カテゴリー「書籍・雑誌」の207件の記事

2021/01/02

アレクサンドラ・ホロウィッツ著『犬であるとはどういうことか』

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アレクサンドラ・ホロウィッツ著『犬であるとはどういうことか』を読みました。彼女の本は以前も読んだことがあります。

犬から見た世界』です。 

 今回は、「嗅覚」「匂い」というところに特化して、犬の世界を紹介しています。

「犬は瞬間を生きている」と俺は何度か今まで書いてきました。でも、これは、まんざら当てずっぽうな話ではないかもしれないと、この本を読んで気が付きました。

というのは、嗅覚で世界を見ている犬にとっては、匂いがそこにあるのは、その時だけです。すぐに匂いは流れ、二度と同じ臭いの状態にはなりません。つまり、犬が見ている世界というのは、その瞬間なのです。

人間は嗅覚よりも視覚を重視しています。 ヴィーノを連れての散歩は、ほぼ同じルートを歩きます。俺にとっては、いつものルートなので、新鮮味はあまり感じません。人間は視覚で世界を見るので、物体が存在する限り、あまり変わりません。だから世界は、固定されたものとして映ります。

でも、ヴィーノは違うらしいのです。匂いの世界は、絶対同じ状態はありえません。瞬間瞬間で移ろう世界です。俺には「無臭」に感じても、ヴィーノにとっては、毎回、新しい世界を歩くようなものなのかもしれません。

犬の嗅覚はすごいことは俺もヴィーノから日々感じていますが、犬の嗅覚を使った探知犬はいろんな分野で活躍しています。

犬が病気を発見するという話はよく聞くようになりました。ガンや糖尿病などがあります。最近ヴィーノは夕食後、ソファーに座っているとやたら腹のあたりの服をなめるので、「だめ」と言って鼻先を払うのですが、まさか何かの病気か?などと冗談で考えてみたり。

それと去年は、新型コロナを発見する探知犬まで生まれています。新型コロナ探知犬がたくさん生まれたら、PCR検査する必要もなく、かなり楽になるかもしれません。ただ訓練する時間が必要なので、ワクチン接種でコロナが収束する時間よりは、今のところ、より長い時間がかかってしまうような気がします。

病気を発見する犬の能力は、その祖先であるオオカミから受け継いだ可能性があるようです。

「犬の嗅覚を研究してい るある学者がわたしに冗談めかして言ったものだ――獲物の群れの中でもっとも弱い、あるいは病気の動物を感知するオオカミの感受性が、ひょっとして人間の病気に反応する犬の感受性と関係しているかもしれないと。」

犬が人の病気を発見するのは、餌としてみたとき、弱った個体として認識されることで、これを知るとちょっと複雑な感じがしてきますが、でも、家畜化されてしまった犬が人の病気を見つけることは、オオカミが弱い個体を見つけるという意味は薄れ、むしろ、利点ともなっているわけです。 

「現代に生きるわたしたちはきわめて滅菌志向であり、機械依存症に なっているから、あえて患者を嗅ぐようなことはしない(時には見ることさえしない)。この傾向 は昔からあったわけではない。古代の文化も思想家たちも、病気にかかわる匂いの役割に気づいて いた。」

現代社会は、それこそ「無臭」を理想とした社会を目指しているようです。消臭剤がたくさん売れています。「おやじ」は臭いと嫌われます。

ただ、異性を好きになるのは、その異性の体臭が好きだからという説もありますね。自分では気が付いていない、無意識で、匂いで判断していることはあるのかもしれません。

俺は、匂いで過去を突然思い出すことがあります。たとえば、「あぁ、これはシリアの匂いだ」とか「雲南で嗅いだ匂いと同じだ」「これはカトマンズの街の匂い」とか。

実際は「無臭」にはならないんですが、人間はもう鈍感なので、無臭に感じているにすぎません。いや、「無臭」状態を望んでいるので、その無意識が、嗅覚を鈍らしているのかもしれません。

犬は人間のことを、嗅覚能力がないにもかかわらず、匂いを「ない」と思いこんでいるバカ者だ思っているかもしれません。

人間は二足歩行によって脳を発達させたという説がありますが、ひとつ、二足歩行することで、地面から鼻が離れ、あまり匂いを嗅がなくなった。そのために、嗅覚は衰えたということでもあるようです。

筆者は、匂いを追求します。自分で犬のようになって匂いを嗅ぐようになります。そしてこの嗅覚能力は、筋力と同じで、訓練によって上達するということでもあるようです。

自慢じゃないですが、俺もヴィーノと暮らすようになり、前よりは匂いを嗅ぐようになっているし、実際、道路の残り香で、ついさっきまで誰かここを歩いていたことが分かるようになりました。ただし、電柱のオシッコの匂いで、近くに雌の犬がいることを知るには、まだまだ訓練が必要です。ヴィーノには「やめとけ」と言われそうです。そもそも、人間には犬ような優れた嗅覚能力がないので、これは訓練しても無駄なことです。

ところで、飼い犬が主人の帰宅時間がわかるという話があります。これも「匂い」で判断しているらしいのです。でも、主人の匂いが近づいて来るから犬が主人を玄関先で待つのではない、ということです。意外です。実は、主人の残り香の減衰を感知しているらしいんですね。だいぶ主人の匂いが少なくなってきた、だから、そろそろ主人は帰ってくると。

その証拠に、こういう実験をやってみたそうです。この被験犬も、主人の帰宅時間がわかる犬です。主人が出て行ったあと、主人の匂いの付いた衣服をこっそり犬のそばに置いたところ、帰宅時間になっても、その犬はソファーで寝たままで、主人の帰宅には気が付かなかったというんですね。

匂いで帰宅時間が分かるという意味では、どっちにしろ、犬はすごいというしかありません。

 

 

 

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2020/11/12

令和3年(2021年)版、「旧暦棚田ごよみ」の販売開始

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 令和3年(2021年)版、「旧暦棚田ごよみ」の販売開始です。

https://www.tanada.or.jp/tanada_goyomi/

今回の表紙は、山形県山形市の蔵王山田の棚田、秋の風景です。東北独特の稲杭が並んでいます。写真には映っていませんが、奥の方は下っていて山形市・上山市の市街地が広がっています。 

 

 新型コロナ禍によって、 私たちの生活は一変してしまいました。まさかこんな世界が来るとは、一年前は想像もしませんでした。
 ウ ィズ ・ コロナといわれる新しいライフスタ イルが模索されています。今まで、 あって当然のものだった人間の 「密」 が否定され、 経済活動を維持するためにソーシャルデ ィスタンスが必要とされるようになりました。疫病退散祈願だったはずの祇園祭を初めとして、 夏祭りや花火大会なども軒並み中止されました。どのようにライフスタイルを構築していけばいいのかわからなくなり、 混乱しています。少なくとも効率や便利さだけを求めた結果としての 「密」 の状態は、 考え直さなければならないのかもしれません。都会の 「密」 と対極にある農村や農業が再び見直されつつあるようです。
 また、 異常気象と言われて久しいですが、 近年の気象の変化で、 災害が多くなった気がします。
 こんな混乱した人間世界ですが、 太陽と月は何事もなく変わらず天空に輝いています。その規則正しさが、 人間に安心感をもたらすような気がします。だから時の為政者たちは、 世の中を安定させるためにも正確な暦を必要としたんだな、 と身をも っ て感じます。

「掬水月在手、 弄花満香衣」 ―水を掬すれば月手に在り、 花を弄すれば香衣に満つ―
という言葉があります。この言葉は、 もともとは中唐の詩人 ・ 于良史の 『春山夜月』 という自然を愛でる詩の 一節です。禅語として用いられる場合の意味としては、 『両手で水を掬えば、 天空の月さえもただちに私の掌の中に入って自分とい っしょになる。一本の菊の花でも手に持って楽しめば、 その香りが衣服に染み込んでくる。自分と月、 自分と花とは別物でありながら、 簡単にひとつになることができる、 真理を手にできる』 という意味のようです。
 水に月が映る描写は、 棚田を写真に撮っている私には 「田毎の月」 を連想させます。天空の月が田んぼの水の中で融け合い、 ひとつになる、 というイメージは素晴らしいものです。ただし、 そこには簡単なアクシ ョ ンが必要です。 手で水を掬わなければならないし、 花を手に持たなければなりません。つまり、 より自然との 一体感を得たければアクシ ョンが必要だ、 という意味ですが、 難しいアクシ ョ ンではありません。
 旧暦棚田ごよみも、 ただ飾っておくだけよりも、 実際に使ってみるというアクシ ョンを起こすことで、 「自然は自分の中に在る」 ことになるのではないかなと思います。
  「旧暦棚田ごよみ」 は太陽暦 (新暦) に慣れている人にとっては、 正直使い づらいものです。でも、 使い づらい ことが、 かえって日付や季節や月の満ち欠けを意識させてくれます。その気づきがアクシ ョ ンにつながるのではないでしょうか。
(Prologueより)

 

 

 

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2020/08/21

2021年版「旧暦棚田ごよみ」プロジェクト始動

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来年(2021年)版「旧暦棚田ごよみ」プロジェクトが始動しました。

来年で9回目になります。もう一年経ったんだなぁと思います。

でも今年はちょっと違います。特別の緊張感のようなものがあります。コロナ禍で、棚田撮影にも支障がありますが、なんとかいい暦を発行したいと思っています。

発行は11月ころです。しばらくお待ちください。

 

 

 

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2020/07/09

『中国辺境民族の旅 第二弾 : 内蒙古自治区・青海・貴州・海南・雲南編』 Kindle版

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2020年6月にkindle版として出版した『中国辺境民族の旅』の第二弾です。

今回は、内蒙古自治区・青海・貴州・海南・雲南の旅です。雲南、貴州については前回も載せていますが、今回の内容は違うものです。

中国が対外開放政策を打ち出し、外国人観光客にも大きく門戸を開いたのは1980年代のことでした。1984年に初めて中国の西域を旅し(それについては前回詳しく書いています)、前年が北だったから、今年は南にしようと単純に思いつき、85年には、中国雲南省、貴州省を旅しました。その後は中国各地、辺境に暮らす少数民族の生活文化に興味を持つようになり、ますます辺境地帯への旅を重ねていったのです。

中国の経済発展はその後目覚ましく、ここで描いているような民族文化はすでに見られなくなっているかもしれません。なので、これはひとりの日本人写真家の旅行記であると同時に、80年代から90年代にかけての中国少数民族文化や国境地帯の記録としても読んでいただけたら嬉しく思います。

文章は書き下ろしのものと、書籍や雑誌で発表したものを加筆修正したものがあります。文章の長さはまちまちですが、ご了承ください。文章は約9万文字、写真は46点掲載しています。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08CK73P2B

 

目次

草原のモンゴル大運動会「ナダム」[内蒙古自治区・青海省]

タール寺の大法会[青海省]

ミャオ族の芦笙会[貴州省]

海南宝島の夢[海南省]

コロッケからインターネットへ[雲南省]

雲の南の少数民族たち(アルカスJAS機内誌連載からペー族、チノー族)[雲南省]

ベトナムとの国境の河口と瑶山[雲南省]

三江平流と香格里拉(シャングリラ)[雲南省]

玉龍雪山と麗江[雲南省]

八十年代のバス旅[雲南・海南・甘粛・四川省]

映画『雲南の少女 ルオマの初恋』[雲南省]

映画『山の郵便配達』[湖南省]

 

 

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2020/06/24

 Kindleで『中国辺境民族の旅 / 西域・チベット・雲南・貴州編』を出版

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Kindleで『中国辺境民族の旅 / 西域・チベット・雲南・貴州編』を出版しました。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08BNR4KDF 

80年代から90年代にかけて、中国辺境、少数民族地帯を旅した紀行文です。過去に雑誌などで発表したものもありますが、それを加筆修正し、写真をつけました。

コロナ禍で、2カ月外出自粛で生まれた本といってもいいものです。

 

目次

序章: シルクロード/西域

第一章: サリム湖畔のカザフ族

第二章: メコン河源流のチベット人

第三章: 貴州省の布依族的春節

第四章: 雲南省西部の旅

第五章: 貴州省トン族の餅

第六章: カラコルムハイウェイ、ロバ車で行く 

 

 

 

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2020/06/03

【犬狼物語 其の四百八十六】お犬さまとゴジラのイメージ

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先日、twitterで『オオカミは大神:狼像をめぐる旅』の中に載せている、東京都練馬区八坂神社内の御嶽神社にあるお犬さま(狼)像が、ゴジラと似ているということに触れられていて、あらためてゴジラとお犬さまについて考えてみました。 

本を書いている時点では、正直、あまり調べてなくて、単純に姿形がゴジラと似ていると思ったから、そう書いただけでした。とくにシルエットで見るお犬さまの顔は、まったくゴジラを彷彿とさせる形で、もしかしたら、ゴジラの姿形のルーツはお犬さまではないかと思うくらいです。

でも、姿だけではなく、その意味するもの、あるいはイメージも似ているのでは?と思うようになりました。とくにアメリカ映画『GODZILLA ゴジラ』との対比でみると分かりやすいかな。

まず「ゴジラ」の名前の由来ですが、ゴジラの第1作目にも出ている話で、「大戸島の呉爾羅伝説」というものがあり、これはその後に公開された多くのゴジラ映画に共通する設定のようです。(実際の制作時には、当時のスタッフのニックネームが由来らしい。大戸島も架空の島です)

 「大戸島では「呉爾羅は普段は海底で眠っているが、一度目覚めると近海の生物を食い尽くし、やがては陸に上って人を襲うようになる」と伝わっており、不漁になると呉爾羅が原因だと考えて呉爾羅への生贄として嫁入り前の娘を筏で流していたという設定でした。」(https://mag.japaaan.com/archives/111460/2 参照)

怪物(魔物)は神にもなります。怪物に生贄を捧げる伝説としては、「しっぺい太郎伝説」があります。狼犬が、生贄の村娘の代わりに、魔物と戦うという話です。

呉璽羅という海神の化身の存在が、この島の伝承として人々に伝わっています。それこそ「ゴジラは呉璽羅」です。

2016年公開の映画『シン・ゴジラ』では登場人物である謎の生物学者、牧悟郎の出身地もこの大戸島です。なので、牧悟郎は「呉爾羅伝説」をもちろん知っていたと思われます。

 名前の由来はわかりましたが、それでは、ゴジラの誕生の由来はどうでしょうか。

ゴジラは「放射能の影響で生まれた生き物」というイメージを持っていました。初代のゴジラは1954年に公開されたのですが、当時、ビキニ環礁の核実験が社会問題となっていて、ゴジラは水爆実験で住む場所を奪われた古代生物の生き残りとされています。ところが、ゴジラ作品によって、その設定は変わっているのだそうです。

『シン・ゴジラ』の場合、「太古から生き残っていた深海海洋生物が、不法に海洋投棄された大量の放射性廃棄物に適応進化した「ゴジラ」 (GODZILLA) と呼称される未発表の生物である」(wiki 参照)ととらえられています。

牧悟郎がカギを握っているのですが、はっきりとは描かれていません。牧悟郎がボートから行方不明となっていて、謎のままです。でも、彼がなんらかの「処置」をしてゴジラを誕生させたということを暗示しているようです。自らが呉爾羅への生贄となったという考えもあるようです。

ゴジラはなぜ人間を襲うのか、ということに関してもいろんな考察があるようですが、「ゴジラは自然災害」というとらえ方があります。

たしかに日本の都市は何度もゴジラで破壊されました。でも、それは台風や、地震や、津波と同じような、たとえて言えば、ゴジラが日本で暴れるのは、自然災害のようなところも感じます。人間にはどうしようもない自然の猛威には、祈りしかないという心理的状況はわからないでもありません。

だからゴジラは自然そのものであり、神でもあるでしょう。その点『GODZILLA ゴジラ』のトカゲの怪物がたんなる破壊者という点とは異なっています。

お犬さまが、農作物を害獣から守ってくれるという感謝の思いだけではなく、山に棲む得体のしれないものに対する畏れもあったような気がします。つまりそれは、自然そのものに対する感謝と、畏れそのもの、ということなのでしょう。

お犬さまは、大口真神という神、あるいは、神そのものではなくて、神使、眷属ですが、山、あるいは自然の象徴ともとらえることができそうです。ゴジラのイメージとかなり近いと言えるのではないでしょうか。

ところで、『シン・ゴジラ』では政府の「巨大不明生物特設災害対策本部」で、自然災害と捉えるのか、違うのか、議論が続けられているうちに、被害だけは広がっていくという、なんだか、コロナ禍を予言していたような展開になっています。誰が本当のリーダーかもわからない。その右往左往する様子が、まったく日本的で(と、日本人自身が認めてしまっているのですが)、ちょっと笑ってしまいます。このとき「緊急事態宣言」が出されたかどうか、覚えていません。

 

 

 

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2020/03/16

狼のイメージの変遷 『ヨーロッパから見た狼の文化史』から

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狼のイメージは、日本での対比で、西洋では牧畜が盛んで、狼によって家畜が殺されるので、狼は害獣だったが、一方、日本では、牧畜業が発達せず、農作物を荒らす猪・鹿を防いでくれるので益獣だったので、神、あるいは神の眷属として狼は崇敬された、というのが今までの理解でした。

ただ、先日も触れたミシェル・パストゥロー著 蔵持不三也訳『ヨーロッパから見た狼の文化史』を読んで、少し見方が変わったかもしれません。西洋でも、狼のイメージは、変遷してきたということなのです。

先日、ギリシアでオリンピックの採火式が無観客で行われたことがニュースになっていました。

儀式では、巫女が「アポロンよ!」と太陽神に呼びかけて、太陽光からトーチに聖火を採るシーンがありました。ギリシア神話では、狼(リュコス)は、アポロンの眷属です。ギリシア神話での狼のイメージ、すなわち家畜しか襲わず、神々の眷属や人間の守護者というイメージがあったようです。どちらかというと良いイメージですね。

「大部分のインド=ヨーロッパ語では、狼をさす呼称は光ないし輝くことを意味する語根leuk-(そこからギリシア語のlykosやラテン語のlupusが派生)、あるいはwulk(そこからゲルマン語のwulf、のちにwolfが派生)と結びついている」とのことです。 「目」「目の光」「視線」などが狼の特徴としてとらえられていたようです。「光」は、太陽と関係するイメージです。

ローマ時代ではどうかというと、ローマ建設のロムルスとレムスの雌狼の乳で育てられた伝承から、狼は聖獣であり、神殿、墓碑、モニュメント、貨幣にその姿が使われていました。これも良いイメージです。

その後、西洋では狼は負のイメージで語られるようになるのですが、それはどうしてなのでしょうか。本ではこのように説明されています。

「ひとつの説は、狂犬病が西洋で猛威をふるっていた期間が長かったため、それによって狼たちの行動が変化し、より危険なものになったとする。(略) 5世紀から10世紀にかけて気候が変動して飢餓や疫病が増し、人口も減り、耕作地の大部分が荒廃し、林や森、荒地が増加した。その結果、野生動物も飢えをおぼえ、村の周囲を徘徊して、人間界により近く、より脅威的なものとなった。狼に対するこうした新たな、だが如実な不安や怖れは人間の態度や考えを変えた」

それで狼は負のイメージをもたれることになったらしいのです。典型的なイメージが「赤ずきんちゃん」の狼像ではないでしょうか? こうして負のイメージは21世紀まで受け継がれました。

現在では、エコロジー、自然環境、生物多様性の観点からも、狼に対するイメージも良いほうに変わってきています。

ここで面白いと思うのは、牧畜・遊牧民には「人間の敵」でも、農耕民だったローマ人には「神」になったということです。日本でも同じように、馬産地の東北では「敵」でしたが、農耕が主だったところでは「神」「守護動物」になっています。

掲載の写真は、『ヨーロッパから見た狼の文化史』の第4章、1180~1200年ころの「動物医薬論」の中の狼像。武蔵御嶽神社のブロンズ製狼像と似ていると個人的には思っています。もうひとつは、味の素スタジアムにある「カピトリーノの雌狼」です。ローマ建国の祖ロムルスと双子の弟レムスが雌狼の乳を飲んで育ったというエピソードを表しています。

 

 

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2020/03/09

ミシェル・パストゥロー著・蔵持不三也訳『ヨーロッパから見た狼の文化史』を読んで(01)

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『ヨーロッパから見た狼の文化史』(ミシェル・パストゥロー著 蔵持不三也訳 2019年 原書房)を読みました。狼を描いた絵も多く掲載されていて、俺にとってはユング心理学の夢やイメージの教科書のようでもあります。

中には、セクストゥス・ブラキトゥス『動物医薬論』の1180~1200年ころ描かれた狼像がありますが、これは武蔵御嶽神社の本殿脇に奉納されたブロンズ製お犬さまと似ています。

第11章「近代の信仰と俗信」に、面白い話がありました。

「その死骸のさまざま部位が治療薬や予防薬として用いられたからである。たとえば毛皮はマントの素材となる。これは粗悪なものだが、それでも寒さをしのげ、猪や熊、蛇、そしてむろんほかの狼といった危険な生き物を遠ざけることができる。同様に、爪や歯や毛皮を護符として用いれば、悪霊や悪の力から身を守ることができる。さらに狼の頭や脚を家や家畜小屋の扉にくくりつければ、侵入しようとする泥棒や魔術師、悪魔を防げる。それだけではない。その心臓やとくに肝臓は、乾燥させて粉末にし、これを水剤として服用すればさまざまな疾病やけが(有毒の生き物による刺し傷やかみ傷、悪性腫瘍、潰瘍性の傷、癲癇など)を治し、力と生気を戻してくれる。」

とあります。

何度か書いていますが、日本でニホンオオカミが絶滅した理由は複数ありますが、そのひとつにあげられているのが、憑き物落としに効果があると言われて狼の遺骸(頭蓋骨など)の需要が高まり、狼が殺されたことです。

頭骨を借りてきて祀るだけではなく、削って服用したという例もあるそうです。ヨーロッパでも狼の遺骸が薬として珍重されていたという話は、驚くと同時に、やっぱりそうか、という思いもあります。「強い生き物」を自分の体内に取り込んで、その力を得たい、あるいは、「強い生き物」に邪悪なものから守ってほしいという発想はどの民族も同じなんだなと。

動物の頭骨を魔除けとして飾っていたり、削って薬にするという例は、他にフィリピンのイフガオ族、中国雲南省のハニ族の村でも聞きました。

続けて、『ヨーロッパから見た狼の文化史』には、このように書かれています。

「とりわけ効果があるのは性的な面で、狼の気と性器、つまりその脂と精液、尿、血、陰茎、尾からつくった薬や軟膏、媚薬、飲み物などは、男たちに強い精力をあたえてくれ、どれほど不妊質の女性でも多産にし、夫婦に不倫とは無縁の誠実さをまちがいなく授けてくれるとされていた。」

ただ日本での例は、今のところ、狼の遺骸が狐憑きの薬とは聞いていますが、精力剤として使われたという話は聞いていません(読んでいません)。でも、もしかしたら、日本でもあったのかもしれないですね。

狼もそうですが、犬は、多産・安産のシンボルにもなっています。子安信仰と、狼の遺骸が精力剤になる、という話は矛盾しないし。これは民族学・歴史学的にはわかりませんが、心理学的にはじゅうぶんあり得る話ではないでしょうか。「目からうろこ」です。

西洋の狼のイメージと言えば、「赤ずきんちゃん」ですが、この話にについて、どちらかというと否定的にですが、心理学的な考察にも触れられています。

 

 

 

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2020/01/30

【犬狼物語 其の四百四十】新型コロナウイルスとお犬さま(狼)信仰

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11_87a1607(木野山神社)

11_87a1646(木野山神社)

 

新型コロナウイルスによる肺炎は、世界中に広がりつつあります。先日は、武漢に渡航歴がない日本人の感染が確認されました。ヒト-ヒト感染の可能性が出てきました。

SARS〈サーズ〉の時も大変でしたが、あの時よりももっと大変になっている状況は、世界的に人の行き来が活発になっていることです。ウイルスは、そこを突いてきたかといった感じです。

とくに日本は、今年東京オリンピック・パラリンピックがあり、人の行き来は最高潮に達します。それまでにはなんとか収束してほしいですが、ある専門家は、オリンピックをまたぐかもしれない、と言っています。

日本で初めてコレラが発生したのは1822年(文政5年)でしたが、3回目の世界大流行時も日本まで達し、1858年(安政5年)から3年にわたって流行しました。

そのとき、東海道筋の東駿から伊豆にかけて、コレラ除けにお犬さまが用いられました。コレラ除けとして、三峯神社や御嶽神社のお犬さま信仰が流行ったのです。当時は、科学的知識に乏しく、神仏に祈るしかないと考えるのもしかたなかったのではないかと思います。

コレラは、「コロリ」と呼ばれ、コレラの流行は、この世のものではない異界からの魔物の仕業だと思われていたそうです。

高橋敏著『幕末狂乱 コレラがやって来た!』によれば、

「これを除去するために根源にいるであろう悪狐、アメリカ狐を退治しなければならない。異獣に勝てるのは狐の天敵の狼、山犬しかいない。そして狼を祭神ヤマトタケルの眷属(道案内)として祀る武州秩父の三峯神社に着目したのは、自然の成り行きであった。」

「安政五年(1858年)七月、安政大地震の恐怖未だ醒めやらぬ巨大都市の江戸市中を即死病コレラが襲った。」

「即死病コレラの猛威に、狐憑きの迷信が息を吹き返して、種々の憑きものの仕業と考える、いわゆるコレラ変じて狐狼狸なり、の流言がまことしやかに広まっていった。」

とのことです。

憑き物落としに効果があると言われた狼の遺骸(頭蓋骨など)の需要が高まり、狼が殺されることになりました。狼絶滅の原因は複数ありますが、これも一因だと言われています。狼信仰が盛んになって狼を絶滅に追い込んだというのも皮肉な話です。

また、岡山県高梁市の木野山神社も狼信仰の神社ですが、江戸後期から明治中期にかけて、コレラや腸チフスなどの疫病が流行した時に、病気を退治するものとして狼様が祀られました。

明治9年(1876)には木野山神社でも講社組織が作られました。明治12年、コレラが初夏~秋に大流行しています。「狼は虎よりも強い」という理由で、狼信仰(木野山神社)が山陽山陰四国地方に拡大していったようです。

このように、狼信仰と疫病の流行には深い関係があります。

肺炎の原因は、ウイルスだと知っているし、今の時代、狼信仰は流行らないとは思いますが、何が起こるかわからないのが今の時代です。

目に見えないもの、知らないものに対する恐怖から、デマや迷信が出たという事実は、福島第一原発の事故のときもあったくらいです。江戸や明治の話ではなく、つい最近の話です。専門家は「伝染病は恐怖心もいっしょに広がる」と言っています。 

 すでにいろんなデマが出始めています。事実、「新型肺炎はアメリカの陰謀だ」などというものがありますが、江戸時代「コロリは外国が毒を流したからだ」というデマと、何も変わってません。

 「お犬さま(狼)は新型肺炎除けになる」と言ったらデマですが、新型肺炎が収まってくれるようにお犬さま(狼)に祈願するのはアリでしょう。

 

 

 

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2020/01/15

オリジナル音楽アルバム『棚田水景』『ASIAGE 1』『ASIAGE MARCH』

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オリジナル音楽アルバム『ASIAGE 1』『ASIAGE MARCH』『棚田水景』を久しぶりに購入していただきました。数年ぶりではないでしょうか。

もともとは自分の写真展のために作曲したBGMでしたが写真よりも好評のときも(苦笑)。パソコンで作った民族音楽ふう曲が主で(とくにASIAGEは)、エスニックなサウンドだと思っています。(だから自分の写真展で流したわけですが)

こちらのページからサンプル曲の一部が聴けます。

http://www.asia-photo.net/asiage/asiage.html

久しぶりで聴き直してみると、よくこんな曲が作れたなぁと凝ったものもあって、自分で驚いています。

90年代は、テープでしたが、そのうちCDになり、そして今はデータ販売です。これも時代の流れを感じます。

前回、新曲を出したのが数年前でしょうか。これはヴィーノを歌ったものです。主人を思う犬の立場(?)で作った曲です。YouTubeにアップしています。

https://youtu.be/uXRQ7WPCHxo 

久しく作曲はしていませんが、たまに脳内に音楽が聴こえてくることがあります。耳鳴りと言えば、耳鳴りかもしれません。耳鳴りを譜面にすると音楽になる、といった感じでしょうか。これも無意識からのメッセージで、「夢」や「写真表現」と基本は同じと言ってもいいでしょう。

 

 

 

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