カテゴリー「旅(外国)」の429件の記事

2022/05/14

【犬狼物語 其の六百三】姜戎 (著)『神なるオオカミ』牧畜民のオオカミ信仰

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姜戎 (著), 唐亜明 (翻訳), 関野喜久子 (翻訳)  

「文化大革命時代、北京の知識青年・陳陣(チェンジェン)は内モンゴルのオロン草原に下放され、現地の古老・ビリグのもとで羊飼いをはじめた。天の教えを守り、草原とともに生きる遊牧民の暮らしに魅せられていく陳陣。やがて、かれの興味は、遊牧民の最大の敵でありながら、かれらの崇拝の対象であるオオカミへと向かう。オオカミにのめりこんでゆく陳陣は、自らの手でオオカミの子を捕らえ、飼うことを夢見るのだが……。」(amazon『神なるオオカミ』より

オオカミの子どもを飼いはじめますが、最後まで人間になつくことはないんですね。だからこそオオカミ、という気もします。

モンゴル人の最大の敵がオオカミです。家畜をめぐっての、オオカミたちとモンゴル人たちとの攻防戦はすさまじいものがあります。どうしてこの凶暴なオオカミを崇拝するんでしょうか?

 

メコン源流を探しに、チベット高原を旅したのは、今から30年も前のことです。

当時はまだ東西冷戦が終わって間もないころで、メコン川流域の国々も、ようやく外国人旅行者に門戸を開いたという時期でした。だからそれまでは、メコンはほとんど価値のない大河と考えられていました。中国人(漢民族)にとってさえ、黄河や揚子江と違い、メコン(瀾滄江)は異民族が住む辺境の無価値な川にすぎませんでした。だから90年代まで、源流も確定していませんでした。

俺がメコンの源流に行こうと思ったのは、そんなときで、結局、科学的・地理学的な源流はわかるはずもなく、探したのは、地元チベット人が「ここが源流だ」と思っている水溜まりでした。でも、俺の旅の目的や興味からすれば、この民俗的な源流こそ探し求めていたものかもしれません。

北京から文革時代に内モンゴルに下放された経験を基に書いたジャンロンの小説が『神なるオオカミ』という本です。読んでいるうちに、いろいろ思い出したことがあります。上下2巻の長編小説なので、遅読な俺にはけっこう時間がかかりました。

この小説の舞台は内モンゴルですが、メコン源流のある、青海省の草原も似たようなところがあります。草原が広がり、そこで牧畜民(100%の遊牧民はもういませんが)が、高原牛のヤク、羊、山羊、馬などを放牧して暮らしています。ヤクの毛は編んで黒い布の天幕住居になり、乳はバターやチーズなど乳製品に、糞は木のない草原では燃料になるなど、ヤクという動物がいなければ生活が成り立たないところです。

俺は青海省の西寧という街で、旅行社に頼んで、車をチャーターしました。源流まで、往復約2週間の旅です。そして車で行けたのは、3日間かけてたどり着いたモーユンという、役場の建物があるだけの村でした。そこからは車を使えないので、馬で行くことになりました。

その行程で、案内人のチベット人は、銃を持参しました。それはオオカミ対策です。オオカミに襲われたときに使うのだと教わりました。

あるとき、「あそこ、見てみな」と言われて草原を見渡しましたが、何を言っているのかわからず「何?」と聞き返すと、「狼(ラン/漢語)」というではないですか。チベット人の視力はかなり良いらしく、おそらく2~3kmくらい離れたところに2匹のオオカミが走っているらしいのですが、俺にはまったくわかりませんでした。牧畜民にとってはオオカミが一番怖い動物なので、彼らはオオカミに敏感です。オオカミを見つける能力も日々の生活から研ぎ澄まされていたんだろうなと今となってはわかります。

そして、「これ撃ってみな」といって、銃を手渡されたのでした。実弾の入った本物の銃です。そして空缶を20mほど離れたところに置いて、練習させてもらいました。俺も2発撃たせてもらいました。もちろん当たりませんでした。幸い、この銃をオオカミに向ける機会がなくて幸いでした。

ある地元牧畜民の天幕住居のそばにテントを張らせてもらいました。食事も彼らから買ったものでした。俺は何でも食べられるので、街から特別の「文明食」を持っていく必要はまったくありませんでした。ヨーグルトも好きだし、ヤクの干し肉もおいしく食べられます。バター茶とツァンパという麦焦がしも大丈夫です。ただ、干し肉がガムのように固いのは閉口しました。

そのテントは普通の登山用のテントなので、夜、寝ているとき、外で音がするとビクッと身構えてしまいます。さんざんオオカミについて脅かされていたので、風の音さえ敏感になっていました。ところが、オオカミ以上に怖いのはチベット犬だということがわかり、俺は、テントをうろつく犬たちの鼻息に熟睡できないし、明るくなるまで小便を我慢する羽目になったのでした。

でも、この犬も、小説を読むとわかるのですが、オオカミと戦えるほどの犬じゃないと役に立たないし、獰猛な犬はある意味、牧畜民には大切な相棒なのです。

と、ここまで書くと、オオカミは敵か?という感じですが、モンゴルもチベットも、草原には黄羊などの野生の草食動物がいて、彼らが草原の牧草を食べつくすと、砂漠化が進んでしまい、いずれは草原がなくなるのです。この黄羊を食べてくれるのがオオカミです。オオカミは怖いし、家畜の敵でもあるんですが、いなくなるとまた困る。つまり、人間も、草原も、黄羊も、オオカミも、絶妙なバランスを取って存在しているということです。

オオカミは、人間を襲うといよりは家畜を襲ったときに、人間と戦うことになってしまうのが真相らしい。そして家畜を襲うのも、草食動物が少なくなったときです。めたらやったら家畜と人間を襲うわけではありません。

小説では、すさまじいのです。オオカミと遊牧民との関係が。それでも、いや、だからこそなのかもしれませんが、人間はオオカミと同等なのではないかと思えます。このオオカミがモンゴル人のトーテムとして、かつて、ヨーロッパまで征服したモンゴル人の崇敬する動物であるということです。敵でもあり、神でもある。このあたりは、日本のオオカミがどちらかというと抽象的なイメージになったのとは違い、ずっと具体的です。日々の暮らしの中で、オオカミは人間と戦い、かつ、草原を守ってくれている目に見える動物です。モンゴル人がいう、人間も、犬も、家畜も、草原さえも、オオカミに鍛えられてきた、という言葉は印象的です。

日本では牧畜が発達しなかったから、家畜を殺される(人間の敵)ことがなかったオオカミは益獣だった、だから神にもなったというのは、モンゴル遊牧民だったら鼻で笑うのかもしれません。

この草原の論理がわからない漢民族が草原を農地に変えれば生産性が上がるという考えを、モンゴル人たちは批判します。

モンゴル老人はいうのです。

「もしオオカミが絶滅したら、草原も生きられない。草原が死んだら、人間と家畜が生きられるか。おまえら漢人はこの道理をわかってない亅

と。 

オオカミ狩りが大勝利を収めた時、老人はこういいます。

「戦果が大きければ大きいほど、わしの罪が深い。これから、こんなふうにオオカミを狩ってはいけないんだ。こういうことばかりしてたら、オオカミがいなくなって、黄羊とか野ネズミとか、野ウサギやタルバガンがのさばってくる。そうなったら、草原はおしまいよ。天が怒りだして、牛や羊や馬、そしてわしら人間は、報いをうけるにちがいない」

結局、何年か経ち、草原は開墾され、結果、砂漠化が進んでしまったことは、歴史は必ずしも人間は「進化」しているわけではないということを証明しているようです。オオカミの生態学的意義を無視して、危険だからといって全部狩ってしまえという考えが、やがて草原までも失い、黄砂が吹き荒れる砂漠化を進めてしまいました。モンゴル老人が言ったとおりになってしまったのです。日本に飛んでくる黄砂が、オオカミがいなくなったことと関係があったと知って悲しくなります。

モンゴルの草原だけではありません。日本でも、ニホンオオカミが絶滅してしまったことで、鹿や猪の害に悩まされるようになりました。モンゴルやチベットと日本の自然環境や歴史は違い、比べてもしかたないことかもしれませんが、ただ、どちらも、バランスが崩れれば、すべては狂ってくるというのは真理でしょう。

そのバランスは、誰かが頭で考えたことではなく、何年、何百年、何千年にもわたって、日々の暮らしの中で試行錯誤しながら学んできた知恵なのです。その民衆の知恵を無視して、「科学」だとか「近代化」だとか「経済効率」で突き進んだ先にあるのは、モンゴルの草原と同じ、「死んだ山」ということになるのでしょう。

 そしてもちろん、モンゴル人にとって神になるオオカミは、草原を守る動物というだけではなく、その圧倒的な強さです。狩の仕方もモンゴル人はオオカミから学びました。

「西北部とモンゴル草原の地で、オオカミトーテムが、無数の遊牧民族にとって、トーテムになりえたのは、草原オオカミがもっている崇拝せざるをえない、拒否できない魅力、勇敢な知恵といった精神的な征服力によるものだ」

オオカミの強さは、強くなりたい人間にとっては、神なる存在となります。これは万国共通の狼信仰です。

「モンゴル民族とは、オオカミを祖、神、師、誉れとし、オオカミを自分にたとえ、自分の身をオオカミの餌とし、オオカミによって昇天する民族である。」

モンゴル老人はこのように下放青年に言います。

「草原の人間は生涯、たくさんの命を殺して、たくさんの肉を食ったから、罪深いのじゃ。死んだら、自分の肉を草原に返すのが公平で、魂も苦しまずに、天に昇れるんだ」

 

ところで『神なるオオカミ』の最後の方に、面白いことが書いてありました。

 「一九七一年に内モンゴルの三星他拉村で出土した玉龍は、中国で最初の龍と呼ばれるもので、新石器時期の紅山文化に属している。その頃、中華の先祖は、狩猟、採集、遊牧、あるいは半農半牧の状態で、農耕民族にはなっていなかった。龍トーテムははじめ、華夏の原始人のトーテムであったが、変化しながら農耕民族のトーテムとなっていった。翁牛特旗三星他拉の玉龍注意深くみて、ぼくが驚いたのは、その原始の玉龍は中国人が普通にみなれている龍の姿ではなく、オオカミの顔をした龍であったことだ。」

龍は、空想上の動物と言われていますが、もしかしたらもともとは「オオカミ」を象ったものだったのではないか、などと俺の妄想は膨らみます。

 

 

 

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2022/03/02

良識あるロシア人に期待

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ロシアの侵略は続いています。


でも、ロシアは世界中から孤立し始めました。永世中立国でさえも、ウクライナを支援するという状況です。いつもはどっちつかずの日本も今回はウクライナ支持を鮮明にしました。


「ウラジミール」と呼んで得意満面だった安倍さんはどう考えているんでしょうか。恥ずかしさのあまりにポロリと出たのが「核共有」の話なのでしょうか。


ロシアの都市部の若者中心ではありますが、ロシア人の良識ある人たちは反戦を訴えてデモを展開しています。


このうねりは、プーチンの状況の読み違いだったのではないでしょうか。判断力が鈍っているのかもしれません。または独裁政治にありがちな、周りの人間にイエスマンしかいなくなって、周りが見えなくなっているのかもしれません。


プーチンを止める、排除できるのは、国内の反プーチンのうねりの高まりだと思っていたので、ロシア人の良識に期待したいです。


ロシア支援を表明した中国。今回の件で、もし中国が台湾進攻などすれば、世界からどのような目で見られるか知ったのではないでしょうか。今や中国も、ロシアの仲間と見られているし、ロシアと少し距離を取り始めるかもしれません。


 


 

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2022/02/27

ウクライナ侵攻のプーチン

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力を持った者が、やりたい放題する、力による現状変更は絶対許すことはできません。しかも「核」で脅すって、いつの時代だ?と驚くばかりです。脅すばかりではなく、本当に使ってしまうのではないかという危なさを感じます。

ここにいたっては、プーチンを排除するために、ウクライナ人だけではなく、痛み・混乱は我慢しなければならない、日本人もその覚悟はしないといけないのではと思います。

プーチンの言い分は、NATOがこれ以上東に延びるのを阻止する、ウクライナはもともと同じ民族だから、ウクライナの現政権は民衆を虐げているからそれを助けるためなどと言っていますが、これは表向きの大義であって、もっと下世話な理由なのではないかと思います。

どんなに権力を持とうが、単なるおっさんです。だから自分の身は可愛いし、死にたくない。とくに、イラクのフセイン、リビアのカダフィなど、独裁者がどんな惨めな末路を迎えるか、じゅうじゅう承知していると思います。

どんなたいそうな大義名分を掲げようとも、死にたくないから、という生き物としての戦い、そう考えるとこの非論理的な行動も少しは理解できるかもしれません。

反プーチンの敵を暗殺や粛清し、自分が権力を失なったときの状態を怖がっているのは間違いありません。権力が強くなればなるほど、いつ首を取られるかと戦々恐々とし、さらに強権になっていかざるをえない。

やたらマッチョな肉体を誇示するのも、心理学的なところからいえば、弱いからこその見せかけであり、それは、「弱い犬ほどよく吠える」という諺そのものです。狂人としかみえなくなったプーチンの今の姿はそれを表しているように思います。

そこで希望は、ロシア国内での反戦・反プーチンの動きですが、今のところ、徹底的に取り締まられていて、多くのロシア国民はプーチンに拍手喝采を送っているようです。とくに年寄りですね。

この反戦・反プーチンのうねりが大きくなれば状況は変わってくるのかなと思います。外国からどんなに非難されても、国内で人気があれば殺されることはありませんが、国内で反プーチンが盛り上がることが恐ろしいはずです。

予想に反してウクライナ兵の士気は高く、何の大義もなく、プーチンの命令で侵攻したロシア兵とは雲泥の差です。戦いは長引くかもしれません。そうなったらロシア人も、自分の家族が兵士として死ぬ人数が増えていけば、その憤りはプーチンに向かっていくことでしょう。

一般のロシア人も現実を知り、まともな感覚を持っていれば、プーチンの行動がどんなにか狂っているのかわかるはずです。

そして、今、これを許せないのは、ヨーロッパの話だけでは済まないからです。北方領土がロシアに占領されて、台湾問題なども影響するでしょう。明らかに日本も当事者です。

プーチンの論理でいえば、習近平が台湾同胞を助けるために台湾に侵攻するのも許することになってしまいます。華やかなオリンピックの陰で、ふたりはどんな話をしていたんでしょうか。

でも、習近平も、プーチンがこれほど狂っているとは予想していなかったようで、ロシアといっしょに「悪者」と見られるのは避けるでしょうから、逆に、当分、台湾進攻はなくなったかもしれません。

 

 

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2022/02/19

ウクライナとワリエワ

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ロシアが注目されています。(写真はアムール川(黒竜江)。対岸がロシア)

ひとつはウクライナ侵攻するのか?

もうひとつは、ワリエワ選手のドーピング問題。ロシアの国ぐるみのドーピングではないかという疑惑が持ち上がっています。

高梨沙羅選手が、スーツが規定よりも大きかったということで失格になっているのと比べると、なんて甘いんだ?という印象ですね。

フィギュア団体のときはまだ結果が出ていなかったのでしかたないとしても、その後は疑惑ではなく、陽性が出てしまったんだからこれは完全にアウトでしょう。

ルールはルール。ルールを大切するのがスポーツ。年齢を理由に出場させるというのも変な話です。これがOKなら、子供を薬漬けにしてオリンピックに出場させる悪い前例になってしまうのは確実です。

 ワリエワ選手も被害者ではないかなと思います。もちろんまだ調査段階なので、本人がどのくら知っていたかはわかっていませんが、すくなくとも、コーチなど、周りの大人が知っていないはずはありません。

もしワリエワ選手が知らないうちに、周りの大人たちから「これは問題ない薬だから」と言われて飲まされていたとしたら、それこそ、私のスケート人生をどうしてくれたんだ!と、周りの大人たちを訴えてもいいのではないかと思います。まぁ、そんなことができない状況がロシアの闇なんでしょうが。

 フィギュア女子個人のワリエワ選手のフリーの演技と、その後のコーチとのやり取りを見て、残酷なショー、古代ローマのグラディエターと猛獣の戦い、を見たような、後味の悪いものになりました。可哀そすぎます。子どもの虐待と言っても言い過ぎではないのではとさえ思います。フリーに出場させるべきではなかった。

ウクライナとワリエワ。

一見、関係ないようですが、一番の黒幕はプーチンということで共通しています。かの安倍さんはプーチンを「ウラジミール」と呼び得意満面でしたが、結局、どうなったでしょうか?

 

 

 

 

 

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2021/06/08

雲南省を大移動しているアジア象たち

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昨年来、雲南省の南部シーサンパンナ州から北上を続けていた野生の象集団が、とうとう昆明市まで到達しました。

日本では猿1匹で、連日ニュースになるくらいですが、さすが中国、モノが違います。

90年代、シーサンパンナ州のモンラー県で野生の象の集団を見たことがあります。モンラー県はラオスに接し、冬でも象にとっては比較的(中国内では)過ごしやすい土地だとは思うんですが、どうして環境の厳しい北を目指したのか謎です。

もうひとつ不思議なのは、墨江から元江へ、元江から石屏へ、どうやって行ったかということ。元江(紅河)という大きな河を渡らなければなりません。まさか橋を渡った?

ただ、4月下旬だったらしいので、かろうじて雨期の直前だったし、一番水量が少ない季節でした。象たちは河を渡ったのかもしれません。そのころの元江の水量、どんなだったか記憶にありませんが。(上に掲載google map元江付近の元江(紅河))

それにしても象の移動経路がシーサンパンナ昆明間の自動車道とほぼ同じ、というのは、どう考えればいいんでしょうか。象が自動車道を歩いていったことを意味するんでしょうか。もしそうなら、これは象の意思だけではないかも。

例えば、農家の人が、象を畑から追い払った場合、畑や林をしばらく歩き回るでしょうが、やっぱり歩きやすい道路に出てくるのかもしれません。そしてまた道路を歩き始める。長距離移動には象にとっても道路なのです。ただ、どうして「北」なのかはわかりません。

動物(象)の専門家は元の場所に帰るかもと言っています。

この話を聞いて、伊勢参りしたおかげ犬や金毘羅山を参拝したこんぴら狗を連想してしまいました。

おかげ犬やこんぴら狗については、前から何度も書いているし書籍にも載せているので、詳しいことは省きますが、この象たちも自力である目的地を目指し、そこから元の場所へ戻ることになったら、まるでおかげ犬やこんぴら狗です。

犬の場合は、人の「代参」でしたが、象はどうなんでしょうか。何を訴えているんでしょうか。

これは永遠の謎です。象にしかわかりません。でも人はそうではないようです。

すでにSNSではこれをいろんな「意味」に解釈しています。200年後くらいの民話伝説に、この象たちのことがどう語られるのか、興味のあるところです。(俺は死んでいませんが)

 

 

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2021/06/04

天安門事件から32年

Img_5615(貴州省・貴陽上空)

天安門事件の1か月前まで中国にいました。

貴州省のミャオ族祭「四月八」(農歴なので5月上旬)を撮影しているとき、群衆の「多さ」だけで、「力」になるんだという出来事を目にしました。

ミャオ族の少女3人が祭会場の広場を歩いた時、何がきっかけだったのか、祭見物の群衆が少女たちの後ろを追いかけ始めたのでした。

俺は広場に面した旅館のベランダから見ていたので、全貌がわかったのですが、群衆の後ろの方の人間は、なぜみんながこっちへわ~っと移動しているのかわからなかったはずです。

少女たちは恐怖を覚えて走って逃げましたが、群衆はますます一塊になって同じ方向へ殺到したのでした。

このあと帰国したら、北京で天安門事件が起きました。事件を思い出すとこの「四月八」の群衆のことも同時に思い出します。

群衆の多さには「力」と同時に「恐怖」も感じます。当局は、天安門広場に日々増え続ける人の多さに恐怖を感じていたのは間違いないでしょう。力によって排除してしまったのは恐怖の表われだったのかもしれません。

 

 

 

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2021/05/07

Ngaben (ミュージックビデオ)

 

Ngabenは、オリジナルのバリ・ガムランふうの音楽に、バリ島の葬式Ngabenで録音した女性たちの歌をミックスした曲です。あらためて、ミュージックビデオとして残しておきます。

この曲は、『オオカミは大神(弐)』のPVでも後半部分を使用しています。

https://youtu.be/NMbB80ygamE

 

 

 

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2021/04/15

『オオカミは大神(弐)狼像をめぐる旅』の予約PV

 

音楽は、インドネシア・バリ島のガムランふうのオリジナル音楽です。現地バリ島での儀式での歌をミックスしています。

どうしてBGMをこれにしたかというと、日本の狼神社と、バリ島のヒンズー寺院の雰囲気が似ていると思っているからです。

どちらもアニミズム的なカミを敬い、自然に感謝する姿に共通するものを感じています。

だから言葉はバリ語ですが、そんなに違和感がないと思うのは、俺だけでしょうか。

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2021/01/18

【犬狼物語 其の五百三十五】 なぜ狼祖神話・犬祖神話なのか

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_(雲南省 ヤオ族)

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「上天より命ありて生まれたる蒼き狼ありき。その妻なる惨白き牝鹿ありき。」

これは、『元朝秘史』(Wiki 参照)にある一節です。昔、井上靖の『蒼き狼』というチンギスハーンの小説を読みましたが、モンゴル人の起源として、この一節が引用されていたような気がします。当時はまだ、「モンゴル人」も「狼」もそれほど知識もなく読んだわけですが、狼が祖先という出自に、カッコ良さ、ロマン、神秘性を感じたものです。

このような狼祖神話をもつ民族は、「烏孫・ 羌・突厥・高車・アルタイ・蒙古・ブリヤートなどのテュルク系およびモンゴル系であって、いずれも代表的な遊牧生活を営む諸族 (中略) 狼はとりわけ中央アジアで畏怖の対象となってきた。野性的で迅速に攻撃する肉食獣たる狼は、軍事的な遊牧民にとって、まさしく模範とす べき存在である。それで突厥は軍旗に黄金の狼頭を掲げただけでなく、将卒の親衛隊員を「狼」と呼びもしたのである。狼が戦士の動物とされたなら、狼に出自をたどるのは光栄なことだった。それでアルタイ諸族は狼に族祖を求めたのだ。」(『犬からみた人類史』山田仁史氏「犬祖神話と動物観」より)

遊牧民にとっての一番の関心事は、農耕民が干ばつを恐れるように、家畜を食べる狼であったようです。勇猛果敢な狼は遊牧民の模範ともなるものですが、怖い動物でもありました。この両面を持つ存在である狼は遊牧民から神聖視され、狼祖神話が中央アジアに広まったということでしょう。

昔、中国北西部、内蒙古自治区ハイラルのナダム祭りで「蒼き狼」の末裔、あるモンゴル人と話す機会がありました。この祭りでは、モンゴル相撲(ブフ)も行われていて、「ブフ」の試合で4位になった力士、バォリタさんという青年でした。

彼は年に2、3回里帰りするそうです。この辺(ハイラル郊外)では夏だけゲル(天幕住居)に住むのとは違って、彼の実家の田舎では、夏も冬も、1年中ゲルに住む、完全な遊牧民が多いところ。草丈が高く、冬でも雪が積もることはないので、冬も放牧できます。ただし、やっぱり冬はめちゃくちゃ寒いらしい。

ゲルには、電線など来てないので、ヤマハの発動機を使って、自家発電しています。夜は(昼もそうかもしれませんが)、家畜の鳴き声意外は何も聞こえないところです。隣のゲルはとても遠いのです。遊牧をするには、かなりの面積の草原が必要です。

時々、狼が出没し、羊を食べられてしまいます。遊牧民にとって、一番怖いのが野生の狼だそうです。

からかい気味に「狼はモンゴル人の祖先でしょう?」と聞いたら、「羊を襲う狼は、やっぱり悪いやつです」とバォリタさんは笑いながら言ったのでした。

今回「ブフ」の試合で勝ち取った4位の賞品は、羊1匹と洗濯機でしたが、田舎へのいいおみやげができて喜んでいました。

 

世界には、狼祖神話と犬祖神話を持つ民族がいますが、遊牧民族が狼祖神話を伝えている一方、中国南部に住んでいるヤオ族、ミャオ族の一部には、槃瓠が自分たちの祖先だという犬祖神話が語り継がれています。

中国の史書『後漢書』列伝にでてくる槃瓠【ばんこ】という犬の話です。

昔、高辛氏【こうしんし】の時代、襲ってきた敵、犬戎【けんじゅう】の将軍の首を取ってきた飼い犬の槃瓠は褒美として帝の末娘の姫といっしょになった。槃瓠と姫は南山の石室で暮らし、6男6女をもうけた。

これが犬祖神話です。『南総里見八犬伝』にはこの神話が生かされています。

「犬は、偉大な神話を形成するだけの刺激を与えることはできない。犬は自然界ではな く、人間界に属するからである。狼が荒野の支配者なのに対し、犬は人間の守護者だ。狼は人間より前から存在 したが、犬は人間が造り上げたものである。よって人間は犬に対して距離を置かない。狼は、男性的で戦士的な 動物であるのみならず、破滅と死をもたらす存在でもあるから、その姿は戦慄と賛嘆とを同時に引きおこす。し たがって、犬祖神話よりも前に狼神話が先行したはずであり、その起源地は中央アジアに違いない。」(『犬からみた人類史』山田仁史氏「犬祖神話と動物観」より)

犬は狼に比べてより人に身近な動物なので、畏怖する存在までにはならないという話はわかるし、犬を悪く言う諺は世界中にたくさんあるし、「あいつらは犬の末裔だ」と、どちらかというと蔑んでいわれることもあるのが犬祖神話ですが、それでもなぜ「犬」なのでしょうか。

実はモンゴル族が狼の末裔という有名な話のほかに、犬の末裔という話もあるらしいのです。

獣祖神話と北アジア 古沢襄」にはこのようにあります。 

 「ポルテ・チノの狼血が、ジンギス汗に流れ、殺戮の征服欲の根源になったという説は「モンゴルの秘められた史(ふみ)」という歴史書に依拠している。井上靖は小説を書くに当たって、この狼始祖史料を使っていた。実は、もう一つの犬始祖伝説がある。ジンギス汗は、むしろ蒼き狼の血統ではなくて、黄色い犬の血統だという。
 ジンギス汗はモンゴル族の中でボルジギン氏族に属していたが、この氏族に伝わったのは犬の始祖神話。蒼き狼のポルテ・チノから十二代目の子孫にドブン・メルゲンという人物がでる。妻のアラン・コアとの間に二人の男子を生んだが、ドブン・メルゲンの死後、もう一人の男の子が生まれている。この子は狼始祖を持つドブン・メルゲンの血を受け継いでいない。
 アラン・コアは、男の子の父親は黄色い犬だといった。そして犬の子・ボドンチャルがボルジギン氏族の始祖となった。ジンギス汗は狼の血統ではなく、犬の血統だったことになる。腹心の功臣であるジュベ、フビライ、ジュルメ、スペエデイの四人も「狗(いぬ)」に比せられている。」(「獣祖神話と北アジア古沢襄」より)

モンゴルにも犬祖神話があるようです。モンゴル人は狼の末裔だという「蒼き狼」のイメージが強いのは、もしかしたら井上靖の小説の影響かなと思うくらいですが、犬か狼かは別にして、「獣祖神話」が遊牧民に多いのは確かなようです。

でも一番知りたいところ、どうしてある民族は「狼」を選び、ある民族は「犬」を選ぶのか、まだまだ分かりません。

 

 

 

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2021/01/11

2021年の干支は「牛・丑」マダガスカルのゼブ牛

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マダガスカルの中央高地、アンバラヴァウ郊外では、水曜、木曜の午前中を中心にゼブ牛を売買する市「ゼブ・マーケット」が開かれます。マダガスカル第二の規模だそうです。

島の西海岸にはバオバブ並木があります。周辺では稲作も行われていますが、農耕や運搬に牛が使われています。

イサル国立公園の入り口の水田では、牛をたくさん使って田んぼの泥の中を歩かせて耕す「踏耕」も見ました。(下から2番目の写真)

ところで、アジアを旅していて、牛に襲われたという話を聞いたことはありません。メコンの水牛だろうが、チベットのヤクだろうが、闘牛を別として、というものは、おとなしい動物だというイメージが焼きついています。

ところが、この感覚で、マダガスカルのゼブ牛に接するのは時に危険です。俺たちが、ある農家に立ち寄ったとき、ちょうど牛車から牛をはずしているところでしたが、「危険だから近づくな」と注意されたことがあります。

実際、ゼブ牛は、気性が荒く、暴れていました。「かわいい~」などと言って近づいたら大ケガをしそうです。もし、マダガスカルへ行かれる方は、注意してください。

ネパールへ行ったときは、「バフ・テキ」を食べました。「バッファロー(水牛)・ステーキ」のことですね。マダガスカルでも、ゼブ牛の肉料理はもちろんあります。「ゼブ・テキ」とは言わなかったようですが、アゴを丈夫にできるくらいの、程よい硬さのステーキを食べることができます。

アンチラベ郊外で食べた、ゼブ牛のタンの煮込み料理はうまかったですよ。

 

 

 

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