり、奥さんは幸せではないんだなぁと知ります。それで、奥さんと納屋の藁の中で・ ・ ・

「おなごと牛には嘘はつかなんだ」

と、元馬喰は言います。おなごと牛にモテた理由は、ここにあるのでしょう。

身分があろうがなかろうが、金持ちであろうがなかろうが、どんな人間でも、精いっぱい生きた人生は美しいんだなと感じます。それに引き換え、俺は、未だに地に足が着いていないような非現実感をおぼえながら、人生を送っているような気にもなります。

そういう名もない人の話を丁寧に掬い取った宮本常一もすごい民俗学者だった、ということなのでしょうが。

なお、12月23日、NHKが坂本さんの記念公演の旅に密着取材したドキュメントが放映されます。

ETV特集「老いて一人 なお輝く~一人芝居 50年~
 
 
 
 
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2017/12/15

映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観て

Aini01(中国雲南省 アイニ(ハニ)族)


昔観たかもしれないのですが、もう一度映画 『ダンス・ウィズ・ウルブズ』を観ました。

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(Dances with Wolves)は監督・主演・製作はケビン・コスナー。アカデミー賞作品賞とゴールデングローブ賞 作品賞を受賞している1990年のアメリカ映画です。

どうしてまたこの映画を観ようと思ったかというと、狼が出てくる映画だからでした。人間と狼のファーストコンタクトを描いているものです。

ところが狼だけではありませんでした。もっと興味深かったのは、人間、先住民のスー族とのファーストコンタクトでした。

まったく、言葉も感覚も違う人たちが、どうやって交流を始めていくのか、雲南省で少数民族の村を訪ねたときの体験があるので、すごくリアリティを感じるものでした。

ケビン・コスナー扮する主人公、北軍の中尉だったジョン・ダンバーが「失われる前にフロンティアを見ておきたい」と田舎の砦への赴任を希望します。

そこで先住民のスー族たちに出会い、しだいに心を通わせ、やがて本当のスー族になってしまうというストーリ-です。

砦に現れた1匹の狼。この狼とも仲良くなっていきます。犬が初めて家畜化されたのは、中央アジアあたりらしいという研究発表があります。

狼は、やがてジョンの手から食べ物を食べるようになり、草原で楽しそうに戯れます。狼が犬に変わった瞬間はこのような場面だったのではないでしょうか。

ある日、ジョンはスー族の名前をつけてもらいました。名前を付けられたことで、スー族になったということを実感します。それが「狼と踊る男」です。スー語では「シュグマニツトンカーオブワチ」。ジョンが狼と戯れていたところをスー族は見ていたんですね。

バッファローの狩りで、印象的で大切なシーンがありました。

ジョンは彼らといっしょに狩りに出かけますが、獲物の肝臓を取り出して食べるシーンがあります。一番栄養がある部位で、それを共に食べることで一体感というか仲間の絆を再確認する儀式にもなっています。

スー族の男は、自分が食べたあと、ジョンに差し出します。ジョンもそれを食べると、周りの人たちから歓声があがります。

20数年前になりますが、俺も雲南省で同じような体験をしています。アイニ族の結婚式では、豚の生肉・レバー料理が出ました。俺が食べるところを村人がじっと見ているのです。そして食べると歓声が上がりました。

彼らも生食をすることは気にしているらしく、「西洋人の記者から、俺たちは生肉を食べる野蛮な人たちと書かれたが、なかなかこういう習慣はなくならないよ」と言いました。

ところで、男たちが他民族との闘いに出た時、ジョンは村に残り、村の守りを任せられるのですが、外敵が襲ってきたとき、砦に隠してあった銃を、村人に配るのです、今までは弓で闘っていたのに、銃を使うことで、格段に殺傷能力が高まり、結局、女たちでさえ銃で外敵をやっつけることができました。

明らかに、ここで闘い方の変化が起きました。もしかしたら、銃を使った戦いで勝ったという成功体験は、このあと、外敵が来たら交渉ではなく、すぐ戦ってしまおうと考えるようになったのかもしれません。武器を持つと使いたくなるというのは、古今東西、例外なくみられる現象です。

自衛のための銃は必要だという感覚はアメリカ西武開拓時代を考えるとわからないでもないですが、唯一、ジョンの行動で違和感を覚えた部分です。
  
 
 
 
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