カテゴリー「旅(外国)」の425件の記事

2021/06/08

雲南省を大移動しているアジア象たち

1_20210608074301

昨年来、雲南省の南部シーサンパンナ州から北上を続けていた野生の象集団が、とうとう昆明市まで到達しました。

日本では猿1匹で、連日ニュースになるくらいですが、さすが中国、モノが違います。

90年代、シーサンパンナ州のモンラー県で野生の象の集団を見たことがあります。モンラー県はラオスに接し、冬でも象にとっては比較的(中国内では)過ごしやすい土地だとは思うんですが、どうして環境の厳しい北を目指したのか謎です。

もうひとつ不思議なのは、墨江から元江へ、元江から石屏へ、どうやって行ったかということ。元江(紅河)という大きな河を渡らなければなりません。まさか橋を渡った?

ただ、4月下旬だったらしいので、かろうじて雨期の直前だったし、一番水量が少ない季節でした。象たちは河を渡ったのかもしれません。そのころの元江の水量、どんなだったか記憶にありませんが。(上に掲載google map元江付近の元江(紅河))

それにしても象の移動経路がシーサンパンナ昆明間の自動車道とほぼ同じ、というのは、どう考えればいいんでしょうか。象が自動車道を歩いていったことを意味するんでしょうか。もしそうなら、これは象の意思だけではないかも。

例えば、農家の人が、象を畑から追い払った場合、畑や林をしばらく歩き回るでしょうが、やっぱり歩きやすい道路に出てくるのかもしれません。そしてまた道路を歩き始める。長距離移動には象にとっても道路なのです。ただ、どうして「北」なのかはわかりません。

動物(象)の専門家は元の場所に帰るかもと言っています。

この話を聞いて、伊勢参りしたおかげ犬や金毘羅山を参拝したこんぴら狗を連想してしまいました。

おかげ犬やこんぴら狗については、前から何度も書いているし書籍にも載せているので、詳しいことは省きますが、この象たちも自力である目的地を目指し、そこから元の場所へ戻ることになったら、まるでおかげ犬やこんぴら狗です。

犬の場合は、人の「代参」でしたが、象はどうなんでしょうか。何を訴えているんでしょうか。

これは永遠の謎です。象にしかわかりません。でも人はそうではないようです。

すでにSNSではこれをいろんな「意味」に解釈しています。200年後くらいの民話伝説に、この象たちのことがどう語られるのか、興味のあるところです。(俺は死んでいませんが)

 

 

| | コメント (0)

2021/06/04

天安門事件から32年

Img_5615(貴州省・貴陽上空)

天安門事件の1か月前まで中国にいました。

貴州省のミャオ族祭「四月八」(農歴なので5月上旬)を撮影しているとき、群衆の「多さ」だけで、「力」になるんだという出来事を目にしました。

ミャオ族の少女3人が祭会場の広場を歩いた時、何がきっかけだったのか、祭見物の群衆が少女たちの後ろを追いかけ始めたのでした。

俺は広場に面した旅館のベランダから見ていたので、全貌がわかったのですが、群衆の後ろの方の人間は、なぜみんながこっちへわ~っと移動しているのかわからなかったはずです。

少女たちは恐怖を覚えて走って逃げましたが、群衆はますます一塊になって同じ方向へ殺到したのでした。

このあと帰国したら、北京で天安門事件が起きました。事件を思い出すとこの「四月八」の群衆のことも同時に思い出します。

群衆の多さには「力」と同時に「恐怖」も感じます。当局は、天安門広場に日々増え続ける人の多さに恐怖を感じていたのは間違いないでしょう。力によって排除してしまったのは恐怖の表われだったのかもしれません。

 

 

 

| | コメント (0)

2021/05/07

Ngaben (ミュージックビデオ)

 

Ngabenは、オリジナルのバリ・ガムランふうの音楽に、バリ島の葬式Ngabenで録音した女性たちの歌をミックスした曲です。あらためて、ミュージックビデオとして残しておきます。

この曲は、『オオカミは大神(弐)』のPVでも後半部分を使用しています。

https://youtu.be/NMbB80ygamE

 

 

 

| | コメント (0)

2021/04/15

『オオカミは大神(弐)狼像をめぐる旅』の予約PV

 

音楽は、インドネシア・バリ島のガムランふうのオリジナル音楽です。現地バリ島での儀式での歌をミックスしています。

どうしてBGMをこれにしたかというと、日本の狼神社と、バリ島のヒンズー寺院の雰囲気が似ていると思っているからです。

どちらもアニミズム的なカミを敬い、自然に感謝する姿に共通するものを感じています。

だから言葉はバリ語ですが、そんなに違和感がないと思うのは、俺だけでしょうか。

| | コメント (0)

2021/01/18

【犬狼物語 其の五百三十五】 なぜ狼祖神話・犬祖神話なのか

10_29(モンゴル)

_mg_7316(モンゴル)

31_05(モンゴル)

05_07(モンゴル)

_(雲南省 ヤオ族)

_01(雲南省 ヤオ族)

 

「上天より命ありて生まれたる蒼き狼ありき。その妻なる惨白き牝鹿ありき。」

これは、『元朝秘史』(Wiki 参照)にある一節です。昔、井上靖の『蒼き狼』というチンギスハーンの小説を読みましたが、モンゴル人の起源として、この一節が引用されていたような気がします。当時はまだ、「モンゴル人」も「狼」もそれほど知識もなく読んだわけですが、狼が祖先という出自に、カッコ良さ、ロマン、神秘性を感じたものです。

このような狼祖神話をもつ民族は、「烏孫・ 羌・突厥・高車・アルタイ・蒙古・ブリヤートなどのテュルク系およびモンゴル系であって、いずれも代表的な遊牧生活を営む諸族 (中略) 狼はとりわけ中央アジアで畏怖の対象となってきた。野性的で迅速に攻撃する肉食獣たる狼は、軍事的な遊牧民にとって、まさしく模範とす べき存在である。それで突厥は軍旗に黄金の狼頭を掲げただけでなく、将卒の親衛隊員を「狼」と呼びもしたのである。狼が戦士の動物とされたなら、狼に出自をたどるのは光栄なことだった。それでアルタイ諸族は狼に族祖を求めたのだ。」(『犬からみた人類史』山田仁史氏「犬祖神話と動物観」より)

遊牧民にとっての一番の関心事は、農耕民が干ばつを恐れるように、家畜を食べる狼であったようです。勇猛果敢な狼は遊牧民の模範ともなるものですが、怖い動物でもありました。この両面を持つ存在である狼は遊牧民から神聖視され、狼祖神話が中央アジアに広まったということでしょう。

昔、中国北西部、内蒙古自治区ハイラルのナダム祭りで「蒼き狼」の末裔、あるモンゴル人と話す機会がありました。この祭りでは、モンゴル相撲(ブフ)も行われていて、「ブフ」の試合で4位になった力士、バォリタさんという青年でした。

彼は年に2、3回里帰りするそうです。この辺(ハイラル郊外)では夏だけゲル(天幕住居)に住むのとは違って、彼の実家の田舎では、夏も冬も、1年中ゲルに住む、完全な遊牧民が多いところ。草丈が高く、冬でも雪が積もることはないので、冬も放牧できます。ただし、やっぱり冬はめちゃくちゃ寒いらしい。

ゲルには、電線など来てないので、ヤマハの発動機を使って、自家発電しています。夜は(昼もそうかもしれませんが)、家畜の鳴き声意外は何も聞こえないところです。隣のゲルはとても遠いのです。遊牧をするには、かなりの面積の草原が必要です。

時々、狼が出没し、羊を食べられてしまいます。遊牧民にとって、一番怖いのが野生の狼だそうです。

からかい気味に「狼はモンゴル人の祖先でしょう?」と聞いたら、「羊を襲う狼は、やっぱり悪いやつです」とバォリタさんは笑いながら言ったのでした。

今回「ブフ」の試合で勝ち取った4位の賞品は、羊1匹と洗濯機でしたが、田舎へのいいおみやげができて喜んでいました。

 

世界には、狼祖神話と犬祖神話を持つ民族がいますが、遊牧民族が狼祖神話を伝えている一方、中国南部に住んでいるヤオ族、ミャオ族の一部には、槃瓠が自分たちの祖先だという犬祖神話が語り継がれています。

中国の史書『後漢書』列伝にでてくる槃瓠【ばんこ】という犬の話です。

昔、高辛氏【こうしんし】の時代、襲ってきた敵、犬戎【けんじゅう】の将軍の首を取ってきた飼い犬の槃瓠は褒美として帝の末娘の姫といっしょになった。槃瓠と姫は南山の石室で暮らし、6男6女をもうけた。

これが犬祖神話です。『南総里見八犬伝』にはこの神話が生かされています。

「犬は、偉大な神話を形成するだけの刺激を与えることはできない。犬は自然界ではな く、人間界に属するからである。狼が荒野の支配者なのに対し、犬は人間の守護者だ。狼は人間より前から存在 したが、犬は人間が造り上げたものである。よって人間は犬に対して距離を置かない。狼は、男性的で戦士的な 動物であるのみならず、破滅と死をもたらす存在でもあるから、その姿は戦慄と賛嘆とを同時に引きおこす。し たがって、犬祖神話よりも前に狼神話が先行したはずであり、その起源地は中央アジアに違いない。」(『犬からみた人類史』山田仁史氏「犬祖神話と動物観」より)

犬は狼に比べてより人に身近な動物なので、畏怖する存在までにはならないという話はわかるし、犬を悪く言う諺は世界中にたくさんあるし、「あいつらは犬の末裔だ」と、どちらかというと蔑んでいわれることもあるのが犬祖神話ですが、それでもなぜ「犬」なのでしょうか。

実はモンゴル族が狼の末裔という有名な話のほかに、犬の末裔という話もあるらしいのです。

獣祖神話と北アジア 古沢襄」にはこのようにあります。 

 「ポルテ・チノの狼血が、ジンギス汗に流れ、殺戮の征服欲の根源になったという説は「モンゴルの秘められた史(ふみ)」という歴史書に依拠している。井上靖は小説を書くに当たって、この狼始祖史料を使っていた。実は、もう一つの犬始祖伝説がある。ジンギス汗は、むしろ蒼き狼の血統ではなくて、黄色い犬の血統だという。
 ジンギス汗はモンゴル族の中でボルジギン氏族に属していたが、この氏族に伝わったのは犬の始祖神話。蒼き狼のポルテ・チノから十二代目の子孫にドブン・メルゲンという人物がでる。妻のアラン・コアとの間に二人の男子を生んだが、ドブン・メルゲンの死後、もう一人の男の子が生まれている。この子は狼始祖を持つドブン・メルゲンの血を受け継いでいない。
 アラン・コアは、男の子の父親は黄色い犬だといった。そして犬の子・ボドンチャルがボルジギン氏族の始祖となった。ジンギス汗は狼の血統ではなく、犬の血統だったことになる。腹心の功臣であるジュベ、フビライ、ジュルメ、スペエデイの四人も「狗(いぬ)」に比せられている。」(「獣祖神話と北アジア古沢襄」より)

モンゴルにも犬祖神話があるようです。モンゴル人は狼の末裔だという「蒼き狼」のイメージが強いのは、もしかしたら井上靖の小説の影響かなと思うくらいですが、犬か狼かは別にして、「獣祖神話」が遊牧民に多いのは確かなようです。

でも一番知りたいところ、どうしてある民族は「狼」を選び、ある民族は「犬」を選ぶのか、まだまだ分かりません。

 

 

 

にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
にほんブログ村

| | コメント (0)

2021/01/11

2021年の干支は「牛・丑」マダガスカルのゼブ牛

Img_5852

Img_5854

Img_6575

Img_6579

Img_6647

Img_6809

Img_5919

Img_7261

マダガスカルの中央高地、アンバラヴァウ郊外では、水曜、木曜の午前中を中心にゼブ牛を売買する市「ゼブ・マーケット」が開かれます。マダガスカル第二の規模だそうです。

島の西海岸にはバオバブ並木があります。周辺では稲作も行われていますが、農耕や運搬に牛が使われています。

イサル国立公園の入り口の水田では、牛をたくさん使って田んぼの泥の中を歩かせて耕す「踏耕」も見ました。(下から2番目の写真)

ところで、アジアを旅していて、牛に襲われたという話を聞いたことはありません。メコンの水牛だろうが、チベットのヤクだろうが、闘牛を別として、というものは、おとなしい動物だというイメージが焼きついています。

ところが、この感覚で、マダガスカルのゼブ牛に接するのは時に危険です。俺たちが、ある農家に立ち寄ったとき、ちょうど牛車から牛をはずしているところでしたが、「危険だから近づくな」と注意されたことがあります。

実際、ゼブ牛は、気性が荒く、暴れていました。「かわいい~」などと言って近づいたら大ケガをしそうです。もし、マダガスカルへ行かれる方は、注意してください。

ネパールへ行ったときは、「バフ・テキ」を食べました。「バッファロー(水牛)・ステーキ」のことですね。マダガスカルでも、ゼブ牛の肉料理はもちろんあります。「ゼブ・テキ」とは言わなかったようですが、アゴを丈夫にできるくらいの、程よい硬さのステーキを食べることができます。

アンチラベ郊外で食べた、ゼブ牛のタンの煮込み料理はうまかったですよ。

 

 

 

にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
にほんブログ村

| | コメント (0)

2021/01/10

2021年の干支は「牛・丑」 カンボジア・シエムリアップ

 01_20201227084401

22_2020122708440115_2020122708440105_2020122708440118

シエムリアップは、世界遺産アンコールワット遺跡群への玄関口として発展してきましたが、郊外に出ると広大な水田が広がっています。

牛や水牛が農作業で使われていますが、もうひとつ、カンボジアでよく見たのは、牛車・水牛車でした。 

それと、水路に飛び込む子や、魚を捕まえている子など、カンボジアの子どもたちは元気ですね。牛や水牛の扱い方もうまいですね。

 

 

 

にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
にほんブログ村

| | コメント (0)

2021/01/06

2021年の干支は「牛・丑」 ベトナム・サパの水牛

03_20201227085801

03_20201227085802

2004

2004_20201227090501

 

ベトナム北部、中国との国境にも近い、ラオカイ省サパは、国内最高峰ファンシパン山(3143m)麓にあり、多くの少数民族が住んでいます。

標高約1500mのサパで棚田を作るモン族(中国ではミャオ族)は、中国、清の時代に、差別や貧困から逃れて、北ベトナムやラオスへ南下してきた民族です。昔は「三苗」と呼ばれた勇猛果敢な民族の末裔とも言われています。鬱蒼とした森林を切り開き、生きるために山の斜面を棚田に変えてきました。天水を利用した棚田では水牛が大活躍です。

長距離移動にはバイクを使いますが、このバイクはソビエト(現ロシア)製のバイクで、レンタルできるので、俺も1週間ほど借りて乗り回していましたが、プラグがよく壊れました。でも心配いりません。他のバイクの運ちゃんからプラグを譲ってもらい、入れ替えるのは簡単でした。

 

| | コメント (0)

2020/12/27

2021年の干支は「牛・丑」 パキスタン・カラチ郊外の農村

04_20201227072701

05_20201227072701

 

昔、パキスタンの南部、カラチに行ったとき、町の食堂で知り合った青年たちに誘われて、郊外の彼らの村へいったことがあります。

当時は、外国人を誘拐する事件はあまりなかったので(誘拐ではなく、強盗殺人はあった)、ある程度注意していれば、危険な目には遭わなかったのです。

俺が、こいつは信用できるかどうかを判断する基準としていたのは、まず、「英語や日本語(外国語)をしゃべらない」ということと「向こうから声を掛けてきたのではない」という条件でした。そういう人たちの誘いには、喜んでついていったのでした。

このときも、英語はほとんどしゃべらなかったし、外国人が行くような地区の食堂ではなかったので、一緒に行っても大丈夫だと思いました。(片言のウルドゥー語と英単語だけでなんとかなりました)

実際、彼らの村では、大歓迎され、たいへん面白い体験をすることができました。

夕食後、電気のない暗い民家では早めに寝てしまうのですが、俺は、ある部屋のベッドを貸してもらいました。手探りで連れて行かれて、服を着たままそのベッドに横になりました。懐中電灯もなく、部屋の中がどんな様子なのかさっぱりわかりませんでした。

夜中、変な音で目が覚めました。なにか、水を捨てているような音がしたのです。しかも、けっこう近くから聞こえてきました。それでも、俺は疲れていたのか、すぐにまた眠ってしまいました。

そして朝、明るくなったころ起きてびっくりしたのです。

なんと、俺の隣には、牛がいたのでした。その部屋は、家畜小屋というのではないのでしょうが、田舎の農村の家なので、お客さんを泊める部屋は、ここくらいしかなかったのでしょう。俺は一晩牛と寝ていたことを知りました。つまり、夜中の音は、牛がオシッコを垂れ流していた音だったのです。

朝食には、牛乳が出されましたが、水っぽい味でした。そういえば、この乳は、いっしょに寝ていたあの牛の乳? 味はともかく、夜中の小便の音が耳から離れず、この牛乳をあまりおいしく飲めなかったのは残念でした。

パキスタンは牛肉・乳製品の消費が急拡大しているそうです。2014年の調査ですが、総人口は1999年から2014年には37.8%増加して1億8802万人になり、牛や水牛の飼育頭数も、7割増えました。飼育環境や生産効率の改善につながったとみられていますが、牛小屋でお客さんを寝せるなんて遠い昔の話なんでしょうね。 

 

 

 

にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
にほんブログ村

| | コメント (0)

2020/12/20

2021年の干支は「牛・丑」 カトマンズの牛

_mg_8958

_mg_0087

_mg_2622

_mg_2610

_mg_2630

 

ネパールでは、首都のカトマンズでも、ヒマラヤへの玄関口ポカラでも、牛が自由に歩いているのを見かけます。インドでもそうですが、ヒンズー教徒にとって、牛は豊穣の女神ラクシュミの化身として神聖視されています。

2008年に連邦共和制になって、ネパールはヒンズー教王国ではなくなりましたが、牛の殺処分は今でも違法だそうで、牛はカトマンズの中をゆったりと歩いていたり、ポカラの市場では寝そべってストレッチしたりしています。

2013年には交通の邪魔になるとのことで路上を歩き回る牛を「取り締まった」らしいのですが、2013年秋に俺がネパールに行った時も、掲載写真のように、町中で牛を見ることは珍しくありませんでした。

また、ネパールのリゾート地や外国人登山客の多いレストランでは、「バフテキ」を食べられます。「バフテキ」は「バッファロー・ステーキ」のこと。水牛のステーキですね。ちょっと固めだけどおいしいですよ。

牛は神聖視されていますが、水牛は食べられます。水牛は牛とは明確に区別され、神聖視されていません。まったく牛とは別物です。実際、ふたつは種が違います。

ところで、牛が町中にいても襲われることはないのでいいのですが、怖いのは野放しの犬ですね。とくに夜の犬は。

 

 

 

にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
にほんブログ村

| | コメント (0)

より以前の記事一覧