カテゴリー「棚田(千枚田・田んぼ・コメ)」の512件の記事

2020/01/29

「田園風景に癒される」のはどうしてか?

160108(ミュラー・リヤー錯視)

 

160108_2(富岡製糸場 ミュラー・リヤー錯視のaに相当)

 

160108_3(富岡製糸場資料館 ミュラー・リヤー錯視のbに相当)

 

07__mg_5436(ミュラー・リヤー錯視が働かない棚田の風景)

04__20200118062401(ミュラー・リヤー錯視が働かない棚田の風景)

 「田園風景に癒される」とは、よく聞くことだし、俺自身もそう感じています。どうしてなんでしょうか?

そこで「田園風景」とは真逆の都会の風景と比較してみます。何が違うのか。その違いが癒されるかどうかの違いではないかと考えてみるのです。

 

「ミュラー・リヤー錯視」というのがあります。「錯視」というのは視覚の錯覚のことです。

矢印みたいな図、見たことあるのではないでしょうか。aとb、軸の長さは同じなのですが、俺には明らかに右の方、bが長く見えます。

心理学実験に参加して、俺も自分の錯視量(実際の長さと、自分が同じだと感じた長さとの差)を測ったことがあります。個人的には、錯視量は少ないだろうと予想していましたが、なんと実験参加者16人の平均値よりも大きくなったのです。

一応俺も映像の仕事をしていて「見る」ことには自信があったし、ミュラー・リヤー錯視についても、あらかじめ知っていたので、この結果に驚きました。

と、言っても、錯視量が大きいからダメだという単純な話ではなく、錯視とはある意味、物を見るとき頭を働かせすぎている、脳が「忖度」しているともとれるわけで、そうしたほうが生き残る可能性が高くなる、環境に適応するための仕組みでもあるのだそうです。

ミャラー・リヤー錯視がなぜ起こるのか、今のところ定説がないとのことですが、ある研究者がやった実験で、都市に暮らしている人間ほど錯視量が多くなるというデータがあります。

人間が物を見るとき、同じものが奥にあってもそれほど小さく感じないということがあります。奥にあるなら小さく見えているはずだと無意識に判断して、だから実際よりも大きく感じさせてしまう。このように奥行の手がかりが多いほど、つまり遠近感が掴みやすい四角い建物に囲まれた人間ほどこの錯視を起こしやすいということは言えそうです。

建物外壁の写真が、「a」に当たり、建物内部の写真が「b」に当たります。

そう考えると、地方に行ってなく、町の中で撮影することが多かったので錯視量が多くなったのかもしれません。むしろ写真を撮るというのはファインダー越しにビルや建物を「良く見る」ことでもあるので、普通の人より錯視量が増えたと考えれば、納得できます。

もしそうなら、町に住んでいる人間を広々とした田園風景に連れていったとき、錯視量が変化するのかどうか、変化するとしたら、どれくらいの時間で、どのくらい変化するのか、興味がありますね。

「田園風景に癒される」と言われますが、どうして癒されるのか、という問題ともからんできそうな気がします。

錯視は人間が環境に適応するために脳で行っている活動であるなら、その活動が少なくて済むというのは脳の負担が減ることでしょう。脳があきらかに休めるのです。そういうことが「癒される」ことなのかもしれません。

 

 

 

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2020/01/27

ようやく今年(旧暦)の暦が使えます

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令和二年の「旧暦棚田ごよみ」です。25日が元日だったので、今日は、旧暦睦月(一月)三日です。

中国では「春節(チュンジエ)」と言って、めでたい休日でもあるのですが、今年は少し様子が違います。

例の新型コロナウイルスの影響で、多くの観光地は閉鎖され、旅行・移動も制限され、たいへんな状況になっています。日本政府は、武漢に残された日本人をチャーター機で「救出」するらしい。このウイルスのせいで、俺も実質的な被害を受けています。中国関係の仕事がなくなりそうなのです。

 

ところで、以前も書いたことですが、何とか今年、「全国犬像サミット」あるいは「全国犬狼像サミット」を開きたいなぁと。とりあえず、数カ所ですが、サミットに賛同していただいたところが、時間的・経済的負担にならないように、東京・渋谷(忠犬ハチ公)あたりで、一堂に会する会議のようなものからスタートする、といったことでしょうね。やれるとしたら。あるいは、忠犬タローの石岡市で開催という方法もありそうです。

それと、今年7月に浦和のギャラリー楽風で、狼像の写真展を開きます。その時、ちょうど知人の絵描さんも武蔵御嶽神社で狼絵の展示を行うそうなので、ふたりでコラボしようという話になっています。「山の狼・里の狼」展として。二つの展示情報が入ったチラシも作ります。

そして「東京狼」のテーマでの書籍出版に向けて、まだ行っていない、千葉県、茨城県、栃木県、群馬県の狼像の取材をして、なんとか今年中に原稿をまとめたいと思っています。

 

これが今年(旧暦)の抱負です。

 

 

 

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2020/01/15

オリジナル音楽アルバム『棚田水景』『ASIAGE 1』『ASIAGE MARCH』

Asiage_1 Asiagemarch Photo_20200115095901

 

オリジナル音楽アルバム『ASIAGE 1』『ASIAGE MARCH』『棚田水景』を久しぶりに購入していただきました。数年ぶりではないでしょうか。

もともとは自分の写真展のために作曲したBGMでしたが写真よりも好評のときも(苦笑)。パソコンで作った民族音楽ふう曲が主で(とくにASIAGEは)、エスニックなサウンドだと思っています。(だから自分の写真展で流したわけですが)

こちらのページからサンプル曲の一部が聴けます。

http://www.asia-photo.net/asiage/asiage.html

久しぶりで聴き直してみると、よくこんな曲が作れたなぁと凝ったものもあって、自分で驚いています。

90年代は、テープでしたが、そのうちCDになり、そして今はデータ販売です。これも時代の流れを感じます。

前回、新曲を出したのが数年前でしょうか。これはヴィーノを歌ったものです。主人を思う犬の立場(?)で作った曲です。YouTubeにアップしています。

https://youtu.be/uXRQ7WPCHxo 

久しく作曲はしていませんが、たまに脳内に音楽が聴こえてくることがあります。耳鳴りと言えば、耳鳴りかもしれません。耳鳴りを譜面にすると音楽になる、といった感じでしょうか。これも無意識からのメッセージで、「夢」や「写真表現」と基本は同じと言ってもいいでしょう。

 

 

 

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2020/01/01

令和二年元旦、旧暦では十二月七日、二十四節気「冬至」、末候「雪下出麦(ゆきわりて むぎ のびる)」

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本日、令和二年元旦ですが、旧暦では師走(十二月)七日で、元旦まであと25日あります。二十四節気は「冬至」、末候「雪下出麦(ゆきわりて むぎ のびる)」です。

NHKでキーンドナルドさんのインタビューが放映されていましたが、そのなかで東日本大震災がきっかけで日本国籍を取得したこと、そして、大震災で「山河」は変わってしまいましたが、「言葉」だけは残るという話がありました。「言葉」は、「物語(小説)」ということでもあるようです。

最近、ますます「物語」の大切さを思います。個人的な「自分なりの物語」と、もっと広い「その土地の物語」とでもいうんでしょうか。

「自分なりの物語」では、過去の物語は「思い出」で、未来の物語は「希望」と言い換えることができるかもしれません。思い出と希望で生きていけるという話は、極限状態に陥った人たちの話にもよく出てきます。

そして「その土地の物語」の場合、もし、物語がなくなってしまったら、その土地は人々の意識から消滅するような気がします。例えば地名などはいい例かもしれません。やたら小ぎれいな地名に変わってしまい、過去と切り離された砂上の楼閣状態です。もちろん、あと200年くらいたてば、また新しい地名の物語は生まれるんでしょうけど。いったん消滅した物語を取りもどすことはおそらくできないでしょう。

 よく引き合いにだすのですが、山形県上山市に「狼石」というものがあります。アダムスキー型の円盤状の巨石なのですが、この石には、狼にまつわる物語が残っています。

岩から150mほど離れたところには巨大な太陽光発電所のパネルが敷き詰められています。これもひとつの物語ですが、俺には、この狼岩がパネルの浸食を押さえているように感じます。

なぜなら、もし、この石の物語が失われてしまったら、これは「狼石」ではなくて、単なる石になります。単なる石であれば、砕いて道路の敷石にでもしてしまえるわけです。石を撤去して、ここにも太陽光発電のパネルを敷くことができます。

でも、現状それはやりづらい。やりづらい理由の一つは、狼(別に狼じゃなくてもいいのですが)にまつわる物語があるということではないかなと思うのです。

 都会の狼像を探して歩いているときも、そのことが気になります。狼信仰という物語があって、この像は残されているんだなと思うこともあるからです。

首が取れたり、胴体が割れたりしても、捨てられるようなことはなく、その土地に置いてあるのを見ると、やっぱり物語を感じるのです。単なる石の塊ではありません。その石像の先に広がる目に見えない世界に想像が及ぶのです。

 

 

 

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2019/12/31

【犬狼物語 其の四百二十四】東京都板橋区 徳丸 北野神社の三峯神社

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東京都板橋区の徳丸 北野神社を参拝しました。ここを参拝するのは2回目ですが、前回はいつだったか、たしか稲作をテーマにしているころで、2004年に出版した写真集『アジアの棚田 日本の棚田』にもこの神社の写真を掲載しているので、2002年ころではないかと思います。

狼信仰を追って、まさか同じ神社にたどり着くとは、なんだか不思議です。もっとも「稲作」と「狼信仰」にはつながりがあるし、別に不思議ではないわけですが、とにかく、お犬さまに導かれたのは確かなようです。

この境内に三峯神社が祀られています。神職さんの話では、講員は北野神社の氏子さんの何戸かで、ちゃんと三峯講は存在し、毎年ではないようですが三峯神社に登拝しているということです。

新しい白木の5柱が祀られた社の真ん中が、三峯神社でした。

ところで、前回参拝した時は、ここで「田遊び」の写真を撮るためでした。掲載している「田遊び」の写真はそのとき撮影したものです。

「田遊び」は「予祝儀礼」と呼ばれる稲作儀礼のひとつで、日本各地で行われています。旧正月にその年の五穀豊穣と子孫繁栄を祈願し、田の神に奉納する神事芸能で、一年の稲作りの手順を真似してみせることで、田の神が豊作を授けてくれることを願うものです。 

日本各地にあり、他に「御田植」「御田」などとも呼ばれています。その古い形をとどめた儀礼が、東京都に残っているのは意外な感じがしましたが、もともと湿地だった板橋区は、明治維新後に水田が拓かれ「徳丸・赤塚田んぼ」と呼ばれ、近年まで東京のコメ所でした。

昭和40年代に入ると高島平団地が開発され、水田は姿を消してしまいましたが、この「田遊び」だけが残りました。

現在、2月11日の「徳丸北野神社田遊び」と2月13日の「赤塚諏訪神社田遊び」が国の重要無形民俗文化財に指定されています。

徳丸北野神社の田遊びは、拝殿の前に注連縄を張って作られた聖域「もがり」の中で、1年間の農作業のしぐさが面白く演じられます。見ていてもわかりやすく楽しいものです。特に種蒔きのときの「福の種をまーこうよ」という唄が印象的で耳に残ります。

田遊びで使うモチや道具類の一番奥に見えるのは、「よねぼう」と呼ばれる稲を象徴する人形です。

媼面をつけた「安女(やすめ)」と翁面の「太郎次」とが、抱き合って生殖の様子を演技し、五穀豊穣を表現します。稲もこれに感染してたくさんの実を結ぶようにとの願いを込めるわけですね。

 

 

 

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2019/12/04

大嘗宮

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287a7209_20191203171201(南神門)

287a7252(主基殿とビル)

287a7265(主基殿)

287a7280(主基殿)

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287a7267(廻立殿の方から見た大嘗宮) 

 

大嘗宮は、天皇陛下の国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念する大嘗祭の中心的儀式「大嘗宮の儀」のために造営されたものです。11月14日の夕方から夜にかけて「悠紀殿供饌の儀」、15日の晩前に「主基殿供饌の儀」が行われたところです。

12月8日まで一般公開されています。これまで棚田や稲作文化をテーマに写真を撮ってきたので、いつかは、稲作文化の儀式の中でも最も重要な儀式の場所の写真が必要になるときがくるのではないかと思って、撮影してきました。

今は、乾通りの紅葉と重なり、たくさんの人出です。俺が行った12月3日は、昼12時ころに荷物検査場の前から並び始め、大嘗宮にたどりつくまで2時間かかりました。

そして大嘗宮前はまるで戦場のような賑やかさでした。今はみんなスマホを持って写真を撮るので、人の流れが止まってしまうのです。それに殺気立った警備の警官やスタッフの荒っぽい対応は、みんなの不評を買っているようでした。と、いうのも、そもそも人の流れを妨げているのは、彼ら自身でもあったからです。

みんな写真を撮るために警官たちが自分の前からどくのを待っているのでした。もう少し、なぜ人がとどまってしまうかを考えて警備をした方がいいのでは?と思いました。昔とは違うのです。

まぁ混雑はしかたありません。でも、建物自体はそれなりにすばらしいものです。

印象的だったのは、その大嘗宮の背景に高層ビル群が見えることでした。これぞ現代の大嘗祭という光景でしょうか。このコントラストにはめまいがしそうでした。

 

 

 

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2019/11/12

令和二年(2020年)版 「旧暦棚田ごよみ」ネット販売中

Tanadagoyomi

 

NPO棚田ネットワークのHPで、令和二年(2020年)版 「旧暦棚田ごよみ」販売中です。

https://www.tanada.or.jp/tanada_goyomi/

平成25年版から発行している「旧暦棚田ごよみ」も、今回で8年目を迎えます。新天皇が5月1日に即位して令和の時代がスタートしました。だからこれが「令和」と印刷された最初の「旧暦棚田ごよみ」になります。時代の変わり目に、使う暦も変えてみてはいかがでしょうか。

昔の人は、毎日変化する月の満ち欠けに規則性を見出しました。でも、月の満ち欠けだけでは、季節がずれていきます。それで太陽の動きも考慮したのが太陰太陽暦です。

中国の創世神話では、五代目皇帝・帝俊の義和夫人は太陽である息子を10人、嫦娥夫人は月である娘を12人産みました。ところが堯帝の時代に、10人の太陽がいっせいに輝き、大地は灼熱地獄になりました。堯帝は弓の名手・羿(げい)に、9個の太陽を射落とさせました。太陽は一つとなり、元の世界に戻りました。日本にもこれと似た射日神話が伝わっています。

中国古代の地理書である『山海経』にも、10個の太陽や12個の月が水浴するという話が出てきます。これは1年間が12か月からなる考えを反映したものだそうです。

太陽が多すぎる混沌とした世界を月の存在で秩序を保つと解釈できるかもしれません。また、10個の太陽や12個の月は、十干十二支や太陰太陽暦を連想させます。

日本では中国由来の太陰太陽暦を日本風に改良して使ってきましたが、明治5年に太陽暦(新暦)に変更され、それまで使っていた暦は「旧暦」と呼ばれることになりました。

人が生活していくうえで、季節や月日の区切りというのは、大切なものです。自分がどこにいるかわからないと不安を覚えるのと同じように、時間的にも自分の現在の位置が分からないと不安になるからです。だから暦の大切さを実感するし、どのような暦を使うかで、その人のライフスタイルが決まるといってもいいでしょう。

明治以降、近代文明は、夏は涼しく、冬は暖かく、という人間にとっては住みやすい環境を作ってきたわけで、それはそれで悪いことではありませんが、それに伴って、季節感を失っていきました。何かを得れば、何かを失うのは、仕方ありません。

「旧暦棚田ごよみ」は太陽暦(新暦)に慣れている人にとっては、正直使いづらいものです。でも、使いづらいことが、かえって日付や季節や月の満ち欠けを意識させてくれます。

旧暦をあえて令和の時代に使うことは、大げさにいうと、季節感を取り戻す意識革命なのです。

 

 来年は閏年なので、13カ月あるので、表紙と合わせて14カ所の棚田で構成されます。

京都府伊根町 新井の棚田

長野県長野市 大岡乙の棚田

熊本県上天草市 大作山の千枚田

新潟県十日町市 星峠の棚田

長野県千曲市 姨捨棚田

島根県益田市 中内垣の棚田

群馬県中之条町 上沢渡の棚田 

福岡県東峰村 竹の棚田

三重県熊野市 丸山千枚田

山形県大蔵村 南山の棚田

長崎県長崎市 大中尾の棚田

埼玉県横瀬町 寺坂の棚田

栃木県茂木町 石畑の棚田

山形県山辺町 大蕨の棚田

 

 

 

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2019/10/03

令和2年版「旧暦棚田ごよみ」入稿しました

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令和2年版「旧暦棚田ごよみ」入稿しました。発売開始は、今月末ころになるでしょうか。

これが「令和」と印刷される初めての旧暦棚田ごよみになります。

旧暦は、公式には使われなくなっていますが、天気の話題では、いまだに「二十四節気」や「七十二候」が話題になるし、「中秋の名月」は、旧暦でないと意味がありません。

「棚田」も「旧暦」も、効率の悪さで見捨てられようとしてきました。でも、無くなりそうになって、その価値に気が付くということはたくさんあって、「棚田」も「旧暦」も、それに含まれるかもしれません。

「令和」という新しい時代に、新しいカレンダーを使ってみるというのもいいかもしれません。自分で言うのもなんですが、かなり使いづらいこよみです。でも、「使いづらい」「効率の悪さ」というのも、こんな便利な世の中では、ひとつの価値なんですね。今は、やたらと「効率の良い」「便利」「快適」なものが当たり前となっています。意外と「使いやすい」というのは、人間の脳を退化させているかもしれません。そして、使いづらいと「注意」が向くのです。意識するのです。

しかも、来年は閏年です。だから13カ月あります。頭が混乱してきます。ますます使いづらくなっています。掲載したのが表紙(京都府伊根町・新井の棚田)と、「閏卯月(閏4月)」(島根県益田市・中垣内の棚田)のページです。

どうでしょうか。 季節感を取りもどすには、優れたカレンダーではないかと思うんですが。

 

 

 

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2019/09/03

今日から二十四節気「処暑」、七十二候「禾乃登(こくものすなわちみのる)」

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(愛媛県城川町の棚田)

 

今日から二十四節気「処暑」の末候「禾乃登」です。

田んぼは黄色くなって収穫の喜びの時期を迎えます。

「禾(いね・のぎ)」は稲やアワなどの穀物のことです。

漢字の「年」は、元々は「秊」(禾 / 千)と表記された字です。「禾」は「稲魂(いなだま)」の象徴を表したものです。

「禾(いね・のぎ)」が入っているところから、稲やアワを栽培する周期が1年と考えられていたようです。

 

 

 

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2019/08/30

Manabi JAPAN、8月分の連載

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連載「狼信仰」は、「東北地方の三峯信仰」

https://manabi-japan.jp/culture/20190826_14782/

 

「残しておきたい日本の風景」は、「まるで巨大な城壁 遊子水荷浦の段畑」

https://manabi-japan.jp/travel-destination/20190724_13702/

 

「棚田を歩く」は、「蘭(あらぎ)島の棚田」

https://manabi-japan.jp/travel-destination/20190821_14529/

 

 

 

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