カテゴリー「棚田(千枚田・田んぼ・コメ)」の507件の記事

2019/12/04

大嘗宮

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287a7209_20191203171201(南神門)

287a7252(主基殿とビル)

287a7265(主基殿)

287a7280(主基殿)

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287a7267(廻立殿の方から見た大嘗宮) 

 

大嘗宮は、天皇陛下の国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念する大嘗祭の中心的儀式「大嘗宮の儀」のために造営されたものです。11月14日の夕方から夜にかけて「悠紀殿供饌の儀」、15日の晩前に「主基殿供饌の儀」が行われたところです。

12月8日まで一般公開されています。これまで棚田や稲作文化をテーマに写真を撮ってきたので、いつかは、稲作文化の儀式の中でも最も重要な儀式の場所の写真が必要になるときがくるのではないかと思って、撮影してきました。

今は、乾通りの紅葉と重なり、たくさんの人出です。俺が行った12月3日は、昼12時ころに荷物検査場の前から並び始め、大嘗宮にたどりつくまで2時間かかりました。

そして大嘗宮前はまるで戦場のような賑やかさでした。今はみんなスマホを持って写真を撮るので、人の流れが止まってしまうのです。それに殺気立った警備の警官やスタッフの荒っぽい対応は、みんなの不評を買っているようでした。と、いうのも、そもそも人の流れを妨げているのは、彼ら自身でもあったからです。

みんな写真を撮るために警官たちが自分の前からどくのを待っているのでした。もう少し、なぜ人がとどまってしまうかを考えて警備をした方がいいのでは?と思いました。昔とは違うのです。

まぁ混雑はしかたありません。でも、建物自体はそれなりにすばらしいものです。

印象的だったのは、その大嘗宮の背景に高層ビル群が見えることでした。これぞ現代の大嘗祭という光景でしょうか。このコントラストにはめまいがしそうでした。

 

 

 

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2019/11/12

令和二年(2020年)版 「旧暦棚田ごよみ」ネット販売中

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NPO棚田ネットワークのHPで、令和二年(2020年)版 「旧暦棚田ごよみ」販売中です。

https://www.tanada.or.jp/tanada_goyomi/

平成25年版から発行している「旧暦棚田ごよみ」も、今回で8年目を迎えます。新天皇が5月1日に即位して令和の時代がスタートしました。だからこれが「令和」と印刷された最初の「旧暦棚田ごよみ」になります。時代の変わり目に、使う暦も変えてみてはいかがでしょうか。

昔の人は、毎日変化する月の満ち欠けに規則性を見出しました。でも、月の満ち欠けだけでは、季節がずれていきます。それで太陽の動きも考慮したのが太陰太陽暦です。

中国の創世神話では、五代目皇帝・帝俊の義和夫人は太陽である息子を10人、嫦娥夫人は月である娘を12人産みました。ところが堯帝の時代に、10人の太陽がいっせいに輝き、大地は灼熱地獄になりました。堯帝は弓の名手・羿(げい)に、9個の太陽を射落とさせました。太陽は一つとなり、元の世界に戻りました。日本にもこれと似た射日神話が伝わっています。

中国古代の地理書である『山海経』にも、10個の太陽や12個の月が水浴するという話が出てきます。これは1年間が12か月からなる考えを反映したものだそうです。

太陽が多すぎる混沌とした世界を月の存在で秩序を保つと解釈できるかもしれません。また、10個の太陽や12個の月は、十干十二支や太陰太陽暦を連想させます。

日本では中国由来の太陰太陽暦を日本風に改良して使ってきましたが、明治5年に太陽暦(新暦)に変更され、それまで使っていた暦は「旧暦」と呼ばれることになりました。

人が生活していくうえで、季節や月日の区切りというのは、大切なものです。自分がどこにいるかわからないと不安を覚えるのと同じように、時間的にも自分の現在の位置が分からないと不安になるからです。だから暦の大切さを実感するし、どのような暦を使うかで、その人のライフスタイルが決まるといってもいいでしょう。

明治以降、近代文明は、夏は涼しく、冬は暖かく、という人間にとっては住みやすい環境を作ってきたわけで、それはそれで悪いことではありませんが、それに伴って、季節感を失っていきました。何かを得れば、何かを失うのは、仕方ありません。

「旧暦棚田ごよみ」は太陽暦(新暦)に慣れている人にとっては、正直使いづらいものです。でも、使いづらいことが、かえって日付や季節や月の満ち欠けを意識させてくれます。

旧暦をあえて令和の時代に使うことは、大げさにいうと、季節感を取り戻す意識革命なのです。

 

 来年は閏年なので、13カ月あるので、表紙と合わせて14カ所の棚田で構成されます。

京都府伊根町 新井の棚田

長野県長野市 大岡乙の棚田

熊本県上天草市 大作山の千枚田

新潟県十日町市 星峠の棚田

長野県千曲市 姨捨棚田

島根県益田市 中内垣の棚田

群馬県中之条町 上沢渡の棚田 

福岡県東峰村 竹の棚田

三重県熊野市 丸山千枚田

山形県大蔵村 南山の棚田

長崎県長崎市 大中尾の棚田

埼玉県横瀬町 寺坂の棚田

栃木県茂木町 石畑の棚田

山形県山辺町 大蕨の棚田

 

 

 

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2019/10/03

令和2年版「旧暦棚田ごよみ」入稿しました

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令和2年版「旧暦棚田ごよみ」入稿しました。発売開始は、今月末ころになるでしょうか。

これが「令和」と印刷される初めての旧暦棚田ごよみになります。

旧暦は、公式には使われなくなっていますが、天気の話題では、いまだに「二十四節気」や「七十二候」が話題になるし、「中秋の名月」は、旧暦でないと意味がありません。

「棚田」も「旧暦」も、効率の悪さで見捨てられようとしてきました。でも、無くなりそうになって、その価値に気が付くということはたくさんあって、「棚田」も「旧暦」も、それに含まれるかもしれません。

「令和」という新しい時代に、新しいカレンダーを使ってみるというのもいいかもしれません。自分で言うのもなんですが、かなり使いづらいこよみです。でも、「使いづらい」「効率の悪さ」というのも、こんな便利な世の中では、ひとつの価値なんですね。今は、やたらと「効率の良い」「便利」「快適」なものが当たり前となっています。意外と「使いやすい」というのは、人間の脳を退化させているかもしれません。そして、使いづらいと「注意」が向くのです。意識するのです。

しかも、来年は閏年です。だから13カ月あります。頭が混乱してきます。ますます使いづらくなっています。掲載したのが表紙(京都府伊根町・新井の棚田)と、「閏卯月(閏4月)」(島根県益田市・中垣内の棚田)のページです。

どうでしょうか。 季節感を取りもどすには、優れたカレンダーではないかと思うんですが。

 

 

 

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2019/09/03

今日から二十四節気「処暑」、七十二候「禾乃登(こくものすなわちみのる)」

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(愛媛県城川町の棚田)

 

今日から二十四節気「処暑」の末候「禾乃登」です。

田んぼは黄色くなって収穫の喜びの時期を迎えます。

「禾(いね・のぎ)」は稲やアワなどの穀物のことです。

漢字の「年」は、元々は「秊」(禾 / 千)と表記された字です。「禾」は「稲魂(いなだま)」の象徴を表したものです。

「禾(いね・のぎ)」が入っているところから、稲やアワを栽培する周期が1年と考えられていたようです。

 

 

 

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2019/08/30

Manabi JAPAN、8月分の連載

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連載「狼信仰」は、「東北地方の三峯信仰」

https://manabi-japan.jp/culture/20190826_14782/

 

「残しておきたい日本の風景」は、「まるで巨大な城壁 遊子水荷浦の段畑」

https://manabi-japan.jp/travel-destination/20190724_13702/

 

「棚田を歩く」は、「蘭(あらぎ)島の棚田」

https://manabi-japan.jp/travel-destination/20190821_14529/

 

 

 

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2019/08/23

今日から、二十四節気「処暑」、七十二候「綿柎開(わたのはなしべひらく)」

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(大分県緒方町軸丸北の棚田)

 

今日からは、二十四節気「処暑」の初候「綿柎開」です。

「処暑」は、暑さが峠を越えて後退し始めるころ、「綿柎開」は綿を包む萼(がく)が開くといった意味です。

夜はだいぶ涼しくなって、エアコンなしでも大丈夫になってきました。

そのかわり、朝は明るくなるのが遅くなり、4時ではまだ暗いですが、ヴィーノは相変わらず4時ころ起きて、散歩をせがみます。

さすがに4時に犬と散歩している人はいませんねぇ。

 

 

 

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2019/08/13

今日からは二十四節気「立秋」、七十二候「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」

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(熊本県球磨村 鬼の口の棚田)

 

今日からは二十四節気「立秋」、七十二候「寒蝉鳴(ひぐらしなく)」です。

「寒蝉鳴」は、七十二候のひとつ。二十四節気の立秋の次候です。

「ひぐらしなく」と読まれていますが、もともと中国から入ってきた「寒蝉(かんせん)」は秋の訪れを告げる蝉といった意味らしい。

田んぼは青々としていた稲が、じゃっかん黄色くなりつつあります。確実に季節が移っています。

今年は、去年ほどの極暑がなく、ちょっと余裕を持ってこの季節を迎えられていることは、良かったかなぁと個人的には思います。ただこのまま涼しくなっていくことはなさそうですが。

 

 

 

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2019/08/11

10個の太陽と12個の月

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来年2020年(令和2年)版「旧暦棚田ごよみ」のあいさつ文を考えているところです。 今回は中国の神話を引用しようかなと。

昔の人は、毎日変化する月の満ち欠けに規則性を見出しました。しかし月の満ち欠けだけでは、季節がずれていきます。そこで太陽の動きも考慮したのが太陰太陽暦です。

中国の創世神話では、五代目皇帝・帝俊の義和夫人は太陽を10個、嫦娥夫人は月を12個を産みました。ところが堯帝の時代に、10個の太陽がいっせいに輝き、大地は灼熱地獄になりました。堯帝は弓の名手・羿(げい)に、9個の太陽を射落とさせました。太陽はひとつとなり、元の世界に戻りました。日本にもこれと似た射日神話が伝わっています。

中国古代の地理書である『山海経』にも、10個の太陽や12個の月が水浴するという話が出てきます。これは1年間が12カ月からなる考えを反映したものだそうです。

また、月はもともと複数ある太陽のひとつでしたが、弓の名人に射られ、怖ろしさのあまり血の気を失って光が薄れ、月になったという話もあります。(伊藤清司著『中国の神話・伝説』)

太陽が多すぎる混沌とした世界も月の存在で秩序を保てると解釈できるかもしれません。この「太陽」とは「支配者」という意味でもあるようです。

また、10個の太陽と12個の月は、十干十二支や太陰太陽暦を連想させます。

 日本に伝わった射日神話ですが、関東を中心に「おびしゃ(お日射)」という祭りも行われています。

そこで、思い出したのは、秩父の小鹿野町に「出原の天気占い」という行事があります。的を射て、その年の天候や作物の出来などを占うものですが、詳しくは調べてないのでわかりませんが、これも「お日射」と同じ祭りかもしれません。

掲載の写真は、10年前に撮影したこの「出原の天気占い」です。

 

 

 

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2019/07/25

『棚田を歩けば』第4刷

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『棚田を歩けば』第4刷が出版社から届きました。

何度か、お母さん世代から「この本、知ってます」と言われましたことがあります。これが子供たちへの読み聞かせで使われているそうです。

嬉しいですね。

これには、中国・韓国・インドネシア・フィリピン・ベトナム・イラン・マダガスカルの棚田までは載ってますが、その後に撮影したスリランカとネパールの棚田は載っていません。

世界の棚田全部入れた写真集を出したいとは思っていますが、今のところ、出版業界ではドキュメンタリーの写真集の出版は、難しい時代になってしまったので、どうなるかなぁと言う感じです。

 

 

 

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2019/06/17

マレーシア・ペナンの旅(01)「ワンダーラスト治療旅」のペナン島

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「Air」が「空気」ではなくて「水」の国へやってきました。

当然ながらエアアジアを使うということになりました。

昨日、23時45分に羽田を出た飛行機は、早朝クアラルンプールの空港に着いて、トランジット2時間で、ペナン島まで。とりあえず蒸し暑いです。

5日間という短い旅ですが、海外旅と縁遠くなってしまった最近の事情からすれば、貴重な旅です。やっぱり外国旅は、ワンダーラストという病気治療には欠かせません。いや、「治療」ではないですね。ますますワンダーラストが進むということです。治療法はないです。

この病気が治らないことは、作家ジョン・スタインベック先生もおっしゃっています。

『チャーリーとの旅』(愛犬チャーリーとアメリカ一周、16000kmの旅行記)の中に、歳を取って落ち着くかと思いきや、そんなことはなく、旅人はいつまでたっても旅人だ、年齢なんて関係ないというスタインベック先生のお言葉があります。

自分が外国へ出ると生き生きしてくるのを感じます。それは今回いっしょの妻も同様のようです。(ヴィーノは置いてきました)

 

 

 

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