カテゴリー「写真」の498件の記事

2020/07/09

『中国辺境民族の旅 第二弾 : 内蒙古自治区・青海・貴州・海南・雲南編』 Kindle版

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2020年6月にkindle版として出版した『中国辺境民族の旅』の第二弾です。

今回は、内蒙古自治区・青海・貴州・海南・雲南の旅です。雲南、貴州については前回も載せていますが、今回の内容は違うものです。

中国が対外開放政策を打ち出し、外国人観光客にも大きく門戸を開いたのは1980年代のことでした。1984年に初めて中国の西域を旅し(それについては前回詳しく書いています)、前年が北だったから、今年は南にしようと単純に思いつき、85年には、中国雲南省、貴州省を旅しました。その後は中国各地、辺境に暮らす少数民族の生活文化に興味を持つようになり、ますます辺境地帯への旅を重ねていったのです。

中国の経済発展はその後目覚ましく、ここで描いているような民族文化はすでに見られなくなっているかもしれません。なので、これはひとりの日本人写真家の旅行記であると同時に、80年代から90年代にかけての中国少数民族文化や国境地帯の記録としても読んでいただけたら嬉しく思います。

文章は書き下ろしのものと、書籍や雑誌で発表したものを加筆修正したものがあります。文章の長さはまちまちですが、ご了承ください。文章は約9万文字、写真は46点掲載しています。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08CK73P2B

 

目次

草原のモンゴル大運動会「ナダム」[内蒙古自治区・青海省]

タール寺の大法会[青海省]

ミャオ族の芦笙会[貴州省]

海南宝島の夢[海南省]

コロッケからインターネットへ[雲南省]

雲の南の少数民族たち(アルカスJAS機内誌連載からペー族、チノー族)[雲南省]

ベトナムとの国境の河口と瑶山[雲南省]

三江平流と香格里拉(シャングリラ)[雲南省]

玉龍雪山と麗江[雲南省]

八十年代のバス旅[雲南・海南・甘粛・四川省]

映画『雲南の少女 ルオマの初恋』[雲南省]

映画『山の郵便配達』[湖南省]

 

 

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2020/06/24

 Kindleで『中国辺境民族の旅 / 西域・チベット・雲南・貴州編』を出版

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Kindleで『中国辺境民族の旅 / 西域・チベット・雲南・貴州編』を出版しました。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08BNR4KDF 

80年代から90年代にかけて、中国辺境、少数民族地帯を旅した紀行文です。過去に雑誌などで発表したものもありますが、それを加筆修正し、写真をつけました。

コロナ禍で、2カ月外出自粛で生まれた本といってもいいものです。

 

目次

序章: シルクロード/西域

第一章: サリム湖畔のカザフ族

第二章: メコン河源流のチベット人

第三章: 貴州省の布依族的春節

第四章: 雲南省西部の旅

第五章: 貴州省トン族の餅

第六章: カラコルムハイウェイ、ロバ車で行く 

 

 

 

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2020/06/08

ほとんど犯罪的な狛犬

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八王子方面に仕事があったので、寄ってみた八王子市兵衛の熊野神社。

前から気になっていた狛犬にようやく会えました。

やばいでしょ。これはほとんど犯罪的な狛犬です。両方とも前足が取れています。だからまるで床から斜めにニョキッ!と生えているように見えます。

タウンニュース八王子版(https://www.townnews.co.jp/0305/2018/01/01/412647.html)によれば、

「2003年に社殿を修復する際、縁の下からこの狛犬が見つかったという。「おそらく前足が破損したのはずいぶん昔。『本来は神社にあったものだし、粗末にしない方がいい』ということで本来の立ち姿に近い形で設置されたようです」と糠信さん。背中の刻印によると作られたのは明和2(1765)年。神社ができたのもその頃と推定されている。」

とのこと。

狛犬はずいぶんと古いものです。縁の下から「見つかった」とあるので、長い間放置されていて、前足が壊れてしまったということらしい。

でも、ここが面白い発想だと思うのですが、前足があったころの立ち姿を想像して、角度をつけて設置したというのです。

そこに「ウケよう」などという邪心は感じられず、まじめだからかえって可笑しみ(魅力)が増しているように思います。もともと顔もユニークで、それだけでもかなりインパクトがある上に、この設置方法は、やばすぎます。

これが狼像だったらよかったのになぁ。

ところでひとつ疑問が生まれました。この狛犬、「狛犬研究会」の報告では、1998.10訪問とあって、1998年時点ですでにこの狛犬が設置されていたようなのですが、「タウンニュース八王子版」では、氏子会副総代は2003年に発見されたと言っています。時間的な矛盾があります。発見年について、勘違いされているのかもしれません。あるいは記者が勘違いしたのかも。そのうち真相を調べてみます。

 

 

 

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2020/05/16

note「写真家 青柳健二のセルフセラピーへの道」

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「セルフセラピーへの道」をnoteに初投稿しました。

今まで旅と写真で、かろうじて精神的な安定を得ていたのが、コロナ禍で、先行き不透明となって不安が増しています。旅ができないことは「ワンダーラスト」の病を持った俺にとっては、セラピストを失ったようなものです。

だからこのnoteに書くこと自体が、俺のセルフセラピーの役には立つだろうと期待して、新しい表現にチャレンジしてみることにしました。

詳しくは、noteでお読みください。

https://note.com/aoyagikenji/

 

 

 

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2020/04/18

痼魯難(コロナ)収束祈願のお犬さま像(この30日間)

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痼魯難(コロナ)収束祈願は、今日で31日目。いつまで続くのでしょうか。


これまで30日間の、収束祈願のお犬さま像を並べてみました。


今までは、「終息祈願」としていましたが、今日からは「収束祈願」にしました。ある程度収まったら良し、という祈願です。完全に終息を願うのは、このウイルスの場合、無理そうなことがわかってきたからです。


この環境に適応すること。ウイルスとの共存。おそらくこれほど大規模な変革を求められることは、100年、いや数百年単位の出来事かもしれません。


生き残りをかけたサバイバルゲームです。


 


 


 


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2020/02/16

東北お遍路写真コンテストの審査会

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先日、東北お遍路写真コンテスト2019の審査会があり、仙台まで行ってきました。最近はヴィーノ連れで、車を使うことが多いので、新幹線で行くと、また違った街の印象になりますね。

審査会の会場は、仙台駅から東北本線を1駅戻った長町駅近くの仙台市太白区文化センターの1室でした。

今回は、A4プリントではなく、データでの募集となったので、事務局で、写真をサービス版に焼いての審査法になりました。今回は写真にコメントを付けてもらったので、そのコメントも審査の参考にさせてもらいました。東北お遍路写真コンテストの主旨からいって、ただ「きれいな写真」「上手な写真」ではだめなのです。

2時間ほどの話し合いで、上位13点を選びましたが、なんと今回は、1位(最優秀賞)がいません。

先日事務局から送ってもらった応募写真をざっと概観して、「これだ」という写真がないという思いは、結局、他の人も同じように感じていたようで、質を下げたくはないので、残念ながら、今回は1位の該当者無しということにしました。

1位無しという少々残念な結果になったのは、募集方法にも問題があったということを率直に認め、今年の募集では、また違った方法を取ることに決めました。

そのうちデータの整理やコメントの準備ができたら、東北お遍路プロジェクトのHPや、当ブログでも2位(優秀賞)以下の受賞作品を掲載します。少しお待ちください。

この日は、全国的に気温が上がって、仙台でも、17度くらいまであがったのではないでしょうか。暖かくて気持ちがいい日でした。でも、すぐに帰ってきてしまったので、仙台駅の中さえ素通りしてしまったのは残念でした。

 

 

 

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2020/01/29

「田園風景に癒される」のはどうしてか?

160108(ミュラー・リヤー錯視)

 

160108_2(富岡製糸場 ミュラー・リヤー錯視のaに相当)

 

160108_3(富岡製糸場資料館 ミュラー・リヤー錯視のbに相当)

 

07__mg_5436(ミュラー・リヤー錯視が働かない棚田の風景)

04__20200118062401(ミュラー・リヤー錯視が働かない棚田の風景)

 「田園風景に癒される」とは、よく聞くことだし、俺自身もそう感じています。どうしてなんでしょうか?

そこで「田園風景」とは真逆の都会の風景と比較してみます。何が違うのか。その違いが癒されるかどうかの違いではないかと考えてみるのです。

 

「ミュラー・リヤー錯視」というのがあります。「錯視」というのは視覚の錯覚のことです。

矢印みたいな図、見たことあるのではないでしょうか。aとb、軸の長さは同じなのですが、俺には明らかに右の方、bが長く見えます。

心理学実験に参加して、俺も自分の錯視量(実際の長さと、自分が同じだと感じた長さとの差)を測ったことがあります。個人的には、錯視量は少ないだろうと予想していましたが、なんと実験参加者16人の平均値よりも大きくなったのです。

一応俺も映像の仕事をしていて「見る」ことには自信があったし、ミュラー・リヤー錯視についても、あらかじめ知っていたので、この結果に驚きました。

と、言っても、錯視量が大きいからダメだという単純な話ではなく、錯視とはある意味、物を見るとき頭を働かせすぎている、脳が「忖度」しているともとれるわけで、そうしたほうが生き残る可能性が高くなる、環境に適応するための仕組みでもあるのだそうです。

ミャラー・リヤー錯視がなぜ起こるのか、今のところ定説がないとのことですが、ある研究者がやった実験で、都市に暮らしている人間ほど錯視量が多くなるというデータがあります。

人間が物を見るとき、同じものが奥にあってもそれほど小さく感じないということがあります。奥にあるなら小さく見えているはずだと無意識に判断して、だから実際よりも大きく感じさせてしまう。このように奥行の手がかりが多いほど、つまり遠近感が掴みやすい四角い建物に囲まれた人間ほどこの錯視を起こしやすいということは言えそうです。

建物外壁の写真が、「a」に当たり、建物内部の写真が「b」に当たります。

そう考えると、地方に行ってなく、町の中で撮影することが多かったので錯視量が多くなったのかもしれません。むしろ写真を撮るというのはファインダー越しにビルや建物を「良く見る」ことでもあるので、普通の人より錯視量が増えたと考えれば、納得できます。

もしそうなら、町に住んでいる人間を広々とした田園風景に連れていったとき、錯視量が変化するのかどうか、変化するとしたら、どれくらいの時間で、どのくらい変化するのか、興味がありますね。

「田園風景に癒される」と言われますが、どうして癒されるのか、という問題ともからんできそうな気がします。

錯視は人間が環境に適応するために脳で行っている活動であるなら、その活動が少なくて済むというのは脳の負担が減ることでしょう。脳があきらかに休めるのです。そういうことが「癒される」ことなのかもしれません。

 

 

 

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2020/01/14

【犬狼物語 其の四百三十六~四百三十七】東京都台東区 下谷三峯神社&小野照崎神社の三峯・御嶽神社のお犬さま

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東京都台東区の下谷三峯神社と小野照崎神社の三峯・御嶽神社を参拝しました。

夜のお犬さまです。提灯の明かりがある正月ならではの姿。夜こそはお犬さまが動き出す時間です。

以前の記事は、【犬狼物語 其の百五十九~百六十】でどうぞ。

 

 

 

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2020/01/08

#IranianCulturalSites というハッシュタグ

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イランとアメリカの緊張が高まっています。イランの文化施設も攻撃対象だとトランプが言い出したのを受けて、Twtterでは、#IranianCulturalSites というハッシュタグが立ち上がりました。多くの人がイランの美しい建築物や風景をシェアしています。 

トランプがそんなことをしたら、バーミアン遺跡の仏像を破壊したタリバンと同じ。でも、この何年かを見ていると、本当にそうするのではないかと感じさせる人物ではあります。

 

 

 

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2019/12/06

「瀾滄江水源地区で13世紀の仏教壁画見つかる 中国・青海省」のニュース

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「瀾滄江水源地区で13世紀の仏教壁画見つかる 中国・青海省」のニュースがありました。 

https://www.afpbb.com/articles/-/3257590

壁画が見つかったということよりも、俺は「 瀾滄江水源地区」という文字に反応しました。瀾滄江(ランツァンジャン)とは、メコン上流、中国語の名前です。

 本当の源流域は、中国青海省(チベット)の玉樹の雑多にあります。

チベット人は「ザーチュ」「ザナチュ」と呼んでいます。

俺がメコン源流(瀾滄江水源)を探しに行ったのは、1992年と94年です。当時はまだ、メコンの源流がどこか、学術的(地理学的)にわかっていなかった時です。

長江や黄河の源流はすでに探されていたのに、メコンの源流は1990年代まで謎のままでした。どうしてかというと、長江や黄河は中国人(漢民族)にとっては重要な川でしたが、メコン(瀾滄江)は、チベット人のような他民族が住む辺境の地で、経済的、文化的に関心がなかったからです。しかも、チベット高原から雲南省を通り、ミャンマー、ラオス、タイの国境を流れ、カンボジア、ベトナムの南シナ海に流れるという国際河川にもかかわらず、政治的な国際環境で、メコンは統合の川としては見られずに、分断の川であり続けたからです。今では考えられません。

とにかく、俺は一人でメコンの源流を探しに行きました。まぁ、一人と言っても、当時もこのあたりを旅するには、中国旅行社を通していく必要があり、車とガイドを雇ってですが。

そしたら、同じことを考える人たちはいるもので、ちょうど源流から雑多の街まで戻ったとき、日中合同調査隊が、これから探検するのだと言って滞在していました。

でも、この規模の違いに驚きました。彼らは20人くらいはいたでしょうか。いろんな機材も持って、ちゃんとした学術調査隊です。一方の俺は、チベット人の案内人に引かれた馬に乗って、カメラ2台だけの、ほとんど気軽なバックパッカーでした。食料もテントもありません。現地のチベット人のバー(天幕住居・テント)に泊めてもらい、いっしょの食事をとりながらでした。掲載の写真の、バーやチベット人たちは、現地で泊めてもらった時のものです。

だからなのか、俺は彼らには良く思われなかったようです。なにしろ、「世界で初めての調査隊」の前にバックパッカーが来ていたんだから。

その後彼らが帰国した後、ある週刊誌に「私たちが来る前に来ていた日本人(俺のこと)が現地の物価を押し上げた」と批判というか、嫌みを書かれたのですが、でも考えてもみてください。総勢20人の調査隊と、俺とガイド2人のどちらが影響力があるのか。

別に、源流の発見者を名乗るわけでもなく、というか、そもそもGPSなどもないし、学術的な目的ではなくて、あくまでも俺は文化的な源流(現地の人間が、ここが源流だと信じている泉)を探したに過ぎないし、彼らのその後の発表がどんなものだったかにも関心はありませんでした。ただ、ほぼ同時に入ったフランス隊とどっちが先に源流を見つけたかの論争があった、みたいなニュースは聞いたような気がします。

そんなことよりも、メコンの源流探しの旅は面白かったですね。自分も遊牧民になったような気分でした。

その後、妻とヴィーノといっしょに日本一周の車旅をすることになるわけですが、この旅が影響したのは間違いありません。遊牧民の真似事に過ぎませんが。

 

 

 

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